「新たな」「隠れた」職業病/2017年度に3件の「新しい疾病」労災請求の報告あり、「補504」報告書の不開示部分を一部開示させる答申書
「『新たな』『隠れた』職業病の把握」に活用できる可能性のある情報のひとつとして、一般にはあまり知られていないが、「労働基準局報告例規」の「補504 労災保険の情報の速報」というものがある。
都道府県労働局長が、報告すべき事項が発生した都度速やかに報告しなければならないものとされ(随時報告)、「報告すべき場合」は、以下のとおりとされている。
●報告対象事案
(1) 個別事案に関する情報
イ 次に掲げる事案であって、業務上疾病に係る保険給付の請求があったもの及び保険給付の請求が予想されるもの
(イ) 集団的に発生し、又はそのおそれのある事案
(ロ) 地方公共団体、外部団体等から行政行為について要請があった事案
(ハ) 公害問題に波及するおそれのある事案
(ニ) 新聞、テレビ等で一般に報道された事案
ロ 次に掲げる事案であって、業務上疾病に係る保険給付の請求があったもの及び保険給付の請求が予想されるもの(前記イにより報告される事案を除く。)
(イ) 電離放射線障害(白血病を含むすべてのがん及び原子力発電所における業務に係るもの)
(ロ) ダイオキシン類による疾病
(ハ)上記以外のがん(労規則別表第1の2第7号に例示的列挙したがん以外のがん-悪性腫瘍、白血病、業務上のがんの既往のある者に生じた他の部位の原発性のがんを含む。ただし、じん肺合併肺がんを除く。)
(ニ) 新しい疾病(有害性の明らかでない物理的因子、作業態様、化学物質等により発症した疑いのある疾病及び認定基準又は過去の認定例とは異なった症状を呈する疾病に係る事案)
ハ 次に掲げる事案であって、保険給付(通勤災害に係るものを含む。)に係る処分後に問題となったもの(前記イ、ロにより報告される事案を除く。)及びそのてん末
(イ) 保険給付の決定に関して集団陳情、要請、抗議行動等の行われた事案
(ロ) 保険給付の決定の内容が他の事案又は他の地域に影響すると思われる事案
(ハ)保険給付の決定に関して新聞、テレビ等で一般に報道された事案
ニ 次に掲げる審査請求事案
(イ) 前記ロ、ハに該当する事案に係る審査請求事案
(ロ) その他審査官の決定に関し、社会的に問題となることが予想される事案
ホ 労災請求及び決定の状況について、社会的に大きく取り上げられることが予想される事案
(2) 行政運営に関する情報
イ 労災保険制度に関する要望等
ニ 労災補償行政の運営に要望等
●報告記載内容
「個別事案に関する情報」については、上記の(1)ロの「新しい疾病」を含む4種類の疾病用の「様式その1の2」と、それ以外((1)のイ、ハ、ニ、ホ)用の「様式その1の1」が、また、「行政運営に関する情報」については「様式その2」と、3種類の様式が用意されている。
「個別事案に関する情報」-様式その1の2及び様式その1の2の記載欄及び「記載要領」は、以下のとおりである。
(1) 「件名」-事案の内容を要約した適当な件名を記入
(2) 「疾病の種類」-様式その1の2で4種類の疾病のいずれかに〇を記入、様式その1の1には記載欄なし
(3) 「被災労働者」-「氏名」、「性別・年齢」、「職種」、「生死の別」(様式その1の2では生年月日、死亡年月日の記入欄もあり)-被災者が複数のときは、その代表者1名のみを記入し、ほか「〇〇名別紙一覧表のとおり」として一覧表を添付
(4) 「所属事業場」-「名称」、「所在地」、「業種」、「労働者数(男女別、計)」、当該事業場が下請であるときは「名称」欄に( )書きで付記
(5) 「事案の概要」-災害の発生状況を略記、様式その1の1は自由記入欄のみ、様式その1の2では、「発症年月日」、「請求年月日」、「把握の端緒」、自由記入欄-職種、作業場所、作業態様、有害物質名、濃度、ばく露歴、症状等を記入(初回においては把握されていないものは省略可)
(6) 「処理経過等」-様式その1の1で、「傷病発生年月日」、「把握の端緒」(例えば新聞報道、陳情、集団検診、給付請求等、当該案件を把握した方法を略記)、「請求年月日」、「決定(裁決)年月日」、「決定の内容」、様式その1の2には記載欄なし
(7) 「決定の主な理由(又は争点等)」-様式その1の2には記載欄なし
(8) 「新聞報道、陳情等の主な内容」-報道または主張の要点を記入、新聞報道についてはコピーを添付、陳情等については様式その2に準じて日時、団体等の名称、陳情等の概況等を作成して添付、様式その1の2では、「その他(新聞報道、陳情等の状況、療養状況等)」
(9) 「集団発生のおそれ又は全国的に波及することが予想される事案若しくは労災請求及び決定の状況については、社会的に大きく取り上げられることが予想される事案の場合は次の(イ)から(ハ)のうち該当する事案を〇で囲み、当該事案の状況を簡潔に記載すること
(イ) 集団発生のおそれが見込まれる事案
