関西建設アスベスト訴訟大阪二陣・三陣大阪地裁判決2023年6月30日
目次
理由の要旨
大阪地方裁判所第16民事部
1 事案の概要
本件は、建設作業等に従事した際、石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である原告らが、石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造・販売したことが不法行為に該当するなどと主張して、不法行為(民法709条又は民法719条1項後段の類推適用)に基づき、各被告に対し、損害賠償を求める事案である。
(参考) 石綿関連疾患にり患した者 73名
原告数 129名
被告企業 21社
2 製造中止等義務について
原告らが主張する時点において、被告らが、直ちに石綿含有建材の製造・販売の中止・停止義務を負っていたということはできない。
3 警告義務について
(1) 基本型
石綿含有建材(吹付材を含むが、外装材は除く。)を製造・販売していた被告らは、昭和48年には、少なくとも、屋内建設現場における建設作業従事者(吹付工を除く。)との関係で、当該建材から発散される石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患する危険性を具体的に予見することができたのであり、昭和49年1月1日には、屋内建設現場における建設作業従事者(吹付工を除く。)との関係で、自らが製造・販売した石綿含有建材の危険性及びその回避手段について警告すべき義務を負担することになったというべきである。
(2) 吹付作業従事者との関係
吹付石綿及び石綿を含有する吹付ロックウールを製造・販売していた被告らは、昭和46年初めには、吹付石綿の吹付作業が吹付作業従事者(吹付工)に石綿関連疾患を発症させる危険性を具体的に予見することができたのであり、昭和46年4月1日には、吹付石綿及び吹付ロックウールの吹付作業従事者(吹付工)との関係で、自らが製造・販売した吹付石綿及び吹付ロックウールの危険性及びその回避手段について警告すべき義務を負担することになったというべきである。
(3) 屋外建設現場における建設作業従事者及び外装材との関係
石綿含有建材を製造・販売していた被告らにおいて、屋外建設現場における建設作業従事者との関係で、その者が当該建材から発散される石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患する危険性を具体的に予見することができたと直ちに認めることはできない。そして、特段の事情がない限り、石綿を含有する外装材を製造・販売していた被告らにおいて、建設作業現場において外装材を使用する者との関係で、その者が当該外装材から発散される石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患する危険性を具体的に予見することができたと認めることはできない。
もっとも、石綿を含有する外装材であっても、屋内(ないし屋内に準じた状況下)で加工等の作業されることがそれなりにあり、当該外装材を製造・販売する被告らにおいて、そのような作業実態を認識することができたのであれば、当該外装材の加工等の作業を屋内(ないし屋内に準じた状況下)で行う者との関係で、その者が当該外装材から発散される石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患する危険性を具体的に予見することができたと認められる場合もあるものというべきである。
そして、押出成形セメント板を製造・販売する被告ノザワは、遅くとも昭和51年には、押出成形セメント板を屋内(ないし屋内に準じた状況下)で加工等する建設作業従事者との関係で、当該建材から発散される石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患する危険性を具体的に予見することができたのであり、同年には、押出成形セメント板を屋内(ないし屋内に準じた状況下)で加工等する建設作業従事者との関係で、自らが製造・販売した石綿を含有する押出成形セメント板の危険性及びその回避手段について警告すべき義務を負担することになったというべきである。
(4) 建材を最初に使用する者以外の者との関係
警告表示義務は、当該建材を建物に取り付ける作業等のような当該建材を最初に使用する際の作業に従事する者に対する関係においてのみ負担するものではなく、屋内建設現場において、当該建材が一旦使用された後に当該工事において、必要な限度で吹付材を剥がすといった作業や当該建材に配線や配管のため穴を開ける作業等をする者あるいは石綿粉じんの発散を伴う作業が行われている現場の近辺で他の作業等を実施する者に対する関係においても負担するものというべきである。
