【石綿健康被害救済小委員会】救済法見直し求める様々な声/環境省は不透明な運営改めよ-治療研究への基金活用の議論封殺?(2022年10月3日)

本来は2021年度中に行われるはずであった中央環境審議会石綿健康被害救済小委員会による石綿健康被害救済法見直しの検討は、コロナ禍が救済制度運営に及ぼした影響の結果、遅れて、2022年6月6日から開始された。

委員は別掲のとおりで、今回は石綿対策全国連絡会議を代表して、中皮腫サポートキャラバン隊共同代表の右田孝雄さんが、患者代表として加わった(全国連等は患者と家族の代表各1名を加えることを求めたが、環境省は受け入れなかった)。会議はオンラインで開催されることとされ、YouTubeで生配信されるほか、議事録が公開されるまでの間は、議事次第・配布資料とともに、音声データが公開される(https://www.env.go.jp/council/05hoken/yoshi05-14.html)。

石綿健康被害救済小委員会名簿 (五十音順 ○:委員長 令和4年8月26日現在)
○浅野直人(福岡大学名誉教授)
岩村有広(一般社団法人日本経済団体連合会常務理事)
大塚直(早稲田大学法学部教授)
大林千穂(社会医療法人神鋼記念会神鋼記念病院病理診断センター長)
岸本卓巳(独立行政法人労働者健康安全機構 アスベスト疾患研究・研修センター所長)
高田礼子(聖マリアンナ医科大学予防医学主任教授)
中澤よう子(神奈川県健康医療局医務監・全国衛生部長会会長)
新美育文(明治大学名誉教授)
細川秀一(公益社団法人日本医師会常任理事(第1回時の今村聡氏から交代)
右田孝雄(石綿対策全国連絡会議運営委員)

3つの緊急要求と救済法改正

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会は、今回の見直し作業に向けて、「石綿(アスベスト)健康被害救済法改正への3つの緊急要求」を掲げ(https://www.chuuhishu-family.net/campaign01/)、「確かな声でいまを変えたい 患者と家族、わたしたち121の声」(https://www.chuuhishu-family.net/475/)という32頁のカラーリーフレットも作成、環境省交渉や国会議員・自治体等、様々な関係者に対して働きかけを行ってきた。3つの緊急要求は以下のとおりである。

①「格差」のない療養手当と「すき間」をなくす認定基準の見直し
②治療研究促進のための「石綿健康被害救済基金」の活用
③待ったなしの時効救済制度の延長

このうち③については、小委員会開催が遅れたため、請求期限切れが生じてしまい、議員立法による三度目の救済法改正が行われたことは、既報のとおりである(2022年7月号参照)。

したがって、小委員会では①と②の実現が主な焦点となる。患者と家族の会が2021年8月21日に公表した最新版の「石綿健康被害救済法に係る諸課題に関する提言」を21頁に紹介した。

見直し求める様々な声

今回の見直し作業に向けては、小委員会がはじまる前から、様々な関係者による救済法見直しを求める声があげられていたことが大きな特徴である。

第1に、石綿健康被害救済制度研究会がつくられて、2021年12月12日に「石綿(アスベスト)被害救済のための『新たな』制度に向けての提言」が公表された(2022年1・2月号参照)。学際的な専門家らによる初めての本格的な救済制度抜本的見直しに向けた提言である。

第2に、日本石綿・中皮腫学会が2022年4月20日に「悪性中皮腫に対する既存の治療薬の適応拡大と、さらなる診断・治療法の開発研究に対する公的支援を要望します」という声明文を発表した(4頁参照)。悪性中皮腫に認可されている治療適応上の制約の解除、悪性中皮腫への適応拡大をめざす医師主導臨床試験及び新しい診断・治療法の開発研究等のための公的な基金等の活用を、具体的に要望している。

