手根管症候群の業務上認定裁判で、発症までの期間を限定しないで労災と認める画期的判決!!
宇土博
(友和クリニック)
目次
要 約
2022年5月30日、手根管症候群の裁判で、2か月半の短期従事期間での労災認定という画期的な判決が行われた。現行の上肢障害の認定基準は、6か月以上の従事期間後に発症したものを認定という「従事期間の限定」の大きな障壁を今回の判決は撤回させた。現行の国の「上肢障害の認定基準」の見直しを迫るものだ。
「一般的には6か月程度以上のもの」とした昭和50年の上肢障害の労災認定通達に対し、日本産業衛生学会・頸肩腕障害研究会は、「作業期間について、通達は「一般的には6か月程度以上」とし、「作業不なれから来る単なる疲労」を除いている。しかし、作業の教育訓練や適正配置などの配慮がないために、作業従事期間が6か月未満でも頸肩腕障害が多発している実例が少なくない現状で、このような枠をはめることは誤りである。
現に、そのことだけを理由にして業務外とする判定が現われている。したがって、作業内容、労働条件、訓練教育、作業者の健康などに応じて期間には幅を持たせるべきである。」と批判している。
今回の判決は、こうした労災認定基準への批判を認めたものである。
今回の判決の要点は、
1)短期の発症を認定したことに加え、
2)国側の中国労災病院・整形外科の笹重副院長の「多くの手根管症候群は、原因不明で閉経による女性ホルモンの低下が背景にある」という論拠くつがえし、プレス作業という過重な手指作業が原因と認めさせたこと、
3)米国の手根管症候群の年間労災認定者は約3万人に対し、日本のそれはわずか4人という低い認定率の問題を指摘したこと、
4)同僚に比して、作業量が少ないという国側の主張に対して、写真2示す起動ボタンが固い旧型プレス機をUさんが集中的に使用した、手指に対する負担が同僚に比して大きいことを立証したこと(監督署の作業の中身を検討しない単に作業回数を比較するという粗雑な調査の問題を指摘した。)
5)Uさんの治療期間が長期に及ぶのは他の原因があるという国の主張に対して、「手根管症候群は、神経の障害を引き起こし、激しい痛みを我慢して継続した場合、疼痛刺激により「脊髄」に痛みが記憶されることは医学的常識であるとして、国の主張が否定された。
1. 発症の経緯
日系ブラジル女性のUさんは、人材派遣会社に雇用され、平成28年(2016年)2月15日から4月28日まで派遣先の工場(広島の海田町にある、自動車部品の加工を行う株式会社ロジコム)で写真1に示すプレス機のオペレーターとして勤務していたところ、勤務中に4kgもの強い力でプレス機のボタンを1日3,000回~5,000回繰り返し両母指で押下したことにより、両手根管症候群という、手首の神経を圧迫し、母指から薬指までに強い痛みと痺れがでる職業病を発症した。
仕事を始めて、1週間くらいしてから、両手の第1指、2指の痛みが強くなり、痛みで目覚め、両第1~4指が痺れる症状が出る。そのため、同年5月6日、近所の整形外科受診し、手根管症候群と診断され休業する。しかし、症状が改善しないため、知人の紹介で、同年5月12日に当院を受診し、手根管症候群、両母指関節症の診断で休業治療を開始する。
広島労基署に労災申請すると、監督署は「発症までの期間が2か月半と短いこと」から「体質的なもの」で、業務起因性がないとし業務外の決定をした。これを不服として広島労働局に審査請求を起こすが、これが却下された。国に再審査請求を起こすが、これも却下されたため、2018年に、決定の取り消しを求める裁判を起こした。裁判は、4年間にわたり争われ、今年2022年5月30日に、「監督署の業務外の決定は、誤りである」として、その取り消しが認められ、業務上疾病として認定された。
2. 手根管症候群の原因とプレス作業
手根管症候群の発症原因としては、①指に強い力をかけて手根部の内圧が増加する、②反復動作が多い、③手関節の屈曲(偏位)が強い場合が挙げられる。
この3つの要因は、手首のトンネルを狭める要因であり、正中神経を圧迫する原因になる。プレス作業を、これらの原因をいずれも満たす手首に負担が大きな作業である。
プレス作業は強い圧力で作動する危険作業で、プレス部に手を入れたまま加圧すると手を挫滅する重大災害を起こすため、誤って作動中に加圧部に手を入れるのを防ぐため、必ず両手で加圧部外側にある起動スイッチを押す「両手押し」操作を行う。また、スイッチが、誤作動しないよう、起動ボタンは、金属の輪っかで囲ってあり、スイッチの作動圧を2kgと大きくしてある。写真2、3に示すように、輪っかの直径が6㎝と狭いため、掌(てのひら)でボタンが押せず、素早く操作するために親指一本で強く押して起動する。親指を伸ばして押すために、手首を小指側に30度以上曲げて押す。また、また、上司より作業を急いでするように指示されているために、起動ボタンを最小起動力の2.2kgの約2倍の4kg以上の力で押すために、親指に荷重がかかり、手根管症候群の発症の原因となる。
