タルク、アスベスト、と疫学-企業の影響と科学的無知 /Triet H. Tran, Joan E. Steffen, Kate M. Clancy, Tess Bird and David S. Egilman Epidemiology: November 2019 – Volume 30 – Issue 6 – p 783–788

タルクとアスベスト・がんとの関係に対する関心が世界的に高まり、また、いくつかの課題が明らかになっているなかで、関係業界がいかに課題から目をそらさせ、解決を遅らせようとしてきたかを、アメリカでの裁判のなかで初めて開示された企業・業界内部の情報をたんねんに検証して、明らかにした論文を紹介します。

1970年代初め、タルク中にアスベストが見つかったこと、及び卵巣がん組織中に共存したタルクがみつかったことは、公けに論争を引き起こした。40年間以上にわたってタルク採掘・製造企業は、曝露情報を企業のベールの背後に隠し続け、またさもなければ健康影響や化粧品に使用されたタルクのアスベスト含有量に関する医学的情報に影響を及ぼすことによって、そうした知見の重要性をぼやかそうと試みてきた。情報に対する管理は、それによって産業が販売を維持し、規制や不法行為責任を回避する認識されている方法である。企業が製品中の有害物質の存在を隠し、その製品が健康リスクを呈することを示す研究結果を公表できないようにし、製品使用を奨励または副作用を隠蔽する誤った結果を公表するよう研究を操作してきた多数の事例が存在する。例えば、1971年にHendersonらは卵巣がん組織中にタルクを見つけ、タルク使用と卵巣がんとの関連性について懸念を提起した。ジョンソン&ジョンソンはマウントサイナイ[医科大学]の鉱物学者Arthur Langerを雇い、組織を検査させた。Langerはタルクの存在を確認するとともに、卵巣がん組織中にアスベストも見つけた。証拠はジョンソン&ジョンソンが首尾よく彼にこれらの知見を公表するのをやめさせたことを示している。
さらにタルク採掘・製造企業は、国内及び国際的公衆衛生団体が規制を回避するよう影響力を及ぼし、また有毒物質による不法行為訴訟から自らを守るために、その業界団体である化粧品工業会[化粧品・洗面用品・芳香料協会]を使った。例えば、1976年に同協会は新たな「製品」の仕様を開発して、「化粧品タルク」と名付けた。この仕様を通じて協会は「化粧品タルク」と「工業用タルク」の間に区別を創り出そうと狙った。しかし、これら2つの異なると思われるタルクは同じ鉱石に由来するもので、そのなかでアスベストは随伴鉱物のひとつであり、産業はこの随伴鉱物を最終製品から取り除けないことを知っていた。工業会の仕様はアスベストの存在についての検査を効果的でない検査方法(J4-1)に頼っていた。J4-1法は、トレモライト・アスベストについて0.5%超検出の感度レベルをもつが、そうした随伴鉱物が存在し、有害な健康影響をもつという企業の認識にもかかわらず、クリソタイル・アスベストまたは繊維状タルクのどちらも検査しない。にもかかわらず工業会はJ4-1の自主的基準としての採用を急ぎ、DFA(連邦食品医薬品局)がより効果的な方法を承認するのを回避した。J4-1のX線回折(XRD)は、タルク採掘・製造企業が「超過敏[ultra-sensitive]」と表現する透過電子顕微鏡(TEM)よりもはるかに感度が弱い。さらに協会のコンサルタントは、「干し草の山(タルク)の針(アスベスト)」を見つけるためには検査前の事前濃縮が「必須」であるとした。しかし、J4-1法は必要とされる事前濃縮について特定しておらず、訴訟のなかで公開された秘密の企業文書は、たとえJ4-1法を使ったとしても「化粧品」タルクパウダーの処方が、鉱山地質学の避けられない結果として、なお相当かつ検出可能な量のアスベストを含有したことを示している。
1965年から2003年にジョンソン&ジョンソンの「化粧品タルク」は、10%から20%の繊維状タルクと随伴トレモライト-アクチノライトを含有するバーモント鉱山からきた。連邦労働安全衛生庁(OSHA)は1972年以来繊維状[fibrous]タルクをアスベストとして規制し、国際がん研究機関(IARC)は繊維状タルク[訳注:正確にはtalc containing asbestiform fibres]を発がん物質に分類している。エイボン(化粧品カテゴリーの直販企業のひとつ)はそのタルク製品中に25%に達するトレモライトを見つけた。1976年に化粧品工業会はこうした濃度を連邦食品医薬品局(FDA)に「抄録は化粧品タルク製品のアスベスト様物質による汚染からの解放に関する保証を与える」と誤って伝えた。Steffenらは、訴訟のなかでつくられた1,032検査のうちの686が1948年から2017年に化粧品に使われたタルク中のアスベストの存在を明らかにしたと報告している。われわれはタルク採掘・製造企業が1970年以降に繊維状タルクについて製品または採掘されたタルクを検査した証拠がないことを知っている。
