びまん性胸膜肥厚で労災認定、建設・サッシ取り付け作業等でアスベストばく露/慢性胸膜炎診断されるもびまん性胸膜肥厚で再診断

概要・解説

本件は、長年建築業にたずさわってきた男性が慢性胸膜炎と診断(アスベスト小体検出)治療中に、国保レセプトチェック調査によって健診を促され、「著しい呼吸機能障害」を伴うびまん性胸膜肥厚と改めて診断され、近年は特別加入歴のない個人事業主であったが若いときに労働者歴が13年あることを同僚が証言するなどして「石綿ばく露作業従事期間3年以上」とのびまん性胸膜肥厚の労災認定基準に合致したことをもって労災認定された事案である。

記事/問合せは、東京労働安全衛生センター

アスベスト小体があっても慢性胸膜炎では

Sさんは、東京で職人さんを使って工務店を営んでいた。70歳を過ぎた2007年9月に、風邪が治らないと感じ、近くの医師にかかった。そこでCTをとったところ、胸水がたまっていて胸膜肥厚があることがわかったため、M病院で検査を行い、胸水を抜くなどの手術をすることをすすめられた。

2008年1月にM病院で手術を行ったが、主治医によってアスベスト小体が確認されたため、「アスベスト小体を伴う慢性胸膜炎」と診断された。しかし、アスベスト小体があったとしても、「慢性胸膜炎」という病名は、石綿関連疾患の労災認定基準には含まれていない。Sさんの労災申請は、そのまま埋もれてしまう危険性があった。

著しい呼吸機能障害伴うびまん性胸膜肥厚と再診断

Sさんは、建設国民健康保険組合に加入していた。建設国保では、石綿関連疾患が疑わしいレセプトを抽出して、顧問医の指導の下で専属保健師が家庭訪問を行って労災患者の洗い出しを行っている。顧問医は、ひまわり診療所の名取雄司医師。レセプトによるチェックでアスベスト関連疾患を疑われたSさんは、名取医師の診察を受けることとなり、2008年秋にひまわり診療所を受診した。名取医師はSさんを診察して、エックス線写真やCTの診断結果から、その病名を「慢性胸膜炎」ではなく「びまん性胸膜肥厚」とした。また肺活量を測定したところ、同年齢の方で同程度の身長の方の60%をきっていることがわかり、「著しい肺機能障害」があることがわかった。

「びまん性胸膜肥厚」は、石綿曝露者の一割前後におこる病気で、良性石綿胸水がある人に発症することが多く、咳、たん、呼吸困難があって胸膜炎のような症状が出るといわれている。さらに肺活量が60%以下の人は、「著しい肺機能障害のあるびまん性胸膜肥厚」とされ、労働者として石綿曝露歴が3年以上あれば労災認定が可能になる。

労災申請に向けて

Sさんは、2008年12月段階で、著しい肺機能障害があることが確認されたので、労働者としての石綿曝露歴の調査にはいることになった。さっそくSさんの職歴を調査したところ、17歳から30歳まで、ガラスサッシ工として、工場、発電所、ホテルなどの大きな建物の建設に携わり、そこではアスベストの吹付け作業が同時進行で行われていたことが多かったことがわかった。その後独立して事業を続けたものの、一般住宅の建設が多くなり石綿曝露の可能性は低かったこともわかった。

労働者歴13年

独立した後のSさんは、建築業で人を雇う個人事業主に属しているので、労災適用になるためには「特別加入保険」に入っていないとだめ。残念ながらSさんは加入歴はなかった。しかし、17歳から30歳までの13年間は、明らかに労働者としての石綿作業歴がある。私たちはSさんから、当時の職歴を詳しく聞き取るともに、それを証言してくれる人がいないかどうかを尋ねた。

幸運なことに、Sさんが当時働いていたI工事という会社で、同僚として働いていた社長の親戚Iさんが健在であった。Iさんは、Sさんの頼みを快く受け入れて、当センターに出向いて、当時の様子を語り同僚証明を行ってくた。

ガラスサッシ取り付け工事で石綿ばく露

SさんとIさんの記憶によれば、当時ガラスサッシ取付けは、建設労働者が外気にさらされるのを防ぐために内装の前に行うことが普通で、そのときは鉄骨へのアスベスト吹付け作業が同時進行的に行われることが多かったそうである。吹き付け機械のある一階フロアーでガラスを切断し、アスベストでかすむような部屋の中を通ってガラスを運搬し、まさにその中で作業をしたと述べていた。主な作業場は、京橋千代田生命ビル、銀座不二越ビル、千葉火力、下連雀日産プリンス工場、新橋付近の森ビル、来宮ホテル、熱海不二屋ホテル、大手町駅前ビル等だった。

労災認定。支給開始日は慢性胸膜炎診断の病院から

2009年3月末、Sさんは、上野労働基準監督署に労災申請を行った。労災申請に際しては、Sさんが通っていたM病院も協力してくれた。ひまわり診療所では、「びまん性胸膜炎」、M病院では「慢性胸膜炎」で同時進行的に通院していた状況を、監督署にも説明して理解を求めた。半年に及ぶ調査の末11月末に労災支給が決定した。

支給開始日はひまわり診療所での受診日をさかのぼり、M病院での初診日まで遡ることができた。労災になるまでの半年間、Sさんの病状はかんばしくなく入退院を繰り返していた。しかし、年も明けて症状も持ち直し、いまは労災保険で療養を継続している毎日である。

将来の希望を持って働いた頃に吸入したアスベストが、40年後に体を蝕むことの恐ろしさを再確認するとともに、このような状態を未来にも引きずることのないよう、アスベスト対策基本法を制定することの重要さをあらためて思った。

東京労働安全衛生センター

安全センター情報2010年5月号