新型コロナウイルス感染症と安全衛生・労災補償⑥(2020年10月23日)/労災請求増加続け1,700件超え、初の労災不支給11件、厚生労働省は5事例を追加、1割以上は感染経路が「職場」
2020年10月23日現在の、新型コロナウイルス感染症の、労災保険及び地方公務員災害補償の請求・認定状況を紹介する。
労災保険の状況
労災保険請求は、10月13日についに1,500件を突破し(1,500件)、10月23日現在1,723件である。9月18日の1,277件から、34.9%の増加である。10月5日に初めて「教育、学習支援業」の請求が1件現われた。
認定件数のほうは、9月18日の655件から10月23日857件へ、30.8%の増加。
10月20日に初めて「決定件数」と「うち支給決定件数」との間に違いが現われ、11件の不支給件数があったことが明らかになった。すべてが社会保険・社会福祉・介護事業の医療従事者等であり(決定件数119件中の9.2%に相当)、関西労働者安全センターからの問い合わせに対して厚生労働省は、個別案件については答えられないとしながらも、11件はすべて、新型コロナウイルス感染症ではなかったということだと受け取ってもらってよいとのことであった。したがって、新型コロナウイルス感染症で不支給決定された事例はまだないことになる。
請求件数に対する支給決定件数として計算した「認定率」は、全体では9月18日の51.3%から10月23日の49.7%へ、やや減少している。相対的に処理が遅れているということである。
別掲表に、業種ごとの請求・支給決定件数と認定率を示した。
医療従事者等の請求件数は9月18日の1,026件から10月23日1,354件と32.0%増加、それ以外の請求件数は9月18日の244件から10月23日362件と48.4%増加している。
認定率は、海外出張者を除くと、医療業と複合サービス事業の医療従事者等及びそれ以外の労働者で学術研究・専門・技術サービス業、生活関連サービス業・娯楽業、医療業、複合サービス事業、サービス業(他に分類されないもの)で50%を超えており、上記以外の医療従事者等及びそれ以外の運輸業・郵便業、社会保険・社会福祉・介護事業がそれらに続いて40%超、製造業、卸売業・小売業、宿泊業・サービス業が30%台、建設業、情報通信業が20%台、農業・林業、金融業・保険業、不動産業・物品賃貸業、教育・学習支援業はまだ認定なしという状況である。
建設業、社会保険・社会福祉・介護事業、卸売業・小売業、宿泊・飲食サービス業は、とりわけそれなりの請求件数があるのに、認定が遅れているように思われる。
地方公務員災害補償の状況
地方公務員災害補償の状況の公表は、9月18日以降、9月30日、10月9日と10月23日現在の3回。
請求件数は各々、92件→95件→100件→109件で、14.7%の増加。こちらは幸いいまだ公務外認定事例は現われておらず、公務上認定件数は各々、49件→59件→60件→71件で、44.9%の増加であった。全体の認定率は53.3%→62.1%→60.0%→65.1%と推移している。
別掲表に、請求・支給決定件数と認定率を示した。医療従事者等は3職種合わせても78.9%と高く、消防吏員は100.0%、認定が進んで警察官65.4%、その他の職員62.5%となったが、清掃職員と技師ではいまだに認定事例がない。
厚生労働省が5事例追加
厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症に係る労災認定事例」(10月号参照)に、9月30日に2事例、10月21日に3事例を追加した。これで、示された事例は13になった。以下、事例番号は最新のもので、10月号で紹介した事例の内容は省略している。
新型コロナウイルス感染症(C OVID-19)に係る労災請求のご参考となるよう、労災認定の具体的な事例について概要をご紹介します。
なお、同感染症の労災認定の考え方について示した令和2年4月28日付け基補発0428第1号「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱い」(に記載している事項に沿って、職種に着目して事例をご紹介します。
1 医療従事者等の事例
【考え方:医師、看護師、介護従事者等の医療従事者等が新型コロナウイルスに感染した場合は、業務外で感染したことが明らかな場合を除き、原則として労災保険給付の対象となる】
(事例1) 医師
(事例2) 看護師
(事例3) 介護職員
(事例4) 理学療法士
2 医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定された場合の事例
【考え方:感染源が業務に内在していることが明らかな場合は、労災保険給付の対象となる】
(事例5) 飲食店店員
(事例6) 建設作業員
(事例7) 保育士
G保育士は、保育園で保育業務に従事していたところ、発熱等の症状が出現したため、PCR検査を行ったところ、新型コロナウイルス感染陽性と判定された。
労働基準監督署における調査の結果、G保育士以外にも、同時期に同僚労働者や複数の園児の感染が確認され、クラスターが発生したと認められた。
以上の経過から、G保育士は新型コロナウイルスに感染しており、感染経路が特定され、感染源が業務に内在していたことが明らかであると判断されたことから、支給決定された。
3 医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定されない場合の事例
【考え方:感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられる業務(複数の感染者が確認された労働環境下での業務や顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務など)に従事し、業務により感染した蓋然性が高いものと認められる場合は、労災保険給付の対象となる】
① 複数(請求人を含む)の感染者が確認された労働環境下での業務
(事例8) 工事現場施工管理業務従事者
工事現場の施工管理業務従事者であったHさんは、担当する現場の施工状況を管理する業務に従事していたが、発熱、咳等の症状が出現したため、PCR検査を受けたところ新型コロナウイルス感染陽性と判定された。
