太平洋島嶼国禁止へ、AIIB融資原則中止-23か国260人以上の参加でABAN(アジア・アスベスト禁止ネットワーク)2021オンライン会議
目次
3+1日間のオンライン会議
(ABAN)は、以下を目的に掲げて、2021年9月28~30日の3日間オンライン(ZOOM)会議を開催。さらに、10月7日には戦略会議もオンラインで開催した。
① 情報及び国・地域・世界レベルにおける現在のアドボカシー活動の経験の共有
② コミュニケーションマテリアルの共有
③ アスベスト関連疾患の診断・補償モデル・被害者組織化、及びアスベスト禁止後の被害に関する情報・経験の共有
④ 国レベルのアスベスト禁止の実現・実施に役立つ戦略・活動の確認
⑤ COVID-19パンデミック下におけるネットワークのキャンペーンの課題・機会の探求
⑥ アスベスト禁止のための運動構築における障害の確認
日本時間の午後5時半から8時半の1日3時間会議を基本(2日目のみ1時間前倒し)とし、ABANメンバーを通じた事前登録者のみの参加。最大時10か国語-中国語、バハサ語(インドネシア)、タイ語、ベンガル語(バングラデシュ)、韓国語、ラオス語、ベトナム語、ヒンドゥー語(インド)、クメール語(カンボジア)、英語-による同時通訳を提供した。
23か国-日本、韓国、中国、台湾、香港、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、マレーシア、バングラデシュ、ネパール、インド、パキスタン、フィジー、サモア、オーストラリア、イギリス、イタリア、スイス、コロンビア-から参加があった。
参加者数は、9月28日264人、9月29日219人、9月30日193人、10月7日99人。この計算では1会場で1人とカウントされているものの、インドネシア、カンボジア、ラオス、インド等では、顔を合わせた集まりを持って参加するというかたちもあった。
顔を合わせての会議の2019年10月27日韓国・ソウル開催から2年ぶり、初めてのオンライン開催だったが、予想を上回る規模と内容に加えて、今後につながる技術的な教訓も多く得られた。
グローバル・パースペクティブ
第1日目-9月28日は、古谷杉郎ABANコーディネーターが開会あいさつで、前記の目的と会議日程を紹介した後、以下の内容の「セッション1:グローバル・パースペクティブ」が行われた。
・「グローバル・アスベスト・ディザスターとCOVID時代における脆弱性」-ユッカ・タカラ(国際労働衛生委員会(ICOH)会長)
・「太平洋島嶼国におけるアスベスト禁止に向けた取り組み-SPREP第27・28・30回会議への対応」-ランス・リッチマン(有害廃棄物担当廃棄物プロジェクト技術責任者、PacWastePlusプログラム、太平洋地域環境計画事務局(SPREP))
・「いかにしてコロンビアは2021年にアスベスト禁止を実現したか」-ギレルモ・ビリャミセル(コロンビア・アスベストフリー・ファウンデーション(FUNDCLAS)ディレクター)
・「アスベスト曝露・疾患・補償問題に関連したジェンダーの評価」-ブイ・ティ・フオン・チャム(APHEDAコンサルタント)
・特別報告「タイにおけるアスベストのない社会の実現」-ポーンチャイ・シチサランクル(チュラロンコン大学教授)
コロンビア2021年禁止実施
タカラ氏は、論文「グローバル・アスベスト・ディザスター」(2018年11月号)に最新の世界疾病負荷推計GBD2019等も加えて、世界のアスベスト被害の規模等に関する知見を整理するとともに、COVID-19がアスベストに曝露した者に追加的リスクをもたらしていることも指摘。さらに、アスベストの職業曝露限界値を現在の国際標準である0.1繊維/cm3から0.001繊維/cm3に引き下げるべきであるというICOHの提案を強調し、欧州連合(EU)がその方向に動き出していることを歓迎した。
