アスベストのない未来に向けた取り組み:アスベストと健康リスクに対処する欧州のアプローチ-2022.9.28 欧州委員会通知 COM(2022)488最終版
欧州議会、理事会、欧州経済社会委員会及び地域委員会に対する[欧州]委員会からの通知
目次
1. はじめに
アスベストは非常に危険な発がん物質である。アスベストへの環境・職業曝露は、欧州における高いがんの負荷に寄与していることが知られており、多数の回避可能な死亡を引き起こしている。EUで職業がんとして認定されるがんの78%、また職業肺がんの88%がアスベストに関連している。2019年にEU27か国でアスベストによる職業曝露によって7万人以上の命が奪われている。これは主に過去の労働に関連した曝露によるものであるが、アスベストに曝露することの重大な結果を確認するものである。
過去40年以上にわたってEUはアスベストの使用を制限し、その後すべてのアスベストの使用を禁止する措置を講じてきた。とりわけ、1983年から1985年にかけて、6種類のアスベスト繊維の使用を制限した。1991年にEUは、それらのうち5種類の上市と使用、及び建設分野で広く使われる製品へのクリソタイル・アスベストの使用を禁止した。1999年には、6種類すべてのアスベスト繊維を禁止し、EUのアスベスト禁止は2005年に施行された。禁止は、EUで生産される商品とEUに輸入される商品の双方に適用される。
がんの撲滅はEUの優先課題である。[欧州]委員会は、欧州がん撲滅計画及び汚染ゼロ行動計画の一環として、アスベストなどの発がん物質への曝露を低減させることを約束している。アスベストはいまなお個人住宅を含む多くの建物に見出されることから、この遺産に取り組むためには、いくつかの政策分野にまたがる、包括的かつ統合的なアプローチが必要とされる。アスベスト曝露のリスクを管理するためにさらなる行動をとることは、人々を疾病から守り、福利を促進し、欧州保健連合を強化するのに寄与するものである。
EUは、建物の改修[リノベーション]率を高めるという野心を含んだ欧州グリーンディールを展開していることから、アスベストへの曝露から人々をさらに守ることはとりわけ重要である。建物は、エネルギー関連の温室ガス排出の36%の原因となっている。既存の建物の85%以上が2050年になお残っているものと推計されていることから、欧州グリーンディールの諸目標を達成するためには、エネルギー効率の高いリノベーションが不可欠になるだろう。このような背景から、リノベーション・ウェーブ[改修の波]戦略では、2030年までにエネルギー[効率向上]改修の年率を2倍にすることを目標にしている。エネルギー消費を削減するための専門的改修は、居住者の健康・生活条件を向上させ、大気の質を改善し、エネルギー貧困を緩和し、社会的包摂を促進することができる。また、物件の長期的な価値を高め、雇用を創出し、地域のサプライチェーンに根ざした投資につながる可能性もある。しかし、エネルギー効率の悪い建物の多くがアスベストを使用して建設されていることから、改修作業中に建物に存在するアスベストが飛散する可能性があるために、建物の改修率を加速させることが、アスベスト関連リスクにさらされる人々の数を著しく増加させる可能性もある。現在410~730万人いる曝露労働者の数は、今後10年間に年4%増加すると予測されている。
2021年10月に欧州議会は、すべてのアスベストの除去のための欧州戦略を求める決議を採択した。そのなかで議会は、とりわけエネルギー転換との関連で、アスベストへの曝露に関連する健康リスクから労働者と市民を守るためのさらなるEUの取り組みを要求した。欧州経済社会委員会も、エネルギー改修が有害物質除去との相乗効果を生み出すことを強調して、すべてのアスベストの除去を要求した。欧州の将来に関する会議の枠組みにおける市民の提言も、公正な労働条件、とりわけ労働におけるアスベスト指令の改正と、健康に対する全体的なアプローチの重要性を強調している。
