【建設アスベスト訴訟】特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律が成立-附則で「国以外の者による損害賠償」等検討求める(2021年6月16日)
5月17日の初の最高裁判決を受けて、首相・厚生労働大臣が公式に謝罪し、継続中の訴訟の統一基準に基づく和解と、未提訴の被害者に対する補償制度について与党における法案化作業に国が積極的に協力することを内容とした「基本合意」の厚生労働大臣と原告団・弁護団の間での締結へと急進展した建設アスベスト訴訟。
その後も、与党における法案化、与野党間の精力的な協議を経て、6月2日の衆議院厚生労働委員会「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律案」が起草・可決され、翌3日に衆議院本会議で可決、6月8日に参議院厚生労働委員会、9日に本会議でもすべて全会一致で可決され、成立した。同法は、6月16日に法律第74号として公布され、一部の規定を除き、公布日から起算して1年を超えない範囲において政令で定める日から施行されることとされている。
目次
特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律
法律案の趣旨及び内容
法律案の趣旨及び内容について、とかしきなおみ厚生労働委員長は、以下のとおり説明した。
「本件につきましては、先般来、各会派間においてご協議いただき、今般意見の一致をみましたので、委員長において草案を作成し、委員各位のお手元に配布しています。
その起草案の趣旨及び内容について、委員長からご説明申し上げます。
令和3年5月17日の建設アスベスト訴訟の最高裁判決において、国が規制権限を行使しなかったことが違法であると判断され、慰謝料等の損害賠償請求が認められたことは、重く受け止められなければなりません。国は継続中の建設アスベスト訴訟について裁判上の和解を進めていくこととしています。
他方で、石綿にさらされる建設業務に従事し、すでに石綿関連疾病にかかっていても未提訴の方々や、将来発症する可能性のある方々も多数います。こうした方々が訴訟を起こさなければ救済されないとすると、重度の健康被害をかかえながら訴訟を強いられることとなり、肉体的にも精神的にも大きな負担となってしまうことが危惧されます。また、被害者の方々の高齢化が進んでいることからも、訴訟を経ることなく早期に救済を図ることが求められています。
本案は、最高裁判決等において国の責任が認められたことに鑑み、未提訴の方々について、その損害の迅速な賠償を図るため、訴訟によらず給付金の支給等の措置を講じようとするもので、その主な内容は次のとおりです。
第1に、国は、石綿にさらされる建設業務に従事することにより、石綿関連疾病にかかった労働者や一人親方等またはその遺族であって認定を受けた方に対し、給付金を支給することとしています。
ここで対象となる業務は、最高裁判決等により示されたものとし、昭和47年10月1日から昭和50年9月30日までの間に行われた石綿吹付け作業に係る業務と、昭和50年10月1日から平成16年9月30日までの間に行われた一定の屋内作業場における作業に係る業務としています。
第2に、給付金の支給額は、病態等による7つの区分に応じ、550万円から1,300万円としています。給付金の受給後に症状が悪化した場合には、追加給付金として、進行後の病態等の区分における給付金とすでに受けた給付金の額との差額を支給することとしています。
第3に、厚生労働大臣は、給付金等の支給の請求を受けたときは、厚生労働省に設置する審査会に審査を求め、その審査の結果に基づき、支給を受ける権利の認定を行うものとしています。
第4に、独立行政法人労働者健康安全機構に基金を設け、給付金等の支払いの業務を行わせることとし、政府は機構に対し、給付金等の支払いに充てるための資金を交付するものとしています。
第5に、国以外の者による特定石綿被害建設業務労働者等に対する損害賠償その他特定石綿被害建設業務労働者等に対する補償の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとしています。
なお、この法律は、一部の規定を除き、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとしています。」
附則第2条の検討対象は3点
衆議院厚生労働委員会では続いて、「法案の策定に携わった立法者」として、長妻昭議員(立憲民主党・無所属)が次のように発言した。
「筆舌に尽くしがたい苦しみのなかでお亡くなりになった多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、未だ苦しみの中で闘病されている多くの方々、そのご家族、関係者に心よりお見舞い申し上げます。
被害者の皆様に対する迅速な救済が求められています。
本法案の附則第2条について申し上げます。この附則第2条は本法案で明確化されなかった点について、『検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる』ことを政府に求める条文です。
実際の条文は、『国は、国以外の者による特定石綿被害建設業務労働者等に対する損害賠償、その他、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる』ことを政府に求める条文です。[実際の条文読み上げ省略]
附則第2条の対象のひとつは、『国以外の者による損害賠償』です。これは、具体的には、石綿建設材料すなわちアスベストを含有する建材を製造あるいは販売をした者等に損害賠償の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を求めるものです。
