さらなる情報と分析が必要-脳・心臓疾患、精神障害業務上外事案分析報告書に基づく比較分析
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国による調査研究の枠組み
2014年に成立・施行された「過労死等防止対策基本法」は、第8条で「調査研究等」について、以下のように定めている。
1 国は、過労死等に関する実態の調査、過労死等の効果的な防止に関する研究その他の過労死等に関する調査研究並びに過労死等に関する情報の収集、整理、分析及び提供(以下「過労死等に関する調査研究等」という。)を行うものとする。
2 国は、過労死等に関する調査研究等を行うに当たっては、過労死等が生ずる背景等を総合的に把握する観点から、業務において過重な負荷又は強い心理的負荷を受けたことに関連する死亡又は傷病について、事業を営む個人や法人の役員等に係るものを含め、広く当該過労死等に関する調査研究等の対象とするものとする。
2015年に閣議決定された最初の「過労死等防止対策大綱」では、「調査研究等の基本的考え方」として、以下が示された。
「過労死等の実態の解明のためには、疲労の蓄積や、心理的負荷の直接の原因となる労働時間や職場環境だけでなく、不規則勤務、交替制勤務、深夜労働、出張の多い業務、精神的緊張の強い業務といった要因のほか、その背景となる企業の経営状態や短納期発注を含めた様々な商取引上の慣行等の業界を取り巻く環境、労働者の属性や睡眠・家事も含めた生活時間等の労働者側の状況等、複雑で多岐にわたる要因及びそれらの関連性を分析していく必要がある。このため、医学や労働・社会分野のみならず、経済学等の関連分野も含め、国、地方公共団体、事業主、労働組合、民間団体等の協力のもと、多角的、学際的な視点から実態解明のための調査研究を進めていくことが必要である。
医学分野の調査研究については、過労死等の危険因子やそれと疾患との関連の解明、効果的な予防対策に資する研究を行うことが必要である。
その調査研究の成果を踏まえ、過労死等の防止のための健康管理の在り方について検討することが必要である。また、これらの調査研究が科学的・倫理的に適切に行われるよう、外部専門家による評価を受けるようにすることが必要である。
労働・社会分野の調査研究については、民間の雇用労働者のみならず、公務員、自営業者、会社役員も含め、業務における過重な負荷又は強い心理的負荷を受けたことに関連する疾患、療養者の状況とその背景要因を探り、我が国における過労死等の全体像を明らかにすることが必要である。
また、例えば、自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療等、過労死等が多く発生しているとの指摘がある職種・業種や、若年者をはじめとする特定の年齢層の労働者について、特に過労死等の防止のための対策の重点とすべきとの意見がある。調査研究に当たっては、このような意見を踏まえて、より掘り下げた調査研究を行うことが必要である。
また、これらの調査研究を通じて、我が国の過労死等の状況や対策の効果を評価するために妥当かつ効果的な指標・方法についても早急に検討すべきである。
これらの調査研究の成果を集約し、啓発や相談の際に活用できる情報として発信していくことが必要である。」
そして、「国が取り組む重点対策」の「調査研究等」として、以下のようにされた。
(1)過労死等事案の分析
過労死等の実態を多角的に把握するため、独立行政法人労働安全衛生総合研究所に設置されている過労死等調査研究センター等において、過労死等に係る労災認定事案、公務災害認定事案を集約し、その分析を行う。また、過重労働と関連すると思われる労働災害等の事案についても収集を進める。分析に当たっては、労災認定等の事案の多い職種・業種等の特性をはじめ、時間外・休日労働協定の締結及び運用状況、裁量労働制等労働時間制度の状況、労働時間の把握及び健康確保措置の状況、休暇・休息(睡眠)の取得の状況、出張(海外出張を含む。)の頻度等労働時間以外の業務の過重性、また、疾患等の発症後における各職場における事後対応等の状況の中から分析対象の事案資料より得られるものに留意する。精神障害や自殺事案の分析については、自殺予防総合対策センターとの連携を図る。また、労災請求等を行ったものの労災又は公務災害として認定されなかった事案についても、抽出して分析を行う。
(2)疫学研究等
過労死等のリスク要因とそれぞれの疾患、健康影響との関連性を明らかにするため、勤労者集団における個々の労働者の健康状態、生活習慣、勤務状況とその後の循環器疾患、精神疾患のほか、気管支喘息等のストレス関連疾患を含めた疾患の発症状況について長期的に追跡調査を進める。
職場環境改善対策について、過労死等の防止の効果を把握するため、事業場間の比較等により分析する。
過労死等防止のためのより有効な健康管理の在り方の検討に用いることができるようにするため、これまで循環器疾患による死亡との関連性が指摘されている事項について、安全、かつ、簡便に検査する手法の研究を進めつつ、当該事項のデータの収集を行い、脳・心臓疾患との関係の分析を行う。
(3)過労死等の労働・社会分野の調査・分析
過労死等の背景要因の分析、良好な職場環境を形成する要因に係る分析等を行うため、労働時間、労災・公務災害補償、自殺など、過労死等と関連性を有する統計について情報収集、分析等を行い、過労死等に関する基本的なデータの整備を図る。その際、それぞれの統計の調査対象、調査方法等により調査結果の数字に差異が生じることに留意するとともに、過労死等が「労働時間が平均的な労働者」ではなく、「長時間の労働を行っている労働者」に生じることにかんがみ、必要な再集計を行う等により、適切な分析を行う。また、諸外国の労働時間制度等の状況も踏まえて分析を行う。
これらにより得ることのできないデータ等については、企業、労働者等に対する実態調査を実施し、我が国における過労死等の全体像を明らかにする。
これらの調査・分析結果を踏まえ、過重労働が多く発生し、重点的に調査を行う必要のある職種、業種等を検討し、その特性に応じた過労死等の背景要因について、さらに詳細な調査、分析を行う。その際、当該分野において過重労働を経験した労働者の意見等も踏まえて調査研究を行う。
(4)結果の発信
