特集:化学物質規制体系の見直し/リスク低減の優先順位、法令に明定が試金石-検討会最終報告と厚生労働省交渉

厚生労働省は2021年7月19日に、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」の最終報告書を公表した。すでに1月18日に中間とりまとめが公表されており、4月号で解説している。今回、厚生労働省は、報告書のポイントを以下のように紹介して、「速やかに労働安全衛生法に基づく関係法令の改正の検討を進める方針」としている。

厚生労働省による報告書のポイント

■基本的な考え方
労働者のばく露防止対策等を定めた化学物質規制体系を、化学物質ごとの個別具体的な法令による規制から、以下を原則とする仕組み(自律的な管理)に見直す。
・ばく露濃度等の管理基準を定め、危険性・有害性に関する情報の伝達の仕組みを整備・拡充する。
・事業者はその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、ばく露防止のために講ずべき措置を自ら選択して実行する。

■化学物質の自律的な管理のための実施体制の確立
・化学物質を譲渡・提供する場合のラベル表示・安全データシート(SDS)※1交付を義務づける対象を、約2,900物質※2(現在、約700物質)まで拡充する。
また、これらの物質の製造・取り扱いを行う場合、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の実施を義務づける。
※1 化学物質の性状、危険有害性、取り扱い上の留意点等を記載したデータシート。国連の定めた国際基準(GHS)に基づき作成される。
※2 国によるGHSに基づく危険性・有害性の分類の結果、危険性・有害性の区分がある全ての物質
・ラベル表示等を義務づける物質のうち、国がばく露限界値(労働者がばく露する濃度の上限値)を定める物質は、その濃度以下で管理することを義務づける。
・規制対象物質の製造または取り扱いを行うすべての事業場について、化学物質管理者の選任の義務づけや職長教育、雇い入れ時と作業内容変更時に教育を行う対象業種を拡大する。

■危険有害性情報の伝達強化
・安全データシート(SDS)の内容充実(推奨用途と使用制限の項目追加等)と定期的な更新を義務づける。
・事業場内で他の容器に移し替えるときのラベル表示等を義務づける。
・特定化学物質障害予防規則等に基づく個別の規制の柔軟化

■特定化学物質等に関する健康診断を、一定の要件を満たす場合に緩和する。
・化学物質の高濃度ばく露作業環境下でのばく露防止措置を強化する。

■がん等の遅発性疾病に関する対策の強化
・がんの集団発生時の報告を義務づける。

自律的管理と事業者の義務

全国安全センターは、最終報告書が発表された翌日に厚生労働省と交渉を行った。事前に提出した要望書は中間とりまとめに基づいたものであったが、ここでのやりとりも踏まえて、最終報告書に基づいて行われるであろう化学物質管理規制の見直しについて考えてみたい。

最大のポイントは「化学物質規制体系の見直し(自律的な管理を基軸とする規制への移行)」で、「有害性(特に発がん性)の高い物質について国がリスク評価を行い、特定化学物質障害予防規則等の対象物質に追加し、ばく露防止のために講ずべき措置を国が個別具体的に法令で定めるというこれまでの仕組み」を、「国はばく露濃度等の管理基準を定め、危険性・有害性に関する情報の伝達の仕組みを整備・拡充し、事業者はその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、ばく露防止のために講ずべき措置を自ら選択して実行することを原則とする仕組み(以下「自律的な管理」という。)に見直すことが適当である」としている。

ここで事業者に課されるのは、「情報伝達及びリスクアセスメントの義務」及び「労働者が吸入する有害物質の濃度を管理する義務」であり、以下のように示されている。

「GHS分類済み危険有害物をラベル表示・SDS交付の義務対象とした上で、危険性・有害性に関する情報に基づくリスクアセスメント及びその結果に基づく措置の実施を義務付ける。」
「GHS分類済み危険有害物について、次のa~dの優先順位を基本としつつ、事業者が危険性・有害性に関する情報などに基づいて自ら選択するばく露防止手段を講じることにより、労働者が吸入する有害物質の濃度を国が示す基準(ばく露限界値(仮称))以下とすること又は同基準が示されていない物質についてはなるべく低くすることを義務付ける。
a 危険性・有害性に関する情報が得られている物質で、危険性・有害性がより低い物質への変更等によるハザードの削減
b 化学物質の製造・取扱いを行う機械設備の密閉化、局所排気装置の設置等の工学的対策によるリスクの低減
c 作業手順の改善、立入禁止場所の設定、作業時間の短縮化等によるばく露機会の削減によるリスクの低減
d 有効な保護具の適切な選択、使用、管理の徹底(フィットテストの実施を含む。)によるリスクの低減」

