欧州における心理社会的リスク/新たな指令のためのインスピレーションとしての国の事例-2021年6月 欧州労働組合研究所(ETUI)ポリシーブリーフ

主なポイント

・心理社会的リスク(PSR)は、あらゆる加盟国のあらゆる産業にますます影響を及ぼしている。心理社会的リスクの影響は長期に及び、労働者の生活に身体的・心理的な影響(うつ病、筋骨格系障害、燃え尽き症候群など)を与える可能性がある。

・使用者は、労働のあらゆる面で労働者の安全と健康を守る義務を負っている。しかし、加盟国は心理社会的リスクに関して、法的拘束力のある共通の基準や原則を共有してはいない。この結果、労働者に対する法的保護が不平等になっている。

・心理社会的リスクに関する規制の国の事例は、効果的な法制化が可能であることを示している。これらの事例は、心理社会的リスクに関する特別の指令を採択するための議論を(再度)開始するためのインスピレーションの源となり得る。そのような指令は、労働者の安全と健康を改善し、これらの増大するリスクの組織的予防を奨励することを目的とした共通のルールを確立するものである。

はじめに

欧州の労働安全衛生(OSH)の法的枠組みは、いわゆる枠組み指令(指令89/391/EEC)を中心に展開されている。この指令は広い対象範囲をもち、労働のあらゆる側面における労働者の安全と健康を対象としている。また、その心理的側面も対象とし、予防の一般原則は心理社会的リスク(PSR)にも適用されなければならない。残念ながら、心理社会的リスクへの言及は黙示的なものでしかない。労働時間指令(第8条、指令2003/88/EC)には、精神的な負担についての簡単な言及があるだけである。心理社会的リスクの唯一の明示的な例は、労働関連ストレス(2004年)、職場いじめと労働における暴力(2007年)に関する2つの自主的枠組み協約にあるだけである。これらの自主的枠組み協定は、枠組み指令との関連を明示しつつ、労働関連ストレス、職場いじめ及び労働における暴力に関する共通の記述を提供するとともに、使用者、労働者とその代表の意識を高めることを目的にしている。残念ながら、これらの協定がEUレベルにおける共通の基盤を見出せることを証明しているとしても、それらに法的な拘束力はなく、加盟国間にまたがる実施に一貫性もない。加盟国間の違いは、意識、優先順位、認知の度合いだけでなく、心理社会的リスクの管理に割り当てられる資源が異なることによって説明できるかもしれない。ほぼすべての加盟国が、労働安全衛生の精神的側面について何らかの規定を設けているが、すべてを包括的に網羅している国はない。労働者の健康の精神的側面と心理社会的リスクとの結び付きは、かなり異なっている。ドイツのように、「労働における心理社会的緊張」に言及している国内法もあれば、エストニアのように、心理社会的リスクに関連する組織的・社会的環境要因の記述なしに、職場いじめや労働関連ストレスを扱っているものもある。このような法的アプローチの寄せ集めは、労働者に平等な保護を与えない。

同じレベルの労働者保護を確保するためには、EUレベルにおける予防の理論的原則と、国レベルにおける慣行との間のギャップを埋める必要がある。枠組み協定の欠陥は、EUにおける心理社会的リスクに効果的に対処するための法的拘束力のある要求事項の必要性を証明している。指令が既存の一般的な慣行に基づいている場合に、労働安全衛生関係指令は国内レベルでよりよく実施されることを踏まえると、現在ある国内法の検討は、今後指令を議論するための基礎について、よい慣行と事例を提供することができる。このポリシーブリーフは、労働における心理社会的リスクを効果的に予防するための具体的な法的枠組みを開発する方法を探るものである。3つの国-スウェーデン、ベルギー、デンマーク-の法的規定の概要を紹介する。これら3つの国内規制は、いずれも[枠組み]指令89/391/EECの一般的な予防原則と呼応するかたちで心理社会的リスクにアプローチしている。しかし、心理社会的リスクをカバーする法的枠組みを採用した時期はそれぞれ異なり、スウェーデンは1974年、ベルギーは1997年(法の改正/改革はその後)、デンマークは2020年に追加されたばかりである。また、異なる法的アプローチの事例も示している。スウェーデンのアプローチはより一般的で、労働環境に起因する精神的緊張の影響に焦点を当て、ベルギーのアプローチはより詳細かつ広範囲で、労働関連ストレスと職場いじめの3種類の予防の例を示している。一方、デンマークのアプローチは、「心理社会的労働環境」に関する使用者の義務を導入し、両者方を兼ね備えている。

心理社会的リスクに対する総合的組織的アプローチ-スウェーデン

スウェーデンは30年以上前に、総合的なアプローチに基づいて、心理社会的リスクに関する法令を採択した。その後、ストレスや暴力などの具体的リスクを対象とするように発展してきた。スウェーデンのアプローチは、良好な労働環境をめざすことによって、心理社会的リスクの組織的側面を強調している。そのため、管理者や監督者は、心理社会的リスクを予防及び適切な行動をとるための訓練を受けていなければならない。効果的な予防のためには、経営陣の関与と社会パートナーとの協力が不可欠である。

