労働者の健康のための新たな世界的指標:選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡率/2023年5月9日 世界保健機関(WHO)【特集】労働関連疾病負荷推計の進展

抄録

持続可能な開発目標3と8及びその他の政策を通じて、各国は疾病の労働関連負荷を軽減することにより、労働者の健康を保護・促進することを公約している。これらの公約の進捗状況を監視するためには、労働者の健康と持続可能な開発を監視するために、疾病の労働関連負荷を捕捉する指標を利用できるようにすべきである。世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)は 、2016年の世界の労働関連死亡1,879,890件のうち、負傷によるものは363,283件(19%)にすぎないのに対して、疾病による死亡は1,516 607人(81%)だったと推計している。持続可能な開発目標のための世界的指標枠組みなど、労働者の健康や持続可能な開発に焦点を当てた監視システムのほとんどは、労働災害の負荷に関する指標を含んでいる。しかし、労働関連疾病の負荷に関する指標を持つシステムはほとんどない。このギャップに対処するために、新たな世界的指標を提示する。すなわち、 疾病、リスク要因、性、年齢階層別の、選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡率である。この指標の政策的根拠を概説し、データソースと算出方法を説明し、183か国についての公式指標を報告・分析する。
また、各国の労働者の健康監視システムにおける指標の使用事例を示すとともに、指標の長所と限界を明らかにする。新たな指標を監視システムに組み込むことが、労働者の健康のより包括的かつ正確なサーベイランスを提供し、世界、地域及び国の監視システム間の調和化を可能にする、と結論づける。労働者の健康における不平等は分析することができ、また、労働者の健康に関するより効果的な政策・制度に向けて、証拠基盤を改善することができる。

はじめに

各国は、すべての人の健康を確保し、ディーセントワークを促進するために、持続可能な開発目標(SDGs)を通じたポリシーコミットメントを行っている。SDGsの目標3.9及び8.8は、「有害化学物質や大気・水・土壌の汚染による死亡や疾病の数を大幅に削減すること」及び「すべての労働者にとって安全で安心な労働環境を促進すること」である。各国は、世界保健機関(WHO)の「健康、環境及び気候変動に関する戦略」、汎米保健機関の「2015~2025年労働者の健康に関する行動計画」、労働安全衛生に関する国際労働基準、並びに国際労働機関(ILO)の「労働における基本的原則及び権利の枠組み」を通じて、労働者の健康にコミットしている。
これらの目標を達成するには、職業リスク要因への曝露を防止し 不健康でディーセントでない労働条件に起因する疾病の負荷を減少することが必要である。進捗を追跡するためには、労働者の健康と持続可能な開発の進捗状況の監視のために、世界、地域及び国のシステムにおいて、疾病の労働関連負荷が監視されなければならない。
健康指標とは、「健康状態の様々な属性や次元に関する関連情報を捕捉する要約的な指標」である。労働者の健康の指標は、保健、労働及び経済開発の分野における重要性にもかかわらず、調査研究や政策上の関心は低かった。そのような指標で唯一、公的な監視システムに一般的に含まれているのは労働災害である。SDGsの世界的指標枠組みは、SDG 8.8.1(性・在留資格別の、労働者10万人当たり死亡・非死亡労働災害)という指標で傷害の負荷を追跡している。この指標のための死亡労働災害に関するデータは、2016年には35か国から報告された。
2021年にWHOとILOは、疾病と傷害の労働関連負荷に関する最初のWHO/ILO共同推計を発表した。2016年についてのこの推計によると、世界の労働関連死亡死1,879,890人のうち、傷害によるものは363,283人(19%)にすぎず、大半、1,516,607人(81%)は労働関連疾病によるものであった。労働者の健康についての合意された目標に向けた進捗状況を評価するためには、労働関連疾病による死亡率の負荷も追跡する必要がある。WHO加盟194か国の第71回世界保健総会で承認されたWHOの第13次一般事業計画は、WHOに労働関連疾病の監視の促進と改善を義務づけている。
このギャップに対処するために、新たな世界的指標:疾病・性・年齢集団別の、選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡率について記述する。このような指標の必要性は数年前から認識されていた(図1)。2019年にWHOとILOは、SDGsの世界的指標枠組みに、労働関連疾病による死亡を捕捉する指標を追加することを提案した(WHO・ILO、提案:指標8.8.3;疾病・リスク要因・性・年齢階層別の職業リスク要因に起因する疾病による死亡率:SDG指標に関する機関間・専門家グループへの提出、私信、2019年)。WHO/ILO共同推計からこの指標を算出する方法とデータソースについて概説する。また、183か国について算出した指標を報告するとともに、致死的労働関連疾病の世界的・地域的疫学及び社会経済的不平等の分析に適用する。さらに、指標を国の労働者の健康監視システムに統合した国の事例を紹介するとともに、本ツールの長所と限界を明らかにする。