第3に、参議院環境委員会が2022年6月10日に「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議」を採択した(5頁参照)。5項目の附帯決議のなかには、「中皮腫に効果のある治療法の研究・開発を促進するための方策について石綿健康被害救済基金の活用等の検討を早期に開始すること」、「療養者の実情に合わせた個別の給付のあり方、療養手当及び給付額のあり方、石綿健康被害救済基金及び原因者負担のあり方等についても検討を行うこと」、指定疾病の追加や医学的判定の考え方の見直し等も含まれている。国会の意思はとりわけ尊重されるべきであろう。

第4に、患者と家族の会によって、全都道府県対象「石綿健康被害救済基金を診断・治療研究に活用することについての、貴県のお考えをお聞かせください」という質問アンケート調査が実施され、2022年8月19日に結果が公表された(7~8頁参照)。患者と家族の会は、「回答の内容はさまざまですが、全ての都道府県がこの問題に関して関心を寄せていることがわかります。一刻も早く、『命の救済』に議論を加速させていただくことを希望します」としている。

第5に、全国知事会(環境・エネルギー条委員会)が2022年8月25日に環境省に対して提出した「令和5年度国の施策並びに予算に関する提案・要望(政策要望)【環境関係】」で「6 アスベスト対策の推進について」取り上げた(6頁参照)。具体的には、「石綿健康被害救済制度の充実を図るとともに、中皮腫などアスベスト関連疾患の診断や治療法確立に向けた研究・開発を推進すること。この際、制度の見直しが生じた場合は地方公共団体に費用負担を求めないこと」等としている。

相次ぐ治療研究への活用支持

このようななかで2022年6月6日に開催された第1回小委員会では、まず、「建設アスベスト給付金制度施行に係る石綿健康被害救済制度の対応等について」議論された後、「石綿健康被害救済制度の施行状況等について」の、事務局である環境省石綿健康被害対策室の説明を受けて、浅野直人委員長(福岡大学名誉教授)が「今日は第1回目でございますので、皆さん全員から何らかのご発言をいただければと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」と言って名簿順に指名した。

各委員からの発言は、おおむね以下のとおり、期せずして多数が治療研究への基金の活用を支持するものだった(以降、本号では、治療研究への基金の活用をめぐる議論に絞って紹介する。建設アスベスト給付金制度施行に係る対応等々については、別途解説等していく予定である)。

今村聡委員(公益社団法人日本医師会常任理事)
(基金の給付額・残高等について質問したうえで)今から将来[基金の最後]のことを検討できないというのはそのとおりだと思うんですけれども、せっかく国や自治体、企業が、健康被害に遭われた方たちを救済するということでつくられている基金ですので、できるだけ有効活用されることが重要かなということでご質問させていただきました。[→後に再発言]

大塚直委員(早稲田大学法学部教授)
石綿健康被害救済法の基金を治療研究にも使えるようにすべきかという議論があるかと思います。これもいろんなことを考えながら慎重に検討していく必要があると思いますけれども、さらに、すぐに基金を使うような研究があるかどうかという問題もあるかもしれませんが、患者の命がかかっておりますので、そういうことからすると、いざというときのために対応できるように、使うかどうかはともかく、使えるように法改正が必要になるかと思いますが、その点を含めて検討することが大事であると思っているところでございます。

大林千穂委員(社会医療法人神鋼記念会神鋼記念病院病理診断センター長)
基金の研究利用に関してでございますが、これは私の立場からは今何も申し上げられないんですけれども、今、中皮腫に関しましては、希少疾患ということで、保険医療として、パネル検査、すなわち遺伝子を数百種類、一気に調べるという検査方法が保険適用になっております。この検査データが出てきますと、またいろいろな研究材料が収集されると思います。そのときにこういった基金が利用できれば、遺伝子レベルでの研究が進むのではないかというふうに期待はしております。ですので、ぜひご検討いただきたくお願いしたいと思います。

岸本卓巳委員(独立行政法人労働者健康安全機構アスベスト疾患研究・研修センター長)
私の発言は主に診断のほうでございますが、治療についてもお金が許されれば使わせていただけると幸いだと思っております。