国及び過労死等調査研究センターにおいて、労災補償状況、公務災害認定状況、調査研究の成果その他の過労死等に関する情報をホームページへの掲載等により公表する。
入手可能な調査研究報告書
以上を踏まえて、厚生労働省のホームページに「過労死等防止対策に関する調査研究について」の特設ページが設置されるとともに、毎年の「過労死等防止対策白書」でも「調査・分析結果」が報告されている。特設ページで公表済みの報告書から、これまでの成果をみてみよう。
ここでは、「この調査研究は、以下のとおり『医学面』と『労働・社会面』の2つの角度から実施しております。
1 医学面の調査研究
(1)過労死等事案の分析(民間雇用者(労災)、閣下公務員、地方公務員)
(2)疫学研究
(3)実験研究
2 労働・社会面の調査研究
3 その他の情報」とされている。
① 過労死等事案の分析(民間雇用者(労災))
「2010年1月から2015年3月までの事案について分析を行って」おり、平成27・28・29年度報告書(過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究)が掲載され、また、過労死等調査研究センターのホームページには、上記に加えて「平成27-29年度総合報告書」も掲載されている(https://www.jniosh.johas.go.jp/groups/themes_overwork.html)。これらの報告書は、後述の③疫学研究及び④実験研究を含めた「医学面の調査研究」全体の報告書である。
「過労死等事案の分析(民間雇用者(労災))」については、以下のようなことが行われてきた(別掲図はそれらを図示したもの)。
〇平成27(2015)年度
・ 労災(業務上)認定事案(2010年1月~2015年3月の3,564件(脳・心臓疾患1,564件、精神障害2,000件))の調査復命書のデータベース構築及び基礎分析★
・ 運輸業・郵便業(自動車運転従事者)の脳・心臓疾患労災(業務上)認定事案81件の試行的試料分析
〇平成28(2016)年度
・ 脳・心臓疾患の労災(業務上)認定事案1,564件の詳細分析☆
・ 精神障害の労災(業務上)認定事案2,000件の詳細分析☆
・ 重点職種・業種の労災(業務上)認定事案のうち自動車運転従事者679件(脳・心臓疾患465件、精神障害214件)、外食産業249件(脳・心臓疾患114件、精神障害135件)の典型事例分析
・ 運輸業・郵便業における過労死(脳・心臓疾患)の予測・防止を目的とした労災(業務上)認定事案465件の資料解析
・ 東日本大震災に関連した脳・心臓疾患の労災(業務上)認定事案21件の分析
・ 労災業務外(認定=不支給決定)事案の調査復命書のデータベース構築及び基礎分析(2010年1月~2015年3月の4,135件(脳・心臓疾患1,961件、精神障害2,174件)★
〇平成29(2017)年度
・ 重点職種・業種の労災(業務上)認定事案のうち医療・福祉285件(脳・心臓疾患52件、精神障害233件)、教職員(教育・学習支援業)82件(脳・心臓疾患25件、精神障害57件)、IT産業(システムエンジニア・プログラマー)60件(脳・心臓疾患22件、精神障害38件)、外食産業(調理人・店長)101件(脳・心臓疾患65件、精神障害36件)の特徴の分析
・ 自動車運転従事者(運輸業・郵便業)における過労死の予測・防止を目的とした労災(業務上)認定事案465件・不支給事案312件の資料解析
・ 自動車運転従事者(運輸業・郵便業)における精神障害の労災(業務上)認定事案214件の特徴の分析
・ 重点業種における精神障害の労災(業務上)認定事案の可視化
・ 脳・心臓疾患及び精神障害の労災請求事案の実態の分析☆
② 地方公務員の過労死等事案の分析
国家公務員/地方公務員の公務災害事案の分析については、「2010年4/1月から2015年3月までの事案について分析を人事院/総務省において行って」いるとされ、簡単な分析結果が掲載されているほか、総務省も調査研究報告書を公表している(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/koumuin_seido/anzen_koumu.html)。また、「平成30年版過労死等防止対策白書」に「公務災害として認定されなかった事案の分析結果」が報告されている。
なお、一般職公務員/地方公務員の過労死等の公務災害補償状況についても、労災についての厚生労働省発と同様の形式で、毎年、人事院/地方公務員災害補償基金が公表するようになっている(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04738.html)。
③ 疫学研究
〇平成27(2015)年度
・ 長時間残業等の業務負担と心血管疾患リスクに関する職域多施設研究
〇平成28(2016)年度
・ 労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)職域コホート研究・フィージビリティ調査
・ 過労死予防対策としての職場環境改善に関する介入研究
・ 長時間残業等の業務負担と心血管疾患リスクに関する職域多施設研究
〇平成29(2017)年度
・ 労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)コホート研究及び1万人を対象としたWEB調査
・ 交代勤務看護士の勤務間インターバルと疲労回復に関する研究
・ 中小企業で実施された職場環境改善の効果評価に関する研究
・ 長時間残業等の業務負担と心血管疾患リスクに関する職域多施設研究
④ 実験研究
〇平成27(2015)年度
・ 予備調査
〇平成28(2016)年度
・ 長時間労働と循環器負担のメカニズム解明
・ 労働者の体力を簡便に測定するための指標開発
〇平成29(2017)年度
・ 長時間労働と循環器負担のメカニズム解明
・ 労働者の体力を簡便に測定するための指標開発
⑤ 労働・社会面の調査研究
〇平成27(2015)年度
・ 初年度調査
〇平成28(2016)年度
・ 既存の統計資料等の整理、運送業、外食産業、自営業者、法人役員に関する調査
〇平成29(2017)年度
・ IT産業、医療、教職員に関する調査
