床のフローリング補修で中毒 東京●急性有機溶剤中毒の労災認定
有機溶剤に関する相談は、東京労働安全衛生センターなど地域労働安全衛生センター、全国安全センターまで
ラッカーシンナーで中毒に
Sさん(28歳)は、一般家庭のフローリングのキズを、有機溶剤を使用して補修する仕事を行っていた。ある初夏の日、「隣近所に迷惑になるから窓を開けてはいけない」という会社の指示を守り狭い部屋の中で、マスクも支給されずに床の補修を続けていたところ、体調が悪くなり、めまい、だるさで倒れてしまった。
東京労働安全衛生センターに相談に訪れ、ひまわり診療所を受診したところ、有機溶剤急性中毒と診断され、足立労働基準監督署に労災申請した。会社の社長は、Sさんの労災申請に関してしつこい電話をたびたびかけていやがらせを行った。Sさんは会社を退職して療養を続けていたが、「労災認定をする」との知らせが届いた。Sさんから「有機溶剤中毒の発症と労働環境」についての文書をいただいた。
上司の無知・防護もなく3ヶ月で発症
私は、2011年4月から有機溶剤(主にラッカーシンナー)を扱う仕事に就き、就労から約3か月で有機溶剤中毒を発症しました。一口に有機溶剤中毒と言っても様々な症状があります。私の場合は右半身の痺れ、眩暈、頭痛、倦怠感、不眠といったものでした。発症当初は中毒の知識がまったくなく、それらの症状は疲れによる体調不良ととらえ危うく放置してしまうところでした。
なぜ3か月という短い期間でこの様な中毒を発症したのか?これは有機溶剤を扱うにあたって十分な防衛ができていなかったことに尽きます。有機溶剤を扱うにあたって責任者から定められた防衛の指導がなされていなかったのです。次に詳しい状況を述べていきたいと思います。
- 防毒マスクを支給されていたものの、必ず着用するようにとの指示はなく、マスク無着用で作業にあたることが日常化。防毒マスクの数が足りないからと言う理由で防毒マスクを支給されていない人もいた。
- 常に無防備な状態でしたが換気は不十分であることが多く、暖房を入れる際には部屋を閉め切ることもあり、日常的に溶剤に曝されていた。特に溶剤を吸い込みやすいコンプレッサーでの拭き付けでさえも戸外にある上司の車を汚さないためにと指示があり、完全に閉め切り、その中で作業にあたることもあった。
- グローブ着用や保護クリームの指導はなく、道具の手入れは溶剤を使って素手で行っており、同様に手に塗料が付いてしまった場合も溶剤に浸したウエスで拭き取ることで対処していた。随分経ってから責任者に「溶剤は皮膚からも浸透して蓄積するから気をつけろ」と告げられるが、曝露についての具体的な処置は指導されず、誰しもがこのように好ましくない状況で作業を続けていた。
- 技量より上回った作業の遂行を要求され、納期内に終わらせる為に休憩を削ったり、残業して作業をするなどして溶剤への曝露時間を長引かせてしまっていた。
このような劣悪な環境を作り上げているのは、責任者の知識不足によるところが大いにあります。今回の中毒の発症にあたって責任者に報告すると、驚くべきことに有機溶剤中毒の存在自体を知らなかったのです。また、有機溶剤中毒の疑いがあるにもかかわらず、会社負担で検査を受けさせることは出来ないと言われ、自ら自費で検査を受けに行ったことではっきりと中毒であることが認められました。もし、そのままただの疲れによる体調不良とみなし、同じように働いていたら事態はもっと深刻なものになったかもしれません。
私は自身の体の安全を第一に考え、退社という選択をしました。本来、有機溶剤を扱うにあたって責任者は定められた環境衛生と保護を指導しなくてはなりません。しかし、残念ながらそのような措置が取られておらず、尚且つ今後の改善も難しいと判断したからです。私のケースでは約2週間で完全に症状が消失しましたが、後遺症が残る可能性や、最悪の場合死に至ることも否定できません。そうした被害を招かないためには、決められた正しい対処で未然に中毒を防ぐことがなにより大事だと思います。
安全センター情報2012年6月号
お問合せは、東京労働安全衛生センターへ