アスベストに対する欧州のアプローチは、とくに欧州グリーンディールと欧州がん撲滅計画の実施において、人の健康と環境を保護するために必要である。この目標を達成するために、本通知は、包括的な公衆衛生目標に裏打ちされたライフサイクル・アプローチを提示する。それは、労働者の保護を最大限に高め、アスベスト関連疾患の適切なフォローアップを確保すると同時に、建物内に存在するアスベストを確認し、その情報を登録するために必要な行動、関連する安全な除去または処理及びアスベスト廃棄物の処理を確保するために必要な行動に及んでいる。本通知は、EUを、アスベストによって引き起こされるリスクとの闘いにおける国際的リーダーとして位置づけている。また、国、地域及び地方レベルでアスベストの安全な除去のために、既に存在するまたは計画されているプログラムに基づき、EUの資金が利用可能であることも強調している。さらに、とられる行動は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも貢献するだろう。
2. 被災者の支援:アスベスト関連疾患の診断と治療の改善
アスベストに関する強力かつ野心的な政策は、人間の健康と福利に大きな利益をもたらすだろう。アスベストへの曝露は中皮腫、石綿肺や肺がんなどの疾病を引き起こす可能性がある。アスベストによるがんは重篤で、生存率も低い。中皮腫は治療法がなく、患者の平均余命は4~18か月である。アスベスト曝露は全中皮腫事例の92%の原因である。男性で2番目、女性で3番目に多く診断されるがんである肺がんは、他の一般的ながんと比較して診断後の生存率が相対的に低い。
アスベスト関連疾患は潜伏期間が長い。病気の最初の兆候が現われるまでに、曝露の瞬間から平均30年かかる可能性があることから、2005年の禁止より前に生じた曝露によるアスベスト関連死亡・疾患が、2020年代後半から2030年代まで起きると予測されている。
がんの予防には、スクリーニングと早期診断が基本である。欧州がん撲滅計画の一環として委員会は、加盟国が早期診断へとアクセスを改善するのを助けるために、EUが支援する新たながんスクリーニング制度を提示することを約束している。この新たな制度の重要な要素にひとつは、がんスクリーニングに関する2003年の理事会勧告を更新する委員会の提案であり、これには集団スクリーニングを肺がんにも拡大することが含まれている。さらに、この制度は、欧州がん画像診断イニシアティブによって支援されるだろう。がん関連の画像とデータの「アトラス」、高性能コンピューティングや人工知能などの新しいツールを基盤として、このイニシアティブは新たなスクリーニング方法やアルゴリズム開発のためのエコシステムを提供するだろう。スクリーニングと早期診断への投資は、迅速な診断と治療が、がんを含むアスベスト関連疾患の影響を緩和するであろうことから、アスベスト曝露の被害者を大きく支援することができる。さらに、がん計画に基づくいくつかの重要な行動は、アスベスト曝露によって引き起こされるものなど予後不良な複雑ながんを含むがん患者の診断、治療及びケアの最適化に焦点をあてている。例えば、すべての加盟国の認定された国立総合がんセンターを結ぶEUネットワークの設立は質の高い診断と治療へのアクセスを改善し、「すべての人のためのがん診断・治療」イニシアティブは革新的ながん治療へのアクセスを改善し、また、腫瘍学、外科、放射線学、看護学に焦点をあてた「専門間訓練プログラム」はがんケア要員のスキルを向上させるだろう。
アスベストへの曝露のリスクは、職業環境においてもっとも高い。2016年にEU27か国で推定66,808人の死亡が、過去のアスベストへの職業曝露に起因するものだった。これは2019年には71,750人に増加している。これらの労働者が関連する補償制度にアクセスできるようにするためには、アスベスト関連疾患の業務起因性が認識される必要がある。条約が委員会にこの分野で法的拘束力のある文書を提案することを認めていないために、EUレベルで職業病の認定を促進するための主要な根拠は、[欧州職業病リストに関する]委員会勧告2003/670/EC28である。この勧告は現在、アスベストへの職業曝露によって引き起こされるがんその他の疾病を対象としている。委員会は、最新の科学的知見に照らしてそれを更新する必要性に関して、労働安全衛生三者構成助言委員会(ACSH)と協議する予定である。
委員会は
・欧州がん画像診断イニシアティブを開始する予定である(2022年)。
・追加のアスベスト関連疾患を含めることによって欧州職業病リストに関する委員会勧告を更新する必要性に関して労働安全衛生三者構成助言委員会(ACSH)と協議する予定である。
