特集:化学物質規制体系の見直し提言/リスクアセスメントを実施し、優先順位で対策を原則に-「個人対策」容認する例外には警戒必要(安全センター情報2021年4月号)

化学物質管理のあり方検討会

厚生労働省は2021年1月18日、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会中間とりまとめ」を公表した(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16086.html)。
「今後のスケジュール等」として、以下のように言っている。「化学物質規制体系の見直し」という提起がなされているので、詳しく見ておきたい。

  • 本中間とりまとめを踏まえ、「2 これまでにまとまった検討結果」の(2)~(5)において、仕組みを見直すこと及び取組を進めることが適当とされた事項については、厚生労働省において法令改正等を進めることが適当である。
  • 引き続き検討する事項については、今年夏頃を目途に検討(ワーキンググループにおいて検討する事項については、ワーキンググループのとりまとめ結果の報告を受けて検討)を進め、最終とりまとめを行うこととする。

同検討会は、2019年9月2日から2020年12月23日までに11回開催され(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06355.html)、また、リスク評価ワーキンググループも設置されて2020年10月20日から2021年2月15日までに4回開催されており(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13965.html)、各々括弧内のURLで資料・議事録を確認することができる。

中間とりまとめの1(1)で、検討会の趣旨は、以下のように説明されている。

「現在、国内で輸入製造使用されている化学物質は数万種類に上るが、その中には危険性や有害が不明な物質も少くない。こうした中で、化学物質による労働災害(がんなどの遅発性疾病は除く。)は年間450件程度で推移し、法令による規制の対象となっていない物質による労働災害も頻発している状況にある。また、オルト-トルイジンによる膀胱がん事案、MOCAによる膀胱がん事案、有機粉じんによる肺疾患の発生など、化学物質等による重大な職業性疾病も後を絶たない状況にある。
一方、国際的には化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)により、全ての危険性・有害性のある化学物質について、ラベル表示や安全データシト(SDS)交付を行うことが国際ルールとなっており、欧州ではREACH(Registration Evaluation Authorization and Restriction of Chemicals)という仕組みにより、一定量以上の化学物質の輸入・製造ついては、全ての化学物質が届出対象となり、製造量、用途、有害性などのリスクに基づく管理が行われている。
こうしたことから、化学物質による労働災害を防ぐため、学識経験者、労使関係者による検討会を開催し、今後の職場における化学物質等の管理のあり方について検討することした。」

化学物質管理の現状認識

中間とりまとめの「2 これまでにまとまった検討結果」では、最初に「(1)職場における化学物質管理を巡る現状認識」として、以下の内容が示されている。

ア 労働災害の発生状況
化学物質による休業4日以上の労働災害のうち、特定化学物質障害予防規則等の規制の対象外物質を原因とするものは約8割を占める。
国のリスク評価により特定化学物質障害予防規則等への追加が決まると、当該物質の使用をやめて、危険性・有害性を十分確認・評価せずに規制対象外の物質を代替品として使用し、その結果、十分な対策が取られずに労働災害が発生している。
イ 有害作業に係る化学物質の管理状況
特定化学物質障害予防規則等により作業環境測定の実施が義務付けられている事業場のうち、直ちに改善を必要とする第三管理区分と評価された事業場の割合が増力同頃向にある。
リスクアセスメントの実施率は平成29年調査時点で約53%にとどまり、実施しない理由は『人材がいない』が最多で約55%、次いで『方法が分からない』が約35%である。
ウ 中小企業における状況
企業規模が小さいほど、法令の遵守状況が不十分な傾向にあり、必要最低限の措置すら行われていない中小企業も多い。
特に中小企業において、有害作業やラベル、SDSに対する労働者の理解が低い。
エ 諸外国における化学物質管理
欧州及び米国は、GHS分類で危険性・有害性のある全ての物質がラベル表示・SDS交付の義務対象である。…[以下省略]」

化学物質規制体系の見直し提起

続く2の(2)~(5)が「法令改正等を進める」事項とされるが、最初に提起されているのは以下である。

(2) 化学物質規制体系の見直し(自律的な管理を基軸とする規制への移行)
職場における化学物質管理を巡る現状認識を踏まえ、有害性(特に発がん性)の高い物質について国がリスク評価を行い、特定化学物質障害予防規則等の対象物質に追加し、ばく露防止のために講ずべき措置を国が個別具体的に法令で定めるというこれまでの仕組みを、以下のとおり、国はばく露濃度等の管理基準を定め、危険性・有害性に関する情報の伝達の仕組みを整備・拡充し、事業者はその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、ばく露防止のために講ずべき措置を自ら選択して実行することを原則とする仕組み(以下『自律的な管理』という。)に見直すことが適当である。」

