泉南型アスベスト国賠訴訟における遅延損害金の起算日は「確定診断日」/2019年9月27日福岡高裁判決、国上告断念で決着

西山和宏(ひょうご労働安全衛生センター事務局長)

いわゆる泉南型アスベスト国賠訴訟において、遅延損害金の起算日をめぐる争いが続いていたが、2019年9月27日の福岡高裁判決(詳細は後述)を受け、国側が上告を断念することを発表し、この問題に決着がついた。この間の取り組みと経過について報告する。

なお一連の各裁判を担当したのは、アスベスト訴訟弁護団大阪アスベスト弁護団及び広島アスベスト被害対策弁護団(082・227・6501)である。後述するように国に対する要請など、この3弁護団を含めてアスベスト裁判に取り組んできた全国の弁護団が協力して臨んだ。

遅延損害金の起算日はいつか

2016年10月、大阪泉南アスベスト国家賠償訴訟の第1陣及び第2陣について、最高裁は国の責任を認める原告勝訴の判断を行った。これにより、大阪泉南地域にとどまらず、石綿製品製造工場で働いた労働者やその遺族が、国に対して訴訟を提起し、一定の要件を満たすことが確認された場合には、国から損害賠償金が支払われることになった。賠償金の額は、石綿関連疾患の種類と症状に応じて異なるが、国は賠償基準額の2分の1を限度として責任を負う。また、基本慰謝料に加えて、弁護士費用と遅延損害金についても支払われる。

今回問題になったのは、療養されている方の遅延損害金の起算日はいつなのか、という点である。

亡くなられ方の起算日は死亡日、石綿肺の方の起算日はじん肺管理区分の決定日とされていた。
だが、肺がん及び中皮腫を発症し療養されている方の起算日に関して、国は労働基準監督署が労災認定した日と主張。一方、原告側は、病気を発症した時点(傷病発生日)か遅くとも確定診断日から損害が発生していると主張し、争いが続いてきた。原告側からすれば、労災認定日から損害が発生すると主張する国の考えは、どう考えても納得できないものであった。

この間、全国で争われてきた泉南型国賠訴訟において、原告側は各地で国の誤りを指摘してきたが、国は主張を変更しようとせず、訴訟が長期化するケースもあった。治療中の原告にとっては時間的な余裕がないため、国の誤りを指摘しつつも、泣く泣く和解する事例が続いていた。国は、時間をかけて争い、原告が諦めて和解するのを待っているかのような対応であった。

福岡地裁小倉支部で初の判決

こうしたなか、福岡地裁小倉支部で争われてきたAさんの泉南型アスベスト国賠訴訟は、遅延損害金の起算日をめぐり和解に至らず、2019年3月12日に判決が言い渡された。

2017年4月11日に提訴したAさん(肺がん治療中)の事件と2017年5月23日に提訴したBさん(肺がん治療中)の事件は、この間、福岡地裁小倉支部で争われてきた。遅延損害金の起算日について、原告は肺がんの発症日か遅くとも肺がんの確定診断日と主張し、国側は労災認定日であると主張し、約2年間にわたり争いが続いた。

遅延損害金の起算日について、最高裁は「不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に何らの催告を要せず遅滞に陥る」と判示しており、泉南アスベスト国賠訴訟の判決(2陣、大阪高裁平成25年判決)では、石綿肺の場合は「(最も重い)じん肺管理区分決定日」、肺がんの場合は「肺がんの確定診断日」、びまん性胸膜肥厚は「労災保険支給決定日」、石綿関連疾患で死亡した場合は「死亡日」が損害の発生日としている。

ところが国は、AさんとBさんに和解案を提示した際に、「労災認定日」を遅延損害金の起算日として提案してきた。そのため原告は、肺がんと診断されてから労災が認定されるまでの間に損害が発生していないとの見解は不合理であり、泉南判決にしたがって、「肺がんの確定診断日」にするよう求めた。しかし、国が拒否したため、判決を迎えることになった。

原告と被告・国の主張

まず、大阪高裁平成25年判決における遅延損害金の起算点についての解釈である。

原告は、「石綿肺は行政上の決定がなければ罹患自体が通常は認め難く、かつ、特異な進行性の疾患であるから『最も重い行政上の決定を受けた日』を損害発生日と判示した。肺がんに罹患した事実は、行政上の決定によるまでもなく、医療機関における病理組織検査等により認定することが可能」と主張。