3. アスベスト曝露からの労働者の保護
アスベストへの曝露のリスクは、主に改修や解体などの建設作業中のアスベスト取り扱いと繊維の飛散に関連している。410~730万人の労働者がアスベストに曝露していると推計されている。これらの98%は屋根工、配管工、大工や床張り工などの関連職業を含めた建設部門、2%は廃棄物管理業の労働者である。職業がんはEU30か国における労働関連死亡の第一の原因であり、加盟諸国で認定される職業がんの78%がアスベスト関連である。そのため、アスベストへの労働関連曝露に対処することは、2021~2027年労働安全衛生に関するEU戦略枠組みのもとで優先課題のひとつとなっている。
アスベストについての職業曝露限界の引き下げ
EUのアスベストへの曝露特有のリスクからの労働者の法的保護は1983年にさかのぼる。それ以来、何度か更新されてきた。もっとも新しい法令は労働におけるアスベスト指令2009/148/ECであり、保護、計画及び訓練に関して使用者に厳格な義務を課している。また、アスベストは発がん因子であることから、労働における発がん物質、変異原性物質または生殖毒性物質への曝露に関連したリスクからの労働者の保護に関する指令2004/37/ECも、労働者の健康と安全にとってより好ましい場合には適用される。
全体として、労働におけるアスベスト指令は、依然として目的に適っている。しかし、最新の科学的知見は、現行の職業曝露限界(OEL)の引き下げを支持している。4つの加盟国(デンマーク、フランス、ドイツ及びオランダ)は、現行のEU規模のOELを下回る拘束力のあるOELを実施している。ドイツは、拘束力のあるOELに加えて、許容濃度に相当する限界値も設定している。曝露を許容レベル以下に抑えるために、実際に諸措置が検討されることを要求する義務的なガイドラインがある。残りのEU諸国は、現行のEU規模のOELを使用している。
委員会は本日、アスベストについての現行のOELを、現行の値より10倍低い、立法センチメートル当たり0.1繊維(f/cm3)から0.01f/cm3へと大幅に引き下げる立法提案を採用しようとしている。アスベストについてのOELを改正することは、EU全体における限界値の大きな調和化につながるだろう。これにより、建設業に従事する非常に多くの労働者を含む労働条件の改善と、加盟国にとってより公平な医療費の配分につながることが期待される。
アスベストへの曝露から労働者を保護するためには、大気中の繊維の濃度を測定するもっとも科学的な最新の方法を用いることが重要である。これにより、リスクの正確な評価が可能となり、結果的に労働者のよりよい保護につながる。現在もっとも用いられている方法は、1997年に世界保健機関が推奨した位相差顕微鏡であるが、他の効果的な方法も利用可能である。科学的証拠は、電子顕微鏡に基づく方法が、繊維をより正確に計測することができ、よりよい保護措置につながる可能性があることを示唆している。委員会はそれゆえ、労働におけるアスベスト指令を改正する提案のなかで、この測定方法の活用を取り上げた。
労働におけるアスベスト指令の実施を支援するガイドライン
今後数年間に相当な数の改修や解体が見込まれることは、労働者を完全に保護するために、労働におけるアスベスト指令が適切に実施されなければならないことを意味している。加盟国、使用者(とくにアスベストに関わる作業を行う全企業の99%を占める中小企業(SMEs))及び労働者は、遵守を確保するための追加的支援から利益を受けることができる。このため、委員会は、採択された場合、改正された労働におけるアスベスト指令の実施を支援するためのガイドラインを策定する予定である。ガイドラインは、(訓練や個人保護具の使用など)現在実施されている指令の諸規定に関する詳しい情報だけでなく、意義の明確化や助言も提供するだろう。建設、改修及び解体作業の一部としてアスベストを取り扱う労働者に対して、適切な訓練を促進することはきわめて重要である。ガイドラインは、加盟国及び使用者、とりわけSMEsが、最高レベルの保護を実現するために、労働者が必要な予防措置について知っていることを確保するのを援助することができる。ガイドラインはまた、追加的な説明が有用と思われる場合に、(アスベスト除去業者の認証など)加盟国の権限に属する一部の規定を対象にすることもできる。これにより、すべての関係者が、アスベスト曝露からの労働者の最高レベルの保護を確保しながら、見込まれる数の改修の実施に関わることができるだろう。