現行の仕組みと見直しイメージ

別掲図は「現行の化学物質規制の仕組み」、次頁の図は「見直しイメージ」を示したもので、ともに第9回検討会資料からのものである(以下、検討会資料をあらわすときは「第〇回」とのみ表示する)。

現行の仕組みは、以下のように説明されている(第5回、括弧内は編集部)。

  • 管理使用が困難な物質は製造・使用等の禁止(労働安全衛生法第55条)
  • リスクが高い物質(自主管理が困難で有害性が高い物質)は特別規則による規制(安衛法第56条に基づく製造許可及び特定化学物質等障害予防規則等による作業環境測定、局所排気装置等の発散抑制措置、特殊健康診断等の義務付け)
  • ③許容濃度が示されているなど一定の危険有害性がある物質はリスクアセスメントの実施義務等(安衛法第57条[ラベル表示]、第57条の2[安全データシート(SDS)交付]、第57条の3[リスクアセスメント実施及びその結果に基づく措置(法令の規定による措置以外は努力義務)])
  • その他のGHS分類で危険有害性を有する物はリスクアセスメントの実施が努力義務等(安衛法第28条の2[リスクアセスメント及びその結果に基づく措置]、安衛則第24条の14[ラベル表示]、安衛則第24条の15[SDS交付])

なお、安衛則の「衛生基準」として、第576条[有害原因の除去]、第577条[ガス等の発散の抑制等(約120物質については通達により明示)]、第593条[呼吸用保護具等]、第594条[皮膚障害等防止用の保護具]などの一般的義務規定がある一方で、それ以外のリスクアセスメントの結果に基づく必要な措置の内容については定められていない。

検討会委員・ヒアリング対象者の主な発言として、「日本は少数の物質に厳しい規制をかける一方で、それ以外の物質には規制がないという点が欧米との大きな違い」、「日本は個別規制が基本であり、管理濃度がない物質については放置されているのが実態」等も紹介されている。

第7回で、「現行の仕組みでは、個別に措置を定める特化則等の特別規制と、措置の内容は事業者に委ねられているリスクアセスメントが並立しており、国のリスク評価で規制が必要と判断された物質は特別規則に追加する取組が進められているが、今後、こうした仕組みはどうあるべきか」という課題が示された。

第8回では、以下のように示された。

「〇『個別管理物質』[②の物質のこと]では物質ごとに局排等の設置、健康診断など具体的な措置が罰則付きで義務付けられているのに対し、『自主管理物質』[③④の物質のこと]は一般的な措置義務にとどまっている。
〇このため、国のリスク評価により『個別管理物質』への追加が決まると、当該物質の使用をやめて、危険有害性を十分に加味せずに『自主管理物質』に変更し、その結果十分な対策がとられずに労働災害が発生するといった”いたちごっこ”のような状況が生じている。(※1つの物質について、国によるリスク評価において、危険有害性に係るデータを調べ、ばく露実態を調査し、『個別管理』の対象とするかどうかを決定するためには、概ね10年以上の時間を要している。)
〇『個別管理物質』と比べて、『自主管理物質』は法令上求められる措置の具体性に乏しく、その結果『個別管理物質』と『自主管理物質』との間に、ばく露防止措置の実効性という点で大きな差が生じている。
〇化学物質による労働災害(がんなどの遅発性疾病は除く)の多く(約8割)が、『自主管理物質』によって発生している。

▶…今後の規制は物質の危険有害性に基づく『自律管理』を基軸として、その実効性を高めることにより重点を置くべきではないか。
▶『自律管理』の実効性を高めるためには、『自律管理物質』について求められる措置について、個別具体的に措置を規定する『個別管理物質』とは違った方法で、より具体化することが重要ではないか。」

「『自立管理』の基本となるリスクアセスメントの結果に基づく措置の実効性を高めるためにはどのような具体的措置、基準を設けるべきか。現行の一般的義務規定である『衛生基準』はどのように見直すべきか」として、別掲表も示されていた。

ここで指摘されていることは、いずれも首肯できるものである。とりわけ、国のリスク評価による「個別管理物質」の追加については、オルト-トルイジンによる膀胱がんのように、発覚の契機となった事業場(三星化学工業福井工場)のばく露実態調査等も行われていながら、総合的に「リスクは低い」と判定されて、特別規制が見送られている(2016年3月号特集記事参照)。この特集記事では主に、①リスク評価と特別規制の対象とする考え方自体の見直し、及び、②表示・SDS・リスクアセスメント義務をすべての化学物質拡大するとともに内容を強化する必要性を指摘した。結果的に、中間とりまとめは、①は採用せずに、②に関係したものになった。

