「指曲がり症」に公務(労災)災害認定/自治労・給食調理現場での取り組み 中桐伸五(自治労顧問医師)

自治労は、学校、病院、保育園、施設等の給食調理員に多発する「指曲がり症」が、長年給食調理業務に携わっていることによって起きる公務災害(労働災害)であるとして、地方公務員災害補償基金(基金)に対して公務上災害と認定するよう取り組みを進めてきた。
最初の認定請求から4年半経った今年10月、ようやく基金は、認定請求を行なっている自治労組合員165名のうち、58名に対して公務上外の認定を行なった。その結果は、公務上と認められた者24名、公務外とされた者34名となっている。

10年に及ぶ取り組み

自治労の「指曲がり症」の取り組みは、1982年、岡山県美作町の給食調理員の「私の指が曲がって痛いのは、仕事のせいではないか」との訴えから始まった。

指曲がり症(変形性手指関節症)「自治労」1989年1月23日より

この訴えを受けて、自治労は、岡山大学医学部衛生学教室の協力を得て、岡山県での実態調査や全国の給食調理員のアンケート調査などを実施。その結果、指曲がり症状は、給食の仕事と密接な関係があることが明らかになった。その後も調査や研究が進められ、また、被災組合員や単組の取り組みと自治労本部の決断により、「指曲がり症」を新たな職業病として認めさせるための公務災害認定請求に踏み切ることとし、88年5月、美作町の給食調理員が最初の認定請求を行なった。以降、3次にわたる一斉請求を行なうなど、現在までに165名が認定請求を行なってきた。そして、基金支部交渉、中央での認定請求者を中心とした総決起集会、基金本部・中央省庁交渉の配置、国会対策など、認定運動を大きく盛り上げてきた。

こうした取り組みの中で、基金本部は、中央労働災害防止協会にサンプル調査を委託し、その報告書「学校給食施設における給食調理員の勤務実態等に関する労働衛生学的調査結果報告書」(後掲資料1参照)が、今年3月にまとめられた。報告書は多くの不十分性をもつものであったが、「指曲がり症」の症状の発現と作業との問に関連性があり得ることを認めた(後掲資料2:中桐伸五自治労顧問医師「中央労働災害防止協会の報告書と批判」、「安全センター情報」92年9月号37頁記事参照)。

これに先立つ3月6日の「指曲がり症」公務災害認定に向けた自治労の中央行動で、基金本部は「報告書がまとまり次第、これを吟味、分析し、報告書を理解できる『造詣深い』医師を数名相談医として選定し、申請者の個別認定作業に入りたい。秋には結論を出す予定」と答えていた。
これに対して自治労は、自治体労働安全衛生研究会の中に「指曲がり症」研究会を設置、報告書の分析や批判なと医学的検討を行なって認定闘争を側面支援する体制を作り、各地で基金支部への働きかけを強化、9月21日には「指曲がり症」公務災害認定闘争勝利決起集会が開催された。この日行なわれた基金本部との交渉で、自治労側が①すみやかに公務上の認定を行なえ・②認定作業の具体的手順を明らかにせよ、③認定にあたり基金支部の自主性を尊重せよ、と追及したのに対して、基金本部は「認定に必要な一定の内容を得るにいたったので10月初旬には、各支部長から申請者に対して判断がなされると思う。調理業務との間に『相当因果関係がある場合もある』との結論を得た」と答えた。

第1次58名中24名を公務上

地方公務員災害補償基金は、10月8日、基金支部担当者を集めて第1次分の公務上外の認定について協議を行なった。この結果、自治労組合員58名のうち24名を公務上と認め、38名を公務外と判定、以後、順次請求者に通知された(他に自治労以外の2名を公務外としたので第1次認定対象者は60名)。都道府県別の第1次公務災害認定状況を表に示す。


