労働における熱:労働安全衛生への影響/科学、政策及び慣行のグローバルレビュー:2024.7.25 国際労働機関(ILO)

概 要

世界は急速なペースで温暖化が進んでいる。2023年は記録上もっとも暑い年となり、2023年7月はもっとも暑い月として記録された。この傾向は2024年にも続き、2024年5月は記録上12か月連続でもっとも暑い月となった。
気候変動はすでに労働者の安全と健康に深刻な影響を及ぼしている。日中の気温上昇や、頻度と強度が増す熱波が、世界のあらゆる地域で労働者に影響を及ぼしている。労働者は温度の極端な変化にもっとも曝露されているグループのひとつであるが、大きなリスクにもかかわらず、働き続けることを余儀なくされる場合が少なくない。
熱ストレスは目に見えない殺し屋である。それは、すでに世界中の多くの地域で確認されているように、熱中症、熱射病などの疾患、また死亡さえも引き起こすことによって、仕事中の労働者に即座に影響を及ぼす可能性がある。長期的には、労働者は心血管系、呼吸器系、腎臓などに深刻な慢性疾患を発症し、その機能に重大な障害を及ぼす可能性がある。メンタルヘルスへの影響も考慮する必要があり、認知機能の低下、滑りやすい高温の床面、不適切な個人保護具(PPE)による事故やけがも多発している。すべての業種で労働者が影響を受ける可能性があるが、とりわけスクの高いグループには、移住労働者やインフォーマル労働者、妊娠中の女性、換気のない環境で働く室内労働者、肉体的に過酷な屋外作業に従事する労働者などが含まれる。
過度の熱の影響を受ける労働者の数は深刻な水準に達しており、労働安全衛生(OSH)保護は対応が追いついていない。ILOの報告書「気候変動下における労働安全衛生の確保」によると(2024年8月号)、少なくとも24億1千万人の労働者−労働人口の71%-が過度の熱にさらされており、年間2,285万件の負傷と18,970人の死亡が発生している。
過度の熱の激化は、労働者の安全と健康を脅かすだけでなく、経済の回復力と世界規模でのディーセントワークの潜在的可能性も損なう。気候変動に関連した緩和の努力は、時間をかけた協調した取り組みが必要だろうが、労働者はいま負傷し、命を落としている。したがって、熱ストレスの予防措置は緊急を要する課題として実施されるべきである。

われわれは何を知っているか?

本報告書は、過度の熱のOSHに対する影響をついてより強化された理解を得るために、この深刻化する危機についてより深く洞察した。主な結果は以下のとおりである。

  • アフリカ、アラブ諸国、アジア・太平洋地域におけ過度の熱への職場曝露は、世界平均(71%)を上回っており-各々労働力の92.9%、83.6%、74.7%であった。
  • ヨーロッパと中央アジア地域は、2000年から2020年までの間に過度の熱への曝露が17.3%増加し、もっとも大きな増加を示した。これは世界平均の増加(2000年から2020年までに8.8%)のほぼ2倍に相当する。
  • アフリカとアメリカ地域は、過度の熱に起因する労働災害の割合がもっとも高く、各々全労働災害の7.2%と6.7%を占めている。
  • アメリカは、ヨーロッパと中央アジア地域とともに、2000年以降、熱関連労働災害の割合がもっとも急速に増加しており、各々33.3%と16.4%の増加を示している。
  • 過度の熱にさらされる労働者の10人中9人、及び過度の熱に関連した労働災害の10件中8件は、熱波以外の状況で発生している。
  • 世界では、2,620万人が労働における熱ストレスに起因する慢性腎疾患を患っている。労働における熱曝露に起因する慢性腎疾患の症例は、全症例の約3%を占め、アフリカでは3.34%、アメリカでは1.8%となっている。
  • 過度の熱に関連した労働災害を防止するためのOSH措置を実施することで、世界全体で361億ドルを超える経済的損失を防止できる可能性がある。

どのような対応措置が存在するか?

