アスベスト肺がん(造園業)労災認定:石綿含有の蛇紋岩が原因。石綿小体・石綿繊維数が決め手

肥料製造及び造園業において蛇紋岩の粉じんにばく露したことによって、蛇紋岩に含有することが珍しくないアスベストにばく露した労働者が原発性肺がんを発症した。「石綿ばく露従事期間1年以上」であり(本件は10年を超えている)かつ「1μmを超える石綿繊維2,880万本/g(認定基準500万本/g以上)、5μmを超える石綿繊維360万本/g(同200万本/g以上)」だったことでアスベスト肺がんの認定基準を満たしたことから、労災認定された事例。

肺がん、でも石綿ばく露に心当たりなし

「傷病手当金を申請された組合員が肺がんなんです。労災の可能性あるか、先生に診ていただきたい。」建設埼玉の書記Oさんから、ひまわり診療所に電話があった。

2016年1月にMさん夫妻と、書記のOさんがひまわり診療所を受診された。平野医師は「微妙だが胸膜プラークは認められる。造園業の石綿曝露は難しいケースだが、労災申請してみてはいかがですか?協力します」とアドバイスした。
東京労働安全衛生センターと建設埼玉Oさんと共同で、Mさんの労災申請に向け職歴聴取、意見書作成、専門家への意見書依頼の支援をすることとなった。

蛇紋岩にアスベスト・リスク

Mさんは造園業に従事しており、石綿に曝露した記憶がなかった。唯一の手掛かりは庭石に蛇紋岩を使用することから、蛇紋岩に含まれる石綿に曝露し肺がんに罹患したのではと、本格的な調査を開始した。

Mさんの職歴は以下のとおり。
15歳から現在のA工業㈱に入社、化学肥料「ようりん」を作っており、蛇紋岩を砕いたものが成分として製品化されていた。その化学肥料を詰める紙袋の運搬作業に従事。この事業所は入社後6か月で辞めた。

※ようりんは、化学合成された肥料(化成肥料)のように思われがちですが、天然の原料から作られた肥料で、有機農産物適合(有機JAS)肥料です。
ようりんの原料は、りん酸と石灰を含むりん鉱石(天然物)と、けい酸と苦土を含む蛇紋岩に代表される岩石が原料となります。これらを破砕混合して1,400℃で焼成熔融し、さらに急冷却後粉砕して作られます。
いろいろな鉱石からようりんは作られますが、蛇紋岩が好まれるのは、日本の土壌に欠乏しているといわれるクド(マグネシウム)を多く含むことと、含まれる燐酸自体が水溶性ではなく「く溶性」であるため、土壌に滞留し高い肥料効果が期待できるからです。

たまごや商店ホームページ

ようりん製造から造園業へ

その後、父が経営する造園業に従業員として入社。東京・千葉を中心に廻り造園に従事、庭石は三波石を仕入れていた。

1965頃から仕事も増え、春・夏の温暖な時期は東京・千葉のエリアをまわり、秋・冬の寒い季節は愛知県名古屋市方面へ販売に出かけた。年間約100日~120日ほどだった。庭石は事前に仕入れトラック2~3台に積み愛知へ出かけたが、販売先で庭石がなくなると、現地の採石場に行き、石を仕入れた。

1970頃になると愛知県名古屋市を拠点に営業するようになり、年間で220日~240日ほどになっていった。庭石がなくなると、トラック数台で三ヶ日の山中にある採石場に石を仕入れに行くようになった。この地域は良質の蛇紋岩が採石されることを、兄や先輩の職人から聞かされていた。

蛇紋岩・ 三ケ日採石場

採石場の場所を記憶をたどりながら地図で確認すると、三ケ日市街からR308号を北上すると瓶割峠(かめわりとうげ)があり、峠から山の尾根つたいに県境があった。愛知県側は中宇利の地名の記載があり、後に蛇紋岩が採れる中宇利鉱山があったことを知った。静岡県側は三ケ日の地名が記されていたことから、瓶割峠にある三ケ日採石場であったと推測された。

採石場はダイナマイトで爆破し建築や設備、住宅用の砕石・砂利を採石していた。造園用石材ではないため、2トンを越える大きな蛇紋岩等を仕入れた。大きな石材や、蛇紋岩特有の白い紋様が入った石を選びトラックに積み荷するため、半日から、終日かかることもあった。現場は常にほこりが舞っていて峠に位置する場所に採石場があるため、突風が吹くと2~3メートル先がまったく見えなくなるほどの粉じんが舞った。

