欧州連合における心理社会的労働曝露に起因する心血管疾患及びうつ病の割合及び負荷/2023.8 欧州労働組合研究所(ETUI)

はじめに:
研究プロジェクトの背景及び目的

労働関連心理社会的曝露[work-related psy-chosocial exposures]は、欧州諸国における主要な職業ハザーズのひとつである。欧州労働条件調査[European Working Conditions Surveys]のデータに基づくいくつかの研究で示されているように、それらは大いに予防可能である。多くの疫学的研究が、心理社会的労働曝露が様々な健康転帰、とくに心血管疾患[cardiovascular diseases]及び精神障害と関連していることを示してきた。そのため、これらの健康転帰[health outcomes]におけるこれらの曝露の病因学的役割が文献で調査されてきており、科学的証拠は説得力のあるものである。

精神疾患や心血管疾患は、罹患率(有病者数)及び死亡率(死亡者数)、また経済的影響において、高い負荷を示しているにもかかわらず、心理社会的労働曝露の負荷の評価は、文献上非常に稀れである。これらの問題に関する知識にはギャップがある。EU15か国で実施されたある多国籍研究によると、2000年に欧州で、労働関連ストレス(ジョブストレイン)が年間総費用20兆ユーロを占めていた。しかし、この研究では、使用された方法論の明確な説明や特定がなされていない。EU-OSHA[欧州労働安全衛生機関]により最近別の多国間研究が発表され、欧州5か国における職業性疾病・傷害の直接的、間接的及び無形の費用を推計した。この研究では、すべての種類の労働災害と労働関連疾病が含まれるため、心理社会的労働曝露に起因する疾病を特定した分析はなされていない。

しかし、欧州の公衆衛生政策の決定者は、この現象の大きさを考慮するために、労働関連心理社会的曝露に起因する疾病の負荷及び費用に関する最新の経済的評価を必要としている。このような経済的推計は、予防政策における公衆衛生の優先順位を決定する際に必要である。

この必要性を満たし、意思決定のための関連情報を得るために、ETUIが資金提供した、カナダ(ESG-UQAM[ケベック大学モントリオール校経済科学部])とフランス(INSERM[国立衛生医学研究所])のチームの国際協力による研究プロジェクトが開発された。このプロジェクトの主な目的は、物理的単位と金銭的単位(費用)の両方で、欧州連合[EU]加盟28カ国(EU28)における社会的観点からの心理社会的労働曝露の年間負荷を推計することだった。

このプロジェクトは、2015年の28か国-すなわち欧州連合加盟27か国(オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス共和国、チェコ共和国、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア)及びイギリス(UK)を対象としている。

本報告書は、有病者数、死亡数及びDALYs[障害調整生存年]についての、2015年のEU28か国における、心理社会的労働要因に起因する心血管疾患及びうつ病の割合[fraction]及び負荷[burden]に関する、このプロジェクトの第1部に対応するものである。次に発表される第2部の報告書では これらの要因に起因するこれらの疾病の費用を金銭的単位で扱う。

本報告書は2つのセクションで構成されており、それぞれがすでに発表された科学論文に対応している。2つのセクションで構成されている。セクション1では、EU28か国における心理社会的労働要因に起因する心血管疾患及びうつ病の割合の推計を示す。セクション2では、2015年のEU28におけるこれらの疾病の負荷の推計を、寄与割合[attributable fraction]法を用いて、有病者、死亡者及びDALYsについて示す。

セクション1
欧州における心理社会的労働要因に起因する心血管疾患及びうつ病の割合の[推計の]更新

1. はじめに

心理社会的労働要因は、先進国の労働人口における主要な職業ハザーズを構成している。それらは、心血管疾患及び精神障害を含む様々な健康転帰と関連することがわかっており、文献によって高いレベルのエビデンスが示されている。しかし、これらの要因に起因する疾病の負荷は、欧州及び欧州諸国についてはいまだ十分に研究されていない。このような負荷の推計は、少なくとも2つの理由から有用であると考えられる。第1に、この推計は、関係者に予防対策に関する決定を下すための情報を提供し、指針となる可能性がある。第2に、この推計は、そのような要因に起因する疾病の費用を計算するための予備的なステップとなる可能性がある。とはいえ、このような負荷の評価は、寄与割合の計算を通じて、曝露と転帰との間の因果関係を示唆するものであり、利用可能なエビデンスのレベルに強く依存する。

数年前[2014年]、われわれは、欧州全体と各国別に、心理社会的労働曝露に起因する心血管疾患及び精神障害の割合を初めて推計した論文を発表した。そのとき研究対象とした曝露は、ジョブストレイン[job strain=「仕事の緊張」「職務ストレス」等の訳語も見受けられる]、努力-報酬不均衡(ERI[effort-reward imbalance])及び、雇用不安[job insecurity]であった。実際、これらの曝露はよく知られ、広く使われている概念である。ジョブストレインは、おそらくもっとも著名な心理社会的労働曝露であり、Karasekによるジョブストレインモデルに由来し、高い心理的要求と低い意思決定の自由度の組み合わせによって定義される。ERIモデルのERIは、得られる報酬の低さに比べて、なされる過剰な努力によって定義される曝露である。雇用不安は、一般に雇用喪失の恐れや脅威によって定義される。2014年以降、他の心理社会的労働要因が出現し、文献が増えたことで、他の曝露の研究が可能になった。少なくとも2つの主要な曝露がここ数年で研究されており、それは長時間労働[long working hours]及び職場いじめ[workplace bullying]である。長時間労働は、研究によって異なる閾値を用いた労働時間の過剰によって定義される。職場いじめは、心理的・身体的暴力の様々な側面によって特徴づけられる。

われわれが以前に発表した論文では、最大の有意な寄与割合は、欧州におけるジョブストレインに起因する精神障害の割合(18%)であった。ERI(9%)及び雇用不安(5%)に起因する精神障害もゼロと有意に異なった。ジョブストレインに起因する心血管系疾患の割合は4%で、これも有意であった。これらの割合に、欧州諸国間における差はほとんどみられなかった。