多くの国では、既存のOSH法における過酷な熱に関する規定は一般的であることが多く、労働者が日常的に直面する気候変動に関連した危険の深刻化に十分に対応できていない。しかし、一部の国では現在、熱に対処するために、法改正や新たな具体的な規制の策定を進めつつある。それらは一般的に、職場レベルにおける最大温度制限や順応措置に関するガイドラインが含まれている。また、ILOの職業病リストに沿って、多くの国が過度の熱に関連した疾病を職業病として認定している。
世界21か国の熱ストレスに対処する国内法令の分析では、職場レベルの措置に関する共通の規定がいくつか示された。

  • 過度の熱[問題]を統合した労働環境における参加型リスクアセスメント
  • とりわけ屋外労働者と屋内労働者、インフォーマル経済や零細・小・中規模企業(MSMEs)の労働者を含め、高リスクにある労働者範疇の特定と対象を絞った対策
  • 労働強度に基づいた異なる安全閾値を設定しつつ、熱暴露のレベルを評価するための熱ストレス指標としての湿球黒球温度(WBGT)の活用
  • とりわけ女性労働者のために、適切な衛生施設を含め、水分補給戦略
  • 自己調整可能な労働ペースを含め、過度の熱への曝露を制限または回避するための休息、休憩、または労働スケジュールの変更
  • 涼しく日陰で換気された休息エリアの提供
  • 最近の熱曝露のない労働者に対する熱順化
  • 熱ストレスから労働者を保護するための個人保護具(PPE)
  • 熱ストレスと熱関連疾患に関する教育と啓発
  • 定期的な医学検査と健康監視

主な教訓は何か?

労働環境における熱ストレスの予防・管理戦略は、緊急を要する課題として強化する必要がある。熱ストレスに対処するための既存の戦略は、とりわけ気温の上昇と気候パターンの変化の文脈において、不十分であることが明らかになりつつある。労働者を熱ストレスから保護するたの法律や規制が存在するにもかかわらず、それらの規定の多くは過去に制定されたもので、現代の熱ストレスの課題の複雑さに十分に対処していない基本的な要件にとどまっている。

  1. 熱行動計画と公衆衛生キャンペーンは、OSHの保護を統合すべきである。労働者は、熱行動計画、早期警戒システムその他の熱関連公衆衛生努力の中心にあるべきである。過度の熱と熱波は、OSHハザーズとして扱われるべきである。OSH考慮が、気候変動と公正移行に関するより広範な戦略と行動に組み込まれるべきである。
  2. 労働者の安全と健康は、熱波の期間中だけでなく、すべての過度の熱の期間中に保護されるべきである。過度の熱に関連した労働者の曝露や負傷の大多数は熱波以外で発生するために、熱波の期間中だけでなく、過度の熱が労働者の安全と健康にリスクを及ぼす場合は常に保護措置が講じられるべきである。労働者に対する権利に基づいたアプローチが必要であり、それには安全で健康的な作業環境に対する基本的権利、熱ストレスに関する知る権利、危険な状況から自らを避難させる権利が含まれる。
  3. 異なる業種、及び屋内・屋外双方の労働者向けにあつらえられた戦略が策定・実施されるべきである。熱ストレスは、屋外作業だけでなく屋内作業を含む一定の業種や職種に不均衡な影響を及ぼしており、工場(例えば衣料部門の女性労働者)など、とくに脆弱な状況にある労働者も含まれる。インフォーマルな環境や中小零細(MSME)な環境向けに、現実的かつ低コストのあつらえられた戦略が提供されるべきである。
  4. OSHマネジメントシステムは、熱ストレスの予防・管理措置を統合すべきである。職場レベルのリスクアセスメントと予防・管理戦略は、熱ストレスに関する考慮事項を明示的に組み込み、労働者からの直接的な意見の反映を義務づけるべきである。
    6 . 職場保護慣行は、シンプルかつ費用効果の高いものであり得る。科学的証拠は、労働者を保護するための効果的な方法の多くが、低コストで実施しやすいことを示している。それには、適切な水分補給の提供、涼しく日陰で換気の良い休憩場所での休憩、労働スケジュールの変更、及び熱順化プログラムが含まれる。
  5. 社会対話が行動の基盤でなければならない。すべてのレベルの関係者は、プロセスに参加するための訓練を受け、権限を付与された労働者とその代表をもって、熱ストレスに関するOSH政策・戦略の策定・実施において、社会対話を基本的な要素として優先しなければならない。異なる業種の特有の条件に対処するために、職場において過度の熱に対処する手順やプロトコルを詳細に定めた、多数の重要な団体交渉協定が採択されている。
  6. 国際的、政府間及び部門横断的な協働は最優先事項とすべきである。政府、使用者・労働者団体、国際機関、OSHネットワーク及び非政府組織(NGO)間の協力は、職場熱ストレスに対処する知識、リソース、ベストプラクティスの共有に不可欠である。労働の世界に影響を与える熱ストレス関連問題において、とくに政策を確立しはじめている労働省、保健省、環境省、気候変動省の間で政策の一貫性が確保されるべきである。
  7. 対象を絞った実証研究とグローバルな知識共有が緊急に必要である。国レベルでは、政策の監視と評価を含め緊急の課題があり、職場レベルでは、実践的で低コストな介入の有効性を評価する必要がある。熱ストレスとOSHに関する専門家間のグローバルな協力を強化することは、その場しのぎで孤立した評価手法や介入を回避するために不可欠である。専門家は協力して、調和のとれた科学的根拠に基づく熱ストレスの評価、介入モデル及びプロトコルを提案することができる。そのような協調的な取り組みは、科学と政策の連携を強化し、提言の質を向上させる役割を果たすだろう。

パートA:われわれは何を知っているか?