2019年にコロンビアがアスベスト禁止導入を決定したことは紹介したが(2019年10月号)、これは2021年に実施された。これを実現するうえで中心的役割を果たしたアスベストフリー・ファウンデーションのビリャミセル氏(ギレルモ)から、コロンビアの経験を話してもらった。自身アーティストであるギレルモは、様々な関係者による多彩な取り組みと、それらが連携し合って力を増し、ニュースやテレビでも大きく取り上げられたこと、ソーシャルメディアも力を発揮したことなどを紹介してくれた。
禁止に向かう太平洋島嶼国
太平洋地域環境計画事務局(SPREP)では、2011年の第22回政府間会議でSPREPとWHOの共同提案による「アスベストのない太平洋-地域戦略・行動計画」を採択。EUの資金援助による太平洋有害廃棄物管理(PacWaste)プロジェクトによって「地域アスベスト・ベースライン調査」が可能となり、2017年の第28回政府間会議で「太平洋規模でのアスベスト禁止の必要性」イニシアティブが採択された(2018年3月号参照)。EUの支援プロジェクトはその後もPacWastePlusとして引き継がれ、現在2019~2023年の5年計画であるが、COVID-19のため延長される可能性もあるという。
PacWastePlusの有害廃棄物担当廃棄物プロジェクト技術責任者リッチマン氏から、取り組みについて紹介してもらった。2018年と2021年のSPREP政府間会議も含めて、①アスベストが太平洋島嶼社会に引き起こしている脅威に留意し、②アスベストを含有する製品・廃棄物の輸入・再利用・再販売の太平洋規模での禁止の開発・実施を支持し、③事務局に禁止の開発・実施を進展させるよう指示している。PacWastePlusプロジェクトは、これを踏まえて政策覚書(ポリシーノート)や(法令案)起草の手引き、モデル行動規範(コード・オブ・プラクティス等を用意しつつあり、2021年9月7~8日のSPREP第30回政府間会議で、「アスベスト管理立法改革の道筋」が承認された。15の太平洋島嶼国で遠くなくアスベスト禁止が導入されることが期待されている。
タイはあきらめてはない
タイでは、2010年の第3回全国保健総会(NHA)が、決議「タイ社会をアスベスト・フリーにする措置」を採択して、2012アスベスト禁止を目標に掲げた(2011年6月号)。2012年にはタイ・アスベスト禁止ネットワーク(TBAN)も設立されて、アスベスト業界との間で熾烈な攻防が繰り広げられ、本誌でもたびたび紹介してきたが、まだ禁止は実現されていない。チュラロンコン大学薬学部教授のビタヤ・クルソンブーン氏がリタイアしてコーディネーター役を果たせなくなってから、ネットワークとしてのTBANは事実上機能しておらず、連絡も途絶えがちだった。しかし、2019年の第9回全国保健総会(NHA)が、あらためて2022年禁止を目標に掲げて、改訂決議「タイのアスベスト禁止措置」が採択されたことが伝えられていた(2019年4月号参照)。
今回、旧知のポーンチャイ・チュラロンコン大学教授が改訂決議のフォローアップを担うタイ全国保健委員会事務所(NCHO)タスクフォースの小委員長を務めていることがわかり、報告してもらえることになった。彼は、①できれば調査研究による支援を受けたアスベスト使用の中止、②適切な解体及びアスベスト含有廃棄物の処理、③特定グループ及び一般の人々に対する教育、④アスベスト曝露・疾患のサーベイランスを共通目標とした2021~2022年の取り組みを紹介してくれた。2014年のクーデターを契機とした国際的経済制裁にともなうロシアの経済的影響力はなお強いと思われるが、タイはあきらめてはいないことが再確認できた。
「アスベスト曝露・疾患・補償問題に関連したジェンダーの評価」は、APHEDAが委託したばかりのプロジェクトの予備的報告で、今後の成果を期待したい。
各国キャンペーンの長所と短所