指標の算出
データソース

指標(死亡率)を算出するためには、2つのデータセット:選択されたリスク要因に起因する疾病による死亡数(分子)と、ここでは年齢15歳以上と定義される、労働年齢人口(分母)を必要とする。これらのデータを、2000年における、国(183か国)、地域(6つのWHO地域)、性(女性、男性、合計)及び年齢階層(≧15、15~19、20~24、…90~94、≧95)別の人口コホートについて入手した。
選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡数は、国連の公式な疾病の労働関連負荷推計であるWHO/ILO共同推計から入手した。これらのデータは、21組の職業的リスク要因と疾病に起因する負荷の推計で構成されている(表1)。これらの曝露-疾病のペアは、WHOとILOが系統的に検討し、両機関の厳格な統計要件を満たす公式推計を作成するのに十分であると判定されたものである。対象とされるすべての疾病は、悪性新生物(17の曝露−疾病ペア)、呼吸器疾患(2つのペア)、心血管疾患(2つのペア)の3グループの非伝染性疾患である。WHOの疾病の職業負荷アプリケーションからダウンロードした。
WHO/ILO共同推計のデータソースと方法については、別のところで既述されている 、これらの推計は確立された方法論の枠組み:比較リスクアセスメントの枠内で作成されている。この枠組みは、疾病、リスク要因、地理的位置及び人口コホート間で比較可能な、疾病の労働関連疾負荷の推計をもたらす。各国は、比較リスクアセスメントの枠組みから、WHOの責任のもとで作成されたいくつかのSDG指標を承認している。すべての推計は、WHOが承認した方法を用いて、離職率について調整している。例えば、最近追加されたペアについての推計は、縦断的職業データを用いて、雇用と失業または退職の間を移動する労働者をモデル化している。これらの割合は、選択されたリスク要因に起因する特定の疾病による死亡の割合を定量化したものである。追加された2つの曝露-疾病ペア(表1のペア20及び21)について、WHOとILOは、154か国で実施された2,324の国の公的調査から作成された長時間労働の有曝露率の推計と、WHO/ILO系統的レビューとメタアナリシスから得られたプールリスク比に基づいて、人口寄与割合を算出した。21の曝露-疾病ペアすべてについて、それから、各疾病による総死亡数のWHOグローバルヘルス推計に人口寄与割合を適用して、労働関連死亡数を算出した。
分母となる労働年齢人口(15歳以上)は、国連の公式の人口推計:世界人口見通し2019年改訂版から求めた。

算出方法

選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡数の合計は、21の個々の曝露-疾病ペアについての推計を合計して算出した(表1)。次に、この死亡数を総労働年齢人口で割った。国、地域及び世界の人口コホートについて、性・年齢階層別に、以下の式で指標を算出した。