1. 労働における熱ストレス
1.1 過度の熱と熱ストレス
1.2 労働者の安全と健康に対する熱ストレスの影響
1.3 脆弱な状況にある労働者グループ
2. 労働における過度の熱による疾病の世界負荷
2.1 過度の熱に曝露する労働者の数
2.2 過度の熱に起因する労働災害の世界負荷
2.3 熱波の期間中に過度の熱に曝露する労働者の数
2.4 熱波の期間中の過度の熱に起因する労働災害の世界負荷
2.5 熱ストレスに起因する慢性腎臓疾患の世界負荷
2.6 労働における熱ストレスの経済的影響
2.7 熱ストレスによる労働と生産性の損失

パートB:われわれは何ができるか?

3. 労働における熱ストレスに関するグローバルな行動と国レベルの行動
3.1 職場熱ストレスに関連する国際的な規範的文書
3.2 国の政策対応
3.3 職場熱ストレスに対処する国の立法措置の概要
3.4 社会対話の重要性

4. 熱ストレスに関する職場対応

4.1 職場レベルのリスクアセスメント[以下に紹介]
4.2 熱ストレスの予防と管理[以下に紹介]
4.3 熱ストレスに関する教育と啓発
4.4 熱に関連した疾患または傷害についての労働者健康監視
4.5 気候変動影響緩和における職場の役割

パートC:われわれはここからどこに向かうか?

5. 主要な知見と学んだ教訓

4.1 職場レベルのリスクアセスメント

多くの国で国のOSH法令が、使用者は、それらを軽減し、可能な限り防止するために、(過度の熱によって生じるものを含め)職場と関係した様々な安全衛生リスクを評価しなければならないと規定している。職場リスクアセスメントは、過度の熱に曝露する可能性のある労働者の安全と健康を保護するための重要なツールのひとつである。
効果的なリスク管理は、すべてが信頼性があり実証された手法に基づいた、過度の熱曝露に関連したハザード(ズ)の特定、関連したリスクの評価及びそれらを防止・管理するための慣行の実施を網羅している。それは、関連する国及び国際的な法的枠組み(第3節[省略]で説明)に関する包括的な理解を必要とする。職場における過度の熱についての書面によるリスクアセスメントを実施するには、その結果を記載した書面に記録されるべき、体系的で参加型のプロセスが必要である。
リスクアセスメントは、以下の5つのステップに従うべきである。

ステップ1:ハザーズの特定-これには、職場を調査し、可能性のある熱関連ハザーズを特定し、それらの安全衛生に対する具体的リスクを評価することが含まれる。労働者は、その業種や実施する具体的職務に応じて、多様な曝露状況に直面する可能性がある。このアプローチは通常、労働環境に関する観察と情報の収集から始まる。実行される労働の種類、職務の期間と強度、労働と休憩のサイクル、飲用水の供給状況、及び環境の温度、湿度、空気の流れ、放射熱源などの環境条件を考慮すべきである。また、換気の適切性、労働者が使用する作業衣や個人保護具(PPE)の性質、日光や他の熱源への直接的な曝露の有無を評価することも含まれる。労働者が感じているかもしれない快適性のレベルや、熱関連疾患の症状に関する労働者のフィードバックは、真剣に検討されるべきである。
▶熱ストレスのリスクがあるかどうか評価する際には、以下の主要な質問を考慮されたい。
・ 労働者が目立つ発汗を示しているか?
・ 観察者が環境が暖かいまたは暑いと感じているか?
・ 涼しい条件下で、作業中に2時間ごとに休憩が必要か?
・ 労働者が断熱性の低い作業衣を着用した方が快適か?
・ 労働者から、倦怠感、疲労、めまい、筋肉のけいれん、協調運動障害、頭痛、吐き気、熱疲労、熱中症などの症状の報告があるか?
・ 労働条件と関連する可能性のある欠勤、労働者の間のイライラの増加、または労働者関係が悪化している事例があるか?
・ 労働条件と関連した事故や傷害の数の増加、または生産性や製品量/品質の低下を示す兆候があるか?

