2021~2027年欧州労働安全衛生戦略的枠組みに関する欧州労働組合連合(ETUC)の立場(2021年10月8日)

[2021年]6月28日に欧州委員会は、2021~2027年労働安全衛生に関する欧州戦略的枠組みを示した。ETUCは、2019年10月と2020年12月の決議により、この政策に幅広く貢献した。現行の戦略的枠組みから学んだ教訓に基づき、また新たな及び現出しつつあるリスクを考慮して、ETUC執行委員会は2019年10月に、将来の戦略に含めるべき内容を示した立場を採択した。これは、以下の優先課題に基づいていた-新たな改善された国の労働安全衛生戦略の促進、社会パートナーの関与、中小零細企業における実施の支援と自営業者へのEU労働安全衛生戦略対象範囲の拡大、執行、新たな労働パターン、労働関連疾患・災害・暴力・ハラスメントの予防、統計データ収集と労働安全衛生エビデンス・ベースの改善、国際協力の強化、労働安全衛生の主流化。

COVID-19によってもたらされた厳しい課題にかんがみ、ETUCは2020年12月にこれらの優先課題を改訂した。また、ジェンダーの視点がより強調された。ETUCは、EU戦略的枠組みは、COVID-19パンデミックが公衆衛生問題であるだけでなく、非常に労働衛生問題でもあることを認めるべきであると考える。一部の経済部門がCOVID-19蔓延の主要な媒介となったことを示す証拠もこのアプローチの理由となっている。枠組み指令のなかで予見されるように、使用者に責任がある(リスクアセスメントとリスク管理を含めた)適切な予防措置は、COVID-19パンデミックの感染と労働者の健康保護の枠組みにおいても同様に適用されるべきである。

6月に示された戦略的枠組みで、欧州委員会は、労働者の命をリスクにさらす安全衛生上の失敗に関する労働組合の分析の多くを考慮した。しかし、以下に述べるように、ETUCは、欧州委員会が提案した行動が非常に限定的なものにとどまっていることに失望している。

ETUCは、新たな労働安全衛生に関する戦略的枠組み、及びより具体的にその3つの主要目標-新しい仕事の世界における変化の予測及び管理、労働関連疾患・災害の予防の改善、将来起こり得る健康上の脅威に対する備えの強化-の発表を歓迎する。ETUCとしては、戦略的枠組みよりも、戦略の方が好ましかった。そうすれば、提案された目標と行動により多くの政治的な重みを与えられ、それらの適切なフォーローアップを確保したはずだ。

以前のEU労働安全衛生戦略的枠組みは、国の労働安全衛生戦略の策定において大きな役割を果たした。新しい戦略的枠組みは、社会パートナーと協力して、現在の国の戦略を発展・改善し続け、効果的な措置の実施に焦点をあてた具体的なものであるべきである。ETUCは、こうした国の戦略の展開において、加盟団体を支援するだろう。

労働関連疾病・災害・ハラスメントの予防

ETUCは、欧州委員会によって提示された、労働関連災害に関する「ビジョン・ゼロ」と労働安全衛生に関する切望されていたジェンダー重視を歓迎する。ETUCは、ビジョン・ゼロは労働関連死亡に限定されるべきではなく、すべての労働関連災害・疾病を含むべきであると考える。ビジョン・ゼロ・アプローチは、枠組み指令の予防原則を基礎にして、リスクの予防と根絶に焦点をあてた、より積極的なものであるべきである。労働安全衛生に関連した、欧州のあらゆる政策と立法戦略は、協議と社会対話を通じて策定及び実施され、強力な規制と執行に支えられた、リスク予防の原則を遵守すべきである。ETUCはまた欧州委員会に対して、職場の暴力・ハラスメントと闘うための戦略的枠組みで予想される行動が、ハラスメントの理由に関わりなく適用されることを明確にするよう求める。戦略的枠組みが、差別的な理由に基づく場合にのみ行動を限定しているからである。あらゆる職場の暴力・ハラスメントが労働者とその家族にとって有害である。これは、すべての労働関連暴力・ハラスメントを対象とする仕事の世界における暴力・ハラスメントに関するILO第190号条約にも沿うものである。