「セッション2:アスベスト禁止キャンペーン・リフレクション」では、まず、事前に開催した東南アジア・太平洋地域会議(9月7日)及び南アジア地域会議(9月17日)で、①各国・地域のキャンペーンでうまくいっていること(長所)、②うまくいっていないこと(短所)、③アスベスト禁止を進展させるための教訓と障害について議論した内容、及び、グローバルキャンペーンの最新状況を紹介・議論してもらった後に、8つのブレイクアウトルームに分かれて、主に各国・地域における今後のキャンペーンに反映させるべき教訓について議論した。
「東南アジア・太平洋地域会議報告」は、インドネシア・アスベスト禁止ネットワーク(InaBAN)のダリスマンから。長所-いくつかの省レベル、地方政府レベルでの禁止方針、アスベスト被害者の組織化、労働衛生問題だけでなく消費者問題に焦点をあてたキャンペーン等。短所-国レベルの禁止を実現できていない、被害者掘り起こしと補償が不十分、COVID-19による大衆動員の困難。障害-政府の政治的意思の欠如と経済的利害、アスベスト産業によるプロパガンダ等。教訓-被害者の可視化と調査研究の進展が、より幅広い関係者の参加と協力連携を増強させることができる。
「南アジア地域会議報告」は、インド・アスベスト禁止ネットワーク(IBAN)のプージャから。長所-インドのいくつかの州の新たなアスベスト工場を認めない方針、メディカルキャンプ(現地訪問検診)とより多くのアスベスト被害者の掘り起こし(インド・ジャーカンド州で2020年に62人の環境被害者、ムンバイで2021年に新たに154人の被害者等)、ネパールの禁止を覆そうとした訴訟の失敗、アスベスト汚染タルク問題の暴露等。短所-COVID-19による複数のアスベスト被害者の死亡・キャンペーンの制約、禁止後も続くインドからネパールへのアスベスト含有建材の輸出等。障害-上述の東南アジア・太平洋と同様。教訓-国境を越えた取り組みの必要性。
世界キャンペーンの最新状況
「グローバルキャンペーンの最新状況」については、フィリップ・ヘイゼルトン(APHEDA)とドン=アポリナー・トレンティーノ(BWI)から。
長所-アジア開発銀行(ADB)のアスベスト全面禁止方針公式化への手続の進展(2021年3月号参照)とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の原則禁止方針の導入(21頁参照)、ロッテルダム条約のPIC(事前の情報提供に基づく同意手続)リストへのクリソタイル搭載が輸出国によって妨害されている事態を打開するための労働組合を中心としたグローバルネットワークの形成、アスベスト汚染タルク問題キャンペーン(J&Jの北米でのタルク原料ベビーパウダーの販売中止)、コロンビアの禁止に続く太平洋島嶼国のイニシアティブやウクライナをめぐる攻防(政府の禁止方針をロシア・カザフスタンが激しく攻撃している)、ブラジルにおける輸出を含めた全面禁止を実現する努力の継続、世界的なアスベスト貿易の減少、日本の建設アスベスト訴訟をはじめ被害者・家族に対する正義の実現に向けた取り組みの前進等。
短所・障害-輸出国・アスベストロビーの各国政府に対する影響力が依然強い、彼らがロッテルダム条約のクリソタイル搭載やウクライナの禁止妨害に成功していること、彼らによる禁止キャンペーン関係者に対する妨害・脅迫、J&Jは北米以外ではタルク原料ベビーパウダーの販売継続、行動をとらないことの費用に対する認識の浸透が不十分、ASEANやSAARCレベルでの課題になっていない、国内のアスベスト産業がなかなか死に絶えていない、COVID-19によるキャンペーンの制約等。
教訓-労働組合と被害者がキャンペーンにとって重要、1~2のASEAN諸国の禁止実現が分岐点になるだろう、輸出国・アスベストロビーのプロパガンダに対するより効果的な反撃の継続、ソーシャルメディアのより効果的な活用、ILO/WHOやオーストラリアのアスベスト安全・根絶機関(ASEA)のような機関との連携の強化、アスベスト禁止ネットワークの拡大・強化、説得力のある禁止の費用対効果分析を追求等。
