「メリット制」の今後について考える懇談会/日本労働弁護団・過労死弁護団全国連絡会議

廃止するか抜本的見直しが必要

2024年1月30日東京・連合会館で、日本労働弁護団と過労死弁護団全国連絡会議の主催により、「労災保険『メリット制』の今後について考える懇談会」が開催された。開催の趣旨は以下のとおり。

「特定[メリット制適用]事業主による労災支給決定の取消訴訟の原告適格を認めた東京高裁判決(東京高判令11.29)があります。これに対応して、厚生労働省は、労災保険料の決定を争う場面において支給決定の適法性を争うことができるようにする一方で、支給決定それ自体を争えないという取り扱いとしました。この問題が拡大しないよう、高裁判決を批判するとともに、メリット制の在り方を再考するためにシンポジウムを開催するものです。」
当日の配布資料は以下からダウンロードできる。
https://roudou-bengodan.org/topics/12716/

懇談会は、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事の川人博弁護士の開会あいさつではじまり、日本労働弁護団事務局次長/過労死弁護団全国連絡会議事務局の山岡遙平弁護士から基調報告、日本労働弁護団常任幹事の嶋﨑量弁護士からあんしん財団事件の報告が行われた。
一方で、趣旨にある東京高裁判決が特定事業主の原告適格を認めたあんしん財団事件が最高裁にかかっていて、いつ、どのような決定がなされるか予断を許さない状況が続いていることが、今回の懇談会開催の背景にあり、最高裁で負けられないということが強調された。山岡遙平弁護士は、特定事業主の行政訴訟への補助参加を認めたレンゴー事件の最高裁判決(2001年)にもふれた。
他方で、基調報告では、メリット制の問題点として、①労災に労働者と事業主の対立を持ち込む、②労災隠しのきっかけととなる、③労災防止努力と必ずしも結びついていない、④小規模事業主との間の不公平を生じる、⑤政策の恣意をゆるし安定性にかける、と指摘され、嶋﨑弁護士は、使用者の異議申し立ての実害として、①労使紛争での悪用(スラップの手段)、②被災者の生活を破壊、③労働者の精神的苦痛、④労働者が労災申請をためらう事態、等を指摘した。
続いて、全国労働安全衛生センター連絡会議を代表して、神奈川労災職業病センター専務理事で、コミュニティユニオン全国ネットワーク事務局長でもある川本浩之氏が発言。相談の現場から実感している、労災申請の妨げになっている企業や医療機関の姿勢とその理由にふれ、メリット制を批判したうえで、企業が労災予防対策に取り組む他の実効性のあるインセンティブの重要性を強調した。また、被災者側が業務外決定取り消しを求める行政訴訟に、メリット制適用企業が補助参加して、いわば大企業と労働基準監督署が結託して労災認定に反対するような事態が生じていることも大きな問題であると指摘した。
全労働省労働組合顧問の森崎巌氏は、趣旨でふれられた、厚生労働省が労災保険料の決定を争う場面において支給決定の適法性を争うことができるようにした新通達が労働基準監督署の現場に影響を与えている様子はまだないが、長期的な影響はわからないとしたが、事業主の非協力姿勢が強まる可能性等を指摘した。また、迅速公平に、第三者である行政が認定を行い、法律に個々の労使が対立せずに支援するよう求める条文もある労災保険の基本構造とメリット制は整合しない、この際見直しの検討が必要であるとした。
過労死弁護団全国連絡会議幹事長の玉木一成弁護士は、あんしん財団事件やレンゴー事件等の判決が、特定事業主が不利益を受ける「おそれがある」「おそれが生じる」と連発していることを指摘。被災者が認定によっても安心できなかったり、長期間裁判にふりまわされるようにしてはならないと強調しつつ、事業主が了解ないし認識していたものしか労働時間として算定しないなど、現に過労死等の労災認定で生じている問題点にもふれながら、最高裁で東京高裁判決を確定させないことに全力を注ぐと話した。
全国過労死を考える家族の会代表世話人の寺西笑子氏は、最高裁に上申書を提出し、また、過労死等の防止について考える議員連盟の役員会でも報告したことなども紹介しつつ、東京高裁判決は絶対確定させてはならないと訴えた。
最後に日本労働弁護団幹事長の佐々木亮弁護士が閉会あいさつを行い、あらためて最高裁では負けられないと強調するとともに、「メリット制」は廃止するか抜本的見直しが必要とまとめた。

阿部知子衆議院議員「労災保険に関する事業主の不服申し立て及びメリット制、審査請求・訴訟の件数などについての質問」に対する厚生労働省労働基準局の回答/2023年6月16日