ここで、MRは労働年齢人口10万人当たりの死亡率[疾病、職業危険因子、国、性、年齢]、Dは死亡者数[疾病、職業リスク要因、国、性、年齢]、WPは労働年齢人口数[国、性、年齢]である。この計算により、最終的な指標である、疾病、リスク要因、性、年齢階層別の、選択された職業リスク要因に起因する疾病による労働年齢人口10万人当たりの死亡率が得られる。各推計について、ブートストラップ法を用いて95%不確実性範囲(UR)を算出した。


指標の適用
地域・国別

表2に、2000年、2010年、2016年の183か国についての、WHOが作成した公式指標を示す。この表は、指標を適用することで、選択された職業リスク要因に起因する疾病による死亡率の世界的・地域的パターンをいかに包括的に把握できるかを示している。2016年の世界の死亡率は、労働年齢人口10万人当たり27.7人の死亡であった(95%UR:26.8~28.5)。地域別死亡率は、東南アジア地域(労働年齢人口10万人当たり36.5人の死亡;95%UR:34.3~38.8)と西太平洋地域(労働年齢人口10万人当たり32.2人の死亡;95%UR:30.3~34.2)でもっとも高く、次いで欧州地域(労働年齢人口10万人当たり27.3人の死亡;95%UR:26.9~27.8;表2)であった。地域別死亡率は、アフリカ地域(10万人当たり11.4人の死亡;95%UR:11.1~11.7)がもっとも低く、次いで南北アメリカ地域(10万人当たり18.1人の死亡;95%UR:17.7~18.5)、東地中海地域(10万人当たり21.8人の死亡;95%UR:20.7~23.0)であった。図2は、2016年の183か国における死亡率をマッピングしたものである。

疾病グループ別

3つの疾病グループのうち、2016年の世界の労働関連死亡率がもっとも高かったのは心血管疾患で、労働年齢人口10万人当たりの13.6人の死亡(95%UR:12.9~14.3)であった。これに対応する死亡率は、悪性新生物が10万人当たり5.3人の死亡(95%UR:5.2~5.4人)、呼吸器疾患が10万人当たり8.8人の死亡(95%UR:8.4~9.1人)であった。アフリカ、東地中海、東南アジア、西太平洋地域でも、心血管系疾患が死亡率にもっとも寄与している(図3)。一方、南北アメリカ地域とヨーロッパ地域では、労働関連悪性新生物が死亡率にもっとも寄与した。

職業リスク要因別

職業リスク要因別の死亡率のパターンは、疾病グループ別の死亡率のパターンと一致した。(心血管系疾患に対応する)長時間労働への曝露は、労働関連疾病による死亡のもっとも大きな割合を占めた。地域別では、アフリカ、東地中海、東南アジア、西太平洋地域で長時間労働による死亡の割合がもっとも高かった。しかし、南北アメリカ地域とヨーロッパ地域では、(悪性新生物に対応する)発がん物質への職業曝露が死亡に占める割合がもっとも大きかった。

性別

男性は、女性(労働年齢人口10万人当たり15.3人の死亡、95%UR:14.6~16.0人)よりも、労働関連疾病に起因する世界の死亡率(10万人当たり40.1人の死亡、95%UR:38.6~41.5人)が高かった。労働関連疾病の死亡率は、すべての地域で女性よりも男性の方が高かった。

年齢階層別

非伝染性疾患の一般的なパターンを反映して、労働関連疾病による世界の死亡率は若年層よりも高齢層で高かった。労働関連疾病による世界の死亡率は、85~89歳がもっとも高く(人口10万人当たり246.9人の死亡;95%UR:228.0~265.9)、15~19歳の若年層がもっとも低かった(人口10万人当たり0.1人の死亡;95%UR:0.1~0.1)。5歳刻みの年齢階級別に死亡率をプロットすると(人数が少ないため65歳以上は合算)、死亡率がもっとも高かったのは、最年少の2つの年齢階層ではアフリカ地域、それ以外の年齢階層では東南アジア地域であった。死亡率がもっとも低かったのはヨーロッパ地域と西太平洋地域で、24~29歳までで、それ以上は、南北アメリカ地域で年齢別死亡率がもっとも低かった。