欧州委員会は、労働関連がんとの闘いにおいて、より野心的であるべきだった。委員会はさらにいくつかのがん関連物質に対して拘束力のある職業曝露限界値を設定することを約束しているものの、これは、欧州の労働者が広く曝露している50の優先発がん物質すべてをカバーするものではない。現在、そのような発がん物質が27種類しか限界値の対象になっていないことを想起すべきである。一部の限界値はなおあまりにも高すぎ、可能な限り速やかに下げる必要があり、発がん物質及び変異原性物質指令(2004/37/EC)の適用範囲を生殖毒性物質に拡大するとともに、有害な医薬品も含めるべきである。また、発がん物質についての限界値を設定する場合には、労働者保護をコストとみなす方法ではなく、リスクに基づいたアプローチを採用すべきである。さらに、化学物質の曝露予防に関して、ETUCは、有害化学物質への複合曝露、内分泌かく乱物質、吸入性結晶質シリカについてのBOELの改訂が、戦略的労働安全衛生枠組みに含まれていないことを遺憾に思う。アスベストに関しては、戦略的枠組みは、限界値の改訂について述べているだけである。ETUCは、それが労働者をより保護するであろうことから、アスベスト指令を徹底的に近代化することが不可欠であると考える。

心理社会的リスクと筋骨格系障害に関する欧州委員会のアプローチは、十分に野心的とは言えない。ETUCは、労働関連筋骨格系障害(MSDs)に関するEU指令を要求しており、また、Eurocadres-ETUCプラットフォームEndStres.EUを支援し続ける。この問題は、COVID-19パンデミックの間に、テレワークや在宅勤務の著しい増加によって、より緊急なものとなり、それが筋骨格系障害に影響を及ぼしている。女性労働者は、筋骨格系障害の影響をより受けやすいため、それらの疾患の評価、予防及び治療においてジェンダーの側面から対応することが必要である。

労働におけるストレスの発生に関して、EU-OSHの調査によると、企業がOSHを管理する動機となる主な理由は、法的義務を果たすことである(2014年の85%から2019年は89%に上昇)。心理社会的リスクが法律に含まれ、あるいは明示されている程度は、加盟国によって大きく異なる。その結果、労働者は国によって同じレベルで保護されていない。戦略的枠組みが提案するような-心理社会的リスクに関する単なるガイダンスでは、残念ながら、労働者をそのようなリスクから保護する可能性はきわめて低い。戦略的枠組みは、個人的アプローチからメンタルヘルスに対処しており、労働組織がもつ意味に対処できていない。新たな戦略は、心理社会的ウェルビーイングに影響を与える危険に取り組むために、労働環境の変化が必要であることを正しく指摘しているものの、言及されているイニシアティブ(例えばホリゾン2020プロジェクト)は、個人レベルのメンタルヘルス介入に焦点を合わせている。これは、心理社会的リスクを低減するためのひとつのアプローチにすぎず、労働と労働・雇用条件がどのように組織化されているかをカバーする数多くのリスクを防ぐのに十分ではない。過去20年間に発表された心理社会的労働要因に関する質の高い証拠の最近のETUIによるメタレビューは、心理社会的リスクと否定的健康影響との関連について、個人レベルの介入では対処できない説得力のある所見を提供している。個人的アプローチは、使用者は何よりもまずリスクの除去と予防に努めなければならず、個人的対策よりも集団的対策を選択すべきであると明確に述べた、OSH枠組み指令の予防原則とも一致しない。戦略的枠組みにより、欧州委員会は社会パートナーに、心理社会的リスクに関連する既存の協定を更新し、行動を起こすよう要請している。それは、欧州の社会パートナーの過去の自主的作業計画のなかで、共同実態調査セミナーを通じてすでに行われていることに留意すべきである。また、労働関連ストレスに関する自主的枠組み協定は2004年以来実施されているが、その不完全な実施は欧州レベルの法律の必要性を明らかにしているのである。

