違反事業場率は増加傾向、多いのは安全基準と労働時間-労働基準監督実施状況データと全労働の提言(安全センター情報2021年5月号特集)

監督の実施状況等の推移

厚生労働省は、平成25(2013)年版以降の「労働基準監督年報」を、そのウエブサイト上で提供するようになっている(平成30(2018)年版まで)。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/kantoku01/

一方、全国安全センターでは、1991~2012年版の労働基準監督年報を独自に取りそろえているので、両者から、わが国における労働基準監督の状況をみてみたい。

労働基準監督年報から抽出した、監督の実施等の状況に関するデータを、表1~5に示した。

表1と表2は、監督実施状況及び送検状況で、図1は、そこから得られるいくつかの主要な指標をグラフにしたものである。定期監督違反事業場率、申告監督違反事業場率、申告監督/合計監督(率)及び起訴率は各々そのままの数字だが、労働基準監督官数、合計(定期監督+申告監督+再監督)監督実施事業場数及び送検数は、1991年の数を100%とした指数で示している。

合計監督実施事業場数は、1991年(実数158,662)を100%とすると、1995年(202,911)の127.9%まで増加した後、2009年(146,860)の92.6%まで減少、2010~2013年(平均175,430)が110%前後、2014~2018年(平均169,140)が105~107%という状況である(1991~2018年の平均173,394)。

なお、図表には示していないが、事業所統計調査報告(総務省統計局)より作成したとされる労働基準法適用事業場数は、1991年4,354,576から2018年4,120,804へと、5.4.%の減少、労働基準法適用労働者数は、50,175,673人から52,935,178人へと、5.5%増加している。適用事業場数に対する合計監督実施事業場数の割合は、1991年が3.6%、2018年が4.1%ということになる。

また、やはり図には示していないが、定期監督実施事業場数は、合計監督実施事業場数と同様の推移を示している。一方、再監督実施事業場数は、9,454(1997年)~14,226(2013年)の範囲内で、定期監督実施事業場数に対する再監督実施率でみると、7.1%(1993年)~10.9%(2014年)、2014年以降、2018年の9.5%までやや減少している。

図に合計監督実施事業場数に対する申告監督実施事業場数の割合(申告監督/合計監督)を示してあるが、申告監督実施事業場数は、1991年の8,743から2009年の36,444まで増加した後、2013年の23,408まで減少、以降微減傾向である。

定期監督違反事業場率は、ゆるやかな増加傾向がみられるように思われ、1991年56.9%だったものが、2018年68.2%となっている。

それに対して、申告監督違反事業場率は、70%前後(68.0%(2018年)~74.0%(2013年))の範囲に収まる横ばい状態である(2017年、2018年は、続けて微減している)。

送検数は、1991年を100%とすると、1992年を除き、1993~2008年は100%超であったが(最大は2000年の116.6%)、以後2016年の74.9%まで減少傾向が続いた後、2017年と2018年は75.4%と、減少傾向がめだっている。実数では、1991年1,188件、2000年1,385件、2016年890件、2017年と2018年はともに896件である。

起訴率は、1991年の58.7%から、ゆるやかな減少傾向がみられるように思われ、2009~2018年は40%前後(38.6%(2018年)~42.6%(2016年)の範囲)で推移している。

1991~2018年の累計起訴数が16,614件のところ、裁判の結果は、懲役31件、罰金(正式)253件、罰金(略式)13,223件、無罪7件(以上合計で13,514件)となっている。

監督官数のデータに問題あり

実は、監督の実施等の状況と労働基準監督官数の推移を対比して示すことで何か見えてこないかと考えたのだが、労働基準監督官数のデータに以下のような問題があることがわかった。

労働基準監督官数について労働基準監督年報は、平成27(2015)年版まで「職員の定数」として「全国の労働基準監督官数」を本省(40人)、都道府県労働局(710人)、労働基準監督署(3,219人)別と合計数(3,969人、前年度比15人増)で示していた。しかし、平成28(2016)年版以降、「労働基準監督署の労働基準監督官の定員」として「平成28年度の全国の労働基準監督官数は2,923人となり前年度に比し22人増であった」という記述のみに変わった(数字は平成28年のもの)。この数字は、本省・都道府県労働基準局・労働基準監督署の労働基準監督官の合計数だとのことであるが、記述の変更はともかく、数字に前年との整合性がない。いわゆる「事業仕分け」への対応を含めてより実態に近い数字に変わったものだと言われている。いずれにしろ、「定員数」であって実配置人数でないことにも注意が必要であろう。