リスクアセスメント等の義務

中間とりまとめが「化学物質規制体系の見直し(自律的な管理を基軸とする規制への移行)」として提言した内容は、化学物質を大きく「GHS分類済み危険有害物」[前出の②~④の物質]と「GHS未分類物質」に分類し、「ア GHS分類済み危険有害物の管理」については、以下の内容である。
(ア)情報伝達及びリスクアセスメントの義務
(イ)労働者が吸入する有害物質の濃度を管理する義務
(ウ)直接接触の防止義務(皮膚刺激・皮膚吸収による有害性等のある物質)
(エ)労災多発の場合等の製造・使用制限等
(オ)特定化学物質障害予防規則等の既存の規制の取扱い

(ア) 情報伝達及びリスクアセスメントの義務」の内容は、以下のとおり。
「国は危険性・有害性に関する情報の収集等を行い、GHS分類及びその更新を継続的に行うこととし、国によるGHS分類の結果、危険性・有害性の区分がある全ての物質(『GHS分類済み危険有害物』という。)をラベル表示・SDS交付の義務対象とした上で、危険性・有害性に関する情報に基づくリスクアセスメン卜及びその結果に基づく措置の実施を義務付ける。
このため、国は全てのGHS分類済み危険有害物を労働安全衛生法第57条の規定に基づくラベル表示及び第57条の2の規定に基づくSDS交付の義務対象に追加する政令改正を行うとともに、GHS分類済み危険有害物に対するモデルラベル・SDS
の作成及びその更新を継続する。なお、ラベル表示及びSDS交付の義務対象物質の拡大は、以下のものを優先して行うこととする。
①高い区分の有害性がある化学物質(発がん性の高いものから優先し(IARCのグループ1→2A→2Bの順で優先する)、次にその他の有害性の区分が高いものを優先する)
②これまでに労働災害を発生させた化学物質
③日本国内での輸入量、生産量が多い化学物質
④蒸気圧が高いものなど、ばく露リスクが高い化学物質」

「国によるGHS分類の進め方」は、ワーキンググループにおける今後の検討事項とされている。

ばく露濃度を管理する義務

(イ) 労働者が吸入する有害物質の濃度を管理する義務」の内容は、以下のとおり。

「GHS分類済み危険有害物について、次のa~dの優先順位を基本としつつ、事業者が危険性・有害性に関する情報などに基づいて自ら選択するばく露防止手段を講じることにより、労働者が吸入する有害物質の濃度をなるべく低くすることを義務付ける。
a 危険性・有害性に関する情報が得られている物質で、危険性・有害性がより低い物質への変更等によるハザードの削減
b 化学物質の製造・取扱いを行う機械設備の密閉化、局所排気装置の設置等の工学的対策によるリスクの低減
c 作業手順の改善、立入禁止場所の設定、作業時間の短縮化等によるばく露機会の削減によるリスクの低減
d 有害性に応じた有効な保護具の適切な選択、使用、管理の徹底(フィットテス卜の実施を含む)によるリスクの低減
なお、以下①のばく露限界値(仮称)が設定できる物質にあっては、労働者が吸入する有害物質の濃度が当該基準以下となるような措置を講ずることを義務付ける。また、以下②の暫定ばく露限界値(仮称)の法令上の位置づけについては、引き続き検討する。
① ばく露限界値(仮称)が設定できる物質
国等が収集した有害性に関する情報に基づき、ばく露限界値(仮称)が設定できる物質は、当該ばく露限界値(仮称)を法令上の基準として示す。
② 暫定ばく露限界値(仮称)が適用される物質
ばく露限界値(仮称)を設定するための情報が十分に得られていない物質で、暫定ばく露限界値(仮称)が適用される物質は、当該暫定ばく露限界値(仮称)を基準として示す。」

優先順位の原則徹底が課題

前半の「a~dの優先順位」は、国際的にリスク低減(管理)措置の基本原則として確立されている考え方であり、わが国では現在、化学物質リスクアセスメント指針のなかで示され、指針の解説通達で「合理的に実現可能な限り、より高い優先順位のリスク低減措置を実施することにより、『合理的に実現可能な程度に低い』(ALARP:As Low As Reasonably Practicable)レベルにまで適切にリスクを低減するという考え方を定めたもの」と説明されている。

指針では「リスク低減措置の検討及び実施」として、「事業者は、法令に定められた措置がある場合にはそれを必ず実施するほか、法令に定められた措置がない場合には、次に掲げる優先順位でリスク低減措置の内容を検討するものとする。ただし、法令に定められた措置以外の措置にあっては、…リスク見積もりの結果として、ばく露濃度等がばく露限界を相当程度下回る場合は、当該リスクは、許容範囲内であり、リスク低減措置を検討する必要がないものとして差し支えない」としている。「次に掲げる優先順位」は省略するが、2006年策定時の化学物質リスクアセスメント指針と2015年の改訂版と内容に若干の違いがあるが、細かい点でいえば、aとbは指針のほうが詳しく、cとdは指針よりも詳しい。

