新型コロナウイルス感染症と労災及び公務災害に関する質問主意書(阿部知子衆院議員)と政府答弁書(2020年6月5日)

新型コロナウィルス感染症の労災、公務災害をめぐっては、その請求件数がいまだに極端に少ない。たとえば、民間労働者を所管する労災保険請求件数は、6月3日時点でわずか90件、認定件数たるや7件に過ぎない。

新型コロナウイルス感染症に関する労災請求件数等2020年6月3日18時現在(厚生労働省)

さらに問題なのは、労働基準法により罰則付き義務付け規定である「労働者死傷病報告」の提出状況があきらかでなく、労働者の命と健康にかかわって、事業者の重大な義務違反が放置されているという懸念があることだ。

さらに、最前線で対策を担う国家公務員、地方公務員について、その安全衛生、いのちと権利を守る基礎となる、発症報告、公災請求がほとんどまったくなされていないと可能性が非常に高く、現在的な問題であるばかりでなく、将来の感染症対策の根幹にかかわるゆゆしき事態になっている。

そうした観点から、阿部知子衆院議員より政府に質問主意書が5月27日で提出され、本日6月5日、これに対する答弁書が明らかにされた。
現時点で、コメント、感想をいくつか述べると・・・・。

  • 国家公務員は国家公務員災害補償制度上、役所自体が「探知」して適切な対応をしなければならないいわゆる「探知主義」(労災保険は本人請求主義)なのに、報告すらゼロ件というのは信じがたい回答、状況である。
  • 地方公務員は請求主義であるが、それであっても、請求を受け付ける地方公務員災害補償基金(各支部は県庁など厚生担当部局になるので役所自身)、請求がたったの4件というのは、これも信じ難い状況である。
  • 集団感染が発生した医療機関の多くで、提出義務がある労働者死傷病報告が出ておらず、労災申請も出ていないという、異常な状況が明らかである。(5月10日時点で厚生労働省把握の医療機関集団感染の事例は85件。この85件のうち6月1日時点で労働者死傷病報告受理したのは事例は13件(15.3%)、報告件数ベースでは合計68件。労災請求は事例ベースで11件(12.9%)、請求件数ベースでは合計23件。)
  • このことを、ややかみ砕いていえば、労災請求は療養補償なら局にレセプト請求してと言う形になるし、休業補償も医療機関や会社の証明などに時間がかかることが少なくないので、実際に監督署に届くまでに1ヶ月以上かかることがほとんどなので、労災申請が遅れるのはわからないでもない。
    しかるに、労働者死傷病報告書は「遅滞なく」提出する義務があるので(明確な日数は明記されていないとはいえ、現場の監督官に尋ねると3週間が限度だろう回答する)、労災請求を「勧奨」というのはともかくも、罰則付きの法違反の疑いである「死傷病報告書の未提出」に対して「勧奨」と答弁しているのは生ぬるいにもほどがある(上記の通り、約3週間後で集団感染事例の80%以上が未提出)。まず災害を把握し、労災請求を促すべきだと言う質問の趣旨を理解していない。労災と監督を並べるのは、明らかなごまかしである。
  • 事業場での労災発生は、労働者ではない関係者への健康と深くもかかわることから(アスベスト疾患よりこの面では重要性は高い)きちんと発表すべきである。アスベスト疾患ですら最終ばく露事業場名を発表している。

