石綿麻袋再生利用で中皮腫、労災認定。椅子張り作業で石綿ばく露/東京

2016年9月、東京都青梅市のHさん(当時79歳)から相談の電話をいただいた。「前年から肺炎、胸膜炎と診断され胸水を抜いて経過をみていたが、胸膜中皮腫と診断されました」とのことだった。主治医からは高齢のため手術は無理で抗がん剤の治療も勧められず、気を落とし不安を訴えられていた。さっそく自宅を訪問し、他の中皮腫の患者さんのことなどをお話し、一緒に頑張っていきましょうと申し上げた。

Hさんは腕のよい椅子張り職人だった。18歳から都内のT工場で働いた。同社は応接セット、ベッド、テーブル等の専門製造工場だった。Hさんは応接セットの製造する部署で布張り作業(通称「張り屋」)として腕を磨いた。当時T工場は高級椅子製造では日本で3指に入るほどで、従業員も70名ほどいたそうである。

椅子の布を張る行程は、①下ごしらえ、②中張り、③仕上げと3段階に分かれていて、一人で①~③の行程を仕上げる。麻袋をハサミで裁断し、椅子の座にバネを麻糸で止める。その上に中張りとして裁断した麻布を釘で打ちつける。バネの四方にわらを入れ、綿を敷く。中張りの上にウレタンや綿を入れ上布をはって仕上げる。

Hさんは椅子張り職人として働いてきたなかで、どこで石綿を吸ったのか見当がつかないと首を傾げていた。
過去、台東区浅草にあった小さな椅子製作所の職人さんが胸膜中皮腫を発症し、上野労基署で労災認定された事例がある。Hさんとほぼ同じ作業工程で、石綿入りの麻袋を再利用し、裁断や貼り付け作業で麻袋に付着した石綿の粉が飛散した。石綿協会が発行していた業界紙「石綿」にも、「石綿空袋売買」を専業とする会社の記事が掲載されている(昭和41年12月25日)。

浅草の椅子職人の資料を見せ、そのことを話すと、Hさんは膝を打って、「たしかに麻袋を広げると一面に白い綿のようなのが付いていて、ハサミで裁断し、釘で止める作業のとき白い粉が舞いあがった!」と、思い出した。

Hさんは、12年間T工場に勤務した後、他の会社に転職し、椅子製造の技能を指導してきた。最後に働いた会社の関係で所沢労働基準監督署に労災申請の手続をとった。労基署にはHさんの職歴、T工場時代の作業内容、石綿が入った再生麻袋の再利用で石綿に曝露し、胸膜中皮腫を発症したことを申し立てた。また、上野労基署の認定事例の資料も提出した。

T工場は火災を起こして廃業となり、跡地は住宅になっている。親族が別会社を作って椅子の修理をやっていることがわかったが、協力は得られなかった。東京椅子張同業者組合連合会にも出向き、椅子張りの工程で当時石綿が入った麻袋を再利用していたことを知る関係者を尋ねたが、回答は得られなかった。

Hさんは労基署の聴き取りで石綿麻袋を使った作業工程を詳しく申し立て、図面なども提出した。労災は所沢労基署から青梅労基署に移送され、2017年11月に認定された。患者と家族の会にも加入していただいた。これからも長くお付き合いしていきたいと思う。

記事/問合せ:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2018年5月号