国は、「肺がんを含めた全ての石綿関連疾患について、その損害が最も重い行政上の決定日又は石綿関連疾患による死亡日」であると主張した。

また、大阪高裁平成25年判決では、肺がん治療中原告の損害発生日を「肺がんの確定診断日」としているが、国は、「大阪高裁判決がそのように判断した理由は明らかではないが、労災認定日となる復命書の決済印の日付が判読不能のために例外的にしたもので一般論を示したものではない」との理解しがたい主張をした。

さらに原告は、医師による確定診断により肺がんの損害発生を認めることができると主張したのであるが、国は、「確定診断のみでは、石綿に由来する肺がんであることは明らかではない」と主張していた。

病気発症時点から損害がある

Aさんの場合、2008年9月26日に「肺がんの疑い」と診断され、11月7日に病理組織診断により「肺腺がん」との確定診断を受けた。その後、2008年12月4日に労災申請を行い、労災認定されたのは2010年2月9日であった。肺がんを発症してから労災認定まで約16か月の時間を要している。

Bさんの場合は、2014年9月24日に「右中葉肺がん」と診断され、10月15日に病理組織診断により「肺扁平上皮がん」と診断された。2015年3月17日に労災申請を行い、6月18日に労災認定された。肺がんを発症してから労災認定まで約9か月かかっている。

原告の二人は、「肺がんとわかり、組織検査をし、手術をし、労災認定される前から痛みや苦しみはあった」「労災請求が認定されないと損害が発生しないとする国の主張は誤りである」と訴えてきた。

これまでにも、全国各地の裁判所に提起された泉南型アスベスト国賠訴訟において、肺がんや中皮腫の治療中の原告について、遅延損害金の起算日をめぐる争いが続いてきたが、国の誤りを指摘しつつも、泣く泣く国の提案する内容で和解するケースが続いてきた。今回もBさんも、2019年の年明けに肺がんが再発し、判決日の半月前である2月28日に急きょ手術を受けることになった。そのため、早期の解決を希望され、判決が言い渡される3月12日に、やむなく国の提案に応じて和解することを決断されたのであった。

起算日は肺がん発症日

Aさんに対する判決「主文」は次のとおりである。

  1. 被告は、原告に対して、1,265万円及びこれに対する平成20年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 訴訟費用は、被告の負担とする。
  3. この判決は、第1項に限り、被告に判決が送達された日から14日経過した時から、仮に執行することができる。
    ただし、被告が300万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

遅延損害金の起算日についての全国初の司法判断は、「原告(Aさん)について肺がんの発症が認められる平成20年9月26日と認めるのが相当である」と判断し、「肺がんについては、損害の発生を認定するに当たりじん肺管理区分認定や労災保険給付決定などの行政上の決定が必要であるとは認められない」として国の主張を全て退けた。確定診断日よりもさらに遡り、肺がんの発症が認められた日が遅延損害金の起算日と判断したのである。

判決後の記者会見において原告のAさんは、「労災認定日はあくまで事務処理が終わった日。病気を発症したときから体調不良や手術による痛みはあった。認められて嬉しい」と語った。これまでの泉南型国賠訴訟においては、遅延損害金の起算日を労災認定日とする和解が定着していたが、今後の訴訟に大きな影響を与える判決を勝ち取ることができた

2017年の国への要請

判決の翌日(2019年3月13日)、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」と以下の全国各地のアスベスト訴訟弁護団との連名で、厚生労働省と法務省に対して「控訴しないこと」等を求める要請を行った。

  • 北海道アスベスト被害者支援弁護団
  • 埼玉アスベスト弁護団
  • アスベスト訴訟関東弁護団
  • 静岡アスベスト被害救済弁護団
  • アスベスト訴訟関西弁護団
  • 泉南アスベストの会
  • 大阪・泉南アスベスト国賠訴訟原告団・弁護団
  • 岡山アスベスト弁護団
  • 広島アスベスト被害対策弁護団
  • 日本エタニットパイプ高松工場石綿被害者国家賠償訴訟原告団
  • 九州アスベスト被害対策弁護団

