【特集/労働安全衛生法制定50周年】労働者の権利規定必要ないか/義務の対象と内容等は十分か-厚生労働省とのやりとりも振り返る

1972年に制定されたわが国の労働安全衛生法は、今年、50周年を迎えた。

労働安全衛生は基本的原則・権利

そのような節目の年に、国際労働機関(ILO)は、「安全かつ健康的な労働環境」を5番目の「労働における基本的原則及び権利」に追加し、1981年労働安全衛生条約(第155号)と2006年労働安全衛生促進枠組み条約(第187号)をもっとも関連のある基本条約とした(2022年8月号)。

改正された「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」(1998年採択、2022年改正)のもとで、「すべての加盟国は、問題となっている条約[基本条約]を批准していない場合においても、まさにこの機関の加盟国であるという事実そのものにより、誠意をもって、憲章に従って、これらの条約の対象となっている基本的原則、すなわち」、安全かつ健康的な労働環境を含めた5つ「を尊重し、促進し、かつ実現する義務を負うことを宣言する」。

その翌月には国連総会が、清潔、健康的でかつ持続可能な環境へのアクセスを普遍的な人権と宣言する決議を採択した(2022年10月号)。このもととなった2021年10月8日の国連人権理事会の決議に、日本は、ロシア、インド、中国とともに棄権していたのだが(2021年12月号)、国連総会では賛成にまわっている(ロシア、中国等8か国が棄権)。

また、国連人権理事会は2019年には、「人権と有毒物質からの労働者の保護に関する原則」を決議し、決議のもととなった特別報告が15項目の「人権と有毒物質からの労働者の保護に関する原則」を提案してもいる(2020年1・2月号)。

厚生労働省に周到の計画なし

全国安全センターは労働安全衛生・労災職業病に関する要望書を提出して、2022年9月6日に厚生労働省と交渉を行っているが、関連する要望事項と厚生労働省の回答を紹介する。

2022年要望

B1(1) 2022年6月の第110回国際労働機関(ILO)総会において安全かつ健康的な労働環境が5番目の国際労働機関の基本的原則及び権利に追加され、加盟国は、関連条約を批准しているか否かにかかわらず、基本的権利に関する原則のひとつとして尊重し、促進し、かつ実現する義務を負うことになった。この事実を広く周知・啓発するとともに、尊重・促進・実現のための具体的取り組みの計画について示すこと。

2022年回答(労働基準局安全衛生部計画課)

1 ご指摘のとおり、本年6月に開催された第110回ILO総会において、「安全で健康的な作業環境」が新たに労働者の基本的権利に関する原則に含められ、当該原則に対応するILO基本条約として、ILO第155号条約及び第187号条約が追加されたと承知しております。

※ILO第155号条約:職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約(日本未批准)
ILO第187号条約:職業上の安全及び健康を促進するための枠組みに関する条約(日本批准済み)

2 厚生労働省としても、職場における労働安全衛生の確保、働く方の健康と安全の確保の重要性は言うまでもなく認識しており、これまでも様々な対策を講じてきているところであるが、ご指摘いただいたような国際的な動きを踏まえ、引き続き、しっかりと対応を進めてまいります。

2022年要望

B1(2) また、国連人権理事会が2019年9月26日に「有害な物質及び廃棄物に曝露する労働者の権利の保護」に関する決議を採択している。この決議及びそのもととなった特別報告者による報告の内容を支持するか否か、厚生労働省の見解を明らかにすること。また、決議の内容及び特別報告者による報告で示された15の「人権と有害物質への曝露からの労働者の保護に関する原則」を広く周知・啓発する具体的取り組みを行うこと。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課)

1 国連人権理事会の決議及びそのもととなった特別報告者による報告の内容につきましては、概ね妥当であると考えています。

2 化学物質による労働災害防止に向けて、必要な情報の周知及び支援策等の実施を引き続き行い、職場における有害物質のばく露から労働者を保護することに努めてまいります。

2019年の国連人権理事会の決議とそのもととなった特別報告者による報告の内容について、「概ね妥当であると考えている」という回答が明確に示されたことは歓迎したい。

しかし、ILOの決定と国連人権理事会の決議のどちらについても、周知・啓発等の具体的取り組みの計画はないようである。働く者の側から、労働安全衛生法制定50周年も機に、権利/人権としての労働安全衛生をキャンペーンしていかなければならないと痛感する次第である。

ILOの法令策定サポートキット

他方で、これらのことは労働安全衛生法見直しの課題にはならないのだろうか?

