ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー(2021.5.7) 知見の概要:内分泌かく乱化学物質

▶内分泌かく乱化学物質(EDCs)は、 非常に低用量で内分泌系の機能に影響を与える物質である。これは、生命体、その子孫や人口に、形態、生理、成長、発育、生殖、寿命の変化など、健康への悪影響を及ぼす可能性がある。

▶EDCsは、様々な化学物質のグループに属しており、それは、曝露が幅広い職業で生じる可能性があることを意味している。

▶EDCsは、男女の様々な生殖障害や、がん、神経発達障害、肥満に関係があるとされている。

▶科学的研究は、EDCsの健康影響による著しいコストを、EUで年間217億米ドル、アメリカで年間3,400億米ドルと推計してる。

▶内分泌かく乱化学物質は、両方の性に影響を与えるが、同じ化学物質への曝露が男性と女性で異なる影響を引き起こす可能性がある。

主要な曝露業種:化学産業、飲食料品・たばこ、保健サービス、機械・電子工業、繊維・衣料・皮革・製靴、石油・ガス生産・石油精製、農業・プランテーション・その他農村部門、建設業
物質:①全般、②フタル酸エステル類、③農薬(有機リン剤、トリクロサン)、④パラベン、⑤ビスフェノール類、⑥難燃剤
主要な健康影響: ①多様、②生殖毒性、肥満、糖尿病、③神経毒性、④生殖毒性、⑤がん(乳・前立腺)、肥満、生殖毒性、⑥神経毒性、生殖毒性
職業曝露の世界負荷:①~⑥限定的なデータ
労働関連健康影響:①アメリカ・EUで80万件の男性不妊症、②~⑥限定的なデータ

曝露

EDCsへの曝露は、国のなか及び国によって大きく異なる。アメリカではEDCsに起因する健康関連コストの大部分が難燃剤に関連していると推計された一方で、欧州では有機リン酸系農薬に関連していた。10種類のEDCsへの曝露の健康影響について推計されたコストは、EUで年間2,170億米ドル、アメリカでは年間3,400億米ドルだった。これらの研究から得られたもうひとつの重要な結論は、世界的なEDCsの負荷に関するデータの入手可能性が限られているということだった。さらに、これらの研究は限られた数のEDCs影響を検討しており(分析に含められたのは10種類のEDCsだけである)、コストの過少推計の可能性を示唆している。その多くが、使用中止後数十年経っても労働者を汚染する可能性があることから、EDCsのライフサイクルはとりわけ懸念される。これはPCBsの場合であり、PCBsの生産は1970年代に世界的に禁止されたにもかかわらず、その生物学的持続性のゆえにいまだに存在し、労働者を汚染し続けている。EDCsを含有するプラスチックのライフサイクルは、生産量の増加とマイクロプラスチックによる汚染が至るところにあることに照らして、とりわけ世界的な課題となっている。しかし、労働者におけるEDCs曝露の割合と関係する健康影響、とりわけ不妊、に関する具体的データは不足している。

建設業とプラスチック産業は世界で数百万人の労働者を雇用しており、既知のまたは疑われているEDCsである化学物質を大量に使用している。これらの労働者に対する現在の健康監視は、EDCsへの曝露に関連した健康リスクについてきわめてわずかな洞察しか与えてくれない。フタル酸エステルへの職業曝露のバイオモニタリングに関する最近の系統的レビューは、EUにおける新旧両方のフタル酸エステル曝露に関する職業研究の不足と調和化されたアプローチの必要性を強調している。

2002年にWHOと国際化学品安全計画(IPCS)によって提案されたEDCsの定義はいまや広く受け入れられている。
「内分泌かく乱物質とは、内分泌系の機能に変化をもたらし、その結果として未処置生物、子孫、(準)個体群に有害な健康影響をもたらす外因性の物質または混合物である」。悪影響とは、「生命体、システムまたは人口の形態、生理、成長、発達、繁殖、寿命の変化であって、機能的な能力の傷害、さらなるストレスを補う能力の傷害や他の影響に対する感受性の低下の原因となるもの」と定義されている。