以下に、質問主意書の項目とそれに対する答弁書の各項目答弁を項目ごとに紹介する。

令和二年五月二十七日提出
質問第二一〇号

新型コロナウイルス感染症と労災および公務災害に関する質問主意書(提出者 阿部知子)と政府答弁書

今般、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の中で、いわゆるエッセンシャル・ワーカーとされる医療・看護・介護・保育・販売・サービス・運輸・交通・清掃など様々な分野において多くの労働者が働いている。その一方で、様々な職場において集団感染が発生しており、多くの労働者の安全と健康が脅かされている状況にある。
日本の労働法において、事業者には労働災害等を防止する義務があり、また、快適な職場とするよう努める義務がある(労働安全衛生法第三条)。さらに労働者に対する安全配慮義務(労働契約法第五条)とともに、「労働災害の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならない」と規定している(労働安全衛生法第二十五条)。
一方、国の労災保険制度は、業務または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対し、迅速かつ公正な保護を行うことを目的としており、今般の新型コロナウイルス感染症についても、業務や通勤により感染・発症した労働者の迅速な保護・補償のために広く使われるべきである。
また、今般の新型コロナウイルス感染症に対し、ダイヤモンド・プリンセス号の対応をはじめとして、多くの国家公務員および地方公務員が、感染拡大防止対策や医療業務などに従事してきたが、国家公務員災害補償制度および地方公務員災害補償基金における、新型コロナウイルス感染症に関する公務災害の認定状況はまったく公開されていない。これは感染拡大防止対策や緊急事態宣言下での公務を担っている公務員すべての人権に関わる重大な問題である。
これらの点を踏まえ、以下質問する。

一 労働安全衛生について

厚生労働省が公表している「新型コロナウイルスに関するQ&A」や、労使団体に発出した「職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防、健康管理の強化について」(5月14日付)等では、使用者の安全衛生上の法的義務について明確な言及がない。しかし、労働弁護団の電話相談には、看護師から「院内感染しても労災の話は病院から何もない」、「感染症病棟で従事して感染したが補償などの説明が全くない」といった声が寄せられていると聞く。多くの事業所において労働者保護の理念が徹底されていない現状を踏まえれば、こうした情報提供の機会をとらえ、改めて労働安全に関する事業主の責務と労働者の権利を明示し、周知を徹底する必要があると考えるがどうか。

答弁書:一について
労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)第二十二条の規定に基づき、事業者は、同条第一号に規定する病原体等による健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならないこととされているところ、当該必要な措置は個々の事業場の実情等によって異なるため、「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するためのチェックリスト」(令和二年五月十四日付け厚生労働省労働基準局長事務連絡別添)を活用し、事業場の実情等に即した適切な感染拡大防止対策を実施するよう、関係団体に対する累次の要請を通じ、事業者への周知徹底を図っているところである。
また、事業場において新型コロナウイルス感染症にかかった者に係る労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)に基づく補償(以下「労災補償」という。)については、御指摘の「新型コロナゥイルスに関するQ&A」(以下「Q&A」という。)において労災補償に関する考え方を示すとともに、令和二年五月十四日付けで、労使団体及び公益社団法人日本医師会等医療関係団体宛てに労働者の同法に基つく保険給付(以下「労災保険給付」という。)の請求(以下門労災請求」という。)等に係る要請を行ったところである。

二 労災補償について

1 新型コロナウイルス感染症による直近の労働災害の申請数と認定数は、5月22日に公表された請求件数44件(うち医療従事者32件)、認定件数4件(うち医療従事者2件)である。厚労省は4月28日通知「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」において、医療従事者等について「患者の診療若しくは看護の業務又は介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等が新型コロナウイルスに感染した場合には、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となる」と記しているが、認定が32件中2件のみとはあまりにも少ないのではないか。政府の認識を問う。

答弁書:二の1について
御指摘の「三十二件中二件」以外の三十件の事例については、令和二年五月二十二日時点で、いずれも、労働基準監督署において、労災保険給付の支給の決定又は不支給の決定(以下「労災認定」という。)に係る調査を行っているところである。
いずれにしても、新型コロナウイルス感染症に係る労災請求があった事例については、迅速かつ適正な処理に努めてまいりたい。

2 「日経ヘルスケア」5月18日付記事によれば、医療・介護・障害福祉サービスの従事者等の感染状況について、「5月16日時点で、COVID-19の感染が確認された医療機関や介護事業所、障害福祉施設などの従事者の累計は1300人を超えている。内訳は判明分で医師150人以上、看護師490人以上。介護職員等や職員の内訳が未判明な分も合わせると従事者の感染は計1330人以上に上る」とされている。同社取材班が独自の調査でまとめたものである。政府はこうした調査を行っているか。行っているとしたらどこで行っているのか。また行っていないとしたらなぜか。

