10万国民が発議した重大災害企業処罰法 国会が注目すべき『核心条項』2020年9月22日 韓国の労災・安全衛生
ボールは国会へ
10万国民が『重大災害企業処罰法』を発議した。22日午前11時頃、国会国民同意請願『安全な職場と社会のための重大災害企業処罰法制定』に10万人が同意し、法制司法委員会に回付された。毎年2400人、一日7人の労働者が産災で死んでいる。『繰り返される死』を止めなければならないという市民の切迫感が、署名目標を早期に達成させる原動力だった。
ボールは国会へ渡された。今回の請願は130余の市民社会団体と重大災害被害者が集まった「重大災害企業処罰法制定運動本部(以下、運動本部)」が作った法案を基に行われた。正義党も1号法案として重大災害企業処罰法を発議している状況だ。共に民主党の李洛淵代表も賛意を明らかにし、21代国会で制定されるものと予測される。
財界のちょっかいで『つぎはぎ法案』が誕生するのはでないか。立法過程で核心条項が削除・修正されることは茶飯事だ。28年振りに全面改正された産業安全保健法がその代表事例だ。改正案は金鎔均労働者の事故の核心原因と指定された危険業務の下請けを一部容認して、『金鎔均なき金鎔均法』と揶揄されている。
国会が見落としてはならない核心条項は何か、忘れてはいけない発議趣旨は何か、18日、運動本部の法案発議に参加したソン・イクチャン弁護士、オ・ミンエ弁護士、チェ・ジョンハク放送通信大学校法学科教授に聞いてみた。
経営責任者の危険防止義務は『委任』できない
運動本部の法案は、重大災害を起こした『元請け企業の経営責任者』を処罰できる実質的な条項を含んでいる。重大災害は、△死亡者が1人以上発生、△3ヶ月以上療養が必要な負傷者が1人以上発生、△負傷者が同時に10人以上発生した場合をいう。
第3条 経営責任者などの安全・保健措置義務
① 法人の経営責任者などは、法人が所有・運営・管理または発注した事業、または事業場、公衆利用施設または公衆交通手段で、従事者・利用者などが生命・身体の安全または保健上の危害を負わないように、危険を防止する義務がある。
第4条 請負・委託関係での安全・保健措置義務の帰属
① 法人などが第三者に賃貸、委託、請負などを行った場合、第三者と経営責任者などは共同で第3条の義務を負担する。
第5条 経営責任者などの処罰
① 経営責任者などが第3条の義務に違反して人を死亡させた場合、3年以上の有期懲役または5億ウォン以下の罰金に処する。
② 第1項の場合、経営責任者などが、法人などの従事者に危険防止義務を疎かにするように指示した場合、7年以上の有期懲役に処する。
経営責任者に危険防止義務を賦課し、これは誰にも『委任』できないということを明確にした。現行法でも経営責任者の処罰が不可能なわけではない。産業安全保健法も事業主に安全・保健措置義務を課している。しかし元請けは下請けに、事業主は現場管理者に義務を委任したとして、法の網を潜ることが常だった。これによって『下請け業者の現場管理者』だけが、産業安全保健法違反または業務上過失致死などの疑惑で処罰を受けているのが実情だ。
チェ教授は「委任が常に問題だった。事故が起きた時、経営責任者は現場管理者だけを交替させればそれまでだ。経営者は、事故が起きなければ良いが、万一起きても仕方がないと考える。この間、刑罰の予防効果が元々なかった。義務の部分が貫徹されなければ、今回の法案は効果がなくなる」と強調した。
経営責任者の義務の範囲は広くなった。現行法上、安全・保健措置義務なども含んだ包括的な危険防止義務を規定し、これに違反すれば処罰することにした。『危険の外注化』を処罰するために、請負・委託などの関係から労務を提供された者も、義務を負担するように規定した。特に、事業場だけでなく、公衆利用施設・公衆交通手段などにも危険防止義務を賦課し、世越号惨事、大邱地下鉄惨事など、市民の被災を予防するようにしたことは、今回の法案制定の必要性を示す。
同一企業の同一事故を防ぐ強力な法案
最も目につく条項は、第7条『因果関係の推定』だ。経営責任者に事故の責任を問うことができる確実な方法として、運動本部の法案だけの特異な点だ。
重大災害が繰り返し発生した企業の場合、経営責任者の義務違反で重大災害が発生したと推定して、経営責任者が自ら無罪を立証するように規定した。義務を正しく遂行したという点を証明できなければ、検察の有罪立証の必要なく処罰されることがある。
第7条 因果関係の推定
次の各号に該当する場合、経営責任者などが第3条に定めた危険防止義務に違反して重大災害が発生したものと推定する。
1、該当事故以前の5年間に、経営責任者などが第3条に定めた義務と関連法に違反した事実が、捜査機関・行政庁によって3回以上確認された場合
2、経営責任者などが該当事故に関する証拠を隠滅したり、現場をき損するなど、捜査を妨害した場合
