アスベスト管理に対する安全衛生庁(HSE)のアプローチ「結論と勧告」-イギリス下院労働・年金委員会報告書から, 2022.4.21
アスベスト管理に対する安全衛生庁(HSE)のアプローチ-イギリス下院労働・年金委員会報告書,2022.4.21
1 はじめに
2 今日のアスベスト・リスク
3 戦略的アプローチの採用
4 HSEによる執行
5 アスベスト産業の規制
結論と勧告
付録1:アスベスト曝露限界値
付録2:国際的アプローチ
はじめに
1. アスベスト関連疾患は、現代の最大の職場惨劇のひとつである。20世紀におけるアスベストの大量使用が、何千もの死を引き起こしている。20世紀半ばから後期にかけての極端な曝露は過去のものとなったかもしれないが、その遺産はいまも生き続けている。アスベストはいまも多くの建物に残っている。現在のアスベスト規制の5年ごとの法定見直しは、規制枠組み-とこれに対するHSEの貢献-が可能な限り効果的に機能しているかどうか評価する絶好の機会である。(段落14)
2. われわれは、HSEと政府が、アスベスト規制とアスベスト管理に対する長期的アプローチの迅速な実施後レビューの参考情報として、われわれの報告書の結論と勧告を活用するよう勧告する。(段落15)
今日のアスベスト・リスク
3. アスベスト使用に対する漸進的な制限の賦課と1999年のその最終的禁止以降になされた進展は、決して満足できるものではない。建物の建材からいまなおアスベストが飛散している程度を理解することが依然としてきわめて重要であり、様々な分析方法を必要としている。過去の肺内繊維の測定結果は、1960年代後半に生まれた人々については、中皮腫の生涯リスクが大幅に低いことを示している。1980年代後半に生まれた人々については、リスクはさらに低いと思われるが、試料の数が少なく、曝露のパターンは時とともに、また人々によって大きく異なる可能性がある。(段落29)
4. 中皮腫死亡の相対リスクに関する最近のHSEのデータは、最終職歴が教育・教師であった女性についての率の上昇を示している。しかし、死亡診断情報の限界は-彼らの死亡の原因を理解するうえで鍵となるかもしれない-これらの人々の過去の職歴がわからないことである。さらに、アスベスト関連疾患が発症するまでの長い潜伏期間は、相対職業リスクに関するHSEデータは、今日の労働環境におけるアスベスト曝露についてはほとんど教えてくれないことを意味している。われわれは現在のレベルについて比較的わずかしか知らないが、心配なことに、職場や家庭における最近の曝露源について、数人の情報源から説明を聞いた。われわれの見解は、非居住用建物における現在のアスベスト曝露レベルに関する証拠を構築するためのHSEの努力は相対的に断片的だということである。データ収集と現在の曝露レベルの評価のための、より体系的なアプローチが必要である。(段落30)
5. われわれは、HSEが、様々な計測・試料採取技術を用い、また、国際的経験・アプローチを参考にして、非居住用建物における現在のアスベスト曝露の体系的測定のための堅固な研究枠組みを開発・実施することを勧告する。学校その他の公共建物における曝露測定に、十分な配慮が与えられるようにすべきである。われわれは、HSEが、2022年10月までにその枠組みを公表し、その後たびたび結果を作成するよう勧告する。(段落31)
6. われわれはまた、政府が、死亡診断に記録される職業情報を改善する機会を調査することを勧告する。(段落32)
アスベスト管理への戦略的アプローチ
7. 2012年アスベスト管理規則のもとでは、良好な状態で攪乱されそうにないアスベスト含有物質は、建物の義務保持者はその場所[in place]に残しておくことができるとされている。HSEが認めているように、アスベストを含有する建物は永遠に残るわけではないが、われわれは、これらの物質の一部がどれくらい長く、攪乱されず、損傷されずに残るのか知らない。TUC[労働組合会議]を含め一部の人々は、より強力なアスベスト除去プログラムを要求している。彼らは、現行の管理の方針は常に一次的な解決策であり、請負業者その他による想定外の攪乱は常に起こると主張している。彼らは、現在の体制は、アスベスト除去の費用に直面したときに、悪質な義務保持者に見て見ぬふりをする柔軟性を与えすぎていると考えている。(段落49)