しかし、マスクはしていなかった。仕入れに行く頻度は毎日行くこともあったし、週に2~3度の頻度で行っていた。
聞き取り調査から、1965~81年の17年間のうち800日ほど採石場に行っていたことがわかった。

盆石の中にも蛇紋岩が

1975年を過ぎると、大阪市や神戸市へも1週間から10日ほど出張販売もしていた。現地で庭石がなくなると、四国の業者と連絡を取り、神戸からフェリーで小豆島まで行き、小豆島のフェリー港で石材業者から石材を仕入れ販売した。

また、1968年頃から75年頃まで、「盆石」という自然の岩石を観賞用に研磨加工した商品が売れるようになった。大きさは幅、高さが約30~40cm程度で「盆石」の中には蛇紋岩もあった。この「盆石」は加工が必要であった。原石を荒削りで大まかな石材のかたちを形成した。荒削りにはダイヤモンド刃入りのサンダーで削るため、作業中は多くの粉じんが発生した。その後、サンダーに砥石を着け、砥石に水をかけながら表面が滑らかになるまで根気強く研磨し仕上げた。最後の仕上げに透明なニスを塗り、艶出しした。

自営でも蛇紋岩

1982年兄が事業主の運送業に従事。Mさんも専務として運送業に平成4年まで従事した。
1992年独立自営し、M造園で石工・造園業に従事した。自治体の依頼が多かった。
2005年、堤防の斜面を利用し敷石をする工事で、蛇紋岩を使用し、石材加工用機械で切断や、研磨、加工等をし、蛇紋岩の色を利用して石で作った絵を敷設した。また、モニュメントも作成し、現場に設置をした。堤防の斜面を利用した敷石は公園も兼ねているため、公園アプローチ工事も施工した。

久永直見教授に意見書を依頼

採石場における蛇紋岩中の石綿曝露と肺がんの関係を裏付けるため、平野医師を通じ愛知学泉大学教授久永直見先生に意見書を依頼した。
久永先生は、蛇紋岩採石場における気中石綿濃度が高いことを、調査に裏付けられた現地の状況、気中石綿粉じん濃度測定に基づく数値を示し、石綿曝露源を特定した。また、Mさんが行っていた採石場と符合する蛇紋岩産出地域を表わす地図情報も添付された。
昨年夏、建設埼玉より電話連絡が入り、2017年4月付でMさんが労災認定されたことを知った。当初は本省協議事案になる可能性もあった難しい事案であったため、平野先生の勧めもあり開示請求をし、調査復命書を得ることをお願いした。

胸膜プラークは認めなかったが、石綿小体・石綿繊維数が基準超え

調査復命書によると、胸部CT画像上結節影を認めるものの、明らかな胸膜プラークは認めなかった。しかし、石綿小体計測検査結果(計測等実施機関:神戸労災病院病理診断科)1,000本/gの結果から、石綿繊維計測検査(計測機関名:(独)労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)を実施し、1μmを超える石綿繊維2,880万本/g、5μmを超える石綿繊維360万本/gが医学的事項として採用されたことがわかった。
また、Mさんの石綿曝露状況の判断は、庭石として使用していた蛇紋岩に石綿が含まれていたこと、盆石作成に蛇紋岩を切断・研磨すること、蛇紋岩は三ヶ日砂利プラントに仕入れに行き粉じんに曝露したこと、さらに、独立自営後も蛇紋岩取り扱い時に曝露したことを、自己意見書、本人聴取をもとに認められたことが明らかになった。

今回のMさんのケースでは認定基準を大きく上回る石綿繊維数が検出されたことから、蛇紋岩による石綿被害者は実はもっと多くいる可能性も高く、新たな問題意識を持たなければいけないと感じた事例だった。

東京労働安全衛生センター

解説

本件はまず、石綿ばく露を見逃さなかったことが最大のポイント。
短期間の肥料製造、長期間の造園業の両方において、蛇紋岩の粉じんにばく露していたという、普通はスルーしてしまうアスベストばく露について、経験豊富な専門相談員と職業病専門医が見逃さなかった。
もうひとつ。職業病専門医が軽微なプラークを所見したが、労基署側の医師と主治医は胸膜プラーク所見を読影していない。一方で、認定基準を超える石綿繊維を検出したことで認定となった。結果はそれでよい。