たしかにわが国の現行の労働安全衛生法は、労働者の権利に関わる条項をもっていない。それは、国際的にもそういうものなのだろうか。

タイミングよく2022年1月にILOが、「労働安全衛生[OSH]法令制定のためのサポートキット」を発行したため、本誌は紹介を開始したところである。以下は、その目次である。

はじめに
01 OSH法令の進化:初期OSH法から現代的OSH枠組みへ[本号で紹介]
02 包括的OSH法の範囲と対象[6月号と10月号で紹介]
03 国のOSHシステムに関連した諸機関の義務とOSHガバナンス文書
04 OSH義務と権利[8月号(使用者のOSH義務)と11月号(労働者のOSH義務と権利)で紹介]
05 OSHに関する労働者代表
06 特定の脆弱な状態にある労働者を保護する規定
07 労働衛生サービス
08 OSH専門家
09 データ収集システム:記録、通知及び統計
10 OSH法令の執行
11 OSH関連違反と罰則
12 法令起草技術

労働者の権利を明定すること

04のうちの「労働者のOSH義務と権利」の部分は、2022年11月号で紹介した。

サポートキットは、労働者のOSH権利が、労働安全衛生法(例:スペイン)、または一般的に労働法や労働法典(例:ガーナ)、さらには憲法(例:モザンビーク)で明示されている場合もあると紹介している。

また、一般的なやり方で安全かつ健康的な労働条件に対する労働者の権利を確立することに加えて、意思決定において協議を受ける/参加する権利、急迫した重大な危険から退避する権利、継続的リスク曝露が望ましくない場合の権利、OSH代表を選出する権利、報復措置から保護される権利等の具体的権利についても議論されている。

わが国でも、労働安全衛生法に労働者の権利を規定すること、及び/または、労働者の労働安全衛生に関する権利を他の何らかの手段で規定することが、検討されてよいのではないだろうか。

実は全国安全センターは、1998年に初めて独自の厚生労働省交渉を行ったときにいくつかの原則的問題を取り上げており、そのひとつとして以下の要望を行っている。

1998年要望

労働安全衛生法上、「安全衛生リスクと対策を知る権利」、「安全衛生に関する提案を行う権利(意思決定に参加する権利)」、「当局に提訴する権利」、「重大な危険時に作業を停止する権利」等を柱とした労働者及び/または労働者代表の権利を明定されたい。

1998年回答(労働基準局安全衛生部計画課)

現行の日本の労働安全衛生法は、事業者に義務を課すという法体系であり、労働者の権利条項を設けるというのは立法論的になかなか難しい面がある。ただし、ご指摘の点は、現行の労働安全衛生法でも、実質的には相当部分満たされているのではないかと考える。

当時の井上浩・全国安全センター議長は、実質的に相当程度満たしている例のひとつとして挙げられた「労働基準監督署への申告権」については、最高裁判決で労働者に具体的権利を与えたものではないとされていること(申告を受けた監督署が必ず対処しなければならないという義務ではないという見解)などを指摘して、労働者の権利規定を明記することの必要性を強調した。

厚生労働省側からは、正式の回答ではないとしながら、権利を規定すれば労働者の責任も問題になる場合があり得る(が、それでもよいのか)というような挑発的?な発言もあったように記憶している。

労働者以外を保護対象にすること

ILOサポートキットのうち一番最初に紹介したのは、02 包括的OSH法の範囲と対象のうちの「労働安全衛生法が適用されるのは誰か?」の部分で、「建設アスベスト訴訟を踏まえた対応/物・場所の危険性に着目した規制、労働者以外の保護対象を拡大」という特集記事の掲載に間に合うようにしたものだった(2022年6月号)。

引き続いて「個人事業主等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」の作業が行われていること-これ自体は本格的な労働安全衛生法見直しになり得ると歓迎しつつ-を念頭において、海外のデジタルプラットフォーム労働者の安全衛生対策事例や国内のフリーランスの方々等の取り組みの紹介と合わせて、参考に資することを意図したものである。

特別加入拡大だけでない対策を

2022年9月6日の厚生労働省交渉から、関連する予防事項と厚生労働省の回答を紹介する。残念ながら、要望内容に沿った回答は得られていない。

2022年要望

B3(1) 個人事業者等に対する安全衛生対策に関して検討会による作業がはじまっている。第1回で配布された資料「建設アスベスト訴訟最高裁判決を踏まえた一人親方等の保護に関する法令改正について」には、第142回安全衛生分科会の資料からの抜粋として「個人事業者(一人親方、フリーランス等)による事業者としての措置義務のあり方」も挙げられている。これだけでは不十分であり、例えばプラットフォーム労働者の安全衛生の確保に関する「プラットフォーム企業の義務・責任」も検討の範囲に加えること。同様に、労災保険の特別加入の対象に加えるというアプローチだけでなく、例えば「プラットフォーム企業による保険料負担」等についても検討すること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部計画課/労働基準局労災管理課)