傾向

2000年から2016年の間に、選択された労働関連疾病による世界の死亡率は、人口10万人当たり30.7人人の死亡から27.7人の死亡に減少し、変化率は-9.8(95%UR:-13.3~-6.1;表2)であった。この変化は、死亡率が2000年から2010年の間に低下した(-9.1%;95%UR:-12.4~-5.6)ことによるが、2010年から2016年の間はわずかな減少にとどまった(-0.8%;95%UR:-4.7~3.2)。全体として、2000年から2016年の間に、死亡率は東南アジア(1.6%;95%UR:-6.6~10.3)を除くすべての地域で減少した。もっとも減少が大きかったのは、南北アメリカ地域と東地中海地域であった(それぞれ、-16.9%;95%UR:-19.4~-14.2、-15.2%;95%UR:-21.2~-9.0)。世界の死亡率に対する各地域の寄与率は、死亡率全体に占める人口シェアとともに経時的に変化した。

政策への影響
国の監視

2008~2009年に、労働者の健康に関する国の情報システムは、121か国中51か国(42%)に存在した。表3は、様々な地域にまたがる4か国[中国、イラン、イタリア、南アフリカ]のケーススタディを紹介し、労働者の健康に関する現在の監視システムを説明するとともに、新たな指標を国の情報システムにどのように組み込むことができるかを示している。また、新たな指標を国の監視システムに統合する際の潜在的な促進要因と障壁、及び予測される影響についても示唆している。ケーススタディは、新たな指標が現在の監視システムのギャップを埋めるものであり、既存の指標に取って代わるものではなく、むしろ追加的な役割を果たす可能性があることを示唆している。各国の回答者からのフィードバックによると、どの国の監視システムにも新たな指標は含まれていなかった(表3)。一部の国はすでに類似の指標を有しており、国のデータソースを使用して、様々な方法で算出されているため、 指標の国際比較可能性には限界がある。また、現在入手可能なデータからは、指標を算出できない国もあった。
各国の回答者は、指標の監視システムへの導入を促進するような、潜在的な利点を示唆した(表3)。利点としては、職業病の負荷を評価するための追加情報を提供することや、新たな職業病に対する認識を高めることなどが挙げられている。また、WHO/ILO共同推計における指標との関連性が高く、すぐに利用できることも、利用を促進する要因である。指標を利用するうえでの障壁は、必要なインプットデータを収集し、リンクさせ、分析することによって、各国が自ら指標を作成する必要があることである。
新たな指標の潜在的なプラスの影響がいくつか挙げられた(表3)。各国の回答者は、指標が労働者の健康状態の監視を改善し、職業病や労働関連疾病の帰属を強化することで、労災補償適用範囲、ひいては社会保護フロアの基礎レベルを向上させる可能性があることを示唆した。指標はまた、保健政策立案者における職業リスク要因や労働関連疾病に対する認識を促進し、保健部門やその他の部門での行動を促進する可能性もある。
各国の次のステップとしては、指標を自国の監視システムに採用することや、労働者の健康や持続可能な開発の監視を担当する国、地域及び世界の当局を含むネットワーク間で指標を推進することが考えられる。各国が労働関連死亡データを独自に収集できるようになるまでは、本稿で紹介したWHO/ILO共同推計を利用することができる。現在の推計は2021年9月に発表されたものだが、指標は、疾病ごとの総死亡数と職業リスク要因の人口寄与割合に関するWHO推計の更新を利用して、毎年作成することができる。指標は、労働者間の健康格差を監視するために、性・年齢階層別に細分化されたものも用意されており、持続可能な開発から誰も取り残されることのないように配慮されている。