「ブレイクアウトルーム・ディスカッション」は、ベトナム、ラオス、カンボジア、ヒンディ(南アジア各国が参加)、バハサ(インドネシア)、ベンガル及び英語が2グループの8グループで行われ、英語以外については英語と各言語との同時通訳を配置した。
第1日目の最後には、各国のキャンペーンの写真をスコットランドのアコースティックフォークシンガー、アリスター・ヒューレットの「He Fades Away」にのせて上映した(https://www.youtube.com/watch?v=P0uqKVz3KvE で視聴できる)。
キャンペーン・ビデオ上映
第2日目-9月29日は、1時間早く開始して、各国のキャンペーンのなかでつくられた、以下のビデオを紹介した(各々以下のURLで視聴できる)。
・「ニルマラ・グラングの思い出」(インド)
国連でアスベスト被害者を代表して証言したこともある彼女は、COVID-19のために亡くなった。
https://www.youtube.com/watch?v=X2fLSjBX5AY
・「Breathless」-映画の予告編(ベルギー)
母親の中皮腫死亡についてエターニト社を訴えたエリック・ヨンケアによるベルギー初のアスベスト訴訟を中心に、インドも訪問してニルマラ・グラングも登場する。
https://vimeo.com/263848494
・「ブラジルからの(アスベスト)輸入」(インド)
・「被害者日記-スンジン」(韓国)
https://cinemata.org/view?m=eV5zCRW3j
・「被害者日記-チュニヤ」(インドネシア)
https://cinemata.org/view?m=U8CBvOICq
・「アスベストとそのカンボジアにおける影響」(カンボジア・アスベスト禁止ネットワーク作成)
https://www.apheda.org.au/asbestos-impacts-cambodia/
・「アスベスト粉じんの脅威」(インドネシア)
http://inaban.org/video-documentation/
各国方針のブラッシュアップ
「セッション3:第1日目のブレイクアウトルーム・ディスカッションの報告」では、各グループからの報告とそれを受けた全体討論が行われた。
あらかじめ各国の参加者から「カントリー・レポート(各国報告)」を提出してもらって、事前に配布した(109頁、参加者限りの取り扱い)。このカントリー・レポートと事前の東南アジア・太平洋及び南アジア地域会議、さらにABAN2021における議論も踏まえて、各国におけるキャンペーン方針をブラッシュアップしてもらおうという趣旨である。いくつかの国の状況については、後ほど紹介する。
続いて、翌日-第3日目に確認する予定の共同決議案の草案を提案して、若干の議論の後、さらに意見・提案等があれば翌日までにと求めた。
アスベスト被害者の証言
参加者は、「セッション4:被害者の闘い、アスベスト関連疾患の診断・補償」の冒頭、4か国7人のアスベスト被害者から話を聞いた。
ブライアン・ヒーリー(オーストラリア)は、18歳の見習工以来、発電所で働いてアスベストに曝露し、中皮腫を発症して闘病中である。彼は、ウエスターン・オーストラリアのアスベスト被害者団体を代表して、初めてABAN会議に参加して証言してくれた。
シティ・クリスチーナ(インドネシア)は、アスベスト紡織工場で23年働き、10年後に石綿肺の症状が現われはじめた。地元の医師は石綿肺を診断できず、韓国の医師の協力によって確認された。彼女は、元同僚を含めインドネシアでの被害者の掘り起こしと組織化に尽力するとともに、国連、ブラジルや日本でのABANの行動にも参加している。
ラヒンドラ・ペバッカー(インド)も、石綿肺被害者で、国連でのABANの行動にも参加している。彼は、一日も早いインドでのアスベスト禁止を訴えた。