下線部分は中間とりまとめから修正された部分で、ばく露限界値(仮称)を示せない物質について、「物質毎ではなく、物質の性状(粉状、ガス等)毎に、『暫定ばく露限界値(仮称)』を設定して、「当該濃度以下に保つことを努力義務とすることについて検討を行ったが、科学的根拠に基づかない値を設定し、その遵守を努力義務とすることに関しては、推進する意見がある一方で、慎重な意見もあったことから、粉状物質に係る濃度基準などの現在の取組について改めて周知徹底を図るとともに、今後のばく露限界値(仮称)の設定に係る検討等も踏まえ、改めて対応を検討する」とされた。

また、「危険性・有害性に関する情報が少ないため、国によるGHS分類が行われていない物質(GHS未分類物質)」についても、「リスクアセスメントの実施及びその結果に基づいてばく露の濃度をなるべく低くする措置を努力義務とする」としている。

整理すると、以下のように、(1)危険性・有害性情報に関する情報に基づくリスクアセスメント及びその結果に基づく措置の実施義務(リスクアセスメント)と、(2)労働者が吸入するばく露濃度を管理する義務、の2つの義務の課し方がポイントになる。
① GHS分類済み危険有害物でばく露限界値(仮称)が示されたものについては、リスクアセスメントが義務付けられ、ばく露濃度をばく露限界値(仮称)以下にすることが義務付けられる。
② GHS分類済み危険有害物でばく露限界値(仮称)が示されていないものについては、リスクアセスメントが義務付けられ、ばく露濃度を「なるべく低くする」ことが義務付けられる
③ GHS未分類物質で、リスクアセスメントとばく露濃度を「なるべく低くする」ことが、ともに努力義務とされる。

ばく露濃度管理の評価方法

ばく露限界値(仮称)は、後述のとおり、作業環境測定結果の評価基準である管理濃度が示されているのが100物質ほどであるのと比べてはるかに多くの物質について示される予定であり、大きな規制強化である。また、(どのような)罰則が課せられるかわからないが、基準値以下を実現できていなければ義務違反であるという意味でわかりやすい。

基準値以下に「管理する方法」(というよりも、ここでは「ばく露濃度管理を評価する方法」と言うべきであるが)が重要になってくるが、報告書は、「以下のいずれかの方法とするが、できる限り実測による方法が望ましい」としている。
・当該労働者に係る個人ばく露測定の測定値(実測値)とばく露限界値(仮称)を比較する方法
・作業環境測定(A・B測定又はC・D測定)の測定値(実測値)とばく露限界値(仮称)を比較する方法
・「CREATE-SIMPLE」等の数理モデルによる推定値とばく露限界値(仮称)を比較する方法

これは、検討会のリスク評価ワーキンググループで検討されているが、実測(作業環境測定か個人曝露測定か)か推計か、マスクを使用した場合としない場合等について議論され、報告書では結局「なお、国は事業者による実測に資するよう、ばく露限界値(仮称)を設定する物質の測定分析手法を順次検討し、公表することとする」とされた。これがどのようなかたちで示されるか、また、数理モデルによる推定方法やマスクを使用した場合の比較方法等についてもいずれ示されることになると思うが、それらの具体的内容が重要になってくる。

数理モデルによる推定については、リスク評価ワーキンググループでも様々な意見が出されているが、実務的には、推計ですむなら実測よりも推計を選択する指向性が働くことは間違いないだろう。

また、ばく露限界値(仮称)は、「労働者が1日8時間、週40時間程度、肉体的に激しくない労働強度で化学物質にばく露する場合に、当該化学物質の平均ばく露濃度がこの数値以下であれば、ほとんど全ての労働者に健康上の悪い影響が見られないと考えられる濃度を元に設定する」が、リスク評価ワーキンググループでも「非常に短時間でも生命や健康が危険に曝される」場合もある等の指摘があり、「ただし、化学物質の性状や有害性情報に応じて、作業中の如何なる場合にも作業者のばく露濃度が超えてはならないと考えられる濃度等を元に設定することも検討する」と付記されている。

なお、②について暫定ばく露限界値(仮称)の設定を「先送り」したことに対して、リスク評価ワーキンググループでは専門家委員や労働者側委員から強い不満と早急に設定すべきであるという意見が表明されており、今後の対応が注目される。

ばく露濃度の管理方法

特化則等の特別規則では、製造・使用等禁止8物質を除き123物質について「ばく露防止のために講ずべき措置を国が個別具体的に法令で定め」、その実施が義務付けられている。
それに対して、特別規則の対象でない圧倒的多数の化学物質については、労働安全衛生規則の「衛生基準」に、有害原因の除去(第576条)、ガス等の発散の抑制等(第577条、約120物質については通達で指示)、呼吸用保護具等(第593条)、皮膚障害等防止用保護具(第594条)等の一般的義務規定がありながら機能していないことが、現状の問題点として検討会でも指摘されてきた。
それを「国はばく露濃度等の管理基準を定め、危険性・有害性に関する情報の伝達の仕組みを整備・拡充し、事業者はその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、ばく露防止のために講ずべき措置を自ら選択して実行することを原則とする仕組みに見直すこと」が提起されたわけである。