※回答は直近5年間の件数のみにとどまっている。

  1. 都道府県労働基準局長が行った事業主に対する労働保険料認定決定(原処分)に対して、決定を受けた事業主(メリット制適用事業主)が行った、厚生労働大臣に対する審査請求の件数
    →平成30年度0件、令和元年度0件、令和2年度1件、令和3年度0件、令和4年度1件
    ※労働保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号)第12条第3項又は第20条の適用事業主が行った、認定決定処分(継続事業)又は改定確定保険料決処分(有期事業)に対する審査請求の件数をカウントしている。
  2. 都道府県労働基準局長が行った事業主に対する労働保険料認定決定(原処分)に対して、決定を受けた事業主(メリット制適用事業主)が行った、原処分取り消しを求めた行政訴訟の件数
    →平成30年度0件、令和元年度0件、令和2年度0件、令和3年度0件、令和4年度0件
    ※労働保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号)第12条第3項又は第20条の適用事業主が行った、認定決定処分(継続事業)又は改定確定保険料決処分(有期事業)に対する審査請求の件数をカウントしている。
  3. 労働基準監督署長が行った被災労働者等に対する労災保険給付の支給決定処分(原処分)に関して、事業主(メリット制適用事業主)がその支給決定(原処分)の取り消しを求めた行政訴訟の件数
    →平成30年度2件、令和元年度1件、令和2年度1件、令和3年度1件、令和4年度2件
    ※令和4年度末現在。
  4. ① 労働基準監督署長が行った被災労働者等に対する労災保険給付の不支給決定処分(原処分)に関して、被災労働者等がその不支給決定(原処分)の取り消しを求めた行政訴訟の件数
    →平成30年度80件、令和元年度71件、令和2年度96件、令和3年度114件、令和4年度118件
    ※令和4年度末現在。
    ② ①のうち、事業主(メリット制適用事業主)が国を補助するためその行政訴訟に参加した件数と、その事業主名
    →把握しておりません。

宮本徹衆議院議員「労災保険のメリット制に関する質問主意書」に対する政府の答弁(答弁第112号)/2023年6月27日

一について

お尋ねの「使用者側が徹底的に争う可能性が生まれることから、労働者がそれを避けたい心理から労災請求自体を躊躇」する「おそれがあるのではないか」の意味するところが必ずしも明らかではないが、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づく保険給付の支給の決定又は不支給の決定(以下「労災認定」という。)は労働基準監督署長が労働者等に対して行っているものであり、事業主は労災認定の取消訴訟の原告適格等を有していないものと解している。また、「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」(令和5年1月31日付け基発0131第2号厚生労働省労働基準局長通達)において、「労働保険料認定決定取消等請求訴訟判決後の労働基準監督署における労災支給処分の取扱い」に関して、「労働保険料認定決定を取り消す等の判決が確定したとしても、そのことを理由に当該判決の理由中で支給要件非該当性が認められた労災支給処分を行った労働基準監督署が同処分を取り消すことはしない」としているところである。
お尋ねの「労災認定にあたって事業主が協力しなかったりする(労災保険法施行規則第23条の助力義務の不履行)」「おそれがあるのではないか」については、労災保険法第46条の規定において、行政庁が事業主等に対し、労災保険法の施行に関し必要な報告、文書の提出又は出頭を命ずることができることとされており、また労災保険法第51条の規定において、当該命令に事業主等が違反した場合の罰則が設けられており、適切に履行の確保の措置が講じられていると考えている。
また、お尋ねの「調査官が委縮し、不服申立がなされないよう、労災認定に際して、必要以上に謙抑的になる可能性があるのではないか」の意味するところが必ずしも明らかではないが、いずれにしても、労災認定は、労働基準監督署長が労災保険法等に基づき適切に判断するものである。

二について

お尋ねの「メリット制が労災かくしを誘発するという懸念」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難であるが、事業者は、労働災害等により労働者が死亡し、又は休業した場合には、労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第97条第1項及び第2項の規定に基づく労働者死傷病報告(以下単に「労働者死傷病報告」という。)を提出することとなっており、政府としては、監督指導、集団指導等を通じ、労働者死傷病報告の提出を行うよう事業者に対し指導を徹底するとともに、労働者死傷病報告を提出しない事業者及び虚偽の内容を記載して提出する事業者の把握に努める等の施策を講じているところである。

三について

御指摘の「災害防止効果のエビデンス」及び「メリット制の効果」の意味するところが必ずしも明らかではないが、昭和22年に労働者災害補償保険制度が施行されて以降、労働者数に占める労働者災害補償保険の新規受給者数の割合(以下「新規受給者割合」という。)は増加傾向にあったが、メリット制が適用された昭和26年度から昭和28年度までの新規受給者割合は大きく減少したところである。また、昭和51年度及び昭和55年度にメリット制による労災保険率を引き上げ又は引き下げる率の範囲を拡大したが、この後、新規受給者割合は一定程度減少したところである。加えて、厚生労働省が平成16年に開催した「労災保険料率の設定に関する検討会」の資料「労災保険のメリット制に関する事業主の意識調査結果の概要」において、「メリット制の適用を受けたことがある」と答えた事業主の約8割は、「災害防止意識」の質問について「是非実施しようと思った」と回答している。

四について

令和3年度において、労災保険法が適用されている事業場数に対するメリット制が適用された事業場数の比率は、5パーセントとなっており、また、同年度においてメリット制が適用された事業場の労災保険料の総額は、当該事業場に、メリット制が適用されなかったとした場合に事業主が支払うべき労災保険料の総額を1,500億円程度下回るものと試算している。また、「メリット制を廃止し、その割引額を全事業に適用される労働保険料の引き下げに当てれば、どれだけの労災保険料の引き下げが可能となるか」とのお尋ねについては、労災保険率は業種ごとに設定されており、全事業場に一律に適用されるものではなく、「全事業に適用される労働保険料」の意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難である。

安全センター情報2024年4月号