本研究は、心理社会的労働曝露の研究を長時間労働及び職場いじめという最近の概念にまで拡大し、より広く欧州及び全欧州諸国(前回の31か国に代わって35か国)を対象にして、より最近のデータ(前回は2005年であったが2015年)を用いて、有曝露率[exposure prevalences]及び寄与割合について最新の推計を得ることによって、前回の研究に追加した。

本研究の目的は、欧州全体として、また欧州35か国別に、欧州における前述した5つの心理社会的曝露に起因する心血管疾患及び精神障害の最新の推計を提供することである。

2. 方法

2.1 有曝露率

本研究では、2015年欧州労働条件調査(EWCS)のデータを用いて、心理社会的労働要因への有曝露率(Pe)を評価した。この調査は、欧州労働条件改善財団(Eurofound)によって設定された、欧州の労働者の労働条件に関する定期的な調査である。この調査は、生活・労働条件改善のために欧州財団が1990年から実施している欧州の労働人口の労働条件に関する定期調査である。この調査は、欧州全体で同じプロトコルと質問票に基づいているため、欧州諸国の職業曝露を評価するための重要な情報源となっている。第6回調査は2015年に行われ、欧州連合(EU)28か国を含む欧州35か国を対象とした(2015年にはイギリスはEUの一部だった)。サンプルは、15歳以上で、一般世帯に居住し、調査時点で雇用されている(すなわち、Eurostatの定義によれば、インタビュー前の1週間に働いた)すべての労働者、被用者及び自営業者を代表している。サンプリング手順は多段階層化ランダムサンプリングである。調査プロトコル及びサンプリング・デザインの詳細については、別のところでみつけることができる。調査サンプルには43,850人の労働者が含まれている。自営業者は調査で必ずしも同じ質問をされなかったことから、サンプルは被用者に限定された。その結果、研究サンプルには男性17,109人、女性18,453人を含む35,571人の従業員が含まれた。性別の情報がない被用者が9人いたが、男女を合わせて調べる場合にはそのデータも使用した。国別の被用者のサンプル数は、553人(アルバニア)から2,762人(スペイン)の間であった(セクション1に対する付録の表S1)。

2015年EWCSデータを用いて、5つの心理社会的労働要因-ジョブストレイン、ERI、雇用不安、長時間労働及びいじめ-を評価した。これらの要因を構築するために用いられた、2015年の質問票の項目のリストは、付録に示している[編注:以下に[]書きで挿入した]。2005年質問票と比較して2015年質票ではいくつかの項目が除去または追加されているために、要因の構成は、前回のわれわれの論文におけるジョブストレイン、ERI、雇用不安の諸要因の構成に近いが、厳密には同一ではない。要因構築を可能にするために、いくつかの項目のコーディングを逆(逆形式)にし また、項目間でコーディングが異なる場合にはコーディングを均質にした。ジョブストレインは、ジョブストレインモデルにしたがって、高い心理的要求と低い決定の自由度の組み合わせによって定義された。心理的要求は、5項目[①非常に速いスピードで働く、②きついデッドラインで働く、③仕事を完了するのに十分な時間がない、④仕事のペースが同僚が行う仕事に依存している、⑤予期しない仕事に対処するために仕事を中断する]の合計スコアに基づいた(クロンバック[Cronbach]のα係数:0.64)。決定の自由度は、技能裁量[skill discretion]関連項目(3項目[①単調な仕事、②新しいことを学ぶ、③仕事に自らの考えを適用できる])と決定権限[decision authplity]関連項目(8項目[①自分で労働時間を決定できる、②自分の仕事の順序を選択または変更できる、③自分の仕事の方法を選択または変更できる、④自分の仕事の速さまたはレートを選択または変更できる、⑤自分の仕事仲間の選択に意見を言える、⑥自分の望むときに休憩がとれる、⑦勤務時間中に1・2時間休みを取って個人的または家族の用事を済ませるのが非常に簡単である、⑧自分の仕事にとって重要な決定に対して影響を行使できる])の加重和を用いて構築し、2つの構成要素には同じ重みを与えた(クロンバックのα係数:0.78)。高い要求及び低い自由度への曝露は、全サンプル中の分布の中央値を用いて定義した。ERIは、1を超える努力と報酬の加重比、すなわち高い努力と低い報酬の間の不均衡によって定義した。努力は、6項目[①非常に速いスピードで働く、②きついデッドラインで働く、③仕事を完了するのに十分な時間がない、④予期しない仕事に対処するために仕事を中断する、⑤あなたの監督下で働く人々の昇給・賞与・昇進が完全によって決まる、⑥長時間労働]を用いて測定した(クロンバックのα係数:0.56)。報酬は、報酬関係項目(5項目[①同僚が援助・支援してくれる、②管理者が援助・支援してくれる、③職場で公正に扱われている、④従業員が良い仕事をしたときには評価される、⑤自分の仕事に対してふさわしい理解を受けている])、昇進関係項目(3項目[①現在の技能に対応した義務、②適切な支払いを受けている、③仕事が昇進に対してよい見通しを与えている])、雇用安定関係項目(1項目[今後6か月以内に職を失う恐れ])の3つの構成要素に同じ重みを与えた過重和によって測定した(クロンバックのα係数:0.73)。各国間でクロンバックのα係数の大きな変化はなかった。雇用不安は、同じ1項目(今後6か月以内に職を失うことに同意する可能性が強いかまたはそうなりそう)を用いて測定した。長時間労働(1項目)は、週55時間以上によって定義されたが、この閾値は文献と一致するよう選ばれたものである。いじめは、過去12か月以内における職場いじめ/ハラスメントへの曝露という、1項目を用いて測定した。

全体としての欧州(35か国)、EU28か国、及び各国を代表する推推計を得るために、これら5つの要因への曝露の有曝露率を重み付けしたデータから算出した。95%信頼区間の計算も重み付けを考慮した。各国間の曝露の差はワルド[Wald]検定を用いて検定した。主な分析は 男女の全サンプルに基づいている。男女間の有曝露率の差は、ラオ-スコット[Rao-Scott]のカイ二乗検定を用いて検定した。

2.2 相対リスク

相対リスク(RR)推計は、最新の文献レビューから入手するか、入手できない場合は様々な国の様々なコホート研究からプールされたRR推計値を提供しているIPD-Workコンソーシアムの研究から得た。心理社会的労働要因と心血管疾患及び精神障害に関連した健康転帰の間の多くの関連についてのRR[相対リスク]を得るために、15の文献レビュー及びIPD-Workコンソーシアム研究を用いた。