Uさんは、こうした作業を1日3,000回、多い日に5,000回を超える繰り返しを行っている。そのため、1日3,000本の処理で、親指にかかる累積荷重は、1回4kgの荷重とすると、1本の親指に12トンもの過大な荷重がかかることになる。
図1に示すように、起動ボタンを押す時に、手首を小指側に30度以上曲げて4kgの強い力で押し操作をするために、手首が小指側に屈曲して、手のひら側の手首のトンネル状の手根管と言う管をとおり、親指~薬指を支配する正中神経を圧迫し、炎症や麻痺を起こす。この正中神経の圧迫で起こる職業病を「手根管症候群」と言う。
重症化すると、写真4に示すような手首の切開手術を行う例も多くあり、深刻な職業病である。
3. 現場で多発する手根管症候群
1) 米国の手根管症候群の全国調査結果
手根管症候群は、現場で多発する疾患であるが、あまり知られていない。欧米のデータでは成人人口の数%(1.6%)いるとされ見過ごせない疾患である。
アメリカでは、1980年代に手根管症候群が多発したために、抽出された労働者を対象に、手根管症候群の有病率と職業関連性を評価するために、1988年の国民保健インタビュー調査(NHIS)が行われた。
その結果、調査に先立つ12か月の間に就労した、1億2700万人の就労中の労働者で、自己申告手根管症候群は、1.47%、187万人、そのうち、医療機関で手根管症候群と診断された人は、0.53%、67万5000人であった。非就労者を含む1億7730万人では、1.55%、自己申告手根管症候群は、274万人であった。このように、アメリカでは、手根管症候群が多発している。
このデータから、2020年の日本の労働力人口6868万人(15歳以上の人口から非労働力人口(通学者、家事従事者、病気・老齢で働けない者)を差し引いた人口)に当てはめると、自己申告手根管症候群は、100.9万人、医療機関受診手根管症候群は、36.4万人と推定される。
アメリカの医療機関を受診した患者の50%が職業性であると医師から診断されている。
2) 米国と日本の手根管症候群の労災認定件数の比較
米国での手根管症候群の労災認定件数は、1996年に全米で29,937件である、ほぼ同時期のわが国の手根管症候群の労災認定件数は、わずか4件に過ぎない、(1997年の頸肩腕症候群の専門家委員会報告書)日米の労働人口の差(米国:日本 1:0.39)を考慮しても、米国の2,899分の1という認定率の低さは顕著である。
このように、わが国では、職場で手根管症候群を発症しても、ほとんど労災申請されないし、認定されないという現状にある。これは、現在でもほぼ同様である。
表1~表3は、米国の手根管症候群の労災認定者の性別、年齢別および職種別の内訳を示したものである。女性が70%と男女比は男性:女性=1:2.26であり、女性が2倍以上多くなっている。年齢別では、働き盛りの35歳~44歳が33.7%とピークで、閉経後の55歳以降では、13.4%と少ない。職業別では、反復作業の機械操作、組み立て、肉体労働者が40.4%と多く、技術職、販売員、管理助手が32.8%、精密加工、工芸、修理の12.7%、介護医療などのサービス業が7.9%であった。
わが国で、なぜこのように手根管症候群の認定者が少ない理由として、裁判の中で明らかになった。労災災病院の笹重元副院長が今回の裁判で主張したように、彼は、女性の手根管症候群は、「閉経による女性ホルモンの低下」が原因であり、職業的な負担が原因ではないという考えを固く信じているためである。そのため、職業病という認識がまったくなく、労災申請をしないためである。
表4は、平成24年(2012年)、25年(2013年)の全国労災病院での手根管症候群の入院患者総数と労災認定者数を示したものである。おそらく、多くは手術をした事例と考えられる。2年間の総患者数は853人であるが、このうち、労災認定をしたのは、わずか4例、0.5%である。つまり、1000人の患者で5名しか労災申請をしていないという現状である。
これでは、労災認定がされるわけがないません。
今回の判決は、こうした「閉経による手根管症候群の発症」論の根拠がないことを示す画期的なものである。
4. 手根管症候群と閉経の関係