答弁書:二の2について
お尋ねの「医療・介護・障害福祉サービスの従事者等の感染状況」及び「こうした調査」の意味するところが必ずしも明らかではないが、厚生労働省において、医療従事者、介護従事者及び障害福祉に従事する者の新型コロナウイルス感染症の感染者数に関する調査は行っていない。
政府としては、新型コロナウイルス感染症については、医療機関や社会福祉施設等における集団感染を防止することが重要と認識しており、同省において、全国で発生した集団感染の事例を収集しているところである。

3 新型コロナウイルス対策本部の下に設置された、クラスター対策班の調査で集団感染が明らかになっている医療施設は5月10日現在86施設とされた。これらの事業所から労働者死傷病報告が提出されているのは何件か。また、労災申請がなされているのは何件か。

答弁書:二の3について
令和二年五月十日時点で、厚生労働省が把握していた医療機関において発生した新型コロナウイルス感染症の集団感染の事例は、八十五件であり、これらの事例について、同年年六月一日時点で、労働基準監督署長が労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)第九十七条の規定に基づく労働者死傷病報告(以下単に「労働者死傷病報告」という。)を受理した事例は十三件、報告件数の合計は六十八件であり、労災請求があった事例は十一件、請求件数の合計は二十三件である。

4 集団感染が明らかになっているこれらの施設において、労働者死傷病報告が適切に提出されず、施設側から労災申請が不当に抑制されているとしたら大問題である。まず労働者死傷病報告の速やかな提出を求め、労働安全衛生法違反の是正勧告を積極的に行うことにより、労災申請を喚起すべきと思うがどうか。

答弁書: 二の4について
事業場において新型コロナウイルス感染症にかかった者に係る労働者死傷病報告の提出や労災請求については、Q&Aや関係団体に対する累次の要請において、新型コロナウイルス感染症の陽性者について、労働者死傷病報告の提出に留意することや、労働者が業務により新型コロナウイルス感染症にかかったものと認められる場合には、労災保険給付の対象となることについて周知徹底を図っているところである。
また、都道府県労働局及び労働基準監督署において、労働者死傷病報告の提出及び労災請求の勧奨に努めているところである。

5 感染経路が特定できないが感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下で働いている労働者については、業務起因性を個々に判断するとしている(4月28日付基補発0428第1号、項目2(1)ウ)。スーパーのレジ担当者、タクシーやバスの運転手、育児サービス従事者などが想定されるが、潜伏期の業務や生活状況等について、専門家の意見等を求めながら調査を行うことが想定され、相当な時間を要すると思われる。該当するあらゆる労働者について、医療従事者と同様、積極的な反証のない限り業務上疾病と認定すべきと考えるがどうか。

答弁書: 二の5について
御指摘の「該当するあらゆる労働者」の具体的な範囲が必ずしも明らかではないが、「感染経路が特定できないが感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下で働いている労働者」であって、患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務に従事する者(以下「医療従事者等」という。)以外の者を意味するのであれば、これらの者の従事する業務については、医療従事者等と異なり、医学的知見により業務と疾病との因果関係が確立されておらず、医療従事者等と同様の取扱いとしていないものである。このため、これらの者から新型コロナウイルス感染症に係る労災請求があった場合には、業務により感染した蓋然性が高く、業務により新型コロナウイルス感染症にかかつたものと認められれば、労災保険給付の対象とすることとしており、今後とも迅速かつ適正な処理に努めてまいりたい。

6 新型コロナウイルス感染症は無症候者や軽症者が八割とされ、電車やバスなどの乗客に混在している可能性が高い。通勤途上の感染については蓋然性を広く認め、「積極的な反証がない限り」、できるだけ幅広く「内在する危険が具現化」したものとみなして労災保険給付の対象とするべきと考えるがどうか。

答弁書:二の6について
お尋ねの「「内在する危険が具現化」したものとみなして」の意味するところが必ずしも明らかではないが、通勤により新型コロナウイルス感染症にかかったとして労災請求があった場合には、労働基準監督署において、個別の事例ごとに調査を行い、通勤により新型コロナウイルス感染症にかかったものと認められる場合には、労災保険給付の対象となるものである。

