賃金額の合算と負荷の総合的評価/脳・心臓疾患及び精神障害の労災認定基準も改正- 複数事業者労働者関係改正労災保険法の2020年9月1日施行

既報のとおり、「複数事業労働者」に係る改正労災保険法が2020年9月1日に施行された。同年8月21日付けで、基発第0821第1号「雇用保険法等の一部を改正する法律等の施行について(労働者愛がい補償保険法関係部分)」等が示され、厚生労働省の特設ページ「労働者災害補償保険法の改正について~複数の会社等で働かれている方への保険給付が変わります~」でリーフレット等も提供されている。

複数事業労働者に係る労災保険法改正

今回の法改正の対象となる「複数事業労働者」とは、「事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者」であり、改正の主な内容は、以下の2点である。
賃金額の合算-複数事業労働者に関する保険給付について、複数事業労働者を使用する全事業の賃金を合算すること。
負荷の総合的評価-複数事業労働者を使用するそれぞれの事業における業務上の負荷のみでは業務と傷病等との間に因果関係が認められない場合に、複数事業労働者を使用する全事業の業務上の負荷を総合的に評価すること。
②のために、労災保険給付を行う対象として、「業務災害」及び「通勤災害」と並んで、新たに「複数業務要因災害」が追加された(法第1条)。

複数事業労働者の給付基礎日額

複数業務要因災害については後述するが、まず、複数事業労働者に関する保険給付に係る給付基礎日額については、業務災害、複数業務要因災害及び通勤災害のいずれの場合においても、複数事業労働者を使用する事業ごとに算定した給付基礎日額に相当する額を合算することとなった(法第8条第3項)。社会復帰促進事業として行われる特別支給金等についても、給付基礎日額をもとに支払われるものは、同様の取り扱いがなされる。

このため、複数事業労働者が保険給付の請求を行う際には、給付基礎日額の算定等に影響があることから、複数事業労働者であるか否かを記載させるとともに、業務上の事由による傷病等が発生した事業場を除く事業場であっても賃金等について証明を受けることとされ(則第12条から第12条の3ほか)、請求書の様式に、「複数事業労働者用」の記載項目が新設された。

いくつかの注意事項があり、まず、傷病等の発症の時期(給付基礎日額算定事由の発生日)と傷病等の要因となる事由が生じた時点が必ずしも一致しないことがあるため、前者の時点において複数事業労働者に該当しない場合であっても、後者の時点において該当していた労働者も複数事業労働者に含まれる(則第5条)。ただし、この場合であっても、原則として算定事由発生日(原則として、負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日または診断によって疾病の発生が確定した日)を基準にして算定される。

また、労働者であってかつ他の事業場において特別加入をしている者及び複数の事業場において特別加入をしている者についても保護の対象とされた(法第33条から第37条)。

さらに、一の事業場において有給休暇を取得するなどして一部の賃金を受けつつ、他の事業場において負傷または疾病により無給での休業をして「賃金を受けない日」に該当する場合があり得る。複数事業労働者に対する稼得能力の塡補の観点からは、一の事業場で有給休暇の取得により賃金を受けている場合であっても、他の事業場における無給での休業に対し、休業補償給付が支払われることが適切であることから、所定労働時間のうちその一部についてのみ労働する日に加えて、同じくその一部についてのみ賃金が支払われる休暇が新たに規定された(法第14条第1項)。

その他より際しい内容は、基発第0821第2号「複数事業労働者に係る給付基礎日額の算定について」に示されるとともに、リーフレット「複数事業労働者への労災保険給付-わかりやすい解説」も、具体例を示して解説している。

なお、複数業務要因災害に関する保険給付も含め、今回の改正労災保険法の規定は、施行日(2020年9月1日)以後に発生した傷病等に関し支給する業務災害、複数業務要因災害または通勤災害に関する保険給付について適用される。

新たに追加された複数業務要因災害

新たに追加された複数業務要因災害は、「複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害、死亡(傷病等)」と定義されている(法第7条第1項第2号)。前項で複数事業労働者についての注意事項として解説した内容は、ここでも適用される。