〇平成30(2018)年度
・ メディア業界、建設業に関する調査
ほかに2017年度には、「地方公務員の過労死等に係る労働・社会分野に関する調査研究(教職員等に関する分析)」も行われ、前出の総務省による調査研究報告書ページに掲載されている。
⑥ その他の情報
過労死等調査研究センターのホームページを紹介している(https://www.jniosh.johas.go.jp/groups/overwork.html)。
入手可能な調査報告書だけでも膨大な量で、すべての内容を検討することは容易ではないが、職場での過労死等防止対策や労災申請時の資料等に資することのできる内容も少なくないので、以上なような報告書が出されているということを手がかりにして有用な情報にアクセスしていただけたら幸いである。
予定されている調査研究
なお、過労死等防止対策大綱は2018年に変更されたが、「調査研究の基本的考え方」では、最初の段落はほとんど変わらず、それ以下が以下のようになった。
「なお、過労死等の調査研究は、業務における過重な負荷による就業者の脳血管疾患、心疾患等の状況が労災補償状況等からは十分把握されていないことを踏まえ、労働・社会分野の調査において、労働者のみならず自営業者や法人の役員も対象としてきており、今後とも自営業者等一定の事業主のほか、副業・兼業を行う者も含め、広く対象とする。
医学分野の調査研究については、職域コホート研究、介入研究、実験研究等、長期的な視点で行うものも含め、過労死等の危険因子やそれと疾患との関連の解明、効果的な予防対策に資する研究を継続的に行うことが必要である。
これらの調査研究の成果を踏まえ、過労死等の防止のための健康管理の在り方について検討することが必要である。また、これらの調査研究が科学的・倫理的に適切に行われるよう、外部専門家による評価を受けるようにすることが必要である。
労働・社会分野の調査研究については、平成27年度から3年間で、全業種の企業及び労働者を対象としたアンケート調査や、過労死等が多く発生しているとの指摘がある職種・業種である自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療等に加え、自営業者や法人の役員を対象としたアンケート調査を行い、その結果、取引先の都合による所定外労働発生や、人員不足の現状、業務関連のストレスの状況等、職種・業種等に特有の課題を明らかにしてきた。
しかし、過労死等の背景要因を掘り下げ、我が国における過労死等の全体像を明らかにするためには、新たな課題にも対応するべく、一定期間を周期として定期的に調査をし、結果を経年比較する取組が必要である。
また、これらの職種・業種に限らず、建設業、メディア業界等重層下請構造の特徴があり、長時間労働の実態があるとの指摘がある業種等、調査の必要が認められる職種・業種については、社会情勢の変化に応じて、調査研究の対象に追加していく必要がある。
これらの調査研究を通じて、我が国の過労死等の状況や対策の効果を評価するために妥当かつ効果的な指標・方法についても早急に検討すべきである。
こうした調査研究を進めるに当たっては、その基礎となるデータの取り方について、客観性と専門性を担保できるよう取り組むとともに、これらの調査研究の成果を集約し、啓発や相談の際に活用できる情報として広く発信していくことが必要である。」
「国が取り組む重点対策」の「調査研究等」については、「(1)過労死等事案の分析」では、「調査研究の対象とする重点業種等(過労死等が多く発生している又は長時間労働者が多いとの指摘がある職種・業種)として、自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療を引き続き対象とするとともに、近年の状況を踏まえ、建設業、メディア業界を追加した」ことに加えて、「労災請求等を行ったものの労災又は公務災害として認定されなかった事案については、今後の分析方針の検討を行った上で、必要な分析を行う」等とされた。
「(2)疫学研究等」では、「職場環境改善対策」についてが、「職種・業種等の特性も踏まえた上で、対策事例の収集や事業場間の比較等により分析し、過労死等の防止の効果を把握する。また、深夜勤務、交替制勤務等の勤務形態が過重労働に伴う健康障害へ及ぼす影響についての調査を実施し、分析を行う」という内容になった。
「(3)過労死等の労働・社会分野の調査・分析」では、「重点業種等について、調査が回答者の過度な負担とならないよう配慮した上で、毎年、2業種ずつ企業、労働者等に対する実態調査を実施することとし、過重労働が業務上の災害のみならず通勤状況等労働者の生活に与えている影響についても把握しつつ、分析を行う。その際、それぞれの業種等について、一定期間経過後に繰り返し調査を行うことにより、経年的な変化等の比較検証を踏まえた分析を行う」ことにしたうえで、「我が国における過労死等の全体像を明らかにしていく」という方向性が示された。
業務上外事案の比較可能性
本号では、全体=全業種・職種を対象とした「過労死等事案の分析(民間雇用者(労災))」関係の報告書を活用して、可能な業務上・外事案の比較を試みた内容を紹介したいと思う。主に利用したのは、22~23頁で★印をつけた報告書で、☆印の報告書も参照している。
平成28(2015)年度に、2010年1月~2015年3月の業務上事案3,564件(脳・心臓疾患1,564件及び精神障害2,000件)の調査復命書のデータベースが構築され、業務上事案全体についての基礎分析報告書がまとめられた。また、翌29(2016)年度には、同期間の業務外事案4,135件(脳・心臓疾患1,961件及び精神障害2,174件)の調査復命書のデータベースが構築され、業務上事案全体についての基礎分析報告書がまとめられた(これら二つの報告書が★印のもの)。
加えて、脳・心臓疾患及び精神障害の業務上事案全体についての詳細分析報告書(2016年度)、及び、業務上事案と業務外事案を合わせた「労災請求事案」についての分析報告書(2017年度)がまとめられている(☆印のもの)。
業務上及び業務外事案全体についての二つの基礎分析報告書は、基本的に比較可能であり、また、認定率(認定合計=業務上+業務外に対する業務上の比率)を計算することもできるのに行われていないので、今回、独自に行った。業務外事案については詳細分析報告書がまとめられていないので、こちらを比較することはできなかった。
