パワハラ対策中小にも義務化/カスハラ対策企業マニュアルも-4指針・1マニュアルになったハラスメント対策(安全センター情報2022年5月号特集)
2020年6月1日にパワーハラスメント防止措置が事業主の義務とされてから1年と10か月、2022年4月1日からは、経過措置として努力義務とされていた中小事業主にも義務化された。
また、2021年1月21日に「顧客等からの著しい迷惑行為の防止対策の推進に係る関係省庁連携会議」が設置され、2021年度厚生労働省委託事業として「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業」が実施され、2022年2月1日の第4回関係省庁連絡会議にマニュアル案とリーフレット案が示されて、同年2月25日に厚生労働省から正式に公表された。
連携会議:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16504.html
厚生労働省発表:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24067.html
目次
相次ぐ実態調査報告
一方、この間、以下のような実態調査報告も相次いで公表されている。
2021年7月26日の第4回関係省庁連絡会議には、厚生労働省委託事業として2018年度以降実施されている「職場のハラスメントに関する実態調査」の2020(令和4)年度調査の結果が報告されている。これによると、過去3年間のハラスメント相談件数/該当件数の傾向は、セクハラ以外では「件数は変わらない」の割合がもっとも高く、セクハラのみ「減少している」がもっとも高く、また、顧客等からの著しい迷惑行為のみ「増加している」の割合の方が「減少している」より高かった(相談があったと回答した企業の割合は19.5%)(企業調査、、回答6,426件)。過去3年間のハラスメントを受けた経験は、何度も繰り返し/時々/一度だけ経験したを合わせて、パワハラ31.4%、セクハラ10.2%、カスハラ15.0%であった(労働者調査、回答8,000名)。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000165756.html
経団連は2021年12月14日に「職場のハラスメント防止に関するアンケート結果」を公表した。5年前と比較した相談件数が、パワハラでは「増えた」(44.0%)がもっとも多く、セクハラでは「変わらない」(45.3%)がもっとも多く、前者について「大企業に対するパワハラ防止義務を柱とする法律が施行されたことに伴い、社会の関心が高まったこと、各社が相談窓口の周知を強化したこと等が考えられる」としている。なお、「取引先からのパワーハラスメントやカスタマーハラスメントに関しても、パワーハラスメントでは42.5%、カスタマーハラスメントでは34.5%の企業が、相談体制を整備している」と答えた。
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2021/1216_03.html
UAゼンセンは2021年12月22日に「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査分析結果」(回答者数50,000人)を公表。クレーム被害の経験があったのが75.1%(女性72.96%、男性79.24%)等という結果であった。UAゼンセン流通部門は、2017年8月に「悪質クレームの定義とその対応に関するガイドラインについて」を策定、2020年7月に改訂している(第2版)。
https://uazensen.jp/hara-taisaku-page/
自治労は2021年8月19日に「『職場における迷惑行為、悪質クレームに関する調査』報告書」(回答者数14,213人)を公表。過去3年の間に迷惑行為や悪質クレームを受けた人が46.0%(女性38.56%、男性53.54%)等という結果であった。自治労はカスタマーハラスメント対策研究会を設置して、対応指針の策定等を検討している。
交運労協は2021年11月24日に「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査報告書」(回答者数20,908人)を公表しているが、直近2年以内で利用者等からの迷惑行為の被害にあった人が53.4%等という結果であった。
http://www.koun-itf.jp/
いずれも貴重な調査結果であり、ぜひ報告書本文をご覧いただきたい。
4つの指針に1マニュアル追加
わが国では、パワハラを含めてすでに4つのハラスメント防止措置が法律によって事業主に義務づけられており、以下のように、事業主が講ずべき措置等を定めた指針が策定されている。
・雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」[セクハラ指針]
・男女雇用機会均等法に基づく「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」[マタハラ指針]
・育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)に基づく「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」[ケアハラ指針]
・労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」[パワハラ指針]