「二以上の事業の業務を要因とする」とは、複数の事業での業務上の負荷を総合的に評価して当該業務と傷病等との間に因果関係が認められることをいう。いずれかの就業先の業務上の負荷のみで因果関係が認められる場合には業務災害として保険給付が行われ、そうでない場合のみに、複数業務要因災害に該当するか否かの判断を行うものである。

それぞれの就業先の業務上の負荷のみでは業務と傷病等との間に因果関係が認められないことから、いずれの就業先も労働基準法上の災害補償責任は負わないとされている。

複数業務要因災害に関する保険給付

複数業務要因災害に関する保険給付は、複数事業労働者療養給付、複数事業労働者休業給付、複数事業労働者障害給付、複数事業労働者遺族給付、複数事業労働者葬祭給付、複数事業労働者傷病年金及び複数事業労働者介護給付であり、これらの給付はそれぞれ業務災害に関する療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金及び介護補償給付または通勤災害に関する療養給付、休業給付、障害給付、遺族給付、葬祭給付、傷病年金及び介護給付と同一内容であり、その給付内容、受給権者、他の社会保険による給付との調整等も業務災害又は通勤災害の場合と同様である(法第20条の2から第20条の10)。

複数業務要因災害に関する保険給付の請求と業務災害に関する保険給付の請求は、同一の請求様式に必要事項を記載させることとし、複数事業労働者である請求人の特段の意思表示のない限り、業務災害及び複数業務要因災害に関する両保険給付を請求したものとされる。

複数の都道府県労働局(局)及び労働基準監督署(署)が関係する場合が想定されるが、複数業務要因災害に係る事務の所轄は、生計を維持する程度の最も高い事業の主たる事務所を管轄する局または署となる(則第1条)。これは、原則として複数就業先のうち給付基礎日額の算定期間における賃金総額が最も高い事業場を指す。業務災害に係る事務を所管する局または署と複数業務災害に係る事務を所管する局または署が異なる場合、前者において保険給付に係る調査を優先して行うこととなるため、後者の事務の全部または一部を前者に委嘱することができることとされた(則第2条の2)。

複数事業労働者の業務災害の不支給を決定する場合は、複数業務要因災害として認定できるか否かにかかわらず、その決定を行うとともに、請求人に対して不支給決定通知を行うことされる(業務災害として認定される場合は、複数業務要因災害に係る不支給決定・通知は行わない)。

複数業務要因災害による疾病の範囲

複数業務要因災害による疾病の範囲は、労働基準法施行規則別表第1の2第8号(脳・心臓疾患)及び第9号(精神障害)及び「その他二以上の事業の業務を要因とすることの明らかな疾病」とされており(則第18条の3の6)、「現時点においては脳・心臓疾患、精神障害が想定されている」(基発0821第1号)。「その他…」に該当する疾病は想定されていないようだが、いわゆる包括的救済規定として、「明らか」なことを証明できれば、他の疾病であっても複数業務要因災害とされ得るだろう。

複数業務要因災害における労災認定基準について、「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」及び「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」において検討されてきたが、7月17日に両専門検討会の「意見取りまとめ」と「改正案の概要」が示されて8月15日まで意見募集(パブリックコメント手続)が行われ、8月21日付けで改正通達が示されたようである。
厚生労働省の特設ページ「労働者災害補償保険法の改正について~複数の会社等で働かれている方への保険給付が変わります~」には情報が示されていないのだが、「脳・心臓疾患の労災認定-『過労死』と労災保険-」及び「精神障害の労災補償について」に各々、改正通達によって改正された後の労災認定基準が示されている。