(5) 建物の解体作業従事者との関係
被告らが、石綿含有建材を製造・販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業従事者に対し、警告義務(警告表示義務)を負っていたということはできない。
4 石綿含有建材の建設現場への到達の認定手法について
(1) 建設作業従事者らの職種ごとに、その職種の一般的な作業内容や作業現場の実態、建材の性質等からその職種が取り扱うことが多く、作業をすることにより石綿粉じんにばく露するといえる種類の石綿含有建材を選別しつつ、当該被災者の職種、就労時期・期間、選別された種類の石綿含有建材の製造時期及び販売時期を対比するほか、当該被災者の作業した建物の構造・性質、作業現場の実態、作業内容、石綿含有建材の性質及び石綿含有建材の取扱状況等を踏まえて、石綿粉じんのばく露による当該被災者の石綿関連疾患の発生原因となる可能性が高い種類の建材を抽出し、あるいは、その可能性が低い種類の建材を除外し、当該被災者の関わった作業現場における個別事情をも踏まえて、当該被災者が石綿粉じんにばく露する原因となった種類の石綿含有建材(以下「特定種類主要原因建材」という。)を特定する。
(2) 当該被災者が、上記(1)で特定された種類の石綿含有建材のうち、その取り扱った石綿含有建材の名称、製造者等につき具体的な記憶に基づいて供述等をする場合には、その供述等の信用性を吟味し、当該被災者の作業する建設現場に到達した石綿含有建材を製造・販売した会社を特定することを検討する。
(3) 上記(2)による特定ができなくても、上記(1)で特定された種類の石綿含有建材のうち、一定のシェアがあるものについては、その、シェア(市場占有率)を用いた確率計算を考慮して、当該被災者の作業する建設現場に到達した蓋然性を検討し、到達した蓋然性が高いと認められる場合には、石綿含有建材を製造・販売した会社を選定した上で、その会社を除外すべき事由を検討し、他の間接事実も考慮して、各原告が石綿関連疾患にり患したと主張する被災者との関係で警告表示義務に違反し、所定の警告表示を付することなく石綿含有建材を製造・販売した会社を特定し、その特定された会社が製造・販売した石綿含有建材が、上記被災者が作業に従事する建設現場に到達したと認められるかを検討する。
(以下、(2)又は(3)により特定された石綿含有建材を製造・販売した会社を「特定主要原因企業」といい、特定種類主要原因建材のうち、その特定された会社が製造・販売した石綿含有建材を「特定主要原因建材」という。)
5 シェア等について
(1) シェアについては、原告らが主張するシェア10%は、一応の合理性を有する数値であると考えられる。
(2) 石綿含有建材ごとのシェア等については、以下のとおりである。
① 吹付材
昭和49年以降の吹付石綿を製造・販売する被告らのシェアを認めるに足りる的確な証拠はない。
昭和49年以降に建設現場で使用された石綿含有吹付けロックウール及び湿式石綿含有吹付材については、被告ニチアスについては昭和50年まで、被告A&AMについては昭和51年まで、被告太平洋セメントについては昭和54年までは、シェアを用いてこれらの被告らを特定主要原因企業であると認めることができる場合がある。
② 石綿スレートボードとケイカル板1種
石綿スレートボードとケイカル板1種を合算した場合のシェアについては、被告A&AM、被告MMK及び被告ニチアスのシェアがおおむね10%を超え、平成4年までは、このシェアを参考にして特定主要原因企業を推認することができる。ただし、建築現場が主に住宅であった被災者については、シェアを用いて、被告ニチアスを特定主要原因企業であると推認することはできない。
北海道内の建設現場で使用された石綿スーレートボード及びケイカル板1種については、被告A&AM及び被告ノザワのシェアがおおむね10%を超える。
③ 石綿含有ロックウール吸音天井板
個別の被災者の特定種類主要原因建材が石綿含有ロックウール吸音天井板であると認定された場合には、シェアを利用して、被告大建工業、被告日東紡績及び被告パナソニックが特定主要原因企業であると推認することができる場合がある。
④ ケイカル板2種
ケイカル板2種に関しては、被告日本インシュレーション、被告ニチアス及び被告A&AMが製造・販売した製品が相当程度使用されたことを一応推認することができる。
⑤ 混和材
「テーリング」と競合するモルタル混和材の市場においては、少なくとも昭和49年以降、同製品が圧倒的なシェアを占めていたと認めることが相当であり、これらの事情を踏まえて、ノザワを特定主要原因企業、テーリングを特定主要原因建材と認めることができる場合がある。