報告書では、GHS分類済み危険有害物について、前出のa~dの優先順位を基本としつつ、事業者が危険性・有害性に関する情報などに基づいてばく露防止手段を自ら選択することにより、ばく露限界値(仮称)以下とすること、または、同基準が示されていない物質についてはなるべく低くすることを義務付け、また、GHS未分類物質についても、これに基づいてばく露の濃度をなるべく低くすることを努力義務とすることが明記されている。

前述のばく露濃度管理を評価する方法に関する記述から、ばく露防止措置としてマスク等の個人保護具を選択し、実測値にマスク防護係数を掛けた値または防護係数を加味した推計濃度がばく露限界値(仮称)を下回っていれば、マスクの内側の濃度=労働者が吸入する濃度が基準以下を遵守しているものと評価されることになりそうではある。

しかし、マスクないし個人保護具で基準値以下が実現できれていれば、それ以上に優先順位を基本としたばく露防止措置を講じる努力は求められられないのであろうか。
そうだとしたら、マスクないし個人保護具の実際の使用のされ方いかんによっては、労働者が大きなリスクにさらされることになりかねない。また、優先順位を基本としたばく露防止措置を講じることによってばく露濃度を「なるべく低くする」ことが義務ないし努力義務とされている、ばく露限界値(仮称)が示されていない物質と比較して均衡を失しはしないか。

さらに、優先順位を基本としたばく露防止措置を講じることによりばく露濃度を「なるべく低くする」義務ないし努力義務の実効性をいかに担保するか。
リスクアセスメント及びその結果に基づく措置の実施は現在でも特別対象物質を含めた674物質に義務付けられているが、その実効性が問題にされてきた。労働安全衛生規則「衛生基準」の一般的義務規定の実効性の問題も既述のとおりである。ここをどう改善できるかは、自律的管理への転換にとって最大の課題のひとつであると考えている。

特別の措置が求められる物質

ここで、関連した他の論点にもふれておきたい。

ひとつは、オルト-トルイジンによる膀胱がん事件によってとくに注目されるようになった課題であるが、「皮膚・眼刺激性、皮膚腐食性または皮膚から吸収され健康障害を引き起こし得る有害性に関する情報が得られている物質」について、「密閉系ではない方法で取り扱う場合は、できるだけ直接接触しない作業手順を採用するとともに、労働安全衛生規則第594条の規定に基づき、皮膚障害等防止用の保護具の使用を義務付ける(現行の労働安全衛生規則第594条の保護具の備え付け義務を使用義務に見直す)」とされていること。
密閉系を優先的措置としつつ、直接接触の防止を努力義務としたうえで、皮膚障害等防止用保護具の使用を義務付けるという趣旨であり、続けて、経皮ばく露に関するリスクアセスメント手法及び生物学的モニタリング手法を引き続き「検討することが適当」ともしている。これらが示されれば、それにしたがってスクアセスメントや生物学的モニタリングを実施することが求められることになろう。
GHS未分類物質についても、上記有害性が「ないことが確認されている場合を除き、当該物質を密閉系ではない方法で取り扱う場合は、上述の皮膚障害等防止用保護具の使用を義務付ける」としており、対象物質は非常に多くなる可能性がある。

もうひとつは、「特化則等に基づく措置の柔軟化」として提起されているのだが、(1)人材の確保、作業環境測定の結果や労働災害・有所見者の状況等に都道府県労働基準局長等の認定を条件に特化則等の運用を除外する仕組み、(2)作業環境改善による区分を下げることを求められる第三管理区分に評価されながら「作業環境改善が困難な場合」に、個人サンプラー等による測定等や所轄労働基準監督署への届出を条件に呼吸用保護具の使用を容認する仕組み(「容認」という言葉自体使われていない)、(3)健康診断のリスクに応じた実施頻度の見直し等が取り上げられていること。
発がん性物質等の特別規則対象物質は、現行の規定や運用を見直しつつも、講じられるべきばく露防止措置についての具体的規制が必要だということである。発がん性物質についての健康診断データ等の30年間保存義務づけや、第三者機関による保存の仕組みの検討も提起されている。