実態に即した比較ができないことがわかった一方、近年、労働基準監督官の新規採用はそれなりに増加しているようだ(2016年2,923人、2017年2,978人、2018年2,991人)。

条文別の法違反・申告状況

表3-1と表3-2は、定期監督等実施状況・法違反状況(家内労働法関係除く)で、違反件数が千件を超える年があった条文はほぼ網羅しているが、件数の少ない多数の条文が省略されていることに留意されたい。

労働基準法違反では、多いほうから、労働時間(一般)(32・40条)、割増賃金(37条)、就業規則(89条)、労働条件の明示(15条)、賃金台帳(108条)、賃金不払(23・24条)、休日(一般)(35条)、労働者名簿(107条)、休憩(34条)の順になっている。この順番では最後だが、休憩が増加していることがめだち、賃金台帳も近年増加している。

最低賃金法違反では、最賃効力(4条)だけがあらわれている。

労働安全衛生法違反では、安全基準(20~25条)がもっとも多く、健康診断(66条)、定期自主検査(45条)、作業主任者(14条)、衛生管理者(12条)、注文者(31条)、衛生基準(20~25条)等と続いている。安全基準については、労働安全衛生規則、ボイラー及び圧力容器安全規則、クレーン等安全規則、ゴンドラ安全規則の別、衛生基準・作業環境測定・健康診断については、労働安全衛生規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、四アルキル鉛中毒予防規則、特定化学物質等障害予防規則、石綿障害予防規則、高気圧作業安全衛生規則、電離放射線障害防止規則、除染則、酸素欠乏症等防止規則、事務所衛生基準規則、粉じん障害防止規則の別の件数も示されているが、表3-2では、衛生基準+作業環境測定+健康診断合計件数についてのみ、規則別の件数を示した。

とくにめだつのは、特定化学物質障害予防規則の衛生基準+作業環境測定+健康診断合計件数が2014年以降急増していることだが、これはジクロロメタンなど発がんのおそれのある有機溶剤10物質が有機溶剤中毒予防規則の対象物質から移行したことによるもののようである。ただし、これによって有機溶剤中毒予防規則の衛生基準+作業環境測定+健康診断合計件数がただちに減少していないことにも注目しておきたい。

じん肺法違反では、定期健康診断(8条)があらわれている。

全体でみると、安全基準と労働時間(一般)が一貫して多く、割増賃金、健康診断、賃金台帳、就業規則がそれに続いている。

表4は、申告処理状況(家内労働法関係除く)を示している。これによれば、完結率は80.5%~88.3%の範囲におさまっている。条文は労働基準監督年報に示されているすべてで、賃金不払が圧倒的に多く、次いで解雇である。

監督官アンケートの結果

ところで、全労働省労働組合(全労働)は2020年7月2日に、行政研究レポート(提言)「過重労働の解消に向けた効果的な行政手法と法整備」を公表している。「多様な行政手法を運用する立場にある労働基準監督官に対し、過重労働の解消等に関する従来の行政手法の有効性や新たな行政手法の可能性について尋ねたほか、第一線で法令の施行に従事する監督官に対し、求められる法整備の方向性等について尋ねた」アンケート結果をまとめたものである。
http://www.zenrodo.com/katsudo_event/topic/k00_2006_01.html

労働基準監督全般を取り上げたものではないが、たいへん示唆に富んでいる。

「近年の労働行政の特徴の一つに行政手法の多様化をあげることができる」として、「監督行政は従来、労働基準監督官による計画的な立ち入り調査によって法令違反を発見し、その是正等を指導する手法(臨検監督)や悪質な事業主を対象とした刑事処分(送検)等の手法を中心に運営されてきたが、近年では、

① 企業名公表制度(「過労死等ゼロ」緊急対策、2016年12月)
② 労働基準監督署(監督部署)への「労働時間相談・支援班」の設置(2018年4月)
③ 時間外労働等改善助成金(勤務間インターバル導入コース等)(同年4月)
などの新たな手法が相次いで取り入れられている(ただし、③の名称は2020年度以降、「働き方改革推進支援助成金」)」と紹介している。