(ロ) 全国的に波及することが予想される事案
(ハ) 社会的に大きく取り上げられることが予想される事案」
または、「集団発生のおそれ又は全国的に波及することが予想される事案について、その事情」
-様式その1の2には記載欄なし
(10)「今後の措置」-当該事案またはこれに関連する問題の解決のため、局または署において今後どのような対策を講じようとしているか、その概要を記入
(11)新聞、テレビ等で一般に報道された事案については、上記(1)、(3)の氏名、(4)の名称、(6)及び(8)のみ+関連記事の写しの添付で足りる
(12)速報を要する事案に関連して報道機関から取材を受けた場合には、新聞、テレビ等で一般に報道される可能性が高い事案として報告すれば足りる。
「行政運営に関する情報」-様式その2の記載内容は、(1)件名、(2)日時方法等、(3)陳情等の相手及び応接者、(4)陳情等の状況(例えば、「平穏」、「喧噪」等を記入し、「陳情打ち切り」、「退去命令」、「強制排除」等の事情があった場合は、それらの事実を略記)、(5)陳情、要望等の内容、(6)応答内容、(7)新聞報道、陳情等の主な内容、(8)今後、再度の陳情が見込まれ、または全国的に波及することが予想される場合は、その事情、(9)今後の措置、である。
●開示請求とその結果
「補504」報告の存在は知っていたが、これを活用したと思われる資料を見た記憶がないので、2018年5月7日に「労働基準局局報告例規『補504』による報告を厚生労働本省においてとりまとめた文書」を情報開示請求してみた。
結果は驚いたことに、「該当する文書がない」ということであった。随時活用はしているが、報告された書式をそのままファイルに綴じてあるだけで、「とりまとめ」等行った文書は存在しないと言う。
そこで、綴じこみファイルそのもの(「労働基準局報告例規『補504』による報告(2017(平成29)年度分の」))を請求対象に変えたのだが、「(該当)行政文書が著しく大量」という理由で「7月9日までに相当の部分について開示決定等を行い、残りは来年3月31日までに」という「開示決定等の期限の特例規定の適用」が通知され、結局7月9日付けで行政文書開示決定通知書が届けられた。
「A4版367枚(525頁(734頁のうち白紙209頁を除く)」で、スキャナにより電子化しCD-Rに複写したもの(PDFファイル)で開示実施手数料は開示請求手数料を含め5,350円。ほとんどの項目について「不開示とした」と書かれていたので、予想はしていたものの、実際に開示された文書も黒塗りだらけで、わかった情報は、以下の件数と報告年月日、報告した局名・署名だけだった。
① 個別事案に関する情報(その1の1)…39件
(イ) 集団発生の恐れが見込まれる事案…0件
(ロ) 全国的に波及することが予想される事案…0件
(ハ) 社会的に大きく取り上げられることが予想される事案…15件
(ニ) 区分が示されていない事案…24件
② 個別事案に関する情報(その1の2)…6件
(イ) 電離放射線障害…0件
(ロ) ダイオキシン類による疾病…0件
(ハ) 上記以外のがん…3件
(ニ) 新しい疾病…3件
③ 行政運営に関する情報(その2)…9件
④ 不明…1件(様式名は「その1の2」となっているが、項目の構成は「その1の1」のもの)
⑤ 労働局の送り状(事務連絡)はあるものの別添様式が確認できないもの(別添はすべて黒塗り)…1件
合計…56件
それでも、2017年度だけで、新しい疾病及び例示列挙されていないがんで労災請求があった(または予想される)ものが各3件ずつあったことがわかる。また、「社会的に大きく取り上げられることが予想される」と都道府県労働局長が判断した事案も少なくとも15件あった。しかしながら、どのような内容で、また、どのように措置されたか等についてはまったくわからなかった。
●審査請求を経て審査会答申書
2018年7月31日に、不開示とされた情報の開示を求めて審査請求を行った。審査請求理由は、おおむね以下のとおりで、いずれも厚生労働省が「不開示とした理由」に対応したものである。
① 被災者の「氏名」及び「生年月日」のうち「生年を除いた月日」以外は、特定の個人を識別できる情報(個人情報)に該当しないので、開示されるべきである。
② 所属事業所の「名称」及び「所在地」以外は、法人の正当な利益を害する情報(法人情報)に該当しないので、開示されるべきである。
③ 「今後の措置」及びこれに類する項目及び添付書類は、「事案の概要」、「その他」とあわせて、公正で民主的な行政の推進に資することを目的に、担当行政庁の判断内容等今後の行政事務の方向性を含む具体的内容を国民に説明する責務を全うするために核となる情報であり、行政機関の事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼす情報(事務事業情報)に該当しないので、開示されるべきである。