これらのプールRRは、前向き研究に基づくものであり、明確に定義された健康転帰、すなわち国際疾病分類(ICD-10)に記載されているものに関連したものである。研究対象とされた曝露は、2015年EWCSデータを用いて測定された5つの曝露である。本研究で用いたプールRRは 性、年齢、社会経済的地位(SES)について調整されたものであるか、 またはもっと調整済みに近いものであった。文献において、ある曝露-転帰関係について様々な調整済みプールRRが利用可能であった場合には、性、年齢及びSESで調整されたひとつを採用した。性別層別化された結果や、RRにおける男女差に関して著者から提供されたすべての情報を慎重に考慮した。

しかし、男女差は、選択された文献では未解明であるか、有意ではないこと、すなわち男女差に関連した相互作用は有意ではないことが判明した(男女間でRRに差がないことを意味している)。その結果、男女合計についてのRR及びそれらの95%信頼区間を使用した。それらは表1に示してある。心血管疾患に関連した転帰は、冠動脈/虚血性心疾患(CHD)、脳卒中、心房細動、末梢動脈疾患及び静脈血栓塞栓症であり、精神障害についての転帰はうつ病だった。ジョブストレイン-脳卒中全体及びジョブストレイン-出血性脳卒中の2つの関係を除いて、すべてのRRが有意であった。

2.3 寄与割合

寄与割合(AF)は、「集団における曝露に起因し、曝露が存在しなかったらみられなかったであろう疾病症例の割合」の推計を提供する。AFの計算は、曝露と転帰の間に因果関係があることを暗示しているが、因果関係がなかったとしてもエビデンスレベルが高ければ正当化される。各曝露-転帰ペアのAFは、以下の式を用いて算出した。Peは有曝露率、RRは相対リスクである。

AF=Pe(RR-1)/[1+Pe(RR-1)] (1)

AFは、欧州全体(全35か国)、EU28か国、及び各国について計算した。95%信頼区間は われわれの以前の研究で示したシミュレーション-モデリング技術を用いて計算した。簡単に言うとと、平均と分散、ひいてはAFの95%信頼区間を得るために、正規分布を通じてPeとlog(RR)をシミュレーションした。国間のAFの差は、ワルド検定を用いて検定した。ある曝露-転帰関係についてのRRはすべての国で同じであると仮定したので、国間のAFの差は国間の有曝露率の差に関連している。同様に、RRは男女とも同じと仮定した、 男女間のAFの差は、男女間の有曝露率の差に関連している。有曝露率の差が有意であった場合にのみ、性別に層別化したAFを計算した。男女間のAFの差は、ワルド検定を用いて検定した。すべての統計解析はSASソフトウェアを用いて行った。

3. 結果

3.1 ジョブストレインについての結果(表2)

欧州(35か国)におけるジョブストレインの全体的有曝露率は26%であり、国によって有意な差があった。もっとも低い有曝露率(17%未満)はスカンジナビア諸国、ラトビア、マルタ、オランダで、もっとも高い有曝露率(40%超)はキプロスとギリシャで観察された。ジョブストレインに起因するCHDの割合は4%で、ゼロと有意に異なった。このAFには国による差はなかった。脳卒中全体のAFは、ゼロと有意に異ならず、国による差もなかった。虚血性脳卒中及び出血性脳卒中についての補足結果(セクション1に対する付録の表S2)は、虚血性脳卒中についても出血性脳卒中についてもAFは有意ではなかったことを示している。末梢動脈疾患についてのAFは有意(11%)で、国による差はなかった。うつ病についてのAFは17%であり、有意であった。このAFは、国によって有意な差を示した。

3.2 ERIについての結果(表3)

ERIの有曝露率は欧州(35か国)で10%で、国によって差があった。もっとも低い有曝露率はノルウェー(4%)、もっとも高い有曝露率はトルコ(16%)であった。ERIに起因するCHDの有意な割合は2%で、この割合は国によって差がなかった。うつ病についてのAFは6%で、ゼロと有意に異なった。このAFは国によって異なっていた。

3.3 雇用不安についての結果(表4)

雇用不安の有曝露率は欧州(35か国)では17%で、国によって差があった。もっとも低かったのはドイツ、マルタ、スロバキア(10%未満)で、もっとも高かったのはスロベニアとスペイン(25%超)であった。雇用不安に起因するCHDの割合(5%)はゼロと有意に異なり、国による差はなかった。うつ病についてのAFは9%で、ゼロと有意に異なった。欧州35か国間でAFの差はあったが、EU28か国間では差はなかった。

3.4 長時間労働についての結果(表5)

長時間労働の有曝露率は欧州(35か国)で5%で、国によってこの割合に差があった。もっとも低い有曝露率はオーストリア、ドイツ、イタリア、スイス(2%未満)で、もっとも高い有曝露率はトルコ(25%超)で観察された。長時間労働に起因するCHDの割合は1%で、ゼロと有意に異なった。このAFは、35か国間では差があったが、EU28か国間では差がなかった。脳卒中全体についてのAFは2%で、有意であった。このAFでは国により差があった。心房細動についてのAFは2%で、有意であった。このAFでは国により差があった。この心房細動は国によって差があった。静脈血栓塞栓症についてのAFは有意(3%)で、欧州35か国間では差があったが、EU28か国間では差がなかった。うつ病についてのAFは1%で、有意であった。国によってAFに差が観察された。

3.5 職場いじめについての結果(表3)

欧州(35か国)におけるいじめの有曝露率は5%で、国によって差があった。アルバニア、ブルガリア、ポルトガルがもっとも低く(1%未満)、フランスがもっとも高かった(10%超)。いじめに起因するうつ病の割合は8%で、有意であった。国によってAFに差が観察された。

3.6 男女間の差(セクション1に対する付録の表3~4)

男女の間で有曝露率にいくつかの有意な差があった。EU28か国では、男性は女性よりも、ERI及び長時間労働に曝露する可能性が高かった(セクション1に対する付録の表3)。曝露に男女差が観察された場合には、男女別々に対応するAFを計算した。長時間労働に起因する寄与割合は、脳卒中、心房細動及びうつ病については、女性よりも男性について有意に高かった(セクション1に対する付録の表4)。しかし、ERIについてのAFでは、男女による差はみられなかった。