高田礼子委員(聖マリアンナ医科大学予防医学主任教授)
(直接関係する発言はなし)

中澤よう子委員(神奈川県健康医療局医務監・全国衛生部長会会長)
私は地方自治体の衛生行政を担う立場から申し上げますと、石綿健康被害の救済に関しましては、やはり関係法律や制度に基づいて、当事者の方々に寄り添った施策を進めていくことが大変重要かと考えております。…
いろいろと基金の使い方など、様々な委員のご意見を今拝聴しておりましたけれども、様々な社会的環境の変化や医療技術の進歩を鑑みて、今年度の評価・検討を行うことができればというふうに考えております。

右田孝雄委員(石綿対策全国連絡会議運営委員)
私たちは中皮腫をはじめとしたアスベスト関連疾患を治せる病気にしたいと思っております。私の回りだけでも、毎月何人もの、同志といわれる中皮腫患者さんが亡くなっています。今の標準治療では、やっぱり奏効しなければ後がない、次は自分かと、精神的な不安がよぎって、死と格闘している患者さんが多いです。実際に私が所属するキャラバン隊の副理事長を務めている舘山さんがいるんですけれども、彼はもう既に治療がまったくなくて、本当に今、緩和ケアで治療しているような状況です。正直、毎日が死との葛藤で、精神的に追いやられて、精神的な部分で入院を余儀なくされたという状況もあります。
私たち患者はやっぱり生きたい、生き延びたいというのが本音です。提出資料の2の「命の救済」の(2)でも触れていますけれども、施行当時は中皮腫イコール死というふうなものが認識でした。しかし今現在、(3)や(4)で記載されているように、医療の現場には明らかな変化が見られています。今の患者は、現場の医療関係者と力を合わせて、治せる病気のために奮闘して希望を見いだそうとしている人が多いです。
私たちの試算では、現行の枠組みを維持する形でも、現状783億円あると言っていますけれども、その基金の一部をぜひとも活用していただいて、十分すぎるような安定的な運用をすることができるので、ぜひとも治療研究にも回していただきたいなと思っております。むしろ、一般企業の皆様にこれだけのご支援をいただきながら、ただこのままお金を寝かしておくのではなく、やはり先ほど大塚委員、大林委員や岸本委員がおっしゃったように、やっぱり石綿健康被害救済法の第1条に書かれているように、健康被害の迅速な救済の本質でもある命の救済のために法改正をして、治療研究の支援と患者の治療の選択肢を少しでも広げる支援に、基金の一部を活用していただきたいなと考えています。

岩村有広委員(一般社団法人日本経済体連合会常務理事)
近年の申請受付件数が増加傾向にあるということでしたので、今後、制度の安定的な運営に資する議論を行う観点から、本小委員会において救済給付の見通しに関する客観的なデータをお示しいただくよう、お願いいたします。
基金の使途について様々なご意見が出されましたが、第一に、個別の因果関係を問わず迅速な救済を図るものであること、第二に、個別の被害者の救済を目的としたものであること、という制度の趣旨を踏まえ、ご議論をお願いしたいと考えております。

今村委員(再発言)
多くの委員の方から、この基金の活用の中で、いわゆる中皮腫をはじめとしたこの石綿の健康被害に関する研究に使える枠組みを用意したほうがいいというご議論については、私も賛成したいと思います。
冒頭、基金の金額や、今後の推移を伺ったのも、本来的な制度の趣旨である、石綿による健康被害者の方たちを救済するということが安定的にできるという前提で、そういうことが可能な範囲の中で研究費として活用するのは、法律の問題もあるとは思いますが、非常に重要な視点だと思っております。その点については、多くの先生方と同じ意見を持っているということを申し上げたいです。

