電気工の石綿肺がん労災認定、石綿ばく露歴を重視し総合的に判断:「医学的所見の壁」を突き破ろう/神奈川

概要・解説

本件は、40年間電気工として建設現場で働き直接、間接にアスベストばく露してきた男性が肺がんを発症し死亡し、アスベスト肺がんとして労災申請した。肺の組織検査は実施しておらず画像だけがある状況なため、石綿小体・石綿小体の検査が行えないなか、石綿ばく露実態を具体的に主張し、最終的に総合的な判断としての支給決定とされた事案である。電気工という職種はすでに肺がん、中皮腫といったアスベスト疾患での労災認定者が多数存在している事実に鑑みると、本件のように医学資料による証拠が尽くせない事例においては、石綿ばく露歴を重視した労災認定がおこなわれべきである。

電気工事40年

Kさん(3年前に肺がんで死亡)は、中学校卒業後、職業訓練校を経て、1964年に電気工事会社に就職。それから約40年間一貫して電気工事業に従事してきた。Kさんはとりわけ、鉄骨造りや鉄筋造りの工場やマンションの電気配線工事を行ってきており、その作業環境として、周りには石綿が吹き付けられ、かつ天井裏などの狭く換気の悪いスペースで作業を行ってきた。また、電気配線の作業のため、石綿が含有される壁や天井のボード類を切断、穿孔する作業にも従事してきた。
組合では、これらの作業歴からKさんはアスベスト職業病の被害者だとし、労災認定(遺族補償)を求める取り組みを進めた。

「医学的所見」の壁

その中で私たちの前に立ち塞がった大きな壁は、「医学的所見」の有無だった。日本の現行の労災認定基準では、「肺がん」の場合は、業務上曝露したという作業歴と合わせて、「医学的な所見」がなければ労災認定されない。

組合では、Kさんの胸部レントゲン写真を取り寄せ、神奈川労災職業病センターの斎藤竜太先生に診ていただいたが、「この写真では石綿肺は厳しい」とのご意見だった(細胞等の組織は検査していなかった)。
しかし、私たちはそれであきらめるわけにはいかない。斎藤先生が仰るには、人間には個体差があるので、同じ仕事を行い同じ曝露環境でも、人によっては医学的な所見が出る人もいれば、出ない人もいる。また、レントゲン写真や肺の細胞組織など、たまたま抽出したところに医学的な証拠が乗っかればいいが、乗っからない場合もある。だから、この医学的所見の有無が労災の支給・不支給を決定することには無理がある。

肺がんと石綿の関連性を定めた国際的な基準である「ヘルシンキ基準」では、石綿を吸ったという医学的な所見がなくても、「作業歴=石綿の曝露歴」のみで肺がんは石綿によるものと結論づけている(安全センター情報2007年5月号)。しかし残念ながら、日本の現状はとても遅れている状況にある。

労働局や労基署と交渉

そこで私たちは、「作業歴」を重視して労災認定の審査にあたるように、相模原労働基準監督署に強く申し入れを行った。労災保険による遺族補償の請求を行ったのが、2007年6月13日。そしてちょうどよいタイミングで、神奈川労災職業病センターが毎年行っている神奈川労働局および県内の労働基準監督署との交渉が予定されていた。相模原労基署との交渉が7月12日、神奈川労働局との交渉が7月31日。
労基署と労働局に対して強く申し入れの出来る絶好の機会だったので、執行委員長、賃金労働対策部長をはじめ組合員10数名が、Kさんのご遺族とともにこの二つの交渉に参加した。


交渉では、Kさんの肺がん発症は業務上曝露した石綿が原因であるとする労災認定を求める「意見書」を提出するとともに、参加した建設ユニオンの組合員から建設現場の実態をアピール。建設現場では、これまでどれだけの石綿が使われ、飛散し、私たちが絶えず石綿に曝されてきたのかを強く訴えた。役所の机上では測り知れないほどの建設現場における実態、被害状況を、参加した10数名がそれぞれ自分の作業体験をもとに訴えた。
また交渉では、神奈川労災職業病センターの皆さんや、一緒に参加していた他組合の方々の援護射撃のこ発言に非常に助けられ、勇気付けられた。ありがとうございました。

仲間と勝ち取った労災認定

8月に入り、Kさんの労災を認める支給決定がなされた。「医学的所見」の壁から、労災認定の厳しさを感じていたご遺族や組合にとって、まさに衝撃的な支給決定だった。相模原労基署の担当者に話を聞いてみたが、「医学的所見」については明言を避け、「総合的に判断した」との回答であった。斎藤先生のご指摘どおり、胸部レントゲン写真上ではおそらく「肺がん」の影が強くて「石綿」の影はその後ろに隠れている、と判断されたのではないかと思う。

まさに「作業歴」を重視した労災認定が出されたのである。組合の仲間たちによる建設の現場直送の訴え、ご遺族の声、労災職業病センター他の皆さんの声が、相模原労働基準監督署に届いたのだと確信します。この認定は、全員で勝ち取った労災認定です。
「作業歴」を重視した支給決定は、現在、そして今後に広く顕在化するであろう潜在的なアスベスト被害者の労災認定の礎として大いに役立たせたく、広く皆さまにアピール差し上げた次第です。共にがんばりましょう!

神奈川建設ユニオン 書記次長 鈴木江郎

安全センター情報2007年12月号