韓国から3人の被害者が発言-18歳のときに中皮腫と診断されたイ・スンジン、石綿肺と診断された元アスベスト鉱山地帯・忠南のイ・ナムウク、共に釜山のアスベスト紡織工場で働き、妻を石綿肺でなくしたうえに、自らも石綿肺に罹患しているパク・ヨング、の各氏である。韓国では、忠南、釜山と中皮腫の被害者グループがつくられ、連携して全国ネットワークが形成されている。後の話になるが、2022年1月28日に、忠南地域の被害を掘り起こし、全国ネットワークの共同代表の一人で、ABAN会議にも毎回参加してくれていたチョン・ジヨルさんの訃報が届いた。石綿肺に加えて肺がんと診断された後も、ABAN2019ソウル開催では忠南地域へのフィールドビジットの案内もしていただいたが、ABAN2022には参加できなかった。
発言者のすべてが、アスベストの世界的禁止を強く望むとともに、COVID-19による大きな制約のなかでも、アスベスト被害者・家族が共同の闘いを継続していることを強調してくれた。
被害者の診断・補償でも進展
続いて、日本の石綿対策全国連絡会議(BAN-JAN)の古谷杉郎事務局長が「日本における建設アスベスト訴訟の新しい進展」について説明。あらためて建設労働者がとくにアスベスト曝露のリスクが高いことを強調するとともに、各国政府にいま適切な行動をとらないことの責任が後に訴訟で問われる可能性があることを知らせる必要がある。英語版の詳しい解説を http://www.ibasecretariat.org/sf-new-developments-in-construction-workers-asbestos-litigation-in-japan.pdf で入手できる。
InaBANのアデ・デゥイ医師が、「インドネシアにおけるアスベスト関連疾患に対する補償を求める闘い」についての経験を話した。彼女らはこれまでに15人のアスベスト関連疾患を診断し、うち6人が労災認定されている。
台湾国立大学環境保健政策管理研究所のチェン・ヤウェン教授は、台湾労働安全衛生リンクの活動に基づいて、「台湾の労災補償制度におけるアスベスト関連疾患の不可視性:労働者の要求と2021年の改正」について説明した。退職後の健康被害が労災補償対象になるとともに、有害作業離職後の健康診断も新設された。
バングラデシュ労働安全衛生環境財団/バングラデシュ・アスベスト禁止ネットワーク(BBAN)のレポン・チョードリーは、「船舶解撤におけるアスベスト:バングラデシュにおけるアスベスト関連疾患被害者の掘り起こしを支援するメディカルキャンプ」について紹介。彼らは、同国で初めて数人のアスベスト関連疾患被害者を確認しているが、労災認定にはまだいたっていない。
インド・アスベスト禁止ネットワークのアシュシ・ミタル医師(OHS-MSC[労働安全衛生管理コンサルタンシー・サービス])は、「メディカルキャンプと健康診断」活動について紹介。メディカルキャンプは、現地訪問健康診断のことで、医師と現地の活動家、被害者の協力によって、インドの様々な州で1,700人のアスベスト関連疾患被害者を確認している。また、そのうちかなりの数がイギリスのアスベスト被害基金から補償を受け取っている。国内で労災認定された例はほとんどないが、ラジャスターン州で珪肺・石綿肺被害者に対する補償の新たなモデルが生まれていることが注目されている。
新たなEツールキットや研究
「セッション5:ブレイクアウトルーム・ディスカッション」では、2つのブレイクアウトルームに分かれた。
ブレイクアウトルーム①のタイトルは「アスベスト関連疾患の新しいリサーチ」で、以下の2つの報告を受けて議論が行われた。
オーストラリアのアスベスト疾患研究所(ADRI)の高橋謙所長[当時]は、「開発途上国におけるアスベスト関連疾患根絶のためのEツールキット」が2021年中にADRIのウエブサイトで入手できるようになるという嬉しい知らせを報告してくれた。各国の医師、研究者や政府関係者に広く知らせて、彼らの認識と知識を改善させようと話された。