8. しかし、大規模な除去にはリスクと不確実性がつきものである。にもかかわらず、HSEは、除去の費用と便益をよりよく理解し、より安全な除去のための選択肢を評価するための研究への投資を怠ってきた。ネットゼロ目標への対応として、建物の改修が劇的に増加すると予想されることは、今後数十年間に、より多くのアスベスト含有物質が攪乱され、それによって費用-便益分析も変化するであろうことを意味している。アスベスト管理を個々の義務保持者に委ねる一連の規制に依存するだけでは不十分である。科学的、疫学的、財政的及び行動学的観点から何が最良であるかの証拠のうえに構築された、長期的アスベスト除去のための政府横断的かつ「システム全体にわたる」戦略が必要である。(段落50)
9. [労働・年金]大臣とHSEはわれわれに対して、イギリスの建物からアスベストを徐々に安全に除去していくことが目標だと話した。われわれはその目標に同意するが、HSEも政府も、これを達成するための明確かつ包括的な戦略をはっきりと話さなかったことを大変残念に思っている。政府の目標に見合う十分に開発された長期的な計画、費用と便益の分析の上に構築され、より広範な政府の政策と統合されたものがないのである。さらに、政府はこれまで、すべてとは言わないまでも、ほとんどのアスベストを除去するための明確な時間枠を設定することによって、その意図を知らしめることに失敗している。(段落51)
10. われわれは、40年以内に、非居住用建物からアスベストを除去する期限をいまこそ設定することを勧告する。政府とHSEは、まずもっともリスクの高いアスベストを除去すること、及び学校を含めもっともリスクの高い環境からの除去に焦点を置いた、これを達成するための戦略的計画を策定・公表すべきである。この計画は、まず第一に、関係する費用と便益を考慮しつつ、より安全なアスベストの除去・廃棄に関する証拠を迅速に改善することを約束すべきである。それは、ネットゼロ目標やより広範な廃棄物管理戦略と関連した建物環境の改善提案と統合-及びそれを全面的に考慮に入れるべきである。(段落52)
11. われわれは、アスベスト繊維の定期的測定のために大気測定の使用の大幅な拡大が必要であるということに納得していない。そのようなモニタリングは、アスベスト除去作業後の現場の評価や、潜在的に、例えばアスベスト含有物質が損傷または隠されている場合の管理上の判断に役立てるうえで、明らかに重要な要素である。また、繊維の飛散を測定する体系的かつ慎重にサンプリングされた研究計画の一部としても重要な役割をもっている。にもかかわらず、定期的な運用目的のためには、われわれが聞いた意見のバランスは、定期的な目視検査を引き続き優先すべきであるというものだった。(段落62)
12. われわれは、HSEがイギリス及び権限を委譲された政府内の関係者と協力して、定期的なアスベスト繊維の環境大気測定に関連した証拠のレビュー・共有を継続するよう勧告する。われわれは、HSEが12か月以内に、これらの開発に関する政府の最新の評価に関する情報を書面で知らせるよう求める。(段落63)
13. 建物内のアスベストに関する情報は、義務保持者から使用者・請負業者への伝達が不十分であることが多い。アスベストに関する情報を含めた調査・管理計画が、常に最新の利用可能な文書として維持されているとは限らない。アスベスト・リスクに関するコミュニケーションを改善するためにデジタル技術を活用する機会が失われようとしている。(段落66)
14. われわれは、建物の請負業者・使用者にアスベスト情報・リスクを伝達する義務保持者の義務を明確にするために、HSEが義務保持者とともに取り組み、また彼らを手引きするよう勧告する。われわれはまた、HSEが政府内の他の部局と協力して、建物の管理及びパンデミックへの保健対応におけるデジタル技術の利用からの教訓を活用して、建物内のアスベストに関する情報の伝達・利用の方法の改善に資金援助するよう勧告する。(段落67)