右田委員(再発言)
やはり先ほどもずっと委員の方が言ったように、私のほうからは、この基金の一部を治療研究にぜひとも使わせていただきたいなというふうに思う次第です。今も本当に私の回りも中皮腫の患者さんがどんどん具合を悪くしている方もいますし、最近亡くなった方も多々います。やはりそういった方に、今も苦しんでいる方に、ぜひとも、ちょっとでも早くこういった基金を使って、治療法や新薬ができたら、そういった人に使っていただきたいなと思いますので、どうしてもやっぱり中皮腫患者の治療の選択肢というのを増やしてほしいというふうに思っております。

浅野委員長
ひとあたりご発言をいただきまして、追加のご発言もご希望ないようでございます。本日いただきましたご意見につきましては、私のほうで整理させていただきまして、次回以降の審議に反映させていきたいと思います。

※欠席委員
新美育文委員(明治大学名誉教授)
細川秀一委員(公益社団法人日本医師会常任理事)

出席した7人の委員(委員長を除く)のうち、5人の委員が治療研究への基金の活用を支持する発言をされたわけで、きわめて異例とも言えた。

NHKは6月7日に、「アスベスト健康被害 国の救済基金 “治療研究などにも活用を”」という見出しで、以下のように報じている。
「委員からは「『中皮腫は治らない病気』と言われ続けてきたが、今は治せる病気にしようと研究が進んでいる」とか「患者の命に関わるので、治療や検査の研究にも基金を使えるよう、法改正も含めて対応を検討すべきだ」といった意見が相次ぎました。こうした意見を踏まえ、委員会では基金を療養だけでなく、治療や検査の研究にも活用できるよう見直せないか議論を進めていくことになりました。」

治療研究への活用の議論を封殺

第1回小委員会で示された「開催スケジュール」では、8月頃の第2回と9月頃の第3回ではともに、「平成28年に実施した評価・検討からのフォローアップ」「ヒアリング」「論点整理」が行われることになっていた。

実際、環境省による右田委員への事前説明において、第1回の委員の皆さんの発言を聞いてからその後の具体的運営は相談したいとしつつ、第1回患者・家族、第2回医学専門家、第3回法学等専門家のヒアリングという流れになるであろうとの暗黙の了解があったと考えている(環境省自身すでに医学専門家と連絡をとり、9月の第3回であればヒアリングが可能なことを確認していた)。

第2回は8月26日と予定されたが、室長の異動があった後、8月中旬になって右田委員に対してメールで「医学・法学等の専門家のヒアリングは行わないこととした」と一方的に通告してきた。そして、催促してようやく第2回小委員会の前日にもった事前説明では、突然、「前回頂いた御指摘事項に関する資料(基金関係)」を示し、その「基金予測に関するヒアリング」も行う等としながら、次の用があるからと一方的に事前説明を打ち切ったのである。

8月26日に開催された第2回小委員会では、まず「平成28年取りまとめからのフォローアップ」と「今後の進め方」について説明されたが、後者で示された課題は、

・第2回(8/26)-上記以外に「前回頂いた御指摘事項に関する資料(基金関係)に対する回答・有識者からのヒアリング」と「患者会ヒアリング」

・第3回(10月頃)-救済給付、指定疾病・認定基準、基金の使途の論点についての議論

・第4回(12月頃)-制度運用、健康管理、調査研究、その他の論点についての議論

・第5回(2月~3月頃)-報告書(案)取りまとめ

とされ、患者会以外のヒアリングはなくなっていた。
右田委員から運営のあり方も含めた説明に対する抗議と要請がなされたが、浅野委員長は、「右田委員からのご発言を踏まえた取扱い、少し補充していくということについては、事務局と相談をして、さらに検討をさせていただきたいと思いますが、回数についても、この回数で終わるかどうかについては、議論の進展具合によっては、さらに回数を増やす必要はあるかもしれないと考えてはおりますけども、取りあえず、次は10月という、この予定で進めていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします」と言って、「前回頂いた御指摘事項に関する資料(基金関係)に対する回答・有識者からのヒアリング」へと議題を進めてしまった。

