バス運転手の胸膜中皮腫に労災認定、 バス底部での点検作業でアスベスト曝露/佐賀

概要

本件は、定年退職後に胸膜中皮腫を発症したバス運転手のケースで、長年の従事期間において、バス底部の点検等の際、バスの部品として使用されたブレーキシュー、クラッチ板起源のアスベスト粉塵にばく露したとして、労災認定された事例である。会社(西鉄バス)では整備業務従事労働者の労災認定事例はあったがバス運転手の労災認定ははじめてとなった。

バスの運転手は前例なく、認定は難しい

2015年秋、東京の中皮腫・アスベスト疾患患者と家族の会に電話が入った。「父が中皮腫を発症し治療中。仕事はバスの運転手が長く、どこでアスベストと接触したのか分からない」という内容で、被災者の長男からの相談であった。被災者は佐賀市で療養されており、私(西山)が担当することとなった。

被災者・Kさん(昭和7年12月生れ)は、2015年8月頃から胸水が溜まりはじめ、大学病院で精密検査を受けたところ悪性胸膜中皮腫と診断された。医師からは「この病気はアスベストが原因で起こる病気です」と言われたが、アスベストとの接触は思い当たらなかった。また、「この病気は国から補償されます」とも言われたので、佐賀労働基準監督署に相談に行ったが、窓口の担当者からは「バスの運転手でアスベストの労災を受けた前例はない。認定は難しい」と説明を受けた。そのため、家族の会に相談が入ったのであった。

Kさんに職歴を聞くと、学校を卒業後、佐賀県の醤油会社と酒造会社に合わせて4年間勤務したが、仕事内容は醤油と酒の配達であった。
その後、2種の運転免許証を取得し、1964年3月末に西鉄バスに正規杜員として採用され、到津営業所(北九州市)に配属された。そして、1969年12月に佐賀営業所へと異動となり、1997年9月まで一貫してバスの運転手として勤務した。

退職後も再雇用されてバスのハンドルを握り、最後は高校のスクールパスを担当していた。女子高生から「おじちゃんの運転が一番安心」と言われたことと、運転手として勤務した約40年間に無事故無違反であったことが自慢であった。

バス点検時にアスベストばく露あり

石綿との接触がわからないと言われていたので、「バスのブレーキやクラッチにアスベストを使われていたことを知っていますか?」と尋ねた。
すると、「毎朝の運行前点検の際は、円管服(作業用ツナギ)に着替え、点検ハンマー持ち車両の下に潜り、点検を行っていた」と話してくれた。そして、「到津営業所の時も佐賀営業所に来てからも、車両の下に潜り点検をしていた」「数週間に一度は、工場の修理担当者が見学に来て、点検のやり方や時間についてチェックをしていた」「タイヤハウスの周りやマフラ一周りを点検ハンマーで叩くとほこりがよく出ていた」「車両の下回りの点検時聞は、毎日約10分程度だった」と、昔の記憶が溢れ出した。

バスの運転手が作業着に着替え、バスの下に潜り点検を行っていたとは知らなかった。
また、昔は道路事情も悪く、タイヤがパンクすることもよくあり、年に何回かは運転手がパンクしたタイヤの交換を行っていたそうである。その際に、「タイヤの内側等に触れると付着したほこりが飛散していた」と記憶されていた。

そこで、西鉄バスに労災申請の協力を依頼したが、Kさんは「バスの運転業務に従事しており、証明は出来ません」との回答であった。厚生労働省の発表によるとこれまで西鉄バスでは2名の方が石綿を起因とする疾病を発症したとして労災認定されているが、ともにバスの整備作業に従事していたため、会杜として証明したと説明があった。

同僚が証言

事業主証明がないままでの労災申請となるため、協力してもらえる同僚をさがした。
すると、佐賀営業所でバス運転手として一緒に勤務した3名が、作業内容について話してくれることになった。佐賀営業所においても、バスに乗る際は、運転手がツナギに着替え、バスの底に潜り、点検ハンマー用いて始業点検を行っていたと、3人が話してくれた。

Kさんは、「バスの運転手として働いた他の人にも被害が出るかもしれない。自分が労災認定を受けることで救済の道筋を付けたい」と語っていたが、2016年4月末に「誤嚥性肺炎」で亡くなられた。83歳であった。佐賀労働基準監督署に労災申請を行ったのは、2016年6月1日であった。

労災申請後の佐賀署の調査と判断は早かった。
8月16日付けの調査結果復命書において、「西鉄よりブレーキライニング、クラッチディスク、エアコンダクトの断熱材に石綿を含む部品が使用されていたと確認した」「同僚等に確認したところ、毎朝運航前点検として点検ハンマーを使って、パスの下回りの点検を行っていたことを確認した」として、「認定要件を満たす」と判断している。

直接死因は中皮腫でなかったが労災認定

ただ、死亡原因が誤嚥性肺炎であったため、本省協議事案とされ、労災と認定されたのは2017年5月12日であった。
石綿労災認定事業場の情報を確認しても、バス運転手の認定は初めてと思われる。Kさんと同じ様に働いていた他の運転手もアスベストを吸い込んでいる可能性があり、企業側は労働者の健康管理を徹底する必要がある。

西鉄バス元運転手 石綿労災
昨春死亡「点検で吸引」認定

西日本鉄道(本社・福岡市中央区)でバスの運転手として30年あまり勤務し、アスベスト(石綿)関連疾患の中皮腫を発症して死亡した佐賀市の男性について、佐賀労働基準監督署が今年5月に労災認定していたことが分かった。男性は毎日業務前にバスの下に潜って点検するなどしており、同労基署はブレーキなどに使われていた石綿を吸い込んだと判断した。

バス運転手のアスベスト被害は知られておらず、被害者団体は「健康診断などの対策が必要だ」と警鐘を鳴らす。
遺族などによると、労災認定を受けたKさんは1964年に西鉄に入社し、97年まで北九州市とさがし、福岡市の営業所でバスの運転手として勤務した。退職後の2015年8月に中皮腫を発症して昨年4月に83歳で死亡。遺族が同6月に労災請求した。

Kさんは生前、「毎朝運行前に作業用のつなぎに着替え、バスの下に潜り込んで約10分間、タイヤハウスやマフラーの周りをたたいて点検していた」などと家族らに話していたという。Kさんの元同僚も同様の証言をした。
一方、西鉄は同労基署の調査に対し、バスのブレーキやクラッチなどに石綿含有部品が使用されていたことを認めた。同労基署は「1日の作業時間は短いものの、間接的に石綿ばく露を受ける作業に(病気休職の2年を除く)約31年間従事し、その結果、中皮腫を発症したと考えられる」として、労災認定した。

厚生労働省によると、バスなどの自動車のブレーキには04年に禁止されるまで石綿が使用され、自動車整備工場などで働く整備士らに石綿関連疾患になっているが、運転手の健康被害はほとんど知られていない。
Kさんと遺族を支援した被害者団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(東京)の西山和宏・全国事務局員は「Kさんと同様に働いていた他の運転手も石綿を吸い込んでいる可能性があり。企業側は労働者の健康管理を徹底し、労災請求にも協力する姿勢が求められる」と指摘。西鉄は「今後このようなことがないよう安全面、健康面に最大限に配慮してまいりたい」とコメントした。【樋口岳大】

毎日新聞西部本社 2017年9月30日

記事/問合せ:ひょうご労働安全衛生センター

安全センター情報2018年3月号