新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係る労災補償/情報公開で明らかになった立ち遅れた厚生労働省の対応-天野理(東京労働安全衛生センター)

新型コロナウイルス感染症に係る労災補償状況は、2021年3月26日時点で、労災請求件数が8,177件、労災認定が4,038件となっており、遺族請求で認定された件数が22件となっている。まさに、「労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をする」(労働者災害補償保険法・第1条)とうたう日本の労災補償行政の真価が問われる事態と言える。

本年3月、関西労働者安全センターが行った情報開示請求によって、厚生労働省が2020年2月~12月の間に全国各地の労働局に送った「新型コロナウイルス感染症の労災認定に関する通達・事務連絡・メール指示」が開示された(一部は黒塗り)。本稿では、この開示資料により明らかになったこの間の厚生労働省の労災行政の動きを整理しつつ、新型コロナウイルス感染症をめぐる労災行政の問題点を指摘したい。

パンデミックに立ち遅れる厚生労働省の労災行政

開示された資料によれば、厚生労働省が新型コロナウイルス感染症による労災認定について各労働局に連絡をしたのは、2020年2月3日のメールが最初である。世界では1万人近い感染者が出ており、日本でも10人以上の感染者が確認されはじめていた時期だった。

この時に発出された通達が「新型コロナウイルス感染症に係る労災補償業務の留意点について」(基補発0203第1号)だった。しかし、内容としては、新型コロナウイルス感染症が労災給付の対象になりうることを示しただけの不十分なものだった。この通達に添付されていたQ&Aも抽象的な表記にとどまり、「感染経路や感染機会が明確に特定される」かどうか業務の実情を個々の事案ごとに調査する、などとなっており、労災認定についての姿勢は限定的なものだった。その上、このような通達が出されたことは一般には公開されなかった。

その後、国内での感染が拡大していた3月中旬、厚生労働省はようやく同省ウエブサイトの「新型コロナウイルス感染症に関するQ&A」で、労災補償に関する情報を追加した。しかし、この時点でウエブサイトに掲載されたのは、「労災保険給付の対象になる」という抽象的な情報だけで、上記の通達が出されたことは依然として公開されていなかった。

3月中旬以降、こうした厚生労働省の不透明な対応を問題視し、政府に対して幅広い労災認定の実現や労災補償状況の公開を求める国会質問や質問主意書が複数の国会議員から出された。これを契機に、ようやくこの通達の存在が明らかになり、3月の時点で労災申請件数がたった1件であることも判明した。

3月下旬に国内での感染者数が2,000人に迫ろうとしている中、開示資料の中でこの時期の労災行政に関する連絡は、労災補償業務での感染防止対策を通知した通達1件しかない。多くの職場で感染者が相次ぐ状況の中で、労災補償に関する方針は人々に明確に示されることはなかった。

労災認定の方針と調査要綱の策定

4月に入って緊急事態宣言が出された後も、厚生労働省の労災認定に関する方針はなかなか明確にならなかった。4月中旬には、ネット上で、「新型コロナに感染した看護師が労基署に問い合わせたが、感染ルートがわからないと労災が認められないと言われた」との情報が流れた。労基署での相談対応に問題があるのではとの指摘は国会でも出され、厚生労働省は4月23日付けで、感染経路が不明の方からの労災相談について予断をもった対応をしないよう各労働局に求める通達を出している。しかし、労災認定に関する各労働局への連絡は、4月下旬までこれ1本のみであった。

厚生労働省が労災認定に関する踏み込んだ方針を示したのは、4月28日だった。この日に発出された通達「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」(基補発0428第1号)で、ようやく労災認定に関する比較的具体的な方針が示された。さらにその後、労災申請と認定の件数の公開も開始された。なお、この直前の4月27日、全国安全センターは、労災認定を幅広く認める方針での新たな通達を出すこと、それを広く社会に周知することなどを求める緊急声明を出している。この頃からマスコミも次第に、労災申請が伸びていないことを問題視する報道を出しはじめていく。

今回の開示資料によると、5月1日に厚生労働省は、各労働局に対して「新型コロナウイルス感染症に係る調査要領」を送っている。労災調査にあったって発症前14日間の業務内容や行動などを調査することとし、保健所にも資料提供を求めることや、支給・不支給の決定前に本省と協議することなどが書かれている。合わせて、発症前14日間の行動などを書き込む申立書や使用者報告書などの書式も送付されている。

