アスベスト肺がん死亡の女性に労災認定(ブレーキライニング製造)、医療記録なく、同僚の胸膜プラーク所見根拠に特別遺族給付金給付決定/東京

概要・解説

本件は、肺がん死亡よりおよそ20年後に石綿健康被害救済法の労災時効救済規定である特別遺族給付金を遺族が申請したところ、医療記録がないことを理由に不支給となったため、審査請求を行い、元同僚に胸膜プラークが認められたことにより不支給処分が取り消され認定された事例である。不支給処分のあった2006年10月13日の直前の2006年10月3日付で厚生労働省部内で配布された「石綿による疾病事案の事務処理に関する質疑応答集」に示された処理の仕方と同様の決定となっていることが興味深い。

1988年死亡、2006年特別遺族給付金申請
医療記録一切なし

石綿肺がんに係る、石綿健康被害救済法の特別遺族年金(いわゆる時効救済)関係で、興味深い決定が8月22日、東京労働保険審査官より出された。ブレーキライニング製造工場で(研磨)仕上工として働き、退職後1985年頃「肺がん」を発症し、1988年4月に「呼吸不全」により68歳で死亡した女性に関する事案である。

昨(2006)年7月13日に遺族が足立労働基準監督署に対して、新法による時効救済を求めたが、同署は3か月後の10月13日付けで不支給決定を下した。請求時点ですでに治療を受けた医療機関に、カルテもX線写真も検査結果も一切の記録が残されていなかった。

そのため監督署は、「医学的資料がないため石綿ばく露の証拠となる医学的所見が明らかでないため、不支給と決定した」ものである。時効救済事案で、このような理由で不支給とされた数は少なくないものと思われる。

被災者は1955年頃から1965年頃まで同社で石綿作業に従事していた、と遺族は記憶していたが、裏付ける資料がない。
現在の社長のもとで1964~66年頃まで働き、それ以前からいたことは確かだが、会社にも、「亡くなった先代(社長の)の時代」の記録がない。社会保険事務所に照会した厚生年金履歴では、1961~1986年の加入が確認できた。

遺族の記憶と、先代社長が被災者の家のすぐ裏に工場を建てブレーキライニング製造に事業内容変更した1957年頃からいたのかもしれないという現社長の発言をとって、審査官は、1956年頃から1981年頃までの10年間程度の従事歴があったものと判断した。
従事したのが石綿に曝露する作業であったことは、関係者の問で食い違いはなかった。元工場長が肺がんで亡くなっていたが、過去健康診断で異常を指摘された人はないという。

「健康ですよ」という元同僚に胸膜プラーク所見

「私が一番やっているけれど、何ともないし健康ですよ」とは、社長の弁である。
しかし、その社長(Dという)の特化則健診個人票(石綿)の胸部エックス線所見欄に「肥厚?」の記載があったことから、審査官は過去3年間分のDのエックス線写真を借りて、地方労災医員の意見を求めたところ、「両側の胸膜プラークを認めるが、下肺の網状影は確認できず、石綿肺所見は認めがたい」というものであった。Dは、1964~1968年頃まで被災者と同様にブレーキライニング製造に携わっており、審査官は、Dの胸膜プラークは石綿曝露によるものと認められると判断。

さらに、「Dと同様の作業に同程度以上(Dの場合は、営業等の仕事も行っていたため、現場作業は全作業量のうち60%であり、石綿ばく露作業の従事期間も4年間程度である)従事していた被災者は、より高濃度のばく露をしていたものであり、その死因である『肺がん」と石綿ばく露作業の因果関係が強く推認されるものである」とした。
審査官の最終結論は以下のとおりで、参与も全員不支給処分「取消」相当との意見であった。

「総合的に判断すると、被災者に発症し、死亡原因となった『肺がん』は、石綿健康被害救済法第2条第1項に定める対象疾病であり、被災者の職歴及び業務内容において、相当程度高濃度の常時石綿ばく露作業への従事期間が10年程度あったことが認められるものである。
医学的因果関係を立証するための医学的資料が死亡診断書以外は全て廃棄されており、被災者に発症した本件疾病について、業務との相当因果関係を直接的に証明することは困難であるが、前記…で詳記したとおり同僚であるDに係る医学的所見からその因果関係が強く推認でき、当審査官は、被災者に発症し、死亡の原因となった『肺がん』と被災者の従事してきたブレーキライニング製造作業における石綿ばく露との因果関係を認めることが相当と判断する。」

きわめて道理にかなった判断と読むことができるのではないだろうか。
東京労災保険審査官は2007年8月22日付で原処分取消と決定した。


問題は、この事例で例示されるような、できる限りの可能な調査を尽くして救済するという姿勢をとるのか、本人の医学的資料が廃棄されてしまってなければ立証しようがないと不支給決定をして済ますのかという、姿勢の問題である。
厚生労働省においては(環境省や環境再生保全機構等においても)、本件を一個別事例に終わらせずに、同様の姿勢で可能な調査を尽くして補償・救済につなげること。及び、認定基準の要件をこのようなかたちで類推適用することもできる立場を明確にして、周知すべきである。

同僚にプラークが見られる場合だけでなく、同僚ですでに石綿関連疾患の認定事例が出ていれば、当該作業が一一定程度以上の石綿曝露作業であったことの証なのであって、このことを重視して、形式的な医学的要件を、しかもあくまで本人について求めるのではなく、補償・救済の道をひろげるべきだというのがわれわれの主張である。

安全センター情報2007年10月号