アスベスト管理に対する安全衛生庁(HSE)のアプローチ「2 今日のアスベスト・リスク」-イギリス下院労働・年金委員会報告書から, 2022.4.21

アスベスト管理に対する安全衛生庁(HSE)のアプローチ-イギリス下院労働・年金委員会報告書,2022.4.21
1 はじめに
2 今日のアスベスト・リスク
3 戦略的アプローチの採用
4 HSEによる執行
5 アスベスト産業の規制
結論と勧告
付録1:アスベスト曝露限界値
付録2:国際的アプローチ

16. 中皮腫などのアスベスト関連疾患に罹るリスクは、アスベスト繊維への累積曝露量と吸入に依存する。アスベストの吸入が関連疾患を引き起こすまでには何年もかかることがある。これは、今日のアスベスト・リスクのレベルを評価するためには、過去の出来事や曝露の影響の影響を切り離す必要があることを意味している。簡単に言えば、現在中皮腫に罹患している退職した教師は、今世紀初めの部分に学校で働いた教育専門職としてではなく、50年前の子どもの頃、または建設業の見習いとして働いていた若い成人として、アスベストに曝露したのかもしれないということである。

アスベスト関連疾患を発症する生涯リスクの疫学的分析

17. 死亡につながったアスベスト関連疾患発症の生涯リスクに関する様々な生年コホートをまたがった分析のほとんどは中皮腫を対象としてきた。これは、少なくとも部分的には、アスベスト繊維への曝露レベルとその後の生涯における中皮腫発症の可能性との間の明確な関係性を反映している。例えば、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)のClare GilhamとJulian Peto教授らによる、肺内アスベスト繊維に関するHSEが資金提供した分析は、中皮腫発症の生涯リスクを検討している。彼らの研究は、1940年代生まれの者と比較して、1960年代生まれでアスベストへの職業曝露のない者のリスクが著しく減少していると予測した。茶石綿使用のピーク時(1960~1975年)に働いた1940年代生まれの建設労働者の中皮腫発症リスクはきわめて高い(大工の17人に1人、配管工、電気工、塗装工、装飾工の50人に1人、その他の建設労働者の約100人に1人)。

18. LSHTMのJulian Peto教授と同僚はまた、世紀の変わり目のアスベスト使用禁止後に労働生活がはじまった、1980年代生まれの者の中皮腫発症生涯リスクも推計した。彼らの分析は、この生年コホートについて肺内アスベスト繊維のレベルが低いことを記録した。しかし、Julian Peto教授と同僚は、このグループについてこれまでに検討した症例数が少ないことから、このデータを信頼できないものとみなしている。

職業間のリスク比較の限界

19. HSEは、職業別の中皮腫死亡率を全職業平均率と比較したデータを報告している。この分析-特定死因死亡比(PMR)と呼ばれる-は、予測されるアスベスト関連死亡、この場合は中皮腫-よりも高い職業を特定するのに役立つ。何人かの証人と証拠提出者は、このデータに関する知見と方法について言及した。例えば、アスベスト・キャンペイナーのCharles Picklesはわれわれに、「現在、女性小学校教師は、中皮腫有病率のもっとも高い職業グループのひとつである」と話した。2011~19年の期間についてのHSEの最新の統計は、以下を示している。
男性では-イギリス全体の平均レベルと比較して-最後に記録された職業が建物関連活動(例えば「建設・建築」)の者の中皮腫死亡が上昇している。
女性では-イギリス全体の平均レベルと比較して-最後に記録された職業が「単純作業及び関連職業」、「管理的職業」、「教師及び教育専門職」を含む者の中皮腫死亡が上昇している。HSEは、「教師及び教育専門職」については2001~10年には率の上昇はみられなかったと言って、経時的な「増加傾向」と彼らが表現するものを示唆している。

20. 引退した安全衛生分析機関主席科学者のGarry Burdett博士は質問に対する書面による証拠のなかで、アスベスト関連疾患の長い潜伏期間のゆえに、この分析は教師その他の労働者のリスクの現在のレベルを反映したものではないことを理解することが重要だと述べている。Peto教授はわれわれに、「50年のラグ」は、この分析は「皆さんに、1950年生まれの教師に何が起きたかを教えている」ことを意味していると話した。彼は、「教師における[中皮腫死亡の]過剰は、1955年年より前に生まれた教師に限定される」、言い換えれば、学校にアスベストが大量に設置された1970年代後半までの期間に働いていた教師[に限定される]と言った。彼はまた、有用ではあるが、PMRは「一部の者が以前の職業でのより高いリスク曝露後に加わった職業について[リスクのレベルを]過大推計しているかもしれない」とも言った。これは、HSEがそのデータのために使用している死亡証明書が、死亡者の最後の職業しか記録しておらず、それはアスベストへの過去の曝露と関係のある職業ではないかもしれないからである。2009年の研究のなかでPeto教授らは、対照群でのちょうど8%と比較して、中皮腫に罹患した女性教師の39%が、アスベストに曝露したかもしれないその他の職業で働いたこともあったと報告している。