4. 討論

4.1 結果の要約

もっとも有意なAFは、欧州におけるジョブストレインに起因するうつ病の割合(17%)であった。うつ病のAFは、(長時間労働を除くすべての曝露についての)心血管疾患のAFよりも高かった。心血管疾患のAFはそれよりも低く、1%~11%であった。ジョブストレインと脳卒中のペアを除き、ほとんどのAFはゼロと有意に異なった。うつ病の転帰に関連したすべての曝露-転帰のペア及び長時間労働の曝露に関連したペアでも、国によるAFの差が観察された。EU28か国間よりも、欧州35か国間で、より大きな差が認められた。長時間労働については、AFの男女間の差が観察され、これらのAFsは、ほとんどの転帰について、女性よりも男性の方が高かった。

4.2 文献との比較

本研究で観察された有曝露率は、曝露の定義や調査期間が調査によって必ずしも類似していなかったにもかかわらず、欧州や各国の調査から得られたジョブストレイン、ERI、雇用不安、長時間労働及びいじめについて、以前の推計とおおむね一致していた。

AFに関する主な比較は、前回発表した結果との比較であったが、本研究の対象国は前回よりも多かった(35か国対31か国)。前回の結果と一致して、もっとも有意なAFは、ジョブストレインとうつ病について認められ、その大きさはほぼ同じであった(2005年では18%、2005年では17%)。しかし、その差は 2005年には国間で有意でなかったのに対し、2015年には有意であった。2005年には有意ではなかった。この結果は、ジョブストレインに起因するCHDの割合(2005年と2015年ともに4%)についても、一貫していた。両年とも 割合は、ゼロと有意に異なり、国による差はなかった。本研究で得られたERIに関連した2つのAFは、前回の文献で得られた推計よりも低かった(CHDについて2005年の12%対2015年の2%、うつ病について2005年の9%対2015年の6%)。これは、より多くの研究に基づく、相対的に低いが、信頼性の高いRRの推計を用いたことで説明される。

本研究で得られた雇用不安に起因するうつ病の割合は、より新しく、より高いRRの推計を用いたために、われわれの前回の推計よりも高かった。(2005年で5%、2015年で9%)。

文献との比較は、AFの推計を提供したいくつかの稀れな先行研究との比較も可能であるが、常に欧州及び欧州諸国についてできるというわけではない。Kivimakiらによる研究は、欧州7か国における13の職業コホート研究のデータから計算された、ジョブストレインに起因するCHDの割合について、われわれの結果と一致して、3.4%(95%信頼区間 1.5-5.4)という推計を示した。LaMontagneらによる研究は、オーストラリアにおけるジョブストレインに起因するうつ病の割合について、男性で13.2%(95%CI 1.1-28.1)、女性で17.2%(95%CI 1.5-34.9)という推計を提供しており、われわれの所見と一致している。NurminenとKarjalainenによる研究は、フィンランドにおける死亡率に関連したもので(したがって、われわれの研究とは厳密には比較可能ではない)、ジョブストレインに起因するうつ病エピソードに関連した死亡について、男性で15%、女性で10%という推計を報告している。デンマークにおけるいくつかの他の研究は、、職業曝露の間接的指標のひとつとして産業または産業部門を用いて寄与割合を評価したが、これはわれわれのアプローチとはまったく異なるものであり、特定の曝露に関する情報を提供することはできない。Hannerzらは、抑うつエピソードの過剰率が女性で21%、男性で32%であることを明らかにした(最適でない労働環境に起因する割合と解釈される)。同様に、Tuchsenらは、神経系疾患についての過剰入院率が女性で7%、男性で12%、また、環器系疾患については女性で12%、男性で10%と推計した。

本研究では男女差が検討され、いくつかの心理社会的労働要因への曝露の有曝露率に男女差があることが示唆された。しかし、男女間でのRR推計の差は、文献では報告されていない(サブグループ間での差の研究が統計的検出力不足に悩まされる可能性があることから、差がないことを意味しているわけではない)。男女間でのRRの差は、体系的に検証した文献がないため、男女間の差はないという確固たる結論を得るのは難しいかもしれない。したがって、男女間での心房細動の差の主な原因は、RRの差よりも有曝露率の差に関係している可能性がある。長時間労働に起因する割合は、ほとんどの転帰について、女性よりも男性について有意に高い値を示した。

4.3 本研究の限界と長所

本研究の長所は以下のとおりである。われわれは、すべての諸国の男女を対象にした欧州レベルで最大の調査である、2015年EWCSのデータを使用した。欧州及び国レベルでの外挿を可能にするために、重み付けしたデータを使用した。欧州全体にまたがり、また欧州各国間で比較可能な、同じ質問票と同じ曝露の定後に基づいた、有曝露率の推計を提供することができた。したがって、欧州及び各国の有曝露率の最新推計を提供することができた。先進国における主要な心理社会的労働ハザーズを構成している5つの曝露-ジョブストレイン、ERI、雇用不安、長時間労働及び職場いじめ-について調査した。われわれは、前回の論文におけるよりもより厳密な定義で、心血管疾患及び精神障害に関連する様々な健康転帰を探索した。 これらの曝露と転帰について、AFの推計を提供したが、われわれの研究は、心理社会的労働要因に起因する脳卒中、心房細動、末梢動脈疾患、静脈血栓塞栓症の割合の推計を提示した最初のものかもしれない。われわれは、31か国に対して35か国と、前回よりも多くの欧州諸国を調査した。有曝露率とAFの両方について国間比較を行った。有曝露率で国によって差がみられた。EU28か国ではほとんど差がなかったのに対して、AFでも国によって差がみられ、そのほとんどは35か国間でみられたが、このことはEU諸国と非EU/加盟申請国との間に、EU諸国間よりも高いギャップがあることを示唆している。これは、EU諸国と比較して非EU諸国でジョブストレイン、ERI及び長時間労働への有曝露率が有意に高いこと、また、とりわけ長時間労働についてAFが有意に高いことによって確認された。われわれは、有曝露率、RR及びAFにおける男女差を調査した。RRは、共変量について同様に調整した、文献から抽出したものを用いた。保持した文献レビューでは 性及び年齢群によるRRの差を示す証拠はなかったが、これらのレビューやメタアナリシスの一部しかこれらの差を公式に検証しておらず、統計的検出力が不足している可能性がある。同様に SES及び国または大陸の違いによるRRの違いを検証及び発見しているレビューは非常に稀れである。その結果、われわれの知る限り、AFでのサブグループ間の差は、RRよりも、有曝露率の差に関連している。