6 特定主要原因企業である被告が負うべき責任
特定主要原因企業に該当する被告らは、いずれも特定主要原因建材に該当する石綿含有建材を製造・販売する際に、当該建材が石綿を含有しており、当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材やその包装に表示すべき義務(警告表示義務)を負っていた。にもかかわらず、上記被告らがその義務を履行していたと認めるに足りない。
そして、民法719条1項後段の類推適用により、本件各被災者ごとに認定された特定主要原因建材を製造・販売した特定主要原因企業の損害賠償責任を認め、その特定主要原因企業が複数である場合には、複数の特定主要原因企業に該当する被告らの寄与度に応じた範囲で、連帯して損害賠償責任を負うものと解するのが相当であり、被告らの寄与度は、有責期間外に石綿粉じんにばく露した期間と有責期間との比率、ばく露の原因となった他の石綿含有建材の種類・性質や使用した期間等の個別事情を考慮して、個別に認定すべきである。
7 損害額
(1) 被害の状況
被害の状況については、個別に差異はあるものの、石綿にばく露したことにより肺がんにり患した被災者は、血痰、慢性的な激しい咳、喘鳴、胸痛、息切れなどに苦しみ、石綿にばく露したことにより胸膜中皮腫にり患した被災者は、咳、胸痛、息切れ、呼吸困難などに苦しみ、石綿にばく露したことにより石綿肺にり患した被災者は、咳、痰、息切れ、呼吸困難などに苦しみ、石綿にばく露したことによりびまん性胸膜肥厚にり患した被災者は、咳、痰、呼吸困難などに苦しみ、いずれにせよその身体的な苦痛は甚だ大きいものがある。
上記のような症状により、普段の日常生活の質は低下し、症状の進展具合によっては介護による生活も余儀なくされた上、非日常的な活動にも悪影響を与え、人生における楽しみも奪われる結果となった。
就労が困難又は不可能になり、職の全部又は一部を奪われ、これによる経済的な影響を無視することはできないことはもとより、経済的な不安や、発症するまで、に培ってきた職業上の経験や知識を生かして、就労を通じての社会への貢献ができなくなることによる精神的な無念さも計り知れない。
自己の症状が石綿に由来することや石綿関連疾患の予後等を知った際や十分な治療法がないことを知った際の不安感や絶望感、通院や入院による種々の負担には看過しえないものがあり、とりわけ、手術を受けた被災者における術前の不安、手術及び手術後の身体的・精神的負担や、抗がん剤治療を受けた被災者における副作用に伴う身体的・精神的負担、咳や疾、激しい息切れ、呼吸困難から逃れられないことによる肉体的精神的な苦痛には大きいものがあり、もがき苦しむといってもよい状態の者さえあった。
そして、石綿関連疾患により死亡した被災者については、死に対する恐怖の末、生命を奪われるという最悪な結果を招来している。
(2) 慰謝料
以上に述べた事情などのほか、原告らが、いわゆる積極損害及び消極損害を個別に主張立証するのではなく、包括的に慰謝料の支払を求めていることや労災保険給付等を受給している被災者ないしその承継人もいることから、財産的損害については慰謝料算定に当たっての一事情として控えめに算定せざるを得ないことなど本件に現れた一切の事情を考慮するとともに、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料あるいは死亡慰謝料の額についての裁判実務における動向をも踏まえ、本件訴訟における被災者一人当たりの基本となる慰謝料の額は、石綿関連疾患により死亡した場合は2950万円、肺がん、中皮腫、石綿肺(管理区分4)又はびまん性胸膜肥厚(ただし、労災において「業務上の疾病」と認定されたもの)にり患した場合は2750万円とする。なお、石綿肺(管理区分が管理2)で続発性気管支炎の合併症がある原告Aについては、慰謝料の額は2100万円とする。
(3) 損害の算定
肺がんにり患した被災者の喫煙歴による慰謝料の額については、一律1割を減じ、また、寄与度に応じた額を算定した上、国などから和解金ないし解決金を受領した者については、損害の額の算定に反映させ、被告らの責任と相当因果関係のある弁護士費用としては慰謝料額の約1割に相当する金額として、具体的な損害額を認定した。
8 請求を一部認容した原告ど責任を認めた被告
誇求を一部認容した原告と責任を認めた被告は、別表のとおりである。
(参考)
請求が一部でも認められた被災者数 64名
請求が一部でも認められた原告数 104名
一部でも敗訴した被告 12社
[別表-省略]
声明