最後に、女性が多い部門(例えば医療・福祉、教育、小売、サービスなど)はとくに心理社会的リスクに曝露しており、この部門をジェンダー平等とOSHの重要な接点にしている。心理社会的リスクに対処する労働安全衛生対策の欠点は、社会における構造的なジェンダー不平等を再現するものである。 リスクアセスメントの設計からはじまって、職業ストレスを防止するためのOSH戦略の開発の全体で、ジェンダー側面が考慮されるべきである。

労働安全衛生に関する欧州枠組み指令89/391/EECは、欧州の労働組合と使用者の半数以上が表明しているように、心理社会的リスクの評価及び管理に有効ではない。このことは、過去30年間に実施されたこの分野での注意喚起活動、ガイダンスやベストプラクティスの活用が、限られた範囲にとどまっていることを示している。ETUCは欧州委員会に対して、心理社会的リスクに関する指令を提示することを求めている。

執 行

欧州委員会が加盟国に対して、執行の強化を求めていることはよいことである。EU戦略的枠組みは加盟国に対して、「現場監督の強化によって一部の加盟国における労働監督回数の減少傾向に対処すること」を求めているが、それ以上の具体的な措置が提示されていない。加盟国は、労働監督官に適切な支援を提供し-労働者1万人あたりに1人の労働監督官というILO勧告に応えなければならず-制裁メカニズムを強化する必要もある。労働監督官が何を執行しているかに関するデータと知識を収集及び普及することも重要である。現在、加盟国の労働監督官が、どの程度労働安全衛生リスクを監督しているか、また、どのような労働安全衛生リスクを監督しているかについて明確でない。また、労働組合の職場安全衛生代表の役割も強化されるべきである。最後に、EU枠組み指令の規制と原則にしたがって、あらゆるレベルにおける健全な安全衛生措置の設計と実施に、社会パートナーが関与すべきである。

ETUCは欧州委員会に対し、戦略的枠組みのなかで執行に高い優先順位を与えるよう求める。ETUCはまた欧州委員会に対して、執行に関してさらに委員会に助言を行うために、ACSH[三者構成労働安全衛生諮問委員会]のもとに専門の作業部会を設置するよう求める。労働関連疾病・災害の予防を改善するという課題に取り組む場合、委員会は「労働関連死亡の予防は、(i)職場における災害・死亡の調査、(ii)それら災害・死亡の原因を確認及び対処、(iii)労働関連災害・傷害・職業病のリスクに関する注意の向上、及び(iv)既存の規則とガイドラインの強化によってのみ可能である」と述べている。ETUCは、後者は災害が起こる前の主な関心事として考慮されるべきだと考える。そうでなければ、労働安全衛生に関する欧州の立法は、災害や職業病が発生した場合に作動する救済措置に限定され、主要な目的である予防が行われない。ETUCは、執行が優先されない限り、労働関連災害・職業病のビジョン・ゼロという目標を達成することは不可能だろうと考える。

新しい労働パターン

欧州委員会は、グリーンでデジタルな移行という観点から、EUの労働安全衛生規則を近代化及び簡素化する必要があるという立場をとっている。これに関して、ETUCは、この立法をビジネスが成長し、市場でより自由に活動するための障害とみなすことによって、「よりよい規制の課題」の物語が欧州の労働安全衛生体系を衰弱させるかもしれないことは受け入れない。

欧州委員会は、デジタル化の分野で新しい労働安全衛生指令を制定する必要性に言及しているが、その際に機械製品に関する規制と人工知能法に言及している。にもかかわらず、ETUCは、両方の立法がこの分野に影響を及ぼすとはいえ、労働安全衛生指令ではないことを想起する。ETUCは、この立法に労働安全衛生が統合されることを求める。具体的な例は、人工知能法が、労働者の管理・監視の手段としてのAIの利用を扱っていないことである。
戦略的枠組み及び欧州労働安全衛生体系の個人的対象範囲の問題で、欧州委員会は自営業者をその適用範囲から除外している。これは容認できることではない。COVID-19危機は、プラットフォーム企業の労働者や自営業者を含め、非正規労働者の脆弱性を暴露した。これらの労働者はそれゆえ労働安全衛生立法・政策の保護対象に含められるべきである。障害や慢性疾患をもつ労働者の状況に注意を払うことも同様に重要である。