これに今回、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が新たに加わったわけである[カスハラマニュアル]。
4つのハラスメントの定義
4つのハラスメントの定義は、各々以下のとおりである(丸数字・下線は編集部による)。
セクハラ(職場におけるセクシュアルハラスメント)とは、「①職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は②当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を言う。「対価型セクシャルハラスメント」と「環境型セクシャルハラスメント」に分類されている。
マタハラ(職場における妊娠、出産等に関するハラスメント)とは、「職場において上司又は同僚から行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと等に関する事由に関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されること」を言う。「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」に分類されている。
ケアハラ(職場における育児休業等に関するハラスメント)とは、「職場において上司又は同僚から行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業制度等の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されること」を言う。
パワハラ(職場におけるパワーハラスメント)とは、「①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されること」を言う。
マタハラ・ケアハラ指針は、「なお、勤務分担や安全配慮等の観点から、客観的にみて、業務上の必要性に基づく言動によるものについては…該当しない」、パワハラ指針は、「なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については…該当しない」としている。
4つの指針のうち、セクハラ指針のみが、「当該言動を行う者には、労働者を雇用する事業主(その者が法人である場合にはその役員)、上司、同僚に限らず、取引先等の他の事業主またはその雇用する労働者、顧客、患者又はその家族、学校における生徒等もなり得る」と明記している。顧客や取引先など第三者からのセクシャルハラスメントは、セクハラ指針に定められた措置義務の対象であることを確認しておくことが重要である。
マタハラ・ケアハラ指針は、現在のところ、第三者によるハラスメントを対象にしていない。
他方、パワハラ指針は、「取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にはその役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、例えば、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備及び被害者への配慮のための取組を行うことが望ましい。また、被害を防止するための取組を行うことも有効と考えられる」としている。これは、後述する4つの指針の①~⑭の措置との関係でいうと、パワハラ指針のみが設ける、措置⑮ということになる。
「取引先等からのパワーハラスメント」と「顧客等からの著しい迷惑行為」とを使い分けているが、前者は、「優越的な関係を背景とした言動」を想定して「パワーハラスメント」としたものだろう。
カスハラマニュアルの定義
このパワハラ指針の指摘も踏まえて策定されたカスハラマニュアルは、次のように言っている。
「企業や業界により、顧客等への対応方法・基準が異なることが想定されるため、カスタマーハラスメントを明確に定義することはできないが、企業へのヒアリング調査等の結果、企業の現場においては以下のようなものがカスタマーハラスメントであると考えられている。
『①顧客等からのクレーム・言動のうち、②当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、③当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの』」
下線を付けた最後の要件は、前出の4つのハラスメントの定義と共通のものであり、その解説もパワハラ指針からの引き写しで、「労働者が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す」とされている。パワハラ指針では続けて、「この判断に当たっては、『平均的な労働者の感じ方』…を基準とすることが適当である」としているが、カスハラマニュアルにはこの記載がない。
②の解説としては、「顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられる。他方、顧客等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされることがあると考えられる」とされている。
マニュアルは、両者の場合の例を掲げるとともに、「企業ごとに違いが出てくる可能性があることから、各社であらかじめカスタマーハラスメントの判断基準を明確にした上で、企業内の考え方、対応方針を統一して現場と共有しておくことが重要」として、これも例を挙げている。
また、「なお、殴る・蹴るといった暴力行為は、直ちにカスタマーハラスメントに該当すると判断できることはもとより、犯罪に該当しうるもの」と強調して、「カスタマーハラスメントが抵触する法律」条文も参考として示している。