ステップ2:危害を受ける可能性のある者及び危害の程度の特定-次にリスクアセスメントは、適応度の違い、個人の健康状態、及び、年齢、薬物服用または既往症による特別の脆弱性など、労働者における熱ストレスに対する感受性の違いを認識すべきである。農業や建設業など、屋外で働く特定の業種の労働者は、過度の熱に関連した健康悪影響のリスクが高まる可能性がある。

ステップ3:リスクの評価-職場の過度の熱に関連したリスクの評価には、リスクが発生する可能性とその潜在的な影響の深刻さを計算することが含まれる。この分類は、実施する予防対策を選択し、管理措置を実施する緊急性を決定するための基盤となる。特定されたハザーズと労働者の潜在的な曝露経路に基づいて、ハザーズを除去するか、または熱関連ハザーズに関連したリスクを最小化するために、管理のヒエラルキーが適用されるべきである。ヒエラルキーには5つのカテゴリー-除去、代替、工学的管理、行政的管理及びPPE[個人保護具]-があり、ヒエラルキーの最上位にある管理方法(除去)が最下位にある管理方法(PPE)よりも効果的である(4.2参照)。

ステップ4:管理措置ごとの実施責任者と実施スケジュールの記録-管理措置が決定されたら、それらの新たな諸措置の実施と監督の責任者と、それらの実施のための適切なスケジュールを決定すべきである。リソースが限られている場合、管理措置はリスクの程度に基づいて優先順位づけされるべきである。行動計画には、適切な措置が継続的に実施されていることを確保するための労働者の訓練や定期的点検も含まれる場合がある。

ステップ5:リスクアセスメントの結果の記録、監視、レビューと必要に応じた更新-リスクアセスメントの結果は記録され、監督者、労働者、労働監督官が入手可能にすべきである。例えば職場監督を通じた、管理措置の有効性を監視するための手はずが必要であろう。重要な点として、書面によるリスクアセスメントは、職場、労働慣行または気候条件の変化を反映するために、定期的にレビューされ、更新されなければならない。それらはは、労働者の安全と健康にリスクの増加をもたらす新たな曝露経路を生じさせる可能性がある。この文書には、特定されたハザーズ、リスクアセスメントの結果及びリスクを軽減するために提案された諸措置を詳細に記載すべきである。それは、すべての労働者がアクセス可能であり、熱ストレスと熱関連疾患に関する訓練・啓発プログラムの基盤として使用されるべきである。

4.2 熱ストレスの予防と管理

熱関連疾患の予防には、労働者の安全と健康の保護、及びそれらの諸措置の経時的監視に焦点を当てつつ、過度の熱によるリスクを防止または最小化するための諸措置の特定と実施が含まれる。それらの行動は、過度の熱に曝露するすべての個人を効果的に保護すべきであるが、高リスク曝露状況にある労働者を保護するための追加的または代替的諸措置が必要になるかもしれない。
管理のヒエラルキーは、除去、代替、工学的管理、行政的管理、及びPPEの使用を網羅し、ヒエラルキーの最上位(除去)の管理措置は、最下位の管理措置(PPE)よりも効果的である。熱ストレスの予防と管理に関する職場レベルの行動計画を策定する際には、その効果的実施のため、現実的な実行可能性、経済的妥当性及び持続可能性などの要因を慎重に検討することが重要である。例えば、工業環境で空調を使用して空気の温度と湿度を低下させることは、過度の熱を排除する効果があるが、多くの産業ではこのアプローチは現実的でないか、経済的に持続可能でないほど費用が高くエネルギー消費が激しい場合がある。より現実的で費用対効果の高い代替として、休憩時に従業員が休息し、涼み、水分補給できる小さな冷却エリアを設置する方が、職場全体を冷却するよりも効果的かもしれない。

根絶

過度の熱曝露を完全に除去することを最優先にすることは、熱関連疾患や災害の発生を低減するもっとも効果的なリスク管理手法である。しかし、これを達成することは非常に困難な場合がある。過度の熱をハザーズとして完全に除去することには、企業を高温環境が発生しにくい地域へ移転するなどの選択肢が含まれるだろう。

代替

代替には、伝統的なプロセス、機器、材料または方法を、熱ストレスを発生させないまたは相対的に少ない代替に置き換えることが含まれる。プロセス、機器、方法または材料の置き換えまたは変更によって熱ストレスを回避できない場合には、当該活動を永久に中止する選択肢が検討されるべきである。プロセス、材料または技術を別のものに代替する際は、新たなリスクまたはリスクの増加を引き起こさないようにすべきである。