関連して、第5回検討会資料は、「リスクアセスメントの結果に基づく措置として、安衛法令に基づく措置が義務、その他の必要な措置が努力義務。…義務となる安衛法令に基づく措置には、労働安全衛生規則の衛生基準等がある」と解説している。

重要な問題点として、優先順位の考え方がその他の必要な措置にしか適用されないかのように説明していること、ばく露濃度等がばく露限界を相当程度下回る場合はリスク低減措置を検討する必要がないとされているうえに、義務とされる衛生基準の一般的義務規定が実効性に乏しいことがある。

衛生基準の一般的義務規定には、有害原因の除去(第576条)、ガス等の発散の抑制等(第577条)、立入禁止等(第585条)や個人保護具(第593・594条)など、a~dの対策の中心的事例が含まれている。「『自立管理』の基本となるリスクアセスメントの結果に基づく措置の実効性を高める」ためには、一般的義務規定にも「優先順位」の考え方を反映させるとともに、とりわけ閾値のない発がん物質等について、ばく露濃度等がばく露限界値等を下回る場合も含めて、より優先順位の高い措置で合理的に実現可能な程度にリスクを低減することが求められることを明定するなどの対応が必要である。

労働衛生の3管理との整合性?

中間とりまとめに記載はないものの、検討会では「労働衛生の3管理の連携に関する考え方の整理」等という議論も行われている。わが国では、作業環境管理、作業管理、健康管理が、優先順位なしに並列されて「3管理」と呼ばれ、「労働衛生対策の原則」とされてきた。今回の提言とこの考え方との整合性を図ろうとするようなかたちをとっている。

例えば、第8回資料には、「作業管理と作業環境管理」について、以下のような内容がある。
「労働安全衛生法に基づく『作業環境管理』の原則は、発散源の密閉化や局所排気装置等により有害物の作業場への発散を抑制し、健康への影響が生じないレベルにまで、作業中の有害物の濃度を低く保つことにある」。「一方」、上記が難しく、「ばく露防止のため保護具の厳格な使用・管理や作業時間の短縮化などの『作業管理対策』が必要となる」場合もある。「上記のように『作業環境管理』の原則に基づくことが難しい場合に、ばく露防止のための方策として、どのような仕組みが必要か。」…

たしかに、密閉化、局排等の工学的対策を作業環境管理に、また、作業時間の短縮等の管理的対策や保護具を作業管理に対応させることも可能だろうが、発生源対策-根絶と代替化>工学的対策>管理的対策>保護具という優先順位が明確にされれば、もはや作業環境管理と作業管理という言葉すら使う必要もないだろう。健康管理は、国際的にはそもそも、リスク低減(管理)措置の内容として議論されてはいない。この際、伝統的な「労働衛生の3管理」から決別するよい機会だと強調したい。

ところが検討会では、「実態として第三管理区分の作業場が増加傾向にある」、「これまでは保護具のない職場をめざしていたが、ばく露管理を入れないと対応できなくなる」等と強調され、「個人ばく露管理を厳格に実施することを条件に、作業環境測定や局所排気装置の設置・可動は求めないでよい」という意味で、「発散源の密閉化等の発散源対策と有害物取扱い等作業との両立が困難である作業について、可能な限り作業環境の改善に努めることは原則としつつも、個人ばく露管理によるばく露防止の仕組みの導入」が議論された。(第9回)。作業管理といっても、管理的対策ではなく、もっぱら保護具-個人ばく露対策が強調されている。

第10回では、「作業環境管理(管理濃度による場の管理)と個人ばく露管理(ばく露限界値による個人ごとの管理)の考え方・規制体系の整理」が今後検討すべき論点のひとつに掲げられ、第10回・第11回では別掲の「作業管理と作業環境管理の考え方の整理」が示されている。事実上の個人ばく露対策-保護具のみの対策を公認するための議論のように思われてならない。

なお、ここでは、①2021年4月施行予定の改正作業環境測定法施行基準施行規則及び作業環境基準において「低管理濃度特定化学物質」等について個人サンプリング法による作業環境測定が可能とされていること、②同じく2021年4月施行予定の溶接ヒュームの特定化学物質(管理第2類物質)への追加において「呼吸用保護具が適切に装着されていることのフィットネステストによる年1回確認」も義務化されていること、を補強材料として示しているようだ(第11回)。また、「発散源対策と有害物取扱い等作業との両立が困難」な場合のひとつとして、オルト-トルイジンによる膀胱がんを例に、「皮膚・眼障害や皮膚からの吸収など、直接接触による有害性がある物質を取り扱う場合」(第8回以降)も取り上げられている。