1977年にスウェーデンは労働環境法(AML)を採択した。これは、「技術、労働組織及び職務内容は、労働者が病気や事故につながる身体的または精神的緊張の対象にならなようなやり方で設計されなければならない」と規定している。心理社会的リスクについては明示されていなくても、労働者の健康の心理的側面はカバーされている。1993年にスウェーデンは、労働環境における暴力及び脅迫に関する規則(AFS 1992:2)を制定し、法的枠組みを完成させた。暴力のリスクまたは脅威を調査し、適切な措置を講じるための、企業内の手続に焦点が当てられている。同じ年、労働者が虐待[victimisation]の対象になる可能性のあるあらゆる活動に適用される、労働における虐待規則(AFS 1993:17)が採択された。使用者は、虐待が容認できないことを明確にしなければならない。

2015年、これらの法的規定は、スウェーデン労働環境局の組織的及び社会的労働環境に関する規則と一般的ガイドラインによって完成した。これらの規則は、労働安全衛生予防と、労働環境における組織的及び社会的条件による労働者の健康に対する影響を強調している。心理社会的リスクは明示的に言及されてはいないものの、この規則には同様の定義がある。例えば、不健康な労働負荷の定義は、一般的に受け入れられているストレスの定義と同じである。不健康な労働負荷を予防するための一般的勧告は詳細で、労働負荷だけでなく、職務やリソースを適応させることも含まれている。さらに、労働者だけでなく、管理者や監督者の訓練にも大きな重点を置いている。また、監督者による支援や、問題が生じた場合、とりわけ虐待の場合に、労働者が管理者や使用者に連絡がとれる可能性の重要性を強調している。重要なことは、さらなる悪化を防ぐためには迅速な介入が必要ということである。

心理社会的リスクに関する詳細かつ広範囲な法的枠組み-ベルギー

心理社会的リスクに関するベルギーの法的規定は、枠組み指令の予防の原則を反映している。心理社会的リスクに関する福利法典の条文は、心理社会的リスクに関連して、労働者とその労働組合代表の関与のもとに、職場の評価、予防及び適応の義務を定めている。また、心理社会的リスクに直接適用される他のすべての義務及び権利と並んで、情報、訓練及び協議の義務もある。ベルギー法の興味深い点は、心理社会的リスクの特殊性を考慮している点である。その予防計画は、リスクを恒久的に除去することを目的とした一次的対策、実践的及び組織的な対策、被害を限定及び回避することを目的とした二次的対策、使用者がリスクまたはそれに続く被害を回避できなかった場合に適用される三次的対策、の3種類を想定している。法的枠組みは、一般原則を提供するとともに、企業のニーズに適応できるよう大きな余地を残している。この柔軟性と枠組み指令との関連性により、これらの原則を他の加盟国にも適用することを可能にしている。興味深いことに、ベルギーは、心理社会的なリスクを予防するための、事後的ではなく、事前的なシステムを設定している。この法律は使用者に対して、対人関係の悪化や、ハラスメントや暴力などの容認できない行為を助長する状況を把握し、回避するための手続を採用する義務を課している。福利法典における心理社会的リスクに関する法的規定の構築は、詳細でありながら、幅広い国家的アプローチを強調している。

I.3-1条は単一条文のうちに以下を凝縮している。
・心理社会的リスクを評価する義務
・ストレス、燃え尽き症候群、暴力、心理的または性的ハラスメントを例とした、特定の心理社会的リスクの定義
・使用者が労働者を関与させることの重要性

ベルギーの法律は、心理社会的リスクの概念に言及しているだけでなく、ハラスメントといじめよりも広い範囲の法的な定義も提供している。これらの条項を組み合わせることで、PSRに対処するための真に集団的なアプローチが可能となる。

それは、PSRが広範囲に及び、複数の形態をとりうることを示している。後にストレス、燃え尽き症候群、ハラスメントや暴力といった認知された状況につながる可能性のある心理的緊張もカバーされている。様々な定義に加え、ベルギーの福利法典は、PSRの組織的側面に対処するための具体的な規定も提供している。したがって、使用者は、公式及び非公式の社内手続、並びに社外手続を整備しなければならない。社内手続は、PSRアドバイザーまたは信頼できる人物の介入による緊張の早期予防を中心としたものである。PSRに悩む労働者は、労働時間中に職場でこの人物に連絡をとり、(非公式な)介入を求めることができる。正式な手続が開始されると、苦情を申し立てた労働者は虐待から保護される。これらの手続がすべて失敗した場合、または満足のいくものでない場合、労働者は、労働監督庁の介入を求めたり、雇用裁判を起こすことができる。このように企業内の非公式な手続と正式な手続を組み合わせることで、ハラスメントの範囲に含まれない可能性のある状況にも、心理社会的リスクを低減する措置によって対処することができる。