工学的管理

技術的な制約により、除去も代替も達成できない場合には、技術の利用を伴う工学的管理が、熱ストレスを排除するか、またはその発生確率を低減するための実行可能で効果的な方法となり得る。工学的管理の目的は、熱ストレスにその発生源で対処することであり、それによって労働者が過度の熱から生じるOSHリスクに直面することなく、その職務を遂行できるようにすることである。
熱ストレスを防止するもっとも効果的な方法は、労働環境を冷却できる工学的管理を導入することである。そのような管理は、労働者の身体から環境への熱の放散を促進することもできる。消防、鉱業、建設、農業など、身体的に過酷な仕事においては、扇風機や空調システムの使用、身体の一部を冷たい水に浸すなどの能動的な冷却方法が、休息、衣服やPPEの脱着、自然換気に頼るなどの受動的な冷却方法よりも効果的であることが多い。
過度の熱曝露に対処するための工学的管理の一般的な事例には以下のようなものがある。

  • 熱伝導率、熱拡散率、熱吸収率の低い代替建材の組み込みは、とりわけ日中主に使用される建物には効果的である。真空断熱パネル、形状記憶ポリマー、相変化材料、窓ガラス、ポリマー表皮など、優れた熱特性を持つ材料を建物の各部分や車両に利用すれば、とくに機械が多くの熱を発生する場所では、内部温度を下げるのに役立つ。
  • 熱放射の管理は、主要なワークステーションに放射を反射または吸収する表面を設置することで達成できる。そのような表面は、断熱炉ジャケットや反射性金属シールドから、明るい色の外面や屋根や壁の反射性塗装まで、様々な形態や複雑さがある。これらの受動的で持続可能な選択肢は、表面温度と建物や車両の全体的な熱負担を軽減し、それによって労働者が過度の熱への曝露を減らすのに役立つ。
  • 自動化、ロボットや機械的補助具の活用は、労働者に要求される身体的労力を最小化するもうひとつの戦略である。この方法が効果的であるためには、それらの装置の使用や操作に必要な代謝労力が、手作業で職務を実行するのに必要な労力よりも少なくなければならない。
  • 自然をベースとした解決策の採用は、自然の要素が持つ冷却効果や遮光効果を利用した持続可能なアプローチを提供することができる。職場内やその周辺に樹木や植物を植えれば、遮光と蒸発散によって周囲の気温を下げることができ、屋外労働者には涼しい環境を提供し、建物による熱吸収を抑えることができるため、屋内労働者にも恩恵をもたらす。緑の屋根や壁も都市の冷却に貢献し、都市を熱波に対してより強くする。さらに、これらの解決策は生物多様性を育み、空気の質を改善し、労働者の精神的ウエルビーイングを高める。
  • 能動的換気には、外気を職場に取り入れるための機械システムの活用が含まれ、職場の温度を下げるために空気清浄機と組み合わされることが多い。このアプローチは、外気を循環させることで、室内環境を新鮮で涼しく保つことができる。しかし、この方法の効果は、外気温が上昇するにつれて効果が低下し、高温多湿の環境では推奨されない。そのような環境では、外気を冷却してから室内に導入することも選択肢である。
  • 局所空冷は、2つの異なる方法を用いて、特定の区域の気温を下げるために効果的に実施することができる。第1は、特定の作業区域を囲い込むか、または過剰な熱を伴う仕事の近くの回復スペースとして機能する、コールドルームを使用する方法である。第2のアプローチは、エアチルドを装備したポータブル送風機を使用することである。この方法は、移動が容易でセットアップが早いという利点があるが、エネルギーを大量に消費する可能性がある。
  • 蒸発冷却システムの実施と自然換気を強化するための屋根のデザインの変更は、建物内の熱を効果的に下げ、空気の循環を高めることができる。
  • 扇風機と併用した水噴霧の使用は、ワークスペースの気流を高めることができ、空気温度が労働者の皮膚温度より低い場合に有効である。この組み合わせは、対流熱交換と蒸発速度の両方を高めることで、労働者をより涼しく保つことができる。扇風機と冷水噴霧またはミストの組み合わせは、手頃な価格で、効率的で簡単に移動できるオプションである。