2023年6月30日
関西建設アスベスト訴訟原告団・弁護団/関西建設アスベスト訴訟統一本部
1 本日、大阪地方裁判所第16民事部(石丸将利裁判長)は、関西建設アスベト大阪2陣・3陣訴訟において、被害者73名中64名(原告数129名中104名)のアスベスト被害に対する被告建材メーカーの責任を認め、過去最多である被告建材メーカー12社(エーアンドエーマテリル、ニチアス、ノザワ、エム・エム・ケイ、日鉄ケミカル&マテリアル、太平洋セメント、大建工業、日東紡績、パナソニック、神島化学、日本インシュレーション、積水化学)に対して、原告らに対し総額9億4297万7827円の支払いを命じる原告勝訴判決を言い渡した。
本判決は、建設現場において石綿材から飛散する粉じんにばく露し、肺がん・中皮腫などの重篤疾患に罹患した建設作業従事者とその遺族が、石綿建材の製造販売メーカーに賠償を求める建設アスベト訴訟の1つであり、2021(令和3)年5月17日の最高裁判決後5つ目の判決である。
2 本判決は、上記最高裁判決が示した判断、すなわち建材メーカーらの警告表示義務違反を認め、被害者の石綿疾患の主要な原因となった建材を製造・販売したメーカのうち一定のシェアを有する建材メーカー等は民法第719条1項後段の類推適用による共同不法行為責任を負うとの判断を踏まえて、上記建材メーカー12社の共同不法行為責任を明確にした。
とりわけ、本判決は、他の建設アスベト訴訟で責任が認められていた10社に加えて、パナソニック(吸音天井板)と日本インシュレーション(保温材)の2社の責任を認めるもので、実態に基づき救済対象を広げたものといえる。
また、本判決は、注意義務の始期について、吹付作業従事者との関係では1971(昭和46)年4月1日、屋内作業従事者との関係では1974(昭和49)年1月1日とした。他の判決では、1975(昭和50)年を注意義務始期とする断が散見される中、事実・実態に基づき救済対象を広げたものである。
3 本判決は、石綿疾患により死亡した被害者の慰謝料額を最高2950万円とした。また、被告建材メーカーらの寄与度割合も高く認定した。これは、アスベト被害及び石綿粉じんばく露の実態を踏まえた判断であり、妥当である。
4 一方で、本判決は、被害者9名について、建材メーカーの責任を否定した。
そのうち、外装材を取り扱う職種について、屋内で加工作業をする例外は認めたものの、3名と関係では建材メーカーの責任を否定した。
また、本判決は解体作業関係に従事した被害者3名に対する建材メーカーの責任を否定した。建材メーカーが、自社が製造する建材に石綿が含有している事実や疾患罹患の危険性等を表示するなどして、その危険性を解体作業従事者に伝達することは十分に可能であって、何よりそのような対策を一切怠っていた建材メーカーらの責任を否定することは誤りである。
加えて、本判決は3名の被害者について、主要原因建材がに到達したとは認められないとして請求を棄却した。請求が棄却された被害者も、石綿建材の危険性について知らされないまま、建設現場で石綿粉じんにばく露した事実に変わりはない。裁判所には、被害者救済や公平の見地から、建設アスベト訴訟の特質に即した判断が求められるところ、本判決はこれらを十分に考慮しているとはいえない。
5 本訴訟では、2016(平成28)年の提訴後、約7年が経過し、被害者73名のうちすでに49名が亡くなっている(うち提訴後に亡くなった原告は21名に及ぶ。)。原告らの「命あるうちに救済を」の願いは切実である。ところが、本訴訟で責任を認められた上記被告12社は、一部を除き、最高裁判決を含めて何度も敗訴判決を受けているにもかわらず、未だ争う姿勢を取り続けており、話し合いのテーブルに着こうとさえしない。被害の実態を直視しようとしない、極めて不当な態度である。上記被告12社は、本判決を真摯に受け止め、被害者らに謝罪すると共に、控訴せず直ちに賠償に応じるべきである。
この間、最高裁判決後に出され[64頁に続く][38頁から続く]た本判決を含む5つの判決により、最高裁で積み残された主要な争点についての判断が一定の範囲に収斂されつあり、被害者救済の道筋が示された。全面解決のため土台はできあがった。本判決で有責とされた上記被告12社はもちろんのこと、すべての建材メーカーも、深刻なアスベト被害をたらすことを知りながら、被害防止措置を講じないままに石綿建材を製造販売してきたことに変わりはない。建材メーカーらは、建設アスベト訴訟の全面解決へ向けて「建設アスベスト被害補償基金制度」(仮称)の創設に直ち着手すべきである。
私たちは、アスベト被害の救済と根絶のため、全国の被害者、支援者、市民らと連帯して、引き続全力を尽くす決意を新たにするものである。