労災・中皮腫の通院費の取扱いの経緯と現状のまとめ/付・労災保険における通院費、中皮腫通院費関係通達・事務連絡

はじめに

労災保険における中皮腫の通院費をめぐっては、クボタショック後ほどなくして中皮腫患者の訴えに応えるかたちで、通常の労災通院費の取扱いとは違い、ごく限られた中皮腫に経験豊富な中皮腫専門医療機関への通院を広く認める通達がだされ、遠隔の中皮腫専門医療機関への受診が格段にしやすくなった。

ところがその後、労災一般の通院費の取扱いを広げる通達が出されるときに、上記中皮腫通院通達が廃止され、中皮腫通院費の特段の取扱いが行政文書上不明確にされたことが原因となり、遠隔の中皮腫専門医療機関への通院費が不支給となるケースが続出した。

これに対して、患者団体、支援団体は、クボタショック後に決められた中皮腫通院費の特段の取扱いを改めて明確にするように要求し、結果、「中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項の徹底について/ 2017年10月31日事務連絡」が発出され、遠隔の中皮腫専門医療機関への受診・治療に伴う通院費を認める取扱いが明確にされ、現在に至っている。

本件の経過は、努力によって得られた権利は、意識的な不断の権利行使によってしか保たれないことを示している。
以下に、国・厚生労働省との交渉や国会での論議の経緯、及び、いったん不支給となった中皮腫通院費を支給させるに至った具体的ケースについて報告するとともに、末尾に労災保険における通院費、中皮腫通院費関係通達・事務連絡をまとめて紹介することにする。

中皮腫通院費で新通達/厚労省●クボタショック以来の経過

クボタ・ショックが起きたとき、当時の尾辻秀久厚生労働大臣が2005年10月18日の記者会見で、次のように表明した。

交通費について言いますと、労災の一般的な交通費の出し方というのは、『最寄りの病院に行ってくださいね』ということになっております。ただ、一般の疾病でしたら『最寄りの病院に行ってくださいね』でいいんですが、こと中皮腫になりますと『最寄りの病院に行ってください』というわけにはいきません。そのことを患者さん方は言っておられており、常識的な範囲で患者さん方の納得なさる病院に行っていただくというのが一番良いと思っておりますから、最寄りの病院という解釈を中皮腫に限ってはそのようにしたいと思っておりまして、これは直ちにやります。直ちに交通費を払うというかたちにいたします。

尾辻秀久厚生労働大臣閣議後記者会見概要
H17.10.18(火)9:35~9:52 省内会見場

大臣のこの発言を受け、同年10月31日に「中皮腫の診療のための通院費の支給について」(厚生労働省労働基準局補償課長通達)と事務連絡が出された。そこでは通院費を支給する範囲について、全国を7つの区域に分割し、区域内を限度とした。なお、区域外への通院については、本省に協議して個別に判断するとされた。

その後、2008年10月30日、中皮腫に限らず移送費の取り扱いが改正された。従来は「傷病労働者の住居地又は勤務地からおおよそ4kmの範囲内にある当該傷病の診療に適した指定医療機関へ通院する場合であって交通機関の利用距離が片道2kmをこえる通院」などについて支給するとされていた(昭和37年9月18日付基発第951号等)。いわゆる4km制限である。これが2008年労働基準局長通達(平成20年10月30日付け基発第1030001号)により、「傷病労働者の住居地又は勤務地と同一の市町村内に存在する当該傷病の診療に適した労災病院又は労災指定医療機関への通院」などに拡大されたのである。

ところが、上記中皮腫に関する補償課長通達が廃止されてしまったので、アスベスト疾患患者と家族の会は阿部知子衆院議員とともに厚生労働省と交渉した。その結果、2009年1月20日に事務連絡が出され、そこに中皮腫の診療のための通院費についても、従来の取り扱いどおり支給されること、区域(全国を7つに分割した区域)外への通院については、本省への協議が不要となったことが規定された。

その当時、補償課の担当官は中皮腫通院費の支給範囲について「All Japan。区域をこえても、本省協議は不要。垣根を取った。治療が必要ならば、区域をこえての診療に適した通院の費用を認める」と話した(2009年1月15日阿部事務所で)。
しかし、2015年に区域外への通院費が相次いで不支給にされた。患者と家族の会では厚生労働省との交渉(田島一成衆院議員の設定)などで、たびたび問題にしたがらちが明かなかった。