しかし、遅延損害金の起算日をめぐる国への要請はこのときが初めてではなく、2017年12月18日にも同じく連名(このときは九州アスベスト被害対策弁護団の代わりに鳥栖工場労働者アスベスト被害国家賠償請求訴訟弁護団)で、厚生労働大臣に対して、以下の要請を行っていた。

泉南型国賠訴訟の和解手続における遅延損害金の起算点に関する要請書(緊急)2017.12.18

私たちは、貴職に対し、泉南型アスベスト国賠訴訟の原告の早期救済のため、下記のとおり要請いたします。

1 要請の趣旨

泉南型アスベスト国賠訴訟を提起した原告のうち、肺がん及び中皮腫を発症し療養中である被害者、治癒と診断された肺がん被害者、肺がん及び中皮腫を発症し業務上認定を受けた後に業務外の疾病や事故により死亡した被害者の遺族(以下「肺がん・中皮腫により療養中の被害者等」という)との和解において、慰謝料及び弁護士費用の遅延損害金の起算点を「確定診断日」とすること。

2 要請の理由

現在、各地の地方裁判所において係属中の泉南型アスベスト国賠訴訟において、被告である国は、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解手続にあたり、慰謝料及び弁護士費用の遅延損害金の起算点を「労災保険支給決定日」とする和解案を提示しています。

しかしながら、被告の上記和解案は、以下のとおり不当なものです。
不法行為に基づく損害賠償債務は、催告を有することなく損害の発生と同時に遅滞におちいるものとされています(最三小判昭和37年9月4日)。石綿関連疾患のうち石綿肺については、疾病の特質から、じん肺管理区分管理2、同管理3、同管理4と順次行政上の決定を受けた場合には、それぞれの管理区分ごとに質的に異なる損害が発生したと解されるため(最三小判平成6年2月22日)、最も重い行政上の決定を受けたとき(石綿肺で死亡した場合は死亡日)をもって「損害が発生した」として遅滞におちいると解されています(泉南アスベスト国賠第2陣訴訟・大阪高判平成25年12月25日も同旨)。

一方で、肺がん及び中皮腫については、石綿肺のような特異な進行性の疾患ではなく、罹患したか罹患していないかの二者択一でしかありません。したがって、肺がん及び中皮腫に関しては、罹患したことが確実となった客観的時点をもって「損害が発生した」と解するのが相当であり、不法行為の遅延損害金の起算点については肺がん及び中皮腫の「確定診断日」(確定診断に至る検査や手術をなした日)とされるべきです。上記泉南アスベスト国賠第2陣訴訟・大阪高判平成25年12月25日もそのように判断し、最高裁もこの判断を是認しています。

そこで、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解手続にあたり、被告国において遅延損害金の起算点を「労災保険支給決定日」とする和解案を提示している事件については、同和解案を撤回して「確定診断日」を遅延損害金の起算点とする和解案に訂正されるよう要請します。また、今後、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解にあたっては「確定診断日」を遅延損害金の起算点とする和解案を提示されることを要請いたします。
肺がんや中皮腫で治療中の原告の方々は、命を削るようにして生きておられます。一日も早い解決が望まれることを付言します。

控訴しないことを求める要請行動

2019年3月13日、厚生労働大臣と法務大臣に対する「控訴しないこと」等を求める要請行動には、遅延損害金の起算日をめぐり神戸地裁で争っている原告のCさんと広島地裁で争っている原告のDさんの二人も出席し、早期解決を訴えた。

要請書 2019.3.13

私たちは、貴職らに対し、泉南型アスベスト国賠訴訟において、福岡地方裁判所小倉支部が2019年3月12日に生存中の肺がん被害者について慰謝料及び弁護士費用の遅延損害金の起算日を「肺がんの発症が認められた日」とする判決を言い渡したことから、あらためて下記のとおり要請します。

1 要請の趣旨

  1. 泉南型アスベスト国賠訴訟を提起した原告のうち、肺がん及び中皮腫を発症し療養中である被害者、治癒と診断された肺がん被害者、肺がん及び中皮腫を発症し業務上認定を受けた後に業務外の疾病や事故により死亡した被害者の遺族(以下「肺がん・中皮腫により療養中の被害者等」という)との和解において、慰謝料及び弁護士費用の遅延損害金の起算点を遅くとも「確定診断日」とすること。
  2. 上記福岡地方裁判所小倉支部判決を尊重し、同判決に対して控訴しないこと。