https://adri.org.au/whocc/training-videos/
インドネシアのアナ・スラヤ医師(ビナワン大学健康科学技術学部、InaBAN)は、同僚・学生らとともに進めてきた「インドネシアにおけるアスベスト疾患研究」の経験を紹介した。彼女は、掘り起こしてきたインドネシアのアスベスト被害者の症例報告を学術誌に発表するとともに、彼らの労災認定を専門家の立場から積極的に支援。また、大学病院の肺がん患者の症例対照研究によってアスベスト関連疾患の実態に焦点をあててきた。
「わが国ではアスベストはいない、あるいは先進工業国で言われるように多くはない」、「科学的調査研究というがすべてよその国で行われたものだ」は、アスベスト産業の常套句で、自国の実態を明らかにする調査研究の努力は貴重である。
ブレイクアウトルーム②のタイトルは「被害者の組織化-メディカルキャンプ/健康診断」で、前述のバングラデシュ、インド、インドネシアの報告も踏まえながら、議論された。初めてABANに参加したフィジー労働組合会議(FTUC)からは、自国での取り組みについて具体的に検討したいと表明された。
アスベスト被害者の掘り起こしと比べて、労災認定が相対的に進んでいないこと、日本と韓国を除いて自国内でアスベスト訴訟がなされていないことも話題になった。
2つのブレイクアウトルームの議論は全体会議で報告されて、さらに議論が行われた。
オーストラリアASEAの国際貢献
第3日目-9月30日は、「セッション3:第1日目のブレイクアウトルーム・ディスカッションの報告」のうち、複数国の参加者で構成された英語グループからの報告(APHEDAのフィリップとアスベスト禁止国際書記局[IBAS]のローリー・カザンアレンによる)からはじまった。
続いて、「セッション6:各国及び世界的なアスベストのない社会の実現に向けて-ASEAはアスベスト禁止に向けた動きをどのように支援できるか」というタイトルで、オーストラリアのアスベスト安全・根絶機関(ASEA)の2代目CEOジャスティン・ロスに、ASEAとそのオーストラリアだけでなくアジア・世界での活動について紹介してもらった。初代CEOのピーター・タイにも2015年9月ベトナム・ハノイでのABAN会議、2018年9月、同じくベトナム・ハノイでの東南アジア地域会議に参加していただいたが、彼女は今回が初登場である。
オーストラリアの「2014~2018年アスベスト管理・啓発国家戦略計画(NSP 2014-2018)」は、戦略⑥国際的リーダーシップとして「アスベスト採掘及び製造の地球規模の禁止のための世界的キャンペーンにおいて、オーストラリアがリーダーシップの役割を果たし続ける」という目標を掲げていた。「2019~2023年国家戦略計画(NSP 2019-2023)」でも、4つの国家的優先課題のひとつに「国際協力及びリーダーシップ」を掲げている(2020年3月号参照)。
実際にASEAは、東南アジア諸国だけでなく、コロンビアや太平洋島嶼国におけるアスベスト禁止に向けた努力に対しても支援を行っており、オーストラリアの国家機関としてのその国際的貢献はますます貴重かつ重要になっている。今後のABANとの協力・連携が期待される。
教訓をネットワークの強化に生かす
最後の、「セッション7:アスベスト禁止ネットワークとアドボカシーの強化」では、いくつかの国のアスベスト禁止ネットワークによる「パネル・ディスカッション」と「ブレイクアウトルーム・ディスカッション」が行われた。
「パネル・ディスカッション」のパネラーは、インドネシア・アスベスト禁止ネットワーク(InaBAN)のダリスマン、ベトナムアスベスト関連疾患根絶グループ(VEDRA)のアン、ラオス・アスベスト禁止ネットワーク(LaoBAN)のインペン、インド・アスベスト禁止ネットワーク(IBAN)のオーディチャ、バングラデシュ・アスベスト禁止ネットワーク(BBAN)のレポンの4人。