労働基準監督署において調査したところ、Hさんの感染経路は特定されなかったが、発症前の14日間に、換気が不十分な工事現場の事務室において日々数時間現場作業員らと近接な距離で打合せ等を行っており、Hさんの他にも、新型コロナウイルスへ感染した者が勤務していたことが認められた。
一方、発症前14日間の私生活については、自宅で静養するなど外出はほとんど認められず、私生活における感染のリスクは低いものと認められた。
医学専門家からは、換気が不十分な部屋で、他の作業者と近接な距離で打合せを行うなどの状況から、当該労働者の感染は、業務により感染した蓋然性が高いものと認められるとの意見であった。
以上の経過から、Hさんは、新型コロナウイルスに感染しており、感染経路は特定されないが、従事した業務は、複数の感染者が確認された労働環境下での業務と認められ、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと判断されることから、支給決定された。
(事例9) 建設資材製造技術者
建設資材の製造技術者のIさんは、品質管理業務に従事していたが、発熱、倦怠感の症状が出現したため、PCR検査を受けたところ新型コロナウイルス感染陽性と判定された。
労働基準監督署において調査したところ、Iさんの感染経路は特定されなかったが、発症前14日間に、勤務していた職場の事務室において品質管理に係る業務を行っており、Iさんの他にも、新型コロナウイルスに感染した者が勤務していたことが認められた。
一方、発症前14日間の私生活については、日用品の買い物で家族と自家用車で外出したことが1日あったのみで、家族以外の接触はなく、他人との濃厚接触はなかったことが確認され、私生活における感染のリスクは低いものと認められた。
医学専門家からは、新型コロナウイルスへ感染した者が事務室を往来していること、他の社員との会話の機会等における飛沫感染を否定できないこと等を踏まえると、当該労働者の感染は、業務により感染した蓋然性が高いものと認められるとの意見であった。
以上の経過から、Iさんは、新型コロナウイルスに感染しており、感染経路は特定されないが、従事した業務は、複数の感染者が確認された労働環境下での業務と認められ、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと判断されることから、支給決定された。
② 顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務
(事例10) 小売店販売員
(事例11) タクシー乗務員
(事例12) 港湾荷役作業員
港湾荷役作業員であったLさんは、トラックへの荷渡し業務等に従事していたが、発熱の症状が出現したため、PCR検査を受けたところ新型コロナウイルス感染陽性と判定された。
労働基準監督署において調査したところ、Lさんの感染経路は特定されなかったが、発症前の14日間に、荷渡しの際の確認のため、日々不特定多数のトラック運転手等と近距離で会話を行っており、感染リスクが相対的に高いと考えられる業務に従事していたものと認められた。
一方、発症前14日間の私生活での外出については、日用品の買い物などで、私生活における感染のリスクは低いものと認められた。
医学専門家からは、事業場において不特定多数の者との近接・接触の機会が認められ、当該作業員の感染は、業務により感染した蓋然性が高いものと認められるとの意見であった。
以上の経過から、Lさんは、新型コロナウイルスに感染しており、感染経路は特定されないが、従事した業務は、顧客等との近接や接触が多い労働環境下での業務と認められ、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと判断されることから、支給決定された。
(事例13) 調剤薬局事務員
調剤薬局事務員のMさんは、処方箋の受付、会計、データ入力などの業務に従事していたが、発熱の症状が出現したため、PCR検査を受けたところ新型コロナウイルス感染陽性と判定された。
労働基準監督署において調査したところ、Mさんの感染経路は特定されなかったが、発症前の14日間に、受付カウンターで日々数十人の処方箋の受付などの業務を行っていたことが認められ、感染リスクが相対的に高いと考えられる業務に従事していたものと認められた。
一方、発症前14日間の私生活での外出については、日用品の買い物程度で、私生活における感染のリスクは低いものと認められた。
医学専門家からは、不特定多数の医療機関受診者に対応した際の飛沫感染等が考えられるなど、当該事務員の感染は、業務により感染した蓋然性が高いものと認められるとの意見であった。
以上の経過から、Mさんは、新型コロナウイルスに感染しており、感染経路は特定されないが、従事した業務は、顧客との近接や接触が多い労働環境下での業務と認められ、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと判断されることから、支給決定された。
東京都モニタリング会議資料
東京都の新型コロナウイルス感染症モニタリング会議は、10月1日開催の第13回から10月29日開催の第17回まで、資料に「濃厚接触者における感染経路」を含めるようになっている。感染経路が職場の割合は、10月6~12日の週から10月20~26日の週までで、13.6%→23.4%→13.0%→9.7%→12.4%→15.5%となっている。
労働年齢の年齢においてはこの割合は、当然さらに高い。
かりに日本の感染者の10%が職場で感染したとすれば約1万人ということになるが、労災請求件数は増えたとはいえまだ1,723件、公務災害補償基金への請求が109件にすぎない。業務上災害、公務上災害とされるべき事案の多くが請求もされないままになっていることは明らかである。
安全センター情報2021年1・2月号 新型コロナウイルス感染症と安全衛生・労災補償⑦(2020年12月17日)
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