金型製造で有機溶剤中毒:病院のミスで認定に遅れ/東京

Oさんの有機溶剤中毒がようやく労災認定された。
仕事は、プラスチックを成型してカメラ部品などをつくる金型製造会社。この会社に勤めて7年あまり、Oさんの業務は一貫して工作機械を使用し金型部品の製作、金型の組み立て、仕上げ、修理だった。作業場ではOさんを含め10名ほどの工員が働いていた。
プラスチックを成型する金型は油やごみを嫌う。それを取り除くために180ccの油差しに入れたトリクロルエチレンなどの溶剤を、作業者各々が所持し、加工品に惜しげなくふりかけ、エア(コンプレッサーから)を吹き付けながら作業した。保護具は会社にはなく、作業する工員は誰も防護していなかった。作業場には換気扇はあるものの、民家に隣接しているためか使われることなく、窓も締め切りであった。

3~4年前からこの吹き付け溶剤はトルエンに切り換えられた。振り返ってみれば、この時期からOさんの体調は崩れ始めていたが、仕事との因果関係には気づかずにいた。昨年年明け、頭痛・幻覚・幻聴に悩まされるようになった。
4月、仕事中に目のかすみ(焦点のぶれ)が生じ、仕事場から自力で病院へ。5月に会社とトルエン中毒について話し、労災申請を行った。この時期、保健所から紹介された病院に検査のために出向いたが、病院側が彼の尿を紛失するというアクシデントがあったため、馬尿酸検査は行われなかった。
労災申請後、トルエンは使われなくなり、Oさんは慣れない設計へと部署を異動した。
後遺症に悩みながらの主治医探し、新しい仕事を覚えるための勉強と、苦労は続いた。家族の協力を得てつくった自己意見書も提出したが、認定はなかなか下りなかった。所轄の労働基準監督署から東京労働基準局にりん伺したところで、「医学上の客観的データの不足」としてもたついたようである。被災したうえ、尿を紛失され、労災認定を引き延ばされては、どうみても何ひとつ落ち度のない本人はたまったものではない。
相談を受けた東京労働安全衛生センターからも早期認定を労基署に要請した。10月に業務上認定との連絡が入り、なによりである。
相談を受けた際、「中毒になるのも当然」と言いたくなるような作業現場の環境の話を聞き、唖然としたことを思い出す。今後も継続してサポートしていきたい。

東京労働安全衛生センター

安全センター情報1999年1・2月号