2017年6月9日の衆院厚生労働委員会で、堀内照文衆議院議員が次のように質問した。
「尾辻大臣の会見もあり、最初の平成17年-2005年の通達は、今ありましたように、平成20年、新しい通達で廃止はされたんですが、その内容が否定されたわけではありません。それは新しい通達でも対応できるからということでありまして、中皮腫については従前どおりしっかり取り扱いなさいということを、あらためて、実は、2009年-平成21年に事務連絡を発出しております。それが資料の次の頁であります。今も答弁いただいたように、中皮腫についてはやはり距離ではないんだということで、きちんと対応しなさいということなんだと思います。ところが、各地で、遠方の医療機関にかかった場合、中皮腫の通院費が認められない事例というのが見受けられます。神奈川県の方が、県内の医療機関から紹介状を出してもらって、山口県の医療機関を受診し、手術をしました。ところが、労基署の判断は、自宅のある神奈川から山口まで通院しなければならない医学的合理性は認められないと、一部不支給になっております。
…あらためて、この21年の事務連絡で強調している中身というのを、通達を出すなり周知すべきだと思うんですが、いかがでしょうか。」

これを受け、2017年10月31日に「中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項の徹底について」と題する事務連絡が出された。

そこに「中皮腫の診療のための通院費の支給に当たっては、全国的に住居地等の近くに専門的な診療に当たることのできる医療機関の設置数が確保できていない実状を鑑みて、中皮腫に係る専門的医療機関の分布状況を踏まえた通院の実態等を考慮」すべきことが記され、「すべての事案について、決定前に必ず本省に連絡を行うこととし、本省からの連絡後に決定を行うこと」とされた。

他方、公務災害における中皮腫の通院費について2017年2月16日、衆院総務委員会で近藤昭一衆院議員が質問した。人事院・総務省ともに「医学上または社会通念上必要かつ相当であると認める場合」支給されるとした。世界で最多の胸膜中皮腫例を手術している米国の病院で診療経験のある外科医が、国立山口宇部医療センターで手術を行っていることを近藤議員が取り上げたところ、総務省は中皮腫の特殊性や「先生御指摘の事情」も考慮して判断されると答弁した。

さらに、労災以外の石綿救済給付の患者に対しても、中皮腫の通院費が支給されるべきである。

(斎藤洋太郎)

安全センター情報2018年1・2月号

中皮腫の長距離・労災通院費、不支給撤回/北海道●新通達の運用監視が必要

2016年12月に厚生労働省の石綿労災認定事業場公開にあわせたホットラインで、北海道の2人の胸膜中皮腫患者から相談があった。ひとりは、年明けすぐに兵庫県の病院へ手術のために通院をする予定でいた。もう一人は、診断がされたばかりで主治医から片肺全摘出の手術を薦められているということで、今後の治療について相談があった。後者については、手術をするならばすぐに山口宇部医療センターの岡部和倫医師に相談した方がよい、どこで手術をするかは自分で決めたらよいからということで案内した。岡部医師と連絡を取った患者は、すぐに宇部医療センターで手術をすることを決めた。

2017年1月下旬には入院し、2月には無事に手術を終えた。6月上旬に退院し、北海道に戻ってきてすぐに自宅から宇部医療センターまでの往復分の移送費を請求した。なお、この時点で本人の労災認定はされていた。当時、本人が提出した意見書には、初期に受診した医療機関の医師から「『この病気は難しい。手術も簡単ではない』と言われ、そのような中でもツテがあるということで○○大学病院を紹介されましたが、不安は消えませんでした」と心情が吐露され、宇部医療センターへの通院は「命を預けるという意味では当然の判断だった」と述べられている。

9月に入り、移送費の請求に対して札幌東労働基準監督署から不支給通知が届いた。その理由には、「主治医の紹介に基づいて通院した医療機関ではなく、あなたの判断によって通院した医療機関への移送費であるため不支給です」と書かれていた。請求金額にして約9万円となる。この少しあと、同じように北海道から宇部医療センターに通院した別の胸膜中皮腫患者の移送費の請求についても同監督署から不支給の通知が届いた。

一方で、冒頭に紹介した兵庫県の病院へ通院した患者には、5月の段階で約20万円(2往復分)にのぼる宿泊費も含めた移送費の支給が札幌中央労働基準監督署で決まっていた。この患者の請求に対する支給が決まった主な理由として、紹介状に基づく通院であったこと、兵庫の病院の担当医が通院の必要性について意見を述べていたことの二点があげられる。なお参考までに記せば、この患者も請求時の意見書で、「主治医から『手術しないわけではないが症例が少ないために、手術を強く勧めることはできない』との説明を受け、経験のある医療機関として○○病院を紹介されました。当初、あまりにも遠方でしたので、道内で他に病院はないのかを尋ねましたところ、道内では同じような経験の病院しかないとのことでした。主治医の丁寧な説明を聞き、『命に関わる問題』だと認識して○○病院での手術を選択しました。万が一の事態を避けるための最善の選択でした」と述べている。