先に結論的な話をしておくと、脳・心臓疾患の場合の「異常な出来事」「短期間の過重業務」と「長時間の過重業務」の一部や、精神障害の場合の「特別な出来事」及び長時間労働を根拠とした労災認定状況について、一定の状況がわかったものの、とりわけそれら以外の業務要因の状況については、活用できる情報が少なすぎた。
さらなる情報の公表と、また、国による調査研究の枠組みのなかにおいても、業務上外事案の比較分析が進められることを期待したい。
脳・心臓疾患業務上外事案の比較
2010年1月から2015年3月の脳・心臓疾患の業務上事案1,564件及び業務外事案1,961件の合計3,525件について、被災者の個人属性、被災傷病名、業種、職種、事業場の従業員数規模、所定休日、出退勤の管理状況、健康診断の実施の有無、過重労働の面接指導の有無、不規則な勤務や拘束時間の長い勤務・出張の多い勤務などの負荷要因の有無、発症前概ね6か月間の労働時間等について、関連情報を数値化したデータベースが構築されている。基礎分析では、以下の項目による集計、クロス集計、分析が行われた。
① 被災者の性別、請求・発症・死亡時年齢
② 決定時の疾患名の分布
③ 発症時の前駆症状の有無
④ 事業場従業員数別の被災者数の分布
⑤ 業種別の被災者数の分布
⑥ 職種別の被災者数の分布
⑦ 所定休日制度の状況について
⑧ 健康診断の実施状況について
⑨ 過重労働面接指導の実施状況について
⑩ 不規則な勤務や拘束時間の長い勤務、出張の多い勤務、交代勤務・深夜業務、精神的緊張を伴う業務の有無
⑪ 発症前の概ね6か月間の時間外労働時間の状況
⑫ 決定時の疾患名と男女別・年齢別・業種別・職種別のクロス集計
① 被災者の性別、発症時年齢(表1)
性別では、男女合計3,525件のうち男性が89.8%(3,164件)で圧倒的に多く、女性は10.2%(361件)であった。男性の認定率が47.3%、女性の認定率が19.1%、全体の認定率で44.3%(1,564/3,525)で、男性のほうが女性よりも2.5倍も高い。
発症時年齢(平均)は、男性が51.3歳、女性が52.7歳、全体で51.4歳であった。発症時年齢階層別の事案数では、男性では30-39歳、女性では60-69歳がもっとも高く、男女とも70歳以上がもっとも低くなっている。発症時年齢階層別の認定率では、男女とも30-39歳がもっとも高く、70歳以上がもっとも低い。
死亡例は、男性が1,291件(40.8%)、女性が94件(26.0%)、全体で1,385件(39.3%)であった。死亡例では死亡時年齢(平均)が、男性が50.0歳、女性が51.0歳、全体で50.0歳であった。死亡時年齢階層別の認定率の傾向は、全体の発症時年齢階層別の傾向と同じであるが、死亡例の認定率(男性46.2%、女性17.0%、全体44.3%)は、全体の認定率よりもやや低い。
② 決定時の疾患名の分布(表1)
表1で、業務上事案については合計数が事案数と等しいが、業務外事案については複数の疾患名を含めて集計しており、事案数よりも男女合計で34件多くなっていることに留意されたい。
表1には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、脳疾患では脳内出血(30.0%)、くも膜下出血(16.8%)、脳梗塞(14.4%)、高血圧性脳症(0.1%)の順に多く、虚血性心疾患等では、心筋梗塞(16.1%)、心停止(13.8%)、解離性大動脈瘤(5.0%)、狭心症(1.9%)の順に多かった。ただし、女性では、脳内出血(業務上外合計で30.0%)とくも膜下出血(33.1%)の2疾患が大半を占めた。
ちなみに厚生労働省はかつて-1996~2002年度分について、業務上事案の疾患名を公表していたのだが、7年間の合計で、脳出血(29.1%)、くも膜下出血(21.6%)、心筋梗塞(19.4%)、一時性心停止等(15.1%)、脳梗塞(10.5%)、解離性大動脈瘤(2.6%)、高血圧性脳症(0.6%)、狭心症(0.3%)、急性心不全(0.8%)の順であった(合計870件)。
事案数が少ない高血圧性脳症とその他を除き疾患別の認定率をみると、男女とも、くも膜下出血(男女合計で48.5%)がもっとも高く、心停止(45.6%)、脳梗塞(44.4%)、脳内出血(41.8%)が続いているが、心筋梗塞(46.9%)と解離性大動脈瘤(46.1%)は男性と比較して女性の認定率が著しく低くなっている。狭心症は、男性の認定率が60件について31.7%なのに対して、女性では7件について0.0%であった。
③ 発症時の前駆症状の有無(表1)
前駆症状がなかったものが全体の70%以上であったが、前駆症状があった(「確認できた」と言ったほうがより正確だろう)事案のほうが、なかった事案よりも、認定率が高かった。
④ 事業場従業員数別の被災者数の分布(表2)
表2には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、業務上事案では、50人未満が52.2%、50-99人が11.2%、1,000人以上が6.6%であった。業務外事案については、データが示されていない。
⑤ 業種別の被災者数の分布(表2)
表2には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、運輸業・郵便業(22.0%)、卸売業・小売業(15.1%)、建設業(13.6%)、製造業(13.4%)、他に分類されないサービス業(10.4%)の順に多かったが(他は10%未満)、男女差がみられた。女性では、医療・福祉(23.2%)、卸売業・小売業(21.5%)が多く、建設業(1.1%)、運輸業・郵便業(8.7%)は少ない。
認定率でみると、男性では、宿泊業・飲食サービス業(70.3%)、運輸業・郵便業(61.0%)、情報通信業(51.7%)、不動産業・物品貸借業(50.9%)で高く、女性では、情報通信業(50.0%)、学術研究・専門・技術サービス業(50.0%)で高かった。
⑥ 職種別の被災者数の分布(表2)