労災病院医師から、手根管症候群は、女性の場合、多くは閉経による女性ホルモンの低下が原因であり、職業性の要因は低いとの主張が述べられた。この点は、多くの整形外科の成書にも記載され、労災申請を阻害する大きな要素になっている。この点は今回の裁判での最大の焦点のひとつであるため、少し詳しく述べる。
こうした背景になっているのは、1)手根管症候群の発症における男女の差が1:3ていどあり、女性に多発していること、2)妊娠後期に発症することが多いこと、および閉経期以降に発症しやすいことが指摘されており、これが、女性ホルモン低下説の背景にある。
これに対する反論は以下のとおりである。
1) 閉経は自然現象であり、閉経を原因とするならば、女性の過半が手根管症候群を発症することになるが、一般的に成人における手根管症候群の有病率は数%程度と報告されていることから、そういう事実は認められない。また、男性にも発症することを説明できない。この点については、今回の裁判でも認められた。
2) 先に述べた米国の調査によると、女性の就業者の年齢別の手根管症候群の発症率は、最初の有病率のピークは、図2に示すように、働き盛りの35~44歳であり、閉経年代の50歳代がピークではなく、閉経説の事実とは異なっている。
3) 手根管症候群に対する男女差の原因についての論文
女性にCTSが多発しているのは、職場で女性に手指の反復作業が集中しやすいためであると考えている。この点に関連する米国労働省労働統計局の資料を基にしたメリーランド大学産業保健プロジェクトおよび米国労働省労働統計局の研究者による共同研究として米国のCTSの男女差に関する論文が公表されている。これにより男女差の生じる原因が明らかにされているので紹介する。今回の裁判では、この論文を追加意見書として述べた。
文献1. Male and Female Rate Differences in Carpal Tunnel Syndrome Injuries: Personal Attributes or Job Tasks?
Melissa McDiarmid, Marc Oliver, John Ruser,* and Pat Gucer Environmental Research Section A 83, 23)32(2000)
手根管症候群損傷における男性と女性の発症率の違い:個人属性によるものか職務の作業内容によるものか?
メリーランド大学産業保健プロジェクト、*米国労働省労働統計局
要約は以下のとおりである。
論文の問題意識と結果
- 手根管症候群(CTS)は、アメリカの労働者の健康と生産性に重大な犠牲を強いている。
- 1996年に、CTSにより休業した労働者は29,937人に上る。全負傷・疾患の休業日数の中央値は5日であるのに対し、29,937人のうち半数の休業日数は25日以上に上っている。
- CTS発症率には著しい男女差がある。全体として、CTSの罹患者数は、女性が男性の3倍に達している。
- 研究者の中には、このリスクの偏りに性属性の関与を強調するものもいるが、CTSが多様な因子に起因するものであること、女性であるということでリスクの高い作業を伴う職務に女性が追いやられることによって、CTSリスクへの作業に関連した寄与が覆い隠されている可能性がある。
- 著者らは、作業内容が同じ場合、男性と女性のCTSの発症率が同じであることを論証している。
- この論証のために、6つのCTS高リスク職種、(1)組立作業者、(2)非建設労働者、(3)包装・充填機械作業者、(4)清掃作業者・洗浄作業者、(5)食肉処理作業者・食肉切断作業者、(6)データ入力作業者における男女それぞれのCTSの発症率を決定した。リスクの高い6つの職種のうち5つの職種が異なる作業内容から構成されている。
そのうち、5つの職種((1)組立作業者、(2)非建設労働者、(3)包装・充填機械作業者、(4)清掃作業者・洗浄作業者、(5)食肉処理作業者・食肉切断作業者)における男性対女性(M:F)リスク率比(risk rate ratio)は、0.29から0.50の範囲に及んでいる。
しかし、単一の身体的作業内容が必要とされる6番目の職種であるデータ入力作業者の場合、リスク率比は1.06であった。 - このことは、職務の作業内容(曝露)が本当に類似している場合、性別間の等しいリスクが本当はほぼ同じであることを示唆している。
- 職務の作業内容分析から、偏ったCTS発症率の原因を誤って性属性に求めるバイアス(偏見)の存在が明らかになる。
- 性属性にばかり着目するこのバイアス(偏見)は、職場での予防的介入を先延ばしにする結果を招き、すべての労働者の利益に反するものである。