不支給となった患者について、宇部医療センターの担当医は、「日本国内には、悪性胸膜中皮腫の適切な外科治療が可能な病院は極めて少なく、宇部医療センターのレベルが日本一とされています。近年は、世界一とも言われています」、「山口宇部医療センターでは、最近の上皮型悪性胸膜中皮腫26例に対する『胸膜外肺全摘術』を含む集学的治療の5年生存率が62%です。治療成績が著しく改善していて、5年生存率:62%は世界一の可能性が高いです」と監督署の照会に対して意見を述べている。しかし、あくまでも主治医の紹介を得ないで自己の判断で遠方の医療機関へ通院したものであるという理由で不支給と決定された。
この理由からすると、移送費が支給されるか否かは、主治医の胸膜中皮腫外科治療についての理解の深さを問わず、紹介状を書いてくれるかどうかの運・不運が決定的な条件になってしまう。通院した医療機関は違うが、同じ北海道内の中皮腫患者にこのようなかたちでの不平等な扱いがされることに対しての違和感は強かったし、何よりこのような理由で不支給の通知を受けた本人が非常に憤っていた。同じ北海道内で不当な扱いをされていると考えている旨を伝え、すぐに審査請求の手続をした。

ところが10月中旬になって、本人のもとに監督署の担当者から、移送費を支給する旨の連絡が入った。

突然のことだったので驚いたが、背景には、この数年間に患者と家族の会が地道に取り組んできた厚生労働省への陳情が大きく影響していると考えている。10月31日に「中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項の徹底について」の事務連絡が厚生労働省からも出されているので、時期は前後するが、これに対応をしたものだと思う。本稿執筆段階で調査結果復命書を請求中であるので、明確な理由は現在確認中である。

ここ数年、遠方通院に関して全国的に移送費の不支給事案が出ていた。新たな事務連絡とあわせて、北海道で支給が続いたことを皮切りに、中皮腫患者にとっての当たり前の権利でもあり、2005年に当時の尾辻厚生労働大臣が会見で発言した「常識的な範囲で患者さん方の納得なさる病院に行っていただく」という考えの趣旨が、すべての労災認定患者の移送費支給に反映されることを期待している。

現在でも、それまで聞いたことがない病名を宣告されて、何か最善の治療はないかとセカンドオピニオンも含めて遠方への通院をする患者と家族は少なくない。労災の受給者に限定せず、救済給付の受給者にも療養給付とは別枠で交通費が支給されるのが、中皮腫患者のおかれた現状を鑑みた場合の平等な扱いではないかと思う。

本稿で紹介した患者以外に北海道から宇部医療センターに時期を同じくして通院した50代女性の胸膜中皮腫患者がいる。仕事と石綿ばく露の関連性が掴めず、救済制度では認定されているが労災請求には至っていない。彼女は北海道内の病院で手術の日程が決まっていたが、岡部医師に相談後すぐに宇部医療センターでの手術を決めた。経済的なゆとりがそれほどあったわけではないと想像するが、その他の状況も含めて思い切った判断だったと思う。人によっては、遠方への交通費など10万円前後の支出が難しく納得する医療機関での手術を断念している方もいると想像する。

今後も支給実績を積み重ねて、患者一人ひとりが納得した治療に向き合えるよう支援していきたい。

(澤田慎一郎)

安全センター情報2018年1・2月号

労災保険における通院費、中皮腫通院費関係通達・事務連絡

中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項の徹底について/ 2017年10月31日事務連絡

中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項について/ 2009年1月20日事務連絡

「移送の取扱いについて」の 一部改正について / 2008年10月30日基発第1030001号

移送のうち通院を取り扱うに当たって留意すべき事項について / 2008年10月30日基労補発第1030001号

中皮腫の診療のための通院費の支給について/2005年10月31日基労補発1031001号 及び 「〃」の運用について/事務連絡2005年10月31日

移送の取扱いについて/1984年11月20日事務連絡32号

移送の取扱いについて/1962年09月18日基発第951号・改正1973年2月1日基発第48号