15. 建物の義務保持者がアスベスト管理規則の要求事項を遵守しているかどうかは、ほとんど知られていない。HSEは、その監督計画からいくらかのデータを収集しているものの、アスベストを含有する非居住用施設のごく一部をカバーしているにすぎない。HSEは、アスベストに関する情報の一元的登録がよりよい遵守データを提供するかどうか疑問視している。われわれの見解は、データの一元的報告の実施は、場合によっては、データが一元的に共有され、外部レビューの対象になるかもしれないと知っていれば、義務保持者はその施設内のアスベストについて調査を委託し、記録を更新するだろうというものである。その結果得られたデータベースは、執行活動のためのサンプリングの枠組みを提供するとともに、リスクに基づきかつ対象を絞った執行アプローチを引き出すために分析することができるだろう。また、アスベストの遺産を管理するための長期的戦略的アプローチを支援する重要な背景データも提供するだろう。しかし、われわれは、中央登録の開発を主導するのは政府デジタルサービスなど政府内の他の部門であり、このコンセプトは慎重に検証する必要があることは認めている。(段落82)
16. われわれは、HSEが政府内の他の部門と協力して、所在と種類を記述した、非居住用建物内のアスベストの一元的デジタル登録を開発するよう勧告する。まず最初に、一元的登録のコンセプトは、学校や病院などの公共建物のアスベスト・データを使って検証することができる。一方でわれわれは、HSEが、義務保持者がアスベスト規則に基づく義務を実際にどの程度遵守しているか確認するための監督計画を補足する調査研究を実施することも勧告する。(段落83)
HSEによる執行・キャンペーン
17. HSEは、政府からの資金提供の大幅な削減を経験してきた。助成金の減少は、介入「費用回収」モデルへの料金導入によって一部緩和されているとはいえ、これは認可アスベスト除去作業に対象を絞った監督に用いることはできない。それゆえ、HSEによるアスベスト執行活動が近年減少していることは驚くべきことではない。しかし、HSEの執行活動全体と比較した場合、この間にアスベスト規則の遵守状況が劇的に改善したという具体的かつ説得力のある証拠がないにもかかわらず、その減少の規模は顕著である。HSEは、アスベスト執行業務の最近の減少が、経験豊富な監督官を新人の訓練の支援にまわさざるを得ず、キャパシティが低下したことが一因であることを認めている。HSEは、2022/23年度にはアスベスト監督の数の増加が見込まれると言っている。これは歓迎するが、とりわけ政府のネットゼロ目標の達成が建物が更新されることによる重大なアスベスト曝露リスクにつながることから、長期的に持続させられる必要がある。(段落94)
18. われわれは、HSEが、アスベスト管理規則の遵守に目標を絞った監督・執行活動の持続的増加を約束するよう勧告する。われわれの2020年6月の勧告を繰り返し、政府とDWP[労働・年金省]は、中期的に事業計画の増加を支援するためにHSEに十分な資金を提供することを確保すべきである。HSEはまた、この重要な役割を実行する人々について、最低限の知識、訓練またはその他の要件を特定する必要があるかを考慮しつつ、計画されている2022/23年度の義務保持者に対する監督計画から幅広い教訓を確認すべきである。(段落95)
19. HSEは、国内・国際的ネットワークへの参加を通じて、アスベストの危険性の理解、技術的知識の交換やアスベスト規制の遵守を促進している。HSEはまた以前は、アスベストに曝露する可能性のもっとも高い職業を対象にした大規模なキャンペーンに投資してきた。「隠れた殺人者」などのキャンペーンは成功したと広く評価されている。しかし、HSEは近年、このような行動的取り組みへの投資を減らしており、その理由はリソースの不足にあるようにみえる。義務保持者を対象とした同様の介入がないと述べた証人もいた。例えばソーシャルメディアを通じた-キャンペーンを活動を続けることについて、HSEは、その長期的影響がどのようなものか確実なことは言えない。(段落101)
20. HSEは、多様なメディアを活用し、また、アスベスト管理に関するより幅広い戦略の開発と同時進行させながら、様々なメディアを通じた持続的なキャンペーン活動に投資することを約束すべきである。どのメッセージとどの方法が義務保持者と職人の行動にもっとも大きな影響を与えるか検証するために、しっかりとした評価手法を採用すべきである。(段落102)