表2には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、輸送・機械運転従事者(19.2%)、専門的・技術的職業従事者(13.3%)、サービス職業従事者(11.6%)、販売従事者(10.7%)、事務従事者(10.0%)の順に多かったが(他は10%未満)、男女差がみられた。女性では、輸送・機械運転従事者が少なく、サービス職業従事者が多い傾向がみられた。
認定率でみると、男性では、輸送・機械運転従事者(61.8%)、管理的職業従事者(59.8%)、専門的・技術的職業従事者(51.9%)、販売従事者(50.3%)で高く、女性では、50%を超える職種はなかったが、管理的職業従事者(37.5%)で比較的高かった。
⑦ 所定休日制度の状況について(表3)
表3には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、所定休日は完全週休2日制(26.2%)、週休1日制(20.7%)、隔週週休2日制(7.4%)の順に多かった。
出退勤の管理状況、就業規則、賃金規定についてもデータが示されているが、基礎分析報告書では、これらについては記述がない。
⑧ 健康診断の実施状況について(表3)
表3には数字を示していないが、男女・業務上外合計で、健康診断の実施率は69.4%であった。認定率は、「あり」のほうが、「なし」よりも高くなっている。
⑨ 過重労働面接指導の実施状況について(表4)
表4には数字を示していないが、男女・業務上外合計で、面接指導の実施「あり」は66例(1.9%)であった。認定率は、「あり」のほうが、「なし」よりも高くなっている。
既往歴についてもデータが示されているが、基礎分析報告書では、これらについては記述がない。男女・業務上外合計で、既往歴施「あり」が44.3%、「なし」が43.1%で、認定率は、「なし」のほうが、「あり」よりも高くなっている。
なお、労災請求事案分析報告書は、以下のように言っている。
「健康管理(健康診断、面接指導、既往歴)の状況(あり/なし)によって疾患の発症に特徴があるのかを全年代の他、40代以下、50代、60代以上に分けてクロス集計した。
健康診断を受診していると脳内出血(健診なし群:35.9%、健診あり群:29.1%、p<0.001)と脳梗塞(健診なし群:17.0%、健診あり群:13.8%、p=0.033)の発症割合が統計的に有意に低く、特に脳出血では60代以上で顕著であった(健診なし群:38.1%、健診あり群:28.3%、p=0.005)。一方、くも膜下出血(健診なし群:12.7%、健診あり群:18.3%、p<0.001)、心停止(健診なし群:11.8%、健診あり群:14.8%、p=0.042)では健康診断を受診している者の発症割合が高かった。
面接指導の実施と疾患との間に統計的に有意な関連は認められなかった。
既往歴があると心筋梗塞の発症が多いことに統計的有意差が認められた(既往なし群:14.5%、既往あり群:18.1%、p=0.007)。また、40代以下では脳内出血(既往なし群:23.8%、既往あり群:32.1%、p=0.001)、50代では解離性大動脈瘤(既往なし群:4.0%、既往あり群:7.4%、p=0.024)で同様の傾向であった。一方、くも膜下出血では既往歴がなくても発症割合が高く(既往なし群:21.3%、既往あり群:12.2%、p<0.001)、これは40代以下、50代、60代以上でも同様の傾向であった。また、40代以下の脳梗塞でも同様の傾向が認められた(既往なし群:12.6%、既往あり群:8.9%、p=0.036)。」
⑩ 不規則な勤務や拘束時間の長い勤務、出張の多い勤務、交代勤務・深夜業務、精神的緊張を伴う業務の有無(表4)
データが示すのは、全事案のうちこれらの負荷要因がみられた(確認された)事案の数である。業務上事案については、必ずしもこれらの負荷要因が根拠となって業務上と認定されたことを意味するものではない。したがって、「発症前6か月の拘束時間の長い勤務」がみられた男性の事案の71.5%が業務上と認定されたという事実があっても、認定の根拠はこの負荷要因自体ではなく、時間外労働時間数を根拠としたものであるかもしれないことに留意しなければならない。
一般的に、業務上事案のほうが業務外事案よりもこれらの負荷要因がみられた比率が高いと言えそうであるが、男性についての「発症前6か月の作業環境(温度、騒音、時差)」、「発症前6か月の温度」、「発症前6か月の騒音」、女性についての「発症前6か月の交替勤務・深夜勤務」と「発症前6か月の作業環境(温度、騒音、時差)」では、それが逆転している。後者の負荷要因は、業務上認定にあたっての相対的寄与度を低く扱われていると言えるのかもしれない。
⑪ 発症前の概ね6か月間の時間外労働時間の状況(表4)
このデータが示すのも、全事案のうちこれらの負荷要因がみられた(確認された)事案の数及び(1か月平均)時間外労働時間数の平均値・最大値であって、これらの負荷要因が根拠となって業務上と認定された事案の数はわからない。
しかし、業務上事案については、発症前1か月の時間外労働時間数が男女全体で平均99.6時間、発症前2か月から6か月へと期間が長くなるにつれてやや減少していくものの、発症前6か月の時間外労働時間数でも平均86.3時間と、きわめて長い。おそらくは、かなりの業務上事案が、発症前1か月間に100時間または2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働という負荷要因がみられたことを根拠にして業務上と認定されたのではないかと推測させるデータではある。
一方で、業務外事案については、発症前1か月の時間外労働時間数が男女全体で平均29.1時間、発症前2か月から6か月へと期間が長くなるにつれて逆にやや増加し、発症前6か月の時間外労働時間数では平均86.3時間で、業務上事案の場合と比較すると著しく短かかった。
ちなみに業務が事案基礎分析報告書は、業務が事案について、次のように言っている。