2 要請の理由

  1. 被告である国は、各地の地方裁判所で係属中の泉南型アスベスト国賠訴訟において、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解手続にあたり、遅延損害金の起算点を「労災保険支給決定日」とする和解案を提示しています。
    しかし、国の上記和解案は、次のとおり不当なものです。
  2. 不法行為に基づく損害賠償債務は、なんらの催告を要することなく損害の発生と同時に遅滞に陥ります(最判昭和37年9月4日)。肺がんや中皮腫に罹患した被害者の損害は、肺がんや中皮腫に罹患したときに発生します。肺がんや中皮腫に罹患した事実は、管理区分決定がなければ認め難いとされる石綿肺(じん肺)とは異なり、通常は医療機関の行う病理組織検査等により確定的に認めることができます。したがって、肺がんや中皮腫の罹患による損害の発生日は、遅くとも「(肺がんや中皮腫の)確定診断日」となります。
    上記和解手続の前提となる泉南アスベスト国賠第2陣訴訟・大阪高判平成25年12月25日も、肺がんに罹患した被害者の遅延損害金の起算日について「肺がんの確定診断日」と判示しています(最高裁で確定)。
    その後も、アスベスト国賠事件における判決(大阪高判平成30年9月20日)が「生存する者については石綿関連疾患の診断日(そうでなければ診断日)又はじん肺管理区分決定日とするのが…相当である」と判示し、生存する肺がん被害者にかかる遅延損害金の起算日を「肺がんの確定診断日」と判断しています。
  3. 私たちは、2017(平成29)年12月18日、厚生労働大臣に対し、泉南型アスベスト国賠訴訟を提起した原告のうち、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解手続において、慰謝料及び弁護士費用の遅延損害金の起算点を「確定診断日」とすることを緊急に要請しました。
    ところが、国は態度をあらためることなく、現在にいたるもなお「労災保険支給決定日」をもって遅延損害金の起算点とする和解案を提示しつづけています。
    その結果、健康不安を抱える被害者らは、やむなく国の提示する和解案の内容で和解を受諾せざるをえない状況に追い込まれています。
  4. 本年3月12日に言い渡された福岡地方裁判所小倉支部判決は、生存する肺がん被害者について、遅延損害金の起算日を「肺がんの確定診断日」よりも早い「肺がんの発症が認められる日」と判示しました。国の提示する和解案が誤っていることを明確に示したものといえます。
    他方で、上記判決の原告を含め、肺がんや中皮腫で療養している被害者は、治療に伴う精神的・肉体的負担や再発のリスク等におびえながら、これまで国賠訴訟を追行してきました。控訴審や上告審を闘う時間は残されていません。
  5. そこで、私たちは、国に対し、肺がん・中皮腫により療養中の被害者等との和解にあたっては、遅くとも「確定診断日」を遅延損害金の起算点とする和解案を提示することをあらためて要請するとともに、上記司法判断を尊重し、福岡地方裁判所小倉支部判決に対して控訴しないことを強く要請します。

神戸地裁の原告Cさんの場合、2012年3月に肺がんが疑われ、病理組織検査の結果4月25日に「肺腺がん」と診断された。労災申請を行ったのは2015年1月19日で、労災認定されたのは2015年6月9日であった。Cさんは、若い頃に石綿製品を製造する会社に勤務していたが、わずか3か月であったために肺がんの原因が石綿だと気付かなかったのである。国の主張によれば、Cさんの場合は肺がんを発症しても約3年間は損害が発生していないことになる。
要請行動において国側主張の不合理さを訴えたが、Aさん事案について国は3月25日に福岡高裁に控訴した。後日判明したのであるが、国は判決日当日に、仮執行を免れるために300万円を供託していた。治療中の被災者をいつまでも苦しめる国の対応に、各地で争っている原告は怒りを覚え、国の誤りを正すためには正しい判決を積み重ねるしかないと決意したのであった。

「これ以上苦しめないで」

2019年9月17日、小倉支部に続き全国2例目の判決が、午前10時に神戸地裁で、午後には3例目の判決が広島地裁で言い渡された。

両地裁の判決は、小倉支部に続き、「肺がんの診断を受けた日」と判断した。以下は「主文」。

  1. 被告は、原告遠藤に対し、1,265万円及びこれに対する平成24年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 省略(原告Aさんに関する項)
  3. 訴訟費用は、被告の負担とする。
  4. この判決の第1項及び第2項は、本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは、仮に執行することができる。
    ただし、被告が各原告について300万円の担保を供するときは、当該原告に係る仮執行を免れることができる。