以下に、専門検討会の「意見取りまとめ」と改正された労災認定基準の「複数業務要因災害」部分を紹介する。

脳・心臓疾患労災認定基準の改正

専門検討会の意見取りまとめは以下のとおり。

「・ 複数業務要因災害においても、『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準』(平成13年12月12日付け基発第1063号)に基づき、過重性の評価に係る『業務』を『複数業務』と解した上で、労災保険給付の対象となるか否かを判断することが適当である。
・ 複数業務要因災害について、認定基準に基づき、複数業務による過重負荷を評価するに当たっては、次のとおり運用することが適当である。
① 『短期間の過重業務』及び『長期間の過重業務』について、労働時間を評価するに当たっては、異なる事業場における労働時間を通算して評価する。
具体的には、
・ 『短期間の過重業務』について、異なる事業場における労働時間を通算し、業務の過重性を評価する。
・ 『長期間の過重業務』について、異なる事業場における労働時間を通算し、週40 時間を超える労働時間数を時間外労働時間数として、業務の過重性を評価する。
② 『短期間の過重業務』及び『長期間の過重業務』について、労働時間以外の負荷要因を評価するに当たり、異なる事業場における負荷を合わせて評価する。
③ 『異常な出来事』については、これが認められる場合には、単独の事業場における業務災害に該当すると考えられることから、一般的には、異なる事業場における負荷を合わせて評価する問題は生じないと考えられる。
※実際の労災請求事案の審査に当たっては、まず、業務災害に該当するか否かを判断した上で、これに該当しない場合に、複数業務要因災害として労災保険給付の対象となるか否かを判断していくこととなる。」

結果的に、2020年8月21日付け基発0821第3号によって改正された平成13年12月12日付け基発第1063号認定基準では、「第6 複数業務要因災害」として、以下のように記載された。

「労働者災害補償保険法第7条第1項第2号に定める複数業務要因災害による脳・心臓疾患に関しては、本認定基準を下記1のとおり読み替えるほか、本認定基準における過重性の評価に係る『業務』を『二以上の事業の業務』と、また、『業務起因性』を『二以上の事業の業務起因性』と解した上で、本認定基準に基づき、認定要件を満たすか否かを判断する。
その上で、上記第4の2に関し下記2に規定した部分については、これにより判断すること。
1 認定基準の読み替えについて
上記第3の『労働基準法施行規則別表第1の2第8号に該当する疾病』を『労働者災害補償保険法施行規則第18条の3の6に規定する労働基準法施行規則別表第1の2第8号に掲げる疾病」と読み替える。
2 二以上の事業の業務による過重負荷の有無の判断について
(1) 上記第4の2(1)の『異常な出来事』に関し、これが認められる場合には、一の事業における業務災害に該当すると考えられることから、一般的には、異なる事業における負荷を合わせて評価することはないものと考えられる。
(2) 上記第4の2(2)の『短期間の過重業務』及び同(3)の『長期間の過重業務』に関し、業務の過重性の検討に当たっては、異なる事業における労働時間を通算して評価する。また、労働時間以外の負荷要因については、異なる事業における負荷を合わせて評価する。」

精神障害労災認定基準の改正

専門検討会の意見取りまとめは以下のとおり。

「・ 複数業務要因災害においても、『心理的負荷による精神障害の認定基準』(平成23年12月26日付け基発1226第1号)に基づき、認定基準における心理的負荷の評価に係る『業務』を『複数業務』と解した上で、労災保険給付の対象となるか否かを判断することが適当である。
・ 複数業務による心理的負荷の評価に当たっては、次のとおり個別の状況も踏まえ、医学専門家の意見に基づき判断することが適当である。
① 異なる事業における業務による出来事がそれぞれあることにより出来事が複数ある場合には、それぞれの事業場における業務による出来事を、別個に心理的負荷評価表の具体的出来事に当てはめ心理的負荷の強度を評価した上で、心理的負荷の強度を全体的に評価する。その際、異なる事業における出来事が関連して生じることはまれであることから、原則として、認定基準における関連のない複数の出来事の評価方法に従い、それらの出来事の数、各出来事の内容、各出来事の時間的な近接の程度を基に、その全体的な心理的負荷の強度を評価する。
② 心理的負荷を評価する際、異なる事業場における労働時間、労働日数は、それぞれ通算する。
③ 以上の判断に当たっては、それぞれの事業における職場の支援等の心理的負荷の緩和要因をはじめ、二以上の事業で労働することによる個別の状況を十分検討して、心理的負荷の強度を全体的に評価する。
※実際の労災請求事案の審査に当たっては、まず、業務災害に該当するか否かを判断した上で、これに該当しない場合に、複数業務要因災害として労災保険給付の対象となるか否かを判断していくこととなるものです。」

結果的に、2020年8月21日付け基発0821第3号によって改正された平成23年12月26日付け基発1226第1号認定基準では、「第9 複数業務要因災害」として、以下のように記載された。