- CTSのリスクが高い職務で働く女性の数が偏っており、このバイアス(偏見)は、それだけ女性に不当に不利益を被らせている。
この要約に明らかなように、この論文の綿密な調査によって、従来、性差(閉経による女性ホルモン低下)と安易に考えられてきた女性のCTSの高罹患率の原因が、単にCTSの高罹患職種に女性が偏って配置されてきたことによることが明確に示されている。明らかに、偏見に基づくものであることが明らかである。
とくに重要な点は、この論文の以下の記載で明らかである。
訳文 p3 13行目より
女性は男性よりもCTSを発症する可能性が3倍高い(表2参照)。この過剰の原因をホルモン状態などの性属性に求める研究者もいれば、職場での暴露に原因を求める研究者もいる。
BLS(労働統計局)から報告された統計は、一貫して女性労働者のCTSの発症率が高いことを示しており、この性別原因論は意外なことではない。しかし、これから見ていくように、女性は細かで反復的な作業内容の比重が大きくなるにつれて、暴露が大きくなる(細かな作業内容に女性が集積する)。したがって、性別と曝露を切り離すことが重要である。これは、女性が細やかな作業に集積しやすいために、男女で同じ(反復的な作業)暴露の人のCTSの罹患率を比べる必要があることを述べている。男女の正確な職務分析(反復作業による曝露量の分析)をせず、大雑把な職種区分内で男女のCTS罹患率を比べると、反復的作業に多く配置される女性に罹患率が高くなり、これが男女間の罹患率の差即ち「性差」として間違って評価されることになるからである。
この方向(男女と曝露を切り離すこと)でいくつかの措置が講じられている。
Punnettら(1999)は、5件の研究をレビューし、(職業)曝露をビデオディスプレイ端末(VDT)作業に限定して手首の筋骨格系障害の症状を性別に調べた。
Punnettらは、6件の研究の内4件で女性のリスクの増加はみられなかったと報告している。VDT作業内容がルーチン化され、性別によって作業内容が限定される機会がほとんどない場合、女性における(CTS罹患率の)過剰はなくなる。(Bergqvist, 1995)。
職場での負傷データが効率的に収集されているワシントン州では、労働時間調整後の、女性の職業性CTSの発症率は男性の職業性CTS率(1.2:1)に近い(Franklinetal., 1991).まとめると、これらの調査結果は、仕事の作業内容の暴露が正確に把握されている場合、性別によるCTSの発生率の差が小さくなることを示唆している。
このように、作業内容の暴露を正確に把握するほど、CTS罹患率の男女差がなくなることを示している。したがって、作業内容に対する大雑把で不正確な調査のために、反復作業へ女性が集積しその曝露が多くCTSに罹患しやすいことが無視されると、罹患率の差の原因が誤って性差に帰されることを明確に示していると言えよう。
これはわれわれが、主張してきたことを明確に裏付けるものである。性差によってCTSの罹患率に大きな差があると言うのは、事実に基づかない偏見であると言える。
これに対して、データ入力作業以外の5つのCTS高リスク職種、(1)組立作業者、(2)非建設労働者、(3)包装・充填機械作業者、(4)清掃作業者・洗浄作業者、(5)食肉処理作業者・食肉切断作業者では、5つの職種が異なる作業内容から構成されている。
訳文 p3 下から4行目から
(労働統計局の職種分類は)1990年国勢調査の職種コードを用いて職種名レベルで分類されている。この分類方法では、多くの職務名が1つの職種名に一括される。通常、1つの職務名にはさまざまな作業内容が含まれる。その結果、1つの職種名の中でも曝露には大きな幅が出てくる。職種レベルで発症率に性差があっても、ほとんどの職種内で、やはり女性の方が男性よりもCTS発症率が高いと予想する理由がある。これは、男性よりも女性の方が細かな作業を行い、しかも、その作業は多くの場合、指の器用さを必要とする反復的な動きからなることが多く、女性の作業の方が男性の作業よりも軽作業で、それだけ必要となる力が小さくてすむからである(Bielby et al., 1986; Messing et al., 1998)。性別による作業内容の違いというこの現象は、女性をさまざまな、そして、多くの場合より高いCTSリスクに曝露させる。性別による作業内容の差が発生する機会は、研究のために選んだ6つの高CTSリスクの職種のうち(データ入力作業以外の)5つの職種に存在する。
と述べている。
P4 上から14行目から