この結果について、基金本部は次のようにコメントしている。

地公災基金本部コメント

  • 給食調理員のいわゆる「指曲がり症」については、10月1日現在で各支部において173件が受理されている。
    今回は、各支部長から理事長に協議されているもののうち、60件について協議回答を行なったものである。このうち24件が公務上として認定されることとなる。
  • 公務上外を判定するに当たっては、本件は、職業病として認められているものではないので、単に給食調理業務をある程度続ければ、公務災害として認められるというものではない。
    一般に疾病は、種々の原因が複雑に絡み合って発生するものであって、発病した職員がもともと有していた素因(体質等)や基礎疾患といったものが疾病の発症に大きくかかわっている場合が多く、公務起因性の判断は個々の事案に即した医学的判断をよりところとして行なうこととなる。また、このような原因の一つとして労働あるいは業務が介在することを完全に否定し得るものは極めて希であると考えられるが、単にこのような条件関係があることをもって直ちに業務と疾病との間に相当因果関係を認めるべきではなく、医学的にみて疾病を発症したと考えられる種々の原因のうち公務が相対的に見て有力な発症原因と認められる場合に限り、相当因果関係を認め、公務上の疾病として取り扱うことになる。
  • 本件疾病の場合について言えば、最近の労働衛生学的調査結果等を参考として、給食調理業務に相当期間(10年超)従事し、かつ、相当数(各年度における調理日1日の調理員1人当たりの調理食数を各年度分合計したものが2000食超)の給食数を調理したことに加えて、その期間において通常予想される程度の給食調理業務に伴う手指の負荷を顕著に超える過重性のある作業に従事したことにより当該疾病を発症させたと言えるか否かを判断することとなり、このためには、被災職員の業務歴(職務歴、勤務状況、業務量、作業態様、施設環境)及び既往歴等により総合的に判断することとなる。
  • 残りの事案については順次協議事務を進めていく。

成果と問題点(自治労コメント)

自治労は、第1次分の認定通知が出そろった10月30日に記者会見し、次のようなコメントを発表した。

  1. 地方公務員災害補償基金(以下、基金)は、給食調理員の変形性手指関節症、いわゆる「指曲がり症」について、自治労組合員が公務災害として認定請求をしている165名のうち、58名に対して公務上外の認定を行なった。その結果は、公務上と認められた者24名、公務外と判断された者34名であった(公務上の認定率41.4%)。
  2. (取り組みの経過一略)今回第1次分として24名を公務上と認定させたことは、10年に及ぶ自治労の運動の成果である。
  3. 民間の職場で同様の症状を訴えている労働者が多数あり、広島では労働災害の認定請求も行なわれている。このような状況のもとで、基金が民間に先がけて認定にふみきったことは、今後の公務災害の認定に積極的な意味を持つものとして評価できる。また、給食調理業務と「指曲がり症」との関連性を初めて公式に認めたことも、画期的な意味を持つ。
  4. しかし、今回の認定の内容については、その不十分性を不満をもって指摘せざるを得ない。その主な点は以下のとおりである。
    ① 88年に最初の認定請求をして以降、すでに4年以上を経過している。長期にわたって被災者の苦しみが放置されてきたことは、r迅速な」補償を謳っている基金制度の主旨に反するものであり、基金制度のあり方に問題を残した。
    ② 基金は「指曲がり症」を職業病とは認めておらず、「(給食調理業務が)相対的にみて有力な発症原因と認められる場合に限り、相当因果関係を認め、公務上の疾病として取り扱う」ことにしている。これは、個々の事例にっいて、公務災害としての立証責任を労働者側に課すことを意味し、容認できない。
    ③ 認定請求をしている165名は、いずれも「指曲がり症」の症状が顕著で、給食調理員としての経験も長く、しかも給食調理業務以外に発症の原因を見い出せない人ばかりである。したがって全員が公務上と認定されるべきである。しかし、今回の認定に当たって基金は、総じて認定請求者にとって厳しい基準を設定し、また病院、保育園、施設等においては基準さえも曖昧なまま公務外の判断を下している。このため、長期にわたる過重な労働の結果として重い症状に苦しんでいる人を救済できない場合があり、問題を残している。
  5. 自治労は、今回公務外となった方が、及び今後判断が示される方々の公務上認定を求めて引き続きたたかう。また、全国の「指曲がり症」の仲間の治療保障のための運動を強化する。「指曲がり症」は給食調理員の過酷な勤務条件が原因となって発症していることを重視し、自治労はその基本的な解決策としての職場改善に全力をあげて取り組む決意である。
  6. 民間職場においても、日々の労働によって同様の症状に苦しむ仲間が多数存在すると推定できる。自治労は、そのような人々とも連携をとって今後の運動を進めていく。