行政的管理

行政的管理は、過度の熱への労働者の曝露を低減することを目的とした方針であり、通常、労働の割当によって達成される。それらの管理には主に、訓練や職務ローテーションなどの戦略が含まれるが、熱によって引き起こされる特定の脆弱性やリスクを直接対象とするとは限らない。効果的な行政的管理の例としては 労働者の体力を向上させること、労働と休憩のサイクルや水分補給戦略を採用すること、1日のうち一定の時刻に労働を制限または禁止すること、純化及び熱関連疾患の可能性を最小化するための訓練、指示または情報を提供することや、そのような管理が効果的に実施されていることを確認するための監督がある。
過度の熱への曝露に対処するための行政的管理の一般的な例には以下のようなものがある。

  • 過度の熱曝露の原因となる職務リスク要因の除去。例えば、頻繁に体の向きを変える、夏の炎天下で屋外で労働する建設労働者は、熱失神のリスクが高いかもしれない。対照的に、高温多湿の屋内環境で働くドライクリーニング労働者は、体液と電解質のバランスが崩れやすいかもしれない(1.2[省略]参照)。
  • 労働者の体力の改善は、熱中症の可能性を最小限に抑えるのに役立つ。具体的には、体力のある人は心血管系が効率的である。熱を体幹から放散できる皮膚へと分散させやすくなる。また、心肺機能は、とくに暑い環境において、もっとも重要な熱放散方法である身体の発汗能力を高める。
  • 十分な水分補給の確保はカギとなる。健康維持のための水分補給の重要性は広く認識されているが、多くの労働者はいまだに十分な水分補給ができずに苦労している。労働者は一日中、職場のあらゆる場所で飲料水に容易にアクセスできるようにすべきである。頻繁な飲用を奨励するために、たとえ遠隔地であっても、作業現場では一日中飲料水に容易にアクセスできるようにすべきである。頻繁な飲用を奨励するために、たとえ遠隔地であっても、作業現場では一日中飲料水に容易にアクセスできるようにすべきである。十分な量の飲料水は、作業場所の近くに便利なように設置されるべきであるが、化学汚染物質から離れた場所にあるべきである。労働者が常に携帯する個別の水筒 作業員が常に携帯する水筒は、十分な水分補給を確保するための非常に効果的な手段である。WBGTレベルと順化状態に基づく水の消費に関する一般的なガイダンスを表8に示す。

表8 WBGT値と順化状態に基づく推奨水分摂取量

過度の熱環境に曝露する労働者は、作業開始時に十分な水分を補給した状態で作業を開始することが不可欠である。これには、前日の水分補給に加え、作業開始約1時間前に電解質を含む飲料を約500ミリリットル摂取することが含まれる。労働者は、労働中を通じての喉の渇きに応じて定期的に水分を補給し、水分バランスを維持することが同様に重要である。

労働者が大量の汗をかくと、ナトリウムやカリウムな.どの電解質が大量に失われる。健康な労働者は、塩分の少ない食事であれば、食事に塩分を加えるよう勧められるべきである。しかし、塩分の過剰摂取は避けるべきであり、とくに薬物治療を受けている労働者、心臓疾患や高血圧を患っている労働者は、食事から摂取する塩分と日常生活や仕事に関連した損失とのバランスについて医師に相談すべきである。可能であれば、とくに休憩中に、冷却飲料、氷スラリー、削った氷や砕いた氷を摂取することが、不快感を和らげ、中核体温を低下させ、生産性を高めるのに役立つ。

  • トイレ、洗面所、更衣室などの衛生施設の利用可能性の確保はきわめて重要である。トイレ設備へのアクセスが不十分だと、労働者、とくに女性が十分な水分を摂ることを避け、体に水をかけるなど体を冷やす目的で休憩を取ることを躊躇する可能性がある。トイレに尿のカラーチャート(図8)を置くことは、労働者が水分補給レベルを評価するのに役立つ。