少なくとも32の疫学研究がタルクパウダー使用と卵巣がんの関連を調べている。32のタルクと卵巣がんの疫学研究のうち12は、「化粧品タルクは1976年以降アスベスト・フリーである」という化粧品工業会の主張に立脚していた。アスベスト吸入と卵巣がんの関連は1949年、1960年に再度、そして1982年に再々度指摘された。しかし、あるいは化粧品工業会の主張によって、これらの研究者はタルク使用中のアスベスト曝露の役割を検討しなかった。吸入されたアスベストを卵巣発がん物質として認識した何人かの著者は、いわゆる「アスベスト・フリー」タルクについてのメカニズムに関するデータがないことから、タルクパウダー使用と卵巣がんとの因果関係を認めなかった。Rosenblattらだけが職業または他のアスベスト曝露による交絡を検討した。
おむつ装着中のタルクの窒息による幼児の死亡と成人における消費者滑石肺の症例の双方は、会陰部への適用以外のタルク使用による高度吸入曝露を示唆している。会陰部タルク曝露と卵巣がんの関連についての32の疫学研究のうち、非会陰部ルートによる曝露の可能性を検討したのは2つだけである。他の出版された研究は、吸入曝露につながり、女児における経膣タルク量に寄与するかもしれない、装着を含めた明らかな幼児のタルクパウダー使用を含めていない。疫学者が化粧品タルク中の実際のアスベスト・レベル及び大気中曝露測定に関する企業情報にアクセスしていたら、彼らの研究はそうした他の曝露ルートが主な原因であるように設計されたかもしれない。例えば、ジョンソン&ジョンソンが1930年から1991年に1億の「幼児用ボトム」がタルクのほこりをかぶったと指摘したことを彼らが知っていたら、両親と幼児の双方にとって曝露のルートとして吸入タルクとアスベスト曝露を検討しようとしたかもしれない。加えて疫学者は「化粧品タルク」の繊維状タルク含有について何の注意も示さなかった。こうした記録されなかった曝露が誤分類や(本当に曝露した者、正しく曝露低と分類された部分における)感度不足につながり、潜在的にいくつかの研究で観察された量-反応関係の欠如に寄与し、率やオッズ比をゼロの方向へ追いやったかもしれない。出版された論文は、部分的には研究者がタルクは1976年以降アスベスト・フリーであるというタルク採掘・製造企業の偽りの表明に頼ったために、会陰部使用以外のルートによる曝露を過少推計している。
重要なことは、これらの研究が会陰部タルク曝露を常に適切に特徴付けたわけではないということである。3つの調査は前向きコホート研究として設計されタルク曝露は一度評価されているだけで、それらの研究はタルク曝露を前向きに経時的に評価していない。また卵巣がんについての誘導期と潜伏期が25年から40年の間であることをふまえれば、それらの研究のどのコホートも十分なフォローアップ期間をもっていなかった。Gertigら(看護士健康調査)は、「われわれの相対的に短いフォローアップ期間は、卵巣がん発症の潜伏期間が15年超であったとしたら、関連を検出するには不十分かもしれない」と述べている。10年後にGatesらが看護士健康調査のタルク使用の結果を更新しタルク使用者の2グループ(1週間超と1週間未満)間の卵巣がんの率を比較をして、ヌルレートに近い1.06(95%CI=0.89, 1.28)という比を見出した。「シスター調査」のフォローアップでは平均誘導期と潜伏期が6.6年だった。また(3つの「前向き」コホート研究を含め)多くの研究がコーンスターチとタルクの化粧品パウダーをまとめて、さらなる誤分類につながることになった。顧客製品の誤った認識とリコールがさらなる誤分類につながったかもしれない。例えば、2つの異なる種類のジョンソン&ジョンソンのパウダー製品(タルクとコーンスターチ)があり、ジョンソン&ジョンソンはベビーパウダー総市場で最高のシェアをもっていた。ボトルの背面に6ポイントの印字で含有物としてタルクを挙げていただけなので、顧客がジョンソン&ジョンソンのタルク・ベビーパウダーと特定する可能性は低い。
