特集:化学物質規制体系の見直し/労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー-2021.5.7 国際労働機関(ILO)

目次

要 約

背景

世界の労働者は、有害化学物質への職業曝露による世界的健康危機に直面している。毎年10億人を超す労働者が、労働環境において、汚染物質、粉じん、蒸気やヒュームなどの有害物質に曝露している。それらの労働者の多くが、そのような曝露によって命を落としており、致死的な疾患、がんや中毒、あるいは火災や爆発による致死的な傷害によって亡くなっている。われわれはまた、不幸にも多くの場合目に見えないままの、非致死的な傷害による障害衰弱させる慢性疾患、その他の健康問題によって労働者とその家族が直面している負荷も考慮しなければならない。これらの死亡、傷害や疾患はすべて完全に予防可能なものである

国際労働機関(ILO)は、有害な化学物質からの労働者の保護が、人々の健康と持続可能な環境を確保するために不可欠であると認識してきた。にもかかわらず、ほぼすべての職場で労働者が化学物質に不当に曝露させられている。化学物質の生産とそれを使用する産業は拡大しており、そのことは職業曝露が増加する可能性が高いことを意味している。さらに、毎年新しい化学物質が導入されるなか、職業曝露限界の実施など、曝露を規制する仕組みが追いついていけていない。それゆえ、労働者、その家族やより広い地域社会に対する危害を防止するために、様々な対策を講じ、実施することが急務となっている。

化学物質の安全性に対する国際的な関心の高まりを受けて、国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)が開発された。職業曝露を考慮することはSAICM2020年以降の枠組み[SAICM Beyond 2020]の中心になければならず、この新しい枠組みでは労働者を化学物質曝露から守るためにさらに強力な対策が必要である。

このグローバルレビューは、政策的努力のための確かなエビデンスベースを提供するために実施されたものである。そのために、化学物質への職業曝露から労働者の健康と安全を守るための、最近の傾向と優先課題についての必要かつ包括的な分析を提供するものである。

主な知見

優先課題として確認された化学物質曝露は、以下のとおりである。
1.アスベスト
2.シリカ
3.重金属
4.溶剤
5.染料
6.工業ナノマテリアル材料
7.パーフルオロ化学物質(PFAS)
8.内分泌かく乱化学物質(EDCs)
9.農薬
10.職場大気汚染

▶化学物質曝露の大部分については、局所的、地域的、世界的な推計のためのデータが存在せず、曝露労働者数を推計することさえできない

▶職場で、考慮され、監視され、規制されているのは、限られた数の化学物質だけである。労働者の化学物質曝露及び死亡やがんなどの各々の結果に関する情報が不足していることから、死亡やがんなどの各々の結果に関する包括的な情報が不足しているために 世界的な疾病負荷計算はしばしば欠落しているか、または、重大な過小評価となっている

▶一部の有害化学物質は禁止されているものの、多くの有害物質がいまなお世界で使用されており、低中所得諸国(LMIC)の労働者がとくに曝露している

がんが労働関連死亡の主要な原因であり、200種類以上の物質がヒトに対して発がん物質として知られているか、またはその可能性があると確認されており、それらの曝露の多くが職場で生じている。

▶化学物質への職業曝露は、肝臓や脳など特定の臓器はもちろん、生殖系心血管系呼吸器系免疫系などの様々な身体の仕組みに有害な影響を与える。

優先行動

本レビューは、世界の様々な経済分野において、労働者を保護するための迅速な行動が必要であることを明確に示している。労働者保護と予防の努力を確実にするための主な行動は、厳格かつエビデンスに基づいた職業曝露限界、管理のヒエラルキーに従った職場での対策、化学物質の段階的禁止・制限である。さらなる主な行動には、以下が含まれる。

▶化学物質の健全な管理のための政策は常に、ILO第187号労働安全衛生枠組み促進条約に概述されている、システムアプローチに従うべきである。

▶化学物質によって引き起こされる労働衛生危機に対応するために、国際労働基準が不可欠である。

▶優先課題のひとつとして、ILO第170号化学物質条約第174号大規模産業災害防止条約を含め、化学物質の安全管理に関する主要なILO条約が批准及び実施されるべきである。

▶すべてのレベルで多様な関係者が関与して、国及び職場レベルで予防的な安全衛生文化が確立されるべきである。

▶すべての主要な有害化学物質について、調和化されかつエビデンスに基づいた職業曝露限界(OELs)が確立され、更新され、実施され、執行されるべきである。

▶職場レベルでは、化学物質の把握包括的なリスクアセスメント管理対策の実施を含んだ職場戦略はもちろん、化学物質の健全な管理のためのプログラムアプローチが推奨される。

▶予防措置は、ILOガイダンスで設定されている、管理のヒエラルキーに従って実施されるべきである。

▶化学物質曝露情報とその結果としての労働者の健康への影響に関する、調和化された国際的データリポジトリ[貯蔵所]とデータベースが緊急に必要とされている。

非感染性疾患(NCD)、さらに化学物質曝露と感染性疾患との相関関係、に関するさらなる研究が、優先課題とされるべきである。COVID-19パンデミックは、労働安全衛生の多次元的側面を考慮に入れた対応可能な政策努力の必要性を浮き彫りにした。

▶ジェンダーや生物学的な要因によって拡大される曝露と影響を確認及び防止するために、ジェンダー別のデータを生成する必要がある。

▶すべてのレベルで、関係者間の透明で活発なコミュニケーションを促進するために、社会的対話が不可欠である。

▶健全なガバナンスの枠組みの構築はもちろん、SAICMや化学物質を扱うその他の国際的な政策努力に、労働の世界の関係者がより一層関与する必要がある。

一部の化学物質への職業曝露の健康影響はよくわかっているものの、一定の化学物質の長期的健康影響が明らかになるのは何年もたってからだけだということもありそうなことである。しかし、明らかなことは、消費者製品や工業プロセスにおける有害な化学物質の使用が今後何年も増加し続け、疾病負荷の増加や環境への悪影響につながるということである。われわれはもはや、化学物質の世界的な誤った管理に自己満足している余裕はなく、日常的に曝露している何十億の労働者を守るために、新しいアプローチが緊急に必要である。化学物質の健全な管理のための効果的かつエビデンスに基づくシステムを、緊急の課題として、国と職場レベルの両方で実施しなければならない。