心理社会的労働環境の現代的な概念-デンマークの事例

デンマークでは、2020年9月に政府が、精神的労働環境に関連するリスクを防止するための命令/行政命令を採択した。この命令は、1977年に採択された労働環境法(WEA)を補完するものであり-物理的及び心理的労働環境を対象としている。したがって、労働者の安全と健康ではなく、労働者の安全と健康の悪化につながる可能性のある労働環境に焦点を当てている。労働安全衛生の個人的な側面ではなく、組織的な機能に注意が向けられている。WEAは広範なものであり、全体的な労働安全衛生予防の一環として、労働時間指令を含む様々な労働安全衛生指令の実施を統合している。積極的な監督に加えて、労働者が嫌がらせやセクシャルハラスメントに関する苦情を労働環境局に提出することができ、それが具体的な監督につながる場合もある。同局は、心理社会的労働環境-とりわけ労働安全衛生法令違反-の疑いがある場合には、公認の安全衛生コンサルタントによる強制調査によって、心理社会的労働環境を調査する命令を出すことができる。

最近まで、他の多くの欧州諸国と同様に、デンマークにもPSRをカバーする明確な法的規定はなかった。この点で、2020年9月26日に採択された心理社会的労働環境に関する行政命令は、本質的な前進と言える。この命令は、これまでPSRとして説明されてきたものと同等で、命令では、労働の計画及び組織化、労働要求、労働が行われる方法、及び労働における社会的関係との関連で起こる労働の心理社会的影響と定義される、精神的労働環境に適用される。一般的原則として、使用者は、個人及び集団の次元だけでなく、対策/計画の短期的及び長期的影響も考慮して、精神的労働環境の計画のための措置を講じなければならない。命令の最初の部分は、[枠組み]指令89/391/EECの予防の一般原則を再掲するとともに、それらを精神的労働環境に適用している。命令の第2部は、心理社会的労働環境に対する個々の影響に関する具体的規定を提供している。個々の側面について、使用者は曝露の程度と性質を考慮しなければならない。精神的労働環境を評価するために、使用者は、大きな労働負荷と時間圧力、労働における不明確なまたは矛盾する要求、人々と働くうえでの高い感情的要求、及び攻撃的行為の防止に関して、評価及び適切な措置を講じなければならない。このような攻撃的な行為には、いじめやセクシャルハラスメントが含まれる。この命令ができるまでは、デンマークにはいじめに対する法的規定はなく、差別的なセクシャルハラスメントのみが対象であったことを考えると、この最後の点は根本的なものである。

結論:心理釈迦的リスクに関する指令を採択する機会

これまでのPSRに関する法令の国の事例は、具体的リスクとしてPSRを法的に定義することが可能であることを示している。また、企業レベルで一定の自由度を与えつつ、これらのリスクの特殊性を考慮した、予防の一般原則の存在及び有効性を証明している。スウェーデンのものは、労働安全衛生の精神的側面に対処する、欧州で最初のものである。それは、PSRの予防において、個人レベル及び集団レベルの両方で、労働者と使用者だけでなく、管理者も積極的な利害関係者として関与させる必要性を強調している。ベルギーの事例は、同じ方向性を示しており、職場で緊張のエスカレートを和らげる効果的な方法として、調停者の関与をともなう組織レベルでの一次予防に重点を置いている。また、一次予防、二次予防、三次予防のメカニズムを組み合わせる法的枠組みの興味深い事例を提供している。最後に、デンマークの最新の事例は、[枠組み]指令89/391/EECの構造と予防の一般原則をPSRの予防に適していることだけでなく、これらのリスクに対して追加的な詳細が提供されるべきであることも例示している。

欧州レベルでは、すべての加盟国が、枠組み指令の原則、セクシャルハラスメントをカバーする均等待遇に関する指令を実施しており、また、ストレス、暴力と職場いじめに関する枠組み協定を実施しているはずである。したがって、共通の法的基礎及び認識はすでに存在しているはずである。それでも、EU-OSHA[欧州労働安全衛生機関]が実施した最新の調査であるEsner3は、EUにおいて労働者が労働における心理社会的リスクに対して平等に保護されていないことを示している。さらに一歩進んで、すべての加盟国において、共通の定義及び慣行を提供しながら、PSRの特殊性を考慮に入れた、PSRに関する指令を採択する必要性がある。ひとつの方法は、心理社会的労働環境の概念に、予防の具体的原則を適用及び提供することかもしれない。心理社会的労働環境に焦点を当てることは、心理社会的リスク要因(例えば過剰な労働負荷、同僚間における緊張)とその結果(例えば労働ストレスや職場いじめ)の集団的及び個人的次元双方に対処するひとつの方法かもしれない。今後の調査研究は、各国のグッドプラクティスをさらに調査するとともに、その有効性を評価することで、[枠組み]指令89/391/EECに触発されたPSR指令の受け入れ可能な共通の基礎を構成しうる内容を精緻化することでなければならない。

https://www.etui.org/publications/psychosocial-risks-europe