日本の分析方法もあてにならず、アスベストを含有したタルクが使用されているかもしれない
「1987年7月にはベビーパウダーに石綿が混入しているという分析結果が、ショッキングなニュースとして大々的に伝えられた。分析を行った産業医学研究所・神山宣彦氏が1975年に行った分析結果ですでに確認されていたにも関わらず、石綿に汚染されていたベビーパウダーが流通し続けていたという事実も関心を煽ることとなった。厚生省(薬務局審査第2課長)は『ベビーパウダーの品質確保のための検討会』を設け、11月に、今後輸入、製造にあたって原料に石綿が含まれていないことをメーカー側に確認させるよう、各都道府県に通知した。」(『アスベスト問題の過去と現在 石綿対策全国連絡会議の20年』45頁)(本ウエブサイトでは「アスベスト混入タルク問題・ベビーパウダー問題の原点1987年そして1975年」として、複数の記事でくわしく検証しているので参照していただきたい。)
最後に言っている通知は、1987年11月6日付け薬審2第1589号厚生省薬務局審査第2課長通知「ベビーパウダーの品質確保について」であり、X線回折分析法を利用した「ベビーパウダーに用いられるタルク中のアスベスト試験法(暫定法)」を示して、「原料タルクとしては、本試験法によりアスベストが認められないことが確認された原料を用いること」とされた。
当時は、石綿をその重量の5%を超えて含有する製品が労働安全衛生法令の規制対象であり、これは1995年1月1日より1重量%超に拡大されたのであるが、この時点では上記試験法は改訂されていない。
2006年9月1日から労働安全衛生法施行令等の改正によって、規制対象となる物の石綿含有率(重量比)が1%から0.1%に改正されるとともに、製造等の原則禁止が導入された。厚生労働省は2006年8月28日付け基安化発第0828001号「天然鉱物中の石綿含有率の分析方法について」を発出して、X線回折法を利用した「タルク中の石綿含有率の分析方法」を示した。2006年12月1日には(社)日本作業環境測定協会が「天然鉱物中の石綿含有率の分析方法の検討結果報告書」を公表しているが、基本的に同じ内容である。
しかし、2006年9月1日以降も石綿を含有するタルクが製造されている可能性があるとの情報を受け、厚生労働省がタルク製造を行っている33事業場に対し緊急調査を行った結果、1事業場において石綿を含有するタルクが製造されていることが判明した。この結果は同年10月16日に「タルクへの石綿含有可能性調査結果について」として発表されるとともに、基監発第1016001号/基安化発第1016001号「石綿を含有する粉状のタルクの製造、輸入、譲渡、提供又は使用の禁止の徹底について」が示された。
同時に2006年10月16日付け薬食審査発第1016002号厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知「タルクの品質管理について」が出されて、1987年11月6日付け薬審2第1589号を廃止して、医薬品等に使用されるタルク中の石綿含有率の分析方法についても2006年8月28日付け基安化発第0828001号によることとされた。付言すれば、医薬食品局安全対策課は2005年12月9日に「石綿(アスベスト)を含有する医薬品・医療機器等の実態把握調査の結果について」発表等しているにもかかわらず、本来、2006年9月1日までに出すべき指示を怠っていたということである。
現在、厚生労働省の「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル【1.20版】」(2018年3月)は「8.4.3.1 タルク中の石綿含有率の分析方法」で、また、環境省の「建築物の解体等に係る石綿飛散防止対策マニュアル 2014.6」も、タルク中の石綿含有率の分析は2006年8月28日付け基安化発第0828001号「天然鉱物中の石綿含有率の分析方法について」に拠ることと明示している。
一方、アメリカのタルク業界は 1976年以来 、化粧品や医薬品用タルクに石綿が含有されていないことを証明するために、X線回折法または赤外分光法を利用し、それによってタルク中の角閃石または邪紋石鉱物についてポジティブだった場合には、さらに偏光顕微鏡を用いる標準検査方法を採用している。これに対して、日本の手法はX線回折法のみに拠るものである。
米連邦食品医薬品局(FDA)ほか関係機関の専門家らが2020年1月6日にまとめた「タルク・タルク含有化粧品中のアスベスト検査方法に関する予備的勧告」は、アメリカのタルク業界の手法を「特異性と感度の欠点が長い間認められている」と断じ、「(アメリカの)アスベスト検査に専門技能をもつ現代的ラボラトリーは、タルク含有消費者製品の検査を依頼したときに、通常の手段として電子顕微鏡を用い」ている現状を踏まえて、透過型電子顕微鏡の利用を基礎とした検査方法を提案している。
実は、基安化発第0828001号も、普及型X線回折分析による検出限界がおおむねトレモライト0.5重量%、クリソタイル0.8重量%であることを認め、また、X線回折分析によりトレモライトを検出した場合、それが石綿かどうか決定するには、さらに分析電子顕微鏡を用いて粒子形状や化学組成を確認することが必要であることを認めている。しかし、現在、分析電子顕微鏡が普及していないことや分析電子顕微鏡による定量計数法が確立していないことなどから、X線回折分析によりトレモライトに相当する回折線の検出をもって石綿としているのである。
したがって日本では、1987年以前だけでなく、現在に至るも、厚生労働省が示した分析方法にしたがっていただけでは、タルクにアスベストが含まれないことを確認したとは言えない状況が続いているわけである。
少なくとも、透過型電子顕微鏡を用いた検査を行っているかどうか明らかにされる必要がある。しかし、残念ながら現時点では透過型電子顕微鏡を用いたタルク中のアスベスト検査の標準的手法が国際的に確立されているとまでは言えず、ラボラトリーによって異なる結果が出る場合がありうる。アメリカの関係連邦機関が、標準的手法を確立しようとしているのもそのためである。
透過型電子顕微鏡を用いた標準的検査手法を確立するとともに、その遵守を求めることが必要である。
アスベスト様繊維を含むタルクはすでに1987年に国際がん研究機関(IARC)によってグループ1(ヒトに対して発がん性あり)に分類されているとはいえ、タルク中アスベストの健康影響に関する過去の研究は、いわゆる業界標準検査方法を含めて業界に依拠したデータによって薄められてきたかもしれない。また、IARCは2010年に、タルクを原料としたボディパウダーの会陰部適用を卵巣がんについてグループ2B(発がん性の可能性あり)、それ以外のタルクをグループ3(発がん性について分類できない)に分類しているものの、これらについても変わっていく可能性がある。