はじめに

世界中で職場における化学物質の生産と使用が増加するにつれて、労働者は、健康に悪影響を及ぼすかもしれない有害な化学物質への曝露のリスクに一層さらされている。化学産業自体で雇用されている者はもちろんのこと、ほぼすべての経済分野の労働者が危険で有害な化学物質に曝露している。これまでにILOが発表した推計では、毎年世界で278万人を超す労働者が労働条件が原因で死亡しており、有害物質への曝露が約100万人の労働者の命を奪っていることが確認されてきた。これは、少なくとも30秒ごとに1人の労働者が、化学物質への職業曝露によって亡くなっていることを意味している。

問題の規模が大きいために、有害な化学物質によって引き起こされるリスクをよりよく理解し、曝露労働者の健康と安全を守るための対策を確認するために、エビデンスの包括的レビューが必要だった。本研究における化学物質の優先順位は、以下の基準に基づいて確認された。

▶労働者における曝露の予測される負荷(曝露・生産の傾向が高いほど、優先順位が高い)

▶疾病と労働者の関連死亡率の予測される負荷(死亡率が高いほど、優先順位が高い)

▶労働者のための保護・予防措置の改善・実施の可能性(すなわち、現在職業曝露限界のない化学物質曝露、低中所得諸国が高所得国の現在の慣行に基づいた措置を実施することのできる化学物質曝露)

なぜいまグローバルレビューを実施することが重要か?

化学物質や廃棄物の健全な管理は、労働の世界と直接結びついている。すべての人々が化学物質に曝露するかもしれないが、労働者は、より多い量、より長い時間、曝露に直面する傾向があり、重大な健康影響のリスクを増大させる。ILOは、労働安全衛生(OSH)課題を前進させるための最優先事項として化学物質曝露の重要性を強調してきたし、労働の世界と健康、環境、農業や経済発展など他の分野との間に存在する重要な相互関係に注意を呼びかけている。

化学物質の安全性に対する国際的な関心の高まりを受けて、ライフサイクルを通じた化学物質の健全な管理を確保することを全体的目的にして、国際化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)が開発された。ILO理事会は2006年にSAICMを承認し、この世界的政策枠組みは、世界規模での化学物質の健全な管理に向けた普遍的アプローチに必要な重要な諸要素を調和化・統合するための優れたツールであると指摘した。

現在、SAICM2020年以降の枠組み[SAICM Beyond 2020]に関する勧告を準備する会期間中プロセスが進行中である。職業曝露を考慮することはSAICM Beyond 2020の中心になければならず、この新しい枠組みでは、労働者を化学物質曝露から守るためにさらに強力な対策が必要である。本グローバルレビューは、曝露のシナリオ、労働者曝露と健康影響の規模、会期間中プロセス及びそれ以降の行動のための優先課題に関する重要な検討を提供することを目的としている。ILOはまた、このグローバルレビューの発表が、労働者が現在直面している世界的な健康危機に注目を集めることを期待している。労働分野の意見が十分に考慮されるようにするために、労働の世界の関係者による有意義かつ積極的な参加を促進することも目的としている。

労働安全衛生と化学安全におけるトレンド

化学産業は、ここ数年は若干の横ばいがみられるものの、年率4から4.5%の安定した成長の長い歴史をもっている。医薬品を含めた世界の売上高は、2017年に3兆4700億ユーロで、化学産業は世界第2位の生産部門となった。現在、化学物質をもっとも多く生産・消費している地域はアジアである。中国は世界最大の化学産業を擁し、世界の売り上げの37%を占めている。市場シェア約16%の欧州連合が第2位で、約13%のアメリカが続いている。世界の化学産業の生産能力は、2000年から2017年にかけて約2倍の約23億トンに増加し、生産される化学物質の量の将来の増加の可能性を示している。売上高の成長は、過去10年間に比べていくらか遅いペースではあるものの、継続するものと予測されている。

化学産業の世界的バリューチェーンは、図1に示すような、主要なセグメントに分けることができる。最初のステップでは、供給原料(例えば天然ガスや鉱物)が、大量、低価値のバルク化学物質に加工される。これらは、従来は大容量の精製所や製粉所で生産された。中間化学物質は一般的に、例えば塗料用の染料など、生産・製造プロセスでさらに使用するために、開発される。下流の施設での化学物質の加工や製品の製造は、農業、建設業やエレクトロニクスなどの、無数の製品製造メーカーとつながっている。様々なセグメントは、世界の数多くの国々にまたがっているかもしれない。工業用・消費者用製品の使用、再使用、廃棄及び廃棄物は、製品や地域によって大きく異なっている。

労働者は、世界的な化学物質のバリューチェーンのすべての段階で、有害な曝露に直面している。また、労働者は、農業、鉱業、建設業、製造業やサービス業を含め、しかしそれらに限らず、様々な経済分野で様々な化学物質に曝露している。化学物質のハザーズは、従来のもの(例えばアスベスト)だけでなく新しいものとともに、労働者に直接的な脅威を引き起こし、既存の健康問題を悪化させる可能性がある。化学物質への職業曝露は、農薬による中毒などの急性健康影響や、がんなどの慢性疾患を引き起こす可能性がある。さらに、化学物質の生産、使用や貯蔵は、火災や爆発を引き起こし、大規模な致死的・非致死的傷害につながる可能性もある。最近の例では、貯蔵されていた硝酸アンモニウムが一連の爆発で200人の命を奪い、7,500人以上の負傷者を出した、ベイルートの爆発事故(2020年8月)がある。

心血管疾患、がんや呼吸器疾患などの非感染性疾患(NCDs)は、有害な化学物質への曝露によって引き起こされる可能性があることから、もうひとつの重要な検討事項である。まさにNCDsは、労働関連疾患の大部分を占めており、NCDsのリスクの増加はしばしば化学物質への職業曝露と関連している。最近の推計では、図2に示すように、職業がんが、年間240万人の死亡のうち27%を占めることを示している。職業がんに起因する推計年間死亡数は、2011年の666,000人から2015年の742,000人に増加し、この増加は、新しい発がん物質に関する証拠、推計の方法、労働者の産業分布の変化や人口の増加と高齢化など、様々な変数によって説明し得る。ILOは、毎年発生する致死的労働関連がんの数の増加を示した世界のデータも発表している。EUだけで職業がんは、2011年に102,500人の死亡と2015年に106,300人の死亡に責任があった。これらのデータを考慮すると、職業がんがいまや世界的にまた世界の多くの地域で、労働関連死亡の主要な原因のひとつであり、その数は増加し続けていることは明らかである。