しかし、われわれの研究にはいくつかの限界がある。データは最近のもの(2015年EWCS)であったが、結果に、労働環境に大きな影響を与えた可能性のある、COVID-19パンデミックに関連する新たな危機によって引き起こされた変化を捉えることはできなかった。EWCSに有効な質問項目が含まれていなかったため、ジョブストレイン及びERIへの曝露がプロキシとみなされたかもしれず、不正確であるかもしれない。実際、推奨される質問票と比較すると、われわれの研究では、項目の数や内容が厳密には同一ではない。さらに、ジョブストレインとERIへの曝露の定義は恣意的とみなされるかもしれない(ジョブストレインについては中央値カットオフ、ERIについては1を超える率)。雇用不安、長時間労働及びいじめの測定は、1つの項目のみに基づいて行われた。長時間労働の測定には、RRを提供している文献と一致させるために、週55時間というカットオフを用いた。週48時間のカットオフ(2003/88/EC欧州労働時間指令と一致)のほうが、欧州ではより適切であっただろう。全体として、このカットオフを用いれば、有曝露率はより高く、RRはより低かったであろうから、AFは同様に(すなわち低く)なったと考えられる。さらに、2005年から2015年にかけてEWCS調査の質問票に若干の変更があり、いくつかの項目が削除または追加されたため、2014年に発表したものと今回のものとの間で、曝露の測定におけるいくつかの変更につながった。これらのわずかな変化は、とりわけ2005年と比較して2015年により多くの数の項目が集められたERIについて、2005年と比較して2015年の評価の質を高めることにつながったと考えられる。われわれは、それらの曝露についてEWCSを用いた有曝露率と過去の文献レビューによるプールRRの両方が得られることから、5つの曝露のみを調査した。その結果、例えば組織的不公正のような他の曝露を無視したかもしれない。曝露の評価は、2015年EWCSのデータと文献レビューに含めた主要な研究との間で若干異なっているかもしれない。さらに、主要な研究自体が、曝露と転帰の評価において異質であるかもしれない(セクション1に対する付録参照)。定義が文献レビュー間で厳密には等しくないため、われわれの研究における転帰について、結果が厳密に比較できないかもしれない。例えば、うつ病は、あるレビューではの臨床的うつ病と定義され、別のレビューでは抑うつ的症状と定義されている。さらに、報告バイアスも疑われるかもしれず、そのようなバイアスは心血管疾患よりもうつ病について高いかもしれない。われわれは、文献において、心理社会的労働要因がこれらの転帰についてのみ高いレベルのエビデンスで関連していることが見出されていることから、心血管疾患及び精神障害に関連した転帰のみを調査した。AFの計算に用いたRRは、性、年齢及びSESについて調整されたもの、またはもっとも近く調整されたものである。にもかかっわらず、すべてのRRがSESについて調整されたわけではなく、それはこの調整をされていないRRの過大推計につながるかもしれない。未調整RRの代わりに調整済みRRを用いる場合には、AFの計算に用いた式が推計に偏りが生じさせる可能性がある。しかし、利用可能なデータを考慮すると、これは「可能な限り最良の方法」であった。寄与割合の計算は、曝露と転帰との間に因果関係があることを意味するが、研究対象とし曝露-転帰関係によってエビデンスのレベルが異なるために、この条件を満たすのは難しいかもしれない。最後に、われわれは限られた数の曝露と転帰の関係を研究しただけなので、心理社会的労働曝露に起因する疾病の総負荷を推計したと主張することはできない。

5. 結論

心理社会的労働要因に起因する心血管疾患及び精神障害の負荷についてのわれわれの推計は、過大評価よりも過小評価の方が多いかもしれない。実際、限られた数の曝露と転帰しか研究されていない。もっとも負荷が大きかったのはうつ病であった。うつ病についてのAFは、ジョブストレインでとくに高く、雇用不安と職場いじめについてはそれほど高くなかった。これらのAFは国によって差があり、国によっては負荷が大きいことが示唆された。心血管系疾患についてのAFの大きさは、うつ病についてのAFの大きさよりも低かったが、これらのAFは有意であり、とくにCHDとジョブストレイン及び末梢動脈疾患とジョブストレインについてはより注意を払う必要がある。国によるAFの差は、長時間労働について認められたが、このことは、労働時間に関する国の法律が心血管疾患の負荷に影響を及ぼす可能性を示唆している。とりわけ性、年齢、SES及び国に関して、RRとAFでのサブグループ間の差についてさらに検討することは有益であろう。本研究は、国及び欧州レベルで予防政策の指針となり、優先順位を確立するに役立つであろう。

セクション2
欧州28か国における心理社会的労働曝露に起因する心血管疾患及びうつ病の負荷

1. はじめに

セクション1に示したとおり、心理社会的労働要因は欧州において広くいきわたっており、心血管疾患(CVD)及びうつ病と関連しており、文献上で高いレベルのエビデンスが示されている。これらの健康転帰は、罹患率や死亡率に関して高く、増加している負荷を示している。CVD有病者数は、欧州連合加盟28か国(EU28)において、1990年から2019年の間に26%(4,760万人から5,990万人へ)増加し、女性(18%)でよりも男性(36%)について増加率が高かった。抑うつ障害の有病者数はEU28において、1990年から2019年の間に11%増加した(男性11%、女性10%)。

しかし、労働曝露に起因する疾病負荷の評価は文献にほとんどなく、心理社会的労働曝露についてはさらに少なく-欧州ではデンマークとスウェーデン及びフランス-しかもジョブストレインへの曝露についてだけである。他には、アメリカ、オーストラリア及び韓国で研究が行われている。すべての欧州連合(EU)諸国を網羅し、複数の心理社会的労働要因に関する概念を対象とした、心理社会的労働要因の負荷に関する研究はない。しかし、そのような結果は、意思決定者や政策立案者(政府、使用者、労働組合)が労働衛生における予防的優先事項を決定するためのツールとして必要である。