リスク低減義務の質問と回答

そのような問題意識から、全国安全センターは(最終報告書公表される前の時点だったが)以下を要望して、各々、次に示すような回答を得た。

【要望①】曝露限界値(仮称)を下回る場合であっても、優先順位の考え方に基づいたリスク低減措置の検討・実施を義務付けること。
【回答①】[報告書に基づき]GHS分類済みの危険有害物については、リスクアセスメント結果に基づく措置の実施を義務付けた上で、更に、ばく露限界値(仮称)以下に管理することを求めるものであり、ばく露限界値(仮称)以下であれば、リスクアセスメント結果に基づく措置を実施する必要がなくなるわけではございません。

【要望②】安全衛生規則の衛生基準における一般的義務規定の内容を、リスク低減措置の優先順位の考え方に沿って見直すとともに、常により優先順位の高い措置をめざすべきであることを明定すること。
【回答②】[報告書に基づき]GHS分類済みの危険有害物については、リスクアセスメントの結果に基づく措置が実施されるよう義務づける予定であり、リスクアセスメント結果に基づく措置に関しては、「化学物質による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」でお示ししているとおり、①有害性の低い物質への変更、②密閉化・換気装置設置等、③作業手順の改善等、④保護具の着用という優先順位で検討されることを求めていくこととなります。

これらの回答は非常によい内容である。問題は、それが法令等にどのように規定されるかに尽きる。
行政通達であるリスクアセスメント指針でふれられるだけでは、674物質について義務付けられているのに実効性に問題があると指摘される現状を変えることはできない、強く指摘しておきたい。
要望②で提起したように、安全衛生規則衛生基準の一般的義務規定を見直すことを強く求めたい。また、要望では、「常により優先順位の高い措置をめざす」と書いたが、本誌が再三強調し、リスクアセスメント指針にも明記されているとおり、「合理的に実行可能な限り」と明示して、一般的努力義務規定としてでもよいので、明定してほしい。

内容の異なる概要図の修正

一方、最終報告書とともに公表された「報告書のポイント」(概要)は、次頁上図のとおりであった。

ここには、ばく露限界値以下であってもリスクアセスメント結果に基づく措置を実施する必要があることや、リスクアセスメント結果に基づく措置における「優先順位」の考え方(国際的に「リスク管理のヒエラルキー」と呼ばれることの多い、リスクアセスメントと結びついた「基本原則」)は出てこない。
逆に、「達成のための手段は限定しない」が大見出しになっているが、「限定しない」などという表現は報告書のどこにも使われていない。また、「発散抑制装置による濃度低減のほか、呼吸用保護具の使用などもばく露防止対策として容認」と書かれているが、すでにみたように検討会報告書には、保護具を使用すれば作業環境改善の必要はないと「容認」するようなというような記述はない。さらに、厚生労働省は、「ばく露限界値(仮称)以下であれば、リスクアセスメント結果に基づく措置を実施する必要がなくなるわけではございません」と回答しているわけである。

にもかかわらず、なぜこのような図が作成・公表されるのか。報告書とこの図、回答内容のいずれが厚生労働省の本音なのか問うと、「報告書がすべて」、今回の回答内容も「間違いはない」と言う。そうであれば図を改めるべきだという話になり、以下の説明とともに、次頁下図が修正版として届けられた。

「国が定める管理基準に達成する方法について、限定されず何でも良いのではなく、国が具体的な手段を指定しないだけで、リスクアセスメントの実施義務はかかっており、そのリスクアセスメントは優先順位にしたがって対応することを基本としていると報告書に記載されているが、別添の概要のP4ではそのことがはっきりわからない。→ご指摘を踏まえて、概要のP4に優先順位の考え方に従って対応することがわかるように以下のとおり修正いたしました。
・『達成のための手段は限定しない』→『達成のための手段は指定しない』に修正
・<新たな仕組み(自律的な管理)のポイント>1つ目の※の記載を以下の内容に修正
※ばく露濃度を下げる手段は、以下の優先順位の考え方に基づいて事業者が自ら選択
①有害性の低い物質への変更、②密閉化・換気装置設置等、③作業手順の改善等、④有効な呼吸用保護具の使用」

しかし、厚生労働省ホームページに掲載されたものは修正されておらず、修正された図がどのように使われるのかはわからない。私たちの指摘・要望が十分に伝わったかどうかは、今後の法令の見直しの内容で判断しなければならない。

義務対象物質と特別規則の廃止

中間とりまとめでは、特別規則の個別規制で管理方法が具体的に定められているものについては、前出の「特化則等に基づく措置の柔軟化」を図りつつも、「これらの規定に基づく管理を引き続き適用する」とされていた一方で、検討会では、新たな対象物質の追加はしない、特別規則自体の将来の廃止の可能性も議論されていたため、以下のような要望も行った。