資料は、要旨、次頁図1に示したとおりである。

これは、「第1回の委員会の中で、複数の委員の皆様から、救済基金の残高ないし支出額等の推移について、将来見通しはどうなのかということでお尋ねがございました。これはなかなか、将来のことですので、非常に難しいというふうに事務局でも前回お答えをしていたところでございますけれども、お尋ねがあったことから、事務局の環境省と基金の事務を行います環境再生保全機構におきまして、一定の仮定を置いて、その仮定に基づく推計ということで、資料を作成させていただいたものでございます」(環境省)。試算結果の細かい数字はいちち解説されなかったが、支出額が一定期間増加し続け、その間残高は減少して、赤字になる「可能性もある」ということを示したものである。

環境省による説明の後、右田委員は発言を求めたが、浅野委員長は発言を許さず、「関連するお話し」として、奈良県立医科大学公衆衛生学講座の明神大也氏のヒアリングへと進めた。明神氏の話は、修士課程時代に行った中皮腫死亡の将来予測研究を簡単に紹介した後に、基金の予測に対して、「直近の増加率を見たというもので、それ以外の要素は抜けています」と指摘。抜けている要素を5点あげたものの、それらの5要素は「結果的にはトータルで見たら、上振れした部分と下振れした部分が一緒になって、とんとんになるかなと」とした。続けて、「そういうのを考えると、基金の予測というのも、実際のところ、あまりこれと変わらないものになるんじゃないかなというのが私の感触です。ただ、何度も申し上げているように、きちんと検証しないと分からないですし、検証したところで断言はできないというのが現状になります」という結論であった。「直近の増加率を見た」基金の予測の妥当性自体についての議論や「感触」という話は一切なかった。

この後、浅野委員長は、右田委員に発言を許したものの、発言内容に応答することのないまま、3人の委員だけを指名して発言を求めたのであった。

岸本委員
(中皮腫等や未申請死亡も増えていくだろうという話に続けて)私も前回のこの委員会で、認定に携わっている身で使わせていただけるんだったら、早期診断だとか、石綿肺がんのクオリティーを診るためにお金が要るので、できれば使わせていただきたいというふうに申し上げましたけれども、こういう支出と患者数の増加等を考えた上では、認定に携わっている一人として、患者さんのための基金は、やはり患者さんに還元すべきであろうというふうに思っております。

新美委員
治療法の改善等については非常に重要であるとは思いますけれども、現在の法律の下では、目的外使用ということになってしまうと思いますので、やや無理筋かなというふうに思います。これが第1点。それから、もう一つは、これ、仮に法改正を許してしまいますと、今後、いろんな救済制度をやるときに、拠出金をお願いするときに、使途を決めてお願いしているのに、後で拡大して、金はもっと出せと言われると、これは制度設計が非常に困難になるという、やや全体を見渡した行政という観点からいくと、やはりまずい効果が出てきてしまう。そういうふうに考えておりますので、ちょっと法律的な観点からいくと、今現在、この法律を前提とした場合に、使途を拡大するというのは相当難しいなというふうに思っております。

岩村委員
基金の資金を、拠出後になって別の目的で支出することには、制度運用の在り方として疑問を持っています。また、個別の石綿健康被害患者の方の救済を目的として拠出してきた事業者の代表といたしましても、これまでご意見がございました通り、拠出時と別の目的に使用することについては同意することができません。つまり、目的外の支出には反対でございます。加えまして、…今後15年前後で基金が底をつく可能性が示されており、使途拡大を行うことで救済という本来の目的を果たせなくなるとすれば本末転倒ではないかと強く懸念しております。
この後に右田委員が再度発言。浅野委員長は他に発言がないか求めたが、新美委員の短い追加発言以外はなかった。

実は、この日は、最後の1時間に患者・家族のヒアリングが予定されており、すでにその時間枠に食い込もうとしていたため、遠慮があった可能性は大きい。しかし、それよりもまるで示し合わされていたような強引な運営に呆気にとられていたというのが事実だったのではなかろうか。