他方で、「作業環境管理と健康管理」については、「作業環境管理が適切に行われ、気中の有害物質の濃度が管理濃度以下に維持されている場合には、当該物質に係る健康診断の実施を免除又は頻度を少なくするような仕組みは考えられるか」という文脈で主に議論されている。

(イ)の提言の後半-なお書き以下と以下の(ウ)から(オ)の提言は、これらと関係したものである。「ばく露限界値(仮称)及び暫定ばく露限界値(仮称)」は、ワーキンググループにおける今後の検討事項とされ、詳細はまだ不明だが、第11回では、「これらの手段[前出a~d]により、達成すべき目標は以下のとおりとすることでよいか」と示されていた。
・ばく露限界値が設定されている物質については、労働者が吸入する有害物の濃度をばく露限界値以下に保つこと。
・ばく露限界値が設定されていない物質については、労働者が吸入する有害物の濃度を暫定ばく露限界値以下に保つこと。暫定ばく露限界値の設定も困難な場合は、労働者が吸入する有害物の濃度をなるべく低くするという定性的な目標を定めること。

個人ばく露管理の導入は「場の管理」からの転換という意義をもつものの、優先順位に基づく対策という原則に対する例外として、事実上の個人ばく露対策-保護具のみの対策をひろく公認することに対しては、警戒が必要である。

なお、第6回では、「管理3の事業場の割合が増加する中、現行の仕組みでは作業環境測定の結果を行政に報告する義務はなく、行政が作業環境が劣悪な事業場に対して現場の調査や改善指導を行う契機がないことについてどう考えるか」という指摘がなされていた。

直接接触の防止義務

(ウ)直接接触の防止義務(皮膚刺激・皮膚吸収による有害性等のある物質)」の内容は、以下のとおりである。

「GHS分類済み危険有害物のうち、皮膚・眼刺激性、皮膚腐食性又は皮膚から吸収され健康樟害を引き起こしうる有害性に関する情報が得られている物質を、密閉系ではない方法で取り扱う場合は、できるだけ直接接触しない作業手順を採用するとともに、労働安全衛生規則第594条の規定に基づき、皮膚障害等防止用の保護具の使用を義務付ける(現行の労働安全衛生規則第594条の保護具の備え付け義務を使用義務に見直す)。
※保護具の選定に当たり必要な情報は、国において、化学物質のメー力一、保護具のメー力一、研究機関等の協力を得て調査研究、収集し、公表・共有する。」

労災多発は製造・使用制限

(エ) 労災多発の場合等の製造・使用制限等」の内容は、以下のとおりである。

「GHS分類済み危険有害物のうち、労働災害が多発するなど管理使用が困難と認められる物質又は特定の作業については、以下の対応を国において検討し、必要な措置を講じる。
① 当該物質の製造・使用等を禁止する。
② 当該物質の製造・使用等を許可制とする(個別に製造、使用方法を審査して、審査基準をクリアしたものだけ製造・使用等を可能とする)。
③ 特定の作業について労働災害が集中して発生するなどリスクが高いと考えられる場合は、当該作業のみ禁止又は許可制とするか、ばく露防止のための手段を指定する。」

特化則等既存の規制の取り扱い

(オ) 特定化学物質障害予防規則等の既存の規制の取扱い」の内容は、以下のとおりである。

「GHS分類済み危険有害物のうち、特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則等の個別の規制で管理方法が具体的に定められているものについては、これらの規定に基づく管理を引き続き適用する。
ただし、以下の要件を満たす事業者については、個別に都道府県労働局長等が認定した上で、特定化学物質障害予防規則等の適用を除外し、上記(ア)~(ウ)に基づく管理を認める。なお、具体的な要件は別途国が定める。
① 一定の期間の実務経験を有するインダストリアル・ハイジニス卜、衛生工学衛生管理者その他の化学物質管理に関する高い専門性を有する人材が、作業場の規模や取り扱う化学物質の種類、量に応じた体制で関与することとされていること。
② 一定期間、当該物質による労働災害を発生させていないこと。
③ 一定期間、当該物質による有所見者を発生させていないこと。
④ 一定期間、当該物質を良好な状態で維持管理できていること。」

「特定化学物質障害予防規則等に係る課題への対応」は、検討会における今後の検討事項のひとつとされ、具体的には以下が掲げられている。
・ばく露リスクに応じた健蔵診断の実施頻度等の見直し
・気中濃度を管理濃度以下に維持することが技術的に困難な場合の対策