注意喚起
欧州がん撲滅計画の一環として、欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA)は、欧州におけるがんリスク要因に関する労働者曝露調査を準備している。それは、もっとも一般的な曝露状況、及び、アスベストを含む様々ながんリスク要因に曝露する労働者の数と特徴を調べる予定である。これにより、より的を絞った注意喚起キャンペーンと予防対策が可能になり、また、証拠に基づいた政策決定に貢献するだろう。アスベスト除去の影響を受ける企業、労働者、民間・公共建物所有者の数が増えることを考えれば、これはとくに重要だろう。同じ理由から、委員会は上級労働監督官委員会(SLIC)と協力して、最新の注意喚起キャンペーンを開始する予定である。
委員会は、
・現行の職業曝露限界値の引き下げと関連規定の明確化のために労働におけるアスベスト指令の改正を提案(本通知に添付)するとともに、欧州議会と理事会に対して迅速な採択を求める。
・その改正を踏まえて、労働におけるアスベスト指令の実施において加盟国、使用者及び労働者を支援するための最新のガイドラインを策定する予定である。
4. 建物内に存在するアスベストへの対処
EUで禁止される前、アスベストは、主に建設分野で、広く使用された。アスベストの70~80%はセメント製品に使用され、残りは主に床材、紡織品、カードボード、または断熱ボードなど、他の建設製品に使用された。1970年には、現在EUを構成する諸国で92万トン以上の原料アスベストが消費され、1980年に120万トンのピークに達した後、2004年には4万トン未満にまで減少した。2億2千万以上の建物(全建物の85%)が2001年より前に建てられたことを考えれば、今日の建物ストックのかなりの部分がアスベストを含んでいるものと思われる。
アスベストのピーク消費量の時期は加盟国によって異なる(図1参照)。すべての加盟国が、1970年から1990年の間にアスベスト消費の高いシェアを記録している。しかし、キプロス、ベルギー、デンマーク、ルクセンブルグ、オランダ、スウェーデンでは、アスベストの大部分は1970年代以前に消費され、クロアチア、アイルランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキアでは、1990年代または2000年代初めに高いレベルのアスベスト消費を記録している。
アスベストの遺産問題の大きさは地域によって異なる。居住用建物の平均築年数とアスベストの平均推定量(kg/戸)に基づいて、下図は、含有アスベストがともに低いレベル(少量のアスベスト、より新しい建物)からともに高いレベル(多量のアスベスト、より古い建物)まで、EU地域のアスベスト脆弱性を示している。EU中部地域は古い建物が多く、アスベストの量が多い一方で、一般的にEU東部や北東部では、比較的最近の建物に多量のアスベストがみいだされている。この結果は、改修前のアスベスト・スクリーニングが優先課題とされるべき加盟国・地域を示している可能性がある。
建物内のアスベストに関するより多くの情報と透明性
アスベストが人間の健康に及ぼす主な脅威は、アスベスト含有物質が攪乱された場合に、繊維が飛散し、その後吸入されるかもしれないことから、発生する。一部のアスベスト製品の経年劣化も、結果的に大気中への繊維の飛散につながるかもしれない。アスベストは主に建材に見出され、それらの材料は改修作業中に大きな変化の対象になることから、保護措置を策定する場合には建設業に特別な注意が必要である。繊維が飛散する可能性は、アスベストの種類や見出される場所によって異なる。例えば、飛散性アスベストは、非飛散性アスベストに比べて繊維が飛散しやすいことから、とりわけ危険である。対照的に、アスベストが堅固に埋め込まれた材料は容易には攪乱されず、そのまま残されても引き起こすリスクは相対的に低い。
