大阪アスベスト国賠泉南一次訴訟の意義と特徴/村松昭夫
泉南アスベスト国賠訴訟の意義と特徴について、現在の大阪アスベスト弁護団の団長をされている村松昭夫氏が書かれた提訴当時の論稿を紹介する。
村松氏が泉南アスベスト問題に関わるようになった経緯については、「国家と石綿」(永尾俊彦著 現代書館2016年)の176頁以降などを参照されたい。
泉南アスベスト国賠訴訟の合い言葉になった「国は知ってた! できた! でも、やらなかった!」は村松氏が考案したものである。
大阪アスベスト国賠泉南一次訴訟の意義と特徴
村松昭夫 弁護士(現・大阪アスベスト弁護団・団長、大川・村松・坂本法律事務所)
1 提訴までの取組み
大阪じん肺アスベスト弁護団(現・大阪アスベスト弁護団)は、昨年9月から、地元に結成された「泉南地域の石綿被害と市民の会」や大阪民主医療機関連合会の医師らとともに、泉南地域での継続的な「医療・法律相談」活動を実施してきた。相談会などには、元従業員、その家族、周辺住民などこれまでに200名近くが訪れ、そのうち半数近くが何らかの石綿関連疾患に罹患しているかあるいはその疑いがあることが明らかになり、改めて石綿被害の深刻かつ広範な広がりが確認された。
とりわけ、泉南地域においては、使用されていた石綿の多くが白石綿であったことから、被害者の罹患疾病も石綿肺あるいはびまん性胸膜肥厚などが中心であり、その点ではクボタ周辺の中皮腫を中心とした被害とは異なっている。しかし、石綿肺なども、生存のために不可欠な呼吸器機能が著しく低下し、病状が不可逆的に進行し、病変が全身に拡大することから、被害者らは、長期間にわたって呼吸困難等に苦しめられており、中皮腫と同様に、その健康被害は重大である。
弁護団と市民の会は、こうした泉南地域の被害状況をふまえて、今年二月のアスベスト新法の制定に際しては、国会議員や環境省などに、対象疾病を肺がんや中皮腫だけでなく石綿肺などすべての石綿関連疾病に広げ、真に隙間のない救済を図るよう訴えた。ところが、国は、石綿被害に対する自らの責任を曖昧にしたまま、周辺住民の救済対象疾病を肺がんと中皮腫に限定し、石綿肺、びまん性胸膜肥厚などの石綿関連疾病を除外し、救済金額も低額に抑えるというとても隙間のない救済とは言えないアスベスト新法を制定した。 こうした状況を受けて、弁護団は、個別被害者ごとに、労災申請やアスベスト新法での救済申請、加害企業への賠償請求など様々な被害者救済の取組みを行なう一方、国賠訴訟の提起に向けた具体的検討も進めた。また、被害の全面的な掘り起こしが急務であることから、大阪府等に対して、被害実態調査や疫学調査の実施を強く要望してきた。
さらに、泉南の石綿被害を広く知らせるために、泉南地域の石綿被害と救済を考えるシンポジウムを開催したり、日本環境会議や労働組合、医療機関など多数の現地調査にも協力している。 そして、全国じん肺弁護団や研究者らの協力も得て、約半年間にわたる事実関係の調査や法的問題の検討もふまえて、去る五月二六日、原告八名による泉南地域のアスベスト被害に対する国の責任を追及する大阪アスベスト国賠泉南一次訴訟を提起した。
2 大阪アスベスト国賠泉南一次訴訟の特徴と意義
(1)原告らの特徴
本件訴訟の石綿被害者らは、元従業員、近隣住民、近隣作業者、元従業員の家族などであり、泉南地域の石綿被害を象徴する者たちである。
すなわち、父母、娘が石綿被害にあっているという家族ぐるみの被害者も存在し、元従業員のなかには、長期間同じ工場に勤務していた者もいれば、複数の工場に勤務した者もいる。さらに、原告らの病名も、石綿肺、肺がんなど多様な石綿関連疾病を含み、長期間苦しみながら死亡した被害者など石綿被害の深刻さも示している。まさに、本件訴訟の原告らは、泉南地域の石綿被害を象徴する者たちである。
(2)本件訴訟の意義
弁護団は、本件訴訟の意義を以下のように確認している。
第一に、本件訴訟は、いうまでもなく、国の責任の明確化とアスベスト新法の見直しを求める訴訟であるという点である。