患者・家族のヒアリング自体は今回も、迫力も内容もある充実したものだった。ぜひ、議事録を読んでいただきたい。会議の最後に設定されたために、残念ながらヒアリングを受けた委員とのやり取りの時間もなかったのが残念でならない。

一連の予測資料・ヒアリング・委員発言は、治療研究への基金の活用をめぐる議論を封殺することだけが目的だったことは明らかである。第1回小委員会で支持を表明した5人から1人(岸本委員)減って4人になったとしても、明確な反対表明1人と否定的発言が2人にすぎないのであり、少なくともあらためて全委員の意見を聴取すべきであろう。

環境試算は議論封殺だけが目的

環境省が第2回小委員会に提出した、基金の将来予測試算(図1)について検討してみたい。

「推計に当たっての仮定」は、以下のとおりとされている。

・支出額については、令和3年度までは実績値を使用し、令和4年度からピーク(令和12年度または令和16年度と仮定)に至るまでは平成28年度からの支出額の増加率平均(直近5年)が約8%であることから、年8%ずつ支出額が増加すると仮定した。
具体的には、平成28年度から令和3年度まで5年間の支出額の増加率(48.9億円/34.1億円)の5乗根(相乗平均)=(48.9/34.1)^(1/5)-1=7.5

・支出額のピークについては、中皮腫死亡者数は現在引き続き増加傾向にあり、有識者の推計資料によれば中皮腫死亡者数のピークは2030年~2034年[2006年村山論文]頃とされていることから、2030年度(令和12年度)及び2034年度(令和16年度)と仮定した。

・支出額が0となる年度については、①平成24年には新たな石綿製品の使用が完全禁止されたこと、②石綿関連疾患の一部はばく露から発症まで30年から40年程度かかること、③未申請死亡者の特別遺族弔慰金等の 請求期限は死亡の時から25年を経過するまでであることから、平成23年に石綿を吸入し約40年後に石綿関連疾患を発症・死亡し、遺族が特別遺族弔慰金等の請求期限間近に給付申請を行う場合を想定して、令和60年度 と仮定した。なお、ピークを経過後は支出額が漸減し、令和60年度に0となると仮定した。

しかし、表1及び図2上を見れば、中皮腫死亡者数に増加傾向、労災+特別遺族給付金認定件数に横ばい傾向は認められるものの、救済給付認定件数は変動が激しいだけでなく、増加年度の主な理由が「傾向」としてではなく具体的に説明可能である。平成21年度と平成24年度は前者は環境省、後者は厚生労働省による個別周知事業の結果であり、令和3年度のコロナの影響挽回対策の結果である。最後の点について、2021年11月11日に開催された第9回石綿健康被害判定小委員会・審査分科会合同会議の資料は、「新型コロナウイルス禍における審議会の開催状況等(影響と挽回対策)」について、次のように説明している。

・新型コロナウイルスの影響により、首都圏外の病院に在籍する委員の参集が困難となったため、審議会を一部延期(令和2年2月~6月)
・web会議システムを用いて、石綿肺等審査分科会を開催(令和2年4月~)。病理標本等の検鏡が必要な案件については、病理担当委員のみ参集とし、web会議システムを併用して開催(審査分科会は令和2年5月~、判定小委員会は令和2年6月~開催)。→今後、分科会1回当たりの審議件数の増加や分科会の開催数の増加を予定。
・未審査案件に対応するため、審議会開催数を月4回から月5回に増加(令和3年3月~)。
・円滑な審議会の運営を継続し、オンラインによる医学的判定等を可能とする「石綿健康被害判定業務のICT化システム」を構築中。→令和4年4月から本格運用の予定。

