建設・アスベスト肺がん、審査請求で逆転・労災認定。救済法審査の「胸膜プラークあり」が証拠に/茨城
建設業従事歴が10年以上あり、原発性肺がんを発症、労災申請したところ労基署調査では「胸膜プラークなし」とされ労災不支給処分とされたため、不服審査請求を行った。一方石綿救済法による救済給付の申請もしたところ、救済法審査においては「胸膜プラークあり」との所見があるものの救済法の肺がん認定基準に至らないとして不認定となった。そこで、救済法審査での「胸膜プラークあり」の医学的診断結果を労災審査官に証拠提出したところ、不支給処分が取り消され、労災認定された事例。
目次
長年建築・解体に従事、肺がんに
茨城県内に在住のOさんは、2017年3月29日に患者と家族の会が実施した水戸市での相談会に参加された。Oさんは、2014年に肺がんを発症していた。長年、建設労働者として18社で勤務し、石綿製品が被覆材や建材として用いられる建物、その付属施設等の建築・補修または解体作業に従事してきた。
労災認定基準に合致、労働者性あり
亀戸ひまわり診療所の平野敏夫医師にOさんのレントゲン・CT画像を読影していただき、石綿曝露によってのみ発生するとされている良性の病変である「胸膜プラーク」の存在を確認できた。石綿肺がんの労災認定基準ではいくつかの要件があるが、認定者の多くは「胸膜プラーク所見+石綿ばく露作業従事期間10年以上」の基準で認定されている。
Oさんからは当初、「自営業」で仕事をしていたと聞いていたが、給与体系や作業時の指示系統などを細かく聞くと請負で仕事をしていたこともあるが、平行して日給月給で仕事をするなど「労働者性」が強く疑われる実態があることも確認できた。2018年1月19日に水戸労働基準監督署に労災請求をして、あとは認定を待つだけの状態だと判断して、本人にも「認定になりますから大丈夫です。待っていてください」と伝えた。
主治医・労災協力医が「胸膜プラークなし」で不支給決定
ところが、同年6月になって不支給決定通知が届いた。
調査結果復命書を取得したところ、主治医も労災協力医も「胸膜プラークなし」との判断をしていた。
8月に茨城労災保険審査官に対して審査請求の手続きに入ったが、同時に、石綿健康被害救済制度への申請をした。救済制度への申請は、判定の基準が労災制度と異なることなどから不認定になることを想定したのだが、「胸膜プラークあり」の判定を得ることを狙ったものだった。
不認定も「胸膜プラークあり」
狙いどおり、救済制度からは不認定の通知が届いたが、情報公開請求によって判定の議事録を取得・確認したところ、「胸膜プラークあり」の判定であった。
さっそく、証拠として判定結果と議事録を労災保険審査官に提出した。この時点で2019年7月となっていた。この間、口頭意見陳述の開催を申し出つつ、実施をできるだけ引き伸ばし、実施後も「新しい証拠を出す予定」ということで意見書を出すということで提出を待ってもらっていた。
「新証拠」で原処分取消、労災認定
結果、2019年11月28日に茨城労災保険審査官の決定が出されて、原処分取り消しとなった。 Oさんは、不支給処分を受けた直後から患者と家族の会の会員になり、このようなおかしな決定に対しては認定されるまで諦めずに申し立てをしていくことを確認しながら進めることができた。
休業補償については時効になってしまっていた期間もあったが、結果的に原処分が取り消されて一部期間について給付がされることになって安堵した。
茨城労働局に善処を要請
しかし、茨城県でもこれまでに石綿肺がんに係る請求をして、同じようなかたちで不認定になってしまったケースもあったのではないかと想像される。そもそも今回、Oさんが受診していた医療機関は都道府県がん診療拠点病院と指定されている県内有数の医療機関であったし、茨城労働局が指定している呼吸器関係の労災協力医も同医療機関をはじめとする県内の有力な医療機関の7名の医師たちで構成されている。今回の件で、アスベスト疾患の鑑別にとって重要な指標となる胸膜プラークの読影が適切にされていない一端が明らかになってしまった。