タルク疫学者はそれゆえ重要な曝露と誘導期に関する情報を見落としたかもしれない。にもかかわらず32の研究のうちの18が、未使用者と比較してタルク使用者における卵巣がんの重要なリスクの上昇を報告して、一般の人々の健康上の懸念とタルクの発がん性についての規制の見直しを刺激した。化粧品工業会は連邦国家毒性プログラムやIARCが彼らの製品を発がん物質に分類するのを阻止するために、「化粧品」タルクと卵巣がんとの因果関係に疑いを生じさせる主張を作り上げ、掻き立てた。彼らはこれを「致命的な欠陥」抗弁と呼んだ。同工業会は、こうした研究の対象となったタルク使用者は1976年より前に販売されたタルク製品によりアスベストに曝露したものであるから「致命的な欠陥」としてリスクの上昇を見出したとして、アスベスト関連によるものであってタルク関連のがん過剰ではないと主張した。
2000年に「アスベストを含有していない」ものとしての「化粧品」タルクが、発がん物質に関する連邦国家毒性プログラム報告書に含められるべきものとして指名された。2つのプログラム科学パネルがタルクの発がん性に関する研究をレビューし、タルクを発がん物質としてリストに含めるよう投票した。化粧品工業会は、タルク疫学研究は1976年より前に製造されたアスベスト汚染タルクを使用した患者を含めたことによる卵巣がんの率の上昇を明らかにしたものだと主張して、報告書へのタルクのリスト掲載に反対した。同協会は、それらの結果を彼らの「アスベスト・フリー」タルクに適用することはできない、サマリー・リスクは2未満であるから、また研究結果の多くは統計的に有意ではないから、タルク/卵巣がんの関連は因果的なものではないと主張した。「健全な科学[Sound Science]」や「良い疫学的実践[Good Epidemiologic Practices]」と呼ばれたキャンペーンのもとで、化学と煙草企業の連合がこうしたコンセプトを首尾よく促進した。疫学者らといくらかの裁判官はこの煙草疑似科学を誤って採用してしまった。Greenlandその他はこれら両方の主張を繰り返し批判した。
疫学研究で報告された会陰部タルクパウダー使用と関連した卵巣がんリスクの上昇を軽視しようとした化粧品工業会の企みにもかかわらず、国家毒性プログラムの2つの科学パネルはどちらも「アスベストを含有しない」タルクを発がん物質としてリスト搭載することに投票した。化粧品工業会はその後、連邦国立衛生研究所と国家毒性プログラム発がん物質報告書の予算を脅し、国家毒性プログラムのマネジメントは科学パネルを却下した。タルクは、発がん物質に関する報告書のために指名された21物質のなかで、国家毒性プログラムが撤回した唯一の物質だった。
タルク採掘・製造企業は個人的に国家毒性プログラムの決定を自らの手柄にし、疫学者らが研究を誤解したことを認めた。
「われわれ[タルク業界]は12月に完全に定義の問題をめぐる混乱に基づいて弾丸をかわした…基本的に、1976年より前の化粧品タルクのアスベスト汚染の可能性が疫学研究における追加の『交絡』要因として考慮されるべきであると指摘するように、報告書が書き直されるべきであるとしたら、「アスベストを含有しないタルク」についての再投票は逆方向になるだろう。…より多くの混乱を思い付く時だ![ゴチック体による強調は筆者]」
同工業会は、国際がん研究機関がタルクの発がん性をレビューしたときに、同機関に対しても「致命的な欠陥」とアスベスト・フリーの主張を使った。同工業会のためにタルクと卵巣がんとの関連をレビューしたある疫学者が、2009年のタルクに関連したIARC 100会議の共同議長を務めた。RT Vanderbiltタルク採掘企業のある学術コンサルタントは、彼女がタルク訴訟で証言を行ったのと同じ時期(2006~2010年)にタルクに関するIARC 93ワーキンググループのメンバーだった。こうした利益相反を開示しないままIARC 93はタルクのアスベスト含有に関する工業会の偽りの主張を受け入れて、「1976年以降こうしたパウダーはおそらくアンソフィライト、クリソタイルまたはトレモライトを含んでいない」と述べた。IARC 100はタルクをおそらく卵巣発がん物質[訳注:2B]としてリスト搭載した。
タルクは研究や規制に対する企業の影響力行使の多数の事例のひとつである。煙草・化学企業も原因-結果関係決定のための疫学的手法に影響力を行使した。環境、職業及び消費者製品ハザーズを研究する疫学者にとって学ぶべきいくつかの教訓がある。