また、図2下を見れば、基金支出総額は、認定件数一件当たり支出額の影響も受けるわけであるが、その変動も激しいだけでなく、説明できる材料が見当たらないものの、認定件数が減少したときに増加しているようにもみえ、支出額の「傾向」の予測を一層困難にしていると言うべきであろう。

各年度の「直近5年増加率相乗平均」を計算しても(表1)ばらつきが多く、例えば前年度なら2.3%だった。いずれにせよ、平成3年度の約8%(7.5%)はコロナの影響挽回対策による大幅増加の影響が大きく、「傾向」を反映したものとは言い難い。

さらに、入手可能な実際の令和4年度の認定件数をみてみると、5か月が経過した8月末時点で、前年度比25.7%の減少という状況である(図3上)。

同時点で令和4年度の請求件数は前年度比増加しているので、今後認定件数の増加につながる可能性がないとは断言できないものの、主として3月末に請求期限が切れる問題のメディア報道を含む広報の効果による未申請死亡と施行前死亡(後者は3月に集中)の請求の増加によるものであり、将来的に持続するかは不確かである。

以上から、令和4年度以降年8%ずつ増加するという仮定には根拠がないと考える。

環境省は、平成25(2013)年にも、一般拠出金率引き下げ検討のために、基金の支出・拠出額と基金残高の推移の試算を行っていたことが、情報公開法による開示資料によって判明している(H25年環境省試算=図4)。このときは、「平成25(2013)年度から平成40(令和20=2038)年度まで支出額は40億円で一定」と想定している。
なぜ、試算方法(仮定)を変更したのか等について、環境省からの説明はない。

仮に、平成25年時点で、令和4年環境省試算と同じく直近5年増加率相乗平均(平成19年度から平成24年までの増加率の5乗根)5.8%=約6%(表1))で増加すると仮定した試算を行っていたとしたら、実績とかけ離れた過大推計になっていたことが明らかな一方で、40億円で一定とした平成25年環境省試算は実績に近かったことがわかる(図5)。

仮に令和4年環境省試算のほうが妥当と考えるのであれば、令和17年度(ピークを令和16年度と仮定した場合、ピークを令和12年度と仮定した場合には令和20年度)以降、基金残高が赤字に転じる可能性について、一般拠出金率の引き上げを含めて対策が検討されなければならないと考えるが、環境省からは何の提案等もなされていない。

令和4年環境試算は、支出額等の推移についてより正確な見通しをもつことにより基金及び救済制度のあり方の検討に資することを目的としたものとは言えないのである。

むしろ、上述したような第2回小委員会の運営の経過も踏まえれば、第1回小委員会において、治療研究への基金活用を支持する意見が多数派であった事態に対して、「基金が足りなくなる可能性もある」からという理由で、それ以上の議論を封殺することだけを目的にした無責任なものと言わざるを得ない。

基金の将来見通しについて、現時点では、平成25年環境省試算に基づいて議論するのが相対的に妥当であると考える。

なお、補償・救済すべき被害者数の現状・将来予測や石綿健康被害救済基金がカバーしなければならない割合等については、また別の問題である。被害者や基金支出のピークがいつになるか、0になるのはいつか等についても同様である。

小委員会の行方に注目を

患者と家族の会は2022年9月14日に「中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会の運営の在り方に関する見解と声明」を公表した(19~20頁参照)。「環境省事務局をはじめとする関係者による委員会運営は公平性を著しく損なっており、活発な議論を妨げています。ここに強く抗議するとともに、次回以降の委員会運営の改善を求めます」としている。

茶番のような予測資料・ヒアリング・3人の指名委員発言をもって、治療研究への基金活用については、第2回小委員会で「できない」ということで確認済み、などというような運営がなされてはならないことは言うまでもない。医学専門家だけでなく、法学等専門家のヒアリング等も当然、行うべきである。何よりも救済制度とその運用の具体的な改善が実現することが求められている。
石綿健康被害救済小委員会の今後の動向に注目していただきたい。第3回小委員会は10月開催の予定である。

安全センター情報2022年11月号