21. 安全衛生コンサルタントで英国労働衛生学会元会長のRobin Howie氏は、その方法論を疑って、HSEの特定死因死亡比の分析をやり直した。彼の代替分析は、「Airtight on Asbestos」キャンペーンを含め、他の者によっても使われている。Howie氏の批判の中心は、個別職業における全死亡の割合としての中皮腫死亡を全職業についての率と比較する方法にある。Howie氏は、この方法は、全職業との比較には中皮腫率が例外的に高い大工のようなグループも含まれることから、教師や看護士など一部の職業についてリスクのレベルを不明瞭にすると主張する。その代わりに、Howie氏は、教師と看護士の中皮腫による死亡の割合を、2003年のHSEの情報を用いて、これらの専門職の者がアスベストに曝露しなかった場合に適用されるであろう仮定率と比較している。彼は、これらの職業による労働関連曝露の追加的寄与を推計することを目的にしたいくつかの代替計算の一環として、これを行っている。Howie氏は分析の結果として、「教師と看護士は、アスベストに曝露しなかった集団で予測されるよりも、中皮腫死亡が各々5倍と3倍高い」と結論づけている。

22. HSEの主任科学アドバイザーであるCurran教授は、Howie氏の主張、とりわけ一部の職業によるリスクを推計するのにアスベストに曝露したことのない仮想集団と比較することについて、同意していない。Curran教授は、「30~40年前は…建物により多くのアスベストが使用され、製造業で使用されるアスベストも多かった」と言う。彼は、これはしたがって、「一般的に環境中により多くのアスベストが」あったであろうし、これは一般人口におけるより多くの「中皮腫のバックグラウンドレベル」につながっただろうと言った。HSEにとって、「非曝露参照カテゴリー」を設定することは、当時の環境曝露の「現実世界」のレベルを踏まえて、「同意することのできない」立場である。

現在のアスベスト曝露を測定するためのその他のデータの活用

23. ヘリオット・ワット大学のヒューマンヘルス名誉教授で労働医学研究所の主任科学者であるJohn Cherrie教授はわれわれに、「われわれは曝露が過去におけるよりも低いことはほぼ確かだと知っているとはいえ、現在の状況についてはきわめてわずかしか知らない」と話した。彼は、多くの人々が「どのように曝露しているかもしれないか、または彼らが経験しているかもしれない曝露レベル」に関する「体系的に収集した情報はない」と言った。さらに彼は、「その証拠を体系的に照合し、この問題がイギリス全体にとってどのようなものになっているかもしれないかを理解するための情報として活用する試み」もない、と付け加えた。

24. Curran教授は、HSEは「より多くのリソースまたはより多くの分析能力」があれば「より多くのことができる」ことを認めたが、認可を受けたアスベスト除去作業中のアスベスト繊維曝露を測定したHSEの最近の調査が、データを改善するためにHSEが行っていることの事例だと述べた。しかし、HSEの調査は、1999年にHSEが行った調査以来、最初の除去作業者の曝露の分析だった。Sarah Albon氏は、この分析は以前の作業と比較して、「平均[アスベスト繊維]濃度の減少を確認した」と述べた。調査研究自体は、除去される物質や測定技術の違いから、このような比較が単純ではないことを明らかにしている。ボランティア労働者が自分たちが観察されていることを知っていたにもかかわらず、この調査では、除去作業の後記にHSEのガイダンスから逸脱した行為が目撃されている。

学校における現在の曝露リスク

25. 食料・消費者製品・環境中の化学物質の発がん性に関する委員会は以前、子どもは、人生のその後に同じ量に曝露した者よりも、中皮腫の発症に対して相対的に脆弱であると結論づけた。

「平均余命の違いから、所与のアスベストの量について、中皮腫を発症する生涯リスクは、5歳で最初に曝露した子どもについて、25歳で最初に曝露した大人と比較して3.5倍高く、35歳で最初に曝露した大人と比較して5倍高いと推計されている。」

この文脈において、教育労働組合のグループである労働組合共同アスベスト委員会その他は、一定の学校における曝露のリスクについて強い懸念を表明した。学校におけるアスベスト曝露リスクのレベルは、過去にはHSEによる詳細な分析の対象だった。HSEは、アスベストを含有していることがわかっている学校で、1986年に第1回と2006年に第2回と二度、大気測定調査を行った。第1回調査は4校を対象とし、第2回調査は7校を調べた。より最近の調査では、「アスベスト繊維は検出されなかった」。1986年調査では、主としてクリソタイルを、30繊維測定した。Sarah Albon氏はわれわれに、HSEの学校調査は、すべての学校の状況を代表するよう意図されたものではなく、代わりにとくにリスクの高い建設技術が用いられた学校を対象にしていたと話した。Curran教授もわれわれに、「すべての種類の学校で、すべての潜在的曝露機会を考慮した大規模調査を行うこと」は、「きわめて大規模になり、おそらく実現不可能な調査」になるだろうと話した。にもかかわらず、HSEは、学校におけるHSEの測定調査は「とくに大規模なものではない」ことを認めている。