建物ストックからのアスベスト除去に対処するうえでの主要な課題は、建物にアスベストが含まれているかどうかに関する知識の不足である。今後数年間に予定されている改修と、気候ニュートラルに到達するという欧州の建物ストックを改修する長期的目標は、アスベストを含む可能性があり、改修が健康への脅威を引き起こす可能性がある場合の、建物の包括的評価の問題を強く支持するものである。アスベスト含有物質の確認が遅れることは改修を遅らせるかもしれず、改修作業中に予期せずにそれらを発見することは、予想外のアスベスト繊維の飛散、労働者、居住者や近隣住民にとって潜在的に重大なリスクにつながる可能性がある。作業開始前にアスベストへの曝露のリスクを評価することは、労働におけるアスベスト指令2009/148/EC47に基づき、すでに義務的である。しかし、アスベストのスクリーニング、登録及び除去戦略は、加盟国によって大きく異なっていることから、EUと建物ストックに含まれるアスベストをより容易に確認し、その後除去するための共通のEU枠組みをもつことが有用だろう。
委員会は、補完性と比例性の原則及び加盟国の権限を尊重しつつ、建物内のアスベストの義務的なスクリーニングと登録に関する立法提案を提示する予定である。改修作業実施前にアスベストの存在を評価する既存の義務に加えて、立法提案は、(例えば販売または賃借前など)経済取引がなされる場合及び/または建物のライフサイクルにおける他の重要な時点における、建物内のアスベストの存在をスクリーニング及び登録する義務を検討するだろう。また、加盟国は、自国の建築基準法を反映し、国の状況やアスベスト使用に関する歴史的情報を考慮して、アスベスト除去のための国の戦略を策定することを求められるだろう。
立法提案の準備において委員会はまた、建物内のアスベストの存在に関連したデータの収集・普及に関する最低要求事項の導入も検討する予定である。曝露のリスクを最小化し、アスベストの除去を促進するために、建物のライフサイクル全体にわたってアスベストの存在に関する透明性のある情報をもつことが重要である。デジタルフォーマットでの登録は、次のセクションで述べるように、この情報へのアクセスをより容易にするだろう。
この提案は、専門家や関係者との幅広い協議を通じて作成されるだろう。また、利用可能な最善の科学的証拠に基づき、条約に規定された法的根拠を尊重して、利用可能な最善の政策オプションを確認するために、影響評価調査を活用するだろう。
提案はまた、リノベーション・ウェーブ行動計画の実施との関連を含め、加盟国におけるアスベスト・リスク管理におけるベストプラクティスの評価及び確認を踏まえて構築されるだろう。
・例えば、フランスは、建物において一定の作業を実施する前のアスベストの確認を義務づけることを法制化している(2017年5月と2019年7月の命令)。曝露のリスクをもたらす可能性のある建物の作業では、作業を命令する者または団体(例えば建物の所有者または契約当局)は、作業を開始する前にアスベストの事前確認を実施しなければならならない。これは、作業によって影響を受ける可能性のあるアスベストを含有する物質及び製品を調査、特定及び所在確認することを意味している。
・ポーランドも、アスベストの安全な除去のための国家プログラム(2009~2032年)をもっており、また、2013年からアスベスト・データベースも運用している。この国家プログラムは、アスベスト除去の法令上の諸措置、情報及び訓練、また空間情報システム経由の監視で構成されている。
・ベルギーでは、フラマン政府が、遅くとも2040年までに建物とインフラをアスベストフリーにすることをめざしている。これを実現するために、アスベスト除去をソーラーパネル設置の前提条件にするなどの措置を講じ、また、2022年に販売用建物にアスベスト証明書を導入することを計画している。
リノベーション・ウェーブとエネルギー効率
リノベーション・ウェーブ戦略は、持続可能かつ安全な建物の基準を維持することの重要性を強調している。それゆえ、有害な物質、とりわけアスベストを除去し、それらから保護するための行動をとることが重要である。リノベーション・ウェーブの実施行動計画には、EUの法令枠組み、とくに建物のエネルギー性能指令2010/31/EUを強化する規制措置が含まれている。2021年12月に委員会は、健康的な屋内環境の重要性を強調した、この指令の改正を提案した。この提案には、大規模改修を実施する建物内の、アスベストを含む、有害物質の除去に加盟国が対処するための規定が含まれている。