自治労では、10月26日に「指曲がり症」対策県本部担当者会議を開催して、このコメントを確認するとともに、今後の取り組みとして以下の点を確認している。

  • 症状が併発しているなどの例外を除き年内にも認定が出される見込の残る認定請求者の公務上認定のための対策を強化する。
  • 公務外と認定された被災者について、再度状況分析などを行なった上で本人の意志を尊重し、可能な限り支部審査会に審査請求を行なっていく。
  • 公的機関によって「指曲がり症」が業務に関連して発症し得るものであることが認められたことを足がかりに、症状で苦しんでいる仲間の治療保障、職場での予防対策を充実させるとともに、職場改善に取り組む。
  • 「指曲がり症」研究会での研究成果もふまえて、今後障害認定にも取り組む。

職場改善を結びつけて

新たな職業病として認めさせることだけでも大変なことだが、この間の自治労の取り級みで注目されるのは、たんに発生してしまった職業病の補償だけの取り組みに終わらせずに、”認定闘争・希望者全員の治療・職場改善”を三位一体の闘いとして取り組んできたことである。

「指曲がり症」には、「温める、動かす、それでもダメなら引っ張る」という治療が効果的。手の保温療法の一つとしては、「白ろう病」「振動病」の治療方法として知られる「パラフィン浴療法」がある。50~55℃程度に加熱したパラフィン(蝋)の中に手を数回~10回程度、ゆっくりと出し入れを繰り返すだけの簡単な治療法。「動かす」ということでは、「運動療法とマッサージ」。「引っ張る」ということでは、川崎医大リハビリテーション科の明石謙教授によって、指を引っ張るためのrスプリング器具」なども開発されている。

これらの治療方法は、一定の条件が整えられれば、わざわざ年休や病休をとって医療機関に通わなくても職場で実施できる。認定請求にまで踏み切れない被災者の治療を確保することにもなり、早期治療や予防の観点からも望ましいことは言うまでもない。自治労は、職場でそのような療法を実行できる条件の整備とともに、独自にパラフィン浴装置を製造メーカーと協同開発した。これを当局に資金を出させて導入し(1台137,000円、使用パラフィンは3週間あたり約10kgで約13,000円)、安全衛生委員会の管理のもとに、職場で利用できるようにしようという取り組みを進めている。認定請求者だけでなく「希望者全員の治療の確保」である。

さらに職場改善の取り組み。これは、「指曲がり症」の予防ということだけでなく、頸肩腕障害や腰痛など給食調理職場での他の疾病や災害の予防から職場の快適さの追及までを視野に入れることになる。すでに、機械、作業台等の改善、水を流す床(ウエット方式)からドライ方式の床への改善、リフトの設置など多岐にわたる事例を集めて、自治体労働安全衛生研究会ワークショップ編「シリーズ職場の改善対策事例①学校給食職場」もまとめられている。

自治体労働安全衛生研究会ワークショップ編「シリーズ職場の改善対策事例①学校給食職場」

このような取り組みを通じて、当局まかせ、担当者まかせ、専門家まかせなとという従来ありがちだったスタイルから現場労働者が参加する労働安全衛生活動への転換と促進がはかられることが期待される。そういう意味で、自治労の「指曲がり症」に対する取り組みの経験をあらゆる現場に生かしていきたい。

*参考:自治体労働安全衛生研究会「労安研ニュース」No21の矢沢寿義自治労社会保障局長の報告、1993年度自治労安全衛生・職業病対策集会議案・資料集、自治労安全衛生対策室編「自治体労働と安全衛生③指曲がり症」

資料1 中災防の調査結果報告書(学校等給食施設における給食調理員の勤務実態等に関する労働衛生学的調査結果報告書(平成4(1992)年3月)中央労働災害防止協会)

1 はしがき

地方公務員災害補償基金の委託により、「学校等給食施設における給食調理員の勤務実態等に関する労働衛生学的調査」を行なった。この調査は、給食調理作業業務といわゆる「指曲がり症」の発症との因果関係等について、一定の結果を得ることを目的とした。