附則第2条の対象の2つ目は、本法案の給付金の支給の対象となる期間以外の期間における特定建設業務労働者等の石綿すなわちアスベストによる健康被害に対する補償の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる、というものです。
附則第2条の対象の3つ目は、屋外での石綿すなわちアスベストにばく露する作業に従事した特定建設業務労働者等に対する補償の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる、というものです。
与党建設アスベスト対策プロジェクトチーム座長との法案策定交渉の中で、附則第2条にある『その他』には、『給付金の支給の対象となる期間以外の期間における特定建設業務労働者等』と『屋外での石綿すなわちアスベストにばく露する作業に従事した特定建設業務労働者等』が含まれていることが確認されています。
附則第2条の対象として、以上にあげた3点が、含まれていることを政府は肝に命じ本法案にのっとって適切、迅速に対応することを強く要請します。
厚生労働大臣あらためて謝罪
続いて内閣の意見を求められて、田村憲久厚生労働大臣が「政府としては異議はございません」と回答。それを受けて、草案を法律案の成案とし、委員会提出の法律案とすることが、審査を省略して全会一致で決せられた。参議院厚生労働委員会でも、提出者の衆議院厚生労働委員長から趣旨説明を聴取した後、質疑なし、討論なしで全会一致で可決されている。
しかし、どちらの委員会においても、法律案を議題とする前の審議のなかで問題が取り上げられており、厚生労働大臣は以下のように発言している。
「建設アスベストの被害者の方々に対しましては、国が規制権限を適切に行使しなかったことにより、石綿による健康被害を被ったことについて、被害者の方々やご遺族の方々の長期間にわたるご負担や苦しみ、悲しみに思いをいたし、厚生労働大臣の職務を担う者として心からお詫び申しあげます。
政府といたしましては、最高裁判所の判決や与党の取りまとめを踏まえ、原告団または弁護団の考えを十分に尊重させていただきまして、令和3年5月18日に原告団・弁護団との間で基本合意を結ばせていただいたところであります。
また、現在訴訟されている方々以外にも健康被害に苦しまれ、今後発症される方もいらっしゃると考えられ、政府としてもこうした皆さまへの給付金制度の実現のための立法化に最大限協力してまいりました。
法案は議員立法で提出されるものと承知しておりますが、法案が成立した場合には、法案に基づく給付金制度の実施について、万全を期してまいりたいと考えています。」
建材メーカーへの働きかけ必要
前出の長妻昭議員の発言は、与野党協議で野党側がとりわけ要求した内容を要約したものであり、附則第2条を設けたことと、その検討の対象として3点が含まれていることを確認する、法案策定者としての発言を記録にとどめたことは、今後にとって重要である。
衆参両院の厚生労働委員会で取り上げられたのも、主としてこの3点に関することだった。
とりわけ建材メーカーについては、現在国内に約150社あるとされ、建設アスベスト訴訟では約40社が被告となり、うち10社の賠償責任が確定している。この間、経済産業省業界が12の関係業界団体に生産・販売量や建材ごとのアスベスト使用量について調査を行ったものの事実上のゼロ回答-「メーカーごとの内訳のデータを持っていない」「文書保存期間を超過しているため破棄」「個社からデータ公開の了解が得られない」等だった。
経済産業省が業界団体ではなく個別メーカーから直接聞き取ることや法律を主管する厚生労働省のリーダーシップ等が提案されたが、前向きな回答がなされたとは言い難い。責任が確定した建材メーカーの一社も原告らに謝罪していないことも指摘された。
また、屋外建設作業従事に関しては、例えば屋根工など職種だけで機械的に判断するのではなく、作業の実態に基づいて対象に該当するかどうかを判断するという、厚生労働省労働基準局長の回答もなされている。
施行に要する費用は約4千億円
法律案には、「本案施行に要する経費として、給付金等に係る請求に対して給付金等を支給した場合の総額として見込まれる金額は、約4千億円である」と明記されている。
この根拠に関して労働基準局長は、次のように答えた。「制度が本格的に施行される令和4年度までの間に最大で11,500人程度からの給付金の支給申請及び支給がある者と推計。また、令和5年度以降、30年間の期間において対象となり得る方は19,500人程度と推計しているところ。全体で約31,000人程度になるものと考えている。これらの対象者に対する給付金の支給に必要な額としては、総額で約4千億円になるものと想定している」。別の発言で、令和5年度以降については、「今後毎年600人程度」増加するものと想定した。
本誌が入手した衆議院調査局作成の「経費の積算根拠(試算の考え方)」は、以下のとおり。
「いずれの数値も推計値であることにご留意ください。
・総額4千億円には、これまでに労災等の認定を受けた者と、今後発症する者に対する給付金の額が含まれている。
・平成31年度までの建設業労働者のアスベスト関連の労災等認定者数は累計約1万人と推計される。
・今後発症する者については、現在、新たにアスベスト関連で労災認定されている建設業労働者は年間約600人であるため、今後、約30年程度で、約2万人と推計される。(アスベスト関連疾患は長期の潜伏期間の後に発症することが多いとされており、長いものだと50年ともいわれていることから、確定的なものではないが、推計のための数値として50年とし、国の違法期間の終期である平成16年9月末から50年後の令和36年9月末までとしている。)