プラットフォーム企業の労働者は、オンザロケーションのプラットフォーム労働(交通事故、機械や化学物質による身体傷害など)、オンラインのプラットフォーム労働(例えばコンピュータ職場の人間工学関係)の両方について、安全衛生リスク増加の対象となるかもしれない。これらは身体的健康に限らず、予測不可能な労働時間、労働の激しさ、競争環境(レイティングシステム、ボーナスによる仕事のインセンティブ)、情報過多や孤立が、現出しつつあるリスク要因として、心理社会的健康に影響を与える可能性がある。

プラットフォーム企業で働く人々の労働条件を改善するEUのイニシアティブは、委員会が2021年7月に示した新たなEU戦略的枠組みのなかでも述べられている。このイニシアティブの重要な目的のひとつは、プラットフォーム企業で働くすべての人々の、安全衛生を含めた、適切な労働条件を確保することである。ETUCは欧州委員会に対して、TFEU153条2項に基づいて、立証責任を企業(プラットフォーム企業)が負うべき雇用関係の反証可能な推定を規定し、国の伝統や慣行、社会パートナーの自治を尊重しなければならない、野心的な指令を提示するよう求める。(労働者から使用者への)立証責任の転換をともなう雇用関係の推定は、関連する特別の行政・司法機関に向けたプラットフォーム企業側からの関係の検証に基づき、真の自営業者と事業を行うプラットフォーム企業のビジネスモデルには影響を与えないだろう。使用者または労働者派遣機関であるプラットフォーム企業にとって、企業の一般的な使用者としての義務は、EU加盟国で事業を行うための必要条件であり、したがってその労働者は、使用者が保護する責任を負う労働安全衛生法令の領域に直接入ることになる。

COVID-19と将来のパンデミックに対処する労働安全衛生規制枠組みの改善

ETUCは、欧州委員会が加盟国に向けて、COVID-19を職業病として認めるよう強く勧告したことを歓迎する。戦略的枠組みは、加盟国が生物学的因子指令の文脈でCOVID-19ウイルスの分類を移行したかどうか評価することに、その行動を限定している。また、将来起こり得るパンデミックに対処するために、立法がフィットしているかどうかを評価する措置を講じていない。

パンデミックは、既存の規制的なEUの労働安全衛生枠組みを改善し、新しい立法を整備する必要性を浮き彫りにした。アウトブレイクから間もなく、COVID-19ウイルスが生物学的因子指令に列挙された。これは歓迎すべき動きであったが、パンデミックへの対処という点で目的にフィットするように、この指令を緊急に更新する必要がある。ETUCは、委員会が、欧州職業病リストに関する委員会勧告にCOVID-19の追加を望んでいることを歓迎する。しかし、この勧告は、適切な保護なしに感染にさらされるすべての労働者に適用されるものとして、具体的にCOVID-19を含めるよう改訂されなければならない。

戦略的枠組みはまた、カテゴリー3の生物学的因子として、COVID-19の感染を予防する正しい措置の適用を監視する必要性にも言及している。パンデミックから1年半が経過しており、この措置は遅すぎる。繰り返しになるがETUCは委員会に対して、労働安全衛生法令の執行を提供する野心的な措置を提示するよう求める。

この危機はまた、季節労働者を含む欧州の移動・住労働者の危険な職場や不衛生な宿泊施設など、悲惨な労働・生活環境を暴露及び悪化した。したがって彼らは、ウイルスの格好の標的になっている。それゆえ新たな戦略は、使用者の義務を再確認することによって、これらの労働者の具体的な状況に対処する必要がある。例えば質の高い宿泊施設、安全な交通手段や適切な食事を含め、彼らのディーセントな労働・生活条件を確保するために必要な保護・予防措置を設定すべきである。この点で、欧州労働機関とEU-OSHA[欧州労働安全衛生機関]の間の緊密な協力も必要である。

※中央労働災害防止協会技術支援部国際課による「戦略的枠組み 2021-2027」の「英語原文-日本語仮訳」がある(https://www.jisha.or.jp/international/sougou/pdf/eu_2021_053.pdf)。

https://www.etuc.org/en/document/etuc-position-eu-strategic-framework-health-and-safety-work-2021-2027