良好な屋内空気の質を確保することは、とりわけ建物の保温を改善することによってエネルギー損失を減らすという観点から、さらに重要になってくるだろう。EUの政策は、良好な空気の質に寄与するいくつかの要素(周囲の大気から暖房・冷房・換気システム、建材・消費者製品、及び喫煙や類似の居住者の行動まで)に対処してきたが、これらの要素に対処する主な規制手段-建設基準法-は加盟国とその地域の権限である。それゆえ、EUには、室内空気の質に対する包括的で統合的なアプローチがない。にもかかわらず、汚染ゼロ行動計画で発表したように、委員会は、2023年までに、空気の質の主要な要因とアスベストを含む主要な汚染源に焦点をあてて、室内空気の質を改善するための経路と政策オプションを評価する予定である。
デジタル建物台帳
デジタル技術は、スクリーニングで収集したアスベスト関連データの登録と共有を促進することができる。デジタル建物台帳は、すべての建物に関連するデータを保持し、設計・建設から改修・解体まで、建物の生涯にわたって収集されるあらゆる種類の情報の共有・活用を可能にすることができる。
委員会は、EUデジタル建物台帳のためのモデルについての規制的アプローチを提案する予定である。これは、様々な加盟国における既存の義務的及び自主的なイニシアティブと、EUレベルで開発されつつある建物ののためのデジタルツール・認証(例えばエネルギー性能認証)に基づいて構築するだろう。台帳には、建物の持続可能性と性能を追跡する「(諸)レベル」中核指標に関連するあらゆる利用可能な情報も保存することができる。モデルについてのこの提案には、データ収集、データ管理や相互運用性についての標準化されたアプローチが含まれるだろう。これには、スクリーニング義務の結果として生じるデータについても、その実施枠組みが含まれるだろう。建物内のアスベストの存在に関する情報は、台帳を通じて利用可能になり、(例えば建物の設計図など)台帳内の他のデータセットとリンクされるべきである。
委員会は、
・建物内のアスベストのスクリーニング及び登録に関する立法提案を提示するとともに、加盟国に対してアスベスト除去のための国家戦略の策定を求める予定である(2023年)。
・デジタル建物台帳のEUモデルについての規制アプローチを提案する予定である(2023年)。
・デジタル建物台帳を導入するか、または自国の既存の制度を拡張してEUモデルに沿ったものにすることを希望する加盟国を支援するだろう。
・空気の質の主要な要因及び、アスベストを含む、主要な汚染源に焦点をあてて、室内空気の質を改善するための経路及び政策オプションを評価するとともに、人々の注意を大幅に喚起し、リスクを低減させるための方法を追求する予定である(2023年)。
委員会は加盟国に以下を奨励する
・建物関連情報と既存の登録のデジタル化を加速し、建物の特性に関するデータの収集、保存、比較可能性及び交換可能性を向上させる。
・EUガイドラインに従って、デジタル建物台帳を導入するか、または既存のイニシアティブを改善する。
5. アスベスト廃棄物の安全な廃棄-汚染ゼロ
EUではアスベストの使用が禁止されて久しいものの、解体やアスベストの除去に伴う製品を管理・処分するために行動をとることがいまなお必要である。建設・解体廃棄物は、EUで発生する全廃棄物の3分の1以上を占めている。主に建物の一部としての、アスベスト含有物質の量は、数千トンにのぼり、1億トンを超える可能性もある。リノベーション・ウェーブ戦略は、2030年までに建物の改修の年率を少なくとも2倍にすることを目標にしている。このことは、アスベストのライフサイクル全体に対処することの重要性を強調している。
EUの廃棄物法令は、アスベスト廃棄物が発生した場合のその環境に配慮した管理について包括的に規制している。アスベスト廃棄物は有害廃棄物に分類されることから、そのような廃棄物の発生、輸送及び管理に対して、特別の厳格な諸規定がすでに適用されている。これには、廃棄物が環境を保護する方法で管理されていることを確認するための報告及び追跡可能性義務も含まれている。委員会は、関係者がこれらの義務に従うことを支援するために2つのガイドライン-EU解体廃棄物管理プロトコル(2016年)と建物の解体・改修作業前の廃棄物監査のためのガイドライン(2018年)-を発行している。