過去も、現在も、将来も、あらゆる石綿被害は、全面的に救済されなければならない。にもかかわらず、前記のとおり、アスベスト新法は隙間だらけのきわめて不十分なものであり、その見直しは避けて通れない課題である。古くから自らの調査等によって石綿被害の広範かつ深刻な発生・進行を認識しながら、経済発展を優先させて被害防止を放置してきた国には、石綿被害の発生・拡大に重大な責任があることは明らかである。そして、国が、自らその責任を認めない以上、司法の場で責任を明確にすることが不可欠であり、そのことがアスベスト新法の見直しの大きなきっかけにもなるものである。
第二に、大阪・泉南地域から国賠訴訟の声を上げることが重要であるという点である。
泉南地域は、古くから石綿紡織業が発達し、1970年代の最盛期には、石綿製品(石綿糸、石綿布)の生産額は全国シェアで60~70パーセントにも上り、100年間にわたって全国最大の石綿工場の集積地であった。そのため、石綿被害も、戦前から長期にわたって発生し、従業員ばかりでなく近隣住民や近隣作業者、家族などにもその被害は広がっていた。そして、そうした被害の状況は、国自身の調査によって繰り返し明らかになっていた。したがって、石綿産業とその被害が全国一の集積地である泉南地域から、国の責任追及の声を上げることは当然であると同時に、激甚な石綿被害と国の加害責任を明確にしていくうえできわめて重要である。
第三に、泉南地域では、石綿被害者を全面的に救済するためには、国による救済がどうしても必要であるという点である。
泉南地域の石綿工場は、クボタなどとは異なり、ほとんどが零細業者であり、すでに廃業、つぶれているところが圧倒的である。したがって、全面的な被害者救済のためには、これほどまでに石綿被害を広げたことに責任のある国に、全面的な被害救済を行なわせることがどうしても必要である。
第四に、本件訴訟は、石綿被害者が、全国に先駆けて集団訴訟に立ち上がったという点でも重要な意義がある。
石綿被害は、生産、製造、解体、廃棄の各過程で、労災、公害などが発生するいわゆる複合型社会災害であるといわれている。現に、様々な場面で被害発生が報告されており、今後も多数の被害発生が続くことは確実である。そのため、様々な被害現場から、石綿被害者らが次々に国らの加害責任を追及する訴訟が提起されることになると思われ、その検討が全国各地で行なわれている。しかしながら、石綿被害者が、病気をおして訴訟に立ち上がることはきわめて困難なことであり、その意味では、本件訴訟は、石綿被害者が初めて集団で被害者救済を求めて提起した訴訟であり、まさに、全国の石綿被害者を勇気づけるものでもある。
第五に、石綿被害の発生防止のために万全な対策を行なわせるためにも、訴訟での加害責任の明確化は不可欠である。
なぜ、石綿被害がこれほどまでに拡大したのか、なぜ、その救済が放置されてきたのか、その責任を明確にすることは、被害者救済と同時に、万全な防止対策を行なわせる第一歩にもなるものである。責任が曖昧なままでは万全な対策も行なわれない、これはこれまでの労災、公害事案の普遍的な教訓でもある。ところが、国が昨年夏に行なった検証結果はきわめて不十分なものであり、とうてい歴史的な検証に耐えられるものではない。その意味では、訴訟を通して、石綿被害という重大な人権侵害が発生・拡大した社会的、経済的な構造を解明し、そのなかで国には具体的にどのような責任があったのかを歴史的経過もふまえて究明していくことはきわめて重要である。
3 遅すぎる救済は救済の名に値しない
本件訴訟は、8月30日午後1時30分から第1回口頭弁論が開かれ、いよいよ実質的な審理が開始される。「遅すぎる救済は救済の名に値しない」、本件訴訟でも、高齢の原告が多く早期審理が強く求められている。40名の弁護団は、今後も全力で石綿被害者の全面救済を求めて奮闘していきたい。
(むらまつ あきお)
法律旬報 2006年8月上旬号(No.1629-2006.8.10)
特集/アスベスト国家賠償訴訟 より