韓国の産災事故の特性が反映された条項だ。在来型の事故が、同一企業で、繰り返し、下請け労働者に起きている。現代重工業は創業以来の産災死亡者が467人で、毎月1人が亡くなっている。今年5人目に死亡した下請け労働者の死因は、8年前に死亡した下請け労働者と同じだ。民主労総などによって2020年の最悪の殺人企業に選ばれた大宇建設では、昨年7人の下請け労働者が死亡した。大宇建設は2010年に13人、2013年にも10人の労働者が死亡し、最悪の殺人企業に2回も選ばれた。
双子のように繰り返される事故を個別的に判断するのでなく、経営責任者に構造的な原因を問うようにしようというのが該当条項誕生の背景だ。
経営責任者の処罰について最も難しい点は、因果関係の証明だ。チェ教授は「経営責任者と事故現場の距離は遠い。意志決定過程にも色々な人が介在するのに、最終責任が経営者にあるということを証明しなければならない。企業規模が大きくなるほど、因果関係は更に複雑になる」と分析した。例えば蔚山の現代自動車第1工場で産災死亡事故が発生した場合、鄭夢九会長は地方の現場の状況まで分からないと言い、故意性を否認して処罰を逃れることができる。 オ弁護士は「因果関係の立証が難しく、経営責任者は捜査段階で最初から除外されたり、告訴対象に含まれても不起訴処分がほとんど」だとして、「該当条項は経営責任者を無条件で処罰すべきだという趣旨より、経営責任者は、意志決定に対して責任を負うべきだ、という発想で作られた」と説明した。
経営責任者を処罰できる強力な条項だが、それだけに反論も大きい。先ず、現代刑法の大原則を崩したという批判から始まる。推定無罪の原則によって、犯罪の要件の中の一つである因果関係は検事が証明しなければならないのに、被告人に自ら無罪であることを立証しろということは、有罪と推定するのと同じだという主張だ。
ソン弁護士は「重大事故は偶然または突然に起こるのではなく、軽微な事故が繰り返される過程で発生するというハインリッヒの法則がある。産業安全保健法違反の事項が多く摘発されるほど、死亡の確率も高まる。因果関係が推定できるだけの経験的な根拠があると見ることができる」と反論し、「民事上で適用されている論理を、刑事上でも可能なようにした」と話した。
現行法にも因果関係推定の条項がある。環境犯罪加重処罰法第11条は、汚染物質を人の生命などに危害を及ぼすほど不法に排出した事業者がいる場合、危害が発生し得る地域で、①同じ種類の汚染物質によって生命などに危害が発生し、②その不法排出と発生した危害との間に相当な可能性がある時は、その危害は事業者が不法に排出した物質によって発生したと推定する、と規定している。公正取り引き法第19条第5項は、談合行為の経済的な理由および事業者の間接接触回数などの事情に照らして、事業者が共同で談合行為をしたと見られる相当な可能性がある時は、共同で談合に合意したと推定する、と規定している。
企業犯罪の発展にしたがって、刑法も現実的に変化するべきであると、チェ教授は強調した。彼は「(推定条項がある)環境犯罪と談合罪はいずれも企業犯罪だ。犯罪の種類によって犯罪の成立要件を別に見たり、弱めることは全く不可能なことではない」と指摘した。続いて「個人犯罪に焦点が合わされている現代刑法が、企業犯罪などの新しい犯罪領域に対応する必要がある。犯罪の成立要件を難しくしておいて、それに合う犯罪だけを処罰しようというのは、現実に適合しない。要件を難しくすることは、逃れる可能性を与えることと同じだ。理論の完全性を崩してでも、現実的に必要で、有効な法を作らなければならない」と主張した。
労働法にも因果関係推定条項があるとソン弁護士は説明した。男女雇用平等法第30条は、この法に関連した紛争の解決では、立証の責任は事業主が負担する、と規定している。セクハラ被害者に対する不利な処遇によって紛争が起きた場合、会社が、適法な懲戒であることを証明しなければならない、という趣旨だ。期間制労働者などに対する差別的な待遇に対する紛争では、立証責任は使用者が負担するという期間制法第9条もやはり同じだ。ソン弁護士は「基本的に立証責任を負担する方が負けることになるので、情報を多く持っている方に負担させる方向に変化している」と話した。
事故が一度あったからといって、経営責任者を処罰するというのとは違う。最近5年間に3回以上の違反事実が、捜査機関などによって摘発されなければならないという条件がある。過去の過ちを再び処罰するもので、一事不審理の原則に反することにはならないか、という指摘が出るだろう。
オ弁護士は「過去の違反行為に対する責任を問おうというのではない。重大災害があったら、再び繰り返さない責任が経営責任者にはある。事故が繰り返されれば、不利な事情と見るだけでなく、判断の過程に含まれるということ」で、「裁判所で有罪の判決を受けるということではなく、捜査機関などで確認された違反行為だから、一事不再理には反しない。有罪判決に限定する場合、有罪が確定するまでに繰り返される事故に対策がないという点も考慮された」と話した。