労災統計システムで入手可能な職業病の症例数に関するデータは大幅に過小評価されているため、このような推計を行うことは困難である。

労働関連疾患について、過少報告や過少補償の推計がいくつか発表されているが、EU諸国の公的医療保険制度では労働関連疾患と認められていないことが多いため、心理社会的労働要因による疾患については、この現象がより顕著である。

本研究の目的は、2015年のEU28における心理社会的労働曝露に起因するCVD及びうつ病の年間負荷を推計することである。本研究は、本報告書のセクション1で示した欧州における5つの心理社会的労働曝露に起因するCVD及びうつ病の割合の最新推計、及び、複数の相互依存リスクファクターに起因する全体的割合を推計するための新しい計算式に基づくものである。

本研究は、EU28か国を対象に、複数の健康転帰を包含して、5つの異なる心理社会的労働曝露に起因する疾病の罹患率と死亡率負担に焦点をあてた初めての研究である。

2. 方法

2.1 寄与割合

本報告書のセクション1では、欧州における、ジョブストレイン、努力-報酬不均衡(ERI)、雇用不安、長時間労働、職場いじめを対象とした、心理社会的労働曝露に起因するCVD及びうつ病の割合を算出した。寄与割合(AF)の推計は、欧州生活労働条件改善財団(Eurofound)が実施した2015年欧州労働条件調査から得られたこれらの要因への有曝露率に基づいたものだった。相対リスク(RR)の推計は文献から得た。

各心理社会的労働曝露に起因する罹患者及び死亡者の数の推計には、同じAFを用いた。AFの計算に用いたRRは、前向き研究に基づくメタアナリシスから得たものである。しかし、死亡率に関するメタアナリシスは非常に少なかった。心血管死亡率に関する数少ない利用可能な研究と心血管罹患率に関するメタアナリシスの比較では、RRが同程度であることが示唆された。同様に、自殺念慮に関する非常に稀れな研究とうつ病に関するメタアナリシスでも、RRの強い類似性が示された。

われわれは、すべての有意なAF(すなわち95%信頼区間がゼロを超えるもの)(表1)を維持したが、これにより、CVDに関して冠動脈/虚血性心疾患(CHD)、末梢動脈疾患、心房細動、脳卒中、及びうつ病を含めることができた。EU28か国における静脈血栓塞栓症の有病率に関する入手可能なデータがないため、この疾患は含めなかった。

また、研究対象とした5つの心理社会的労働曝露を合計したものに起因する、ある疾患の全体的負荷も示した。これらの曝露は部分的に依存する可能性がある(すなわち、労働者が複数の要因に曝露する可能性がある)ため、NiedhammerとChastangの計算式に基づき、EU28か国の疾病の全体的な割合の近似値を用いた。いじめ-CHDのペアについてはRRとその結果としてのAFが得られなかったため、研究対象とした5つの心理社会的労働曝露のうち4つに起因するCHDの全体的な割合(7.88%)を用いた。また、2015年のEU28か国における、研究対象とした5つの曝露に起因するうつ病の全体的な割合(25.95%)も用いた。

2.2 疾病負荷

世界疾病負荷調査にしたがって、健康転帰指標として、有病者数、死亡数、生命喪失年数(YLLs)、障害による生命喪失年数(YLDs)及び障害調整生存年数(DALYs)を用いた。これらの指標は、2015年についてのGlobal Health Data Exchange(GHDx)データベースから抽出した。このデータベースは、EU全28か国すべてについて、労働年齢人口(15~64歳)、男女合計及び男女別に、またCVD及びうつ病について、データを提供している。

GHDxデータベースでは、YLLは各年齢での標準余命を用いて計算されている。すべてのEU諸国について同じ標準余命を用いた。この方法は、欧州諸国間の平均寿命のギャップに関連する倫理的問題を回避することができるが、平均寿命が長い国で発生した死亡により大きな負荷がかかることになる。YLDは、2013年の障害重み計算を用いた、GHDxデータベースから得た。

GHDxデータベースでは、CVDについてすべてのデータが利用可能であった。うつ病については、 死亡数、YLL数、結果としてDALY数についてのデータが得られなかった。文献で示唆されているように、自殺事例の53.7%がうつ病に関連しているだろうことがわかっている。そこで、自殺に関連するデータを抽出し、これらの指標に53.7%を乗じることで、うつ病に関連する死亡率の推計を得た。うつ病に関連する死亡率についてのこの推計方法は、以前にも用いられている。

各曝露及び研究対象としたすべての曝露に起因する疾病負荷を推計するため、健康転帰指標に前述のAFを乗じた。

労働人口についての結果を得るために、Euro-statにしたがって、各健康転帰指標に2015年の各国の雇用率を乗じた。

2.3 労働者10万人当たりの負荷

各国間の人口規模の違いを考慮し、以下のとおり、労働者10万人当たりの各曝露に起因する各健康転帰について、有病率RP、死亡率RM及びDALY率RDを算出した。

RP= 起因する有病者数 *100,000 /雇用人口(15~64歳)・・(1)

RM= 起因する死亡数 *100,000 /雇用人口(15~64歳)・・(2)

RD= 起因するDALYs *100,000/雇用人口(15~64歳) ・・(3)

雇用人口についてのデータはEurostatのデータベース(労働力調査2015)から抽出した。ワルド検定を用いて国間及び男女間の差異を検定した。

各国及びEU28か国全体について、また男女合計及び別々に、すべての結果を提供した。統計分析はSASソフトウェアを用い、マップはマイクロソフロ・エクセルを使って作成した。

3. 結果

3.1 有病者数、死亡数、YLLs、YLDs、DALYsでの負荷

研究対象とした4つの心理社会的労働曝露に起因するCHDの全体的負荷は、男性で17,629DALY、女性で39,238DALYと推計された。2015年のEU28か国における死亡数は男性5,092人、女性1,098人であった。研究対象とした5つの曝露に起因するうつ病の全体的負荷は、男性で355,665DALY、女性で305,347DALY、男性で死亡3,931人、女性で死亡912人と推計された(表2)。