【要望③】「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」で提案されている特別規則を廃止するという方向性に反対する。特定化学障害予防規則や有機溶剤中毒予防規則に「新たな物質の追加はしない」とする方針は採用せずに、積極的に物質の追加を行うこと。
これに対する回答も最終報告書の内容にそぐわないものだったため、回答の修正が行われることになり、以下に紹介するのは修正版である(下線部が修正箇所)。
【回答③】今回の見直しの背景として、化学物質による労働災害の約8割が未規制物質で発生しており、国がリスク評価を行い、個別事業場の具体的措置を検討するという従来のやり方では、危険有害性を確認せず未規制物質に代替し、新たな災害を発生させるという動きを止められないとの問題意識のもと、欧州のREACH等の規制を参考に、令和2年度までに国によるGHS分類で危険有害性の明らかとなった未規制物質、約2000物質の全てについては令和5年度までに、リスクアセスメントの義務対象とすることとしています。また、国による新規のGHS分類を関係する省と連携して実施し、新たに分類された物質は令和6年度以降に順次リスクアセスメントの義務対象とすることとしています。[別掲図を挿入]

新たな規制では、従来の規制のように、画一的な健康障害防止措置の実施を求めるものではなく、リスクアセスメントの実施により、化学物質の使用量や作業形態などを踏まえて、化学物質のばく露濃度をばく露限界値(仮称)以下に下げるという措置が義務づけられることから、規制対象物質数の大幅な増加と合わせて、これまで以上に措置の強化が求められるものであります。
なお、このような管理が困難で、健康被害のおそれがある物質や作業が明らかになった場合は、労働安全衛生法第55条の製造等の禁止や第56条の製造の許可といった、更なる規制を検討することとなります。
いずれにしても、特化則等は、自律的な管理が十分に定着しない状況で廃止することはできないと考えており、5年後を自律的な管理を定着させる目標年度として必要な施策を展開するとともに、その時点で国の支援策が十分ではなかったり、事業場における自律的な管理が十分定着していないと判断される場合は、廃止を見送り、さらにその5年後に改めて評価を行うこととされており、自律的な管理の中に残すべき規定の整理なども含め、必要な制度改正の検討は今後も進めてまいります。

修正内容は、①リスクアセスメントの義務対象が約2,000物質にとどまるものではなく順次追加されること、②特別規則の5年後廃止が既定方針ではないことを確認したもので、いずれも最終報告書に書かれていることである。しかし、要望書にあるように、中間とりまとめ段階では特別規則に「新たな物質の追加はしない」という話であったものを、あらかじめ特別規則の廃止を「想定」(報告書の言葉)すること自体、化学物質管理規制の大きな後退として、絶対に反対である。

なお、将来的廃止が想定されている特別規則は、特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉じん障害防止規則、四アルキル鉛中毒予防規則であり、電離放射線障害防止規則、石綿障害予防規則、いわゆる除染電離則は含まれていない。

事業場内化学物質管理体制等

報告書の提言によって、職場で、とりわけ労働者にとって、どのような変化が予想されるか、もう少しみておきたい。

まず、「労働者に対して雇入れ時及び作業内容変更時に実施が義務付けられている労働安全衛生法第59条に基づく安全衛生教育について、危険性・有害性のある化学物質を取り扱う全ての労働者が対象となるよう、一部の業種に限定されている危険有害作業に係る教育について、業種の限定を外すとともに、教育内容に以下の事項を追加する。
・ラベルの内容(ラベルの記載事項や絵表示の意味、発がん性など高い有害性がある場合はそれが健康に及ぼす可能性のある影響、ラベルがないなど危険性・有害性が不明な場合はその意味(最大限のばく露回避措置が必要であること)を含む。)
・作業上の注意点
・保護具を使用させる場合は、その意義及び使用方法(フィットテストの意味を含む。)」

職長教育の対象業種も拡大される。

また、「労働安全衛生法第57条の3に基づく化学物質のリスクアセスメントには、作業に従事する労働者を参画させなければならないこととする」。

それ以外の「事業場内の化学物質管理体制の整備」としては、化学物質管理者の選任義務化と保護具着用管理責任者の選任義務化がある。前者は、GHS分類済み危険有害物を製造または取り扱う業務に労働者を従事させる事業場では、業種・規模にかかわらず、後者は、そのなかで、労働者のばく露防止措置の方法として保護具の使用を選択する場合に、義務付けられる。前者については、労働安全衛生法第19条の2に基づく能力向上教育の対象に追加することが予定されている。