ハラスメントの一般的定義
ILO暴力・ハラスメント条約は、「仕事の世界における『暴力及びハラスメント』とは、1回限りのものであるか反復するものであるかを問わず、身体的、心理的、性的または経済的損害を目的とし、またはこれらの損害をもたらし、若しくはもたらすおそれのある一定の容認することができない行動及び慣行またはこれらの脅威をいう」と定義している。また、イギリスの労働組合などは、均等法によるセクシャルハラスメントの定義を援用して、「ハラスメントとは、労働者の尊厳を侵害し、または、労働者にとって脅迫的、敵対的、下劣的、屈辱的または不快な環境を生じさせる目的またはそのような効果をもつ望まない行為をいう」としている。
わが国でも、あらゆるタイプのハラスメントに適用するハラスメントの一般的定義をもつことが重要になっているとともに、それは可能であろうと考える。例えば、前述した既存の定義を基礎にするとすれば、「労働者の就業環境が害される一定の言動」ということになろうか。これを、パワハラ指針の「労働者が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す」という解釈で運用すれば、十分ハラスメントの一般的定義として通用するのではないだろうか。
仮に次善の案が必要であるとしたら、「(業務上)必要かつ相当な範囲を超えた言動」とすることも考えられるかもしれない(以下を含め()は編集部が挿入したもので、()部分を削除または修正すればカスハラにも適用可能であろう)。パワハラ指針は、そのような言動とは、「社会通念に照らし、当該言動が明らかに(当該事業主の業務上)必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる」としている。
・(業務上)明らかに必要性のない言動
・(業務の)目的を大きく逸脱した言動
・(業務を遂行するための)手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
カスタマーハラスメントの定義はまさに、「顧客等によるそのような言動」とすべきであると考える。
カスハラマニュアルの示した定義について言えば、わざわざ「クレーム・苦情(併せて「クレーム」)」を「言動」一般と区別して併記する必要はなく、また、「要求」も必要ないと考える。ハラスメントに該当する行為が、すべて「クレーム」または「要求」であるとは限らず、「クレーム」対応または「要求」対応にハラスメント対策の観点を含めることが重要だとしても、ハラスメント対策を両対応の枠内のみに矮小化してはならないからである。逆にまた、「クレーム」対応または「要求」対応に関連して考慮しなければならないリスク要因は、ハラスメントに限られるものではなく、対応そのものに内在するかもしれないストレスや、雇用・就業形態、業務編成、過重な業務量、長時間労働等、さらにトレーニングや上司・同僚によるサポート等も含まれ得る。
もちろん、内外の経験を参照してより適切な定義にすることが望ましいが、いずれにせよ、普遍的=ユニバーサルな定義を示すことと合わせて、ハラスメントのタイプ、業種・職種に合わせた具体的な例を十分に示すことの双方が重要であると考える。後者の点では、カスハラマニュアルの示した例や「抵触する法律」等は参考になると思われる。
第三者ハラスメント
なお、行為者になる可能性のある「顧客等」について、カスハラマニュアルは「顧客や取引先など」と説明するが、最後のほうで言わば別扱いのように「取引先企業とのトラブルについて」述べているほかは、取引先を少なくとも一般的には「顧客等」に含めてはいないようにも思われる。
この点では、取引先に限らず、すべての第三者を対象とすることを明記すべきである。例えば、所轄当局や政治家等が行為者である場合も考えられる。
参考として、ILO暴力・ハラスメント勧告は、「依頼者、顧客、サービス提供者、利用者、患者、公衆等の第三者」という言い方をしている。
より正確な用語法としては、第三者(サードパーティ)ハラスメントが望ましいかもしれないが、カスタマーハラスメントという言葉を使って、顧客等にはすべての第三者が含まれることを明確にしたのでもよいのではなかろうか。
事業主と労働者の責務
4つのハラスメント指針は、事業主・労働者の責務について、以下の共通した内容で規定している。
〇事業主の責務
法の規定により、事業主は、職場におけるハラスメントを行ってはならないことその他職場におけるハラスメントに起因する問題(「ハラスメント問題」)に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者(他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む。「労働者の責務」において同じ)に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる広報活動、啓発活動その他の措置に協力するように努めなければならない。なお、職場におけるハラスメントに起因する問題としては、例えば、労働者の意欲の低下などによる職場環境の悪化や職場全体の生産性の低下、労働者の健康状態の悪化、休職や退職などにつながり得ること、これらに伴う経営的な損失等が考えられる。
また、事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、ハラスメント問題に対する関心と理解を深め、労働者(他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む)に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