神戸地裁判決は、「遅延損害金の起算日がいつであるかは、専ら、損害の発生がいつであるかという観点から決定される問題であり、被告の主張する事業は、かかる判断を左右する事情とはいえない」とし、「肺がんの確定診断を受けた平成24年4月24日」が遅延損害金の起算日であると判示し、国の主張を退けた。

神戸地裁の判決後、記者会見を行った原告Cさん(80歳、肺がん治療中)は次のように訴えた。

「私が肺がんを発症したのは、2012年4月です。労災認定されたのは2015年6月です。病気になってから労災と認められるまでの約3年間は、国は損害が発生していないと主張してきました。がんが見つかり、不安な思いをし、検査を繰り返し、痛くつらい思いをした日々を振り返ると、どうしても国の言うとおりの和解をすることはできませんでした。
私たちはお金がたくさんほしいと言っているのではありません。病気になって苦しい思いをした事実を認めてほしいのです。
治療を続けている私たち原告には、時間がありません。国は、判決を真摯に受け止め、控訴しないで下さい。アスベストによる病気を発症し苦しんでいる私たち被害者を、これ以上苦しめないでください」。

裁判所からのメッセージ

全国3例目となる広島地裁判決は、以下の内容であった。以下は「主文」。

  1. 被告は、原告に対し、1,265万円を支払え。
  2. 被告は、原告に対して、1,265万円に対する平成26年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 訴訟費用は、被告の負担とする。
  4. この判決の第1項及び第2項は、本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは、仮に執行することができる。
    ただし、第2項については、被告が、250万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

広島地裁の原告Dさんは、平成26年2月4日に胸部CT検査を受けたところ、肺がんの疑いがあると診断され、2月6日に肺下葉の切除手術をうけた。その際に切除した組織を検査したところ原発性肺がんであると診断された。判決では、「肺がんの発症が認められた日」を遅延損害金の起算日と判断した。

そして、広島地裁の判決で画期的だったのは、損害賠償額に「仮執行免脱宣言」が付かなかったことである。

判決では、損害賠償金と遅延損害金に仮執行宣言(判決が確定する前であっても仮に強制執行をすることができる旨の宣言)が付いた。ただし、通常は被告側が一定額の担保金を収めた場合、仮執行が免れる「仮執行免脱宣言」が付記されるのだが、今回の広島地裁の判決では、遅延損害金の部分については、「仮施行免脱宣言」が付き、賠償金の元本については付かなかったのである。

裁判所が、原告らの健康状態を考慮して、争いのない賠償金の元本部分については、国は至急原告に支払うようにとのメッセージだといえる。

原告のDさん(84歳・肺がん治療中)は、「私たちの主張が認められて嬉しい。全国で多くの方が同様の訴訟を起こしているが、私たちは、年齢的にも健康的にも残っている時間は少ない。お金の問題ではなく、国は判決に従ってほしい。早く解決したい」と、判決後の記者会見で訴えていた。

だが国は、またしても神戸地裁と広島地裁の判決を不服として、9月末に大阪高裁と広島高裁に控訴をおこない、争いが継続することになった。

高等裁判所における初の判断

全国で初めて主張が認められた福岡地裁小倉支部原告Aさんの控訴審は、2019年7月24日に開かれたが、第1回目の期日において結審した。そして、9月27日に判決が言い渡された。
「主文」と「判決骨子」を紹介する。

主文

  1. 原判決を次のとおり変更する。
    (1) 控訴人は、被控訴人に対し、1,265万円及びうち1,150万円に対する平成23年12月29日から、うち115万円に対する平成20年11月7日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
    (2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
  2. 訴訟費用は、第1、2審を通じ、控訴人の負担とする。

判決骨子

【事案の概要】

本件は,石綿工場において石綿製品の製造に従事していた被控訴人が、石綿粉じんぱく露により肺がんを発症したことについて、被控訴人の肺がん発症は控訴人が労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの。)に基づく省令制定権限を行使して石綿工場に局所排気装置を義務付けるなどの措置を怠ったことが原因であると主張して、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料1,150万円及び弁護士費用115万円の合計1,265万円並びにこれに対する被控訴人が肺がんの診断を受けた日である平成20年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【争点】