図8 脱水状態の評価のための尿のカラースケール

  • より頻繁な休憩を含む労働と休息のサイクルの導入は、労働者が労働現場の高温エリアから離れることができるようにする。よく計画された作業-休憩スケジュールの実施は、労働者の生産性に悪影響を及ぼすことなく、熱ストレスを軽減するのに有効である。屋外と屋内双方の労働について、労働時間と休憩を定期的に交互に行うことは、労働者を熱源から遠ざけるだけでなく、水分補給と体内の余分な熱を取り除く機会を提供する。中程度の強度の作業であれば、1時間ごとに10~15分の休憩を取ることで、WBGT29℃までの曝露では中核体温の上昇を防ぐことができるが、それ以上の気温ではより長い休息が必要となる。重要なことは、単独戦略として使用する場合には、作業-休息サイクルは常に中核体温の上昇を防ぐことはできないということである。したがって、作業-休憩サイクルは熱ストレスのリスクを低減させることはできるが、熱ストレスがなくなるわけではない。そのため、作業-休息サイクルは熱ストレスのリスクを低減することはできるものの、他の予防戦略や管理の必要性を排除するものではない。
  • 職務ローテーションとスケジュールの導入は、身体的に負荷のかかる職務を行い及び/または労働現場の暑い場所で働く個人が、シフト中に、身体的に負荷の少ない職務を行い、涼しい場所で働くことができるようにする。可能な場合には、身体的に負荷が高く、暑い環境での労働は、1日のうちで涼しい時間帯に計画されるべきであり、また、そのような高温区域での定期的な保守または修理作業は、1年のうちでもっとも涼しい季節にアレンジされるべきである。しかし、労働者とその家族の全体的なウエルビーイングを確保するために、夜勤の導入など、労働時間の変更の社会的影響を考慮することもきわめて重要である。暑い都市部では、都市のヒートアイランド効果により、夜間に放射熱が大きく放出されるため、夜間時間帯でも高い熱量が維持される可能性がある。また、夜勤は労働者の過度の熱への曝露を低減するかもしれないが、夜勤が健康、安全、生産性に及ぼす潜在的な悪影響も広く報告されている。夜勤を連続して行うと、労働災害のリスクはほぼ2倍になり、すべての職務に影響を及ぼす可能性があり、欠勤率が最大53%増加し、欠勤に対する補償は最大92%増加する。また、暑熱条件下で夜間に労働する労働者は、日中の睡眠不十を解消するために食事を抜いたり、欠勤したりすると報告している。
  • 暑熱順化体制の導入は、まだ暑熱順化されていない労働者にとって不可欠である。人は、身体がそのような状況に順化しているかどうかによって、一定レベルの熱ストレスに耐えられる能力が大きく異なる。過度の熱に曝露したことがない、または最近(過去3週間以内)ない者は、熱に順化していないとみなすべきである。毎日2時間以上過度の熱に曝露した場合、労働者は通常、最初の1~2週間で耐性の増加を示す。順化として知られるこのプロセスは、心血管系の負担を軽減し、過度の暑さの期間中に高体温症のリスクを低下させる適応を誘導す。しかし、順化は2週間以上熱に曝露しないと、徐々に低下し、病気、とくに発熱、吐き気、嘔吐、下痢を引き起こす病気によって、より早く失われることもある。
  • 高い熱環境下で行われるもの、半透過性や不透過性PPEの着用を必要とするもの、及び/または非常に強度の高い(500Wを超える)を職務を伴うものなど、過度の熱への曝露を著しく増加させる職務や作業を特定するための職務/作業監視プログラムの実施。この監視には、心拍数、回復心拍数、コア 体温、水分補給レベル、及び体内の水分喪失の程度を追跡することが含まれ、産業医学、生理学、または人間工学の専門家と協力して実施されるべきである。もうひとつの方法は、2人の同僚(「バディ」)がひとつのユニットとして緊密に連携し、シフト中に過度の疲労や熱中症の兆候を発見するためにお互いを見守り、助け合うことができるようにする、バディシステムである。このアプローチを実施するためには、労働者と監督者はまず総合的な熱ストレス教育・訓練プログラムを受けなければならない。

