大阪府立高校化学教員・中皮腫公務外認定処分に関する意見書 石綿付金網による曝露実験結果-学校・教員アスベスト

外山尚紀(労働衛生コンサルタント)

当職は標記処分についてH氏妻より依頼を受け、故H氏(以下本人という)の石綿曝露量を推定し、職業的な石綿曝露の有無について以下のとおり判断し、意見を述べます。

1. 石綿曝露の可能性

本人は昭和50年4月より平成18年10月までの31年間高等学校の化学教諭として勤務していました。授業が行われていた当時の化学実験室では石綿付金網を実験に使用する機会が多く、直接手にして使用するものであることから、曝露の可能性があると考えられます。そのため本意見書では石綿付金網の使用による石綿曝露量を推定します。

2. 使用した石綿金網とその状態

当職が勤務する特定非営利活動法人東京労働安全衛生センターは平成16年から東京労働局に作業環境測定機関として登録しており、化学分析等を実施してきました。備品は関係する諸機関から寄付を受けており、石綿付金網は財団法人日本予防医学協会より寄贈されたもの11枚を木箱に入った状態で保管していました。これらは少なくとも平成16年以降は使用されていません。これらの石綿付金網を使用して飛散実験等を実施しました。

11枚のうち1枚は金網の錆により中央部分が分離していました(写真1)。

写真1 中央部分が分離した石綿付金網

その他の10枚のうち3枚は石綿部分が一部脱落して金網が露出しており、それ以外には大きな脱落は観られませんでしたが全体に劣化した感じがあります(写真2)。

写真2 使用した石綿付金網

肉眼での観察では、石綿付金網の石綿部分周辺の金網は熱による変色が観られ、最も劣化したものは錆により中央部分が脱落していました(写真3)。石綿含有部分は粉っぽい感じがあり、よく観ると表面全体に繊維が飛び出していました。

写真3 中央の石綿部分が剥がれている石綿付金網

10-40倍のズーム実体顕微鏡観察では、比較的劣化していない石綿付金網の表面でもクリソタイルと思われる微細な繊維が表面に露出している状態が観察されました(写真4)。

写真4 実体顕微鏡画像(約20倍)

脱落のある石綿付金網の脱落部分との境界は石綿と思われる繊維が多く露出している状態でした(写真5)。

写真5 実体顕微鏡画像(約20倍)

ドラフトチャンバー内で観察したが、ドラフトチャンバーの0.7m/sec程度の風速でも繊維が揺れるのが観られました。ピンセットで触ると、容易に石綿部分は貫通し繊維を取り出すことができました。視覚的な観察とピンセットの感触では、明らかに石綿含有スレート材などの成形板よりも脆く、劣化した石綿含有煙突断熱材または吹付け石綿に近いと思われます。実体顕微鏡による観察では金網を除く石綿部分の石綿含有率は20-50%と思われます。

取り出された繊維を偏光顕微鏡により観察しました。石綿に特有の石綿様形態(Asbestiform)が観察され(写真6)、分散染色法により繊維の屈折率はα:1.545、γ:1.550と確認され(写真7)、石綿金網中のこれらの繊維はクリソタイルと確認されました。

写真6 偏光顕微鏡画像(100倍)
写真7 分散染色法顕微鏡画像(100倍)

石綿付金網は木の箱に入れて保管していましたが、箱の中には金網から脱落した粉が堆積していました(写真8)。これを実体顕微鏡で観察すると石綿金網に見られたクリソタイルと同じ微細な繊維が多く観察され、これにも数十%程度のクリソタイルが含有していると考えられます。

写真8 箱の中の粉じん

視覚的な観察では石綿付金網の石綿部分は非常にもろいことが観察されました。外部の力が全く加わらなければ飛散しないものの、接触、曲げる、落とす、擦る、風が当たるなどのわずかな力が加わることによって容易に損傷を受けてクリソタイル繊維が飛散することが予想されました。

4-1. 飛散実験の概要

実験に使用した石綿付金網は東京労働安全衛生センターが所有している11枚のうち破損の激しい写真1の石綿付金網を除く10枚で、実験に使用する金網はここからランダムに取り出しました。実験は全て密閉できるチャンバー内(0.13m3)で実施しました。