1 フリーランスも含めた個人事業者等についても業務上の災害が多く発生している状況にあることを踏まえ、これらの方々も含めた業務上の災害防止を図るため、令和4年5月に学識経験者、労使関係者による検討会(※)を立ち上げ、実態把握や、その実態を踏まえた災害防止対策のあり方などについて検討を行っているところです。
(※)前出の「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」

2 本検討会では、ご指摘のいわゆるプラットフォーマーに対する対策も含め、さまざまなご意見が出ているところであります。

3 本検討会において、引き続き個人事業者等の安全や健康を守るために必要な措置について検討を進め、その結果を踏まえ、必要な対応を検討することとしております。

4 また、令和4年6月の閣議決定に基づき、厚生労働省としては、フリーランスの方々が幅広く労災保険に加入できるよう、労災保険特別加入制度について新たな枠組みの検討を進めているところです。

使用者の労働安全衛生義務

ILOサポートキットの「労働者のOSH義務と権利」の部分を除いた「04 OSH義務と権利」は、「使用者のOSH義務」に関する部分であるが、これもすでに紹介済みである(2022年8月号)。

ここでは、使用者は、すべての労働者の、労働における健康、安全及び福祉を確保する「一般的かつ一次的なOSH義務」=包括的な安全衛生配慮義務を負うとともに、それがより具体的なOSH義務によって補完されるという関係が整理されている。

使用者の「具体的かつ包括的なOSH義務」については、以下の順番に取り上げられている。「包括的」なもの以外に、「特定のリスクまたは業種に基づいた使用者の義務」、また、「職場で使用される物質、機械及び設備を設計、製造、輸入または提供する者のOSH義務」も取り上げられている。

① リスクアセスメントを実施する義務
② 職場OSH方針・計画を策定する義務
③ 労働者にOSH情報を提供する義務
④ 労働者と協議し、OSHマネジメントに参加できるようにする義務
⑤ 労働者にOSH訓練を提供する義務
⑥ 労働者に費用を負わせることなく個人保護具の提供、適切な使用及び維持を確保する義務
⑦ 緊急時計画及び応急措置を提供する義務
⑧ 労働における福祉施設を提供する義務
⑨ 労働者が生命または健康に対する急迫した重大な危険があると知らせた場合、労働者を労働に復帰することを要求する前に是正措置をとる義務
⑩ 労働者の健康監視を確保する義務
⑪ 労働災害、通勤災害、職業病及び危険事象を記録、通知及び調査する義務
⑫ 職場におけるOSH能力及び専門知識を確保する義務
⑬ OSHマネジメントシステムを実施する義務
⑭ 共有職場におけるOSHマネジメントに協力する義務

使用者の包括的OSH義務

使用者の義務については、全国安全センターの過去の厚生労働省交渉で、何度も様々なかたちで取り上げられている。以下は、使用者の「一般的かつ一次的なOSH義務」に関する応答である。

1998年要望

労働安全衛生に関するECのフレームワーク[枠組み]指令(89/391/EEC)や諸外国の立法例等も参考にしながら、労働安全衛生法上、「事業主は、労働に関連するあらゆる側面で、労働者の安全と健康を確保する義務を有すること」、及び、事業主の包括的な義務を明定されたい。

当面とくに、法規に定められた最低基準を守るだけでなく、当該事業場において労働者の安全と健康に対するリスクアセスメントの実施、及び、その結果に基づく適切な措置を講じることを義務づけることについて検討されたい。

1998年回答(労働基準局安全衛生部安全課?)

