教員・胸膜中皮腫、労災認定。不支給処分を取消す名古屋高裁判決(確定)。愛知淑徳学園教員:中皮腫の認定基準「原則1年ばく露要件」は不合理と判示/愛知

逆転完全勝訴、国上告せず確定

夫・宇田川|暁さん(死亡当時64歳)が中皮腫を発症したのは、勤務していた愛知淑徳学園中学・高校でアスベスト(石綿)を吸引したのが原因だとして、妻の宇田川かほるさんが名古屋東労働基準監督署の労災不支給決定処分の取り消しを求めていた訴訟の控訴審判決が2018年4月11日に名古屋高裁であり、藤山雅行裁判長は、訴えを棄却した一審を取り消し、労災を認める判決を言い渡した。

8ヶ月のアスベストばく露でOK

一審判決では、石綿に曝露した可能性があるのは中学校舎新築工事の行われていた8か月程度にとどまり、その程度も明らかではないとされたが、控訴審判決では、暁さんが学園に勤務していた延べ33年の期間中に、学園内で頻繁に行われていた建築工事でも石綿含有建材が使用された際に発生・飛散した石綿粉じんに間接的に曝露したり、施工後の吹き付け材・石綿含有建材の劣化・剥離によって発生した石綿粉じんに曝露したことを認めた。

とくに前述の中学校舎新築工事の内装工事が行われた昭和38年4月から同年11月までの8か月聞においては、石綿含有建材の切断、加工をしていた工事中の校舎内に暁さんが担任していた中学クラスや職員室があったことから、暁さんが曝露した石綿粉じん濃度は、一般環境レベルを超えるものであったことを認めた。さらに、曝露の程度は上記工事期に劣るものの、吹き付け材があったテレビスタジオや高校体育館勤務中にも、一般環境レベルを超える濃度の石綿粉じんに相当期間曝露したことも認めた。

控訴審での弁護団は、石綿曝露作業従事期間1年以上の労災認定基準は、国際的な診断基準であるヘルシンキクライテリアと乖離し、欧州諸国の労災認定基準に比べて厳格すぎると主張するとともに、ヘルシンキクライテリアや欧州諸国における労災認定基準からすれば、数週間以上又は、一般住民の環境性曝露のレベルを超える程度の職業性曝露があれば、中皮腫の業務起因性を肯定すべきであると主張してきた。

本省協議が必要なのは、2,3ヶ月程度を限度とすべき

今回の判決では、中皮腫の労災認定において、労働基準監督署が厚生労働省本省と協議するか否かを区切る基準だとしても「石綿曝露期間1年以上」を設定したことは医学的根拠に基づくといえず、合理性は認められないとしたうえで、せいぜい2、3か月程度を限度とすべきとの判断を示した。記者会見で位田浩弁護士は「中皮腫の労災認定基準を批判した初めての判決」と述べた。
4月26日の朝、位田弁護士より控訴審判決は国が上告せず確定したと連絡を受けた。

宇田川さんの学校アスベスト裁判を支援する会は、代表に公立高校元教諭の墨総一郎さんが就任し、アスベスト関連疾患の患者家族、学校労働者、医師、NGO関係者、労働組合、宇田川さんのご友人等が参加し2011年9月15日に発足した。その後、台風15号が東海地方に接近していた9月21日に行われた第1回口頭弁論から先日の控訴審判決言い渡しまで途切れることなく傍聴を行い、学校アスベストや建設アスベスト問題に関する集会、学校アスベストに関するホットラインなども開催した。
この訴訟に心を寄せ傍聴に通って下さった今は亡き私たちの仲間たちの中皮腫患者さんや石綿肺の患者さんの姿を思い出す。最後に、当会結成よりこれまで物心両面でのご支援をいただいた皆様には心より感謝申し上げます。
(もくれん2018年5月号より)