報告では、2つのモニタリングにもふれている。

自律的な管理の状況に関する労使等によるモニタリングは、衛生委員会等で、自律的な管理の実施状況(リスクアセスメントの実施結果、労働者のばく露の状況、保護具の選択、使用を含む措置の実施状況等を想定)を調査審議することである。実施状況は、1年を超えない期間ごとに記録し、当該期間終了後3年間(リスクアセスメント実施結果記録は次回実施まで、健康診断結果記録は5年間(発がん性物質は30年間))保存する。
化学物質による労働災害(休業4日未満も含む)を発生させた事業場などであって、自律管理が適切に行われていない可能性があるとして労働基準監督署長が必要と認めた事業場は、一定の外部専門家の確認・指導を受け、その結果を労働基準監督署長に報告することともされている。
なお報告書では、「外部専門家としての化学物質管理の専門人材の位置づけの明確化とその確保・育成」が強調されているが、具体的に登場する場面は、この確認・指導と第三管理区分の事業場の改善についての意見を求められることにとどまる。しかし、「事業者からの依頼に応じて化学物質管理に関する様々な相談、助言、指導を行う専門家としても、国は関係する業界団体や関係機関と協力し、オキュペイショナル・ハイジニストをはじめとする化学物質管理について高度な知識と豊富な経験を有する専門家の育成を促進する」、「化学物質に係る専門家の国家資格化についても検討する」としているので、今後、注目していきたい。

健康影響に関するモニタリングは、リスクアセスメントの結果に基づき実施の要否について労使で議論し(産業医等がいる場合はその意見を参考とする)、事業者が決定して実施する健康診断のことである(既に健康診断の実施が義務付けられている特定化学物質、有機溶剤等を除き、健診項目は健診を実施する医師又は産業医の判断に委ねる)。
労働者がばく露限界値(仮称)を超えてばく露した可能性がある等必要な場合は、臨時の健康診断を実施しなければならず、また、化学物質を製造または取り扱う作業に従事する労働者について、年に1回実施する一般定期健康診断の問診を行う医師が、化学物質の取扱い状況等を労働者から聴取した上で、健康への影響の有無について特に留意して確認することとされている。

また、既述のとおり、皮膚吸収有害性のある一定の物質について、吸入や経費によるばく露状況等も勘案した生物学的モニタリング手法について検討することとされている、なお、「特化則等に基づく措置の柔軟化」について、すでに一部既述してはいるが、詳細の紹介は省略させていただく。

危険性・有害性情報伝達の強化

ラベル表示・SDS」関係も詳細は省略させていただくが、重要な内容が多い。以下の事項が扱われているので、報告書にあたっていただきたい。

ア ラベル表示・SDS交付を促進するための取組
(ア)ラベル表示等の義務から除外される一般消費者向け製品の範囲の明確化
(イ)行政、労使等の協力によるラベル表示等の社会への浸透
(ウ)違反事業者に対する対策の強化

イ SDS記載内容、交付方法等の見直し
(ア)SDSの記載項目の追加と見直し
(イ)SDSの記載内容の定期的な更新の義務化
(ウ)SDS交付方法の拡大

ウ 譲渡・提供時以外の場合における危険性・有害性に関する情報の伝達の強化
(ア)移し替え時等の危険性・有害性に関する情報の表示の義務化
(イ)設備改修等の外部委託時の危険性・有害性に関する情報伝達の義務拡大

エ 支援措置等
(ア)危険性・有害性に関する情報の利活用のためのプラットフォームの整備
(イ)業界団体・企業における取組の支援

中小企業に対する支援

中小企業に対する支援の強化」として取り上げられているのは、以下の3点である。
ア 化学物質管理に関するガイドラインの策定
イ 専門家による支援体制の整備
ウ 化学物質管理を支援するインフラの整備
「ア」の内容は、「特に管理が困難と考えられる物質や、危険性・有害性(ハザード)が高い物質については、中小企業等における管理の参考となるよう、標準的な管理方法等をまとめたガイドラインを主な業種・作業ごとに、国が研究機関や業界団体と協力して示す」である。

がん等の遅発性の疾病の把握

「遅発性の健康障害の把握」が第13次労働災害防止計画で課題として掲げられているが、中間とりまとめ段階では今後の検討課題のひとつとされていたが、全国安全センターは厚生労働省に以下の要望を行った。

【要望④】「遅発性の健康障害」であるか否かに関わらず「新たな」及び/または「隠れた」職業病の「把握」及び「再発の防止」のための取り組みを進めるべきである。また、そのためには安全衛生・労災補償両部署の緊密な連携が不可欠であるとともに、様々な取り組みを組み合わせて効果を上げる努力をするしかないものと考えられ、国等による情報収集、調査研究等に加えて、以下[後掲]を含めること。