心配な事例報告

26. われわれは、複数の証人が、アスベストへの曝露がいまも続いていると話すのを聞いた。慈善団体メゾテリオーマUKの最高責任者であるLiz Darlison氏は、「わが国には、著しく過少評価されている、アスベストへの曝露の不吉なリスク」がまだあると述べた。アスベスト被害者支援団体フォーラムのJoanne Gordon氏はわれわれに、彼女が受けたある電話について話した。

「[…]それは清掃請負会社で働く人で、アスベストに曝露したと知らされた。ある会社に入ったが、建築会社か請負会社、あるいは同社の誰かによってアスベストが損傷されていた。彼らはそれを片付けようとしたが、適切に片付けられてはおらず、そのため清掃業者が来て残りのアスベストを片付けた。それから電気掃除機を空にしなければならなかった。これはほんの一例で、このようなことが常に起こっている。人々が、いまなおそのまま[in situ]にされているアスベストを損傷している。」

Liz Darlison氏はまた、彼女がわれわれの前に現われるほんの数日前にメゾテリオーマUKの情報ラインが受け付けた電話について説明した。電話は、「修理作業をするために自宅に来た人々によって、6歳の息子のベッドの上にアスベスト粉じんを残されたという女性」からのものだった。

27. Thompsons Solicitors[法律事務所]のアスベストに関する全国戦略を率いるTony Hood氏はわれわれに、「女性や若い男性は、アスベストの危険性をあまり認識していない」と話した。彼は、この認識不足が「アスベストが攪乱されるリスクを高め」ており、またそれゆえ曝露が「将来の危険性を表し続けている」と述べた。彼はわれわれに、「請負業者や他の者による想定外の攪乱が日常茶飯事である」と話した。

28. また、Joanne Gordon氏は、彼女の団体が支援している人々のコホートは時とともに変化していると述べた。彼女はわれわれに、診断され、その「[アスベストへの]曝露が学校時代またはより最近のどちらかであったろう」27歳の男性の例を挙げた。Liz Darlison氏はわれわれに、メゾテリオーマUKの看護士が最近支援した若い人々に関する2つの例を話した。

「ひとりはMags Portman。Magsは2019年2月に亡くなった。彼女は44歳で、2人の幼い息子の母親で、賞をもらったことのある医師だった。彼女は中皮腫と診断されたが、NHS[国民保健サービス]で曝露したのだった。もうひとりはHelen Bone。彼女はあまりにも若くて美しくて、彼女を選ぶのはつらい。彼女は39歳で、NHSで21年間働いた。彼女は今年4月に中皮腫と診断され、現在化学療法を受けている。彼女は救急救命看護士なので、COVIDパンデミックの最前線にいた。」

29. アスベスト使用に対する漸進的な制限の賦課と1999年のその最終的禁止以降になされた進展は、決して満足できるものではない。建物の建材からいまなおアスベストが飛散している程度を理解することが依然としてきわめて重要であり、様々な分析方法を必要としている。過去の肺内繊維の測定結果は、1960年代後半に生まれた人々については、中皮腫の生涯リスクが大幅に低いことを示している。1980年代後半に生まれた人々については、リスクはさらに低いと思われるが、試料の数が少なく、曝露のパターンは時とともに、また人々によって大きく異なる可能性がある。

30. 中皮腫死亡の相対リスクに関する最近のHSEのデータは、最終職歴が教育・教師であった女性についての率の上昇を示している。しかし、死亡診断情報の限界は-彼らの死亡の原因を理解するうえで鍵となるかもしれない-これらの人々の過去の職歴がわからないことである。さらに、アスベスト関連疾患が発症するまでの長い潜伏期間は、相対職業リスクに関するHSEのデータは、今日の労働環境におけるアスベスト曝露についてはほとんど教えてくれないことを意味している。われわれは現在のレベルについて比較的わずかしか知らないが、心配なことに、職場や家庭における最近の曝露源について、数人の情報源から説明を聞いた。われわれの見解は、非居住用建物における現在のアスベスト曝露レベルに関する証拠を構築するためのHSEの努力は相対的に断片的だということである。データ収集と現在の曝露レベルの評価のための、より体系的なアプローチが必要である。

31. われわれは、HSEが、様々な計測・試料採取技術を用い、また、国際的経験・アプローチを参考にして、非居住用建物における現在のアスベスト曝露の体系的測定のための堅固な研究枠組みを開発・実施することを勧告する。学校その他の公共建物における曝露測定に、十分な配慮が与えられるようにすべきである。われわれは、HSEが、2022年10月までにその枠組みを公表し、その後たびたび結果を作成するよう勧告する。

32. われわれはまた、政府が、死亡診断に記録される職業情報を改善する機会を調査することを勧告する。