名古屋労災職業病研究会 事務局長 成田博厚

校内の石綿で中皮腫
名古屋高裁 元教諭遺族、逆転勝訴

愛知淑徳学園〔名古屋市千種区)の教諭だった宇田川暁さん(当時64)が中皮腫などで死亡したのは、学園内の石綿(アスベスト)が原因だとして、労災と認定しなかった国の処分の取り消しを遺族が求めた訴訟の控訴番判決が11日、名古屋高裁であった。藤山雅行裁判長は、請求を棄却した一審・名古屋地裁判決を取り消すとともに、労災認定しなかった国の処分も取り消すとした。

訴えていたのは宇田川さんの妻かほるさん(70)。同学園中学・高校の教諭だった宇田川さんは、2001年11月に中皮腫などが原因で死亡した。かほるさんは、宇田川さんが中皮腫になったのは「建物の工事などの際に石綿にさらされたため」と主張したが、名古屋東労働基準監督署は因果関係を否定し、労災認定しなかつた。

一審判決は、校舎が工事中だった1963年4月か.ら8カ月程度、宇田川さんが石綿にさらされた可能性を認めた.しかし、期聞が国の労災認定基準の「1年以上」でないことから「労災ではない」と訴えを退けた。
この日の控訴審判決で、藤山裁判長が一審の国の認定基準は「医学的根拠が明確でない」と指摘。そのうえで、国際的な基準に照らし合わせて、1年以上という基準に満たなくても、職場で常に石綿にさらされていたことから、中皮腫を発症したのは仕事に起因すると因果関係を認めた。

朝日新聞名古屋本社 2018年4月12日

名古屋高裁判決(2018/04/11)の内容
中皮腫に1年曝露基準は不当

中皮腫の労災認定基準の問題点を喝破した画期的判決となった今回の名古屋高裁判決のなかで、「裁判所の判断」の中皮腫の労災認定基準に関する部分のみ抜粋して紹介する。

(1)中皮腫の原因について

被災者の死因となった本件疾病(肺がん及び胸膜中皮腫)のうち、「中皮腫」とは、中皮(人の胸部や腹部の中にある肺、心臓、胃や腸などの内臓の表面と体壁の内側を覆い、これらの臓器がスムーズに動くのを助けている透明な膜。疑膜とも呼ばれる。)の表層にある中皮細胞にできるがん(悪性腫瘍)である。

中皮腫の発症は、そのほとんどが石綿粉塵にばく露したことによる石綿繊維の吸引、沈着にかかわるものであり、中皮腫は、石綿に起因する特異的疾患である。中皮腫には闘値がなく、医学及び環境学の専門家による「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する検討会」が平成18年2月に取りまとめた「「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書」(以下「平成18年報告書」ともいう。)においても、中皮腫の診断の確からしさが担保されれば、当該中皮腫は、石綿ばく露を原因とするものと考えて差し支えないものとされている。

(2)中皮腫の労災認定基準に関する国際的な状況

ア 国際的な認定基準としてのヘルシンキ・クライテリア

1997年1月にへルシンキで、開催された国際会議(日本からも、石綿関連疾患に造詣の深い医学者が参加し、決定に関与してきた。)の成果であるヘルシンキ・クライテリアは、現在も、石綿関連疾患の診断及び原因判定の診断基準として国際的に尊重されており、2014年版ヘルシンキ・クライテリアにおいても、中皮腫に関する基本的な事項については、変更なく踏襲されている。少なくとも中皮腫に関し、ヘルシンキ・クライテリアが、現在もなお国際的に尊重されている基準であることは、当事者間に争いがない。

ヘルシンキ・クライテリアは、中皮腫の職業起因性の評価に当たって、具体的なばく露期間の要件を定めておらず「非常に低いレベルのバックグラウンドの環境ばく露は極めて低いリスクをもたらすにすぎないが、短期間又は低レベルの石綿ばく露であっても、中皮腫について職業関連と診断するのに十分である。」としており、これは、一般住民の環境性ばく露のレベル(バックグラウンドレベルのばく露)を超えた職業性ばく露がある場合には、それが短時間あるいは低レベルのばく露であっても、中皮腫が職業性と認められるという趣旨であると解される。

