平均賃金の算定に異議あり/東京●審査会が国の怠慢と不作為を批判

もう3年前になるが、Hさんから電話相談を受けた。建設会社の現場監督として働いていた父親(84歳)が「姉がんの疑い」で入院中、「うっ血性心不全(誤嚥性性肺炎)」 で亡くなった。Hさんは、父親の死因が石綿曝露に関連しているとして、向島労働基準監督署に労災請求したところ、不支給処分にされたという相談だった。

Hさんから相談を受け、開示文書を検討したところ、向島労基署は「石綿肺の所見、明らかな胸膜プラークの所見、びまん性胸膜肥厚の所見はなく、石綿関連疾患の発症が認められない」 という石綿確定診断委員会の意見をもとに業務外としていたことがわかった。
一方、Hさんは父親の病理解剖をしていたので、詳しい剖検記録を病院から取り寄せてもらい内容を確認した。「肺がん」ではなかったのだが、「胸膜プラークに相当すると考えられる胸膜の線維性肥厚は、両肺とも約80%程度の領域に拡がっている」、「病理学的に広範かつ高度の胸膜繊維肥厚があることから、客観的にみて、相当程度の呼吸不全を惹起し、死因の一因として寄与したものと考えられる」と記載されていた。剖検記録では、びまん性胸膜肥厚を示唆する所見が確認され、それによる著しい呼吸不全で死亡した可能性も認めていたのである。

審査請求では、新証拠として剖検記録を提出し、あわせて画像所見のみで石綿関連疾患を否定した向島労基署の判断の誤りを主張する意見書も提出した。
その結果、東京労災保険審査官は、Hさんの訴えを全面的に認め、向島労基署の不支給処分を取り消す決定を出した。

ところが、Hさんにはもうひとつつ腑に落ちないことがあった。父親の平均賃金が思った以上に低額だったことである。向島労基署では、父親の平均賃金を厚生年金の標準報酬月額で算出していた。Hさんは、父殺の会社が加入する健康保険組合から当時、父親の健康保険の標準報酬月額が厚生年金のそれに比して約2倍であったことを示す「健康保険資格証明書」を証拠資料として提出したが、見直しはされなかった。
納得できないため、再び審査庁(東京労働局)が決定した平均賃金の見直しを求めて、2022年7月、厚生労働大臣に対して審査請求をすることになった。
その2か月後、審査庁は弁明書においても、離織時(62歳)の厚生年金の標準報酬月額の最高限度額による算定に基づく平均賃金の処分は「適法かつ妥当」であると主張した。
さらにその9か月後(!) の翌2023年4月、行政不服審査会に提出された厚生労働省審理員の意見書においても、審査庁の処分を「違法又は不当なもの」ではないとして、審査請求の棄却を求める意見を行政不服審査会に諮問した。
そして2023年7月、行政不服審査会が厚生労働大臣に答申書を提出した。

行政不服審査会は、審査庁の処分の「違法性又は不当性」を指摘し、「本件審査請求は棄却すべきであるとの諮問に係る審査長の判断は、妥当とは言えない」とする結論を出したのである。少し長くなるが、答申書の結論の部分を引用する。

「ところで、厚生年金保険においては、健康保険と比較して、標準報酬月額の等級区分の範囲を狭くし、最高等級の標準報酬月額を低く設定しているため、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者については、健康保険の標準報酬月額が厚生年金の標準報酬月額を上回っている可能性がある」。
「したがって、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者については、0412第1号通達に従って平均賃金を算定する場合には、健康保険の標準報酬月額についても調査する必要があり、健康保険の標準報酬月額が厚生年金保険の標準報酬月額を上回っているときは、平均賃金は、当該労働者の離職持の支払賃金に近似している健康保険の標準報酬月額を用いて算定すべきであり、そうでなければ、上記(2)の委任の趣旨に反するというべきである」。
「本件のように、標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者について、0412第1号通達に従って平均賃金を算定する場合には、上記(3)のとおり、健康保険の標準報酬月額についても調査し、どちらの標準報酬月額を用いて平均賃金を算定するのが相当であるかについて検討する必要があるが、上記のとおり、0412第1号通達及び上記の事務連絡において、健康保険の標準報酬月額に関する資料が記載されていないため、労働局又は労働基準監督署の現場においては、上記の調査検討をしていないようである。しかし、このような運用は、上記(2)及び(3)で検討した労働基準法12条8項の委任の趣旨に反するというべきものである。審査庁においては、関係の通達、事務連絡等の見直しをすべきである」。

行政審査会は、Hさんの主張の正当性、合理性を認める一方、これまで厚生年金の標準月額のみで平均賃金を算定し、改めようとしなかった審査庁の対応を厳しく批判して、関係通達、事務連絡等の見直しを求めるという異例の答申を行った。

この画期的な行政審査会の答申を受け、2023年11月、厚生労働大臣は、Hさんの審査請求に対して、「本件処分は、これを取り消す」(主文)と裁決した。Hさんの主張どおり、健康保険の標準報酬月額に基づき父親の平均賃金が見直されることになったのである。

行政審査会から厳しく不当性、違法性を指摘され、是正を迫られた審査庁(厚生労働省)は、2023年12月22日付けで、「『業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について』の一部改正について」(基監発1222号第1号)及び「平均賃金の算定に係る労働者の賃金の十分な調査の実施について」(基監発1222号第2号)通達を出した(2024年4月号に紹介済み)。

Hさんは、2024年1月7日に行われた全国労働安全衛生センタ一連絡会議の厚生労働省交渉に出席。行政不服審査に1年4か月以上かかり、その間、過ちを認め是正しようとしなかった厚生労働省の対応を厳しく問い質した。

石綿関連疾患等では労働者の離職時の賃金を裏づける資料が乏しいことから、これまで0412第1号通達に基づき、国が平均賃金を決定してきたが、Hさんの審査請求の取り組みを経て、新たな通達が発出され、実態に合わせた算定に是正されることになったわけである。
現在給付を受けている被災者、遺族にとっても健康保険の標準報酬月額等の資料があれば、平均賃金が見直される可能性がある。
引き続き、この問題に取り組んでいきたいと思う。

文・問合せ:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2024年11月号