これに対して、「今後、重視・拡充すべき有効な行政手法」を尋ねたところ(複数回答可)、「臨検監督」(66%)、「司法処分(司法警察権の行使)」(45%)、「企業名公表」(25%)、「集合監督」(23%)、「集合指導」(23%)、が上位を占めた。

これを受けて報告書は、臨検監督、申告処理の現状と課題を、また、他の行政手法についても、監督行政における拡充または導入の可能性等を考察している。

臨検監督上の課題・悩みとしては、「付表作成やシステム入力等の事後措置が複雑化している」(71%)、「指摘事項(違反事項等)がなかなか是正・改善されず、苦労している」(50%)、「指導内容より計画件数を達成することが重視されている(件数主義)と感じる」(50%)、「官用車の配置数や旅費が不十分である」(48%)、「一件あたりの計画業務量(人日)が過少で、十分な調査ができない(43%)」、「トラブル等から身を守る安全対策がほとんどない」(38%)といった回答が上位を占めた。

報告書は、「現状は真に必要な監督指導を難しくするほど要領・マニュアルの『細密化』が進み、当該要領・マニュアルを少しでも逸脱することが行政内部で『マイナス評価』に結びつくような傾向まで生じている。付表作成、復命書作成といった内向きの作業自体が『目的化』していくなら、由々しき事態である」。また、「行政運営に件数主義が浸透し、一件あたりの業務量が過少に見積もられた監督指導業務計画が真に必要な監督指導に必要な業務量の確保を困難にしている」と指摘している。

また、臨検監督は予告なく抜き打ちで行うことが原則とされ、すべての場合(5%)または一定の場合を除き(60%)予告すべきでないとする監督官が多かったが、最後の安全対策に係る回答は、予告しないことによる深刻な弊害が生じていることに対策を講じる必要性があることを確認した。「事業主等の言動により身の危険・不安を感じたことがある」(46%)と「暴行・脅迫を受けたことがある」(17%)を合わせると62%であり、暴言、暴行、脅迫を受けたことがないとの回答を上回る結果であった。

この点にも関連して、従来は監督官単独の臨検監督が原則だったものが、2019年度から一定規模以上の事業場を臨検する場合には原則複数監督(チーム監督)となったが、範囲を一律に決めるのではなく、現場でフレキシブルに運用できるようにするとともに、複数監督を実行できる体制整備の必要性が指摘された。

申告処理業務については、「申告として受け付けてよいか悩むことがある」(40%)、「申告者に処理経過をどこまで話すべきか、明確な基準がなく悩むことがある」(30%)が一定割合に達していた。また、終了のあり方に関して、「是正が困難な場合、打ち切りに理解を得られず苦労することがある」(67%)、「感情的な対立が激しく、なかなか解決に至らないことがある」(72%)が突出していた。臨検監督以上に、判断や対応等の基準が明確に示されていないことが大きな問題のようだ。「監督官の人事評価にあたって、定期監督の実施件数等が重視されることから、申告処理に業務量を集中させることも難しい」という指摘もなされている。

他の行政手法については、アンケートでも「企業名公表制度の有効性を25%が肯定しており、更なる活用を図る可能性がある」。「勤務間インターバル制度は…申請したい者だけが申請できるという仕組み(助成金)ではなく、それを導入しない事業場にペナルティを課すような法整備を図ることとし、その上で、真に必要であるが困難を抱える企業に対して導入を後押しする助成金を設けることが望ましい」。「相談・支援業務」については、「法違反の是正を厳しく求めることは差し控える」姿勢の消極性への批判が多いようだ。
報告書ではさらに、規制の実効性を高めるための「要件・定義の簡潔・明確化等」を取り上げているが、これは過重労働解消のためだけでなく、労働基準監督全般にとって重要である。監督官が「法令上の要件・定義の明確化が必要なもの(複数回答可)」と答えたのは、別掲のとおりである。

技官の採用再開求める緊急提言

また、全労働は2019年3月に「厚生労働技官の採用・育成再開を求める全労働の緊急提言」も行っており、その要約版も以下に紹介しておきたい。
http://www.zenrodo.com/teigen_kenkai/t06_taisei_unei/t06_1903_01.html