事故に関する証拠を隠滅するなど、捜査を妨害すれば、因果関係を推定するという条件もある。刑法上、証拠隠滅罪は、自らの罪に対する証拠隠滅は処罰しないが、これに対して背反する条項ではないかという疑問が提起されるかも知れない。オ弁護士は「証拠を隠滅した人を、刑法上証拠隠滅罪で処罰することにはならず、事故の責任を問うのに反映するという趣旨だ。自ら事故と関連ないということを明らかにすべきだ」と説明した。
経営責任者を処罰しなければ『繰り返される死』を止めることはできない、というのが専門家たちの共通した考え方だ。チェ教授は「経営責任者が処罰されなければ変わらない。利潤追求の圧力が事故を創る。工事期間を短縮したり、単価を切り詰めること等で予算を少なくしようとすれば、現場は安全義務が果たせないことを受け容れる他はない。これに対する責任を、現場の下請けの責任者だけに負わせては、事故を止めることはできない」と話した。
企業の処罰だけでは限界があるとチェ教授は主張した。彼は「企業への処罰は罰金しかない。先ず、犯罪を金で買うことが可能になる。また現在の産災事故に対する企業の平均罰金が400万ウォン台なのに、一瞬にして10億・20億が宣告されることはないという現実的な問題がある。『流出効果』に対する心配もある。企業の金は、株主、債権者、労働者の財産なので、結局、人の被害に繋がる。企業が罰金を出して、他のやり方で収益を増やす過程で、消費者とも連結できる。企業の罰金は保存される」と説明した。
経営責任者が一番恐いのは金
運動本部の法案は、法人を処罰して会社運営に打撃を与える条項も蔑ろにしなかった。
第6条 法人の処罰
① 次の号に該当する場合、法人に1億ウォン以上20億ウォン以下の罰金を賦課する。
1、経営責任者などが第5条に違反する行為をした時
② 法人を第1項により処罰する場合、法人に次の号に該当する理由がある時は、前年度の年間売上額または輸入額の10分の1の範囲で、罰金を加重することができる。
1、経営責任者などが明示的または暗黙に、危険防止義務を疎かにするように指示した場合
2、法人内部に危険防止義務を疎かにすることを、助長・容認・放置する組織文化が存在する場合
③ 第1項、第2項の場合、裁判所は営業許可の取り消し、5年以内の営業停止、5年以下の履行観察などの制裁を併科することができる。
経営責任者が最も恐れるのは金を多く出すことだ、とオ弁護士は指摘した。「代表者の処罰は、感情上、会社に大きな影響を与えるだろう。しかし、法人に予防措置を執る動機を与えるのかどうかは別の問題だ。経営責任者がいないと、売り上げや運営に実質的な打撃を受けるだろうか?」「法人に犯罪能力があるかは、常に論議の対象だ。我が国の場合、会社に属した人の処罰を前提に、法人も処罰される『両罰規定』を置いている。第6条は既存の両罰規定の枠組みから抜け出してはいないが、経営責任者が間違った時に法人が処罰される範囲を拡げた」と話した。
法人に対する保安処分は新しく追加された条項だ。チェ教授は「産災事故は、結局、該当企業に安全システムが不在であるために発生する。企業に安全システムを作れと注文し、これを監視する履行観察が重要だ」と話した。
刑が確定した企業に3年間の営業を取り消すという第10条も注目するに値する。オ弁護士は「まともに被害の復旧や再発防止をしない以上、営業が現実的に容易でないようにした」と説明した。懲罰的損害賠償を請求できるという第12条も、企業に大きな打撃を与えることができる。ソン弁護士は「損害賠償をすれば何億で済む。企業の立場からは、安全保健体系を立てる費用の方がより高くつくのが現実だ。危険防止義務に違反すれば、損害賠償にあうという事実を明示し、間接的に強制する方法が必要だ」と話した。
被害者の声を反映しようという意志も際立って見える。刑事訴訟法の改正を前提に作られた第9条は、有罪を宣告した後、別途の尋問期日に専門家委員会の意見を聞いて刑量を判断するとした。専門家委員会は、被害者が推薦する専門家が3分の1以上含まれなければならない。
ソン弁護士は「裁判所が被害者の顔色を視るようにしようとする趣旨だ。法廷で被害者は陳述もできるが、制度的に反映する手続きを作った」と話した。オ弁護士は「建設労働者のキム・テギュさんの死亡事件当時、一審の裁判に人々が多く集って、裁判所が驚いた表情だった。責任者が裁判にかけられても、様々な事件が含まれた業務上過失致死が適用され、裁判所が産災事件の構造的な原因を考えにくいのが現実だ」と話した。量刑の手続きを別にして、裁判所にこの事案を重く見なければならないという一種の信号を送る趣旨だ。
すべての条項に対し経営界の反撥が予想される。チェ教授は「企業は経営の業務も多く、経営責任者がどうして安全の問題にいちいち神経を使えるかと主張する。経営責任者が忙しくて苦労しているのは解るが、それでも安全問題を疎かにしてもかまわないということではない。今回の法案は、経営利潤より安全が重要だと言っている」と説明した。
https://www.vop.co.kr/A00001513896.html
2020年9月22日 民衆の声 カン・ソクヨン記者