健康影響

EDCsは様々な化学物質のグループに属しており、様々な化学的-物理的特性をもっているが、すべてが内分泌系を変化させる能力では共通している。ホルモンは血液または臓器内に分泌され、きわめて低い濃度(通常1兆分の1から10億分の1の範囲)で全身の標的となる組織に作用する。同様に、内分泌かく乱物質は、きわめて低い用量で、外因性ホルモンとして作用したり、内因性ホルモンのバランスを変化させる。UNEPは最近、EDCsに関する3つの概観報告書を作成し、18の化学物質グループに属する、EDCsまたは潜在的EDCsとして確認された45の物質のリストを作成した。

がん

様々な種類のがんの発生におけるエストロゲンの関与について、1970年代以降、強力な証拠が蓄積されてきた。合成エストロゲンであるジエチルスチルボエストロール(DES)は、子宮内曝露によって乳・膣がんのリスクを高めることがわかっている。もうひとつの例は、乳がんの治療薬であるタモキシフェンは、エストロゲンに刺激された乳がん細胞の増殖を抑制するが、子宮内での強力なエストロゲン活性活動を伴う。結果的に、タモキシフェンは子宮内膜に対する既知の発がん物質として、IARCによって分類されている。プラスチックに使用される一般的な化学物質であるビスフェノールA(BPA)も、エストロゲン受容体と相互作用して 乳がんのリスク要因となる可能性がある。また、BPA曝露は前立腺がんの感受性を高める可能性があることが、実験による証拠で示されている。疫学的症例対照研究では、ゼノ・エストロゲンの負荷は体外から来た分子によるエストロゲン様活性の総量に相当し、乳がん発症率の予測因子となり得ることが報告されている。甲状腺乳頭がんの発生率の増加は、疫学的及び実験的証拠によって、難燃剤や農薬などのEDCsと関連している。

その他の健康影響

様々なEDCsが、生殖能力の低下、生殖能力・精巣性発育能力不全症候群による、男女の様々な生殖障害に関与していることがわかっている。生殖障害との関連がもっとも明らかなEDCsのひとつがフタル酸エステル(DEHPなど)であり、停留睾丸、低位尿道症や生殖器間距離の減少との関連がわかっている。女性では、フタル酸エステル類、ベンゾフェノン類、ダイオキシン類は子宮内膜症との関連が指摘されている。実験研究は、様々なEDCs(DES、ビンクロゾリン、BPA、PCB)に母親が曝露すると、交接や生殖に悪影響を及ぼし、多世代にわたって影響を及ぼすことを示している。大規模な人口ベースの出生コホート(約134,000組の母親-子供)を対象としたメタアナリシスの結果は、EDCsに曝露する可能性があるか、おそらく曝露があるとして分類された職業における妊娠中の雇用が、低体重児出産のリスクの増加と関連していることを示した。さらに、女性が曝露するEDCsの数が増えるほど、リスクは高まる。

疫学的及び実験的研究の両方により、胎児期の複数のEDCsへの曝露が、IQを低下させたり、神経発達障害や肥満のリスクを増加させることが明らかになっている。神経発達に影響を及ぼすEDCsとしてもっともよく研究されているものにPCBsがあり、数十年前にすでにPCBsへの母親の最高レベルの曝露に対して認知機能の低下が観察されている。脳の発達に影響を及ぼす可能性のある、既知または疑われている他のEDCsには、リン酸化・臭素系難燃剤、一部のフェノール類、フタル酸エステル類や過塩素酸塩がある。さらに、BPA、フタル酸エステル類、トリクロサンやベンゾ(a)ピレンを含め、様々なEDCsへの曝露が、2型糖尿病や肥満と関連していることがわかっている。