ただ、このことは職業病専門医の所見が、軽微ではあっても胸膜プラークであるのが事実であった可能性が高かったとみることもできる。もし、石綿繊維が分析できる組織片が得られないケースだったとしたら、労基署は認定作業しなかった可能性が高い。労働者の救済を目的とする労災補償制度のあり方としては、今後、同様なケースが出てきた場合、胸膜プラークが明らかでなくても、ばく露歴を重視して認定するための先行事例として活用されるべき事案である。

造園業者石綿労災/「蛇紋岩」庭石加工で肺がん/埼玉の71歳男性認定

庭石などに使われる「蛇紋岩」に含まれるアスベスト(石綿)を吸入して肺がんになったとして、埼玉県の造園業の男性(71)が熊谷労働基準監督署に労災認定された。蛇紋岩による石綿健康被曹の労災認定は極めて珍しい。蛇紋岩に石綿が含まれていることはほとんど知られておらず、他にも多くの被害者がいる可能性がある。(社会面に関連記事)

蛇紋岩は北海道から九州まで広く分布し、石綿を含むことが多い。資源エネルギー庁によると、近年は採掘量が減っているものの、10年前の2007年には国内で年156万トンが採掘され、セメントの材料や石材として流通している。石綿そのものの使用は労働安全衛生法で禁止されているが、蛇紋岩の使用は認められている。
男性が労災認定されたのは今年4月。労基署の調査などによると、男性は1970~82年ごろに週2、3回、愛知・静岡県境の採石場で蛇紋岩を仕入れ、庭石として販売していた。表面を電動工具で削るなど加工することもあった。別の仕事に従事した後、92~05年には、造園の仕事で蛇紋岩を切断したこともあった。男性は蛇紋岩に石綿が含まれていることを知らず、マスクなどの安全対策は取っていなかったという。
男性は15年春に肺がんと診断され、手術で肺の一部を摘出。仕事が原因と考え、熊谷労基署に労災申請した。手術で摘出された肺の組織を同署が調べたところ、労災認定基準の数倍の石綿が検出された。仕事で蛇紋岩に含まれる石綿を吸い込んだことが肺がんの原因と判断し、労災認定した。
蛇紋岩による石綿被害を研究する久永直見愛知学泉大教授(産業医学)は「蛇紋岩由来の石綿被害の実態は分かっておらず、労基署が被害を認めた意義は極めて大きい。蛇紋岩は身近にあり、隠れた被害者が相当数いる可能性がある。国は作業員らに危険性を周知すべきだ」と指摘する。【柳楽未来】

解説・健康被害実態調査を

蛇紋岩に含まれる石綿で肺がんになったとして、埼玉県の男性(71)が労災認定された。石綿を吸い込んだ場合、数十年の潜伏期間を経て中皮腫や肺がんになる危険性がある。中皮腫の原因は石綿とほぼ特定できるため、診断の段階で労災や石綿健康被害救済法が適用されやすい。
肺がんは喫煙など他の要因も考えられるため、患者や主治医が石綿が原因と疑わない場合も多く、中皮腫の2倍の患者がいるとの研究結果もある。
労災認定された男性は、長年仕事で蛇紋岩を扱っていながら、肺がんと診断された当初は石綿が原因とは思いもよらなかった。偶然、個人で加入していた労働組合から紹介された医師らに蛇紋岩についての知識があり、作業歴を丁寧にたどることができたため認定につながった。このようなケースは非常にまれだ。
厚生労働省は、建築現場の作業員らのための「アスベスト分析マニュアル」で、蛇紋岩にも石綿が含まれていることを記しているが、その危険性が現場に浸透しているとは言い難い。どの程度吸入したら健康被害が出るのかも不明だ。国は蛇紋岩由来の石綿による健康被害の実態を早急に調べるべきだ。【柳楽未来】

蛇紋岩

国内に広く分布する岩石で、表面の模様が蛇の皮に似ていることからこの名がついた。比較的安価で、表面は緑色や黄色で光沢がある。コンクリートに使う砂利に加工されるほか、模様の美しさから庭右や装飾品などにも利用される。部分によって石綿が含まれ、風化によって繊維状の石綿が飛散することもある。角閃石(かくせんせき)やタルク(滑石)にも石綿が含まれている。

毎日新聞 朝刊一面 2017年12月26日