事業主の包括的義務というのは、立法論的に非常にむずかしい。ただし、労働安全衛生法第3条*に、事業者の一般的責務に関する規定が設けられている。
(職場のリスクアセスメント等については)答えられない(答えるような材料をもっていない?)。
*労働安全衛生法第3条第1項「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」

当時の記録では、「労働安全衛生立法をめぐる国際的動向を理解していない、あるいは関心をもっていない。現行の枠組みをこえた立法論の議論が低調なのではないか、という印象を受けた」と書いている(1998年4月号)。

その後、例えばリスクアセスメント義務の導入や強化等がなされるものの、既存の規制体系に上積みされる自主的対応と位置づけられ、使用者の義務全体を立法論的に見直す作業はいまに至るも行われていない。サポートキットの言葉を借りれば、「初期のOSH法から現代的な法的OSH枠組みへ」の転換ができていないと言わざるを得ない。

なお、1998年要望では、労働安全衛生サービスのあり方、及び、事業場周辺環境保全のための事業主の責任、労働者・地域住民の権利、環境保全サービス等についても取り上げている。

労働安全衛生マネジメントシステム

使用者の「具体的かつ包括的なOSH義務」について、とくに、①リスクアセスメントを実施する義務と⑬OSHマネジメントシステムを実施する義務をめぐるやりとりの経過をたどってみたい。

1999年要望

労働省では「新しい労働安全衛生管理[マネジメント]システムの基準」の検討をすすめていると聞くが、このテーマは昨年の要望事項で掲げた労働安全衛生法制のフレームワークのあり方にかかわる重要な問題である。公開の広範な議論を展開して、抜本的な法令改正を図るべきであると考える。
※以下、①労働安全衛生方針・目標・計画の作成・公表や②リスクアセスメントの義務づけ等、9項目の具体的要望を掲げた。

1999年回答(労働基準局安全衛生部計画課)

全般的に義務化してしまうというのが基本的なご主張だが、マネジメントシステムというのは義務化云々というものではないと思っている。…現場の労使が自主的に取り組んでいただく、安全衛生管理の進めていただく方策を効果的に進めていただくための方法論を提供していくもの。そういうものだとご理解いただきたい。

リスクアセスメントの重要性は、われわれも認識している。これをどういうふうに実際にやっていただくか、告示で出そうとしている指針の中にもリスクアセスメントはちらっと出てくるが、実践していただくうえでどのようにやっていただくかというところは今後も検討していかなければならないという認識はもっている。

1999年に労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針が労働省告示として策定された。ILOサポートキットでは、「OSHマネジメントシステムを実施する義務」は使用者の「具体的かつ包括的なOSH義務」の⑬番目に取り上げられている。

安全と衛生で変わらない原則

使用者のリスクアセスメントと労働安全衛生マネジメントシステム義務は、ともに努力義務として、2006年に各々労働安全衛生法第28条の2及び労働安全衛生規則第24条の2として導入された。それに向けて検討会が行われていた2004年の厚生労働所交渉でのやりとりが以下のとおり。

2004年要望

① 労働安全衛生マネジメントシステムやリスクアセスメントを導入するにしても、導入すること自体が目的ではなく、それらを活用した具体的な労災職業病の予防、快適な職場環境の形成促進が目的であることを明確にさせること。

② 事業主のとるべきリスク管理(対策)の原則-(1)発生源対策、(2)伝播経路対策、(3)個人保護対策という3つのレベルと優先順位を明示すること。

2004年回答(労働基準局安全衛生部安全課)

① 労働安全衛生マネジメントシステムやリスクアセスメントについては、当然実施結果を踏まえた改善を長年繰り返すことによって、安全衛生水準の向上を図るものであるという考えで、現在も指針等に基づいて指導しているところであって、したがって導入すること自体が目的になるとは考えていない。

② ここで言われている3つのレベルというのは、主として衛生面の話だと思うので、安全の分野では、必ずしも発生源対策とかそういうのはちょっとマッチしないというふうに考えている。例えば、機械による災害などで言えば、まず初めに機械自体の本質安全化をする、その次に作業マニュアルを整備する、そして最後に労働者の教育を徹底するというようなかたちになるんじゃないのかと思っている。

1998年時点では、リスクアセスメントについて安全課は、それは化学物質ないし労働衛生対策の問題であって、安全対策ではなじまないと受け止めていたように記憶している。しかし、2001年にまさにリスクアセスメントを基本とした「機械の包括的な安全基準に関する指針」を、行政通達ではあるが策定したことによって、むしろ先行することになった(その後、2012年の改正で労働安全衛生規則第24条の13「機械に関する危険性等の通知」を新設)。

にもかかわらず、安全と衛生の区別なくあらゆる種類のリスクに対して適用される共通の「リスク管理のヒエラルキー」という考え方は徹底されていないことが浮き彫りになったように思う。

ILOサポートキットは、「リスクはまず特定及び評価され、次に職場に予防計画の基礎として評価されなければならない。リスクはそれから管理のヒエラルキーに従って予防措置によって対処される。このプロセスがリスクアセスメントと呼ばれている」と明示している。