大量のアスベスト含有廃棄物の環境に配慮した管理の追求において、埋め立てがこの廃棄物の安全な処分の主要なアプローチとして残っている。その他の処分方法は、関わる廃棄物が大量であること、代替処理を提供する施設が不足していること、費用が高いことやエネルギー強度が高いことから、限られている。埋め立てはアスベスト繊維を破壊しないものの、安定化させて封じ込めるため、代替処分方法が広く普及して安価になるまでの間、アスベスト廃棄物処理の安全な方法となる。EUの廃棄物法令は、埋立地でのアスベストの安全な処分について厳格な要求事項を設定している。
アスベスト廃棄物を環境に配慮したやり方で処分する代替方法を探求することは優先課題である。廃棄物ヒエラルキーは廃棄物回収を処分よりも優先している。委員会は2022年末までに、アスベスト廃棄物処分技術及び慣行を確認する調査を開始するとともに、それら及びそれらの環境影響の比較分析を実施する予定である。これには、アスベスト廃棄物処分におけるギャップと将来の展望の分析も含まれる。調査の結果は、アスベスト含有廃棄物、とりわけ解体廃棄物の環境に配慮した管理を改善するために、EUの廃棄物法令に何らかの変更が必要であるかどうかを評価するために活用される予定である。
委員会は、
・改修作業とアスベストに特に焦点をあてて、EU解体廃棄物管理プロトコル及び建物の解体・改修作業前の廃棄物監査のためのガイドラインの改正に着手する予定である(2023年)。
・アスベスト廃棄物管理の慣行及び新しい処分技術を確認する調査を開始し、その結果をEU廃棄物法令を変更する必要があるか評価するために活用する予定である。
6. 資金供給
EUは、復興・再興基金(RRF)を通じて相当額の資金を提供しており、それは改修との関連でアスベストの除去のための国の諸措置を支援するために活用することができる。復興・再興基金は、欧州経済・社会をより持続可能で回復力のあるものにし、グリーン・デジタル移行の課題と機会への備えを向上させるための加盟国における投資と改革を支援するために、7,238億ユーロ(現在の価格)を融資(3,858億ユーロ)及び助成金(3,380億ユーロ)で利用可能にしている。RRFの7つのフラッグシップ・イニシアティブのひとつがリノベーション・フラッグシップ・イニシアティブであり、それは中規模及び大規模なリノベーションが行われる数百万平方メートルの居住用及び公共建物を対象としている。加盟国はRRFを利用して、国家復興・強靭化計画で計画されたエネルギー効率改修作業の一環として、建物からのアスベスト含有物質の除去に資金調達することができる。加盟国はまた、とりわけピラー6(次世代のための政策)及びフラッグシップ7(技能再教育と技能向上)のもとで、(例えば建設部門または廃棄物管理部門など)アスベストを扱う労働者の技能習得を促進し、新たな市場ニーズに合わせて労働者の技能を更新するためにRRF資金を利用することができる。
加えて、欧州構造・投資基金は、改修に関連した様々な措置を支援することができる。欧州社会基金プラス(ESF+)の主要な目的のひとつは、すべての人の技能向上・技能再教育・生涯学習、及び労働者・企業・起業家の変化への適応を促進するための加盟国の財務政策と構造改革を支援することである。これには、改修作業など、グリーン・トランジションのもとでとられた措置によってもたらされる変化も含まれる。2014~2020年の計画期間において、ポーランド、イタリア、その他諸国で、大規模なアスベスト除去工事が欧州地域開発基金(ERDF)との共同出資で実施された。いくつかの加盟国は、2021~2027年の期間に、同様のプロジェクトをそれらの計画に含めることに関心を示している。委員会はまた、加盟国の要請に応じて利用できる、REGIO Peer2Peer+イニシアティブを通じて、管理能力の構築、及び凝集政策プログラムを管理する国家当局間の専門技能・知識の交換のための支援を提供することもできる。
エネルギー改修及びエネルギー効率を支援するために利用可能なEUの幅広い資金提供プログラムを考えれば、加盟国は、これらの資金をアスベストの確認・除去を対象とするためにも、最大限に活用する方法を確認できるようにする必要がある。