さらに5月19日には、厚生労働省は各労働局に対し、保健所が多忙なため場合によっては保健所への照会を省略できることなどを通知するとともに、「『新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて』に関するQ&A」を送付している。このQ&Aでは、労災認定上の新型コロナの発病日や休業期間の考え方、治療後退院した者が医師の指示でホテルや自宅で一定期間待機した場合に休業補償の対象になるか等、実務上の細かい対応方針が記載されている。

なお、これらの調査要領やQ&Aが発出されたことは、その当時一般には公開されず、全国安全センターとしても今回の情報公開でその存在と内容をようやく知ることができた。

また、厚生労働省はQ&Aの送付と同じ日に、集団感染が発生した事業場で労働者の感染がありそうな場合に、その事業場に対して請求勧奨を行うよう、各労働局に指示している。その直前の5月14日には、日本医師会などに対して「労災保険給付に係る協力要請」を出し、新型コロナウイルス感染症に感染した医療従事者への労災請求勧奨や、労働基準監督署の調査への協力などを要請している。

後に厚生労働省が公開した「新型コロナウイルス感染症の月別労災請求件数」を見ると、2020年3月が1件、4月が5件と伸びていなかったが、5月は54件、6月は370件と増加していく。このように、厚生労働省の労災行政はようやく4月下旬から5月中旬にかけて、このパンデミックでの労災に本格的に取り組みはじめた。厚生労働省が上記のQ&Aを労働局に送った5月19日、国内の感染者数はすでに1万6千人を超えていた。

(安全センター情報2021年5月号)

本年3月、関西労働者安全センターが行った情報開示請求によって、厚生労働省が2020年2月~12月の間に全国各地の労働局に送った「新型コロナウイルス感染症の労災認定に関する通達・事務連絡・メール指示」が開示された(一部は黒塗り)。本稿では、先月号に引き続き、この開示資料により明らかになったこの間の厚労省の労災行政の動きを整理しつつ、新型コロナウイルス感染症をめぐる労災行政の問題点を指摘したい。

国会での追及やマスコミ報道でようやく動く

厚生労働省は、昨年4月下旬から5月中旬にかけて、ようやく新型コロナに関する労災認定の方針などを公表し、動きを本格化しはじめた。しかし、各職場での集団感染事例が多発する中で、労災申請と認定の数字は増えないままだった。例えば、厚生労働省が2020年5月22日に公表した新型コロナ労災の請求件数は44件(うち医療従事者32件)、認定件数はたった4件(うち医療従事者2件)であった。一方、この時点で医療機関や介護・福祉施設で新型コロナに感染した従事者はすでに1300人を超えると報道されていた。

こうした状況を受け、阿部知子衆議院議員が、5月27日に質問主意書を提出した。内容は、労災の請求件数と認定件数があまりに少ない現状を踏まえ、労災申請を喚起する取り組みを速やかに行い、積極的に認定すること。また、認定事例の内容を類型化して公表することなどを求めるものだった。

今回開示された厚生労働省の資料では、5月19日の各労働局へのメールで、集団感染が発生した医療機関等について、労働者へ労災請求を案内すること(労災請求の勧奨)をそれらの機関に依頼するよう、各労働局に指示する事務連絡が出されている。そして、質問主意書が出された翌日の5月28日に、労災請求勧奨の依頼を行った事例について本日中に報告せよとのメールが各労働局に出され、各地からの報告の取りまとめが慌ただしく行われていた。明らかに質問主意書での追及に対応するための動きである。

さらに、6月末に全国紙の社説で、医療従事者以外の業種の労災請求が少ないと問題提起する記事が掲載された。厚生労働省はその直後の7月1日に各労働局へのメールでわざわざこの社説を添付し、「請求勧奨の徹底を図る必要がある」として新たな事務連絡を出している。また、7月上旬には、新型コロナで労災認定された事案の一部(職種等)が報道された。厚生労働省はこの報道に対して、「本省では一切公表していない」と各労働局にメールを送る一方、9月上旬に入って、労災認定事案についてようやくその類型を公表しはじめた。そして、11月上旬には、臨時国会で労災請求勧奨の取り組みについて国会で質疑や照会があるかもしれないとして、請求勧奨を徹底し、本省に報告するよう求めるメールを各労働局に送っている。

このように、労災請求勧奨に関する取り組みを求める各労働局へのメールは、2020年5月以降、繰り返し何度も出されていった。しかし、それらはあくまで事業主に対する働きかけを行うことにとどまり、労働者へ直接、労災の情報を届けようという動きはみられなかった(2021年に入って、労働者向けに新型コロナの労災申請を案内するリーフレットの周知がようやく進んでいく)。