「業務上事案と結果が大きく異なる点は労働負荷についての項目であり、業務外事案においては発症前6か月の時間外労働以外の負荷要因は、作業環境以外はすべて業務上事案よりも認められた割合が低かった。また時間外労働時間についても、発症前1か月から6か月まで平均でそれぞれ30 時間未満であり、脳・心臓疾患における過重負荷の評価基準となる発症前1か月で100時間、発症前2か月から6か月で平均80時間を大きく下回っていた。時間外労働時間は男性の事案よりも女性の事案の方が短かった。なお、最大値で男女ともに、発症前1か月で100時間、発症前2か月から6か月で平均80時間を超えている事案については、労働者性が認められない、認定対象疾患でない、時間外労働時間を認定する資料がない(証明できない)などの理由が確認された。」。
⑫ 決定時の疾患名と男女別・年齢別・業種別・職種別のクロス集計
この結果は、本誌では示していない。業務上事案基礎分析報告書では、以下のように記述する。
「脳内出血・脳梗塞・心筋梗塞・解離性大動脈瘤は50歳代発症が最頻であったが、くも膜下出血・心停止では40歳代が最頻であり、若年発症の傾向が認められた。業種別に脳疾患と心疾患の分布を比較すると、脳疾患の割合の平均61.3%に比べ、情報通信業(52.3%)、金融業・保険業(55.6%)、建設業(56.2%)、運輸業・郵便業(58.7%)でやや低く、心疾患の割合が高かった。」
業務外事案基礎分析報告書では、以下のように記述する。
「脳内出血、心筋梗塞、解離性大動脈瘤は50~59歳、くも膜下出血、心停止は40~49歳、脳梗塞は60~69歳がそれぞれ最も多かった。ほぼすべての業種において、脳内出血が最も多かった。学術研究・専門・技術サービス業、漁業、公務では心筋梗塞が最も多かった。職種別では、生産工程・労務作業者(I-2、I-3)以外はすべて脳内出血が最も多かった。男性はほとんどの業種において脳内出血が最も多かった。それに対して、女性は半数以上の業種でくも膜下出血が最も多かった」。
⑫ 業種別の脳・心臓疾患の労災認定要因(表5)
以上のように、基礎分析報告書からは、労災認定された直接の要因についてはほとんどわからないので、業務上事案詳細報告書の「労災認定要因」分析から、表5-1及び表5-2を作成した。
まず、「全体の93.0%が長期間の過重業務による労災認定であった。短期間[発症前おおむね1週間]の過重業務のみでの労災認定は2.9%であり、学術研究・専門・技術サービス業、情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業、農業・林業、複合サービス事業では短期間の過重業務による労災認定はなかった。異常な出来事による労災認定は全体の3.7%で、建設業での暑熱環境によるものが9件、運輸業・郵便業での暴力によるものが5件、サービス業(他に分類されないもの)での暑熱環境によるものが4件、卸売業・小売業での暴力を除く他の出来事が広くみられたことが特徴的であった」(詳細分析報告書では、異常な出来事の内容-暴力、事故、暑熱、東日本大震災被災、その他-内訳も示しているが、表5-1では省略した)。
次に、「長期間の過重業務により労災認定された事案における業種別の時間外労働時間(発症前1か月から6か月まで)を示した。長期間の過重業務による労災認定において時間外労働時間の評価期間は事案によって異なり、調査復命書に記載されているすべての時間外労働時間を対象とした。また、調査復命書に時間外労働時間の記載のない事案を含み、評価期間にかかわらず発症前1か月から6か月までを対象とした」。
具体的には、発症前1~6か月の各期間の平均月時間外労働時間数、及び、発症前1か月100時間未満と発症前1~6か月の各期間の平均80時間未満の割合が示されている。
ここから、発症前1か月100時間「以上」の割合を計算し、それを長期間の過重業務により労災認定された事案数=合計に1,454件に掛けて、「発症前1か月間に100時間を超える時間外労働」を根拠に労災認定された事案数として、表5-1の「1か月100H」欄に記載した。
また、発症前2か月80時間「以上」の割合を計算し、それを長期間の過重業務により労災認定された事案数=合計に1,454件に掛けた数から、上記「1か月100H」数を減じた数を、発症前2か月間平均で月80時間を「超える」時間外労働を根拠に労災認定された事案数とした。同様に、発症前3~6か月についても計算したうえで加算して、「発症前2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働」を根拠に労災認定された事案数として、表5-1の「2~6か月80H」欄に記載した。これは、詳細分析報告書の「発症前6か月平均80時間未満」の「%」と同じ「%」になっている。
「以上」と「超える」の違いや、表4にあるように各期間の時間外労働時間数が評価の対象となった事案の数(n)は1,454件と異なる等の問題があることを承知のうえで、詳細分析報告書が、「発症前1か月間に100時間を超える時間外労働」及び「発症前2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働」を根拠に労災認定された事案数を素直に示してくれていないために、最善と考えられた試算をしたものである。
こうして作成した表5-1は、別稿14頁の表9と比較することが可能なので、比べてみていただきたい。
表5-2は、詳細分析報告書に掲載された表をそのまま写したものである(拘束時間と休日数に関するデータも示されているが、割愛した)。事案数の全業種計が1,454件となっているが、本当は、長期間の過重業務により労災認定された事案のうち「1か月100H(超)」または「2~6か月80H(超)」以外の「その他」を根拠として労災認定された事案数(表5-1の試算で言えば合計で369件)の内訳を示してほしかったところである。さらに、業務外事案についても同様のデータを示してくれれば、業務上事案との比較及び認定率の計算が可能になる。
以上を踏まえて、表5-1及び表5-2を検討していただければ、幸いである。
精神障害業務上外事案の比較
2010年1月から2015年3月の精神障害の業務上事案2,000件及び業務外事案2,174件の合計4,174件について、脳・心臓疾患事案で数値化した関連情報に、生存・死亡の別、被災者が発症した精神障害の疾患名の分布、認定基準の出来事に関する情報も加えたデータベースが構築されている。
