【特集】労働関連疾病負荷推計の進展:WHO/ILO共同推計の労働者の健康監視指標としての活用促進-ILO世界推計・IARCがん推計でも進展

WHO/ILO労働関連傷病負荷共同推計

本誌は、2021年6月号「WHO/ILO傷病の労働関連負荷:系統的レビュー-期待されるGBD推計への成果の反映」で初めて、WHO/ILO労働関連傷病負荷共同推計について紹介した。
その直後、2021年5月17日にILOが「長時間労働が心臓病と脳卒中による死亡者を増加させる可能性をWHOとILOが指摘」と発表し、日本のメディアでも報じられた。2021年8月号「長時間労働への曝露は世界で最大の職業リスク-日本の死亡・DALYs数は世界第10位」は、ILO発表のもととなった2つの系統的分析論文の抄録とともに、それらの概要もかなり詳しく紹介した。
続いて、2021年9月に「傷病の労働関連負荷に関するWHO/ILO共同推計 2000~2016年 世界監視報告書」が公表されたことを受けて、2021年12月号で「41労働関連傷病で200万人死亡/長時間労働、COPD、職業がん等-初のWHO/ILO共同推計と既存推計との比較」を特集した。
さらに2023年11月号に、2021年10月に出版されていた、長時間労働への職業曝露の抑うつ障害に対する影響についての系統的レビューとメタアナリシス論文の抄録も紹介している(WHO/ILO共同推計には含めないという結論だった)。

太陽紫外線による非骨肉腫皮膚がん追加

2023年11月にはWHOとILOが各々「太陽の下で働くと3人に1人が非骨肉腫皮膚がんで死亡するとWHOとILOが発表」と発表した。同時に、もととなった系統的分析論文が公表され、先行するものとして2022年4月に系統的レビューとメタアナリシス論文も発表されている。1下にWHO発表と2論文の抄録を紹介する。太陽紫外線への職業曝露に起因する非骨肉腫皮膚がんによる負荷も、WHO/ILO共同推計に含まれることになったわけである(2000年、2010年、2016年、2019年)。

新たな世界的指標としてのWHO/ILO共同推計

また、WHOは2023年5月に、「労働者の健康のための新たな世界的指標:選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡率」(下の記事に全文紹介)を公表するとともに、「WHOの疾病の職業負荷アプリケーション」を通じて、共同推計に加えて同指標にオープンアクセスできるようにした。この論文を読むと、WHO/ILO共同推計開発の理由が、労働者の健康に関する国の監視システムにおける指標としてを活用することだという目的がよく理解できる。
なお、WHOは、「WHO/ILO傷病の労働関連負荷共同推計」ウエブサイトでも関連情報を提供している。

GBD推計とWHO/ILO共同推計

WHOはもともと世界疾病負荷(GBD)推計を促進してきた経過もあり、そのウエブサイト上の「世界健康推計」やワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)が運営する「GBD比較データベース」等が活用できる。WHO/ILO共同推計の方法論は基本的にGBDと同じものであるが、あらためて個々の職業曝露-疾病ペアについて共同推計に含めるかどうか検討しながら進めているので、GBDに含まれているじん肺がまだ含まれていない一方で、長時間労働への職業曝露に起因する心臓病と脳卒中による負荷については、WHO/ILO共同推計が先行したなどの経過がある。
本誌は、GBD推計についても、更新されるたびに紹介してきている。最新のものは、2019年までを対象としたもので、2020年10月に公表されている(GBD2019)。その後たびたび更新の噂はあるものの、更新されていないことに、WHO/ILO共同推計の作業が関係しているかどうかはわからない。

ILO独自世界推計の更新

一方、ILOは2023年11月26日に、シドニーでの第23回世界労働安全衛生会議で発表される報告書「より安全で健康的な労働環境のための呼びかけ」を公表し、その中で2019年を対象とした新しい「ILO労働災害・労働関連疾病世界推計」を紹介した(下の記事と下表「2023年ILO世界推計」)。