イ 欧州諸国の中皮腫の職業病認定基準

(ア) 平成18年(2006年)の労災職業病保険欧州フォーラムで報告された欧州12か国における中皮腫の職業病認定のためのアスベスト粉塵ばく露基準をみると、このうち10か国では、最低ばく露期間の要件が設けられていない(ドイツ、ベルギー、デンマーク、スペイン、イタリア、ノルウェー、スウェーデン及びスイスの8か国では「わずかなばく露でも可」、フランスでは「最低限期間なしで日常的ばく露(業務の例示的リスト)」、ポルトガルで、は「(業務の例示的リスト)」とされている。)。また、2か国(オーストリア及びフィンランド)では、最低ばく露期間を設定しているが、それは、「few weeks」(「数週間」)というものである。

(イ) また、イギリスの労災補償制度においては、中皮腫の場合、特定の職業を明示することなく(他の疾患の場合には、より具体的な職業が例示されている。)、「環境一般において通常認められるレベル以上の石綿、石綿粉塵、又はあらゆる石綿混合物への曝露」により中皮腫に擢患した場合、給付対象となる。」とされ、一般環境中の石綿濃度のレベル以上の石綿粉塵にばく露したことを要件としているのみであり、石綿粉塵ばく露期間の要件は設けられていない。

(ウ) 上記(ア)、(イ)の欧州諸国の状況(中皮腫の労災認定基準において、ばく露期間の要件を設けないか、ばく露期間の要件を設けてもせいぜい「数週間」程度という状況)は国際的に尊重されているヘルシンキ・クライテリアの「非常に低いレベルのバックグラウンドの環境ばく露は極めて低いリスクをもたらすにすぎないが、短期間又は低レベルの石綿ばく露であっても、中皮腫について職業関連と診断するのに十分である。」とする見解に符合している。

ウ 以上のことからすると、中皮腫は、一般住民の環境性ばく露のレベルではほとんど発症しないばかりか、肺がん等の石綿ばく露によって発症する他の疾患と異なり、上記レベルを超える石綿ばく露以外の発症原因がほとんど考えられない点に大きな特徴のある疾患であると認められる。
そうすると、ヘルシンキ・クライテリアの趣旨のとおり、中皮腫を発症した者に一般住民の環境性ばく露のレベル(バックグラウンドレベル)を超える職業性ばく露があった場合には、それが短期間又は低レベルのものであっても他に中皮腫の発症原因が見当たらない限り、当該中皮腫の業務起因性を認めるのが相当である。

(3)本認定基準の「1年要件」について

ア 厚生労働省労働基準局長が平成24年3月29日付けで発した「石綿による疾病の認定基準について」(基発0329第2号)(本認定基準)は、被災者の死因となった胸膜中皮腫(石綿肺の所見がないもの)について、「石綿ばく露作業の従事期間が1年以上ある場合」(最初の石綿ばく露作業開始から10年未満で発症したものを除く。)に業務起因性を認めるという考え方に立っている(本認定基準第2の3(2))(1年要件)。

被控訴人は、この1年要件は、石綿ばく露期間が中皮腫発症の重要な要因の一つといえることから、1年要件に該当する場合には業務起因性を認めることとしたものであり、これに該当しないものについては、関係資料を踏まえて、厚生労働省本省との協議により、当該事案における個別具体的事情を総合して業務上外を判断する(本認定基準第3の5(2)ウ)ための基準であって、ばく露期間が1年に満たないものについても、例えば、作業環境管理が十分行われていなかった時代に、吹き付け作業、原料投入作業等の石綿飛散が著しい作業に従事した場合については労災認定されることもあるから、不合理なものではないと主張する。

