日本のタルク業界も規制を回避しようとしてきた/専門家もタルクにアスベストが含有される可能性を追及していない

2017年2月21日に公表された平成28年度化学物質のリスク評価に係る企画検討会報告書に基づき、①表示(ラベル表示)、②通知(安全データシート(SDS))、③調査(リスクアセスメント)等の対象物質に10物質を追加する労働安全衛生法施行令(別表第9)改正が2018年7月1日から施行された(それまではSDSだけだったが法改正により2016年6月1日から①~③がセットで義務付けられることになった)。

同報告書は、検討段階では新規候補物質としてあげられていた4つの粉状物質-酸化マグネシウム、滑石(タルク)、ポリ塩化ビニル(クロロエテン重合物またはPVC)、綿じん(未処理原綿)-について、「化学物質としての固有の有害性が相対的に低いと考えられる」、「追加に当たっての考え方を今後整理した上で、制度的な対応を検討することが適当である」とした。

報告書は、「単なる粉じんとは異なる重篤な健康影響を及ぼすものがあり、これらには、当該物質固有の有害性があると考えることができる」としたうえで、「一方、有機、無機を問わずすべての粉じんは、その量によって一定の有害性を示し、吸入することにより肺障害等を引き起こすとされている」とした。

前者としては、石綿肺、珪肺、ベリリウム肺等の特定の物質による健康障害に加えて発がん性も明らかな粉じん-石綿、結晶質シリカ、ベリリウム等があげられ、「『粉状物質を吸引することによる有害性』が認められる場合には、GHS分類に基づく危険有害性情報をSDSに記載すべきことを指導する」とした。

他方、「『粉状であって、化学物質対策において取り扱いに際して粉じん対策を講じることが健康障害の防止に有効であると考えられる物質』を取り扱うことの注意喚起として、呼吸器有害性、講ずべき対策等を行政通達で改めて示す」とされた。

これを受けて、2017年10月24日付け基安発1024第1号「粉状物質の有害性情報の伝達による健康障害防止のための取組について」が示された。「表示・通知義務の対象とならないもののうち、特筆すべき毒性(遺伝毒性、感作性、皮膚腐食性等)が認められず有害性が低いとされる化学物質の無機物、有機物であって、粉状で取り扱われるものを対象」とし、上記4物質のほか、プラスチック微粉末、穀物粉、木材粉じん等が含まれるとした。自主的な取り組みとして、ラベル表示やSDSの交付による有害性情報の伝達及び対策の促進を促している。

なお、粉じん障害防止規則の対象となる鉱物性粉じんには人工物も含まれるとされているため、タルク、酸化マグネシウム、非晶質シリカについては、粉じん則に則って作業環境測定、ばく露防止措置、健康診断等を実施する必要がある。

以上の検討に当たって、「全国タルク協議会 タルク製造・輸入業者」(協議会構成会社14社と会員外製造業者2社の名称を列挙)は2016年2月25日に資料を提出し、その「総意として」、「50年以上に及ぶ産業界の使⽤実績により、アスベストを含まないタルクに関しては、現在の全ての使用方法において発がん性のみならずあらゆる有害性との因果関係を証明する事例はなく、全ての専⾨家のレビューにおいて、『いかなる分類も推奨されない」と結論付けられて』いると主張して、タルクを表示・通知等対象物質に追加することに反対した。「防塵マスクの着用を超える過剰なリスク喚起は多くの使⽤者、とりわけ、自動車・製紙など生活に密着した重要産業において使用者の作業性の悪化・経済的負担を多大にするだけでなく、風評被害により、中小企業の集合体であるタルク業界においては、一気に衰退の一途をたどる危険性をはらんで」いる、「欧米のタルク業界においても、日本向けに輸出しているタルク製品に対するラベルの可能性については非常に危惧して」いるとも言っている。

2016年3月25日の平成27年度第5回検討会で、厚生労働省の化学物質国際動向分析官から上記の主張の「根拠を私どもでは確認できませんでした」としながらこの資料が紹介され、検討の結果「タルクについても別表9に追加という結論としたいと思います」という結論になった。酸化マグネシウムとポリ塩化ビニルについても、同じように関係業界から資料が提出されたが、同じ結論が確認される一方で、「粉状の定義を整理する」ことが確認されている。

しかし、2016年11月14日の平成28年度第3回検討会に事務局が提出した「表示通知対象、新規候補物質の検討状況」ではタルク等についての検討結果が「粉状物質の取扱いについて要検討」とされ、「令別表第9(表樹通知対象物質)への追加に当たっての検討事項」で「平成28年3月に開催したリスク評価に係る企画検討会で、表示・通知義務対象物質に追加すべきとされた物質のうち、粉状物質であって、物質としての固有の有害性が低いものについて、考え方を整理すべきとされた」とされた。

この日は「結論を出さない」とされ2017年1月12日の第4回検討会に報告書案が示されて微修正のうえ確認されてしまったという経過であった。

このような経過を踏まえると、欧米のタルク業界の意も受けたタルク業界その他関係団体の圧力を受けて、法令上の表示・通知等義務づけ対象物質への追加が阻まれて、自主的な取り組みが示されるにとどまったと言えそうである。アメリカの経過も踏まえて、日本でも、タルク業界が規制を回避しようとしてきた経過はいま一度検証されなおすべきだと考える。

専門家も、現在使用されているタルクにはアスベストが含まれていないことを前提にしている。タルク中のアスベスト含有の有無を確認するには不十分なX線回折法のみに拠っている、日本の公式の(厚生労働省によって示された)分析方法の問題を指摘する声があがらないのが不思議である。