第9回では、「個別管理物質を追加することを目的とした国によるリスク評価のあり方は、対象物質選定の考え方を含め、別途整理する」とされた。

第11回では、「個別管理物質(特化則、有機則等)の今後の位置づけ」として、まず、「新しい仕組みにおいては、自律管理を基軸とし、危険性・有害性が高い物質についても、新たに特化則、有機則に追加することはしないということでよいか」。続けて、「例外的」な対応として(エ)の提言内容、最後に、(オ)の提言内容を掲げていた。

中間とりまとめには書かれていないものの、特化則、有機則等による個別管理物質の追加は基本的にしないという対応は支持しかねる。

GHS未分類物質の管理

続けて、「イ GHS未分類物質の管理」について、以下のように提言する。

「危険性・有害性に関する情報が少ないため、固によるGHS分類が行われていない物質(以下『GHS未分類物質』という。)については、ア(イ)(暫定ばく露限界値(仮称)が設定されているものの場合は(イ)②も合む)及び(ウ)(密閉系ではない方法で取り扱う場合に眼る)による管理を義務付ける」。

ア(イ)は「情報伝達及びリスクアセスメントの義務」、(イ)②は「暫定ばく露限界値(仮称)の適用」、(ウ)は「直接接触の防止義務(皮膚刺激・皮膚吸収による有害性等のある物質)」である。

労使等によるモニタリング

(2) 化学物質規制体系の見直し」の最後は「ウ 労使等による化学物質管理状況のモニタリング」で、以下のような内容である。

(ア)自律的な管理の状況に関する労使等によるモニタリング
企業において適切に自律的な管理が実施されることを担保するため、以下を義務付ける。
① 衛生委員会において、自律的な管理の実施状況(リスクアセスメントの実施結果、労働者のばく露の状況、保護具の選択、使用を含む措置の実施状況等を想定。以下同じ。)を労使で共有し、調査審議を行うこと。
② 労働者数50人未満の事業場においては、化学物質の製造・取扱い作業に従事する全ての労働者に対して、自律的な管理の実施状況を共有するとともに、自律的な管理についてこれらの労働者から意見を聞く機会を設けること。
③ 自律的な管理の実施状況(労働者数50人未満の事業場においては労働者からの意見の聴取状況を含む)を記録し、一定期間(リスクアセスメントの実施結果については、次にリスクアセスメン卜を実施するまでの間)保存すること。
④ 化学物質の取扱いの規模が一定以上の企業は、定期的に、自律的な管理の実施状況について、インダストリアル・ハイジニスト等の専門家の確認・指導を受けること。

(イ)健康影響に関するモニタリング
既に健康診断の実施が義務付けられている特定化学物質、有機溶剤等を除き、化学物質による健康影響の確認等は以下の仕組みとする。
① 健康診断の実施の要否はリスクアセスメントの結果に基づいて労使で議論し(産業医等がいる場合はその意見を参考とする)、事業者が決定することとし、健康診断を実施する場合は、健診項目は健診を実施する医師又は産業医の判断に委ねる。
② 労働者がばく露限界値(仮称)を超えてばく露した可能性がある等必要な場合は、臨時の健康診断を実施しなければならないこととする(健診項目は健診を実施する医師又は産業医が判断)。
③ 化学物質を製造・取扱う作業に従事する労働者については、年に1回実施する一般定期健康診断の問診を行う医師は、化学物質の取扱い状況等を労働者から聴取した上で、健康への影響の有無について特に留意して確認する。」

13次防の課題との関連性

中間とりまとめの上記以外の部分は以下のとおりであるが、後にまとめて紹介する。
(3)化学物質の危険性・有害性に関する情報の伝達の強化
(4)労働者の意識啓発・教育の強化
(5)中小企業に対する支援の強化

その前に、第13次労働災害防止計画に示されていた化学物質対策の課題と今回の中間とりまとめの関係を整理しておきたい。

13次労防では、「学物質による健康障害対策の方向性」として、「国際的な動向も踏まえ、化学物質の危険性又は有害性等に関する情報提供の在り方や、化学物質による健康障害の発生が疑われる事案を国が把握できる仕組みの検討が必要な状況にある」とされ、「化学物質等による健康障害防止対策の推進」として、以下が掲げられている。

① 国際動向等を踏まえた化学物質による健康障害防止対策
・ラベル表示及びSDS交付の在り方について検討するとともに、国による支援の充実等必要な環境整備を推進する。
・化学物質の危険性又は有害性等が不明であることは当該化学物質が安全又は無害であることを意味するものではないことから、これらの危険性又は有害性等が判明していない化学物質が安易に用いられることのないようにするため、事業者及び労働者に対して、必要な対策を講じることを指導・啓発する。
② リスクアセスメントの結果を踏まえた作業等の改善
③ 有害性情報等に基づく化学物質の有害性評価と対応の加速
④ 遅発性の健康障害の把握
⑤ 化学物質を取り扱う労働者への安全衛生教育の充実