▶重度の熱関連疾患後の労働への復帰

一般的に、重度な熱関連疾患に罹患した後、いつ仕事に復帰できるかという決定は、治療を担当する医師が行う。この決定は複雑で困難なものであり、多くの場合、管理者、OSH専門家及び労働者自身の貢献が必要である。熱ストレスに起因する疾病の世界負荷が大きいにもかかわらず(2[省略]参照)、労働への復帰の適切な時期について利用できる証拠は限られている。主にアスリートや軍人を対象としたこれまでの勧告は、逸話的証拠と慎重なアプローチに基づいている。これらのガイドラインでは、一般的に、熱関連疾患にかかったアスリートや軍人は、少なくとも1週間は完全な活動を再開すべきではなく、重度の熱関連疾患の場合は、最大15か月の回復期間が必要な場合があるとしている。熱射病または重度の熱疲労を経験した労働者には、2週間の期間、日常生活に必要な以上の身体活動を控えることが勧められている。この間、労働者は、臨床検査や生化学検査、必要であれば罹患した臓器の画像診断を含む医学的再評価を毎週受けるべきである。すべての症状や徴候が治まったら、労働者は、運動専門家の指導のもと、身体リハビリテーションプログラムを受けるべきである。このプログラムでは、1日60分を超えない範囲で、身体運動を徐々に増やすべきである。運動が十分に耐えられ、労働者が肉体労働や暑さに対する有害反応(原因不明の心拍数や.体温の上昇、肝臓や筋肉の酵素レベルの異常など)を示さなければ、その後、医学的に復職の.準備が整っているかどうかを評価することができる。熱射病または重度の熱疲労を経験した労働者については、徹底的な臨床評価の後、個別に職場復帰の決定を下すべきである。この決定は、いくつかの重要な基準に基づくべきである。
・.労働者に症状がないこと。
・.臨床検査で異常が認められないこと。・.臨床検査で異常所見が認められないこと。
綿密な監視のもとで実施される、十分に構造化された、段階的に厳しい身体的熱負荷検査があるべきである。この検査は、労働者の実際の職務と労働環境条件を厳密に模倣するものでなければならない。肉体労働と暑さの両方に耐える労働者の能力、及び心血管系の安定性と血液化学バイオマーカーが評価されるべきである。以下の表は、過度の熱を伴う職業における、定期的な欠勤または疾病後の再適応スケジュールの例を示している。稼働が100%に達したら、労働者は通常のスケジュールで続けることができる。

決められた欠勤または疾病後の熱曝露を伴う作業に対する再適応スケジュール案

個人保護具(PPE)

PPEは、熱ストレスを防止するための何らかの他の管理措置を実施することができない場合にのみ使用される。PPEは、よりシンプルな形状の方が、実用性、費用対効果、及び屋外・屋内労働者について熱ストレスのリスクを低減する能力が向上していることが多い。(表9)。

表9 屋外・屋内労働者用の簡単だが効果的なPPEの例

液体/通気技術または相変化材料を用いた個人用衣服などの高度なPPE技術は、一定の過度の熱の条件下での労働中に、正常な中核体温を維持するのに役立つ。しかし、熱ストレスを軽減するように設計されたPPEソリューションの中には、使いやすさや重さによっては、時として熱損失を妨げ、作業労力の増加につながるものもある。また、このようなPPEのアプローチは、作業者の感覚を妨げ(例えば騒音や湿気を発生させることによって)、状況によってはパフォーマンスを損なう可能性がある。さらに、それらの技術は、作業者の中核体温の上昇を防ぐのに必ずしも役立つとは限らず、場合によっては、労働者が挑戦的でストレスになると感じる可能性があることに注意することが重要である。
PPEの一部としての高度な冷却システムを使用するためのベストプラクティスには、それらの選択、適用、及び必要な場合には、労働環境、職務の性質及び労働者の特性に合わせた適合が含まれる。冷気冷却衣服や液体冷却衣服は最高レベルの保護を提供するが、相変化冷却ベストや帽子に比べて実用性が低く、高価である。氷 ジェルパックやその他の相変化材料による局所的な身体冷却は、より実用的で費用対効果の高いアプローチである。

  • 熱ストレスと重個人保護具(PPE)
    有害化学物質に曝露する場合には、PPEを着用する個人にとて過度の熱は重大な課題となる。Havenithらは、化学物質防護を損なうことなく、高体温症を軽減するためのPPEの様々な改良を検討した。この研究では、蒸気抵抗の低い選択透過性膜と、同程度の蒸気抵抗の織物ベースの外層、及び通気性を高めた層を比較した。その結果、選択的透湿性メンブレンを着用した場合、コア体温、皮膚温、心拍数などの体温調節指標が、通気性のあるアンサンブルを着用した場合よりも顕著に高くなることが明らかになった。この研究では、化学防護服の通気性を高めることで、要求される防護レベルに応じて、熱ひずみのレベルを効果的に下げることができると結論づけた。GrimbuhlerとVielによる別の研究では、フランス南西部のボルドー周辺のブドウ園で、3種類のPPEを着用したブドウ園労働者がブドウの枝上げ作業中に受けた心臓の負担を評価した。その結果、心臓の負担は作業員が着用したPPEの種類に関連していることが示された。意外なことに、非常に軽く、薄く、通気性のあるタイプのPPEがもっとも高い心臓負担をもたらした。これは、実地調査の非常に湿度の高い条件下で、このPPEの薄さと通気性が前腕、大腿、脚の下着の湿度につながり、作業員の生理的負担を増大させたためである。

https://www.ilo.org/ja/publications/heat-work-implications-safety-and-health

安全センター情報2025年8月号