労働の世界における化学物質への曝露:分野横断的労働問題

労働慣行、人口動態、技術や環境の変化が、労働安全衛生上の新たな懸念や、とりわけ有害化学物質への曝露に関する世界の労働者の間の労働衛生の不平等の拡大につながってきた。若年労働者、高齢者、移住労働者、女性やインフォーマルセクターの労働者など、一定のグループの労働者は、有害な化学物質への曝露の増大に直面して、不均衡にそれらの健康影響をこうむっているかもしれない。

化学物質への曝露からの労働者の保護は、ILOのディーセントワークを促進する努力や、とりわけ労働における基本原則・権利(FPRWs)と密接に関係している。これには、結社の自由と団体交渉に対する権利はもちろん、児童労働、強制労働や労働における差別の根絶が含まれる。児童労働に関しては、とりわけ生物学的発展の重要な時期においては、低量の化学物質への曝露であっても、破滅的かつ生涯にわたる機能障害を引き起こす可能性がある。強制労働や差別の被害者も、不安全な労働条件のゆえに、化学物質曝露の影響を受ける可能性が高い。同じことが、有害な化学物質から保護される権利のために、団結し、交渉することができない労働者にも当てはまる。

化学物質への職業曝露におけるジェンダーの役割

労働の世界におけるジェンダー平等に向けた取り組みは、1985年に雇用の分野における男女の均等な機会及び均等な待遇に関する決議を採択した、ILOの使命にとって不可欠である。労働の世界におけるジェンダー平等は、とりわけ安全で健康的な労働環境への平等なアクセスを指している。

ジェンダーと生物学的性は、化学物質への職業曝露と関連して行旅すべき重要な側面である。ジェンダーは、社会や文化の文脈に応じて、またそのなかで、男女間に社会的に構築された違いとして理解されるべきである。他方で、生物学的性は、生殖腺や生殖器、ホルモンサイクル、脂肪分布、免疫反応における違いを含め、男性と女性の生物学的違いを指している。

生物学的性は、化学物質に関して、曝露と健康影響における重要な違いにつながる可能性がある。例えば、女性の有害な化学物質に対する感受性は、生殖周期に基づいて、また、化学物質による健康被害に対する脆弱性に影響を与えるかもしれない生理的変化が身体に進行中の時期には、妊娠、授乳、更年期などの異なるライフステージによって変化する可能性がある。これはとりわけ、低量の化学物質であっても胎児に劇的な影響を及ぼすかもしれない、妊娠中の女性について言われている。これはとりわけ、きわめて低量でホルモン作用を誘発し、受胎、生殖能力や発育に影響を与える内分泌かく乱物質(EDCs)に関連している。また、女性は脂肪組織が多い可能性が高いことから、これが、難分解性有機汚染物質(POPs)や水銀などの重金属など、化学物質の生物濃縮につながる可能性もある。これらの曝露は、自然流産、先天性欠損症、神経行動学的影響など、生殖に関する健康に影響を及ぼす可能性がある。ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)やフタル酸塩などの化学物質も、生殖器官の発達を含め、男性の生殖能力や発育に影響を与えることを示している。

加えて、男女の職業上の役割におけるジェンダーに関連した違いは、化学物質への曝露のレベル、頻度や発生源に影響を与える可能性がある。全体的に、男性の方が、発がん性であったり、循環器系・呼吸器系疾患を引き起こすかもしれない物質によって引き起こされるハザードにより多く曝露する傾向がある。40種類の発がん物質についての166,617件の曝露測定に関するある最近の研究では、曝露労働者は91%が男性で、9%が女性だった。例えば建設業、鉱業、農業や金属生産など、一部のセクターでは、男性労働者が過半数を占め、より多く化学物質ハザーズに曝露している。しかし、とりわけインフォーマルセクターや低中所得諸国においては、女性労働者の曝露が劇的に増加し、過小推計されていることも多い。さらに、例えば保健専門職、織物生産や清掃セクターなど、様々なセクターで女性が多数を占めており、化学物質ハザーズにより多く曝露している(図3[省略])。衣料品セクターでは、女性労働者が不均衡に多数の有害な染料や溶剤に曝露しており、そのなかには発がん性が証明されていたり、内分泌かく乱作用のある化学物質も含まれている。加えて、作業工具や個人保護具(PPE)は伝統的に欧米の男性の体に合わせて設計されており、女性労働者にはうまく合わず、保護の低下と化学物質曝露リスクの増加につながっているかもしれない。

COVID-19パンデミックとその労働者の化学物質曝露に対する影響

COVID-19パンデミックは、世界中の化学産業に深刻な影響を与え、様々な有害化学物質曝露リスクを増大させた。実際、労働者の化学物質曝露の全体的負荷は、とりわけ工業化の進んだ地域では、COVID-19パンデミックの間に減少した。この効果は、ロックダウン措置が採用され、化学物質生産の大幅減少がみられた地域では、COVID-19流行の間に大気汚染がいたるところで減少したことによって明らかに示された。

しかし、すべての職場で、とりわけ医療、運輸、救急、その他のセクターなど、主要なエッセンシャルサービスでは、労働者は、化学物質や消毒剤の存在下で働くことが多くなったことに気づいたかもしれない。多くのこれら消毒剤の需要の世界的増大が予測されることから、化学産業で働く人々も、これらの化合物を扱う量が増えているかもしれない。COVID-19の消毒によく使われる化学物質の一部は、第4級アンモニウム、過酸化水素、ペルオキシアセティック酸、イソプロパノール、エタノール、次亜塩素酸ナトリウム、オクタン酸、フェノール類、トリエチレングリコール、L-乳酸、グリコール酸またはジクロロイソシヌレート脱水物を含んでいる。とりわけ第4級アンモニウムや次亜塩素酸ナトリウムは、COPDのリスクを高め、また、生殖能力に影響を与えるかもしれず、喘息症状を悪化させる可能性がある。

産業を閉鎖及び再開する際にはいずれらも、化学事故の発生を防止するために特別の注意が必要である。最近の2件の事故の事例、インドのポリマー工場でCOVID-19パンデミックによる閉鎖から工場を再開させるときに起きた、有害なガスの漏えいは少なくとも11人の死亡と数百人の負傷につながり、イタリアのプラスチック工場における爆発は、1人を殺し、他に2人に傷害を負わせた。COVID-19パンデミックは、消毒剤、化学物質やPPEの生産の増加にもつながった。これらの生産規模の急速な拡大は、労働災害のリスクや労働安全衛生上の課題を引き起こしたかもしれない。