そのようなことから、2019年12月9日にOさん、患者と家族の会世話人のMさんと茨城労働局を訪問して要望書を提出、労働局としてして今回の件についてどのような認識をしているのかを確認するために監察官と面談の機会を得た。
まず、労働局としてOさんに謝罪する意思があるのかどうかを聞いたが、「時間をかけてしまったことは申し訳ないと思っているが、今日の時点では謝罪する、しないは判断できない。労働局長には報告する」との対応だった。
また、要望書には、過去の不認定者に本件の報告をするとともに相談先として患者と家族の会を記載して個別周知をすること、労災協力医にOさんの胸膜プラークを適切に読影した平野医師を協力医に加えるとともに、読影をはじめとする診断能力のレベルアップを図るための具体的な施策を検討することを要望した。2020年1月以降、継続してこれらの問題を協議していくことも確認した。
記者会見後に新たな相談が
労働局との面談後、県庁記者クラブに移動して、記者会見を実施した。Oさんは、顔も名前も出して会見をし、大手報道機関をはじめ、地元新聞社も熱心な取材をして報道をしてくれた。
その関係で、茨城県内の肺がんを罹患した方からの相談が何件か寄せられ、なかには「自分も肺がんだが、Oさんと一緒に仕事をしていた」という方や、Oさんと同じ病院で肺がんの治療をしている元建設業従事者からの相談もあった。Oさんが、「他にも同じように苦しんでいる人がいるかもしれないから」という気持ちで、誠意を持って会見に臨んでくださった結果がこのようなかたちで現われた。
本誌でもふれてきたように、石綿肺がんの補償・救済についてはまだまだ課題が山積みであるが、新たな試みも始まっている。
2019年12月に大阪で開催された日本肺がん学会では、肺がん患者団体の関係者と中皮腫サポートキャラバン隊が連携して、石綿肺がんの問題をポスター発表して、問題の整理と今後の課題について検討している。
肺がん当事者団体との連携が今後、新しい道をつくっていくことを期待しつつ、日常相談で寄せられる肺がん患者の方の相談を続けていきたい。とりわけ、「医学的所見が認定基準に合致していない」建設労働者の肺がん罹患者も散見されるが、現行の認定基準がおかしいことを説明した上で本人たちに意欲があれば、審査請求・再審査請求を覚悟して支援をしていきたい。
澤田慎一郎 全国安全センター事務局
安全センター情報2020年3月号
解説
胸膜プラークは、アスベストを原因とする(良性)所見とされる。アスベスト肺がんの労災認定要件における重要所見であるが、医師が読影できなかったり、所見は見えているにもかかわらず胸膜プラークと認めようとしない例がある。あるものが、ないとされると、労災が認められないケースが出てくる。
本件は胸膜プラークがポイントの事例で、労災申請に経験のある専門相談員に相談したことで労災認定に至ったといえる。
また本件は建設業によくある、「自営業」を標榜しているが実態は労働者であって、労災保険が適用できるケースであった。「自営だから労災は無理」と流れなかったのは、経験のある専門相談員に相談したことが大きいといえるだろう。
加えて、労災請求までに期間を要した場合、労災保険請求の時効で請求できない期間が生じるときがある(例:休業補償は2年)。本件もこれが一部に生じている。
本件はこのように、労働者性、時効への対処、労災制度と救済制度の活用、胸膜プラークの所見が問題になるときの対処法といった、アスベスト疾患、肺がんの労災実務における重要ポイントいくつかを含む事例だった。
中皮腫、肺がんなどのアスベスト疾患の労災申請、救済申請、不服審査などに際して、全国安全センターや各地の安全センター、労働組合など支援団体の専門相談員に相談されることを勧める。中皮腫の治療、治験、患者の体験などについては、中皮腫サポートキャラバン隊が対応している。