本件請求についての遅延損害金の起算日を、肺がん診断日とすべきか、労災認定時とすべきか。

【当裁判所の判断】

本件においては、被控訴人に生じた石綿に起因する肺がんについて、その損害をどのようにみるのかが問題となる。
被控訴人が主張している損害は、石綿に起因する肺がんであるが、肺がんが石綿に起因するかどうかは、石綿が肺がんという健康被害を発症させた原因かどうかの問題として位置付けられるべきものであって、その損害は、肺がんという健康被害それ自体とみるのが自然かつ合理的である。そして、肺がんを発症しているか否かは、通常は病理組織検査等の医学的診断に基づいて判断されるものであるから、肺がんの確定診断を受けた日が証拠上認定し得る者については、その日に損害が発生したものとみるのが相当である。したがって、遅延損害金の起算日について、行政上の決定日である労災認定時とする控訴人の主張を採用することはできない。
本件においては、被控訴人は平成20年11月7日の右肺下葉部切除手術の際受けた生検により腺がんと確定診断されたのであるから、同日に損害が発生したものと認めることができ、控訴人が被控訴人に対して負う損害賠償債務の遅延損害金の起算日は同日である。
なお、原審は、遅延損害金の起算日が同年9月26日である旨判断するが、同時点ではいまだ肺がんの疑いという診断にとどまっており、これをもって損害が発生していると認めることはできない。

全国初の高裁判決のためマスコミにも大変注目された。

裁判所の判断は、「石綿に起因する肺がんについて、その損害をどのようにみるのかが問題となる。…その損害は、肺がんという健康被害それ自体とみるのが自然かつ合理的である。そして、肺がんを発症しているか否かは、通常は病理組織検査等の医学的診断に基づいて判断されるものであるから、肺がんの確定診断を受けた日が証拠上認定し得る者については、その日に損害が発生したものとみるのが相当である。したがって、遅延損害金の起算日については、行政上の決定日である労災認定時とする控訴人(国)の主張を採用することはできない」と、国の主張を明確に退けた。
ただ、小倉支部が起算日と判断した「肺がんの発症が認められた日」ではなく、確定診断を受けた日であると修正した。

国の主張は6連敗

遅延損害金の起算日をめぐる訴訟の判決は続き、その後、9月30日には広島地裁福山支部において原告Eさんに対する判決が言い渡された。「主文」は以下のとおり。

  1. 被告は、原告に対し、1265万円及びこれに対する平成16年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 訴訟費用は、被告の負担とする。
  3. この判決は、第1項に限り、被告に本判決が送達された日から14日を経過した時から、仮に執行することができる。
    ただし、被告が500万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。。

福山支部原告Eさんは、平成16年3月に健康診断で異常を指摘され、同年4月14日に肺下葉を切除し、手術によって摘出された組織の検査により原発性肺がんと確定診断された。判決では、「確定診断された日」を遅延損害金の起算日と判断した。

さらに10月4日、大阪地裁において原告FさんとGさんに対する判決が言い渡された。以下「主文」。

  1. 被告は、原告Fに対し、1,265万円及びこれに対する平成20年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 被告は、原告Gに対し、1,265万円及びこれに対する平成27年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 訴訟費用は、被告の負担とする。
  4. この判決は、被告に送達された日から14日を経過したときは、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

原告Fさんは、平成20年11月26日に大学病院で受けた肺がん手術の際に採取された肺組織の検査により、肺がんの確定診断を受けた。原告Gさんは、平成27年2月17日に、受診した医療機関において「石綿肺所見(Ⅰ型以上)」と胸膜プラークが認められ、石綿による肺がんと診断を受けた。

大阪地裁は、原告Fさんについては「確定診断された日」を、原告Gさんについても医療機関により石綿肺がんと診断された日を遅延損害金の起算日と判断し、国側の主張を退けた。

大阪地裁判決においては、「この判決は、被告に送達された日から14日を経過したときは、…仮に執行することができる」とされた。広島地裁判決よりさらに踏み込み、原本部分についても遅延損害金についても、仮執行が免れる「仮執行免脱宣言」が付かず、判決の14日後には仮執行できると判示した。争い続ける国側への警鐘を鳴らす内容であると受けとめられた。