方 法

化学物質曝露と労働者への健康影響について最新のトレンドと優先課題を把握するために、スコーピングレビューを実施した。スコーピングレビューは、入手可能なデータや科学文献を確認及びマッピングするのに有効であり、とりわけ現われつつある証拠を評価することに関連している。われわれは以下-PubMed、Scopus及びWeb of Scienceを検索した。また、以下の機関-ILO、WHO、IARC、IPCS、UNEP、NIOSH、OSHA、EPA、ECHA及び欧州委員会のリポジトリから、関連するデータ・報告を検索した。2010年以降に発表された英語のレビュー、報告及びデータが主要な参考資料として役立った。本報告書は、入手可能な証拠に基づいて、化学物質曝露についての優先課題を確認した。既存の職業化学物質の数が多いために、特定の曝露は、それがよく知られているか、または世界で少なくとも100万人を超える労働者が現在当該物質に曝露している場合に、本レビューにおいて検討した。疾病負荷と死亡率に関する数値も検討した。世界的にがんが労働関連死亡の主要な原因のひとつであることから、職業がんデータを優先した。じん肺、神経毒性影響や内分泌かく乱を含め、化学物質への職業曝露に関連する他の重大な健康影響に関するデータも含められた。これがスコーピングレビューであることから、すべての化学物質曝露とすべての可能性のある健康影響を含めることはできなかった。
レビューのなかで浮かび上がった優先課題に基づいて、労働の世界のなかでより安全な化学物質管理の促進に役立ち得る多数の行動が確認された。リサーチギャップや社会的対話も考慮して、国及び職場双方のレベルについて、行動を選択した。確認された行動は、今後の議論を促進するための作業基盤として提案されており、また、すべてを網羅するものではない。

知見の概要

[編注:報告書では一覧表形式にまとめられているが、以下のようなかたちで紹介する。青字で表示されているものは、物質別の「知見の概要」にリンクを張っているので参照していただきたい-順次追加の予定。]

1.アスベスト
[主要な健康影響+] がん(中皮腫、肺・喉頭・卵巣がん)、石綿肺及び胸膜疾患
[職業曝露の世界負荷] 1億2,500万人超(WHO 2018)# [労働関連健康影響] 233,000人超の死亡(GBD 2019)
[選択された優先行動と進展] アスベストの段階的禁止が効果的であることが証明されており、すでに50を超える諸国で実施されている。使用の継続と低中所得諸国(LMICs)への輸出が、労働者に対して脅威をもたらし続けている。効果的で安全な代替品が必要である。

2.シリカ
[主要な健康影響+] がん(肺)、珪肺
[職業曝露の世界負荷] 5,000万人超(35か国を対象とする限定的データ)(OSHA 2002;IOM 2011)#
[労働関連健康影響] 年65,000人超の死亡(GBD2019)
[選択された優先行動と進展] とりわけ高所得諸国で、サンドブラストの禁止、規制とOELsが効果的であることが証明されており、またうまく実施されている。LMICsはもちろん、特定のセクター(繊維、石工)における継続的努力が必要である。

3-1. 重金属:鉛
[主要な健康影響+] がん(胃)、神経毒性、心血管疾患
[職業曝露の世界負荷] 180万人超(UE-OSHA 2014:CAREX-Canada 2020))
[労働関連健康影響] 限定的なデータ(鉛への環境曝露により90万人超(GBD 2019))
[選択された優先行動と進展] 一部の地域で、ガソリン、塗料やバッテリーからの鉛の段階的禁止が、人の曝露の低減に効果的であることが証明されている。とりわけLMICsにおいて、さらなる世界的努力が必要である。最新化され調和化されたOELsが必要である。

3-2.重金属:水銀

[主要な健康影響+] 神経毒性、腎臓毒性、免疫毒性、生殖毒性
[職業曝露の世界負荷] 1,900万人超(小規模 金採掘のみについての限定的データ)
[労働関連健康影響] 限定的データ(慢性金属水銀蒸気酔いによる20万超のDALYs
[選択された優先行動と進展] 様々な経済部門での段階的禁止はもちろん、より強力な職場での予防努力が必要である。水俣条約がすでに12か国超で実施されている。とはいえ、とりわけLMICsとインフォーマル経済で、労働者の健康を保護するための国と職場双方のレベルでの目標を定めた戦略が必要である。

4.溶剤
[主要な健康影響+] がん、「慢性溶剤誘発性脳症(CSE)」を含む神経毒性影響、生殖毒性
[職業曝露の世界負荷] 限定的データ
[労働関連健康影響] 限定的データ
[選択された優先行動と進展] 一部の国及び地域で、もっとも有害な溶剤の段階的廃止と禁止が効果的であることが証明されている。しかし、大多数の職場環境ではなお、国の法律と職場での規制が必要である。LMICsとインフォーマル経済で、努力を強化する必要がある。

5.染料
[主要な健康影響+] がん(膀胱)
[職業曝露の世界負荷] 限定的データ
[労働関連健康影響] 限定的データ
[選択された優先行動と進展] とりわけ高所得諸国で、もっとも有害なアゾ染料の段階的な廃止と禁止が効果的であることが証明され、またうまく実施されている。すべての染料について、証拠に基づいた調和化されたOELsが策定されなければならない。

6.工業ナノマテリアル材料
[主要な健康影響+] 限定的データ、がんについての示唆(中皮腫と肺がん)
[職業曝露の世界負荷] 限定的データ
[労働関連健康影響] 限定的データ
[選択された優先行動と進展] 工業ナノマテリアル材料(MNMs)について、リスクアセスメントによる証拠に基づいた国の規制が策定されるべきである。異なるOELsが実施されているが、こうしたOELsの効果の証拠はなお限定的であり、調和化されたOELsが存在していない。

7.パーフルオロ化学物質(PFAS)
[主要な健康影響+] がん(精巣・肝臓・腎臓)、免疫毒性、肝臓毒性、生殖毒性
[職業曝露の世界負荷] 限定的データ
[労働関連健康影響] 限定的データ
[選択された優先行動と進展] PFOSとPFOAは様々な国で段階的に禁止されているが、これらの物質は生物蓄積性があり、使用が廃止された後も組織内に残留する可能性がある。現在も数千種類のPFASが使用されており、労働者のリスクを防ぐためのOELsやその他の保護措置の有効性はまだ明らかではない。