〇労働者の責務
法の規定により、労働者は、ハラスメント問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる措置に協力するように努めなければならない。
カスハラマニュアルには、「事業主・労働者の責務」という項目はないが、「カスタマーハラスメント対策の必要性」という項目を設け、「従業員・企業・他の顧客等への影響」を解説するとともに、「企業及び事業主として適切な対応をしていない場合、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性がある」とも指摘している。
「事業主・労働者の責務」は、カスタマーハラスメントにおいても同様に確認されるべきである。
事業主が講ずべき10の措置
4つのハラスメント指針では、事業主がハラスメント問題に関し雇用管理上講ずべき措置が定められている。10項目であって、以下の①~⑩のようにほぼ共通した内容である。
(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
措置① 方針の明確化と周知・啓発
職場におけるハラスメントの内容及び職場におけるハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
措置② 行為者に対処する方針の規定等
職場におけるハラスメントに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
(2)相談(苦情を含む。以下同じ)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
措置③ 相談窓口の設定・周知
相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
措置④ 相談への適切な対応の確保
相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また、相談窓口においては、被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること。例えば、放置すれば就業環境を害するおそれがある場合等が考えられる。
(3)職場におけるハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
措置⑤ 事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認
職場におけるハラスメントに係る相談の申出があった場合において、事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
※セクハラ指針では、「行為者が、他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)である場合には、必要に応じて、他の事業主に事実関係の確認への協力を求めることも含まれる」とのなお書きあり。
措置⑥ 被害者に対する配慮のための措置
措置⑤により、職場におけるハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者(被害者)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
措置⑦ 行為者に対する措置
措置⑤により、職場におけるハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。
措置⑧ 再発防止に向けた措置
あらためて職場におけるハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること。なお、職場におけるハラスメントが生じた事実が確認できなかった場合においても、同様の措置を講ずること。
(4)併せて講ずべき措置
措置⑨ プライバシーの保護
職場におけるハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該ハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。
措置⑩ 相談等を理由とした不利益取扱いの禁止
労働者が職場におけるハラスメントに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助の求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
加えることが望ましい措置
4つのハラスメント指針はさらに、雇用管理上講ずべき10の措置に加え行うことが望ましい内容を、以下の⑪~⑭のように、ほぼ共通した内容で規定している(パワハラ指針には前出の⑮もある)。
措置⑪ 職場におけるセクシュアルハラスメント、妊娠、出産等に関するハラスメント、育児休業等に関するハラスメント、パワーハラスメントが複合的に生じることも想定されることから、事業主は、例えば、一体的に相談窓口を設置し、一元的に相談に応じることのできる体制を整備することが望ましい。
措置⑫ 措置を講じる際に、必要に応じて、労働者や労働組合の参画を得つつ(衛生委員会の活用も考えられる)、アンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めることが重要である。
