溶接ヒューム等管理第2類物質-作業環境測定●2021年4月1日からの改正②

マンガンは、Mnという記号で表わされる周期表25番の金属元素です。過酸化水素と反応して酸素と水素が出る理科の実験をしたのを記憶している人もいるでしょう。人間の生命維持にとっても必須な微量元素で、骨病変、血液凝囲異常、糖代謝異常などが発生する可能性があるといわれています。

ただし、多量の摂取は有害で、呼吸器を刺激して激しい咳(せき)、痰(たん)、肺炎の症状が現われ、3~6月で無気力、無関心、食欲減退、不眠症などの軽度の精神症状、パーキンソン症候群とよばれる神経症状が出て、歩行障害、言語障害、手足の震え、けいれん、精神錯乱などの症状が出ます。私は1970年代の終わりに、東大阪の植田マンガンという工場を訪ね、パーキンソン症状を持つマンガン中毒の被災者と交流したことがあります。関西労働者安全センター、労働組合、弁護団が支援して勝利した職業病闘争でした(関西労災職業務1975年2月10号)。

電池の電極に使う二酸化マンガンが有名です。ステンレスなど合金を製造するときにマンガンを添加する場合があり、また、溶接棒の被覆剤にも使われます(「マンガン及びその化合物に係る健康リスク評価について(案)」中央環境審議会大気・騒音振動部会健康リスク総合専門委員会)。したがって、溶接時にでる金属ヒュームの中には、マンガンヒュームが混じっているのです(ヒューム:固体物質の蒸気の凝固や、気体での化学反応によって生じた固体粒子が空気中に浮遊する物。主にアーク溶接で発生する)。

労働安全衛生法では、特定化学物質としてマンガンは登録されていましたが、「塩基性酸化マンガンを除く」として、アーク溶接などで発生するヒュームに含まれる酸化マンガンをはずしていました。また、作業環境測定の管理濃度は0.2mg/m3でした。

2011年欧州委員会科学委員会(EC)は、マンガンTLV(ほとんどすべての作業者が毎日繰り返しばく露しても、有害な健康影響が現われないと考えられる化学物質の気中濃度)を0.05mg/m3に引き下げ、2013年米国産業衛生専門家会議(ACGIH)も0.02mg/m3に引き下げました。そして、「マンガンがヒトに対して有害に働くものに塩基性酸化マンガンも含まれる」と報告しました。2019年日本溶接協会も、溶接時に発生するヒュームにマンガンが含まれるデータを発表しました(日本溶接協会「溶接ヒューム中のマンガンに関する調査研究報告書」)。日本は欧米に比べ、マンガン予防対策で遅れをとったのです。

厚生労働省は、令和元年度化学物質による労働者の健康障害防止措置に係る検討会報告書(マンガン及びその化合物並びに溶接ヒューム)(2020年2月)で、2016~2019年にかけてACGIHとECの論文等を検討した結果を公表しました。「マンガンと塩基性酸化マンガンを除く化合物を除く」規定をやめ、「マンガンとその他化合物」に拡大し、その管理濃度を0.05mg/m3(レスピラブル粒子として=肺胞まで到達する小さな粒子)と引き下げる提言をしました。

同報告書では、「塩基性酸化マンガンに関する特殊健康診断において、一定の有所見者(2.4%)が認められる。溶接ヒュームのばく露による有害性については、マンガンによる神経機能障害のほか、肺がんのリスクが上昇していることが報告され、ばく露量-作用関係もいくつかの大規模研究で確認されたとされている」と述べています。

日本での検討が行われていた2017年に、国際がん研究機構(IARC)は、溶接ヒュームをグループ(ヒトに対する発がん性)に位置づけました。このため今回の改正では、溶接ヒュームを独立した特定化学物質(管理第2類物質)としました。

ところが、その対策には大きな困難があります。溶接作業では、局所排気装置を基準どおり設計すると不良箇所が発生しやすい作業環境になり、十分な風量を確保することが難しいのです。そのため、作業環境測定の義務化を見送りました。

溶接作業でマンガン作業環境測定すると、60%以上が「第Ⅲ管理区分」、すなわち要改善となることがわかっていることが根拠にされています(パブリックコメント回答書)。そして、作業環境測定は「金属アーク溶接等作業の方法を新たに採用し、又は変更するときに、個人サンプリングにより空気中の溶接ヒューム濃度を測定すること」( 「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令案等について」労働基準局安全衛生部2020年3月30日)に留めました。「個人サンプリング」については、別稿で説明したので繰り返しません。

「金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、作業場所が屋内、屋外であるに関わらず、有効な呼吸用保護具を当該労働者に使用させること。さらに、溶接ヒュームの空気中濃度が基準値を超える場合は、労働者に有効な呼吸用保護呉在使用させること」(同)としています。呼吸用保護具は最後の手段で、それを主要な対策にしないというのが労働衛生の原則のはずです。その原則が実施できないので、とりあえず呼吸用保護具使用で対処する、というように読み替えられます。

それを示すように、呼吸用保護具の整備、取り扱いの項目は詳しくなっています。管理濃度を0.2mg/m3から0.05mg/m3へと厳しくしたものの、溶接現場でそれを実現させることは不可能。一方、健診結果では明らかに異常者が増えている。そのため当面の対策は、新規設備に変えるときの実施する作業環境測定(個人サンプリング)と、呼吸用保護具マスクの正しい使用と管理の徹底で乗り切る、こういうところでしょうか。

溶接作業は、マンガンばく露のリスクが高い作業であり、予防対策が難しい作業であるといえます。多くの工場で労働者は適切なマスクも支給されず、眼を電光から守るシールドを使用するだけで、溶接作業に従事しています。マンガンによる障害リスクが高いことを知らせ、経営者に法改正に基づく対策をただちに実施するよう要求するとともに、さらに実効性のある実際的な対策を、職場の労働者自身によって提案し、会社に実施させていく必要があります。

安全センター情報2021年11月号
東京労働安全衛生センター 事務局・仲尾豊樹)

「個人サンブリング法」導入-作業環境測定●2021年4月1日からの改正①
溶接ヒューム等管理第2類物質-作業環境測定●2021年4月1日からの改正② (本稿)
「溶接ヒューム」及び「塩基性酸化マンガン」を特定化学物質障害予防規則(特化則)の第2類特定化学物質に指定する新たな規制導入と経緯について~2021年4月1日より施行~
2021年4月1日施行の特定化学物質障害予防規則・作業環境測定基準等の改正(塩基性酸化マンガン及び溶接ヒュームに係る規制の追加)-厚生労働省の解釈(問答)通達とQ&A
特集:化学物質規制体系の見直し/リスク低減の優先順位、法令に明定が試金石-検討会最終報告と厚生労働省交渉
特集:化学物質規制体系の見直し/労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー-2021.5.7 国際労働機関(ILO)