A. バーナーでの加熱実験

(1)チャンバー内にバーナー、架台、石綿付金網、300ccの水を入れたフラスコをセットし、バーナーに点火しました。
(2)このときチャンバー正面右下に吸気口を確保してチャンバーは0.4m3/minで稼働させ、つまり空気の流れを右下から左上となるようにし、バーナーの熱気をチャンバーで排気するようにしました。石綿付金網から石綿繊維が飛散している場合はチャンバーの空気の流れによって排気されるため、チャンバー吸気口の手前にてサンプラーにより採気しました。
(3)サンプリングは5L/minで10分間行い50Lとした。サンプリング中はバーナーを点火し続けました。
(4)金網を交換して3回繰り返し、3試料を採取しました。1回の終了毎に、チャンバー内を清掃し、その後チャンバーを約10分間稼働させ清浄な状態に戻しました。
(Movie01.MTS参照[省略])

B. 風をあてる実験

(1)チャンバー内にダンボール箱を置き、その中に石綿付金網1枚を入れました。
(2)チャンバーは密閉を保ちながら換気は停止し、チャンバーに手を入れてドライヤーを金網に向けて10cmの距離から風速2-3m/secの風を送りました。
(3)1分間風を送り、その後14分間放置しました。その15分間チャンバー上部にて5L/minにてサンプラーにより内部の空気を採気し、75Lを採気しました。
(4)金網を交換して3回繰り返し、3試料を採取した。1回の終了毎に、チャンバー内を清掃し、その後チャンバーを約10分間稼働させ清浄な状態に戻しました。
(5)石綿付金網を5枚にして同様の実験を行いました。
(Movie02.MTS参照[省略])

C. 落下実験

(1)チャンバー内にダンボール箱を置き、その中に石綿金網1枚を入れました。
(2)チャンバーは密閉を保ちながら換気は停止し、チャンバーに手を入れて箱を10cmの高さから落下させた。これを10秒間隔で10回繰り返しました。
(3)落下の開始から10分間チャンバー上部にて5L/minにてサンプラーにより内部の空気を採気し、50Lを採気しました。
(4)金網を交換して3回繰り返し、3試料を採取した。1回の終了毎に、チャンバー内を清掃し、その後チャンバーを約10分間稼働させ清浄な状態に戻しました。
(5)石綿金網を5枚にして同様の実験を行いました。
(Movie03.MTS参照[省略])

4-2. 飛散実験の結果

結果を表1に示します。

通常使用を想定したバーナーの炎をあてる実験ではチャンバー内には平均28.7f/Lの石綿繊維の飛散が観られました。この実験ではドラフトの気流を利用して、バーナーと石綿付金網の風下側で空気を採取していることから、実際の石綿付金網使用時にも風下では同程度の石綿曝露を受ける可能性があると考えられます。

風をあてる実験では1枚のとき平均526f/L、5枚のとき1,140f/Lの石綿繊維の飛散が観られました。また10cmの高さから落下させる実験では1枚のとき760f/L、5枚のとき1,940f/Lの石綿繊維の飛散が観られました。これら実験はわずかな力により石綿繊維が飛散することを示しています。

また、5枚を落下させた実験で採取された試料の位相差顕微鏡写真を写真9に示します。繊維と粒子が多く、重なっているため繊維の本数を数えることが難しい試料で、濃度を過小評価している可能性があります。

写真9 空気中の石綿粉じんを捕集したフィルターの位相差顕微鏡画像(400倍)

5 職業曝露の可能性

観察と飛散実験の結果は、石綿金網からは容易に石綿繊維が飛散することを示しています。少なくとも石綿付金網はスレート板のように石綿繊維がセメントで固定されていて、破砕等がなければほとんど飛散しない非飛散性石綿含有建材と同等と考えるべきではなく、石綿含有吹付け材などに近い、脆く容易に飛散する材料であると思われます。

これらの実験結果から実際の化学実験室での石綿曝露を精確に推定することは難しいと思われます。精確な曝露推定のためには当時の状況が詳細に分からなければならず、また条件も実験室という一定の屋内であり、チャンバー内とは異なります。しかし、片岡明彦氏「石綿付き金網使用状況等に関する元同僚S氏からの聴取内容について」(以下聴取書という)ではI高校での石綿金網の使用状況がある程度解明されており、ここから石綿曝露を量的に推定し、職業曝露といえるかどうか考察しました。