これは、2021年12月号特集記事で「もうひとつの労働関連死亡推計」として紹介した系列のもので、ILOの元SafeWorkプログラム・ディレクターのJukka Takala博士らを中心に推進されてきたものであり、今回は、2017年にシンガポールで開催された第21回世界安全衛生会議で発表された2015年を対象とした推計(「2017年ILO世界推計」)を更新したものである。
今回の推計は、「近日発表のJukka Takala氏らによる論文『2019年の疾病・災害による労働関連負荷の世界、地域及び国レベルの推計』に基づいた」ものとされ、この論文は11月12日に、Scandinavian Journal of Work, Environment & Healthに発表された(下の記事に抄録を紹介)。120組の職業曝露-疾病ペアを網羅していて、GBD推計やWHO/ILO共同推計よりもはるかに広い。補足資料から検索した日本の死亡推計と、WHO/ILO共同推計及びGBD2019推計との比較を上表に示した。

生物学的リスク世界推計

また、同じ系統に属する新たな進展として、2023年10月5日に「労働における生物学的リスクに関する世界推計」が発表されており、下の記事に抄録を紹介した。著者であるTakala氏とのコミュニケーションによると、新たなILO条約に向けた議論に貢献することが直接の目的とのことであるが、結核、肺炎球菌性疾患、マラリア、下痢性疾患、その他の伝染病、顧みられない熱帯病、インフルエンザ関連呼吸器疾患及びCOVID-19他を推計の対象としていて、(結核と肺炎球菌性疾患だけと思われる)これまでの「ILO世界推計」の「感染性疾患」よりも広く、COVID-19による死亡だけでも223,650人と推計されている。

複合曝露による疾病負荷の推計

WHOは2024年2月1日に、「5つの肺発がん物質のペアへの職業曝露に関連する肺がんリスク」を発表した。Environmental Health Perspectives誌に掲載された論文の内容の紹介であり、下の記事に論文の抄録を紹介した。
「既知の肺発がん物質への同時職業曝露は、労働者の肺がん発症リスクを、ほとんどの場合は個々の発がん物質のリスク増加の組み合わせと一致するかたちで増加させるものの、いくつかの同時曝露は相乗効果を生み出し、この組み合わせ以上にリスクを増加させることを見出した。」
複数の職業リスク要因への複合(同時)曝露による疾病負荷の推計の今後の進展が期待される。

IARCによるがん負荷推計の更新

また、WHOは同じく2024年2月1日に、「サービスに対するニーズが高まるなか世界のがん負荷は増大」という発表も行っている。
世界がんデーに先立ち、WHOのがん機関である国際がん研究機関(IARC)が公表した、Globo-can2022と呼ばれる最新の「2022年におけるがん負荷推計」及び「2050年におけるがん負荷増加予測推計」の結果を紹介したもので、国別を含めた具体的推計データを、IARCのGlobal Cancer Observatoryの「Can-cer Today」、「Cancer Tommorrow」、「Cancer Overtime」等で各々検索することができる。
下の記事に紹介したWHO発表は中皮腫についてふれていないが、上記で検索した、世界と日本についての中皮腫についての推計を別掲表に示した。世界では、2022年から2050年に人口が20.1%増加すると予測されるなかで、中皮腫死亡は25,372人から47,624人へ87.7%増加。日本では、2022年から2050年に人口が14.5%減少すると予測されるなかで、中皮腫死亡は1,729人から1,924人へ11.3%増加するものと推計されている。

中皮腫の死亡推計は、WHO/ILO共同推計及びGBD2019推計を含めて、推計値にかなりバラツキがある。下に抄録を紹介した論文は、世界の中皮腫死亡数を38,388人とした2017年12月号で紹介した「2017年Odgerelらの論文」や「グローバル・アスベスト・ディザスター」(2018年11月号)の推計のほうがリアリスティックと指摘しているが、様々な推計努力が世界のアスベスト禁止に貢献することを何よりも期待したい。
詳細は省くが、欧州労働安全衛生機関が提供する「OSH BAROMETER」の労働関連疾病も2024年になって拡充されている。

安全センター情報2024年4月号