7 これまでの労災認定事例について、被災労働者の業務内容、労災と認定した根拠、労災認定に要した時間などの認定概要を公開し、新型コロナウイルス感染症による労災を具体的に類型化して例示することにより、積極的な労災請求を促すべきではないか。

答弁書:二の7について
政府としては、Q&Aにおいて、事業揚において新型コロナウイルス感染症にかかった者に係る労災補償に関する考え方等を示し、これを厚生労働省ホームページで公表するとともに、労使団体及び医療関係団体宛てに労働者の労災請求等に係る要請を行う等、様々な機会を捉えて、適切な労災講求を促しているところである。
なお、労災認定を行った事例に関する情報を公表することについては、今後、個人情報保護の観点にも配慮しつつ、検討してまいりたい。

三 公務災害について

国家公務員災害補償法第二条第四によれば、「人事院は、この法律の実施に関し、次に掲げる権限及び責務を有する」として、「次条の実施機関が行う補償の実施について調査し、並びに資料の収集作成及び報告の提出を求めること」と規定されている。

1 公務中あるいは通勤中に新型コロナウイルス感染症に感染した者について、国家公務員災害補償法に基づき、34の実施機関(本府省等26機関、行政執行法人等8機関)において、補償事務主任者による探知ないしは被災職員・遺族からの申し出により、実施機関へ報告があった件数について政府が承知するところを実施機関別に示されたい。

2 公務中あるいは通勤中に新型コロナウイルス感染症に感染した者について、国家公務員災害補償法に基づき、三十四の実施機関において、

①「公務上」と認定した件数、②「公務外」と認定した件数、③公務上外の調査中の件数について、政府が承知するところを実施機関別に示されたい。

3 公務中あるいは通勤中に新型コロナウイルス感染症に感染した者について、国家公務員災害補償法に基づき、34の実施機関において、「公務上」と認定されたものについて、

①療養補償の実施件数、②休業補償の実施件数、③障害補償の実施件数、④遺族補償の実施件数について、政府が承知するところを実施機関別に示されたい。

答弁書:三について
お尋ねについては、人事院規則一六ー○(職員の災害補償)第二十条の規定に基づき、補償事務主任者が新型コロナウイルス感染症による災害について実施機関に報告した件数は、令和二年五月二十七日時点で、零件である。このため、当該災害について、実施機関において、公務上のものであるか又は通勤によるものであるかどうかの認定が行われた件数、公務上のものであるか又は通勤によるものであるかどうかを調査中である件数並びに国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号)に基づく療養補償、休業補償、障害補償及び遺族補償の実施を行った件数は、いずれも零件である

四 地方公務員の公務災害について

災害補償基金における、新型コロナウイルス感染症による公務災害への対応状況については、都道府県別に公務災害の申請数および認定数を、政府としても把握すべきと考えるがどうか。
また、認定事例については、被災公務員の個人情報保護を図りつつ、少なくとも、被災公務員の業務内容、公務災害と認定した根拠、公務災害認定に要した時間などの認定概要を明らかにするべきである。この点について、政府としての見解を示されたい。

答弁書:四について
地方公務員災害補償制度については、地方公務員災害補償法(昭和四十二年法律第百二十一号)第二十四条の規定に基づき地方公務員災害補償基金が補償を実施しているところであり、新型コロナウイルス感染症による公務上の災害及び通勤による災害(以下「公務災害」という。)に係る補償の請求及び認定の件数については、同基金において適切に把握すべきものである。同基金によれば、請求件数は、令和二年五月二十七日時点で、四件であり、いずれも公務災害であるかどうかを調査中である。政府としても、引き続き把握に努めてまいりたい。
また、認定を行った事例に関する情報を公表することについては、同基金において、個人情報保護の観点にも配慮しつつ、適切に対応されるものと考えている。

右質問する。

新型コロナウイルス感染症と労災および公務災害に関する質問主意書(提出者 阿部知子)