審査請求は以下のような経過で時間がかかったが、2020年9月14日付けで、情報公開・個人情報保護審査会の「答申書」が送られてきた。
2018年11月12日 厚生労働省の「理由説明書」が届く。
2018年12月3日 意見書①を提出。
2020年8月6日 厚生労働省の「補充理由説明書」が届く。
2020年8月25日 意見書②を提出。
2020年9月14日 審査会「答申書」
答申書は全文が、同審査会のウエブサイトで公表されている。
結果的に、56件の報告書のうち36件(様式その1の1の22件、その1の2の4件、その2の9件)について、不開示とされた部分の一部について、開示すべきとされた。
しかし、20件については、ほぼすべて黒塗りの開示を容認したわけで、納得できるものではない。たとえ、「件名」や「事案の概要」欄等に個人・法人情報が含まれていたとしても、事案の概要がわかる程度の情報は開示されるべきだと考える。
答申書に基づいた新たな開示をみてみないと、具体的な評価はむずかしい。新たな開示情報が届き次第、ご紹介したいと考えている。
●補504報告の開示・活用の必要性
審査請求ではいろいろな意見を提出したが、再開示の内容の如何にかかわらず、答申書でも引用されている、以下の部分をあらためて強調しておきたい(残念ながら審査会は、この意見を採用しなかった)。
「近時蔓延し全国的な課題となっている新たな業務上疾病である下記のがん等は、労働基準行政の監督や情報収集ではなく、被災労働者自身の訴えやこれをサポートした関係団体、研究者の積極的な取組みによって可視化され、行政課題となった。
胆管がん。平成24年、印刷事業場でジクロロメタン等に長期高濃度ばく露したことによる業務上疾病としての胆管がんに複数の若年労働者が罹患した事実が発覚した。(中略)
膀胱がん。平成27年、染料顔料原料製造工場でオルト-トルイジン等芳香族アミンにばく露したことによる業務上疾病としての膀胱がんが発覚した。(中略)
さらに平成30年、ウレタン防水材MOCA製造工場でMOCAばく露による膀胱がんが新たに発覚した(中略)。
これらの職業がんの情報は、補504報告としていつ登場したのか、そして、それはがんの予防と労災補償行政にどのように生かされたのか。まさに個人情報、法人等情報及び行政事務適正遂行阻害情報の秘匿が、広く労働者の健康や生命の危機に直結した不幸な事実であった。
中皮腫、肺がん、アスベスト関連疾患は、患者団体の遺族が足で調査した結果発覚した世紀の大災害であり、法人情報該当性も吹き飛ばして、労災認定事業場のデータが毎年公表されることとなった。アスベストによる中皮腫ははるか昔から公知のことであり、行政機関も労災給付事案を多く把握していたはずである。補504報告にて個別事案に関する報告も数多く集積されていたのではないか。労働安全衛生関係団体から幾度も陳情、要望があったはずであり、様式その2で報告されてきたのではないか。
補504報告を『行政機関内でどういった情報がどのような流れで伝達・共有されて行政運営が行われているかという情報は、行政運営上最も重要な情報であり、決して外部に漏えいすることができない』として、行政機関内で秘匿したために、早期発見の機会を奪われ、適切な療養補償が受けられず、苦しみながら死亡した被災労働者が数多くいたことは、公知の事実である。処分庁は、法5条6号柱書き該当[事務事業情報]を主張するのであれば、当該事務又は事業の目的、その目的達成のための手法等に照らして、この事実の経緯から事務等が適正に遂行されたか否か、本件対象文書の情報が被災者の発見、早期補償、被災予防に十分活用されたことを証明しなければならない。それなくして、事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれについて、単なる確率的な可能性を主張するのみでは、死亡した罹患労働者は浮かばれない。
厚生労働省の第13次労働災害防止計画は、『国際的な動向も踏まえ、化学物質の危険性又は有害性等に関する情報提供の在り方や、化学物質による健康障害の発生が疑われる事案を国が把握できる仕組みの検討が必要』であり、『近年発生した胆管がん事案、膀胱がん事案等、遅発性の健康障害の事案を的確に把握できるようにするため、例えば、化学物質による職業性疾病を疑わせる事例を把握した場合に国に報告がなされる仕組みづくりや、独立行政法人労働者健康安全機構と連携し、国内の労働者のがん等の疾病と職業歴や作業方法、使用物質等の関係の情報を収集・蓄積して、その結果を活用する方法等を検討する』としている。
補504報告の対象には、零時列挙されているもの以外のがんや新しい疾病に係る労災保険給付の請求事案も含まれている。そのような事例の報告内容は、上記の趣旨に照らして適切に活用されるべき情報であって、真に不開示情報に該当するものを除いてむしろ積極的に開示されるべきである。」