今回の中間とりまとめはかなりの部分に対応していると言えそうだが、「危険性又は有害性等が判明していない化学物質が安易に用いられることのないようにするため」には、さらに強力な対策が必要だと思われる(第10回に、「有害性情報がない物質についても、十分な安全率を見越した暫定ばく露限界値を設けることをどう考えるか。またその値の決め方についてはどのように考えるべきか」という設問がある)。

また、「遅発性の健康障害の把握」は具体的には以下のように書かれているが、検討会における今後の検討事項のひとつとされている。

・近年発生した胆管がん事案、膀胱がん事案等、遅発性の健康障害の事案を的確に把握できるようにするため、例えば、化学物質による職業性疾病を疑わせる事例を把握した場合に国に報告がなされる仕組みづくりや、独立行政法人労働者健康安全機構と連携し、国内の労働者のがん等の疾病と職業歴や作業方法、使用物質等の関係の情報を収集・蓄積して、その結果を活用する方策等を検討する。

危険性・有害性情報伝達の強化

(3) 化学物質の危険性・有害性に関する情報の伝達の強化
今後の化学物質管理の基本となる化学物質の危険性・有害性に関する情報の伝達を強化するため、以下の取組を進めることが適当である。

ア ラベル表示・SDS焚付を促進するための取組
(ア)ラベル表示等の義務から除外される一般消費者向け製品の範囲の明確化

ラベル表示及びSDS交付義務の対象から除外される「主として一般消費者の生活の用に供するためのもの」は、以下の①~⑤に掲げるものに加えて、家庭用品品質表示法に基づく表示がなされているものであることを明確化し、これら以外の製品は、明らかに一般家庭で用いられることを想定しているものを除き、流通形態によらず(一般店舗販売やインターネット販売を含め)、労働安全衛生法に基づくラベル表示・SDS交付の義務対象とするよう通達を見直す。
① 医薬品医療機器法に定められている医薬品、医薬部外品及び化粧品
② 農薬取締法に定められている農薬
③ 労働者による取扱いの過程において固体以外の状態にはならず、かつ、粉状又は粒状にならない製品
④ 表示・通知対象物が密閉された状態で取り扱われる製品
⑤ 一般消費者のもとに提供される段階の食品
(イ)行政、労使等の協力によるラベル表示等の社会への浸透
ラベル表示・SDS交付義務対象以外の化学物質であっても、事業者によるGHS分類において危険性・有害性区分がある物質については、ラベル表示・SDS交付が努力義務であることの周知をさらに徹底し、化学物質の流通においてはラベル表示・SDS交付が伴うことが基本であるという考え方を、行政、業界、労働組合が協力して広める。
(ウ)違反事業者に対する対策の強化
メーカー、輸入業者、商社、中間卸業者を含め、化学物質の流通時のラベル表示・SDS交付について周知啓発を強化し、法令違反を是正しない場合は、当該製品を使用する事業者や労働者に注意喚起をする観点から、対象製品名等を公表するなど、指導を強化する。

イ SDS記載内容、交付方法等の見直し
(ア)SDSの記載項目の追加

労働安全衛生法第57条の2の規定に基づきSDSに記載すべき項目として、「推奨用途と使用上の制限」を追加する。なお、この項目には、当該化学物質を譲渡又は提供する時点で想定しているものを記載すれば足り、譲渡又は提供相手の使用方法等を網羅的に把握することを求めるものではない。
(イ)SDSの記載内容の定期的な更新の義務化
SDSの交付義務対象物質を譲渡・提供する者は、自らが交付するSDSの記載内容について、危険性・有害性に関する情報の定新状況を定期的に確認しなければならないこととし、更新されている場合はSDSの記載内容を改正し、一定期間内等にSDSを再交付しなければならないこととする。
(ウ)SDS交付方法の拡大
SDS交付(再交付を含む)の手段として、交付相手が容易に確認可能な方法であれば、事前に交付相手の了解を得なくても、インターネットを通じて伝達する方法(例えば、容器にQRコードを印字し、それを読み取ることでSDSの内容が確認できる方法や商品を販売するホームページ等でSDSの内容を閲覧できるようにする方法も含む)も可能とする。