アスベスト産業の規制
21. 現在イギリスでは、一部のアスベスト除去作業は認可を受けた業者によって行われる必要はないが、この一部には作業を介する前にHSEに届け出る必要があるものもある。この作業の3分類は混乱を招くものであり、その価値も疑問視される。分類の数を減らすとともに-場合によっては、予想されるアスベスト繊維曝露に関する管理基準をさらに厳しくすることにより、または認可作業から除外されるアスベスト物質の種類と条件を減らすことにより-認可業者によって行われなければならないアスベスト除去の割合を多くすることが、想定外の曝露の減少と廃棄慣行の改善につながる可能性がある。しかし、認可業者を使用する要求事項を拡大することが意図しない結果を招くかもしれないリスクはあり、何らかの変更は慎重に検討される必要がある。HSEは、現在のアスベスト作業の分類の利点を評価するために、アスベスト規則の5年ごとのレビューを活用すべきである。(段落111)
22. われわれは、HSEが、アスベスト管理規則の2022年法定レビューの一環として、現在のアスベスト作業の分類をどのように統合、厳格化及び簡素化できるか検討するよう勧告する。レビューでは、変更に伴う正味の行動への影響と費用を慎重に評価すべきである。(段落112)
23. アスベスト調査者は、義務保持者が施設内のアスベストを特定・管理するのを支援するうえで重要な役割をもっている。われわれは、調査者の質のばらつきに関する懸念を聞いた。アスベスト調査者についての規制・品質要件がなぜ、UKAS[イギリス認証機関認定審議会]の認証を受けていなければならない分析者についてよりも厳しくなくてよいのか、われわれには明確でない。(段落120)
24. 認証を受けていなければならないという要件にもかかわらず、認可を受けたアスベスト請負業者がその作業のチェックを自らの分析者に委託するのを許している規制上の仕組みによって、分析者の業務は支障をきたされ続けている。われわれは、現在のモデルがこの重要な品質チェックの独立性を損なっているという気がかりな説明を、いくつかのソースから聞いた。証人はわれわれに、基準を改善させる簡単な方法のひとつは、すべての状況において分析者を雇うことを建物所有者または依頼者に対する要求事項にすることだろうと話した。(段落121)
25. われわれは、HSEが、認可された認証機関による認定を受けているべきことを、アスベスト調査を行うすべての人々の要件にするよう勧告する。われわれはまた、HSEが、施設に対して行われるアスベスト作業のチェックを認証を受けたアスベスト分析者に委託することを建物所有者または占有者に対する法的要求事項にすること、またさらに拡張して、アスベスト除去業者がそれを行うことを違法とすることの影響を評価するよう勧告する。(段落122)
26. HSEは、アスベスト・リスクを管理し、証拠のバランスを評価し、アスベスト曝露と行動の職場パターンを理解するための独自の研究を委託するアプローチの国際的進展を監視するうえで重要な役割をもっている。欧州における進行方向は、アスベスト規制の強化と、電子顕微鏡技術の使用の増大に依拠した曝露限界値の低減に向かっている。これらの変化は、除去の時期と方法を含め、アスベストを管理するやり方に実践的・金銭的影響を与えるかもしれない。HSEは、欧州における進展は、必ずしもアスベスト曝露の現実世界での経験に基づくものではないかもしれず、より現実的なアプローチが正当化されると言っている。また、イギリスにおける問題の一部は、アスベストが広くいきわたっていることだと、われわれに話した。われわれの懸念は、いますぐ現実的なものだけを優先するアスベスト規制政策は、長期的に相対的に貧弱な健康基準とより高い費用を許容するリスクがあるということである。(段落127)
27. われわれはHSEに、アスベスト管理規則の現在のレビューに、欧州におけるよりアスベスト職業曝露限界値をより厳しくする動きについての徹底的な書面評価を含めるよう勧告する。費用と便益を十分に考慮に入れたうえで、それらのイギリスへの適用を慎重に検討すべきである。イギリスにおけるアスベストの遺産の規模が、相対的に貧弱な健康基準を許容する理由とみられないことを確保すべきである。(段落128)