本年度の調査は、平成元年度、2年度の予備的調査とは異なり、2年度末現在でいわゆる「指曲がり症」の認定請求者のいる施設を対象とし、東京都10施設(小・中学校)、兵庫県14施設(小・中学校8、給食センター3、病院2、保育所1)、札幌市19施設(小・中学校)、北海道5施設(小学校2、給食センター2、病院1)の計48施設において実施した。調査対象者は、認定請求者50名を含めた上記施設の253名の給食調理員とした。

調査の内容は、勤務実態調査、健康生活調査、労働医学的検査、整形外科的診断を行なうとともに、さらに調査をより有用なものとするため、業務歴調査及び医学的意見聴取等を行なった。
以下、その調査結果について報告する。

Ⅱ 調査概要(略)、Ⅲ 調査結果(略)

Ⅳ 考察

いわゆる「指曲がり症」は正式な病名ではなく俗称であって、医学的には手指の関節に発生した変形性関節症と考えられる。この変形性関節症とは退行性変化と同時に増殖性変化が起こって、関節周辺の形が変形することを総称している。変形性関節症の多くは中年以降に発症し、その場合股、膝、肘等の大関節に多く発生するとされている。手指の関節のうち、示指から小指の末節骨の基部(distal interphalangeal joint=DIP関節)に結節様の隆起を形成したものをヘバーデン結節といい、中節骨の基部(proximal interphalangeal joint=PIP関節)に同様の変化を起こしたものをブシャール結節という。これらの結節も変形性関節症の1つであって、年齢の進むにつれて発症率も高くなり、また男性よりも女性に多いことが知られている。

今回の調査の対象になった学校等の給食調理員のいわゆる「指曲がり症」の典型例が上記のヘバーデン結節並びにブシャール結節(以下「ヘバーデン結節等」という)と考えられる。先に述べたように、へバーデン結節等は加齢にともなって多くなる疾病とされており、給食調理作業に従事していない者にも一般的な疾病としてしばしば見られるものである。従って、一部1)でいわれている「給食調理員の指曲がり症は職業病だ」は正しい表現ではない。文献等1)2)3)によれば、指曲がり症の発生頻度が事務職員よりも給食調理員に多い(*)とされている。その事実から考えれば、給食調理員にみられるいわゆる「指曲がり症」は、「職業病」ではなく「作業関連疾患(work related disease)」とするのが正しいと考える。一方、給食調理員とコントロール群でヘバーデン結節陽性率に差はなかったという報告4)もある。

変形性関節症の主原因は不明であるが、関節の老化現象に器械的影響が加わって発生するほか、外傷、新陳代謝異常等も関与することが判っている。また、ヘバーデン結節等の発生因子として機械的因子(とくにつまみ動作)を考えた報告5)がある。なお、リウマチ性関節症、通風による手指の変形はその発症原因が明確であり、これまで述べてきた変形性関節症とは明確に区別しなければならないことはいうまでもない。また、外傷が原囚とされている槌指、スワンネック指、ボタン穴指もここでいう変形性関節症には入れないこととした。

調査対象者全員に対する医師の面接及び手指のレントゲン撮影を含む整形外科的診断の結果により、手指の痛みを主とする自覚症状や手指関節の腫張、運動制限(屈曲制限と伸展制限をいう)、偏位等の他覚症状の程度、手指のレントゲン所見の程度及び総合所見(医師による面接と手指のレントゲン撮影を含む整形外科的診断の所見とを総合したもの)と業務歴調査の結果との関連について検討した。その結果、他覚症状、レントゲン所見の程度及び総合所見と総経験年数及び総給食数との間に有意な関連が認められた。

また、単独校並びに給食センターの経験年数と給食数、牛乳瓶取扱い年数等も労働負荷に関与する可能性があることも示唆された。

その他、勤務実態調査においても一時的に作業密度の濃いと判断される作業があったり、釜作業、包丁作業、食器洗浄作業等が労働負担となり得ることが推定されたこと(Ⅲ章A節)等から、これまでの給食調理作業がある程度までの労働負荷があったのではないかと推察される。