最終報告では、以下のとおり提言された。
ア がん等の遅発性疾病の把握の強化
(ア)関係者に対する教育・周知啓発の強化

発がん性物質を取り扱う労働者に対して、雇入れ時・作業内容変更時教育におけるラベル教育の一環として、発がん性物質が健康に及ぼす影響についても、教育内容に含める。
また、事業者及び産業医に対しても、発がん性物質の取扱いによる発がんリスクについての教育、周知啓発を推進する。
(イ)がんの集団発生時の報告の仕組み
化学物質を取り扱う同一事業場において、複数の労働者が同種のがんに罹患し外部機関の医師が必要と認めた場合又は事業場の産業医が同様の事実を把握し必要と認めた場合は、業務との関連性を解明する必要があるため、所轄労働局に報告することを義務付け、労働局は、労働衛生指導医、労働安全衛生総合研究所等の専門家の協力も得て、当該事業場その他同様の業務を行っている事業場に対し、必要な調査等を行う。

イ 健診結果等の長期保存が必要なデータの保存
(ア)自律的な管理における健康影響関連データの保存

自律的な化学物質管理の仕組みにおいても、健康影響に関するデータを確実に保存することが重要であることから、発がん性物質について、健康診断を行った場合の結果、労働者のばく露状況に関するデータ、作業歴について、事業者に対して30年間の保存を義務付けることが適当である。
(イ)第三者機関による保存の仕組みの検討
特化則等で事業者に30年間の保存を義務付けている健康診断個人票、作業環境測定の記録、作業の記録及び上記(ア)の自律的な管理において30年間の保存を求めるデータについて、転職や倒産等による散逸、アクセス困難性を回避し、確実にその保存を担保するとともに、労働者及び事業者の利便性の確保の観点からも、第三者機関(公的機関)が保存を行う仕組みを検討することが適当である。なお、この際、当該機関は、これらの情報をビッグデータとして分析し、がんの発生リスク等を含めた予防対策に生かすことを検討していくべきである。」

なお、この課題が初めて取り上げられた第12回検討会には、「課題」として以下が示されている。
・過去にがんなどの疾病が集団発生した事案は、いずれも事業者からの自発的な相談や、労働者からの労災申請を端緒に把握しており、行政が体系的に把握できる仕組みにはなっていない
・仮に何らかの端緒で把握したとしても、業務との関係性が明確になっていない時点(労災認定がされていない時点)では、専門家による原因の調査等を行うことが困難な状況(任意の協力を求める必要がある)。
・日本において職業がんとして把握されているのは、石綿による肺がん及び中皮腫として労災認定されている年間約900人のほかは、職業がんとして労災認定されている20人程度と、諸外国と比べても極端に少なく、職業がんの実態が把握できていない可能性がある。
・退職後に発症した場合、主治医が退職前の業務を把握しているとは限らず、本人が業務との関連の可能性を認識できないと労災申請にも至らない。

厚生労働省交渉では、具体的な取り組みが提起されたことは歓迎しつつ、しかし、「がんの集団発生時の報告の仕組み」の「必要と認めた場合」という条件付けが効果を激減させるであろうこと等も指摘しつつ、オールマイティのひとつの万能な手段があるとは思えないので、私たちの提案したことも含めて、さらにやれることをやっていくよう重ねて要望した。

私たちの提案と回答

私たちの要望=提案のひとつずつに回答がなされているので、以下に紹介しておきたい。

【提案①】がんに限定せずに同一職場で同一疾病の罹患者が複数生じた情報を把握して、調査等を行う仕組みをつくることは賛成であり、(特殊)健康診断結果を活用する仕組みについても検討するべきである。
【回答①】1 労働安全衛生法第66条第2項の規定に基づき実施される特殊健康診断(以下「健康診断」という。)については、事業者は、健康診断の実施後、遅滞なく、健康診断結果報告書を所轄の労働基準監督署に提出することとなっています。
2 労働基準監督署においては、事業者より提出された健康診断結果報告書の内容を踏まえ、有所見者数等に特異な傾向が見られる場合等には、当該事業場に対して、必要な指導等を実施しているところです。
3 引き続き、これら取組を継続し、労働者の健康障害防止対策の徹底を図ってまいります。

【提案②】多発事案に限定せず、最近のジアセチルによる閉塞性肺疾患のような認定事例や労働基準局報告例規「補504」で「新しい疾病」または「がん」として報告された事例等を系統的に公表・周知すること。
【回答②】1 補504については、従来と異なる新しい疾病等の請求があった際に、個別事案に関する情報を厚生労働本省へ速報するものであり、公表・周知は行っておりません。
2 しかしながら、新しい疾病等で労災認定された場合には、必要に応じて、注意喚起や労災保険制度の周知等を行ってまいりたいと考えております。