イ しかし、本認定基準が中皮腫の労災認定について本省協議とするかどうかを区切る基準として「石綿ばく露期間1年」を採用した医学的根拠は、明確とはいえない。本認定基準の策定経過において参照されたという諸外国の状況や医学的知見のうち、平成15年8月26日「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会報告書」(平成18年報告書の引用文献(2)では「(2004)」として掲げられている(以下「平成15年報告書」ともいう。)に記載されている①平成11年から13年までの3年間において石綿による中皮腫として労災認定された国内の93事例に関する報告は、それ以前のわが国の中皮腫の労災認定基準で石綿ばく露作業の従事期間を「5年以上」としていた時期の統計であって、参考にならないし、②諸外国の状況や医学的知見として参考にされたというドイツの状況は、対象期間のほとんどがヘルシンキ・クライテリア(1997年)公表前の期間にかかるもので、最小ばく露期間のデータがないし、ノルウェーの事例は対象期間の全てがヘルシンキ・クライテリアの公表前の期間にかかるものであり、スウェーデン、デンマーク、フィンランドに関する報告はいずれもばく露期間に関するものではないから、いずれも、「1年以上」のばく露期間を設定する根拠となり得るものではなく、③Bianchiらの報告(平成18年報告書の引用文献(6))は、「造船業を主とする石綿ばく露作業歴を有する胸膜中皮腫症例では、石綿ばく露作業従事年数が明らかな男性325例のうち323例は1年以上のばく露歴が認められたこと」を報告するものであるが、325例中の2例については1年未満のばく露歴しかなく、また、1年未満のばく露歴しかなく、中皮腫を発症しない者が他にどの程度存在するのかも明らかでないから、「1年以上」のばく露期間を設定する根拠となり得るものではない。そして、平成18年報告書9頁に記載されている「職業ばく露とみなすために必要なばく露期間」に関する記述は、上記平成15年報告書をなぞるものにすぎず、ばく露期間1年未満の場合についての中皮腫発症の危険性についての検討が十分になされたものとは認められない。

ウ 以上からすると、わが国における中皮腫の労災認定において、本認定基準が、厚生労働省本省との協議とするか否かを区切る基準として、「石綿ばく露期間1年以上」を設定したことは、十分な医学的根拠に基づくものということはできずばく露期間1年未満の中皮腫を一律に本省との協議とすることに合理性は認められない。

労災認定の基準や手順及び補償の程度は、各国が独自の判断で、それぞれの国の実情に応じて定めるものではあるが、業務起因性の判断自体は科学的知見に基づく合理的なものでなければならず、その意味では合理的な国際的基準がある以上、それを尊重すべきものである。そして、中皮腫は、一般住民の環境性ばく露のレベル(バックグラウンドレベルのばく露)を超えた職業性ばく露がある場合には、それが短時間あるいは低レベルのばく露であっても、それだけで発症する危険があるのであり、国際的に尊重された診断基準であるヘルシンキ・クライテリアが、この医学的知見に基づいて、「短期間又は低レベルの石綿ばく露であっても、中皮腫について職業関連と診断するのに十分であると考えるべきである。」としていること、欧州諸国における労災認定基準が、13か国中11か国は、中皮腫の労災認定基準において最低ばく露期間の要件を設定しておらず、最低ばく露期間を定めている2か国も、「few weeks」(「数週間」)としていること(上記の(2)イ(ア)、(イ))に照らせば、わが国の中皮腫の労災認定基準において、仮に、厚生労働省本省との協議とするか否かを区切る基準としてばく露期間の要件を設定する必要があるとしても、それはせいぜい2、3か月程度を限度とすべきであると考えられるし、設定されたばく露期間の要件を満たさないものについても、就労場所におけるばく露状況等を検討することによって、中皮腫の発症に業務起因性を肯定すべきものが存在するというべきである。

安全センター情報2018年7月号