・合計約3万人について、1人当たり1,300万円として、約4千億円と推計している。」
新制度の個別周知等の検討
なお、新たな制度の周知について、厚生労働省労働基準局長は、「労災保険・特別遺族給付金[労作時効救済]を受けている方は本人または遺族には個別周知検討」「特別遺族給付金以外の石綿健康被害救済法給付金受給者についても関係省庁[環境省]と協力して誠実に行っていきたい」「今後の労災認定手続のなかでも周知」「まだ給付受けられていない方にもホームページ掲載など広く周知」等と回答している。
この点では、厚生労働省では石綿肺の管理区分決定者や、環境省ではアンケート調査で自主的に業種・職種情報を答えた者以外も含めた配慮や、すでに特別遺族給付金ではじまっている請求期限切れ問題の抜本的解決も必要である。
成果の上に原告団らの闘いは続く
6月9日に法律が成立したことを受け、原告団・弁護団らは記者会見を開いた。NHKの報道から、その内容を紹介させていただく。
「原告の1人で、アスベストが原因の中皮腫で夫と息子を亡くした埼玉県の大坂春子さん(78)は『13年間、寝ても覚めても夫と息子のことが頭から離れなかったが、ようやく2人に報告することができて、ほっとしている』と述べました。
そのうえで屋外で建設作業をしていてアスベストによる健康被害を受けた人が対象になっていないことについて『一緒に戦ってきた仲間が報われないことはあってはならず、1人残らず心から喜べる日が来るまで頑張りたい』と述べました。
都内に住む戸根山仁志さん(78)は家具をつくる仕事をしていて数年前にアスベストが原因の肺がんと診断され、おととし労災認定を受けましたが裁判に参加していません。
戸根山さんは会見で『手術をしたので少し動くだけでも息切れをすることがあり、趣味だった歌うこともできなくなった。被害者の中にはすでに亡くなってしまった人もいるが給付金の制度ができることで大勢の人が少しは報われるのではないかと思う』と話していました。
弁護団長の小野寺利孝弁護士は『これで私たちの戦いが終わるわけではない。建材メーカーが基金への協力を拒否しているため、1日も早く基金に参加してもらえるよう、引き続き、働きかけたい』と話していました。」
新たな決意、緊急提言も
全国連絡会は6月16日に日比谷野外音楽堂で「建設アスベスト訴訟の全面解決をめざす全国総決起集会」を開催して、この間の成果を確認するとともに、取り組みを継続・強化していく決意を固めている。
また、同じ日に石綿被害救済制度研究会が、「緊急提言「アスベスト被害の完全救済に向けて―2021年5月17日の最高裁判決と『特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法』の制定を受けて―」を発表している。これについては、別稿で紹介する。
厚生労働省は特設ページ開設
厚生労働省はホームページ上に「建設アスベスト給付金制度について」のページを開設した。
「よくあるお問い合わせ」として、まず以下を掲載している。
Q1 給付金等の請求手続はどのようにすればいいでしょうか。
A1 法の規定により厚生労働大臣宛て請求していただくことになりますが、詳細については検討の上、厚生労働省ホームページ等でお知らせします。何卒ご理解をいただけますようお願い申し上げます。
Q2 給付金等を受けるためには、労災認定を受けていることが必要でしょうか。
A2 あらかじめ労災の請求を行い、認定を受けていることは要件とはされておりませんが、労災認定による療養補償給付や休業補償給付などが受けられるため、労災認定の対象となり得る方は、労災の請求も御検討ください。労災に関する詳細は、最寄りの労働基準監督署にお問合わせください。
令和3年6月16日付け基発0616第1号「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律の公布について」やリーフレットなども掲載している。
・衆議院議案情報
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm
・衆議院会議録情報
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/kaigi_l.htm
・衆議院インターネット中継
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
・参議院議案情報
https://www.sangiin.go.jp/japanese/kon_kokkaijyoho/index.html
・参議院会議録情報
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/kaigirok.htm
・参議院インターネット中継
https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
※【建設アスベスト訴訟の新展開】最高裁判決、謝罪・統一基準による和解から、未提訴者救済金制度創設へ-建材メーカーの責任追及継続は課題(2021.5.25)
※【緊急提言】2021年5月17日の最高裁判決と特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法」の制定を受けて-(2021年6月16日 石綿被害救済制度研究会)
※本ウエブサイト上の「建設アスベスト」関連情報
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