措置⑬ 「職場におけるハラスメントの原因や背景となる要因を解消するため」、ケアハラ・マタハラ指針では「労働者への周知啓発すること」、パワハラ指針では「コミュニケーションの活性化や円滑化、適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取組を行うこと」が「望ましい」。セクハラ指針には、該当する規定なし。
措置⑭ セクハラ・マタハラ・パワハラ指針…事業主は、措置①の職場におけるハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化等を行う際に、当該事業主が雇用する労働者以外の者(他の事業主が雇用する労働者、就職活動中の学生等の求職者及び労働者以外の者)に対する言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましい。また、これらの者から職場におけるハラスメントに類すると考えられる相談があった場合には、その内容を踏まえて、上記の措置も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましい。ケアハラ指針には、該当する規定なし。
カスハラ対策の基本的枠組み
カスハラマニュアルは、「企業が具体的に取り組むべきカスタマーハラスメント対策」として以下のような「基本的な枠組み」を示しており、上記措置①~⑩との対応関係も含めて、以下のとおりである。
(1)カスタマーハラスメントを想定した事前の準備
対策❶ 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
措置①「方針の明確化と周知・啓発」に準拠。ただし、「ハラスメントを行ってはならない旨の方針」ではなく、「カスタマーハラスメントをなくす旨の方針」であり、「(企業の)トップ自ら発信することが重要である」と続けている。「基本方針に含める要素例」、「基本方針の例」も示している。
この点では、ILO暴力・ハラスメント勧告が、方針には「暴力及びハラスメントが許容されないことを明記すること」としていることも参考になろう。
対策❷ 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
措置③「相談窓口の設定・周知」及び措置④「相談対応者が相談の内容や状況に応じ適切に対応できるようにする」に準拠。相談対応者を決めておき、または相談窓口を設置して広く周知する(ここでは、外部機関に相談への対応を委託の記述はなし)。実際に発生している場合だけでなく、発生のおそれがある場合や該当するか判断がつかない場合も含めて、幅広く相談に応じて迅速かつ適切に対応すること、相談者の心身の状況や受け止め方など認識にも配慮、も同じ。独自の点としては、以上に加えて、「上記対応を実現するためには、人事労務部門や法務部門、外部関係機関(弁護士等)と連携できるような体制を構築するとともに、具体的な対応方法をまとめたマニュアルを整備し、相談対応者向けに定期的に研修等を実施することが有効」とされ、「相談対応者」、「相談対応者の役割」、「相談対応者への教育」、「相談対応を行う上での留意点」、「カスタマーハラスメント対策を中心となって進める組織の設置」について解説している。
対策❸ 対応方法、手順の策定
「カスタマーハラスメントを受けた際に慌てず適切な対応が取れるように、対応方法等を決めておくと良い」として、「(1)現場での初期対応の方法、手順」と、「(2)内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法、手順(本社・本部との連携が必要な場合)」に分けて、具体例も含めて記述している。
内容的には「顧客等からのクレーム・苦情への対応方法・手順」であるが、そこにカスタマーハラスメント対策の視点を含めることは重要である。
対応の方法には、「基本的に複数名で対応し、対応者を一人にさせない」、「一次対応者に代わって現場監督署/上位者が対応」、「録音/録画する」、「毅然とした態度で退去を求める」、「施設への出入り禁止を伝える」、「弁護士への相談や警察への通報等を検討」等が含まれている。「SNS/インターネット上での誹謗中傷型ハラスメント」への対応を取り上げていることも重要である。
後述の対策❺の「行為者への対応事例」に照らし、措置②「行為者に対処する方針の規定等」に一部準拠していると言えなくもないかもしれない。
対策❹ 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
社内対応ルール=上述の「対応方法・手順」について、「日頃から研修等を通じて従業員への教育を行うこと」が述べられている。
措置義務には直接対応する内容がない。
(2)カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応
対策❺ 事実関係の正確な確認と事案への対応
「顧客等からのクレーム・苦情」の事実確認として述べられはじめている点では、措置⑤の「相談の申出があった場合において、事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」に該当するものではない。
しかし、その後は、「相談(窓口)対応者が、従業員から相談を受けた場合、まずは事実関係を整理し…ハラスメント行為にあたるかどうか判断」→「カスターマーハラスメントであると判断するに至った場合には、あらかじめ策定した手順・基準(対策❸)に沿って判断、対応する」として、「企業における行為者への対応事例」として、「責任のある立場の者から行為者へ帰ってもらう旨を伝える」、「出入り禁止を通告する」が挙げられている。