世界・地域の監視

図1に、指標がすでに世界や地域の監視システムにいかに組み込まれているかを示している。世界レベルでは、WHOがこの指標を環境保健監視システムに利用し、WHO疾病の職業負荷アプリケーションを通じてオープンアクセスできるようにしている。地域レベルでは、欧州委員会が新指標を確立し、SDGsの世界的指標枠組みに含めるために協力することを約束している。
「データと知識に関するILOとWHOとの協力には[…]加盟国とともに、国連の持続可能な開発目標の一環として、職業リスク要因に起因する疾病による死亡率に関する新たな指標を作成するための支援も含まれる」(下の記事)


欧州連合の統計事務所であるEurostatは、加盟国についての選択された職業病の事例数に関する実験的統計を作成・発表している。

長所と短所

新たな指標はいくつかの長所をもっている。第1に、国連が確立した方法論とオープンアクセスのデータソースを用いて、指標は推計された労働関連死全体の大部分を捉えている。第2に、労働関連死亡の数(分子)は曝露データと相対リスクのモデリングに基づいて推計されることから、報告された、または補償された致死的職業病または労働関連疾病の事例に基づく推計よりも、誤報告バイアスのリスクが少ない。第3に、指標は、(不健康な労働条件への曝露の代用としての)健康の社会的・商業的決定要因や、(職場における健康保護・促進によって対処可能なこれらの疾病の割合としての)非伝染性疾患など、他の健康トピックの監視にも使用できる。最後に、WHOはすでに指標(ここでは183か国について示されている)を作成し、性・年齢層別に集計しているため、疫学分析や健康格差の監視が可能である
指標には限界もある。第1に、指標は十分なエビデンスがある曝露-疾病ペアからのみ死亡を捕捉しており、そのようなペアのすべてについて捕捉しているわけではない。最近の、新たに2つの曝露-疾患ペア(長時間労働に起因する虚血性心疾患または脳卒中による死亡)の追加は、職業リスク要因に起因する死亡者数(2016年の死亡数1,879,890人のうち744,924人)の40%近くを追加した。(もしあれば)その他の曝露-疾病ペアも、これを支持する十分な証拠がある場合には、比較リスクアセスメントに追加しなければならない。その他のペアとしては、紫外線への職業曝露と非黒色腫皮膚がん、溶接ヒュームへの職業曝露と気管、気管支及び肺のがんが考えられる。第2に、疾病の労働関連負荷の範囲に、児童労働者の死亡率、二次的曝露による死亡率、家族または他のコミュニティメンバーの持ち帰り曝露による死亡率、職業リスク要因による世代間死亡率は含まれていない。第3に、指標は、SDGsのターゲット8.8.1の完全な定義に合わせるために、労働者の移住状況によって、また、労働者がインフォーマル経済で働いているかフォーマル経済で働いているかによって、さらに細分化することが可能であるが、そのためには細分化されたインプットデータが必要であり、それは現在わずかしかない。最後に、指標の質はインプットデータに依存する。各国政府は、個人の職業リスク要因への曝露や死因・疾病の原因に関する大規模で質の高い公式データを提供するための作業を継続することが奨励される

代替仕様

指標には、代替の仕様も考えられる。分子のデータ源としては、報告された職業病の致死的事例またはインシデント事例、あるいはすでに一部の国で監視されているような国の疾病の職業負荷の推計などが考えられる(表3)。とはいえ、WHO/ILO共同推計を使用する利点は、183か国と6つのWHO地域及びその人口コホートについて、比較可能な推計が得られることである。代わりに、職業リスク要因に起因する障害調整生存年を用いれば、死亡率と罹患率の両方を把握することもできる。総人口を分母として使用することは、SDGsの世界的指標枠組みなど、総人口を用いた他の死亡率指標との比較を容易にする。しかし、分子のデータは15歳以上で収集されているため、労働年齢人口が本指標の分母としてもっとも適切であると考える。