まず石綿金網の状態については聴取書の③「石綿部分がもとのままきれいに固着しているものはほとんどありませんでした。大半は大きな剥離部分があり、劣化していました。」という記述は今回の実験の条件とよく似ており、本人が使用していた石綿金網も劣化しており、脆く石綿粉じんが飛散しやすい状態であったと判断されます。

また聴取書の④「実験テーブルは生徒用12台、教師用1台で、バーナーが各2台ということで、石綿付金網はバーナー毎に1枚なので、この場合で計24枚を使用します。」とあることから、実験では平均28.7f/Lの石綿濃度を発生させた使用時の石綿付金網が教室全体では24カ所あり、バーナーの近くではこの程度の濃度の石綿に曝露していた可能性があります。

また聴取書の④「平たいダンボール箱がふたを開けた状態であって、30枚程度をその中に積み重ねてあり」、「当時は石綿=危険という意識は全くありませんでしたから、扱いはぞんざいでした。生徒が箱めがけて、バスケットボールのシュートのように石綿付金網を箱に放り込むこともありました。」とあることから今回の実験のように箱にいれた状態で軽い衝撃を与えること、風などのわずか力が加わることがあり得、それにより石綿粉じんが発生し、その近くでは実験に近い濃度の石綿に曝露していたことが考えられます。チャンバー内は狭いため石綿粉じんがいわば「濃縮」されている状態であるため、実際の石綿濃度は実験よりも低いと仮定して、チャンバー内の濃度の1/10程度の石綿濃度であっても数10~数100f/Lの石綿濃度に曝露していた可能性は十分に考えられます。

実験室の状況は聴取書の⑧に示されているように、実験中は換気扇は使用せず、窓も閉じており、換気が行われず、石綿濃度が下がりにくい状態を作り出していたと推察されます。また石綿繊維はいったん沈降し床面等に落下しても、容易に再飛散することから清掃作業、特に聴取書の⑥で指摘されているほうきによる掃き掃除では再飛散による石綿曝露も無視はできないと思われます。

石綿取り扱い作業に義務づけられている作業環境測定では、作業場の基準値である管理濃度を150f/Lとしています。化学の実験の石綿付金網を取り扱う一連の作業の中で、一時的かつ局地的にであっても管理濃度程度の濃度があり得るのであれば、それは職業的な石綿曝露と同程度の石綿曝露であったと考えられます。仮に作業環境測定の高い濃度を評価するためのB測定値が225f/Lを超えた場合には、その作業場所は管理が不適切な「第3管理区分」となります。今回の実験では5枚の石綿付金網に1分間微風を風を送る、または10cmの高さから10回落とすという、それほど大きくはない力を加えただけで密閉された空間では数千f/Lの石綿濃度を示しており、聴取書のように30枚の劣化した石綿付金網をぞんざいに扱った場合にはその直近では数百から数千f/Lの石綿濃度が発生していたことは十分にありえ、従って化学実験により石綿付金網を取り扱う作業は作業環境測定を要するレベルの、つまり職業曝露レベルの石綿粉じんに曝露する可能性のある作業であると考えられます。

以上から故H氏の少なくともI高校での13年間の化学実験の授業では、職業的な石綿取り扱い作業に相当する石綿曝露があったと見るべきと思われます。

元同僚S氏の聴取から、H氏はI高校の13年間には年間100時間程度は石綿付金網を使用する実験に携わっていました。年間100時間程度ということは全体の労働時間にたいする割合は高くありませんが、I高校のみで13年間の曝露歴があり、それ以外の高校でも石綿付金網を取り扱う実験に携わってきたことが考えられることから、中皮腫の公務災害認定の職歴の基準である石綿曝露作業に1年以上従事という条件を満たすものと考えられます。
[写真1葉省略、参考文献等も省略した。]