インドネシア-6人のアスベスト被害者の労災認定と労災職業病被害者団体の設立に加えて、バンドン及びプルワカルタ市のアスベスト含有建材の使用禁止、国家防災庁緊急事態対処局によるアスベスト含有建材の使用を禁止する被災地の一時収容住宅基準を示した指令などの進展があるものの、一部の省はまったく理解がないうえにアスベストロビーの力も依然強く国レベルでの禁止方針に至っていない。教訓として「証拠としての被害者、ツール(啓発手段)としての研究者」とまとめ、アスベストが工場だけの問題ではなくコミュニティの問題、政策課題にすることが必要と話された。
ベトナム-歴史的に、建材開発マスタープランにおけるアスベスト禁止に向けたロードマップの明示が争点になっており、2014年には「2030年に向けた方向性」に後退し、2018年に「2020年目標」が復活するようにも思われたが、2021年には目標が明示されなかった。国外の科学的証拠を認めない、また(市民団体等に対する)海外からの支援を制限する動き等もあるなかで、自国の証拠が求められている。政府と国会議員の顔ぶれが変わったところで、あらためて働きかけを強化すると話された。
ラオス-アスベストの危険性の周知等、LaoBANの取り組みの影響もあり、2019~20年に16あったアスベスト工場が8~9に減った。保健省の5年間アクションプラン促進に加えて、労働社会福祉省や国会に対する働きかけを強化したいと話された。会議後間もなく元ラオス労働組合連盟(LFTU)国際担当でLaoBANリーダーであるインペンの突然の訃報がもたらされ、驚いている。
インド-自主的なメディカルキャンプを通じた被害者の掘り起こしと(イギリスの基金を通じた)補償は進んでいるものの、国内での労災認定がなく、ラジャスターンの補償モデルを広げていきたい。一部の州レベルでのアスベスト建材使用中止の方向性を確固なものにするとともに、国の方針に影響を及ぼせるようになる必要があろう。
バングラデシュ-具体的なアスベスト被害者の掘り起こしが進んだことが明らかな変化だが、アスベストに限らず職業病の認定実績がないなかで補償問題は新たな課題。上記諸国ではすべてアスベスト消費が減少しているのに、バングラデシュでは増加している模様であり、調査が必要。BBANのキャパシティを増強することが重要と話された。
共同決議を採択して閉会
「ブレイクアウトルーム・ディスカッション」では、参加者は4つのブレークアウトルームに分かれた。各グループの議論のテーマと出された意見のいくつかを紹介する。
① 政府に対するアスベストロビーの影響力を弱めるために地域で共同で何ができるか
・アジアで1~2か国の禁止の実現とASEAN等に対する働きかけ
・アジアの国を対象にした費用対効果分析
② COVID-19パンデミックのなかでアスベスト禁止ネットワークを強化する戦略
・ソーシャルメディアの効果の認識と活用の拡大
・メディア関係者との協働の強化
③ アスベスト禁止導入後における遵守・施行の課題
・禁止は最初のステップ、施行はもうひとつの挑戦
・国境を越えた協力・監視、廃棄物の移動も課題
④ アスベスト含有製品の輸入・使用を低減させる方策
・消費者向けキャンペーンも重要かつ有効
・アスベスト含有製品の厳格なラベル表示
・代替品の促進と関税対策
会議はその後、「2021年アジア・アスベスト禁止ネットワーク会議共同決議」を採択。最後にBWIのドンによるABAN2021会議の成功を確認する発言で締めくくった。
戦略会議とフォローアップ
1週間後の10月7日に、戦略会議を開催した。
冒頭、あらためて3日間のABAN2021会議をふりかえった後、参加者は2つのブレイクアウトルームに分かれて、今後のキャンペーン計画について議論。さらに全体会議でも議論を重ねた。
詳しく内容を紹介することはできないが、議論したテーマといくつかのアイデアをあげておく。