「労働者災害補償保険法第7条第1項第2号に定める複数業務要因災害による精神障害に関しては、本認定基準を下記1のとおり読み替えるほか、本認定基準における心理的負荷の評価に係る『業務』を『二以上の事業の業務』と、また、『業務起因性』を『二以上の事業の業務起因性』と解した上で、本認定基準に基づき、認定要件を満たすか否かを判断する。
その上で、上記第4の2及び第6に関し下記2及び3に規定した部分については、これにより判断すること。
1 認定基準の読み替え
(1) 上記第2及び第5の『労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病』を『労働者災害補償保険法施行規則第18条の3の6に規定する労働基準法施行規則別表第1の2第9号に掲げる疾病』と読み替える。
(2) 上記第7の『業務上外』を『複数業務要因災害と認められるか否か』と読み替える。
2 二以上の事業の業務による心理的負荷の強度の判断
(1) 二以上の事業において業務による出来事が事業ごとにある場合には、上記第4の2(2)により異なる事業における出来事をそれぞれ別表1の具体的出来事に当てはめ心理的負荷を評価した上で、上記第4の2(3)により心理的負荷の強度を全体的に評価する。ただし、異なる事業における出来事が関連して生じることはまれであることから、上記第4の2(3)イについては、原則として、②により判断することとなる[*参照]。
(2) 心理的負荷を評価する際、異なる事業における労働時間、労働日数は、それぞれ通算する。
(3) 上記(1)及び(2)に基づく判断に当たっては、それぞれの事業における職場の支援等の心理的負荷の緩和要因をはじめ、二以上の事業で労働することによる個別の状況を十分勘案して、心理的負荷の強度を全体的に評価する。
3 専門家意見と認定要件の判断
複数業務要因災害に関しては、上記第6の1において主治医意見により判断する事案に該当するものについても、主治医の意見に加え、地方労災医員等の専門医に対して意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。」

* 第4の2(3) 出来事が複数ある場合の全体評価
対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合の心理的負荷の程度は、次のように全体的に評価する。
ア 上記(1)及び(2)によりそれぞれの出来事について総合評価を行い、いずれかの出来事が「強」の評価となる場合は、業務による心理的負荷を「強」と判断する。
イ いずれの出来事でも単独では「強」の評価とならない場合には、それらの複数の出来事について、関連して生じているのか、関連なく生じているのかを判断した上で、
① 出来事が関連して生じている場合には、その全体を一つの出来事として評価することとし、原則として最初の出来事を「具体的出来事」として別表1に当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況とみなす方法により、その全体評価を行う。
具体的には、「中」である出来事があり、それに関連する別の出来事(それ単独では「中」の評価)が生じた場合には、後発の出来事は先発の出来事の出来事後の状況とみなし、当該後発の出来事の内容、程度により「強」又は「中」として全体を評価する。
② 一つの出来事のほかに、それとは関連しない他の出来事が生じている場合には、主としてそれらの出来事の数、各出来事の内容(心理的負荷の強弱)、各出来事の時間的な近接の程度を元に、その全体的な心理的負荷を評価する。
具体的には、単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が複数生じている場合には、全体評価は「中」又は「強」となる。また、「中」の出来事が一つあるほかには「弱」の出来事しかない場合には原則として全体評価も「中」であり、「弱」の出来事が複数生じている場合には原則として全体評価も「弱」となる。

令和2年8月21日付け基発0821第1号「雇用保険法等の一部を改正する法律等の施行について(労働者災害補償保険法関係部分)」
令和2年8月21日付け基発0821第2号「複数事業労働者に係る給付基礎日額の算定について
令和2年8月21日付け基発0821第3号によって改正された後の平成13年12月12日付け基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について
令和2年8月21日付け基発0821第4号によって改正された後の平成23年12月26日付け基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について
(関連資料掲載コーナー:厚生労働省)労働者災害補償保険法の改正について~複数の会社等で働かれている方への保険給付が変わります~
(関連資料掲載コーナー)脳・心臓疾患の労災認定 -「過労死」と労災保険-
(関連資料掲載コーナー) 精神障害の労災補償について

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