外山尚紀経歴

  1. 論文、学会発表
    外山尚紀, 名取雄司, :藤昭好:住宅建築現場における建設労働者の粉じん曝露に関する検討, 労働科学77(7), 278-288(2001)
    外山尚紀, 酒井潔, 伊藤昭好, 名取雄司:建築物解体現場における石綿曝露に関する検討, 産衛誌44, 327(2002)
    名取雄司, 平野敏夫, 外山尚紀:建築業の粉じん・アスベスト作業の認識と対策, 産衛誌, 45,586(2003)
    外山尚紀, 酒井潔, 伊藤昭好, 名取雄司:建築物解体作業現場における石綿暴露対策について, 産衛誌, 45, 585(2003)
    外山尚紀, 酒井潔, 伊藤昭好, 名取雄司:建築物解体作業現場における気中石綿濃度について, 第43回日本労働衛生工学会抄録集, BK-06(2003)
    Yuji Natori, Hirano Toshio, Mari Shimazu, Naoki Toyama: Asbestos-related diseases among construction workers in Japan, Finnish Institute of Occupational Health, Asian-Pacific Newsletter on Occupational Healthand Safety, 11(1), 10-14(2004)
    名取雄司, 外山尚紀, 片岡明彦, 酒井潔, 熊谷信二, 中野孝司:吹付けアスベストのある店舗での勤務が原因で発症したと考えられる悪性胸膜中皮腫の1例, 産衛誌46, 550(2004)
    外山尚紀, 名取雄司, 熊谷信二, 建設現場における石綿建材加工時の気中石綿濃度について, 第45回日本労働衛生工学会抄録集, AK-15(2005)
    中皮腫・じん肺・アスベストセンター編(共著):図解あなたのまわりのアスベスト危険度診断, 朝日新聞社(2005)
    外山尚紀, 名取雄司, 仲尾豊樹, 屋根用化粧スレートの高圧洗浄時の気中石綿濃度について, 産衛誌48, D320(2006)
    中皮腫・じん肺・アスベストセンター, 東京労働安全衛生センター編(共著), 実践!建設業のためのアスベスト対策, 建通新聞社(2007)
    外山尚紀, 酒井潔, 名取雄司:気中石綿濃度分析方法の比較,第47回日本労働衛生工学会抄録集, BK-06(2007)
    外山尚紀, 名取雄司, 仲尾豊樹, クリソタイル含有吹付け岩綿が空調経路にある建物における健康リスク評価の例, 産衛誌50, M305(2008)
    Naoki Toyama, Promotion of improvement action for prevention of asbestos exposure by cooperation between trade unions and NGO, International Symposium on Removal & Transfer of Asbestos in Asia, 37-43(2008)
    外山尚紀, 名取雄司:石綿含有建材の定性分析をめぐる課題, 産衛誌51, F311(2009)
    名取雄司, 平野敏夫, 外山尚紀:吹付け石綿除去工事時の石綿飛散事故に関する検討, 産衛誌51, F313(2009)
    平野敏夫, 名取雄司, 外山尚紀:吹付け石綿除去業における安全衛生活動第1報, 産衛誌51, F314(2009)
    外山尚紀:バーミキュライト中の角閃石石綿の分析について, 第49回日本労働衛生工学会抄録集, AK-07(2009)
    外山尚紀, 名取雄司:米国リビー産バーミキュライト―日本における調査と分析, 産衛誌52, 13-1-001(2010)
    亀元宏宣, 外山尚紀:わが国の建物アスベスト調査、評価および管理の課題, 産衛誌52, 13-1-003(2010)
    外山尚紀, 小坂浩:角閃石石綿を含有するバーミキュライトの分析方法に関する検討, 環境と測定技術37, 33-43(2010)
    外山尚紀:分散染色法による石綿繊維の屈折率の決定方法について, 第50回日本労働衛生工学会抄録集, BK-08(2010)
    外山尚紀, 名取雄司:煙突断熱材の石綿飛散に関する検討, 産衛誌53, 6-1-08(2011)
    外山尚紀:被災地のアスベストの状況とばく露防止対策の重要性-被災地のアスベスト調査結果と提案-, 労働の科学、66(11), 667-671(2011)
    外山尚紀:日本における石綿の定義と建材等製品中の石綿含有分析の課題, 労働科学, 87(4), 136-156(2011)
    外山尚紀:煙突用石綿断熱材からの石綿飛散について, 第50回日本労働衛生工学会抄録集, AK-03(2010)
  2. 委員会等
    2006:東京都アスベスト成形板対策検討委員会委員委嘱
    財団法人日本建築センターアスベスト濃度測定WG委員委嘱(2011年度まで継続)
    2007:佐渡市両津小学校アスベスト健康対策等専門委員会専門部会委員委嘱(2011年3月まで継続)
    2011:環境省東日本大震災におけるアスベスト調査委員会および厚生労働省東日本大震災の復旧工事に係るアスベスト対策検証のための専門家会議委員委嘱

安全センター情報2014年6月号