以上のことを要約すると、本調査で認められたヘバーデン結節等を代表とする手指の変形性関節症の発症と、それに関連した終痛を主とする自覚症状や手指関節の腫張、運動制限、偏位等の他覚症状の発現が、給食調理作業と関連があり得る結果が得られた。

一方、給食調理員が給食調理作業に特定期間従事し、特定の給食数を調理すれば必ず発症するものではなく、むしろ発症しない例のほうが多いうえに、加齢とともに発症が増加する傾向も認められている。

また、先に述ぺたように、いわゆる「指曲がり症」は、給食調理作業に従事していない者にも一般的な疾病としてしばしば見られるものであることから、給食調理作業に係る労働負荷とヘバーデン結節等との関係を判断するためには、レントゲン所見、面接他覚所見等によるヘバーデン結節等の鑑別診断を行なうとともに、業務歴(職務歴、勤務状況、業務量、作業態様、施設環境)及び既往歴等を把握し、総合的に評価することが必要である。

今回の調査では対照群と比較して給食調理員に手指の変形性関節症の発症が多いとする文献等1)~3)を支持する結果が得られた。この結果は、平成元年度及び平成2年度の2回にわたる予備的調査では推察し得なかったことである。

なお、今回の調査は「はしがき」でも述べたとおり、いわゆる「指曲がり症」の認定請求者のいる給食施設の調理員を対象者としたことから、種々の病像の変形性関節症がみられた。例えば、レントゲン所見で手指関節に異常が認められたにもかかわらず自他覚症状が認められないもの、逆に自他覚症状が認められたにもかかわらずレントゲン所見に異常が認められなかったものがあった。このような病像のものが将来どのような経過をたとるか、調査することも必要なことと思われる。

参考文献等

1)中桐伸五他2名:指曲がり症…調理員の新しい職業病その治療と対策、労働基準調査会1989.3.10

2)甲田茂樹:給食調理員の手指の変形に関する疫学的調査研究、第1編全国調査結果の解析、第2編健康診断結果の解析労働科学64巻5号,1988

3)上野満雄他1名:学校給食調理員の「指曲がり症」(第1報)一検査成績から一、労働科学63巻6号,1987

4)鶴田登代志他1名:給食調理員の「指曲がり症」に関する調査研究、日本災害医学会会誌34巻4号,1986

5)辻田祐二良他3名:製紙工場女子作業員の手指変形、産業医学31巻,70~76,1989

学校等給食施設における給食調理員の勤務実態等に関する労働衛生学的調査結果報告書(平成4(1992)年3月)中央労働災害防止協会(PDF)

資料2 報告書の評価と批判(中桐伸五)

1 評価に値する点

  1. 本報告書は、調査の計画、調査の方法、調査結果の分析、調査結果の考察のどれをとっても労働衛生学的にみて問題点が含まれている。
  2. 本報告書の結果のうち、「病院」、「保育所」では調査人数が常勤24人、2人と少ないため、また「給食センター」では調理場の給食数の分布が5,000食程度が3つ、2,000食程度が2つと偏っているので、いずれも労働負担を評価するには例数が少なすぎる。したがって、本報告書の結果のうち、労働衛生学的にみて評価に値するのは「単独校」に関する部分だけである。
  3. 本報告書のうち、評価に値する単独校の給食調理員に関する調査結果をみると、年齢の影響を取り除いて検討した結果、「指曲がり症」の症状の発現と給食調理作業との間に関連性があることが推察されている。
  4. この結果をうけて、報告書の考察では、自治労の調査によって得られた結果を支持している。