法令に規定されるも努力義務

使用者のリスクアセスメントと労働安全衛生マネジメントシステム義務が法令に導入された2006年の厚生労働省交渉におけるやりとりはやや長くなるが、以下のとおりだった。

2006年要望

① 今回、リスクアセスメント指針において、安全と衛生を区別せずに、(1)設計・計画段階(発生源)対策、(2)工学的対策、(3)管理的対策、(4)個人用保護具の使用というかたちで「レベルと優先順位」を明示し、「合理的に実行可能な限り高い優先順位のリスク低減措置を実施する」ことにより「『合理的に実現可能な程度に低い(ALARP)』レベルにまで適切にリスクを低減する」という原則が示された。個人用保護具の使用の措置によってより優先順位の高い「措置の代替化を図ってはならない」という考え方も明示されている。このような原則が明示されたことは、(世界常識からみれば当然とは言え)わが国においては画期的なことであると受け止めている。指針で示された「リスク低減措置」の考え方は、安全と衛生を問わない普遍的原則であることを再確認されたい

② 実際に現場で行われているリスクアセスメントは、その手法や手続が精緻化・複雑化するばかりで、「見積もられたリスクによる優先度」が「低」あるいは「当面特段の措置を必要としない」とされるとそこで止まってしまって、具体的な改善につながっていない場合が多い。労働安全衛生マネジメント指針の第1条「目的」と結びつけた考え方を示し、促進すべきであると考えるがいかがか。すなわち、目的が、労働災害の防止にとどまるものではなく、労働者の健康の保持増進及び快適な職場環境の形成促進を含めた「継続的改善」にあることをより強調しつつ、そのような目的を踏まえて策定される安全衛生方針・目標に照らした「(改善)措置の検討・実施」を、リスクアセスメント指針のなかに位置づけることなどが考えられる。

③ 労働安全衛生マネジメント指針、リスクアセスメント指針の内容は、自主的な安全衛生活動促進のための指針という位置づけにとどまらせずに、法令の条文に組み入れられるべきであると考えるがいかがか。

2006年回答(労働基準局安全衛生部安全課)

① ご指摘の点については、優先順位を付けて可能な限り高い優先順位の措置を講じること、個人用保護具については、上位の対策を講じたうえでなお低減できないリスクに対応するためのものであるということを、指針上明確にしたところである。「安全と衛生を問わない普遍的原則であることを再確認されたい」という要請だが、この考え方は、安全面に限定したものではなく、衛生面にも共通する考え方である。それを指針で明確にしたということである。

② 労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針は…指針の目的の中に、労働者の健康の保持増進ですとか快適な職場環境の形成促進を図り、安全衛生水準の向上に資する旨を規定している。一方、リスクアセスメント指針については…マネジメントシステムの方で目的で規定しているような労働者の健康の保持増進とか快適な職場環境の形成促進の内容を前提とした措置の検討とか実施を位置づけるということは、現時点では考えていない。

③ いまお示ししている指針のうち主要な事項は、今回の改正で法令に明記している。その他詳細事項をすべて法令に規定するということは現時点では考えていないが、今回公表している指針は、法令に基づいて大臣の告示なり公示という位置づけで公表しているので、法令上の位置づけという意味では一定程度明確になっているのではないかと考える。

ようやく法令上の規定となったものの、努力義務にとどまっており、要ともいえる「リスク管理のヒエラルキー」の考え方に従った措置を講じる義務は法令には示されていない(指針)。リスクアセスメントとその結果に基づく措置を講じる義務を、労働災害の防止にとどまらず、労働者の健康の保持増進や快適な職場環境の形成促進という目標となぜ結びつけることができないのか、理由は不明である。

2つのリスクアセスメント義務分立

その後、2015年の法改正で、法第57条の3として、人に対する危険性・有害性が明らかになっている化学物質で政令等で定めるものを対象に、努力義務ではないリスクアセスメント義務が導入され、それ以外を対象にした法第28条の2の努力義務のリスクアセスメント義務と併存するかたちになった。

さらに、法第57条の3のリスクアセスメント義務の対象化学物質を大幅に拡大する等することを、わが国の労働安全衛生法の新たな化学物質規制(自律的な(管理を基軸とする規制)と称した政省令改正が2022~2024年度に実施されつつある。

やや込み入ったやりとりになるが、2022年度厚生労働省交渉の応答を紹介する(主に2022年8月号の「労働安全衛生法の新たな化学物質規制」特集記事の内容に即した内容になっているので、適宜参照していただきたい)。

