「個人サンブリング法」導入-作業環境測定●2021年4月1日からの改正①
2021年4月から作業環境測定に大きな変化がありました。化学物質を使用している作業場での作業環境測定が、従来までの測定方法に加えて「個人サンプリング法」と呼ばれる方法が新たに導入されることになったことと、溶接作業で発生するマンガンの健康影響を評価するために、溶接作業でのマンガンの作業環境測定が義務化されることです。2回に分けて、その変更内容を解説します。
有害化学物質を取り扱う職場で働いている方は、作業環境対策のために定期的に作業環境測定をしていることをご存知だと思います。1972年に労働安全衛生法が制定され、第65条で有害物を取り扱う事業者は作業環境測定を行うべきこと、その実施は作業環境測定基準に基づいて行うことが定められました。
作業環境測定基準では、測定点は5点以上で、「単位作業場所の床面上に6メートル以下の等間隔で引いた縦の線と横の線との交点の床上50センチメートル以上150センチメートル以下の位置(設備等があって測定が著しく困難な位置を除く)とすること」とされています。実は、この方法は他国の作業環境測定の方法とは大きく異なっています。世界の傾向は、働く労働者の付近で労働者がばく露する濃度を測ることが主で、日本のような作業場の平均を測る測定は付随的に行う場合が多いようです。
日本でもこの測定法にメリット・デメリットがあることがわかっていて、1979年に行われた「作業場における気中有害物質の規制のあり方についての検討結果(第1次報告書)」では、場の測定のメリットとして、①作業場を格子状に測定するので環境改善にはより有効である、②労働者の滞在時間を考慮することなく安全な水準を考え、維持しやすい、があげられており、同時にデメリットとして、①作業位置、作業様式が異なる労働者のばく露量を反映しない、②場の濃度の評価基準はなく、ばく露眼界を利用せざるを得ない、があげられました。
そして、場を測定する(A測定といいます)だけではなく、労働者への暴露が最大となると考えられる位置で、濃度が最大となると考えられる時間で測るB測定を取り入れるという提言が出され、1984年にB測定が追加されました。
A測定と必要に応じてB測定を実施するという方法で、日本の作業環境測定は35年聞にわたって実施されていましたが、一方においてそのデメリットを克服するために、世界で一般的に行われている個人ばく露測定をどのように実施するかの検討が、21世紀になって始まりました。
その理由として、個人ばく露測定器具の改善が行われたこと、作業環境測定士が、作業環境測定だけに従事するだけで、総合的に作業環境を評価し改善できる専門家(ハイジニストと呼ばれる)として育たないこと、作業環境改善のためには専門家主導の測定先行ではなく、現場労使の自主的な活動(リスクアセスメント)が重要であるという考え方が世界的に強まり、日本でも無視できなくなったことなどがあげられます。
2010年厚生労働省は「職場における化学物質管理の今後のあり方に関する検討会報告書」を発表し、化学物質による労働災害が年間600~700件発生し、リスクアセスメントに基づく化学物質の自主的管理が定着していないことに危機感を表明しました。その対策として、簡便なリスクアセスメントツールの普及とともに、個人サンプラーによる測定の導入を検討するとしました。それをうけて「個人ばく露測定に関する検討会」が、2010年~2013年に行われました。2015年日本産業衛生学会産業衛生技術部会の下に設置された「個人ばく露測定に関する委員会」がガイドラインを発表しました。
「場の管理」中心で行ってきた日本の作業環境測定を、「化学物質管理の今後のあり方」で論議された課題にどう適応させるのかを、私たちは見守ってきました。おそらく内部では、大きな論議があったと思われます。しかし、結論は折衷的なものとなりました。従来の場の管理は続ける、そのうえで「個人ばく露」ではなく「個人サンプリング」と名付けた測定を、C・D測定として行うことも是とするというものだったのです。
厚生労働省文書には、「個人サンプリング法を用いた測定の目的が、①作業環境評価基準に基づき測定値を統計的に処理した評価値と測定対象物質の管理濃度とを比較して作業場の管理区分の決定を行うものであれば『作業環境測定』であり、②個人別の測定値をばく露限度と比較することにより、個人ばく露の状況を評価するものであれば『個人ばく露測定』である」と書かれています。法律的に、作業環境測定としてやった場合は「個人ばく露」ではなく、事業場の評価としてやるなら「個人ばく露」とは、なんと都合のよい解釈でしよう!
とはいえ、批判してばかりいても始まりません。批判しながら「個人サンプリング法」も活用して、化学物質対策に取り組むというのが、作業環境測定に携わる者の立場でなくてはなりません。個人サンプリング法を使えるのは、有機溶剤等に係る測定のうち、塗装作業等有機溶剤等の発散源の場所が一定しない作業が行われる場所で行われる測定と、特定化学物質のうち管理濃度が低い(厳しい)クロム等12物質と鉛です。すでに当センターでは、「個人サンプリング法」が実施できる資格要件もとりました。徐々にしかできないとは思いますが、今後の展開に期待してください。
ばく露限界:労働現場で労働者がばく露されても、空気中濃度がこの数値以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上の悪影響がみられないと判断される濃度。時間加霊平均(TWA:作業員が通常1日8時間、週40時間での許容値)、短時間ばく露限界(STEL:15分間内における平均値が超えてはならない値)、天井値(C:この値を超えてはならない上限値)等がある。日本では許容濃度と呼ばれる。
安全センター情報2021年11月号
(東京労働安全衛生センター 事務局・仲尾豊樹)
「個人サンブリング法」導入-作業環境測定●2021年4月1日からの改正①(本稿)
溶接ヒューム等管理第2類物質-作業環境測定●2021年4月1日からの改正②
「溶接ヒューム」及び「塩基性酸化マンガン」を特定化学物質障害予防規則(特化則)の第2類特定化学物質に指定する新たな規制導入と経緯について~2021年4月1日より施行~
2021年4月1日施行の特定化学物質障害予防規則・作業環境測定基準等の改正(塩基性酸化マンガン及び溶接ヒュームに係る規制の追加)-厚生労働省の解釈(問答)通達とQ&A
特集:化学物質規制体系の見直し/リスク低減の優先順位、法令に明定が試金石-検討会最終報告と厚生労働省交渉
特集:化学物質規制体系の見直し/労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー-2021.5.7 国際労働機関(ILO)