これらの点では、措置⑤「事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認」及び措置⑦「行為者に対する措置」に(あらかじめ策定する手順(❸)に「行為者への対応」も規定するとしたら措置②「行為者に対処する方針の規定等」にも)一部準拠していると言え、逆に、「クレーム・苦情をした顧客等」への対応が後景に退いているように思われる。
また、「相談者の心身の状況や事案の受け止め方等にも配慮し、意向に沿いながら丁寧かつ慎重に事実確認を行う。また、その際は、プライバシーを保護し、不利益取扱いを行わない旨をあらかじめ伝えながら、相談に応じる」としている点で、措置⑨「プライバシーの保護」及び措置⑩「相談等を理由とした不利益取扱いの禁止」にも一部準拠していると言えるかもしれない。
対策❻ 従業員への配慮の措置
措置⑥「被害者に対する配慮のための措置」に準拠。ただし、「ハラスメントが生じた事実が確認できた場合」という限定なしに、「従業員がカスタマーハラスメントの被害を受けた場合、速やかに被害を受けた従業員に対する配慮の措置を行う必要がある。対応すべき事項として、従業員の現場での安全確保や従業員の精神面への配慮がある」として、さらに解説を加えている。
対策❼ 再発防止のための取組
措置⑧「再発防止に向けた措置」に準拠しているが、文言は異なり、「カスタマーハラスメント問題が一旦解決した後も、同様の問題が再発することを防ぐため、取組を継続し、従業員の顧客対応の理解を深める。取組を継続する上では、定期的に取組を見直すことも重要である」としたうえで、取組事例等を解説している。「ハラスメントが生じた事実が確認できなかった場合にも、同様の措置を講じること」という記述はない。
「ポイント!企業内でのハラスメントの対応との違い」では、措置②⑦と関連する、行為者に対する直接的な措置が取りづらい点が取り上げられている。
対策❽ ①~⑦までの措置と併せて講ずべき措置
「その他、カスタマーハラスメントの予防・解決のために取り組むべきこと」として、「カスタマーハラスメントの発生状況の迅速な把握と情報の記録」、「取引先企業とのトラブル[対応]」が取り上げられている。
ここには、指針で「(①~⑧までの措置と)併せて講ずべき措置」として挙げられた、措置⑨「プライバシーの保護」、措置⑩「相談等を理由とした不利益取扱いの禁止」に準拠する記述はない。
10の措置はカスハラも準拠すべき
対応関係を整理すると、以下のとおり、10措置のうち5措置は準拠している対策があり、5措置は一部準拠していると言えなくもない、ということになろうか。
措置①「方針の明確化と周知・啓発」→対策❶「事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発」が準拠
措置②「行為者に対処する方針の規定等」→対策❸「対応方法、手順の策定」が一部準拠
措置③「相談窓口の設定・周知」→対策❷「従業員(被害者)のための相談対応体制の整備」が準拠
指針④「相談への適切な対応の確保」→対策❷「従業員(被害者)のための相談対応体制の整備」が準拠
措置⑤「事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認」→対策❺「事実関係の正確な確認と事案への対応」が一部準拠
措置⑥「被害者に対する配慮のための措置」→対策❻「従業員への配慮の措置」が準拠
措置⑦「行為者に対する措置」→対策❺「事実関係の正確な確認と事案への対応」が一部準拠
措置⑧「再発防止に向けた措置」→対策❼「再発防止のための取組」が準拠
措置⑨「プライバシーの保護」→対策❺「事実関係の正確な確認と事案への対応」が一部準拠
措置⑩「相談等を理由とした不利益取扱いの禁止」→対策❺「事実関係の正確な確認と事案への対応」が一部準拠
もちろん①~⑭の内容自体、例えばILO暴力・ハラスメント条約・勧告の内容等に照らして、さらに改善することができる。例えば、措置⑥「被害者に対する配慮のための措置」に関連して、ILO勧告は、支援、サービス及び救済措置や補償について規定している。しかし、まずはカスハラ対策においても、他の4つのハラスメントに関して事業主が講ずべきとされた①~⑩の10措置はもちろん、加えて行うことが望ましいとされた⑪~⑭の内容も適用するという基本方針を確認することが重要であろう。そうすることによって、カスハラ対策を措置⑪にいう「一体的な相談窓口の設置と一元的な相談対応の体制整備」に、より容易に含めることもできる。
カスハラマニュアルには、上記の対応内容のない措置についても、準拠した内容を含めるべきである。なお、第三者によるセクシャルハラスメントはセクハラ指針に定められた措置義務の対象であることが明記されていないことは大きな問題である。
クレーム対応とハラスメント対策
一方、カスハラマニュアルの対策❸❹❺の全部または一部の内容が、4つのハラスメント指針の措置義務には含まれていないとも言える。
4つのハラスメント指針の措置義務では、措置⑤「事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認」は「被害者から相談の申出があった場合」の措置とされ、措置⑥「被害者に対する配慮のための措置」及び措置⑦「行為者に対する措置」は「職場におけるハラスメントが生じた事実が確認できた場合」の措置とされている。
カスハラマニュアルは、対策❻「従業員への配慮の措置」は「従業員がカスタマーハラスメントの被害を受けた場合」の対策とされ、また、「カスタマーハラスメントを受けた際に慌てず適切な対応が取れるように」するために、対策❸「対応方法、手順の策定」及び対策❹「社内対応ルールの従業員等への教育・研修」が求められている。さらに、対策❺「事実関係の正確な確認と事案への対応」は、明示されていないものの、「顧客等からのクレーム・苦情」の事実確認として述べられている。