8.内分泌かく乱化学物質(EDCs)
[主要な健康影響+] 生殖毒性、肥満、糖尿病、神経毒性、がん(乳・前立腺)
[職業曝露の世界負荷] 限定的データ
[労働関連健康影響] 限定的データ(わかっていること:2千万のIQポイント喪失、通常レベルの環境曝露によりアメリカ・欧州で男性の不妊症80万事例超)
[選択された優先行動と進展] とりわけ高所得諸国で、もっとも有害なEDCsの段階的廃止と禁止がうまく実施されている。LMICsで、EDC曝露を確認し、管理戦略を実施するための努力の強化が必要である。労働安全衛生規則においてジェンダーに考慮することが中心に据えられなければならない。

9.農薬
[主要な健康影響+] 中毒、がん(多様)
[職業曝露の世界負荷] 神経毒性、内分泌かく乱、生殖毒性
[労働関連健康影響] 限定的データ(おそらくかなりの数の世界の農業労働者が曝露しているかもしれないと思われるが、8億8300万人の農業労働者)
[選択された優先行動と進展] とりわけ高所得諸国で、最も有害なHHPsの段階的廃止と禁止がうまく実施されている。とりわけ規制と現実的な職場での予防努力について、LMICsで、行動の強化が必要である。世界的に、HHPsについてのOELsが実施及び執行されるべきである。

10.職場大気汚染
[主要な健康影響+] がん(肺)、呼吸器疾患、心血管疾患
[職業曝露の世界負荷] 120億人超(WHO 2018)
[労働関連健康影響] 年86万人超の死亡(WHO 2018)
[選択された優先行動と進展] とりわけ高所得諸国で、目標を定めた汚染管理戦略がうまく実施されている。LMICsに焦点をあてて、職場予防措置を設計及び実施するために、一層の努力が必要である。

[脚注]
+ 主要な健康影響として示す。多数のさらなる健康影響もこの物質への曝露と関連しているかもしれない。
* とりわけLMICs及びインフォーマルセクターからの、包括的な報告及び入手可能なデータを欠いていることから、示されている数値は低位推計値として解釈されるべきであり、そのため「超」と示されている。
# 2018年の推計に基づく。新しいWHO/ILO共同推計が開発中である。

[物質ごとの記述-物質名が青字のものはクリックしてください。]

優先行動領域

・国レベルの行動
・職場レベルの行動
・調査研究の優先課題
・社会的対話

これらの行動は、今後の議論を促進するための作業基盤として提案されたものであり、すべてを網羅したり、すべての状況に適合したりすることを意図したものではない。

国レベルの行動

化学物質の健全な管理のための国の労働安全衛生システムの導入

強力な国の労働安全衛生システムは、国及び職場両方のレベルで、労働安全衛生の政策・プログラム及び化学物質の健全な管理の効果的な実施に不可欠である。労働安全衛生と化学物質安全に関するILO文書(後述)は、労働の世界で化学物質によって引き起こされるリスクを管理するための法的枠組みを提供しており、優先行動のひとつとして批准及び実施されるべきである。首尾一貫した効果的な方法のひとつは、ライフサイクル全体を通じた化学物質の健全な管理の促進に、労働安全衛生マネジメントシステムに関するILOガイドライン(ILO-OSH 2001)はもちろん、こうした労働安全衛生文書の一般的なILOの諸原則に基づいて、マネジメントシステム・アプローチを用いることである。

そのような国の政策枠組みは、職場と環境双方を包括しながら、予防的及び保護的な労働安全衛生対策、マネジメントシステム・ツールと能力開発の継続的な調和化、統合及び改善をめざすべきである。これには、任務を遂行するための手段、資格と訓練をともなった、効果的な労働監督サービスが含まれる。

2006年の労働安全衛生促進枠組条約(第187号)と附属する勧告(第197号)によれば、労働安全衛生のための国のシステムは:
以下を含むべきであり:

▶適当な場合には法律と規則、労働協約及び化学物質の健全な管理に関連する労働安全衛生に関するその他の何らかの関連文書

▶国の法律及び慣行にしたがって指定された、化学物質の労働安全衛生に責任をもつ当局または機関

▶監督のシステムを含め、化学物質管理に関する国の法律と規則をともなった、遵守を確保するための仕組み

▶化学物質の健全な管理のための職場関連の予防措置の不可欠の要素のひとつとして、経営者、労働者とその代表の間の協力を事業所のレベルで促進するための取り決め

適当な場合には、以下も含めるべきである。

▶化学物質に関連した労働安全衛生問題を取り扱う国の三者構成諮問機関または諸機関

▶化学物質に関連した労働安全衛生措置に関する情報及び助言サービス

▶化学物質の健全な管理に関する労働安全衛生訓練の提供

▶国の法律及び慣行にしたがった、化学物質に曝露する労働者のための労働衛生サービス

▶化学物質曝露の労働安全衛生管理に関する調査研究

▶関連するILO文書を考慮して、化学物質曝露に関連した労働災害及び職業病に関するデータを収集及び分析する仕組み

▶化学物質管理による労働災害及び職業病を対象とする、関連する保険及び社会保障制度との協力のための規定

▶零細企業、中小企業及びインフォーマル経済を含む、化学物質を使用する企業のための、労働安全衛生条件の漸進的改善のための支援の仕組み

▶国の予防的な安全健康文化の促進
予防的な安全健康文化を構築、実施及び継続的に強化することは、職場における安全を改善し、化学物質曝露の有害な影響を最小化するために不可欠である。

労働安全衛生に関する国際労働基準の批准及び実施

各国には、労働における基本的原則・権利及び批准済みの国際労働基準が、すべての労働者を保護及び適用されることを確保する義務がある。ILO条約とそれに附属する勧告は、化学物質に関する他の国際文書によってはカバーされていない、労働安全衛生分野の分野における、独自の適用範囲をもっている。これらの基準は、各国が、労働の世界における化学物質安全に関する独自の立法及び規制の枠組みを策定できるようにしている。過去100年間にILOは、化学物質のハザーズからの、一般の人々と環境はもちろん、労働者の保護に関する、50を超す法的文書を採択してきた。

労働の世界における化学物質に関する主要なILO条約
▶1990年化学物質条約(第170号)
▶1993年大規模産業災害防止条約(第174号)

リスクを特定した条約
▶1971年ベンゼン条約(第136号)*
▶1974年職業がん条約(第148号)
▶1986年アスベスト条約(第162号)