2022年要望

B2(2)② [曝露の程度の低減等について定めた新設の]安衛則第577条の2及び第577条の3の内容は安衛法第57条の3第1項のリスクアセスメントに限られるものではなく、法第28条の2第1項のリスクアセスメントに関しても規定すべきであるし、本来は、第57条の3第1項は削除して、義務化したうえで法第28条の2第1項に統合すべきこと。また、安衛則第577条の2及び第577条の3に例示された同じ内容の措置として、代替物の使用や作業の方法の改善が第576条でふれられ、発散源を密閉する設備、局所/全体換気装置の設置が第577条でふれられる等しているが、関係性も整理されておらず、首尾一貫した規制内容の整理が必要である。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

1 法第28条の2には、化学物質に限らず、全ての危険性及び有害性についてリスクアセスメントを実施することを事業者の努力義務としています。一方で、化学物質については平成27年に法第57条の3を新設し、一定の化学物質についてリスクアセスメントの実施を義務付けしたものです。

2 また、安衛則第576条及び安衛則第577条は幅広い有害物等を対象とした規定であるのに対し、安衛則第577条の2及び第577条の3は化学物質に特化した上乗せの規定となっているものです。

暴力・ハラスメントは対象か?

法第28条の2のリスクアセスメントは、その対象を法第57条の3のリスクアセスメントの対象を除いた、「建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、又は作業行動その他業務に起因する危険性又は有害性等」と規定し、リスクアセスメント指針では続けて「であって、労働者の就業に係る全てのものを対象とする」としている。また、指針の解説(施行通達)では、「労働者の就業に係るすべての危険性又は有害性を対象とすることを規定したものであること」としている。2022年の厚生労働省交渉では、以下のような要望も行った。

2022年要望

B4(1) ILO暴力・ハラスメント条約(第190号)は、第9条(c)(b)で、労働者及びその代表の協力を得て、リスクアセスメントの基本原則に従って暴力・ハラスメントのハザーズを特定し、リスクを評価し、リスクを予防・管理する措置を講じること、労働安全衛生マネジメントにおいて暴力・ハラスメント及び関連する心理社会的リスクを考慮に入れることを使用者に要求する法令を制定すると規定している。安衛法第28条の2第1項のリスクアセスメントの対象に暴力・ハラスメント及び関連する心理社会的リスクが含まれるかどうか見解を明らかにすること。また、それらが対象に含まれることをより明確にするか、または含まれるようにするための法令の改正、通達等による指導を検討すること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部計画課)

1 職場内のハラスメントを含む様々な影響を踏まえた労働者の心の健康保持増進については、労働安全衛生行政としても、これまでも様々な対策を講じてきているところです。

2 また、ご指摘のILO暴力・ハラスメント条約(第190号)第9条(c)に関しては、職場におけるセクシュアルハラスメントに関する指針等において、「雇用管理措置義務を講じる際に、必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めることが重要である」とお示しする等しております。

3 いずれにしても、労働者の方の健康確保について、引き続き、しっかりと取り組んでまいります。

先の回答で「全ての危険性及び有害性」が対象としておきながら、具体的に暴力・ハラスメント及び関連する心理社会的リスクが法第28条の2のリスクアセスメントの対象になるかどうか聞いたのに、明言を避けたとしか思えない回答である。

これにも経過もあり、例えば、2006年の厚生労働省交渉で「『職場のいじめ・いやがらせ等の予防・対策指針』を策定すること」を要望した際には、労働基準局は「基準局としては関係しておらず、官房地方課と総務課のなかで調整中の問題と思うのだが」と言い、官房地方課は「いや私の方では、基準局の話ではないかと言って返している」と言い合って、答えられる部署がなかった。2007年の厚生労働省交渉時には、労働基準局安全衛生部計画課が対応したものの、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」の話をするだけで、まったくかみ合わなかった。

その後、雇用・均等行政のもとでハラスメントを防止するための措置義務が導入されたものの、そこには一予防義務はまったく含まれておらず、ILO条約等が言うような予防対策はいまだに着手もされていないと言わざるを得ない。

優先順位は依然指針まかせ

2022年の厚生労働省交渉では、化学物質対策関連でさらにやりとりをしているので紹介しておく。

2022年要望

B2(1)② 新設の安衛則第577条の2及び第577条の3「ばく露の程度の低減等」に、講ずべき措置の代表的な例を示して、「労働者が曝露される程度を最小限度にする」事業者の義務が既定された。「管理のヒエラルキー」の原則にしたがって措置に優先順位付けがされるべきこと及び「合理的に実行可能な限り最小限度にする」旨を規定に含めるべきであり、それが行われるまでの間、少なくとも通達等によってそれらの趣旨を徹底すること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