結論

職場は、疾病を予防するための重要な環境である。労働条件を改善するための重要な第一歩は、リスク要因とそれに起因する負荷を理解し、定量化することである。現在の監視の焦点は労働災害であり、労働関連死亡の大部分が把握されていない。労働者の健康目標に向けた進捗状況を評価するために、国際機関、地域及び国は、労働関連疾病による死亡率を考慮した指標を拡張しなければならない。新たな指標を世界、地域及び国の監視システムに統合することで、労働者の健康と持続可能な開発のサーベイランスの包括性、正確性及び調和が改善される。指標は、国内及び国間の労働者間における健康格差の分析の機会を提供する。指標は、労働者のための効果的な保健政策と制度を開発するための改善された証拠の基礎を提供することができ、労働者の健康に対する各国の政策公約の進捗状況を評価するうえで重要な役割を果たすことができる。

https://www.who.int/publications/i/item/pmc10225940

表3 疾病の労働関連負荷についての新たな世界的指標を労働者の健康に関する公式な国の監視システムに統合する方法の国のケーススタディ

■中国(西太平洋地域)

労働者の健康に関する国の監視システム
中国の全国労働者健康監視システムは、職業病の全国サーベイランスシステムと職場の職業ハザーズの全国サーベイランスシステムで構成されている。前者の監視システムの責任機関は、国家衛生委員会の中国疾病管理予防センターである。職業病サーベイランスシステムが、新たな指標にもっとも関連している。これは、中国のすべての関連機関を含むネットワークベースの報告システムである。このシステムでは、9つのカテゴリーに分類された合計121の疾病と、年齢、職種、就業期間、業種などの関連変数を網羅する、職業病の新規事例が報告される。

国の監視システムにおける似たような指標
国の監視システムにおける関連する指標は、①職業リスク要因に曝露する労働者数(国の統計調査によって収集されるデータ)、②職業病と診断された事例数(臨床診断と職業曝露歴に基づき職業病診断機関によって収集されるたデータ)、③職業病による死亡者数(国の死亡率サーベイランスシステムから収集されるデータ)である。監視システムに新たな指標は含まれていない。

新たな指標を国の監視システムに統合する方法
新たな指標は、現行の指標を置き換えることなく、国の監視システムに含めることができる可能性がある。新たな指標は、国のデータソースから入手した職業病による死亡数を分子として計算することができる可能性がある。しかし、全国労働者健康監視システムは、職業病による死亡の概数しか収集できないため、新たな指標は概数しか算出できない。

新たな指標を使用するうえでの潜在的な促進要因と障壁
促進要因
-新たな指標は、中国における職業リスク要因による疾病負荷をより適切に評価するために利用できる可能性がある。
障壁-国のデータソースから指標を計算するのに必要な変数は、まだ十分に正確ではない。そのため、よりよい評価方法を開発する必要がある。職業病の死因データは、現在ICD-10に従って分類されていない。中国は、国内の職業病分類をICD-10にリンクさせる作業を行っている。

新たな指標の予測される影響
新たな指標は、中国の労働衛生状況をよりよく表わすことができる。指標は、政策立案者が職業病予防のための資源を配分するための確かな証拠となるだろう。新たな指標は、職業病サーベイランスシステムと国の死亡サーベイランスシステムとの統合を加速することができる。新たな指標は、保健システム内の異なる部門間の連携を深めるのに役立つ。指標は、職業病と職業ハザーズのサーベイランスシステム、職場における職業ハザーズの全国サーベイランスシステム、全国死亡サーベイランスシステム及び人口ベースのがん登録システムといった、中国の異なるシステム間のデータ統合に役立つ。

■イラン・イスラム共和国(東地中海地域)

労働者の健康に関する国の監視システム
イラン・イスラム共和国の労働者の健康は、国の法律に従って、労働衛生検査を通じて監視されている。これらの検査の統計は、保健副大臣のポータルにアップロードされる。このポータルへのアクセスは、労働衛生検査を監督する保健省のみが可能である。