化学物質リスクを含め、リスクマネジメントの枠組みを提供する基本的労働安全衛生原則を取り扱った文書
▶1981年労働安全衛生条約(第155号)
▶2006年労働安全衛生枠組促進条約(第187号)
▶1985年労働衛生サービス条約(第161号)
▶2002年職業病リスト勧告(第194号)

*2017年のSRM TWGの勧告に基づいて理事会によって決定されたように、継続的及び今後の妥当性を確保するための一層の行動が求められている。

発がん性化学物質への取り組み:1974年職業がん条約(第139号)は、発がん物質・因子により引き起こされる職業ハザーズの管理及び予防のためにとられるべき諸措置のための規定を提供している。主要な規定は、以下のとおりである。
▶職業曝露が禁止され、または認可や管理の対象とされるべき、発がん物質・因子を定期的に決定する。
▶労働の過程で労働者が曝露するかもしれない発がん物質・因子を、非発がん性物質・因子または有害性の相対的に少ない物質・因子で代替するためにあらゆる努力をする。
▶発がん物質・因子に曝露する労働者の数及びそのような曝露の期間・程度を最小限に減らす。

化学物質によって引き起こされる職業病についての認識の改善

化学物質曝露に関連した労働災害・職業病の発生率に関する信頼できる情報がないことは、効果的な政策対応の設計にとっての主要な障害である。職業曝露とその結果生じる疾病に関するデータや統計の収集を改善することのできる仕組みのひとつは、国の職業病リストの実施である。ILOの職業病リスト(2010年改訂)は、労働によって引き起こされるものとして国際的に認められている疾病に関する、最新の世界的なコンセンサスを示している。それは、化学物質によって引き起こされるものを含め、職業病の把握・認定において、関係者を支援するために設計されたものである。付属の1.1項は、曝露が疾病を引き起こす可能性のある40種類の化学物質及び物質群を掲げている。

化学物質の分類及びラベル表示に関する世界調和システム(GHS)の実施

GHSは、ラベルと安全データシートを通じた化学物質のハザード情報を標準化するための国際的合意に基づくシステムである。包括的な労働者の訓練はもちろん、正しい分類とラベル表示は、労働安全衛生及び職場安全システムの改善に役立つことができる。有害物質を適切に取扱い、使用し、貯蔵することはひるがえって、重大な労働災害はもちろん、有害な曝露を防止するのに貢献する。社会パートナーは、有害物質への労働者の曝露を防ぐために安全衛生情報を共有する方法として、GHSの世界的実施を支持している。

証拠に基づいた職業曝露限界の策定、更新及び調和化

職場における化学物質安全は、職業曝露限界(OELs)が職場で化学物質について安全であるとみなされる曝露レベルを示す規制値であることを待っていられない。残念なことに、多くの化学物質についてOELが存在せず、また存在していても時代遅れのものも多い。また、異なる国や機関の間で、調和化されたデータが不足している。OELsのデータベースは、多くの化学物質曝露に関する貴重な情報を提供しているものの、これらのリストを最新かつ適切な状態に保つことは大変な作業である。示唆された行動は、以下のとおりである。

▶存在していないものや更新が必要なものに焦点をあてて、OELsについて優先システムをつくる。

▶OELsが容易に理解でき、アクセスできることを確保する。

▶単一の健康影響のみを含めるのではなく、すべての潜在的な健康ハザーズを考慮する。

▶個々の化学物質のみに焦点をあてるのではなく、職場のすべての化学物質を対象とするアプローチを開発する。

▶OELsについての調和化された国際的ガイドラインを策定及び実施する。

▶OELsの執行を確保するために、政策立案者や産業界の代表とともに、国際的なレベルでOELsを促進する。

▶科学技術の進歩を反映するために、主要なOELsを系統的なやり方で更新する。

ジェンダーを労働安全衛生政策及び慣行の主流に据える

職場における化学物質安全は、ジェンダーを無視することはできず、包摂的で反応性の高いジェンダーに配慮した労働安全衛生政策の策定が不可欠である。ILO母性保護条約(第183号)と附属する勧告(第191号)は、妊娠中の女性は自らと子供にリスクをもたらす仕事を行うことを義務付けられてはならないとするとともに、生殖ハザードを示す化学的因子を含め、妊娠中の女性に関する特別のリスクアセスメントについて規定している。また、ILOは、労働安全衛生政策・慣行の策定・実施のために、ジェンダーに配慮したアプローチをとるうえで、政策立案者や実務家を支援するために、労働安全衛生におけるジェンダー主流化のためのガイドラインを作成している。

職場レベルの行動

化学物質の健全な管理のための職場プログラムの実施

ILOは、職場における化学物質の健全な管理のための一般的な青写真として、以下の構成要素を用いることを勧告している。いつものように、第一に国のガイドラインが考慮されるべきである[以下に、プログラムの構成要素と各々の具体的内容を示す]。

一般的責務、責任及び義務
▶所轄官庁の役割、使用者、労働者及び供給者の責任と義務
▶労働者の権利

GHSにしたがった分類及びラベル表示
▶ハザーズの分類の基準
▶分類の方法
▶有害物質の容器上のラベル表示の種類

化学物質安全データシート
▶情報及び訓練の提供
▶安全データシートの内容

運用される管理措置
▶管理の必要性の評価及びハザードの根絶
▶以下のための管理措置:健康ハザーズ、可燃性、危険な反応性または爆発性のある化学物質、化学物質の廃棄と処理、必要に応じたものなど

設計及び設置
▶可能であれば密閉システム
▶曝露を制限するために危険なプロセスを行うエリアの隔離
▶発散を最小化するための作業方法及び機器
▶必要に応じて局所排気装置及び一般換気

作業体制及び方法
▶管理的対策
▶管理機器の清掃及び維持
▶危険な化学物質のための安全な貯蔵の提供

個人保護
▶個人保護機器
▶福利施設及び個人衛生
▶必要に応じて機器及び衣服を維持する慣行
▶個人保護に関する訓練

情報及び訓練
▶労働者は、情報(ラベル及び安全データシート)を提供され、安全に取り扱う方法、緊急時の対処方法及び追加情報の入手方法について訓練を受けているべきである