ウ 譲渡・提供時以外の場合における危険性・有害性に関する情報の伝達の強化
(ア)移し替え時等の危険性・有害性に関する情報の表示の義務化

購入したGHS分類済み危険有害物を事業場内で他の容器に移し替える時又は自ら製造したGHS分類済み危険有害物を容器に入れるときは、当該容器による譲渡又は提供を意図しない場合であっても、ラベル表示その他の方法により、当該容器を取り扱う労働者に内容物の種類及びその危険性・有害性に関する情報が伝わるようにしなければならないこととする。
(イ)設備改修等の外部委託時の危険性・有害性に関する情報伝達の義務拡大
GHS分類済み危険有害物を製造し、又は取り扱う設備に係る作業(設備の改修、清掃等)を外部に委託する場合に、請負人に対し、その設備で取り扱っていた化学物質の危険性・有害性に関する情報や作業について注意すべき事項などを記載した文書を交付しなければならないこととする(労働安全衛生法第31条の2及び同法施行令第9条の3の規定により、化学設備(一定の危険物を製造・取り扱う設備)及び特定化学設備(大量漏えいにより急性中毒を引き起こす物質(特定第2類物質及び第3類物質)を製造・取り扱う設備)については、当該物質の危険性・有害性に関する情報や作業について注意すべき事項などを記載した文書を請負人に対して交付する義務があるが、当該義務対象を他のGHS分類済み危険有害物まで拡大する)。
化学廃棄物の処理を廃棄物処理業者に委託する場合などに、当該廃棄物に含まれる化学物質の危険性・有害性に関するの情報が適切に伝達されるよう、廃棄物データシート(WDS)の仕組みと連携を図る。

エ 支援支援措置等
(ア)危険性・有害性に関する情報の利活用のためのプラットフォームの整備

危険性・有害性に関する最新情報について、クラウド等でデジタル情報として共有・活用できるようなプラットフォームづくりを関係省庁・機関で連携して進める。
(イ)業界団体・企業における取組の支援
現在、日本化学工業協会で行われているサプライチェーンを通じたリスク情報の共有を促進する観点から、先進的な取組を行う企業・匝体の表彰等の制度等により支援する仕組みを検討する。」

労働者の意識啓発・教育の強化

(4) 労働者の意識啓発・教育の強化
化学物質へのばく露防止を確実なものとするためには、作業に従事する労働者自身も、自らが取扱う化学物質の危険性・有害性(ハザード)を正しく理解し、作業において生じうるリスクを正しく認識し、正しい作業方法を遵守し、保護具を適切に使用することが重要であることから、以下の取組を進めることが適当である。
ア ラベル等に関する教育の強化
(ア)作業に従事させる場合のラベル等に関する教育の義務化

労働安全衛生法第59条第1項及び第2項の規定に基づく雇い入れ時教育及び作業内容変更時教育の教育事項に以下の事項を追加する。
① ラベルの内容(情報が不足しており危険性・有害性に関するGHS分類が「分類できない」とされている部分がある場合はその意味、ラベルがないなど危険性・有害性が不明な場合はその意味(最大限のばく露回避措置が必要であること)を含む)
② 作業上の注意点
③ 保護具を使用させる場合は、その意義及び使用方法(フィットテストの意味を含む)
(イ)早期のラベル教育の検討
学校教育など、早い段階からのラベル教育の導入について検討を進める。
イ リスクアセスメントへの労働者の参画
SDSに基づいて行う化学物質のリスクアセスメントには、作業に従事する労働者を参画させなければならないこととする。」

中小企業に対する支援の強化

(5) 中小企業に対する支援の強化
化学物質に関する知識や人材が十分でない中小企業が、適切に化学物質管理を行うことができるよう、以下の取組を進めることが適当である。
ア 化学物質管理に関するガイドラインの策定
特に管理が困難と考えられる物質や、危険性・有害性(ハザード)が高い物質については、中小企業等における管理の参考となるよう、標準的な管理方法等をまとめたガイドラインを、国が研究機関や業界団体と協力して示す。
イ 専門家による支援体制の整備
は、日本化学工業協会等の業界団体の協力も得て、化学工業等の民間企業のOBを活用し、地域ごとに、化学物質管理に関する高い専門性や豊富な経験を有する人材を育成・自己置し、中小企業等からの無料相談対応、助言支援等を行う体制の構築を検討する。
ウ 化学物質管理を支援するインフラの整備
国は、スマー卜フォンやタブレッ卜等を活用して、専門知識がなくても化学物質管理が容易に実施可能な、簡易な管理支援システムを開発するとともに、化学物質管理に関する情報を集約したポータルサイトの整備について検討する。
混合物について、中小企業等でも混合物のSDS作成が簡易に行えるようなツールを開発する等、国等が混合物のSDS作成支援を行う。」

実現のための課題は山積み

検討会では、リスクアセスメントの実施率の低いことと、リスクの見積もりまでは行うが、低減措置は努力義務のため実施していないというのが実情、リスク低減措置を実施することになったとしても…優先順位の最も低い「個人保護具の着用」で対応することが多いなどの現状も検討されており、「自律的な管理」を実現するためには、その下支えをする様々な対策が必要であることは言うまでもない。今後の動向に注目していきたい。