国の監視システムにおける似たような指標
国の監視システムにおける関連指標は、①労働健康診断の実施率(労働健康診断が実施された労働者の割合)、②労働関連疾病に罹患した労働者の割合(この指標は、限られた数の労働関連疾病についてのみ利用できる)、③職場でリスク要因に曝露する労働者の割合、である。これらの指標は、労働健康診断及び労働衛生監督の登録システムのデータから算出される。監視システムに新たな指標は含まれていない。

新たな指標を国の監視システムに統合する方法
新たな指標は、現行の指標を置き換えることなく、労働者の健康増進指標の国の監視システムに含めることができる可能性がある。国のデータソースから新たな指標を算出するために必要な構成要素の一部は、厚生省が利用できない。各個人の労働衛生検査を記録するための労働衛生検査登録システムがなく、その結果、各労働者の電子的労働衛生記録が存在しない。

新たな指標を使用するうえでの潜在的な促進要因と障壁
促進要因
-新たな指標は、イラン・イスラム共和国に関連するものである。国の職業病分野の指標は限られている。疾病負荷に関する指標は算出されていない。
障壁-イランには、新たな指標を算出するためのデータを収集するシステムやプラットフォームがない。必要なデータが保健省にない。

新たな指標の予測される影響
イラン・イスラム共和国は、新たな指標を、労働者の健康に関する既存の情報を補完し、職業病を管理するための将来の政策や計画に役立てることができる。新たな指標は、労働者への産業保健サービス提供システムの改善に役立つ。指標は、現在のサーベイランスや疾病管理システムに、疾病別、リスク要因別、性別、年齢階層別に、選択された職業リスク要因に起因する疾病のデータを含めることで、保健システムを強化することができる可能性がある。新たな指標は、他の組織による意思決定にも有効であろう。各部門が介入策や人員計画を実施し、従業員の生産性を向上させるのに役立つだろう。死亡率データの収集には、保健省の様々な部署や他の組織間のコミュニケーションと相乗効果が必要だろう。

■イタリア(ヨーロッパ地域)

労働者の健康に関する国の監視システム
イタリアの職業病に関する国家監視システムは、様々な職業病の特徴と発生率を把握する3つの主要システム-①イタリア全国中皮腫登録システムReNaM、②職業病の疫学的サーベイランスシステムMalProf、③労働災害・職業病に対する労働者のための公的保険を通じて収集された補償請求と報告事例のデータベースであるINAILデータベース-で構成されている。これらの監視システムの責任機関は、イタリア全国労働災害保険機関である。INAILデータベースは新たな指標にもっとも関連性が高く、以下の3つの指標-①職業病に関する総請求件数、②職業病の総補償件数、③死亡職業病の総件数-で構成されている。

国の監視システムにおける似たような指標
国の監視システムにおける関連する指標は、補償と死亡職業病の総件数である(INAILデータベース)。監視システムに新たな指標は含まれていない。

新たな指標を国の監視システムに統合する方法
現行の指標を置き換えることなく、新たな指標を監視システムに追加することができる可能性がある。新たな指標は、国のデータソースから得た死亡職業病の補償症例数を分子として計算することができる可能性がある。イタリアの国の監視システムには、新たな指標が対象とする21の曝露-疾病ペアのうち19についてのデータと指標が含まれている。異なるデータソース(つまり、WHO/ILO共同推計による死亡推計値と国のデータ収集による報告件数)を用いて作成した場合の指標値を比較することが可能かもしれない。