【提案③】ジアセチルによる閉塞性肺疾患の労災認定ついて、今年6月7日付けで厚生労働省化学物質対策課長と補償課長の連名による「ジアセチル(別名:2,3-ブタジオン)による健康障害の防止対策及び労災保険制度の周知について」通達を出し、都道府県労働局に対し、ジアセチルによる閉塞性呼吸器の労災認定の周知を行い、日本香料工業会に対しては、ばく露低減対策の指導、労働者及び退職者への健康被害の把握を指示したことは評価できる。これまでジアセチルにばく露した労働者、退職者への健康調査を実施すること。
【回答③】令和3年6月7日付け通知「ジアセチル(別名:2,3-ブタンジオン)による健康障害の防止対策及び労災保険制度の周知について」を発出するに当たっては、日本香料工業会を通じて調査を行い、日本香料工業会の会員企業から、
・ジアセチルの取扱いがあるかどうか
・健康障害が発生した事案があったかどうか
等を回答いただいております。
結果として、健康障害が発生した事案はありませんでしたが、同通知において、ジアセチルを取り扱う業務に従事していた労働者(異動した方や退職した方も含む)で閉塞性肺疾患等の呼吸器疾患を発症した方を把握した場合には、当該労働者に対して労災保険制度の周知を行うとともに、所轄の都道府県労働局又は労働基準監督署への相談を促していただくよう会員事業場への周知を要請しました。
引き続き関係事業場に対する指導を適切に行ってまいります。

【提案④】情報提供や助言等を行う医師をはじめ専門家のネットワーク、及び、労使・医療関係者等からの相談を受け付ける窓口を設置するとともに、後者に寄せられた相談について前者の助言を求めるなどの仕組みをつくること。
【提案⑤】臨床現場における職歴聴取の促進とそのデータを活用する仕組みをつくるとともに、日本版Job-Exposure Matrixの構築をめざすこと。
【回答④⑤】化学物質の自律的な管理を行うに際しては、事業場の産業保健スタッフにも相応の役割が求められるところですので、人材の育成やネットワーク化、助言指導等の支援体制の整備などについて、関係団体等と密接な連携を図りながら進めて参ります。

遅発性職業病の時効撤廃

以下、報告書の内容からは外れるが、厚生労働省交渉で取り上げた、その他の化学物質関連事項も紹介しておきたい。

【要望⑤】胆管がんに続いて、オルトトルイジン・MOCAによる膀胱がん、アクリル酸系ポリマーよる発症した呼吸器疾患についても、業務上外に関する検討会報告書の公表日までは労災請求の時効は進行せずという取り扱いが示されたが、ジアセチルによる閉塞性肺疾患や将来の同様の事例についても同様の取り扱いとすること。さらに、遅発性の職業病について時効を撤廃または緩和する措置を検討すること。
【回答⑤】1 印刷事業場で発生した胆管がん、オルト-トルイジンのばく露による膀胱がん、アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんのばく露による呼吸器疾患及びMOCAのばく露による膀胱がんについては、それぞれ業務上外に関する検討会において、検討会時点での医学的知見が報告書として取りまとめられており、労災保険の保険給付請求権の消滅時効については、当該報告書の公表日まで進行していないものとして取り扱っております。
2 一方で、ジアセチルによる閉塞性肺疾患については、現時点においてジアセチルにさらされる業務と疾病との因果関係が必ずしも確立されていないことから、胆管がん等の時効と同様に取り扱うことは、現時点では困難であり、予定しておりません。また、他の遅発性の職業病についても同様です。
3 しかしながら、労災保険制度の周知に今後とも努めるとともに、遅発性の職業病等について労災請求がなされた場合には、個々の事案ごとに適切に対応してまいります。

職業病リストへの追加と情報提供

【要望⑥】要望⑤に列挙した事例等について、労災請求・認定数等に関する情報を継続的に公表するとともに、遅滞なく職業病リスト=労働基準法施行規則別表第1の2に追加するようにすること
【回答⑥】1 労災請求・認定数等に関する情報の公表について、MOCA等の事案で、請求人から了承が得られた場合には、個人が特定されないようにした上で公表を行っていますが、今後も必要に応じて労災認定等に関する情報を公表してまいりたいと考えています。
2 また、労働基準法施行規則別表第1の2の見直しに当たっては、医学専門家に参集いただいた専門検討会を開催し、業務上疾病として新たに同規則別表第1の2等に追加すべきものの有無等について、定期的に検討を行っているところです。
3 引き続き、医学的知見を幅広く収集し、検討結果を踏まえた労働基準法施行規則別表第1の2の改正を行うなど、適切な対応に努めてまいります。

なお、厚生労働省交渉におけるやりとりの詳細は、「全国安全センターの厚生労働省交渉(2021.7.20):A.6. 化学物質対策について-化学物質管理規制はどうなる?」で紹介している(一部予定)ので、参照していただきたい。

※安全センター情報2021年11月号