地域的傾向

EDCsへの環境曝露は、アメリカとEUで毎年、2,000万以上のIQポイントの損失と80万件以上の男性不妊症事例を生じさせていると推計されている。最近のある研究は、アメリカで、一般人口においてEDCsへの糖尿病誘発性の曝露が人種的、民族的、社会経済的な曝露格差と関連しているかどうかを調べた。ラテン系、アフリカ系、低所得者層では、多くの研究で、ポリ塩化ビフェニル、有機塩素系農薬、大気汚染の複数の化学物質、BPA、フタル酸エステル類などのEDCへの曝露が著しく高いことが報告されている。途上国と先進国の間のEDCsへの職業曝露と関連影響の比較は現在のところ行われていないが、職業環境においても。諸格差が役割を果たしているかもしれない。低中所得諸国(LMICs)におけるEDCsの疾病負荷と曝露に関する研究はわずかしかないが、廃棄物の循環と規制の欠如を考慮すると、EDCsは敏感なターゲットとして広く認識されている。

事例研究:販売店員のフタル酸エステル曝露
化粧品に含まれるフタル酸エステルが高濃度であることから、台湾南部の化粧品販売員のフタル酸エステル曝露とそれに伴うリスクが懸念された。曝露とフタル酸エステルのリスクが、デパートの化粧品店員23人、香水店員4人、衣料品店員9人について分析された。尿中のフタル酸モノ-2-エチルヘキシル(MEHP)及びフタル酸モノメチル(MMP)のレベルは、化粧品グループで、シフト後にシフト前のレベルと比べて有意に高く、香水グループでは、シフト後の尿中MMPのレベルがシフト前のレベルと比べて有意に高かった。化粧品・香水販売店員の半数以上(70%)が、抗アンドロゲン影響について、フタル酸エステル曝露の累積リスクが過剰であった。化粧品・香水店労働者は、フタル酸ジエチル(DEP)・DEHP曝露について、生殖または肝臓影響のリスクが増加した。この研究はまた、化粧品・香水店労働者にとって、経皮曝露が重要な経路であることを指摘した。

ジェンダーの役割

女性も男性も同じホルモンをもっているが、様々なホルモンのレベルは異なり、身体への影響が異なっている。そのように、同じEDCsが男性と女性で異なる影響を及ぼす可能性がある。内分泌かく乱化学物質は、例えば、女性の生殖ホルモンや組織の制御に悪影響を及ぼす可能性がある。これは、思春期早発症、不妊症、周期異常、早発性卵巣不全/更年期障害 子宮内膜症、子宮筋腫などの生殖障害を引き起こす可能性がある。男性のリプロダクティブヘルスへの影響としては 男性の生殖器官の先天性障害、精巣胚細胞がんの発生率の増加や精液の質の低下などが指摘されている。

選択された優先行動:内分泌かく乱化学物質

国の政策措置の例

▶EDCsによる作業環境における職業ハザーズの予防・管理・保護のために講ずべき措置を規定する国の法律または規則を策定する。

▶EDCsのラベル表示と規制に関する国際政策を調和化する。UNEPは、18の化学物質グループに属する、EDCsとして確認された、または可能性のある45の物質のリストを作成するとともに、EDCsに関する概要報告書も作成している。これらは、EDCsの調和化された世界的ラベル表示・規制を構築するための出発点となり得る。内分泌かく乱物質に関するEU戦略のなかで作成された、EDC化学物質のEU優先リストなど、科学的根拠に基づいたより広範なリストがすでに利用可能であり、UNEPリストに統合することができる。

政策決定者のための追加的行動

▶もっとも強力で広範に使用され、曝露のリスクがもっとも高いものを段階的に廃止することを優先しながら、EDCsのリストを作成する。

▶一定の諸国における、EDCsの使用、それらの健康ハザーズと規制措置に関する情報を収集・更新・公開する。

▶農業、製造業、廃棄物処理業などの産業における、EDCsへの曝露を予防するための既存の対策を活用する。

▶政府と労働の世界における関係者に同じレベルの認識をもたらすために、関連する科学的証拠を政策に使えるかたちで、定期的に統合・流布する。

▶例えば、標準データ提出要求事項、検査手法、データ・既存の評価の相互受け入れ、EDCsに対処する共同戦略など、進展と実施を含め、効果的かつ効率的な全身を可能にするために、あらゆるレベルでの対話と協調行動を強化する。