Ⅱ 批判すべき点

  1. まず、調査計画上の問題としては、調理員と比較する他の職種の調査を行なっていないので指曲がり症が調理員の間で多発しているのか、そうでないのかを把握できない点にある。
  2. 調査結果の分析としては、次にあげるような批判点を指摘できる。
  • A.勤務実態調査については、現場の協力を得て、48施設にわたる大規模な現場調査によって得られた上肢の作業負担に関する調査結果と「指曲がり症」の所見との関連性が全く検討されていない。
  • C.労働医学的検査に関しては、握力、タッピング、ピンチ力、痛覚などの検査結果が、加齢とともに低下していると報告しているが、これは常識であり、このことだけをいいたいのであれば、今回のような大がかりな調査を実施した意味がない。必要なことは、年齢の影響を除外して、指曲がり症を有する手指に関する医学的な所見との関連性を検討することである。
  • D.整形外科的診断においては、ほとんどレントゲン所見を中心とした分析となっており、圧痛、腫張、運動制限、偏位など理学的な所見の検討がなされていない。また、症度分類においても、理学的所見、痙痛の程度、機能障害などを総合して行なうのが通常であるが、報告書ではレントゲン所見のみにて分類しており、あまりにも単純すぎる。仮に、本報告書の結果に基づいて認定実務が進められるとなると、多大なる混乱が引き起こされることになる。
  • D.整形学的診断において、報告書は、指曲がり症と加齢との関連に重点をおいて分析しているが、その立場に問題がある。つまり、加齢とともに骨が変形してくるという調査する前からわかっている医学の常識を確認するために力を注いでいる反面、採用時の年齢によって指曲がり症が発現してくるまでの作業負荷量が異なるか否かという点の検討がない。たとえば、もし40歳台での新規採用者の場合は、30歳台の場合よりも経験年数×給食数が少なくても発症するとすれば、今後の職場健康管理に大いに活用できるからである。
  • 手指関節の検査及び面接所見と作業負荷との関連分析については、数理統計上、次のような初歩的な誤りが含まれている。つまり、業務歴調査によって得られた、たとえば「牛乳瓶を扱った年数」なとの作業要因をみるのに、調理員としての経験年数の影響を除外して検討するという初歩的なミスをおかしていることである。「牛乳瓶の取り扱い」や「給湯設備のない施設」といった作業要因が指曲がり症の発症にどのように関与してくるのかを最も知りたいと思っているのは給食調理員自身であり、この点医学への期待も大きいものがあるが、報告書の分析方法では決してこのような期待に応えることができたとはいえない。

Ⅲ 認定基準との関連で批判すべき点

本報告書をうけて、基金は、なんらかのかたちで公務上・外を判断する基準を設定していくことになると思われるが、その際本報告書を前提とするのには以下のような問題がある。

  1. 報告書のなかでは、「指曲がり症」の病像を分類する上で一貫性を欠いているため、報告書に記載されている結果にもとついて認定基準をめぐる適切な議論ができない。
  2. 1の記載とも関連するが、報告書では、「ヘバーデン結節」とか「ブシャール結節」という病名はあくまで病像に対してつけられたものであり、病気の原因をめぐる立場からつけられた
  3. 病名ではないということが確認されていない。3.報告書では、指曲がり症と作業負荷量の関連性について、経験年数と給食数によって数量的に評価しているが、単独校とセンターの結果を一緒にして論じているのは適切でなく、もし、この結果をもってただちに認定基準の証拠として採用するとすれば医学的にみて妥当でない。
  4. 報告書のデータのうち、単独校の調査結果については、結果の分析方法を再検討するという前提条件を付けた上で議論の余地があるが、「給食センター」、「病院」、「保育所」に関してふれた部分は採用できない。
  5. 報告書は、指曲がり症が「職業病」であるという自治労の主張に対して、職業病ではなく「作業関連疾患」であるとの見解を示しているが、定義の一人歩きは危険である。指曲がり症に関する疾病概念の確立はきわめて重要であるが、そのためには給食調理労働負荷と指曲がり症の発症との関連性についての具体的な事実を正確に把握することが前提となる。この点、本報告書は、単独校における調理労働負荷と指曲がり症との関連性について、自治労の調査結果を支持する結果を得た以外には、他に評価すべき点を認め得ない。
  6. なお、あえて「作業関連疾患」について付言すれば、従来の職業病を概念の中に含めて考える考え方と、含めない考え方とがあり、現時点では十分なコンセンサスが得られていない。この点は議論の余地が残されている。しかし、近年、このような病気の考え方が提起されてきている背景としては、労働災害の補償のあり方をめぐってだされてきたというより、従来通りの病気と仕事のとらえ方に立っていては、今後職場でも、日常生活の中においても適切な疾病対策を打っていけないことが確認されてきたからであることだけ明記しておきたい。

安全センター情報1993年1月号