今回開示されたメールからは、現場で労災隠しが起こっているのではないか、埋もれている労災被災者がいるのではないか、という国会・マスコミからの指摘に対して、厚生労働省がかなり神経を尖らせていたこと、またそうした追及を受けてようやく請求勧奨の取り組みや情報の公開に動いた様子がうかがえる。

請求事案の報告と疑い事例の取り扱い

今回の開示資料によれば、厚生労働省は、新型コロナに関する労災請求事案について報告様式(エクセルシート)を作成し、各労働局に対して事案の報告を求めている。この依頼は2020年5月に出され、同年10月に報告する様式が変更されている。様式の内容を見ると、請求種別(療養や休業など)・事業場名・死傷病報告の提出状況・業種・職種・PCR検査結果などの欄が設けられている。また同時に、新型コロナ対応による過重労働を原因とする労災申請事案についても報告するよう、各労働局に求めている。

2020年10月には、PCR検査の結果が「陰性」であった方の労災申請について、「新型コロナウイルス感染症疑い(PCR検査陰性)事案の当面の取り扱い」と題する指針が各労働局に対して送られている。この中では、PCR検査の感度に限界があるため、濃厚接触者で発熱などの症状があっても「陰性」と判定される可能性があるとして、「陰性」の場合でも、症状の経過やPCR検査の状況、事業場での感染状況などを調査して、労災専門医の意見を求めることとしている。つまり、陰性と判定された事案でも、「感染の蓋然性」を判断して労災認定することもありうる、という書きぶりとなっている。

なお、11月24日には、本省協議の取り扱いについて、一部変更の連絡もなされている。
継続する症状に苦しむ患者に対する

労災打ち切りの懸念

いま、新型コロナに伴う様々な症状(微熱、倦怠感、胸痛、関節痛、息苦しさなど)に長期間苦しむ患者が発生していることが多数報告されている。こうした症状については、専門家の間でも「長期症状」「随伴症状」「遷延する症状」「いわゆる後遺症」など様々な表現がなされているが、その医学的な解明はまだである。

症状が続いていて、療養が必要であるなら、当然に労災補償も継続されねばならない。ところが、退院後もこうした継続する症状に苦しんでいる方の中で、労災の休業補償の支給を途中で止められるケースが出てきている。

例えば、愛知県内の労基署では、新型コロナウイルス感染症で労災認定を受けた方が、依然として同感染症の症状に苦しんでいて働けない状態であるにも関わらず、治癒しているのではないか、あるいは症状全体が精神的な症状ではないかと疑われ、3か月以上にわたって休業補償給付を停止されているという問題が発生した。

今年4月1日、全国労働安全衛生センター連絡会議として、この問題について緊急の厚生労働省交渉を実施した。その際の厚生労働省の回答は、「長期にわたり継続する症状について、それが新型コロナ感染症によるもので、療養の必要性があれば、労災保険給付の対象になる」としつつ、「療養状況に変化があれば、支給を止めて調査する」という一般論に逃げるものであった。

どのような場合に「療養状況の変化があった」とみなすのか、という質問に対しては、「ケースバイケースだ」という曖昧な回答であった。こんなことでは、何がきっかけで支給を止められるのかわからず、労災認定を受けた患者の方が安心して療養生活を送ることができない。

今回の開示資料では、こうした継続する症状について労災補償上どのように対応するのかを示す資料はまったくなかった。また、厚生労働省交渉の場で、この問題について方針を策定しているのかと質問したが、とくに方針や指針は作っていないとの回答だった。

愛知県の上記の事案については、厚生労働省交渉の後に、休業補償の支給が再開された。つまり、継続する症状で療養中の方について労災補償が支給されることが確認された。しかし、休業補償給付が途中で止められるという同様の事案が他にも発生しており、問題は解決していない。

現在、第4波と言われる感染拡大の中で、職場での集団感染事例もさらに多発している。新型コロナウイルス感染症に苦しむ労働者について、労災補償がしっかり行われるように、労働運動全体で取り組みを進めていく必要がある。

関連資料
情報公開で明らかになった「新型コロナウイルス感染症の労災保険給付請求に係る調査等に当たっての留意点」/「調査要領」(令和2(2020)年5月1日付け業病認定対策室長補佐事務連絡)
情報公開で明らかになった「『新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて』に関するQ&A」(令和2(2020)年5月22日版 職業病認定対策室)
情報公開で明らかになった「新型コロナウイルス感染症疑い(PCR検査陰性)事案の当面の取扱いについて」(令和2(2020)年10月20日 職業病認定対策室)

(安全センター情報2021年6月号)

[関連情報の御案内]コロナ労災:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の労災補償について