1 厚生労働技官の採用停止
労働安全衛生行政では、それを担う職員一人ひとりが高い専門性と豊富な経験を有していることが何より重要です。労働局や労働基準監督署に配置された厚生労働技官はこうした高い専門性と豊富な経験を身につけた『労働安全衛生のスペシャリスト』でした。
ところが、厚生労働省は2008年以降、厚生労働技官の採用を停止し、労働基準監督官が随時、安全衛生部署に配属されることとされたのです(監督官の一部が順次、安全衛生業務に2年程度従事し、監督部署に復帰する。また、安全衛生部署に配属中も、計画された一定の監督業務に従事する)。(提言本文『1 近年の労働安全衛生の特徴』『2 労働安全衛生職員に求められる高い専門性と豊富な経験』参照)

2 技官の採用停止という重大な誤り
こうした判断(技官の採用停止)は、監督業務と安全衛生業務のそれぞれに求められる専門性が大きく異なっていることを見逃しています。労働災害と向き合ったとき、安全衛生業務では災害発生の原因究明と有効な再発防止策の確立を目的としますが、監督業務では違反事実の確定とその処罰または是正が目的となり、それぞれに異なった実務経験(育成過程)が求められています。しかも、安全衛生業務は広範である上、各分野に特有の専門的な知識・技能が必要とされ、職員は継続した実務経験を積み重ねる必要があります。短期の研修やマニュアルでこれを補うことはできないのです。(提言本文『3 安全衛生行政の第一線の現状(1)~(3)』参照))

3 顕在化する深刻な弊害
現在、技官が配置されていない監督署があり、クレーンやボイラーなどの特定機械の検査を実施する検査官が不在となり、近隣の監督署に配属されている技官が検査官として他管内へ出張して検査を実施している現状があります。今後、十分な知識・技能を備えていない検査官が検査に臨み、欠陥を見過ごした場合には、重量物を運搬するクレーンの倒壊やワイヤーの切断事故など重大な事故につながりかねません。
全労働が2012年に実施したアンケート調査(安全衛生業務に従事する職員484人が回答)では、76%が『このままでは労働基準行政の専門性が低下する』と回答しました。そして、その解決策として、『技官の採用を再開する』(74.8%)との意見が圧倒的多数を占めました。安全衛生業務には、『促成』でない豊富な専門性と実務経験が求められており、これらを備えた専門職員を配置しなければならないのです(提言本文『3 安全衛生行政の第一線の現状(4)~(5)』『4 新人事制度の改善方向(1)』参照)

4 技官の採用再開に待ったなし
労働災害の防止や職業性疾病の予防に向けては、法令順守にむけた監督指導と安全衛生に関する専門・技術的指導が『両輪』で求められています。従って安全衛生業務を軽視した姿勢は直ちにあらため、技官の採用再開を図るべきです。厚生労働省は職場の深刻な実情を直視し、ただちに技官を採用・育成を行い、その上で、すべての監督署に技官(実務経験10年以上)を一人以上配置する行政体制を確立すべきです。(提言本文『4 新人事制度の改善方向(2)』参照)」

労働基準監督の継続フォロー

今回初めて労働基準監督実施状況に関するデータをまとめて紹介することができた。労働基準監督官数の正しい実態を把握できないことは致命的だが、今後も推移を追っていきたい。

全労働による労働基準監督官アンケートは、そうしたデータを評価するうえで欠かせない情報を提供している。監督官自身が申告監督も含めた臨検監督をもっとも有効な行政手法と受け止めていることが確認されるとともに、現状と課題が示されている。件数主義に対する批判は、上述のデータを評価するにあたって留意されなければならない。

厚生労働技官の採用再開求める緊急提言の内容は、労働安全衛生法令に係る労働基準監督の実施に大きな影響を与えている問題である。

「新たな」人事制度・監督手法・監督以外の行政手法等についても、また取り上げていきたい。

(安全センター情報2021年5月号)

「監督指導業務運営留意事項」通達の開示命じる情報公開審査会の裁決(安全センター情報2021年5月号)
新たなEUのOSH戦略に寄与するための今後のEUのOSH執行優先課題に関する意見-2021年1月20日 [欧州連合]上級労働監督官委員会(SLIC)