また、国の復興・再興計画は、予防に焦点をあて、またがん患者を含む診断と治療の質を高める、医療改革と投資に大きな改善をもたらすこともできる。とりわけ診断・治療のための医療機器、特別の腫瘍学的ケアの開発、及びがん予防インフラの構築のための投資は、がんの予防とケアシステム全体の回復力を高めることができる。最後に、欧州がん撲滅計画は、EU4保健計画、ホリゾン・ヨーロッパやデジタル・ヨーロッパ計画によるものを含め、がんに対処するために割り当てられる合計40億ユーロの様々な委員会の資金調達手段全体を利用して実施及び支援される予定である。
委員会は加盟国に以下を奨励する
・アスベストのスクリーニングと除去に焦点をあてたイニシアティブをカバーするために、EUの計画・基金のもとでのあらゆる具体的機会を最大限に活用する。
・国のアスベスト除去に関する戦略を、あらゆる国の計画・政策、とりわけ国の復興・再興計画に統合する。
・地域・地方レベルでEU資金供給の機会に関する情報を流布する。
7. アスベストに対する闘いにおける国際的リーダーとしてのEU
EUは、すべての種類のアスベストの使用を終わらせるために、世界的に主導的な役割を果たし続けなければならない。EU以外のいくつかの諸国がアスベスト含有製品を生産及び使用し続けており、2016年の世界の生産量は約120万トンに達している。ロッテルダム条約のもとでの技術支援を通じて、EUは、各国がアスベスト材料をより安全な代替品に置き換え、アスベスト関連疾患の早期診断・治療・リハビリテーションサービスを改善するのを支援している。
EUは、開かれた戦略的自治を達成するというその野心の一環として、アスベストから労働者を保護するための世界的行動において、模範を示すことによってリードしている。現在、EU以外では、スイス(0.01cm3)と日本(0.03cm3)だけが、現行のEUの限界値よりも厳しい職業曝露限界を設定している。労働におけるアスベスト指令を改正する提案は、EUのOELをスイスとともに、世界でもっとも厳しいものにするだろう。2017年にEUは初めて、国際労働機関(ILO)との関連で、労働安全衛生(OSH)を労働における基本的原則及び権利として正式に認める必要性を提起した。5年にわたるEUの継続的な行動を受けて、2022年の国際労働会議は、ILOの労働における基本的原則及び権利の枠組みに安全かつ健康的な労働環境を含めることに合意した。EUは、国際労働会議とともに、安全かつ健康的な環境とすべての人のための労働における尊厳を促進するために活動を継続する。欧州委員会はまた、候補国及び潜在的候補国が、労働安全衛生を統治する自国の法的枠組みをEU法に沿ったものにするために支援を提供している。
EUは、グローバル・サプライチェーン(GSCs)全体における労働者の保護を確保することを約束している。欧州委員会は最近、企業がEU内外での事業を通じて、人権と環境への悪影響を最小限にするための措置を講じることを確保するために、企業の持続可能性デューディリジェンスに関する指令の提案を採択した。これには、子会社の事業やバリューチェーンに沿った事業も含まれる。EUはまた、アスベストによるリスクに対処することにも関連する、労働安全衛生を改善するための数多くの国際プロジェクトに資金援助を行っている。グローバル・サプライチェーンにおける労働安全衛生に対するEUの世界的コミットメントは、G7ビジョン・ゼロ・ファンド、G20より安全な職場合意やOSH専門家ネットワークなどの枠組みイニシアティブへのその関与によってさらに補完されている。
8. 結 論
アスベストはEUでは2005年に禁止されているものの、その遺産は公衆衛生に重大な脅威を与え続けている。人々をアスベストへの曝露から守り、そのリスクが若い世代に引き継がれないようにするためには、EU及び国レベルでアスベストを確認及び除去するための行動を拡大することが重要である。
本通知は、EUが建物のエネルギー効率を大幅に改善し、2005年までに建物ストックをカーボン・ニュートラルにすることを決定しているときに行われている。この目標の一環として、アスベストへの曝露の健康リスクは、公衆衛生とディーセントな生活・労働条件をその中核に据えたグリーン・トランスフォーメーションを実現するために不可欠である。
委員会はEU諸機関、加盟国、社会パートナー及びその他の関係者に対して、現在及び未来の世代のために、アスベストのないEUを実現するための行動を加速させるよう訴える。
安全センター情報2022年12月号