それぞれの職務内における作業内容の変動性を示すエビデンス
1990年の職種名基準に従った場合「食肉処理者・食肉切断作業者」に分類されると思われる職務で女性が占める割合は19%である。しかし、ある大規模なスーパーマーケットチェーンのデータによれば、この作業がデリカウンター(肉の陳列・販売コーナー)の後ろで行われている場合、84%が女性であるが、この作業が大きな肉片を切り分ける作業である場合、女性が占める割合は3%に過ぎない(Bielby, 1995)。家禽加工工場では、「食肉処理者・食肉切断作業者」のうち女性が占める割合は42%であるが、と殺作業は男性がほとんどであり、女性に比べ大きな道具を使用し、また、動き回る自由度も大きい。一方、女性は男性に比べ、内臓を取り出し、鳥を切り刻む作業、素早い反復運動を使いた静止状態での作業、はさみなどの小さな道具を使用する作業に従事する傾向が見られる(Mergleretal., 1987)。と述べている。
これは、「食肉処理者・食肉切断作業者」の大分類では、男女の作業の内容が区別されないことを示している。この作業全体では、女性の割合は2割であるが、大きく肉片を切り分ける粗大作業では、男性が97%を占め、女性はわずか3%に過ぎない。一方、精肉の陳列、販売作業で手指の反復作業が多い「肉を細かく刻む作業やパック作業」は、女性の割合が84%で、男性は16%に過ぎない。このように、男女の有病率の差を述べる場合は、おおざっぱな職種分類では、作業の内容を細かく分類する必要があることを強調している。
このように、米国の労働省に論文は、職場での手根管症候群の発症率の差は男女の性差ではなく、作業内容の差に由来することを明確に指摘している。
このように、男女差の主要な原因は、作業負担の違いであり、女性ホルモンの低下などの性差ではないと言えよう。
4) 閉経との関連について私見
それでは、一般人口における閉経後の手根管症候群が多いという議論について意見を述べる。閉経年齢は50代とされているが、家庭の主婦を対象にその上肢負担という観点から考えると、以下のように言える。この年代の家庭の主婦において、上肢の負担が大きな重量負荷は、介護と孫の育児であろう。この年齢は、初孫の生まれる時期の相当する。ある報告では、初孫が生まれる女性の平均年齢は、1990年では、女性57.6歳,2003年では、61.0歳と報告されている。表5に示すように、孫の体重が0歳から3歳で、8kg~14.7kgと重く、これを抱くことでの手首の負担は大きいと考えられる。また、ある調査では親の介護をした人の開始年齢は、45~54歳の世代が最多の35.9%で、45歳以上全体では、65.4%であり、閉経前後から親の介護や孫の育児負担が増えることがわかる。
家事労働の観点からみると、この年代はきわめて負担が集中しやすいと考えられ、女性ホルモン低下という生物的な要因に原因を求めるよりは、手根管症候群の機械的な原因を考慮する方が正しいと考える。医学は、とかく短絡的に生体の内部に原因を求める傾向があるが、これは誤りであり、生体要因と環境要因をバランスよく検討する必要がある。
最後に、妊娠中後期から、軽度の手根管症候群を来しやすい点について述べる。妊娠後期は体重の増加・平均7kg程度とされる、が見られる。もし過剰に体重が増加した場合には、これを起立時に支えるなどで手首を屈曲して体重をかけたり、握り棒を強く握りなどが繰り返されることが考えられる。また、授乳期には子供の頭を支えるために手首に過大な負担がかかりやすい。手根管症候群が生じやすいことが報告されている。われわれは、こうした手首に対する負担を避けることが重要であると考えている。
過度な手根管症候群の要因になるとことが指摘されていることからも、こうした見解は妥当であると考える。ただし、妊娠にともなうCTSは、一過性のものであり、職業性のものとは異なり、軽度にとどまると思料される。
現在、一部の研究者の間で、手根管症候群の予防に女性ホルモンを投与するということが検討されているが、これは、職場や生活上の負担を無視した誤った対策であると思料される。
6. 今回の判決の今後への手根管症候群認定への影響
米国のデータから、わが国でも、自己申告の手根管症候群の発症は、年間101万人、医療機関受診手根管症候群は、36万人と推定される。このように多発している職業病が、「閉経による女性ホルモンの低下が手根管症候群の原因」という誤った考え方を背景に、ほとんど労災申請されていない。今回の判決は、これをくつがえすものであり、この判決を広く周知させ、労災申請や認定を促進させる必要がある。
安全センター情報2022年8月号