工学的管理の維持
▶工学的管理を正常に機能させるための方法及び手順

曝露の監視
▶測定方法
▶監視戦略及び適切な記録の保存
▶データの解釈及び適用

医学及び健康監視
▶必要に応じて医学検査及び適切な記録の保存
▶プログラムを評価するための結果の活用

緊急時の手順及び応急処理
▶起こり得る緊急事態を予測するために計画を立て、それらに対処する手順をもっていること
▶応急処置は現場で提供されなければならない

事故、職業病及びその他の事象の調査及び報告
▶すべての事故は、なぜ起こったのか、職場または緊急時計画にどのような問題があったのか、調査されるべきである。
▶国の法律の要求するところにしたがって、当局に届け出るべきである。

職場レベルの戦略の実施

職場及び一般環境の保護において、化学物質の健全な管理を実現するための全体的な戦略は、シンプルに3つのステップに記述することができる

1. ステップ①は、どのような化学物質が存在するかを確認し、健康上、物理上及び環境上のハザーズに応じて分類し、ハザーズと関連する管理対策を伝えるために、ラベルと安全データシートを準備することである。職場のなかのまたは環境に放出される化学物質に関するそのような情報なしには、影響の評価及び適切な予防措置・管理の決定という点で、それ以上進むことができない。情報は、化学物質の健全な管理を実現するために必要な基盤を提供するものである。

2. ステップ②は、確認及び分類された化学物質が職場でどのように使用されるか、またこの使用からどのような曝露が起こり得るかを評価することである。これは、曝露モニタリングを通じて、または、使用量、職場や施設の状況に応じた放出の可能性、及び化学物質の物理的特性に関する諸要因に基づいて曝露の推計をできるようにするツールを通じて、達成できるかもしれない。

3. ハザーズが特定、分類及び伝達され、それらのリスクが評価されたら、ステップ③は、この情報をもとに、管理のヒエラルキー(後述)を用いて、当該職場のための適切な予防及び保護プログラムを設計することである。これらの管理を支持及び強化する徹底したプログラムのその他の条項は、曝露モニタリング、曝露労働者のための情報及び訓練、記録の保存、医学的監視、緊急時計画及び廃棄手順である。

▶中小零細企業のためのシンプルかつアクセス可能な労働安全衛生戦略
世界の産業構造は主に中小零細企業(MSME)によって構成されている。MSMEsがリスク汗う面とを実施し、現実的なやり方で予防措置を実施するのを支援する必要がある。これは、データの共有及び化学物質に関するオープンソース情報(例えばGHS)が現われることにかかっている。MSMEsにおける労働安全衛生の改善に関するさらなる情報は、本報告書のなかに見出すことができる。

管理のヒエラルキーの適用

管理のヒエラルキーは、化学物質などの職業ハザーズへの曝露を根絶または最小化するために用いられるシステムである。ヒエラルキーには、5つのカテゴリーがあり、上位の管理措置は相対的に下位のものよりも、より効果的である可能性が高い。

可能な場合には、根絶と代替を優先行動として検討すべきである。PPEは、最後の手段としてのみ使われるべきである。必要に応じて、使用者は、ジェンダー間の生理的な違いを含め、あらゆる体型の労働者を効果的に保護するように設計された一定範囲の適切なPPEを、無料で、提供しなければならない。衣服が汚染されている場合には、皮膚からの吸収を避けるために速やかに着替えるべきである。

▶化学物質についての職場モニタリング
一部の化学物質への職業曝露だけが職場で考慮され、監視され、規制されている。ほとんどが職業発がん物質である、IARCによって既知のまたはおそらく発がん物質として分類されている200を超す物質から初めて、職場におけるモニタリング及び疫学調査を拡大することは非常に重要である。

調査研究の優先課題

とりわけLMICsとインフォーマルセクターのための調査研究及び調和化された世界的労働安全衛生データの増強

化学物質曝露の大部分について、データが入手できず、(地域的にも世界的にも)そのようなデータがないために、曝露労働者数をを推計することさえできない。そのため、化学物質曝露情報と労働者の関連する健康影響についての調査研究の増強と調和化された世界的データリポジトリーが緊急に必要とされている。さらに、高所得諸国についてはいくらかの証拠が存在するものの、LMICsからのデータは一般的に不足している。これには、有害な化学物質曝露の高いリスクにさらされている、インフォーマル経済の労働者に関する調査研究が含まれる。労働の性質上、職場での保護が制限されていることが多く、労働安全衛生規制や一般的な安全文化の遵守も最小限にとどまっている。

職業曝露と影響についての世界疾病負荷(GBD)推計の強化

労働者の化学物質曝露と相対的な結果(死亡、がん等)に関する情報が不足しているため、GBDの計算は主に欠落しているか、著しく過小評価されてしまっている。社会に対する経済的費用に関するデータが充実すれば、より強力な政策対応が促進されるだろう。十分なデータが得られれば、信頼できるGBDの推計を生み出すためのエビデンスベースを提供するために、職業曝露とリスクファクターに関する系統的レビューを生み出すためのWHO-ILO共同方法論のようなイニシアティブが必要になる。

非感染性疾患(NCDs)に関する調査研究の増強

労働関連死亡の主な原因は依然としてがんであるが、化学物質への職業曝露によって引き起こされるかもしれない、その他のNCDsに関するさらなるデータを収集するための一層の努力がなされるべきである。衰弱させる肺疾患、神経系の障害や、不妊症などの生殖器系の傷害は、労働者とその家族に影響を与え続けている、その他の様々な健康影響である。

化学物質と感染性疾患の相互作用の検証

労働者の化学物質曝露は、NCDsの原因となり得るだけでなく、感染性疾患の発生率やリスクを高め得る可能性もある。同時に、感染性疾患は、安全手順の実施や労働者の保護とともに、とりわけ化学産業において、化学物質への職業曝露に質的及び量的に影響を及ぼす可能性がある。COVID-19パンデミックは、大気汚染に関連したCOVID-19死亡率の増加によって例証されたように、この相互作用の重要性を強調した。化学物質曝露が感染性疾患の発症・進行にどのように影響する可能性があるかを調べるために、さらなる調査研究が求められている。

労働安全衛生のための科学-政策インターフェースの強化

複合職業曝露、非線形反応(とりわけ内分泌かく乱物質について)、妊娠中や幼少時の発育期など、影響を受けやすい時期を考慮した規制の実施を支持するために、さらなる証拠が必要である。労働者の保護・予防のために毒物学的証拠を統合・翻訳し、また、一般的にこの点で、科学-政策インターフェースを強化するために、さらなる調査研究が必要である。化学物質の健全な管理のための世界的努力の一部として、強固で双方向の科学-政策インターフェースを開発することは、労働の世界にとっての優先課題のひとつである。