新たな指標を使用するうえでの潜在的な促進要因と障壁
促進要因
-新たな指標は、新たな職業病に関する認識を促進し、イタリアの健康保険制度の効率を向上させることができる可能性がある。新たな指標は、保険データと疫学的サーベイランスシステムからのデータとの系統的な比較を促進することができる可能性がある。
障壁-(新たな指標のために必要とされる)職業病の死亡事例報告に関するデータは、地域レベルで収集されている。これらのデータを収集・提供することが義務づけられているが、その運用能力は地域によって異なる。3つの国の監視システムを監督する中央機関が、これらの地域レベルのデータセットを調和させ、指標の分子を作成する可能性がある。

新たな指標の予測される影響
新たな指標は、労働関連疾患による死亡数の推計と、イタリアの現行の監視システムを通じて報告された死亡数を比較することを可能にするかもしれない。新たな指標は、新たに特定の職業との因果関係が認められたものを追加することによって、職業病のリストを拡大することに貢献する可能性がある。新たな指標は、地域社会の労働安全と公衆衛生に情報を提供するため、職業病の病因に関する知識と認識を向上させる可能性がある。新たな指標は、イタリアの疾病負荷に占める職業の割合を推定する能力を高める可能性がある。

■南アフリカ(アフリカ地域)

労働者の健康に関する国の監視システム
職業病は、南アフリカの全国職業性死亡サーベイランスで監視されている。システムの責任機関は国立労働衛生研究所である。データは、職業リスク要因の死亡疾病事例に対する完全な寄与を可能にしてはいない。このシステムは14の指標で構成されているが、まだ発展途上にある。

国の監視システムにおける似たような指標
全国職業性死亡サーベイランスの関連指標は以下のとおりである:①アスベストへの職業曝露(鉱業)-中皮腫、②シリカへの職業曝露-珪肺症、③喘息原因物質への職業曝露(全職業)-喘息。これらの指標は、比例死亡比として計算される。これらの比率は、特定の職業における疾病による死亡リスクを、一般人口と比較して推定したものである。計算には、職業別の死亡率データが必要である。南アフリカの公的統計機関は、2016年までのこのようなデータを提供しているが、より近年の死亡率データは職業別にコード化されていない。また、国家統計機関が実施した全国調査から、特定の職業リスク要因に関する指標を入手することができる。例えば、全国所得動態調査から得られた長時間労働への曝露に関する指標などである。監視システムに新たな指標は含まれていない。

新たな指標を国の監視システムに統合する方法
現行の指標を置き換えることなく、新たな指標を監視システムに加えることができる可能性がある。新たな指標は、現在の国のデータソースからは算出できない。職業病の死亡例に関する全国データ(分子)は、入手手可能性と質が限られている。総人口(分母)に関する国のデータは、国家統計機関の推計から毎年入手できる。

新たな指標を使用するうえでの潜在的な促進要因と障壁
促進要因
-新たな指標を国の職業性死亡サーベイランスシステムに追加することで、重要な労働衛生サーベイランスが提供され、南アフリカにおける労働に関連した疾病に関する認識を促進するだろう。WHO/ILO共同推計によって新たな指標へのオープンアクセスが可能である。
障壁-データへのアクセスと部門間の連携が、国のデータソースから新たな指標を作成する際の障壁となる。担当機関は受け取ったデータを調整する必要がある。新たな指標を解釈する際には、データの質や人々の医療へのアクセスにばらつきがあるため、注意が必要である。

新たな指標の予測される影響
新たな指標を国の監視システムに加えることで、現在限られている疾病死亡率とその原因に関するサーベイランスの発展を支援することができる。指標は、南アフリカにおける労働者の健康モニタリングの範囲を広げることができる。新たな指標は、労働衛生に関する政策立案・実施を支援することができる。新たな指標は、職業的リスク要因の重要性に関する保健部門の認識を高め、この課題に関する能力を構築し、研究を刺激することができる。指標は、プライマリーヘルスケアシステムに基本的な産業保健サービスを統合することを知らせる可能性がある。新たな指標は、保健省、労働省、内務省が共同で労働衛生監視を扱えるようにするための連携を促進する可能性がある。

安全センター情報2024年4月号