① アスベスト・ロビ-を弱め、グローバル・アスベスト・ディザスターに対する注意を課金するためのABANの支援
・国際金融機関(IFI)キャンペーン
・ロッテルダム条約の改革
・太平洋地域の禁止イニシアティブ
・2022年に労働安全衛生を基本的権利に追加することを含めILOやWHO
・2022年2月6~10日に開催される第33回国際労働衛生会議(ICOH)
② 各国のアスベスト禁止運動に対するABANの支援
・とりわけ消費量の多い国を対象に、アスベスト関連疾患の診断の改善と被害者の掘り起こしに焦点を置く
・アスベスト禁止ネットワークが生み出した調査研究やツールを共有するオンラインポータル
・ASEANで1~2の国でアスベスト禁止を実現することを最優先課題に
・ソーシャルメディアの共同活用
・アジアの具体的国を対象にした費用対効果分析
・アスベスト裁判のテストケース
・より幅広いグループを巻き込むことを念頭にしたネットワークの拡大・強化
・オンラインも活用して世界・アジアの専門家との連携強化
今回は以下のメンバーで運営委員会を構成して運営に当たるとともに、終了後もフォローアップを継続している-古谷杉郎、フィリップ・ヘイゼルトン(APHEDA)、ノエル・コリナ(AMRC)、アポリナー・トレンティーノ(BWI)、スルヤ・フェルディアン(InABAN)、プージャ・グプタ(IBAN)、ローリー・カザンアレン(IBAS)、ベルンハルト・エロイド(ソリダー・スイス)。香港をベースにAMRC、ソリダー・スイスと所属を変えても一緒に取り組んできたサンジ・パンディタは、会議前にソリダリティセンターの本部ワシントンに移ったが、ABANとの関係は継続している。一方で、香港における政治的圧力のエスカレートのなかでAMRCが香港を離れざるを得なくなった。会議のなかでも参加者全員からAMRCへの感謝と連帯が示された。
ちなみに、3日間の会議参加者に対するアンケート調査によると、Yesの回答が、①会議の目的は達成できたか-97%、②取り上げられた話題に満足したか-97%、③時間は十分だったか-62%という結果であった。
早速フィリピン、ICOHで進展
早速の動きとして、フィリピン労働組合会議(TUCP)と約140の環境運動団体からなるエコウエイスト連合が2022年1月6日に、アスベストを全面禁止するよう化学品管理令(CCO)を改正するよう要求した。フィリピンではCCOによって、クロシドライトとアモサイト、及び、玩具、パイプ・ボイラーの断熱材、低密度のジョイントコンパウンド、商用紙や紡織品にはすべてのアスベストが禁止され、輸入者には環境管理局への登録等も義務付けられている。しかし、上記団体らは、現行規制の遵守も不十分で、アスベスト含有製品がラベル表示もされずに市場に出回っているなかで、全面禁止が必要と主張している。
https://www.environewsnigeria.com/philippine-groups-push-for-stronger-anti-asbestos-policy-to-protect-human-health/
また、セッション4・5の内容が好評だったこともあって第33回ICOH組織委員会に提案したところ、以下のような内容の「特別セッション43:アジア太平洋におけるアスベスト関連疾患の根絶」が採用された。
・提案者:古谷杉郎(ABAN&JOSHRC)
・ユッカ・タカラ「アスベスト関連疾患の世界的根絶」
・アナ・スラヤ「インドネシアにおけるアスベスト関連疾患の可視化」
・アシシュ・ミタル「インドにおけるアスベスト関連疾患の可視化」
・ランス・リッチマン「太平洋島嶼国におけるアスベスト禁止に向けて」
・高橋謙「開発途上国におけるアスベスト関連疾患根絶のためのEツールキット」
https://icoh2022.net/special-sessions/
(安全センター情報2022年4月号)