精神障害事案についての基礎分析では、「とくに精神障害の疾患名及び業務に関する出来事を中心に、性・生存死亡(決定時に生存していた事案、若しくは自殺により死亡していた事案)別及び性・年齢層(請求時年齢が40歳未満、若しくは40 歳以上)別に集計を行った。精神障害については、『ICD-10 国際疾病分類第10版(2003年改訂)』の第5章『精神及び行動の障害(F00-F99)』に基づいて分類された」。
業務に関する出来事については、業務上事案基礎分析報告書では、「平成23(2001)年12月に策定された『心理的負荷による精神障害の認定基準』(以下『認定基準』という)の『業務による心理的負荷評価表』に挙げられている出来事及び平成11(1999)年9月に策定された『心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について』(以下『判断指針』という)における出来事に基づいて集計」が行われているが、業務外事案基礎分析報告書では判断指針と認定基準に区別されていない。
① 性・年齢(表6)
性別では、男女合計4,174件のうち男性が64.2%(2,679件)で、女性は35.8%(1,495件)であった。男性の認定率が51.3%、女性の認定率が41.9%、全体の認定率で47.9%(2,000/4,174)で、男性のほうが1.2倍ほど高い。
発症時年齢(平均)は、男性が39.5歳、女性が38.6歳、全体で39.2歳であった。発症時年齢階層別の事案数では、男女ともに30-49歳に6割弱が集中している。認定率では、男性では60-69歳、女性では29歳以下がもっとも高かった。「不詳」は、調査復命書の記載内容から特定されなかったもの。
死亡例は、男性が610件(22.8%)に比べて、女性が49件(3.3%)とかなり少なかった(全体で659件(15.8%))。死亡時年齢(平均)は、男性の42.5歳に対して、女性は33.5歳と若年であり(全体では39.8歳)、29歳以下が半数を占めた。であった。死亡時年齢階層別の認定率の傾向は、全体の発症時年齢階層別の傾向と同じであるが、認定率は、男性では死亡事例のほうが全体平均よりも高かったが、女性では逆に低かった。
② 事業場の労働者数(表7)
事業場の労働者数については、業務上事案についてしか示されていないので、認定率も分析できない。業務上事案では、「労働者数10~49人規模の事業場で労災認定がもっとも多かったが、規模別の分布に関して顕著な性差はみられなかった」。
③ 業種・職種(表7)
表7には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、製造業(17.3%)、卸売業・小売業(15.5%)、医療・福祉(14.1%)、運輸業・郵便業(9.7%)、他に分類されないサービス業(8.9%)の順で多かった。男性では製造業(21.4%)、女性では医療・福祉(29.1%)の占める割合がとりわけ高かった。
認定率でみると、男女とも、宿泊業・飲食サービス業(全体で68.2%)、農業・林業(68.0%)、電気・ガス・熱供給・水道業(65.0%)、建設業(60.1%)で相対的に高かった。
④ 職種(表7)
表7には数字を示していないが、男女・業務上外合計でみると、事務従事者(24.6%)、専門的・技術的職業従事者(23.1%)、販売従事者(11.9%)、サービス職業従事者(11.1%)、生産工程従事者(10.2%)の順に多かった(以上で全体の7割近く、他は10%未満)。女性では、とくに務従事者(32.0%)と専門的・技術的職業従事者(26.3%)に集中していた。
認定率でみると、男性では相対的に、農林業従事者(75.0%)と管理的職業従事者(68.4%)で高く、女性では輸送・機械運転従事者(53.3%)が高かった。
⑤ 疾患名(表8・9)
ほぼ全事案(95.3%)が、F3圏(気分[感情]障害)(45.6%)またはF4圏(神経性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害)(49.7%)のいずれかに該当する事案だった。ただし、男性では、F3圏が54.4%、F4圏が40.3%、合わせて94.7%なのに対して、女性では、F3圏が29.8%、F4圏が66.6%、合わせて96.4%と、その構成には差があった。業務上事案でみると、男性の99.1%、女性の全事案(100.0%)、全体で99.3%がF3圏またはF4圏に該当する事案だった。
これを認定率でみると、男女合計で、F3圏の認定率が51.9%、F4圏の認定率が48.1%、全体では47.9%。男性では、F3圏の認定率が56.2%、F4圏の認定率が50.1%、全体では51.2%。女性では、F3圏の認定率が38.0%、F4圏の認定率が50.9%、全体では41.9%であった。
下位分類でみると、F32(うつ病エピソード)が35.7%、F43.2(適応障害)が24.4%、F43.1(外傷後ストレス障害)が8.0%、以上で全体の68.1%を占め、その他はいずれも4%未満だった。男性ではこれが各々42.9%、21.4%、5.8%。女性では23.0%、29.7%、11.8%と、F43.2(適応障害)がもっとも多い。
これを認定率でみると、男女合計で、F32の認定率が58.1%、F43.2の認定率が35.2%、F43.1の認定率が92.8%であった。男性ではこれが各々62.3%、39.9%、92.9%。女性では44.0%、29.1%、92.6%。男女ともに、F43.1(外傷後ストレス障害)の認定率がもっとも高かった。ほかに、F43.0(急性ストレス反応)の認定率も、男性で79.2%、女性で75.3%、全体で76.7%と高かった。
死亡例659件の大部分(92.6%)を占める男性の610件についてみると、F32(うつ病エピソード)が63.8%(認定率71.2%)と極端に多く、F43.2(適応障害)が8.7%(認定率45.3%)、F43.1(外傷後ストレス障害)は1件(業務上)だけであった。ただし、F3圏の下位分類不明が40件(6.6%)あって、認定率が67.5%となっている。
業務外事案基礎分析報告書によると、「とくに男性の自殺事案において、労災認定の対象となる精神障害の発病なしの事案、(「認定基準」において業務に関連して発病する可能性のある精神障害とされている)F2~F4 以外の精神障害の発病が認められた事案も見受けられた。生前に精神科受診歴がなかった自殺事案の場合など、限られた情報に基づいて精神障害の診断をするのは困難を伴うものと考えられる」と指摘されている。