  1. 疫学者は毒物学者、産業衛生士、その他の専門家らと共働しなければならない。本件の場合には、労働衛生医師と産業衛生士が量推計とアスベスト曝露の交絡の可能性の解明に貢献できた。材料科学者は、「化粧品タルク」タルク中に存在することを可能にするアスベストや砒素など他の発がん随伴鉱物について、タルクパウダーを検査できた。衛生士は、ジョンソン&ジョンソンの香水に使用された少なくとも4つの化学物質が動物に対して発がん物質であることを発見できた。
  2. 研究の結果に物質的利害をもつ産業によって提供された仮定や情報を疑い、検証することが重要である。規制的捕捉と「回転ドア[入れ替わりの激しい]」規制者の問題はときどき政府による監視の有効性を弱体化させる可能性がある。本件の場合には、1970年代に連邦食品に薬品局の化粧品規制の長だったEiermann博士は第二次世界大戦後にブラジルでジョンソン&ジョンソンのために働いていた。彼の後継者であるJohn Baileyは、1990年代に化粧品部門を率い、その後2002年1月に化粧品工業会の化粧品化学ディレクターになった。Baileyは化粧品部門を率いていた間、1995年に薬品局にタルクを発がん物質としてラベル表示するよう求めた最初の請願を拒絶し、同局を離れた後、2009年にはタルクの警告に関する2度目の市民の請願に反対する化粧品工業会の代理としてロビー活動を行った。2014年に同局は「『化粧品』タルクはアスベスト・フリー」だとする化粧品工業会の主張に基づいて、1994年と2008年の市民の請願を拒絶した。
  3. 研究者は、知識の企業所有による科学的情報ギャップに注意しなければならず、また以前は隠されていた科学的知見の潜在的情報源としての訴訟を認識しなければならない。われわれが引用した多くの文書は訴訟のなかで提出されたものとして公に入手できるものである。未発表の研究結果を含めた重要な公衆衛生情報を含んだ、訴訟のなかでつくられた文書や宣誓供述書のいくつかのアーカイブがある。900を超す医学出版物が煙草アーカイブの文書を引用している。残念なことに原告弁護士と裁判所は普通、企業に守秘義務の主張を強いることなしに重要な公衆衛生情報を封印することを認めてしまっている。もしあるとすればわずかなそのような文書は貿易上の秘密である。独立した研究者は裁判所にこの情報の封印を解くよう求めることができる。
  4. 化粧品工業会は国家毒性プログラムに対して、訴訟に対する恐れがJ4-1法の順守を保証したと断言した。訴訟は公衆衛生のための力強いエージェントになり得るものの、それは反応性のもであるから、傷害が起こってしまった後に変化に影響を及ぼせるだけである。証拠を見る陪審員たちは、因果関係や警告の必要性または認識できる健康上の利点のない製品の回収に関して、適切な科学的推論をすることができる。

1974年にジョンソン&ジョンソンはFDAに対して、「…何らかの科学的研究の結果がタルクの安全性に何らかの疑問を示したら、ジョンソン&ジョンソンはそれを市場から撤退させることに躊躇しない」と語った。1994年に卵巣がんの問題に気付いたとき、カーターウォーレスはこの社会基準に従い、そのコンドームへのタルクの使用を中止した。タルクの安全性は確実に問題にされてきたのである。われわれはジョンソン&ジョンソン[のこの言明]に同感である。それは販売されるべきではない。

※原文、参照文献はこちらへhttps://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2019/11000/Talc,_Asbestos,_and_Epidemiology__Corporate.2.aspx
訳注:国際がん研究機関(IARC)は、アスベスト様繊維を含むタルクをグループA(1987年)、アスベスト様繊維を含まないタルクをグループC、タルクベースのベビーパウダーを会陰部適用で卵巣がんについてグループ2B(2010年)に分類している。

安全センター情報2020年5月

(翻訳:全国安全センター)