9月17日から10月4日までの間に5つの裁判所で判決が出され、小倉支部の判決から数えると国側の主張は6連敗となった。判決毎に記者会見を行ったが、マスコミも関心が高く、大きく報道した

国が上告を断念―その影響

2019年9月27日の福岡高裁の判決を受け、上告期限が迫るなか国側の対応が注目されていた。そうした中、10月11日の毎日新聞朝刊は、「石綿被害国、上告断念へ」の見出しで、「国の主張を退けた9月の福岡高裁判決について、国は10日、上告を断念する方針を固めた」と報じた。

11日に会見を行った加藤勝信厚生労働大臣は、「上告しない」ことを明らかにし、神戸と広島の両地裁判決についても控訴を取り下げることを表明。また、判決が出た広島支部福山支部事件と大阪地裁事件にも控訴せず、全国で係争中の8訴訟についても争わない方針を示した。

その後、福岡高裁の判決を受け、他にも国の方針が変わった点がある。

これまで国は、びまん性胸膜肥厚の遅延損害金の起算日は労災認定日、石綿肺の遅延損害金の起算日はじん肺管理区分の決定日としていた。それが、中皮腫・肺がん以外の疾病についても、損害が発生した日から遅延損害金を払うことに変更し、訴訟上での和解を行っている。石綿肺の場合は、じん肺健康診断を受けた日を遅延損害金の起算日として和解をする方針に転換した。

国が上告しないと判断したことは妥当であり、今後、石綿関連疾患を発症する国賠対象者を含めると、より広く被害者に影響を与えることになる。広島地裁原告のCさんは、「裁判で係争中の人や、今後訴訟を起こす人のためにもいい判断。大変うれしい」とのコメントを出した。

ただ国は、これまでに和解に応じた事案については遡及しないと表明している。私が支援してきた方だけでも4名の原告(中皮腫の方1名、肺がんの方3名)が、国の誤りを主張しながらも、治療を優先させるために泣く泣く和解に応じてきた。その意味で国の判断は遅すぎたといえるし、国の誤りは過去に遡って是正するべきである。

原告の皆さんの頑張りにより国の方針を改めさせることができた。しかし、今回の遅延損害金問題について、国の明らかな誤りを正すために、多くの被害者がどれほどの時間と労力を費やさねばならなかったか。国は被害者や家族の心情を察し、こうした争いが起こらないように今後の対応に活かすべきである。

損害金「診断確定日から」
福岡高裁判決 アスベスト肺がん訴訟


アスベスト(石綿)の粉じんを吸って肺がんになったとして、北九州市の70代の男性が国に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が27日、福岡高裁であった。西井和徒裁判長は一審・福岡地裁小倉支部判決を一部変え、損害賠償の利息となる遅延損害金の起算日を「肺がんの診断が確定した日」としたものの、一審同様、男性の主張をほぼ認めた。

アスベストをめぐる訴訟では、遅延損害金の起算日を労災認定日とする和解が定着していた。3月の一審判決は「肺がんの疑いを診断された日」と踏み込んだ。今月17日には神戸、広島の両地裁も同様に判断。高裁レベルでは初めての判決だつた。

判決によると、男性は約35年間、アスベスト製品の製造作業に関わった。2008年9月26日、「肺がんの疑い」と診断され、同年11月7日に手術を受けた際の生体検査で肺がんの確定診断を受けた。労災認定は10年2月12日だった。

判決は、肺がんの発症が損害の発生に当たるのが「自然かつ合理的」としつつも、発症したかどうかは医学的診断に基づいて判断されるもので「確定診断を受けた日が認定できる者については、その日に損害が発生したとみるのが相当」と結論づけた。

アスベストの健康被害については、14年の大阪・泉南訴訟で最高裁が国の責任を認定。男性が和解の要件を満たすことには争いはなかった。

原告弁護団の位田浩弁護士は会見で「被害者にとって重要な判断」と評価。原告の男性は「患者は高齢化している。国は真摯に受け止めてほしい」と話した。厚生労働省は「判決内容を精査するとともに、関係省庁と協議しつつ、対応を検討したい」との談話を出した。
(角詠之)

2019年9月28日 朝日新聞

安全センター情報2020年1・2月号