請求時年齢別(40歳未満・40歳以上)のデータも表9として示した。
⑥ 業務上の出来事(表10・11)
業務上事案基礎分析報告書では、判断指針と認定基準別のデータが示されているが、業務外事案基礎分析報告書では区別されていない。本誌では、業務上事案について区別されたデータを統合して示した。具体的には、判断指針の特別な出来事のうち極度の長時間労働以外のものは「心理的負荷が強度のもの」とし、認定基準にない具体的出来事は「その他」に含めた。
なお、表10~12の具体的な出来事の通し番号1~36の左の欄の①~⑦は、以下のような具体的出来事の累計を示している。
① 事故や災害の体験
② 仕事の失敗、過重な責任の発生等
③ 仕事の量・質
④ 役割・地位の変化等
⑤ 対人関係
⑥ セクシャルハラスメント
⑦ その他
報告書には明記されていないのだが、業務上事案については、「心理的負荷が極度のもの」(男女合計で272件、20.3%)または「極度の長時間労働(発症前1か月の時間外労働160時間超またはこれに満たない期間に同程度の時間外労働)」(134件、6.7%)の「特別な出来事」(合わせて406件、20.3%)があったものは、それを根拠にして労災認定されたものと推定できる。実際、データでも、これらの認定率は100%となっている。
また、業務上事案で「恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)」(716件、35.8%)があったものも、基本的にこれと他の何らかの具体的出来事を合わせたことを根拠にして労災認定されたものと推定することは、合理的であろう。
55件の業務外事案があるが(そのため認定率は92.9%になる)、業務外事案基礎分析報告書では、「(1)『恒常的な長時間労働』が認められる場合の総合評価において心理的負荷が『強』と判断されなかった、(2)出来事としての長時間労働として、発病直前の2か月連続で1月当たり120時間、又は3か月連続で1月当たり100時間以上の時間外労働という基準を満たしていなかった、などの理由による」と説明されている。
そうすると、業務上事案全体2,000件から、272件+134件=406件と716件を合わせた1,122件を除いた残り878件(43.9%、男性507件、女性371件)が、上記以外の具体的出来事を根拠にして労災認定された事案と推定することができる。
しかし、業務上事案基礎分析報告書では、具体的出来事はこの878事案によるものであるとはしておらず、また、1事案に複数の具体的出来事がある場合には各々1件として集計している。表10・11の具体的出来事の「%」は、複数計上を含めた合計数に対する比率を示している。例えば、男性の生存業務上事案の具体的出来事の合計は1,351件であるが、これを全事案数(1,009件)で割れば1事案当たり1.3件、具体的出来事を根拠にして労災認定されたと推定される事案数431件で割れば1事案当たり3.1件となる(表10-1参照)。
一方、業務外事案については、1事案に複数の具体的出来事がある場合に各々1件として集計している点は同じであるが、「%」は全事案数に対する比率を示しているので、業務上事案についての具体的事由の「%」とは意味が異なっている。
したがって、具体的出来事についての認定率は、当該具体的出来事があった場合にそのことを根拠として労災認定された比率ではないことに留意していただきたい。
なお、労災認定状況の分析のためには、具体的出来事を根拠として労災認定された事案(のみ)を対象とした具体的出来事に関するデータを公表してもらいたいが、他方で別の観点からみれば、以下の精神障害業務上事案詳細報告書の以下の指摘も重要であろう。
「心理的負荷が極度の出来事(極度の長時間労働を含む)の存在が明らかな場合などに、労災認定の迅速化などの理由から当該出来事以外の出来事の有無について調査がなされていない場合が考えられる。例えば、労災の認定基準に照らして極度の時間外労働の存在が明らかな事案の場合、長時間労働以外の出来事について調査されていない、若しくは調査復命書に明確に記載されていない可能性が考えられる。この点に留意しつつ、今後の過労死等防止対策における課題の検討も交え、本研究の結果について考察を進める。」
⑦ F3圏・F4圏別の業務上の出来事(表12)
疾患名のF3圏(気分[感情]障害)(45.6%)またはF4圏(神経性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害)別と業務上の出来事をクロスさせたデータも表12として示した。
労災請求事案分析報告書は、以下のように言っている。
「全事案において長時間労働関連の出来事が占める割合は『気分[感情]障害(F3)』では出来事の類型①『事故や災害の体験』では2割未満であるものの『28. 非正規社員である自分の契約満了が迫った』などいくつかの具体的出来事を除けば概ね3割~6割超、その下位分類の『うつ病エピソード(F32)』でも同様の傾向、『神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害(F4)』でも類型①が1割未満で、『27. 早期退職制度の対象となった』などを除いた具体的出来事では概ね2割~5割程度、その下位分類の『適応障害(F43.2)』でも同様の傾向であった。『心的外傷後ストレス障害(PTSD)(F43.1)』では概ね『心理的負荷が極度のもの』と出来事の類型①で占められていた。
自殺事案では、F3では概ね全事案と同様な傾向であったものの、F4は事案数が少なく全事案とは異なる傾向であった。」
⑧ 自殺事案
精神障害業務上事案詳細報告書では、自殺事案についても一定の分析を行っているが、今回は取り上げなかった。
本稿が、過労死等防止対策基本法のもとでの調査研究のさらなる進展、及び、結果のさらなる活用の引き金になれば幸いである。
※ 以下で表を含めたPDF版(安全センター情報2019年10月号)をダウンロードできます。
過労死、過労自殺を含めた、脳・心臓疾患、精神障害の労災認定(2018年度末時点)も参照していただきたい。