各心理社会的労働要因を個別に分析すると、2015年のEU28か国におけるDALYでの負荷がもっとも大きかったのは、ジョブストレイン(男性223,875、
女性190,150)、雇用不安(男性120,734、女性102,603)、職場いじめ(男性112,620、女性111,90)に起因するうつ病であった(表3)。CHDについてもっと負荷が大きかったのは、雇用不安(男性106,036、女性23,710人)及びジョブストレイン(男性92,714、女性20,702)であった(表3)。国別の男女についての詳細な結果は、セクション2に対する付録(補足ファイルS1)に示している。

3.2 労働者10万人当たりの負荷

EU28か国における労働者10万人当たりのDALY率における男女間の差は、いくつかの曝露-転帰ペア-ジョブストレイン、ERI及び雇用不安に起因するCHD、ジョブストレインに起因する末梢動脈疾患、長時間労働に関連したすべての曝露-転帰ペア-について有意で、男性についてより負荷が高かった(セクション2に対する付録の補足ファイルS2、表S2-2)。

有病者数、死亡数、DALY率での国間の差は、ジョブストレインに起因する末梢動脈疾患の有病者数及びERIに起因するCHDの有病者数を除き、すべての曝露-転帰について有意であった(セクション2に対する付録の補足ファイルS2、表S2-2)。

国レベルでは、DALY率がもっとも高かったのは、リトアニアとギリシャでのジョブストレインに起因するうつ病と、フランスでの職場いじめに起因するうつ病であった。CHDについてのDALY率がもっとも高かったのは、ラトビアでの雇用不安と、ルーマニアでのジョブストレイン起因するものであった。われわれの研究は、労働者に対する負荷がEU諸国間で異なっていることを示した。例えば、ジョブストレインに起因するうつ病のDALY率での負荷は、マルタでよりも、リトアニアでの方が4倍高かった。ERIに起因するうつ病のDALY率での負荷は、ブルガリアでよりも、マルタでの方が3.5倍高かった。雇用不安に起因するCHDの負荷は、デンマークでよりも、ラトビアでの方が9倍高かった。長時間労働に起因する脳卒中の負荷は、イタリアでよりも、ブルガリアでの方が26倍高かった。

マップは、いくつかの曝露-転帰ペアについて、東西勾配を浮き彫りにした。ジョブストレイン、ERI、雇用不安及び長時間に起因するCHDの負荷は、EUの西部でよりも、東部におけるDALY率での負荷が高いことを示した。長時間労働に起因する脳卒中の負荷も、東西勾配を示し、EUの東部における負荷の方が高かった(図1)。

雇用人口における有病率がもっとも高い2つの健康転帰(CHD及びうつ病)、及び有曝露率がもっとも高い3つの心理社会的労働曝露(ジョブストレイン、ERI及び雇用不安)について、労働者10万人当たりのDALY率の分析を国別及び性別に層別化した。国レベルでは、3つの曝露-転帰ペア(ジョブストレイン、ERI及び雇用不安に起因するCHD)で男女差がみられ、男性についての方が負荷が高かった。3つの心理社会的労働曝露に起因するうつ病について、男女間に差がみられた国はわずかであった(セクション2に対する付録の補足ファイルS4)。

4. 討論

4.1 主要な結果

われわれの研究は、2015年のEU28か国における、研究対象とした5つの心理社会的労働曝露に起因するCHD及びうつ病の高い負荷を示し、うつ病についての負荷がもっとも大きかった。EU加盟国間で労働者に対する負荷に差があることも明らかにされ、CHD及び脳卒中に関連したいくつかの曝露-転帰ペアについては、東西勾配があった。国レベルでは、すべての国で、ジョブストレイン、ERI及び雇用不安に起因するCHDについて、労働者10万人当たりのDALY率に男女間で差がみられ、男性の方が負荷が高かった。

4.2 国間の差

計算方法を考慮すると、ある曝露-転帰結果ペアについての国間の負荷の差は、次の2つのパラメータの差によるものである。

国間のAF推計の差。すべての国について同じRR推計をも用いたため、AF推計の差は、国間の有曝露率の差による。

国間の公衆衛生状況、すなわち雇用人口におけるCVD及びうつ病の有病率の差。例えば、ジョブストレイン、ERI、雇用不安及び長時間労働に起因するCHDや、長時間労働に起因する脳卒中の、労働者10万人当たりDALY率でみられた東西勾配は、心血管死亡率についての東西勾配によって説明されるかもしれない。

結果的に、これらの結果は、雇用人口の規模を考慮に入れつつ、各国における労働者に対する心理社会的労働要因に起因する負荷に関連する情報を提供するものである。介入の観点からは、これらの結果は、各国間の不一致を浮き彫りにしており、欧州の政策立案者の意思決定及び優先順位づけに役立つかもしれない。

4.3 男女間の差

男女間の負荷の差は、同じ2つのパラメータの差によるものである。

男女間でのAF推計の差がみられたのは、長時間労働に起因する脳卒中、心房細動及びうつ病についてだけで、男性の方が負荷が高かった。実際、AFは、文献レビューからのRR推計に基づいており、ほとんどの研究は男女差を検定していないか、または男女間に差はないと報告しているが、サブグループの研究は統計的検出力不足の影響を受けているかもしれない。したがって、AFでの男女間の差は、有曝露の男女間の差に由来するとしか考えられず、長時間労働についてを除けば、有意ではないかまたは小さいものであった。男女の比較は慎重に解釈すべきである。実際、調査対象とした曝露は、RR文献で用いられているものに対応した一般的な概念に基づいている。しかし、特定の曝露をより詳細に分析すれば、反復労働または低いジョブコントロールへの有曝露率が男性よりも女性の方が高かったり、セクシュアルハラスメント(労働における暴力・いじめの特定の形態)への有曝露率が男性よりも女性の方が高かったり、一次的契約、労働条件の望まない変更または強いられたパートタイム労働(雇用不安に関連した特定の曝露)への有曝露率が男性よりも女性の方が高かったりするかもしれない。

心理社会的労働要因に起因する疾病負荷における男女間の差は、有病率における男女間の差にも起因している。CVDによって失われるDALY数は、EU28か国では女性より男性についての方が多かった。これは、自殺によって失われる年数が女性よりも男性の方が高いことを含め、うつ病によるDALY数についても同様であった。疾病の有病率におけるこのような男女間の差は研究対象とした心理社会的労働要因に起因するこれらの疾病の負荷における男女間の差も説明できるかもしれない。