▶ジェンダー特有評価項目に関する調査研究を実施するとともに、EDCsについて労働安全衛生規制におけるジェンダー考慮を主流化する。

職業曝露限界(OELs)

▶EDCsに対する証拠に基づいたOELs及びそれらを実施・施行する方法を開発する。それらのOELsの世界的調和を確保する。

▶政策決定者が、化学物質がどのように使用されているか把握し、曝露の特性を明らかにできるようにするために堅固なバイオモニタリングデータにアクセスでき、必要に応じてOELsやその他の曝露緩和プログラムを実施できるようにするために、EDCsへの曝露を評価する。

現実的な職場介入の例

▶労働者と使用者がEDCsを扱っていることを理解できるようにするために、職場におけるEDCsが把握され、適切に分類され、ラベル表示されていることを確保する。予防対策は、労働者が使用しているEDCsの種類によって異なるだろう。

▶EDCsの有害な影響からの労働者の保護を確保するために、必要に応じて管理のヒエラルキーを適用する。

EDCsのリスト(パート1)[※化学物質名のみ記載]
ベンゾフェノン誘導体-ベンゾフェノン1;2,4-ジヒドロキシベンゾフェノン;レスベンゾフェノン、ベンゾフェノン2;2,2′,4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノン、ベンゾフェノン3;オキシベンゾン、4,4′-ジヒドロキシベンゾフェノン
3-BC、MBC、EHMC-3-ベンジリデンカンファー(3-BC);1,7,7-トリメチル-3-(フェニルメチレン)ビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2-オン、3-(4-メチルベンジリデン)カンファー;1,7,7-トリメチル-3-[(4-メチルフェニル)メチレン]ビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2-オン、4-メトキシケイ皮酸2-エチルヘキシル、83834-59-7
ビスフェノールF及びS-ビスフェノールF、ビスフェノールS
パラベン類-メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベン;プロピル 4-ヒドロキシ安息香酸、ブチルパラベン;ブチル4-ヒドロキシ安息香酸
フタル酸エステル類(非EU REACH規制対象物質)-フタル酸ジエチル(DEP)、フタル酸ジヘキシル(DHP)、フタル酸ジシクロヘキシル(DCHP)、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジイソデシル(DiDP)、フタル酸ジウンデシル(DuDP、分枝及び直鎖)
その他のフェノール誘導体-4-ニトロフェノール、2,4,6-トリブロモフェノール、レゾルシノール
BHT及びBHA-ブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)、tert-ブチルヒドロキシアニソール(BHA);tert-ブチル-4-メトキシフェノール
ジチオカルバメート類-メタム-ナトリウム、ジネブ、ジラム
日本拡張-ティラム
PCP、テブコナゾール及びトリクロサン-ペンタクロロフェノ-ル(PCP)、テブコナゾール、トリクロサン
その他-tert-ブチルメチルエーテル;MTBE;2-メトキシ-2-メチルプロパン、クアドロシラン;2,6-cis-ジフェニルヘキサメチルシクロテトラシロキサン、二硫化炭素、りん酸トリフェニル

EDCsのリスト(パート2)[※化学物質名のみ記載]
ビス(2-エチルヘキシル)フタル酸エステル;DEHP、フタル酸ジイソブチル;DIBP、フタル酸ジブチル;DBP、フタル酸ブチルベンジル;BBP、4-(1,1,3,3- テトラメチルブチル)フェノール、4-(1,1,3,3- テトラメチルブチル)フェノール(エトキシル化)、4-ノニルフェノール(分枝及び直鎖)、4-ノニルフェノール(分枝及び直鎖)(エトキシル化)、4-ヘプチルフェノール(分枝及び直鎖)、p-(1,1-ジメチルプロピル)フェノール