ジェンダー平等とリプロダクティブヘルスに対する影響についての注意喚起

生物学的要因によって増強される影響はもちろん、ジェンダー要因によって拡大される曝露を確認及び予防するために、ジェンダー別のデータを生み出すための、世界レベルでの努力も必要である。ジェンダーを区別したデータは、国と職場両方のレベルでの証拠に基づいた政策努力のための重要な基盤を提供することができる。化学物質曝露の健康影響にとくに敏感な人々として、生殖年齢の女性、妊娠中・授乳中の女性に対する影響についての注意喚起は、訓練やグッドプラクティスの共有のための重要な機会を生み出すことができる。

モデル政策、ベストプラクティス及び学んだ教訓の収集

一部の国や関係者はすでに、職場における化学物質の健全な管理のためのベストプラクティスの実施に成功していることを思い起こすことは重要である。労働安全衛生システムや安全な化学物質管理に関して世界的な不平等が存在していることを踏まえれば、モデル政策を収集し、そこから恩恵を受けられるであろうセクターや地域で学んだ教訓を適用することは重要だろう。このような政策研究を行うこと、及びモデル政策、ベストプラクティスや学んだ教訓を共有するための関係者の間の社会的対話の増強(後述)は、今後の優先課題のひとつである。

社会的対話

すべてのレベルにおける社会的対話の促進

社会的対話には、共通の関心事について、政府、使用者と労働者の間で行われるあらゆる種類の交渉及び協議が含まれる。社会的対話自体の主な目的は、労働の世界の主要な関係者の間で、合意形成と民主的関与を促進することである。社会的対話の構造とプロセスが成功すれば、重要な経済的・社会的問題を解決し、よいガバナンスを促進し、社会・経済の安定性を高め、経済的進歩を促進する可能性がある。

化学産業及び化学物質を使用しているセクター全体における国レベルの社会的対話の広さは、国によって異なる。にもかかわらず、化学産業の使用者と労働者、そして政府は、有効な安全、健康的、ディーセントで生産的な労働を創造するのに役立つ社会的対話の重要性を認識してきた。化学セクターにおける社会的対話は、生産性の向上と労働者の満足度の向上につながることによって、利益を増加させる可能性がある。化学産業における社会的対話の事例やケーススタディはこれまでも報告されていたものの、化学物質を使用している他のセクターにも社会的対話の範囲を拡大し、様々なレベルで情報交換を促進する必要がある。

健全なガバナンスの枠組みの強化

化学物質の健全な管理には、透明性、一般の参加、労働の世界の関係者と、とりわけ政府、使用者組織と労働者組織の間における責任説明を通じた、効果的なガバナンスが必要である。社会的対話をうまく活用することは、法令とその実施を改善するために重要である。これには、適切な手段をもって、また適切な資格と訓練を受けた監督官により行われる、効果的な労働監督が含まれる。使用者及び労働者の団体の積極的参加は、化学物質管理のための国の政策とプログラムの策定及びそのガバナンスにとって不可欠である。

▶使用者は、化学物質曝露に関連するものを含め、労働におけるリスクの評価及び管理を通じて、予防・保護措置を講じる義務がある。彼らはまた、国と職場双方のレベルで健全なガバナンスの枠組みを促進することもできる。

▶労働者とその組織は、予防政策と職場プログラムを策定、監督及び実施するすべてのレベルに関与する権利がある。彼らは、職場リスクから保護され、国と職場双方のレベルでガバナンスに積極的役割を果たす権利がある。

▶政策立案者、管理者、労働安全衛生専門家、そして労働者がすべて、すべてのレベルにおける健全なガバナンスの枠組みの促進はもちろん、効果的な社会的対話やリスクマネジメントシステムへの参加を通じて、果たすべき重要な役割をもっている。

▶労働安全衛生と化学物質安全のためのビジネスケースの促進
安全で健康的な作業環境を確保することは、世界の化学産業の戦略目標である。使用者は、オペレーション、災害や職業病の予防で優れていることが、すべての国でのオペレーションにとって重要であると考えている。持続的改善を推進するための世界の化学産業のイニシアティブであるRe-sponsible Care®は、健全な化学物質管理という目標の達成に向けた重要な要素である。

国際的な政策努力への労働の世界の関係者の関与の増強

化学物質安全の分野では、多くの国際的な政策、協定や条約が存在している。とりわけSAICMは、世界的な化学物質の健全な管理のための普遍的なアプローチにとって必要な重要な諸要素を調和化及び統合することのできる世界的な政策枠組みである。SAICM Beyond 2020のために再生された戦略の主要な目的のひとつは、新しいプラットフォームが、様々な関係者はもちろん、様々な省の活動にとって関心を引き、また役立つものになるように、マルチセクター、マルチステークホルダーの関与の増強することである。

化学産業の使用者と労働者組織を含め、社会パートナーはSAICMとそのプロセスへの彼らの関与を示してきたものの、進行中の政策交渉に、主要な労働の世界の関係者の参加と関与を増強する必要性が持続している。職業曝露に配慮することがSAICM Beyond 2020の中核になければならず、また、化学物質曝露から労働者を保護するために、この新しい枠組みのなかに、より強力な措置すら必要である。そのため、第5回化学物質管理国際会議(ICCM5)までの会期中プロセス、及びそれ以降も、社会的対話の増強が重要になるだろう。

▶ILOと化学セクターにおける社会的対話
化学物質を使用している多くの分野は、国家経済の持続可能な開発にとって、戦略的に重要である。ILOは、機関の活動の当初から化学セクターの重要性を指摘し、また長年にわたり、このセクターでの社会的対話を積極的に推進してきた。有意義で効果的な社会的対話に支えられた持続可能な産業政策は、化学・医薬業界におけるデジタル化やその他の技術進歩から生じる機会と課題を管理する鍵である。2018年にILOグローバル・ダイアログ・フォーラムは、化学・医薬産業におけるすべてのために機能する将来を形成するうえで、政府、使用者と労働者の指針となる「合意点[Points of Consensus]」を採択している。


ILO “Exposure to hazardous chemicals at work and resulting health impacts : A global review”
https://www.ilo.org/global/topics/safety-and-health-at-work/resources-library/publications/WCMS_811455/lang–en/index.htm

※安全センター情報2021年11月号