これらは、「被害者から相談の申出があった場合」だけに限らず、「顧客等からクレーム・苦情があった場合」、さらに明示されてはいないものの、例えば「上司・同僚等が必要であると感じた場合」等にも、「事実関係の正確な確認と事案への対応」等が必要な場合があり得ること、また、それらの場合も想定した「対応方法、手順の策定」が必要であることを示唆していると考えられる。
この点は、ILO暴力・ハラスメント勧告第7条(e)が、「暴力及びハラスメントの事象に関連する内部の及び外部からのすべての通報は、適切な考慮が払われ、適当な場合には処理されることを定めること」としていることも関連するかもしれない。
カスハラ以外のハラスメント対策に関しても、「被害者から相談の申出があった場合」以外の、内部・外部通報等を通じた対応についても定めておくべきだろう。その場合に、被害者の意思が尊重されなければならないことは言うまでもない。
しかし、カスハラマニュアルの対策❸❹❺では、例えば、「クレーム」や「要求」への対応なのか、被害者から相談への対応なのか、明確でなかったり、区別・整理されていなかったり点も多い。記載内容から、カスハラ対策が「クレーム」対応や「要求」対応の一部に埋没されかねないことも懸念される。
その意味でも、マニュアルが一部しか準拠していない内容も含めて①~⑭の措置内容をカスハラ対策においても徹底すること。加えて、「クレーム」対応や「要求」対応を通じたカスハラ対策、「クレーム」対応や「要求」対応における被害者である可能性のある労働者への対応(及び行為者である顧客等への対応)等を整理する必要があると考える。
ハラスメントの防止措置等
さらに、4つのハラスメント指針の雇用管理上講ずべき措置を、厚生労働省はリーフレットなどで「防止措置」と呼んでいるのだが、厳密に言えば、「防止措置」と呼べるかどうか疑問も残る。
「防止措置」について、ILO暴力・ハラスメント条約第9条は、要旨次のように規定している。
「仕事の世界における暴力・ハラスメントを防止し、及び合理的に実行可能な限り、特に次のことを行うため、自らの管理の水準に応じた適当な手段を講ずることを使用者に要求する法令を制定する。
(a)暴力・ハラスメントに関する職場における方針を策定し、実施すること。
(b)労働安全衛生マネジメント(管理)において暴力・ハラスメント及び関連する心理社会的リスクを考慮に入れること。
(c)暴力・ハラスメントのハザードを特定し、及び暴力・ハラスメントのリスクを評価すること並びに暴力・ハラスメントを防止し、及び管理するための措置を講じること。
(d)労働者その他の関係する者に対し、暴力・ハラスメントの特定されたハザード及びリスク並びに関連する防止措置及び保護措置に関し、情報を提供し、及び訓練を行うこと。
日本のハラスメント指針・マニュアルでは、このうちの(a)の「職場における方針」しかカバーされていないのではないだろうか。
「職場における方針の策定・実施」以外の内容は、「リスクアセスメントの実施とその結果に基づき必要な防止・管理措置を講じること」と要約することができる。
労働安全衛生法令によってすでにそれが使用者に義務づけられ、また、暴力・ハラスメントを含めた心理社会的リスクも対象に含まれているのであれば、新たな法令は必要ないかもしれない。しかし、「労働に関連するあらゆる側面において労働者の安全と健康を確保する」ことが使用者に義務づけられ、暴力・ハラスメントを含めた心理社会的リスクも対象に含まれることに争いのない欧州でも、心理社会的リスクに関する新たな指令の必要性が議論されていることを、本誌は紹介してきた。
わが国の状況はと言うと、「リスクアセスメントの実施とその結果に基づき必要な防止措置を講じること」は、危険有害化学物質に関しては義務となったものの、それ以外では努力義務にとどまっている。しかも化学物質以外のリスクについては、常時使用する労働者の数で裾切りがある(建設業・運送業等は100人以上、製造業等は300人以上、その他の業種は1,000人以上)。対象は、「建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、又は作業行動その他業務に起因するリスク」とされ、リスクアセスメント指針で「労働者の就業に係る全てのものを対象とする」としているので、心理社会的リスクも含まれ得るのだが、心理社会的リスクを評価して対策を講じる慣行はないに等しいと言わざるを得ない。
わが国では、ハラスメント指針等に国際的に通用する内容での「防止措置」を定めるととともに、労働安全衛生法令等に「リスクアセスメントの実施とその結果に基づき必要な防止・管理措置を講じること」があらゆるリスクを対象とした基本原則であることを明確にすることの両方が必要と考える。
なお、心理社会的リスク要因の分類例としては、暴力・ハラスメント等を含めた社会的環境のほかに、職務内容、労働強度、職務の自律性、労働時間のアレンジ、雇用保障やキャリア開発等もあげられる。定義についての議論でもふれたが、(とりわけ専門の担当者・部署を含め、「クレーム」や「要求」対応において)ハラスメントとその他の要因を区別及び包含するアプローチが重要である。
最後になってしまったが、ILO暴力・ハラスメント条約第2条(a)項が規定するように、「暴力及びハラスメントを法令で禁止すること」が日本でも求められることは言うまでもない。
安全センター情報2022年5月号