1 安衛則第577条の2及び第577条の3は、自律的管理を行うこととしており、事業者はリスクアセスメントの結果等(※)に基づき必要な措置を講じることにより、労働者がばく露される程度を最小限度とすることを規定しています。

本規定においては、リスクアセスメントの結果等に基づいて適切な措置を講じた上、「労働者がばく露される程度を最小限度にする」ことが目的であり、その目的を果たすことが重要であると考えています。

※577条の2:リスクアセスメント対象物(義務)
577条の3:リスクアセスメント対象物以外(努力義務)
2また、化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針において、リスク低減措置の検討及び実施について、
① 代替物の使用
② 発散源を密閉する設備、局所排気装置又は全体換気装置の設置及び稼働
③ 作業の方法の改善
④ 有効な呼吸用保護具の使用
の 優先順位を規定している。指針に基づき、リスクアセスメントを実施していただき、事業者が自律的に措置を選択して実行いただくべきものと考えております。

3 引き続き、指針に基づくリスクアセスメントの実施及びその結果等に基づく措置が適切になされるよう周知徹底してまいります。

2022年要望

B2(3)① 自律的管理では、個別具体的なリスク低減対策は最終的に事業者の判断に委ねられているが、対策の優先順位(作業環境管理>作業管理)を法的に明記すること。また化学物質による健康障害が発生した場合における事業者の結果責任を法的に明記すること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

1 前述のとおり、安衛則第577条の2及び第577条の3は、自律的管理を行うこととしており、事業者はリスクアセスメントの結果等(※)に基づき必要な措置を講じることにより、労働者がばく露される程度を最小限度とすることを規定しています。

本規定においては、リスクアセスメントの結果等に基づいて適切な措置を講じた上、「労働者がばく露される程度を最小限度にする」ことが目的であり、その目的を果たすことが重要であると考えております。

2 また、化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針において、リスク低減措置の検討及び実施について、
① 代替物の使用
② 発散原を密閉する設備、局所排気装置又は全体換気装置の設置及び稼働
③ 作業の方法の改善
④ 有効な呼吸用保護具の使用
の優先順位を規定しています。

指針に基づき、リスクアセスメントを実施していただき、事業者が自律的に措置を選択して実行いただくべきものと考えております。上記指針の内容について、リーフレット等により中小企業を始めとして、周知を図ってまいります。

3 労働災害が発生した場合、事業者へ再発防止を指導するとともに、法違反については厳正に対処してまいります。

2022年要望

B2(1)③ また、講ずべき措置の例の筆頭に「代替物の使用」も掲げているのであるから、最小限度にするのは「労働者が曝露される程度」ではなく「リスク」とすること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

安衛則第577条の2第1項は、リスクアセスメント対象物からばく露を防止するための規定であり、「代替物の使用」のほか、「発散源を密閉する設備」や「作業方法の改善」などの措置も含めた概念についての表現として「リスクアセスメント対象物に労働者がばく露される程度を最小限度にしなければならない。」こととしています。

可能な限り最小限度にする義務

2022年要望

B2(2)③ 濃度基準値が示された化学物質について、事業者には、安衛則第577条の2第2項による労働者が曝露される程度を濃度基準値以下にする義務と、第577条の2第1項による最小限度にする義務の双方が課せられることになる。濃度基準値以下を達成できたとしても、なお、「合理的に実行可能な限り最小限度にする」義務が課せられていることを周知・徹底すること。このことは、とりわけ閾値のない発がん物質等についてきわめて重要であり、曝露限界値以下にしたうえで、なおかつ、合理的に実行可能な限り最小限度にする旨を明示・強調している国が少なくないことに留意されたい。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

ご指摘のとおり、リスクアセスメント対象物質のうち、濃度基準値が定められた物質、それ以外の物質いずれについても、リスクアセスメントの結果等に基づいて労働者がばく露される程度を最小限度にしていただく必要がある。この点について引き続き周知徹底してまいります。