4.4 文献との比較

この課題に関する研究が不足しているため、われわれの結果を文献と比較するのは難しいかもしれない。2003年にフランスで発表された、ジョブストレインに起因するCVD及び精神障害の負荷に関するわれわれの以前の論文とは比較することができる。本研究では、ジョブストレインに起因するCHD及びうつ病の推計定症例数は、われわれの以前の論文におけるよりも保守的であった。CHDについては、これは、より低いが、より堅固なRR推計を用いたためであり、うつ病については、転帰の定義をより厳密かつ限定的にしたためである。Pegaらによる研究は、欧州における長時間労働に起因するCHD及び脳卒中の負荷を推計している。われわれは同じAF計算式及びRR(われわれの研究ではCHDについて1.13に対して1.17、脳卒中については両研究とも1.35)及び有曝露率(3.5%)について非常に似た推計を用いたが、Pegaの研究でのAF推計はCHD/IHDについて1.4%と2.3%及び脳卒中について2.5%と3.8%で、これは過大推計のように思われる。長時間労働に起因する負荷が低いのは、欧州における週55時間以上の労働時間への有曝露率が低いことによって説明できるかもしれない。これは、週48時間の上限を設定した、2003年に採択された欧州労働時間指令によるものである。

4.5 限界と長所

本研究にはいくつかの長所がある。結果は、雇用人口全体について、及び、ジェンダー分析に関するベストプラクティスにしたがって、男女別に報告している。

われわれの結果は、欧州全体にまたがって比較可能な最新のAF推計に基づいている。われわれは、5つの異なる心理社会的労働曝露とCVD及びうつ病に関連した広範な健康転帰を対象とした。また、研究対象とした曝露の間に大きな相互依存性がみられたことから、最近開発された有用な近似法に基づいて、研究対象とした心理社会的労働要因を合わせたものに起因するCHD及びうつ病の全体的負荷も推計した。各曝露-転帰ペアについて労働者10万人当たりの負荷も計算し、雇用人口の規模を考慮に入れつつ、EU28か国間の比較をできるようにした。したがって、本研究は、この課題では非常に稀れなことである、心理社会的労働要因による負荷の詳細な推計を提供した。

本研究にはいくつかの限界もある。

入手可能な最新のデータ(2015年)を用いたが、COVID-19パンデミックの間の疾病負荷に関連した情報を提供することはできなかった。AF推計を計算するのに用いたRR推計とGHDxによる健康転帰データとの間には、転帰の定義に違いがあった。例えば、GHDxデータベースは心房細動と心房粗動の有病率に関するデータを提供したが、RR推計は心房細動についてのみ利用可能であったため、この健康転帰の負荷に関するわれわれの結果を過大評価にしたかもしれない。加えて、RR推計はレビュー/メタアナリシスによるものであり、それ自体が転帰の測定において不均一であった可能性のある多くの一次研究に基づいていた。さらに、転帰の定義がレビュー/メタアナリシスによって異なっているかもしれない。本研究に含まれた5つの健康転帰についての結果は、併存疾患がある可能性があるため、合算されるべきではない。われわれは、各疾病についての健康転帰データを用い、各国の15~64歳の人口における雇用率を乗じて、労働人口についての関連する推計を得た。この方法は、症例が労働人口と非労働人口に等しく分布しているという仮説に基づいているが、実際はそうではないかもしれない。健康労働者効果は、職場ではより健康な人が選択されることにつながるので、 過大評価へのバイアスがあるかもしれない。他方 健康労働者効果は、曝露によって疾病にかかっているかもしれない人々を職場から排除することにつながるため、これは結果を過小評価する可能性が高い。全体として、これら2つのバイアスの影響は相殺される可能性が高い。労働人口における症例数/死亡数についてだけAFを適用しているため、定年退職後に生じるかもしれない心理社会的労働要因による健康影響の遅れを考慮していない。このことは、結果を過小評価する可能性が高い。しかし、曝露終了後の遅発性影響または影響の可逆性を調べた研究はまだない。われわれは、文献によって高いレベルのエビデンスが提供されている、CVD及びうつ病に関連した健康転帰について研究した。糖尿病、筋骨格系障害、労働災害など、他の転帰も関係するかもしれないが、現在までのところ、エビデンスのレベルは低いままである。異なる曝露について用いた定義や計算方法が、各曝露の負荷を比較することを困難にするかもしれない。実際、ジョブストレインとERIは、他の曝露とは異なり、任意の閾値(それぞれ中央値と1以上の率)を用いて定義しており、このことが要因間の有曝露率の違いに影響を及ぼしたかもしれない。有曝露率は、欧州労働条件調査データを用いた推計に基づいているが、ジョブストレインとERIへの曝露の評価は、有効な質問項目に基づいておらず、不正確さや誤分類につながる可能性がある。最後に、具体的な曝露を含むいくつかの心理社会的労働要因が欠落しているかもしれない。例えば、組織的不公正や職場における暴力などである。交代勤務や夜間労働など、心理社会的労働要因に関連しないその他の職業曝露は研究対象となっていない。したがって、われわれの結果は、曝露と転帰の限られたセットしか研究していないことから、心理社会的労働要因に起因する疾病負荷の保守的な推計である。

5. 結論

本研究は、心理社会的労働曝露に関連する健康喪失の分析に比類ない貢献をもたらした。本研究は、EU諸国全体にわたる全体像を提供した。このことは、意思決定や健康政策活動に役立つ情報を提供するものである。また、心理社会的労働要因の病因的役割に関する疫学的データがまだ不足している分野も明らかにした。実際 いくつかの心理社会的労働要因、健康転帰、及び男女別について、曝露-転帰関係に関する情報が不足している。

※省略-概要/参考文献/セクション1に対する付録(心理社会的労働要因の測定に用いたEWCSの項目リスト/15の文献レビュー・メタアナリシスにおける曝露と転帰の測定/表S1~4)/セクション2に対する付録(補足ファイルS1~4)

https://www.etui.org/publications/fractions-and-burden-cardiovascular-diseases-and-depression-attributable-psychosocial

安全センター情報2023年11月号