編注:「周知」どころか、改正法令の施行通達のなかで趣旨が説明されていないことから要望したもの。「管理のヒエラルキー」は徹底していない。

2022年要望

B2(2)① 安衛法第57条の3で規定されたリスクアセスメント(義務)では、定期実施の義務付けはなく、職場の変化(化学物質の新規採用・変更、化学物質の製造取扱業務の作業方法・作業手順の新規採用・変更,化学物質等に係る機械設備等の経年劣化,労働者の入替り等に伴う知識経験の変化など)があった場合に実施することとなっている。しかし職場の気中化学物質濃度は日々変動しており、さらに季節間変動や年間変動もある。またリスクアセスメント(義務)では,実測だけでなく、「CREATE-SIMPLE」等の推定法が認められているが、推定法は誤差が大きい。したがって、毒性の強い化学物質を取り扱うケースについては、気中化学物質濃度(個人曝露濃度など)を定期的(6か月に1回程度)に測定することを義務付けること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課環境改善室)

1 化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針において、リスクアセスメントの実施時期については、化学物質のばく露の程度等の変化がより大きいと考える次のタイミングで実施することとしています。

ア リスクアセスメント対象物質を原材料として新規に採用し、又は変更するとき
イ 同対象物質を製造し、又は取り扱う業務に係る作業の方法又は手順を新規に採用し、又は変更するとき
ウ 同対象物質による危険性又は有害性について変化が生じ、又は生ずるおそれがあるとき

2 また、上記のほか、労働災害が発生した場合であって、過去のリスクアセスメント等の内容に問題がある場合や前回のリスクアセスメントを実施してから一定の期間が経ち、化学物質等に係る機械設備等の経年による劣化等においても実施することが望ましいとしています。その頻度については、ばく露の程度に応じ、事業者に自律的に決定していただくべきことと考えている。上記指針の内容について、引き続き周知を図ってまいります。

特別則による規制継続の必要性

2022年要望

B2(1)① 化学物質による休業4日以上の労働災害のうち、特別則の対象物質を原因とするものは相対的に少ない(約2割)という事実は,特別則による規制(作業業環境測定・評価の定期実施や局所排気装置の設置などの義務付け)が有効であることを示している。したがって特別則を存続すること。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課)

特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉じん障害防止規則、四アルキル鉛中毒予防規則等の特別則のあり方については、自律的な管理を基軸とする新たな化学物質規制の定着状況等を踏まえ、検討していく予定です。

編注:リスクアセスメントは化学物質管理策に限定されない「一般的かつ一次的な使用者のOSH義務」の筆頭であるとともに、「特定のリスクまたは業種に基づいた使用者の義務」によって補完される得るものでもある。

がん発生把握対策の実効確保

2022年要望

B2(3)② 新設の安衛則第97条の2「疾病の報告」により、同一事業場で1年以内に2人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したときは、事業者は、医師の意見を聴き、医師が業務に起因するものと疑われると判断したときは所轄都道府県労働局長に報告しなければならないという義務が設けられた。報告を受けた所轄都道府県労働局長及び厚生労働省の対応の計画について明らかにすること。施行通達(基発0531第9号)に示された、「退職者も含め10年以内に複数の者が同種のがんに罹患したことを把握した場合等…であっても…報告することが望ましい」、「明確な因果関係が解明されていないため確実なエビデンスがなくとも、同種の作業を行っていた場合や、別の作業であっても同一の化学物質に曝露した可能性がある場合等、化学物質に起因することが否定できないと判断されれば対象とすべきである」等は重要であるので、周知を徹底すること。また、意見を聴かれた医師が、新設の安衛則第577条の2第11項の規定による記録をチェックするよう促すとともに、学識経験のある専門家等と相談することのできる道筋を示すことも重要である。いずれにせよ、因果関係の解明を待つことなく、事実としての情報自体を可能な限り広く周知すべきこと。

2022年回答(労働基準局安全衛生部化学物質対策課)

1 化学物質を取り扱う同一事業場において、複数の労働者が同種のがんに罹患し、医師が業務に起因するものと疑われると判断し都道府県労働局長へ報告を行った際に、都道府県労働局等において、労働衛生指導医、労働安全衛生総合研究所等の専門家の協力を得て、必要な調査等を行うなど、労働災害の原因究明、再発防止策の検討ができるよう、施行に向けた必要な準備等を進めているところです。

2 ご指摘の施行通達については、関係団体等に送付を行うこと等により、周知しております。

3 業務に起因するがん等の疾病を防止するため、当該制度の周知及び災害防止に必要な情報の発信を行ってまいります。

法見直し議論の活発化を

労働安全衛生法見直しの課題は他にも様々あり、法制定50周年を契機とした検討の活発化を望みたい。

安全センター情報2022年12月号